2020/08/31 のログ
ご案内:「レイチェルの病室」にレイチェルさんが現れました。<補足:病院着を身に纏った金髪のエルフ耳少女。>
レイチェル >  
清潔感溢れる白の病室。
暮夜が漏らす薄暗がりを、
外から射し込むぼんやりとした光が照らし出している。

誰も居ないその病室に、
がらりと扉を開ける音が静かに響き渡った。

「……ふぅ」

口から漏れる小さな吐息は、僅かばかりの疲労の色を感じさせる。
それを病室を覆う沈黙の影に染み込ませながら、
レイチェルは飾り気のない茶色のスリッパを踏み、
ベッドへと歩み寄っていく。
ベッドのすぐ横には大きな窓があり、
そこからは美しい星空が見えた。
天から注ぐ白の光が、オレンジ色のガーベラに静穏の煌めきを
分け与えている。

「流石に、身体も動くようになってきたか」

そんな様子を横目に見ながら、レイチェルはそのままベッドに
腰かける。そうして自分の掌を胸の前に出すと、小さく開いたり
閉じたり動かせば、その感触を確かめた後に、ぽつりと口にした。

夕方から、リハビリも兼ねて病院の周囲を散歩していた。
医者と十分に相談した上で、無理のない範囲で
退院前のリハビリを行っていたのだった。
ゆっくりと、一歩一歩を積み重ねる。ただ、それだけの
散歩だったが、随分と心の余裕ができたように思えた。

ご案内:「レイチェルの病室」に橘 紅蓮さんが現れました。<補足:身長:167.4cm 体重:40kg スクールカウンセラー 白衣 赤髪>
レイチェル >  
ベッドの上で、棚の上に置かれた銀色のノートパソコンを
手に取れば、それを膝の上に置くレイチェル。
彼女が流す金の川が、外界から顔を出す僅かな光を受けて輝いていた。

彼女が膝の上に置いたのは、
いつも風紀の仕事で使っているノートパソコンだ。

開くのは、スケジュールカレンダー。

一日の殆どを、予定を示すブロックが食い尽くしている。
そこには、微塵の隙間もありはしなかった。
久々に見たその予定表を、レイチェルはただ静かに見つめていた。

そうして予定のブロックを一つずつクリックして内容を確かめれば、そこに隙間を作り出していく。
その隙間は、彼女の時間と精神に余裕を与えるための、
自分勝手な空白だ。レイチェル・ラムレイのための空白だ。

キッドを始め、刑事課の同僚たちが彼女の負担を軽減しようと
頑張ってくれているのだ。
おかげで、レイチェルはこうして隙間を作ることができる。

「ほんと、感謝してもしきれねーな、みんなには」

思わず言葉を漏らしてしまった自分に対して、
困ったように笑ってしまうレイチェル。
本当に、ありがたいとレイチェルは心底感じていた。
彼女はもう、無理をする訳にはいかないのだから。


そして――

橘 紅蓮 > 「失礼するよ。」

ノックもそこそこに生徒の居る病室に入る白衣の女。
紅い髪に、紅い瞳、手袋だけが黒く、その手にはワインボトルが握られている。
病院の関係者、というわけではないらしい。
下げているのはゲスト用の立ち入り許可証だ。

「あんたが『時空圧壊』のレイチェル・ラムレイで間違いないね?」

無遠慮に室内に入り込むと、見舞客用の椅子にどかりと音をたてて座り込んだ。
睨みつける様な眼光で、レイチェルの事を見ている。
その目には隈ができているのが見えるだろうか。

その真紅のまなざしで、上から下までじっくり観察する様に、目線を動かした。

レイチェル >  
足音の気配。
担当医だろうか、それとも見舞い客だろうか。
いずれにせよ、このドアを開くのならば見知った顔だろうと、
レイチェルはそう思っていた。

