2020/08/22 のログ
ご案内:「常世寮/女子寮 部屋」に神樹椎苗さんが現れました。<補足:黒基調の衣服、スカート。怪我だらけの自殺癖。>
ご案内:「常世寮/女子寮 部屋」に水無月 沙羅さんが現れました。<補足:身長:156cm 体重:40kg 不死身少女>
神樹椎苗 >  
 寮の自室で、黙々と台所に立つ椎苗。
 樹木化した右腕をうねうねとしならせながら、柄を絡めとった包丁でリズムよく野菜を切っていく。
 今晩のメニューは、オムライスと冷製ポタージュスープだ。

 それにしても、今日は――いやこの二三日は静かだ。
 今だって、いつもなら手伝いたいとうるさい娘が、大人しく待っているくらいだ。
 どうやら先日あった落第街での騒ぎで、謹慎処分を受けたそうだが。

(『異能殺し』と『鉄火の支配者』がぶつかったのは把握してますが。
 その後何かやらかしたんですかね)

 報告書に上がっていない事まではさすがに、神木に記録もされない。
 あくまで財団と学園の情報処理、バックアップシステムに過ぎないのだ。

(まーた、なにか考え込んでるんですかね。
 思いつめてバカなことをし始めなければいいんですが)

 と、丁寧にオムライスを仕上げながら考えつつ。
 『白ロリ先輩』の指導もあって、椎苗の料理スキルは順当に上がっているらしい。
 今日の出来も――味見をした限りでは大丈夫そうだ。
 少しずつ味覚も鍛えられてきた、ような気がした。

水無月 沙羅 > 「んー……。」

温泉旅館が終わった直後の家出騒動以降、女子寮の一室、神樹椎苗の部屋に現在居候させてもらっている。
またもや彼女に拾われてしまったという感覚だ。
公園で異能の副作用による痛みに呻いたところを見つかったのが運の尽きというべきか。
すっかり捨て犬を拾った飼い主、という関係性が出来上がっている気がする。

椎苗や沙羅の感覚でいうのなら、『母』と『娘』なのだが、どちらにしてもおかしな関係というのは間違いない。
これが年齢が逆だったのなら、まだ違和感も多少緩和されるのであろうが、沙羅が六歳ほど年上という事実は覆りようもないのだ。

それ故に、まさにいま夕食を作ってもらっているのをただ待っている、という状況にも多少の罪悪感があったりするのだが、それ以上に今は何も手につく気がしないのだ。

『異能殺し』

それに付随して起きた、否、起こしてしまった自らの不祥事。
同じ風紀委員のメンバーを殺害する寸前だったという事実に打ちひしがれていた。
当時の記憶がないとはいえ、それはまぎれもなく自分が起こしたという証拠も上がっている。
査問会ではその映像も公開され、サイコメトリーの様な能力者なら、現場に行けばその様子を垣間見ることも可能だろう。
つまり、自分はまぎれもない異能犯罪者という事になる。

「どうしたらいいんだろう。」

テーブルに突っ伏しながら小さくつぶやく言葉は無意識のモノだ。
誰かに気が付かれるとかそういう事も意識の外にある。
ただただ、これからどうすればいいのか、どうするべきなのか。
己の力と向き合って行かなくてはいけない現実に怯えている。
そんな少女が今の水無月沙羅だ。

山本英治が残した証言、『椿』と名乗る少女、その存在をどうするべきか。
今の自分には皆目見当もつかない。

神樹椎苗 >  
「はいはい、思い悩む思春期するのもいいですが、晩御飯出来ましたよ」

 そう『一人分』の夕食を作って、小さなテーブルに運んでいく。
 突っ伏した娘の前に置かれたのは、綺麗な色のオムライス。
 ケチャップで器用にネコマニャンらしきものが描かれているのが芸が細かい。

「ちゃんと食べて、しっかり寝る。
 寝食を疎かにしてたら、いい考えなんて浮かびませんからね」

 と、オムライスの隣にポタージュスープを添えて。
 突っ伏した娘の頭を撫でてやった。

水無月 沙羅 > 「思春期らしい悩みだったらよかったんですけど。」

一人分の夕食がテーブルに置かれる。
オムライスにポタージュスープ。
齢十歳の少女が作るにしてはレベルが高いというか、難易度が高い代物が当たり前のように出てくる。
そしてオムライスにはぶさかわ系のネコが意外とクオリティ高くケチャップで再現されていたりして。

