2020/08/09 のログ
ご案内:「かつて終わりを迎えた場所」に神樹椎苗さんが現れました。
神樹椎苗 >  
 落第街の奥深く、黄泉の穴と呼ばれる場所の近く。
 先日まで『コキュトス』と呼ばれる特殊領域が存在していた場所。
 椎苗は、その騒動の中心となった場所へ足を運んだ。

「――あーあ、やっぱり育っちまってますね」

 椎苗の視線の先には、すでに大人の背丈くらいに育った椎の若木が緑の葉を付けていた。
 これは、言ってみれば椎苗の死体である。
 と言うのも、完全に樹木化した椎苗の残骸から、種子を残して育ったものだからであり。

「こんなところに端末生やしてどーすんですか、ってなもんですが」

 要するに、『神木』に連なる、端末の一つだった。
 椎苗とは違い、ただの樹木とほぼ変わりない存在ではあるが。

神樹椎苗 >  
 とはいえ、成長は早いし、魔力にわずかながら神性も宿している。
 ついでに言えば、椎苗の『目』にもなってしまう。
 先日からやけに『見える』ものが増えたと思えば、案の定だったというわけだ。

「ま、その目も潰すわけですが」

 椎の木に触れて、その機能を調整する。
 『端末』としての権限は椎苗の方がよほど高く、椎苗の意思でその機能を上書きできるのだ。
 一先ず、あると面倒な『目』は潰して、放っておくと異常な速度で繁殖するので、増えないように生態を書き換えた。

「枯らしてしまってもいいのですが――」

 周りを見る。
 『コキュトス』の中心になっていたからか、この場所には何もない。
 鏡面のように平らになった場所に、場違いな椎の木。

「これが無くなれば、何の証も残らないのですね」

 自分がここにいた、ここで樹になった証。
 ここに大切な『誰か』がいた証。
 『友達』の全てを見届けた証が、この椎の木だった。

神樹椎苗 >  
「枯れないように、しっかり根付かせちまいますか」

 それはほんの少しの抵抗。
 ここには確かに、自分達が居たのだと残す。

 小さな剣を抜いて、樹の幹へ何度も突き付ける。
 利き手じゃない左手では思うようにいかなかったが、それでも繰り返し、繰り返し。
 消えないように深く刻み込んで。

「――また、来ますね」

 そう小さくつぶやきを残して、椎苗はその場を後にした。

 その場所には、椎の木が深く根付き、緑の葉を茂らせている。
 その樹にはなぜか、力強く『マシュマロ』と刻み込まれていた。

 後日。
 その木の実――団栗を拾って身に着けていると、ささやかな幸運が訪れるとか、小さな噂が広がっていくだろう。

ご案内:「かつて終わりを迎えた場所」から神樹椎苗さんが去りました。