しかしその扉の先に居たのは、彼女が見たことのない女性だった。
どこか安堵感を覚える落ち着いた赤色に、白の衣を纏ったその
女性を見て、レイチェルは眉を潜めないまでも、首を傾げる。

「……ああ、間違いねぇぜ」

傍若無人な見舞客が居たものである。
目の前の女性の立ち居振る舞いに対して思わず目を丸くする
レイチェルであったが、彼女の睨みつける視線にすぐに気付け
ば、自らもまた目を細めて、その下に疲労の濁りを見せる
尖った紅の宝石を、ただじっと見つめ返す。

「……で、あんたは誰なんだ?」

橘 紅蓮 > 「年齢は19歳、異邦人、混血児、吸血鬼、ハーフエルフ。
 異能は『時空圧壊』だが、現在は使用不可能。
 風紀委員会刑事課に所属、主に重火器を使った戦闘を得意とする。
 しばらく前まで第一線を退いていたが、唐突に現場復帰。
 そして、伊都波 凛霞との模擬戦中に事故によって負傷。
 入院するに至った、と。
 ガキの癖にずいぶんと頑張るじゃぁないか?
 ま、そのせいでボロぞうきんになってちゃぁ世話無いけどねぇ。」

持ち歩いていたトランクを踏みつける様にしてロックを外し、弾ける様にして蓋が開く。
中にはワイングラスと、いくつかの銀色の中身の見えないパックが詰め込まれている。

ワイングラスを丁寧に取り出し、レイチェルには銀色のパックを一つ投げ渡した。

「わたしか、あぁ、そうだね。 ガキ相手とはいえ名乗らないわけにもいかないか。
 橘紅蓮。 しがないこの学園の心のお医者さんってやつだ。
 カウンセラーって言っても今のガキには通用するのかな?
 まどっちでもいいがね。」

いいながら、病室という事にかまう事もなく、ワインボトルのふたを開けてグラスに紅い液体を注ぎ込んだ。
病室にアルコールの匂いが充満する。

そのままグラスに口をつけて、ごくりと喉に流し込んだ。

「まずい。」

レイチェル >  
「よくもまぁそんな、ご丁寧に調べてくれたもんだぜ」

初対面の相手に自らの詳細なプロフィールを述べられれば、
警戒心を抱くのが当然の反応だろう。
しかし、彼女の纏う雰囲気がその気持ちを深い所まで抱かせない。

――不思議な奴だな。

僅かな警戒心は残しつつも、自然と身体を彼女の方へ向けて、
レイチェルは話を聞く姿勢をとっていた。

そして紅蓮から銀色のパックが放られれば、
軽く右手を閃かせてそれを受け取った。
そのパックと紅蓮に交互に視線をやりながら、
レイチェルは話を継いでいく。

「……へぇ、スクールカウンセラーって訳か。
 納得したぜ。そこまで詳細にオレのことを調べているのなら
 ……知ってるんだろうな、異能の事故の原因も」

レイチェルが起こした異能の不発、そしてその消失。
幾つかの要因が絡み合っていたが、それでも根底にあるのは
『精神』の問題であると既に診断結果が出ている。
故に、この場にスクールカウンセラーを名乗る女性が現れた
ことに対して、レイチェルはひとまずの納得を得た形となった。

「……病室で酒飲むなよ、ったく。ほんとに『お医者さん』かよ」

呆れた顔を隠しもせず、じとっとした目で紅蓮を見やるレイチェル。

橘 紅蓮 > 「投げられたものを受け取れる程度には回復したようでなにより。
 いや、ご愁傷さまと言ったほうが良いかね。
 私としてはそのまましばらく病院に縛り付けられていてほしいものだが。
 回復したところで、お前に出来る事なんてたかが知れているからね。」

銀のパックはやわらかく、握れば水の様な液体が入っているであろうことが感じられる。
完全に密封されているそれは開けて見なければ中身は分からないだろう。
紅蓮はその動きから多少の肉体的回復は見られると判断した様だ。