「またしぃ先輩は食べないんですか……? 必要ないかもしれないけど、一緒に食べてくれるともっとおいしくなるのに。」

頭を撫でられる感覚にどこか心地よさを感じながら顔を上げる。
相変わらずこの人は食事をとろうとしない。
肉体の構成的に必要ないらしいが、コミュニケーションの一環として付き合ってほしいというの自分の我儘も聞いてほしいというのがここ最近の主張だ。

神樹椎苗 >  
「空腹って感覚がわからねーですからね。
 別に食べてもかまわねーですが、作る手間も片付ける手間も増えますし。
 料理の間にそこそこ味見もしてますしね」

 という、効率重視の考え方。
 いつもこの調子で、「そのうち」「気が向いたら」と言ってばかりだ。

「――まあ、デザートくらいは一緒に食べてもいいですが」

 甘い物には目がない椎苗だ。
 食事の必要がなくても、甘味だけは頻繁に食べている。

「考えておきますよ。
 一緒に食べた方が美味しい、って感覚も興味ありますしね」

 娘が食べるのを見守る様に、左手で頬杖をついて。

水無月 沙羅 > むぅ、という風に少しだけ口を膨らませる。
実のところを言うと、こうして『誰かが自分に作ってくれた物』を、食卓を囲むようにして食べる、つまるところ、食卓を囲むという事自体あまり経験のないものだったから、純粋に嬉しいものだったのだ。
だからこそ一緒に食べてほしいと懇願しているのだが、目の前の少女は分厚い壁で阻んでいる。

「あの修道院の『お姉ちゃん』と食べてきたらきっとその感覚もわかると思いますよ。
 しぃ先輩、デレッデレみたいでしたし?」

いただきます。
と一言告げてから、ケチャップにスプーンを差し込む。
薄い卵の膜を綺麗に切り抜く様にして、チキンライスと一緒にスプーンの上に乗せる。

――ケチャップのネコマニャンは崩れてしまうが、食べるのだから不可抗力だ。

口の中に頬張るそれは、いつも口にしていた携帯栄養食を省みれば、栄養バランス的には劣るものだが、誰かの作ってくれる食事というものは。

「うん……おいしい。」

何度食べても笑みが零れそうになるほどに幸せを感じるモノなのだ。
ほんの少しだけ、罪悪感を忘れることもできる。

神樹椎苗 >  
「姉とですか。
 そうですね、それもいいかもしれませんが――」

 娘の言い方につい苦笑が漏れて。

「でもそれなら、お前と一緒に食べる方が先でしょうね」

 娘が可愛らしいやきもちを焼いているようで、微笑ましい。
 姉と居るときはいつもすっかり子ども扱いされてしまうから、こんな気持ちにはなれない。
 やはりこの娘との時間は、これはこれで特別なものなのだと思う。

「当然です。
 白ロリ先輩に教わっていますからね」

 創ったものを美味しそうに食べてくれる。
 その様子を見ているだけで、自分まで嬉しくなってくる。
 なんとも不思議なものだった。

水無月 沙羅 > 「なーんか揶揄われている気がしますけど……まぁ、そういうなら。」

もごもごとスプーンを咥えたまま少女を覗き見る。
苦笑されながらそう言われると、自分がわがままを言う子供の様で多少はずかしくもなる。

「ところで、その白ロリ先輩って……?」

如何にも目の前の『母親』は料理を誰かに教わっているらしい。
少女のネーミングセンス的に、単純に白っぽい幼女の様な見た目の先輩なのだろうが。
はて、そんな人物に身に覚えがある気もするが。
きっと別人だろう、この街なら珍しくもない筈だ、うん。

神樹椎苗 >  
「この間、商店街で会ったのですよ。
 随分と料理に関して造詣が深かったので。
 娘に美味しいものを食べさせてやりたいと話したら、色々アドバイスをしてくれたのです」

