2020/08/19 のログ
ご案内:「『白き月に見る夢』」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪の長耳少女。今はただ、寝台の上で目を閉じ、眠るのみ。>
レイチェル >
白い病室。
無機質な機械音。
無数に繋がれたチューブが、少女の身体と機械を繋いでいる。
少女は未だ覚醒せず、寝台の上で沈黙を保っている。
寝台の横に備え付けられている机の上には、見舞いの品――
面会に来た者が残していった物だ――が、幾つか置かれている
見舞いの花の横に、白い身体を横たえて。
真っ白な月の光が、彼女を照らしている――。
レイチェル >
―――。
――。
―。
白く凍てつく月と朽ちた廃墟を背に、冷え切った空気を裂いて黒の大型バイクが走る。
乗っているのは筋骨隆々の精悍な老人と、
金髪長耳の幼い少女。双方共に黒の眼帯をつけている。
「あーあ、今日こそプラズマライフルを持たせてくれるって思ってたのにな……」
その見た目は7、8歳といったところか。
幼い少女は不満を隠さずにそう口にして、
バイク横に掛けられた巨大なライフルを見やる。
それは、悪魔狩りを稼業とする目の前の老人の得物だった。
「馬鹿犬。お前にこんな代物持たせられるかよ。
奴らにビビリまくったお前がどういう行動に出るか。
オレの背中に大穴ぶち開けるのがオチだ」
対して、老人は。
口元の煙草を地面に吐き捨てながら肩を竦めれば、
荒々しい風に白い髪と髭を流しながら、口の片端を吊り上げる。
「……う~……そんなことないのに」
がば、と小さな腕を老人の逞しい首に回して、金髪は不機嫌な犬のように
唸るのだった。
レイチェル >
「しっかし……いくら何でもひっつき過ぎだぜ、チェルっころ」
老人は、しっしと。大きくごつごつとしたその手で、白くて小さな長耳の少女を
払うように動かせば、その額をぺちっとはたく。うぎゃあ、と。
頭を小さな両手で押さえてバイクから落ちかける幼い少女だったが、
そんな少女の首を、老人はむんずと掴んで引き戻す。
「いっ!? いいじゃない別に、だって私……じゃなかった、オレ、好きだから師匠とずっと一緒に居たい…………だぜ?」
そして少女はといえば、チェルっころじゃない、と呟きながら。むぅ、と。
全く威圧感のない怒りの表情で老人の背中を睨みつけるのであった。
とってつけたような口調。そこに込められたまっすぐな、そして幼稚な憧憬。
そして、背に感じるあまりにも不服そうな視線。
それら全てを受けて、思わず吹き出した老人――『師匠』は、月に向けて、大きく口を開けて無遠慮に笑う。
「好きって言葉を軽々しく使うんじゃねーよ。そういう言葉は本当に特別な相手に取っておくべきだ。
オレみたいな老いぼれじゃなくてな」
大笑いは、やがて自嘲気味な笑いへと変わっていた。そして彼の視線は、何も映していない筈の白い月を見る。
まるでそこに、愛しい誰かが居るのだとでもいうように。
「本当に……特別な、相手?」
よく分かっていないようで、『チェルっころ』と呼ばれた小さな児女は、うーん、と小さく口にして、月を見上げる。
真っ白な月は、静かに輝くのみでそこに何も映してはいなかった。
月光を受けて、宝石のような瞳を輝かせる『チェルっころ』は、小首を傾げるのみ。
レイチェル >
「まぁ、なんだ。格好つけて言やぁ、互いに特別な居場所になれる相手ってやつだな」
老人が一瞬見せていた少しばかり影のある色は、既に消えていた。
そうして『師匠』は『チェルっころ』に語る。
「……よくわかんないよ、師匠~。もうちょっと分かりやすく説明してほしいな~……」
「ま、ガキのお前にゃ難しい話かもな。って、切り捨てちまうのは簡単なんだがよ、それで引き下がるお前じゃねぇな。
そうだな……言ってしまえば、明日もその明日も――『一緒に未来を生きたい』 って、
そう思える奴のことか。何があってもそいつを助けてやりてぇって思えるような相手……
そういう奴のことさ。オレからすりゃな」
「へー、未来を生きたい……よくわかんないけど、ずっと一緒にいたい、守りたい人のことかな……?
『師匠』にも、そーゆー人……居たの? ……かよ?」
年齢を感じさせぬ、頼れる背中にくっついている『チェルっころ』は、
頬を通して背中の温かみを感じながら、目だけを彼の方へきょろりと向けてそう尋ねるのだった。
暫くの間、エンジン音とタイヤが石を弾き飛ばす音だけが、吹き荒ぶ夜風の中に響き渡った。
レイチェル >
「……ま、そんなところだ。そうだな、オレにも昔は居た。愛した女が、たしかに居たぜ。
全てを投げ捨ててでも、一緒に居てぇ……そんな馬鹿な考え持っちまうくらいに、大切な女がな。
オレが生涯で唯一愛した、好きと言えた奴さ。好きなもんは……
人生の中で好きなもんはいっぱいある。オレは金も、酒も、銃も好きだ。
だがな、あの女だけは、特別だ。『そういう』好きだった。」
「……『そういう』好きかぁ。私にはよく分かんないなぁ。
ほんと、難しいんだね……魔術学なんかよりずっと。
……それにしても、さっきの話だけど。
『オレからすりゃ』って、どういうこと? みんなの『好き』は同じじゃないの?
みんな同じように結婚してるのに? みんな同じように仲良くしてるのに?」
老人の影は鳴りを潜め、明るい声色が紡がれていく。
対して少女は納得がいっていないようで、
今にも頭から煙を出しそうなくらいに考え込んでいるのであった。
「そりゃそうだ。オレが愛した奴が、オレからすりゃそういう奴だったってだけで……
『好き』の在り方は人それぞれだからな。
しかしまぁ、同じように……ね、お前にはまだそう見えるか。
皆、同じように見えてるだけで、その中身は全然違うもんさ。
一人ひとり、人生が違えば考え方も違う。なら『好き』だって人それぞれだ。
まぁ……お前はお前の『そういう』好きをいつか理解するし、見つけられるだろうよ」
その前に死ななけりゃな、と。『チェルっころ』からすれば笑えない冗談を飛ばして、『師匠』は再び大笑いする。
レイチェル >
「そ、そんな簡単に死なないもん! 悪魔だって、いくらでもやっつけるよ!
わ……オレはもう、『アマリア』じゃなくて、『レイチェル』なんだから!
でも、うん……まだ私にはよくわからないけど……
ずっと一緒に居たい人が『好き』っていうなら、私も同じかなっ!
やっぱりわた……オレ、師匠とずっと一緒に居たいから師匠、大好きだよ……だぜ~!」
『師匠』は笑う。こいつが本当の『愛』を理解するのは当分先だな、などと。
心の内に芽生えた僅かな親心に自分でも驚きながら、片手で自らの髭を撫でるのだった。
「……はいはい、ありがとよ。……ったく、変なこと教えるんじゃなかった。
さて、帰って飯にするぜ。今日の食事はお前が当番だな。シチューで頼むぜ」
「……クッキーじゃだめ?」
「バカ犬。却下だ」
二人を乗せたバイクは、目的地を前に速度を上げていく――。
―。
――。
―――。
レイチェルは未だ目覚めず、沈黙を保っている。
月光の向こうに、夢見る彼女は何を見たのか。
それは、誰にも分からない。
ご案内:「『白き月に見る夢』」からレイチェルさんが去りました。<補足:金髪の長耳少女。今はただ、寝台の上で目を閉じ、眠るのみ。>