しかし、だからと言って何かをメモする様子もなければ、変わった動きをすることもない。
ワイングラスを片手にくるくるとまわしながら、レイチェルをじっと見つめている。
その一挙手一投足を見逃さないとでもいうように。

「調べている、と言うより報告に上がってくるのさ。
 まぁ、多少わたし自身でも遡ったのは否定しないけれどね。
 患者になるかも知れない奴を調べるのも仕事の内だからね。
 この島には数多くの年若い妙な力を持った奴が集まる。
 10代半ばっていう精神的に最も不安定な奴らがね。
 それを放っておいたらどうなるか、分からないほどこの島を作ったやつらはバカじゃないってことさ。」

多感な思春期の少年少女、様々なことが彼らの精神的問題になりえる。
それはこの島の外の平穏な生活を送っている、『異能』を持たない人間たちでさえそうなのだ。
唐突に『異能』に目覚めてしまった者、見も知らぬ異世界に来てしまった者たちの精神的負担は推しはかるにあまりある。
だからこそ、それらが引き起こす問題を事前に防ぐのが紅蓮の表立った仕事という事になる。

一見、まじめに仕事をしている様には決して見えないが。

「まぁ、多少なりとも想像はつくがね。
 こればっかりは決めつけるわけにも行かないのさ。
 心因性のものだっていう事だけははっきりと言える。
 まぁ医者がそう言っているっていうのもあるが――」

紅蓮はここで一度言葉を止めた。
そのまま残っているグラスの中の紅い液体を飲み干す。
如何にも不味そうに顔をしかめて、今度は胸元から煙草の箱を取り出した。
『Marlboro』そう書かれた紅いパッケージの目立つ箱は、旧時代からある女性が愛好する煙草の一つとして有名だった。

「あんたも吸うかい?」

箱から一本だけ、振る様に突きださせてレイチェルに向ける。
白衣のポケットからジッポライターを取り出した。

レイチェル >  
「ちっ、言ってくれるぜ」

彼女が放ったその、一言。
『お前に出来る事なんてたかが知れている』。
それはレイチェルの耳を通してただの音ではなく、
確かな呪いとして胸に染み込んでいく。

――言われなくても知ってるさ、そんなことくらい。

その言葉に内心胸を突かれつつも、レイチェルは表情を
崩さずに相手に顔を向ける。

「……ま、そうだろうな。
 未成熟な――オレ達みたいな学生が持つには、
 重すぎる力なんだろうよ、この異能《きせき》は」

彼女が口にしたその考え方は、レイチェル自身も
常々感じていることだった。
不安定な精神と、過ぎた力が共に在る時、行き着く先は
ろくでもない未来だ。特に、病室で目覚めてから今までの
間は、何度も頭の中で考えを巡らせたものだった。

「……そうかよ。ま、心因性なのは間違いねぇ、な」

医者の判断も、この紅蓮という女性の判断も、きっと正しい。
蓄積された身体のダメージは大きな要因だが、あくまでも
一つの要因でしかない。奥底に在るきっかけは、彼女の不安定
な心が作り出したものだった。

――これまで、一度だってこんなことなかったのにな。

「……タバコは吸わねぇ」

はっきりと拒否の意志を言葉で示しつつ、

視線をやるのは手元で弄っている銀のパック。
その中身を確かめるように指を押し込む。
これは、やはり――。

その疑念を確固たる認識へと改めようと、レイチェルは密封
されたそれを開ける。

橘 紅蓮 > 密封されたパックの中からは、鉄分が多分に含まれた液体の匂いがする。
見なくてもわかる、その液体は紅い、人体に流れている血液そのもの。
人の体から離れたソレは、パックの中で波打つように揺れている。