 その上、今は時折料理を教わりに通っている。
 ついでにそこそこの金額の授業料を支払ってもいるが。
 おかげで料理に関して随分と学ぶことができた。

「実際にすごく料理が上手いのですよ。
 そのうちお菓子の作り方も教えてもらいたいところですね」

 自分で自分を満足させられる甘味を作れれば、いつでも欲求を満たすことができるのだがら。

「――さて、そう言えば渡すタイミングをすっかり逃してましたが」

 娘が食事を終える頃に、部屋の隅にほったらかしてあった百貨店の袋を引き寄せる。
 中から平べったい大き目な箱を引っ張り出して、娘の前に差し出した。

「お前にちょっとしたプレゼントですよ」

 そう言いながら、空になった食器を持って台所に下がっていってしまう。
 残されたのは、テーブルの上の箱。

水無月 沙羅 > 「料理の造詣が深い人、ですか?
 私もそういう人に料理教わらないと、いつかは手料理とかちゃんと振る舞いたいし。」

もちろんその相手は目の前の母であったり、恋人であったり、家族であったりするのだが。
とりあえずはいつもお世話になっている目の前の少女の顔を、自分の料理の味で崩してみたい。

「しぃ先輩は虫歯にもならなそうですし、太りもしなさそうですしいいですよね。
 スイーツ食べ放題で。私はトレーニングしてるから相殺してるようなものですけど。」

何の努力もなしに体形を保てるというのは羨ましくもある。しかしこの目の前に居る少女は望んでそうなった訳ではない。
この街に居る異能者はそのほとんどが望んでなった筈ではないだろうが。
それでも羨ましいものは羨ましい。女性の性というものだ。

「うん……? プレゼント、ですか?」

誕生日は6月の16日、もうずいぶん前だ。
今更の誕生日プレゼントというわけではない筈だが。
下っていってしまった少女を見送りながら、なんだろうと首をかしげる。
そもそもプレゼントされる理由も思い当たらない。
とりあえずは、開けるべきだろうか。

――テーブルの上の箱を開ける。

今年はもう縁もないだろうなとあきらめかけていたモノを彷彿とさせるそのプレゼントは、さて、安くはない買い物だったはずだろう。
眼を見開いて驚くことになった。

「あ、あの、しぃ先輩!? こ、これ如何したんですか!?」

神樹椎苗 >  
 テーブルの方から娘が驚く声が聞こえる。
 狙い通り、といたずらが成功した子供のようにこっそりと笑った。

「直情ロリに夏祭りに誘われちまいましてね。
 どうせ行くなら浴衣くらい用意しようと思って、昨日買いに行ったんですよ。
 それはそのついでです」

 洗い物を片付けながら、特別なんでもない事のように答える。

「どうせ、お前の事だから色ボケもできてねーでしょうし。
 謹慎処分中に、夏の思い出の一つくらい作ってきたらいいですよ」

 娘の期待通りの反応に満足しながら。
 洗い物を済ませれば驚く顔を見るために戻ってくる。

水無月 沙羅 > 「そういう事なら私も誘ってくれればいいのに。」

ぶぅぶぅと口を膨らませる。
少しだけ拗ねて見せようと思えば爆弾発言が飛んでくるのだから。ちょっとだけ吹いてしまっても許されるだろう。

「い、色ボケとか夏の思い出とか、10歳の少女が言っていいセリフじゃないっていい加減覚えてくれます!?
 い、いやでも。謹慎中にさすがにそういった浮かれたのは……。」

言いながら少しだけ気分は落ち込む、『誰かを傷つけた』身分でそんな楽しみを味わっても良い物か、と思うのだ。
ともすれば。『彼』のそういった時間を奪ったともいえるのだから。
普通に考えれば私にその資格はない。

神樹椎苗 >  
「何をいまさら言ってやがるんですか。
 もうやる事もやった後でしょうに」

 などとさらに爆弾を投げつけつつ。

「謹慎中だとかなんだとか、細かい事を考え過ぎてんですよ。
 お前は風紀委員である前に、ただの小娘にすぎねーでしょう。
 16歳の小娘が、初めてできた恋人と思い出作りの一つもして何が悪いんですか」

 仕方のない娘だと、その頭をぽんぽんと撫でて。

「お前が今回何をやったかは知りませんが。
 今年の夏は、お前の恋が実った最初の夏は、今しかねーんですよ。
 いいんですか、そうやってうじうじして夏を終わらせて。
 何もしなかったらお前、一生後悔し続けますよ」