「きせき……ね。 まぁ、奇跡なんだろうさ。
 一定数存在する不幸な奴らを例外にすれば、ね。」

異能を『奇跡』と称する彼女の言い分は大方にして間違ってはいない。
しかし、人間が自由に起こせる奇跡なんていうのは危険極まりない。
それは増長を招き、時に人を滅ぼしたりもする。

「チッ……。」

小さく舌打ちをして、わずかに過った思考を排除する。

「ほう、そりゃいい心がけだ。 ……副流煙も遠慮したほうが良いかい?」

煙草を咥えて、火を点けようとした所で思いとどまった。
未成年の前で喫煙する時は、本人の許可を取るのが紅蓮の中でのルールだ。
年齢以上の図体のでかさについ忘れそうになってしまうが、彼女もまだ未成年だ。
年齢にサバを読んでいなければだが。

レイチェル >  
「血液の差し入れとはね、なるほど『医者』らしいぜ。
 この血……何処から仕入れてきたんだ?」

すぐに口に含むようなことは決してしない。
まずはこの血の出どころを、せめて彼女の口から聞かねば
レイチェルの気が済まなかった。

「仰る通り、だろうぜ。例外はいつだって存在する。
 奇跡は人を救うこともあるが、
 時に人を取り殺すかのように、呪う。
 オレだって、綺麗な面だけを見てその言葉を使っている訳じゃ
 ねぇさ」

それでも、この奇跡《のろい》に何度命を救われてきたことか。
だから、レイチェルは己の異能を信じていた。
信じていた、筈だった。


「……別に、少しくらいなら構わねぇさ」

そう返して、レイチェルは手首を軽く振って頷くのだった。
気にならないと言えば嘘だが、かといって断るまでのものでもない。
病室で酒を飲んでいる人物である。そこに少々のタバコが加わろうが、
何の違和感もなかった。


そうして少し俯いて考え込むこと暫しの間。

「スクールカウンセラーっていうなら……
 ここで悩み、聞いて貰ってもいいのかよ?」

レイチェルはそう口にして、紅蓮の方を見やる。

橘 紅蓮 > 「疑い深いやつだね。だがこの島ではそれぐらいでちょうどいい。
 安心しなよ、そいつはこの街で地道に献血活動してるやつらから買い取った代物さ。
 吸血種や、血液を媒介にする魔術も少なくはない。
 そう言った生きて行くのに必要な連中の為に動く奴らもいる。」

この島にはそう言った慈善団体も中には存在する。
レイチェルの様なハーフの存在だけではなく、中には純粋種≪オリジン≫の姿も認されている。
血液を思たる食糧としている彼らは、人間からしてみれば、自分達を食料としてみているに等しい。
それは万人には受け入れがたく、忌避されがちだ。
そう言ったモノに手を差し伸べるモノもまた、居てもおかしくはないのだろう。
人間とは偽善で成り立っている生き物だ。

「異能ってのは万能じゃないが、基本的には本人に有益をもたらすものが多い。
 異能ステージ説っていうのがあってね、異能は成長するって言われている。
 成長する原因はわかっちゃいないし、明確にそれが立証されているわけじゃなぁないが。」

「異能って奇跡はね、本人が望んだものを引き寄せる力。
 それを持つ者の根本たる『願い』や『祈り』が表出したものだと私は考えているよ。
 だからこそ、ステージを超えていくやつらには、そのきっかけが存在する。
 あいつを殺したい、とか、誰かを守りたい、とかね。」

くだらない仮説だ、とこぼしてから、許可された煙草に火を点ける。
煙草の先端が燻るのを見届けてから煙を肺まで吸い上げ、レイチェルとは別の方向に顔を向けて煙を吐き出した。
何処か甘さと酸味の混じった香りが漂う。

「私は聞くだけだよ。 その悩みを解決するのはあんた自身だ。
 解決の糸口ぐらいなら一緒に探してやらないでもないけれどね。」

隈のついた眼を細めたまま、紅い瞳でレイチェルを見ている。
優しさなのか、厳しさなのか、その瞳は何を語るわけでもなく。
ただ、鏡の様に少女を映すだけだ。

レイチェル >  
「生憎と、そうなるように育てられてきちまったんでな」

紅蓮が説明をしっかりと行えば、レイチェルはそれを真摯に
受け止める。そうしてパックに口を添えれば、そのまま中身を
一気に飲み干した。
彼女にとってはほんのりと甘い香りが、口の中に広がった。
人の身体を離れた血に温かさなどある筈もなかったが、それでも
彼女は確かな温もりを感じたのだった。それがたとえ偽善の味だとしても、
今この瞬間、彼女の心を満足させるには十分だった。


そうしてすっかり空になったパックを、
レイチェルは手近なゴミ箱へと捨てる。
雑に投げ捨てるのではなく、
静かにゴミ箱の上で手を離すようにして、捨てる。


「望んだものを引き寄せる力……願いや祈りの、表出……か」

彼女の持つ力には、そのくだらない仮説に思い当たる節はあった。
あったからこそレイチェルは、彼女の言葉に何度か頷いて
見せてから、そう繰り返したのだった。

「……良い。それで、良い。解決はオレ自身がしなくちゃ
 ならねぇ。ただ、さ。
 あんたが、心の医者だって言うなら、オレは一つ、
 あんたの考え方を聞きたいんだよ、紅蓮先生」

そう口にするレイチェルの眼差しは、真剣そのものだ。
確かに、態度こそ医者らしくないのかもしれない。
それでも彼女の語りを聞いている内に、彼女に胸の内の
疑問を投げかけてみたいという思いに、レイチェルは
至ったのだった。

「オレ、親友だと思ってた奴が居たんだ。
 そいつ、女の子なんだけどさ。
 気づいたらオレ……そいつを好きになっちまってた。
 特別な存在になりたいって、思っちまってた。
 ずっとずっと一緒に居たいって、そう願うようになってた。

 それで、疑問に思ったことがあったんだ。

 『親友』と『恋人』の違いって、何なんだろうってな。
 それはただの、性別の違いなのか? 
 それとも、想いの強さか?
 あるいは、もっと別の所に違いがあるのか?
 オレ以外の人間の答えを、どうしても聞いておきたくて、な」

橘 紅蓮 > 「それはそれは、苦労が多かったんだろうさ。」

飲み干す姿を見る。
吸血種にとって生命線のそれが、彼女に必須な物かどうかまでは調べていない。
ハーフである彼女にとって、生きるために必要なのか否か、それは分からない。
だが、おそらく彼女はしばらくそれを取っていないだろうことは想像ができた。
少しでも吸血鬼としての血が流れているのならば、それが無駄になる事は無いだろう。

紅蓮もまた、銀のパックを一つ取り出して、開封しては飲み干した。
決して、紅蓮は吸血種などではなく、この世界出身の普通の人間だった。
それももうずいぶん昔の事のように思えるが。

「言うに事書いて恋愛相談とは、いや、思春期らしい悩みと言えるんだろうね。
 まぁ、いいさ。
 ガキはその位で思い悩んでるのがちょうどいい。
 しかし私の意見、ね。 それ、本当に重要なのかい?
 私がどう答えたところで、お前の想いが変わるわけでもないだろうに。
 変わったとしたら、それはもはや恋とか愛じゃないけどね。」

患者に対して自分の意見を述べるというのは、あまりしない事だ。
カウンセラーと呼ばれる自分たちの言葉は重く、相対した者への影響力は大きい。
ときに、その価値感すら変えてしまうこともある。
故に、あくまで聞き手役に留まることが多い。
だが、少女の真剣なまなざしに答えないわけにもいかない。