 と、ちょっとだけ厳しく。
 眉根を寄せながら、娘に言い聞かせる。

水無月 沙羅 > 「し、しぃせんぱい!!」

流石に言っていいことと悪い事があるんですよ!と顔を真っ赤にして訴える。
耳年増とはこのことか。
というか18歳未満同士のする会話ではないだろう、というか10歳の口から出ていいセリフではない。
誰かこの子に常識を教えてあげてくれないだろうか。

「―――。」

おそらく、目の前の少女は自分の為を想って言ってくれている。
それは十分に理解しているのだ、それでも。
自分のしたことを棚上げにして楽しもうとは、どうしても思えなかった。

「私ね、しぃ先輩。」

黙っていても、いずれは耳に入るだろう。
同室のルームメイトなら、きっと風紀委員から忠告の様なものが入るに違いない。
なら、自分から素直に明かしたほうが良い。

「わたし、仲間を殺してしまう寸前だったんです。
 この手で、ひとり、殺してしまう所だったんです。
 その人の時間を奪って、痛みを与えて、自由を奪って。
 だから、私にその権利はないんです。」
 
「私は、異能犯罪者だから。」

撫でながら、眉間にしわを寄せるようにして叱る少女に、告白する。

「わたし、しぃ先輩の教えを破っちゃった。」

胸に秘めた思いがあふれ始めた。
死を大切にすることで生を実感できる。
少女が自分の根本としてきたその宗教観は、自分の行いによって脆くも崩れそうになっていた。

『死を畏れ、死を想え』

死を想う事を忘れ、生を奪おうとした少女は、それを教えてくれた少女に、何といえばいいのかもわからずにいる。
自分は、様々な人の想いを裏切ったのだ。
たとえそれが、自分の記憶になかったとしても。

しゅんとしていた顔が、くしゃりと歪んだ。
歪な笑顔になる。

いつから、そんな表情の作り方を覚えてしまったのか。

神樹椎苗 >  
「お前はほんとうに――真面目過ぎますね」

 話を聞いて、そのままそっと頭を撫で続ける。

「『黒き神』の教えは、死を軽んじることなく、尊び畏れる事で、懸命に『生』を全うする事。
 他者に『死』を与える事に恐怖して後悔する、お前の姿は正しく、『死』を想っている」

 自分の行いに恐怖し、省みて後悔している娘は、決して死を軽んじる者ではない。

「――しいは、死を軽んじる者、死を忘れた者、死を失った者。
 この学園に来てから、しいは幾人も『不死者』を『亡者』を『怪異』を殺しています。
 もちろん、悪人だろうと善人だろうと関係なく、無差別に。
 それこそが、しいが果たすべき『黒き神の使徒』としての役目で、責務ですから」

 夜に出歩くことが多いのも、それが理由だった。
 学園が管理しきれていない、輪廻から外れた徘徊する『不死者』。
 椎苗はそれを、誰にも見せず、語らず、葬ってきた。

「けれど、それは学園の命令も、財団の指示もない、しいの独断です。
 しいを利用したい連中がいるから黙認されていますが。
 お前がそうなら――当然、しいも『異能犯罪者』ですね」

 罪を告白する娘に、椎苗もまた、大きな権力の影に隠れて行ってきた事を告げる。
 椎苗が罪に問われていないのは、それが結果的に常世島の治安向上に繋がるからだ。
 そして正規の住民には手を出していない、というそれだけの事だ。

「――と、しいはお前に言いますが。
 それでもお前が、教えを破り死を軽んじ、死を想う事を忘れたというのなら」

 左の人差し指を、とん、と娘の額に押し付け。

「――お前も、眠らせてやりましょうか?」

 そう、優しく慈しむように微笑みながら、娘に問いかけた。

水無月 沙羅 > 「そんなことない! そんなことない!!」

今まで自分のことで精一杯だった少女は、椎苗の言葉を聞いて、それこそ必死に、一生懸命にそれを否定する。
否定しなくてはならなかった。

「しぃ先輩は軽んじてなんかない! 忘れてなんかない! 失ってなんかない!
 軽んじているなら、失っているなら、忘れているなら!
 貴方は時計塔の下で、居るかもわからない友人を想って泣いたりしなかった!!
 私を助けてくれることだってなかった!
 貴方は誰より死を想っている筈でしょう!?」

それを否定してしまったら、彼女が忘れてしまったかもしれない友人は、そして何よりも椎苗自身が、それを裏切っていることになってしまう。生きて居たことを覚えていたい、そう思っている事こそが、『死を想っている』と言わずしてなんというのか。

だから、目の前の少女にそんなことは言ってほしくはなかった。

「だから、そんなこと言わないで……。」

少女を抱き寄せる様に、屈んで胸に顔をうずめる様に、只願う。
少女の優しさに甘える様に。

「私も、忘れないから……。」

自分の痛みも、椎苗の痛みも、全てが混線して自分の中からあふれだしていく。
共感は止められず。少女の過去のイメージはとめどなく溢れてくる。
それは、一体どれほど孤独で辛い道のりだったのだろう。
自分の過去と交差して、泣いている理由もあいまいになっていく。
瞳は金に点滅しかけるも、それは勢いを失って紅に色をもどしてゆく。

涙は体温以上に少し暖かい。
いつもより、ビジョンは鮮明で、それ故に涙もまた止まらない。

神樹椎苗 >  
「――ふ、もう、まったく」

 思わず吐息を漏らして、縋り付く娘を抱くように左手を回す。

「ええそうです、しいは『黒き神の使徒』。
 誰よりも死を想い、死を尊ぶものです。
 ――ちょっと意地の悪い事を言いましたね」

 そのまま娘の背中を、宥めるように撫でてやりながら。

「お前は、しいの言葉から教えを得たと言いました。
 それはお前もまた、黒き神の教えを信じる信徒であるという事です。
 信徒が迷ったとき、導いてやるのも使徒の役目です」

 「母としても、ですね」と、柔らかな声音で付け加えて。

「お前は今も、『死』に心を痛めている。
 それは『死』を軽んじていたら、けして、出てこない感情です。
 こうして涙を流すお前に、『黒き神』は罰を与える事はありません」

 そう、罪を許すように告げる。

「そして、学園や組織としても、お前は受けるべき罰を受けています。
 唯一すべきことがあるとすれば、被害者自身と向き合って、懺悔する事くらいでしょう。
 これだけ悩み苦しんでいるのですから、お前はそれ以上、自分を罰する必要はありません」

 撫でていた手で、そっと娘を抱きしめて。

「もちろん、罪を忘れて良い訳じゃねーです。
 ですが、罪を犯したからと言って、そいつが幸せになっていけない道理はねーでしょう。
 それとも、犯罪者は罪を償っても、些細な幸せすら手に入れてはいけないのですか?」

 「ちがいますよね」と言って、手を離し、涙を流す娘に視線の高さを合わせる。

「罪は罪として背負い、受けるべき罰は受ける。
 けれど、それはそれとして――お前はちゃんと幸せになる権利があるんですよ。
 お前は『人間』で『生きている』のでしょう、正しく幸せになるべきなのです」

 そうして流れる熱い涙を、左手で拭い。
 頬に手を添えたまま、自分を見るように顔を支える。

「それでも、お前が自分を許せず、死を想う事を忘れた罪人だというのなら。
 しいはいつでも、お前を眠らせてやります。
 お前が本当に死を軽んじるようになったら、しいが必ず、眠らせてやります」

 危うい色彩を見せた娘の瞳を、静かに、青い瞳がのぞき込む。
 娘はまだ『寒く』なっていない。
 まだ眠るには早すぎる。

「だから、安心するのですよ。
 お前の事はちゃんと、しいが見ていてやります。
 お前が本当に間違ったときは――必ず」

 『死神』として、娘を送り届ける。
 だからそれまでは、ちゃんと『生きて』『幸せ』になるのだと。

水無月 沙羅 > 「……っ」

ずっと、涙を拭いながら、流れ出そうになる鼻水を啜っている。
鏡で覗いたらそれはひどい顔をしているであろう自分の顔を、腕で擦ることで整える。
少女の言う言葉が意地悪であったことに少なからず安心する。

それでも彼女のどこかにはそういった面があるのではないだろうか、とも思うのは何故だろう。
信じていないわけではない、けれど、そういった危うい面があると沙羅は感じていた。
だからこそ、自分と同じぐらいに彼女のことが心配になったのだ。
比べることは出来なくとも、彼女には彼女の重い過去があるはずだから。
『神の使徒』になってしまうような、自分には考えつかないような過去がある。
自分を『娘』と呼ぶその人の過去に、少しでも寄り添いたいと思う。

もし、彼女が自分を殺すときがあるとすれば、今度こそ彼女は『生きる』ことを止めてしまうのではないだろうか。
その辛さに押しつぶされてしまうのではないだろうか、そう思うから、沙羅は少女に殺されることは決してできない。

「……まだ、難しいことは分からないよ。
 幸せになる権利とか、正しい幸せとか。
 分からない。
 でも、悲観しすぎるなっていうのは、なんとなくわかった。
 いつも通り、ちゃんと『いきろ』ってことなんだよね。」

罪とか罰とか、難しい概念は分からない、自分を動かしているのはいつだって感情だ。
そうするべきではないと思ったから、そうしたいと思ったから、心の思うままに行動してきたその結果があるだけだ。
それでも、感情だけで動いてはいけないという事もあるのだろう。
罪悪感に呑まれて何もかも諦めてしまっては、『生きて居る』ことを捨てることと同義だということは、辛うじて理解できた。

「でも、でもね、しぃ先輩。 一つお願いがあるの。
 これは、うん、たぶん、しぃ先輩にしかできない事。
 しぃ先輩を傷つけるお願いだと思う。
 それでも、聞いてくれる?」

それでも、最愛なものを守るために、彼女にどうしてもお願いしたいことが一つだけあった。
それはきっと、『娘』が『母』に願うべき事ではないのだろう。
彼女の『生き甲斐』を奪いかねないお願いを、今しようとしている。

神樹椎苗 >  
「そうです、これまで通りに。
 ただ懸命に、『生きる』事こそがお前のすべきことです」

 頷きながら、何か思い詰めるように願いがあるという娘に向きあう。
 どんな願いであっても――それを求められるのなら、椎苗はそれに応えるだろう。
 そうあろうとする存在だから――なにより、娘の願いだから。

「――いいですよ。
 なんでも、言ってみると良いです」

水無月 沙羅 > 「……。」

怒られるだろうか、今さっき生きると言ったばかりでこんなことを言ったら。
それでも不安なのだ、不安で仕方ないのだ。
自分が自分でなくなることは、とても怖いことなのだ。

「……私には、『椿』、っていう、 もう一人の人格が、あるんだって。
 その、椿が、今回の事件を引き起こしたの。
 私の仲間を、他の誰かを、殺そうとしたの。
 楽しんでるみたいだった、殺すことを、命を奪うことを、生き甲斐にしているみたいに見えた。」

それは、公安の彼が見せてくれた映像から、自分が推測した情報に過ぎない。
それでも沙羅にはその顔に見覚えがあったのだ。
身に覚えが、在ったのだ。

「コキュトスで、あの特殊領域で、過去を視たの。
 私を作った研究所を破壊したあの日、あの研究所の人間を残らず……、『殺して』しまったあの日。
 あの日の私ね、確かに『笑って』いたの。
 笑っていたんだよ。」

だから、あれはきっと、自分の奥底に眠っている『悪意』なのだろう。
自分を生み出した、自分を苦しめた、全てを奪い去った、世界への『憎しみ』。
沙羅が制御しきれないその感情が、『椿』として生まれ落ちたのだとしたら。

「きっと、あの時の私が、『椿』なんだ。
 全部が憎くて、世界のすべてを怖がってる、それがきっと、『椿』なんだとおもう。
 だから、もし、もしも私が『椿』になってしまったら。
 停めようもない、『憎しみ』だけの存在になってしまったら。
 その時は。」

もしも、私の大切な人たちを、消してしまいそうになったとしたら。

「ワタシをコロシてくれますか?」

そんな未来は、耐えられないと。
そんな未来なら殺してほしいと、母に願う。
本当は、願いたくなんてないけれど。
沙羅が知る限り其れができるとしたら、椎苗一人だった。
残酷な事をいうなと、自分でも思うが、その思いを止めることもできなかった。

神樹椎苗 >  
 静かに、娘の言葉を聞き。
 その額に、自分の額をくっつけた。

「ええ、その時は。
 約束してやります――必ず」

 ゆっくりと顔を離して、安心させるように微笑みかける。
 それは最初から、『使徒』であり『母』である自分の役目だ。
 娘を想うからこそ椎苗は、その時、その願いを必ず果たすだろう。

「――さて、それじゃあ真面目な話はこれくらいでいいですね」

 しっかりと娘に答えてから、切り替えるように言って、娘の額をぺしり、とはたく。

「そう言う事ですから、お前はしっかり、思い出作りしてきやがれですよ。
 ああ、そうでした。
 もう一つ渡しておかないといけないものがありましたね」

 そう言って、百貨店の袋から今度は小さなドラッグストアの袋を出して。

「これもちゃんと持っておくと良いです。
 こういうものはきちんとしないといけねーですからね」

 袋を差し出す。
 中身は数箱のゴム製品だった。

水無月 沙羅 > 「あいた。」

真面目な話が終わったとたんに叩かれた。
彼女が必ずと言ったのだから、必ずなのだろう。
椎苗は冗談は行っても、嘘をつくような少女ではない。
安心していいのか、してはいけないのか、それは微妙なところだけれど。
母の手を煩わせないようにするのが自分のするべきことだ。

「む、むぅ……、思い出作りはまぁ、わかりましたけど……渡す物、まだあるんですか?」

出てくるのは、ドラックストアの袋。
その中身は。
避妊具のソレ。

「し、しぃ先輩の耳年増!! スケベ! エッチ!! 何考えてるんですか!?」

もう其れは顔を真っ赤にして非難するしかなかった。
夏祭りで何をしろというのかこの人は。
いや、ナニなんだろうけど。

神樹椎苗 >  
「何って、娘の健全な交際を考えるに決まってるじゃねーですか。
 むしろ夏祭りに行って、デートして、なにもしねーとかありえるんですか。
 それだけシチュエーションがお膳立てされてたら、何もない方が不健全です」

 と、真顔で言ってのける母(10歳)。

「それにこういうのは女も自衛として持っておくべきです。
 まあ、何もなしでヤろうとするような男は、挨拶できないような男と同じですし。
 そんなやつだったらすぐに言うのですよ、この世界から消してやります」

 そして、真剣な顔で物騒な事を言い出した。
 少しばかり娘が好きすぎるのかもしれない。

水無月 沙羅 > 「……いや、あの、たぶん、私の体的にいまは気を使ってしてこないと思うっていうかその。
 そういう事になるのは確かに嬉しくないのかと言われたらそんなことはないですけど……うぅ。」

脳が沸騰しそうだ、本当に目の前に居るのは10歳なのか。
本当はもっと長生きしてるとか言われても納得できてしまう。

「……ぁー……。 えっと。 うーん。
 あ、あはは……。」

最初の夜を思い出して、そっと目を逸らした。
そう言えばあの夜は、そのままだったな、と。
沙羅は嘘がつけない少女だった……。

神樹椎苗 >  
「――そうですね、一度お前の恋人とやらには会わないといけませんね。
 まあ、ちょっと、少しばかり。
 事と次第によっては、きっちりと『おはなし』しなくちゃいけねーですからね」

 なにもしていないはずなのだが、黒い霧が漂いだしているような錯覚。
 表情こそ笑顔だが、圧力が酷い。

「まあいいです。
 ほら、そろそろ風呂に入ってくるのですよ」

 そう言って、自分は最近お気に入りのクッションに腰を下ろした。

水無月 沙羅 > 「あ、あはは……、あの、お手柔らかに……ね?」

苦笑いをしながら圧力から逃げ出すようにして。

「……一緒に入ります?」

ちょっとした冗談を残して、着替えのパジャマ(着ぐるみネコマニャン)をもって脱衣所へ向かう。
この人は入らないだろうという事は分かってるけど。
本当の親子なら、そう言うのもあるんだろうなと思いながら。
ニシシと最後に笑う。

また一つ心の霧は晴れた。

神樹椎苗 >  
「――まあ、それも考えといてやりますよ」

 冗談には、いつものようにそっけなく、けれど少しだけ期待を持たせるような言い方をして。
 最後の笑顔に少しだけほっとして、椎苗は柔らかなクッションに埋もれるのだった。

ご案内:「常世寮/女子寮 部屋」から神樹椎苗さんが去りました。<補足:黒基調の衣服、スカート。怪我だらけの自殺癖。>
ご案内:「常世寮/女子寮 部屋」から水無月 沙羅さんが去りました。<補足:身長:156cm 体重:40kg 不死身少女>