「『親友』と『恋人』の違い、ねぇ。
 そいつとガキを作りたいって思えば、そりゃ恋してるってことなんじゃないかい?
 親友相手に性欲を催したりしないだろって話さ。
 思いの強さとか、性別とか、そんなものどうとでも言える。
 恋人より大事な親友が居たっておかしくないし、親友より大事な恋人が居たって不思議じゃぁない。
 そこを分けるのは、結局どう在りたいかだろ。
 まぁ、私から言わせれば、『恋人』だの、『親友』だの、形にくくっちまう事こそ馬鹿らしい。」

溜息を吐く様にして。

「好きなもんは好き、でいいんじゃないのかい?」

ごく当たり前のようにつぶやいた。

レイチェル >  
「『形にくくっちまう事こそ馬鹿らしい』……か」

紅蓮が口にした言葉を、レイチェルは飲み込むように繰り返す。
それは、まさに自身が抱いている感情、思いを言葉にした
ものだと感じた。


「『好きなもんは好き』……ああ、そう、だよな」

『親友』だの『恋人』だの、そんな枠をすっ飛ばしてしまう
くらいに、ひたすら相手のことが好きなのだ。

どうしようもなく、好きなのだ。
一緒に居たいと思う。心配させたくないと思う。
傷ついてほしくないと思う。誰よりも傍に居たいと思う。


紅蓮の言う通り、彼女がどんな言葉を返したとて、レイチェ
ルの気持ちが変わる筈がなかった。
それでも、レイチェルは知りたかったのだ。
自分以外の者が出す答えを、聞いてみたかったのだ。


「……悪ぃ、変な質問だったかな。
それでも、どうしてもオレ以外の考え方を、
聞いておきたかったんだ。
それじゃあ、紅蓮先生。もうひとつだけ、聞いていいか?」

橘 紅蓮 > 「変な質問だとは言ってないだろう。 多くの人間が通ってきた道さ。
 それを馬鹿にするようなことはないよ。
 あんたにとっては大事な事なんだろう?」

自分短くなった煙草をフィルターぎりぎりまで吸い上げてから、口の中で存分に煙の香りを楽しんで、輪っかになる様に吐き出した。
甘ったるい会話に、少しだけ苦いこの煙草は心地が良い。

「質問の多いガキだね、今度は何だい。」

それ以上吸えない煙草を携帯灰皿に落して、向き直る。

レイチェル >  
「……そう、だな。オレにとっては、本当に大事なことだ」

口にされれば、レイチェルはそう返す。
そう、自らの在り方を変える為に答えが欲しかったのではない。
それでも、目の前に居る相手の答えがどうしても欲しかった。

「オレさ。その、本当に大切な人を……裏切っちまった。
 どうしようもなくなる前に相談しろって言われたのに、
 自分も気づかない内にこんなことになってて……
 自分の気持ち、身体のこと、どちらもちゃんと気づいて
 なくて……それで、そいつのことを傷つけちまったんだ。
 
 改めて、相談はするって、約束はしたんだ。
 それを裏切りたくはねぇ。
 でもさ。このオレの想いが……この重みが、
 もしかしたら、あいつを傷つけちまうんじゃないか、
 傷つけちまってるんじゃないかって。
 そう思うと、どうしていいのかわから、なくて……。
 気持ちは伝えた。この気持ちは、誰にも負ける気はしねぇ。
 揺らぐことはない気持ちだ。それは、間違いねぇ。
 けど……けどな。
 親友を超えたこの想いって、オレの独りよがりでしか
 なくて……そいつは、恋愛のことが分からないって言う、し
 ……」

深くにある内心を、目の前の相手へ吐露する。
相手は困ってしまうかもしれない。そう思いつつも、
この気持ちを誰かに受け止めてほしかった。
その一心で、レイチェルはその悩みを口にした。

「オレ、この想いを持ち続けてていいのかなって。
 あいつに伝え続けてもいいのかなって。
 本当に、全部を相談していいのかなって。
 『好きなもんは好き』、そりゃそうだ。
 けどさ。
 それでも、やっぱりちょっとだけ、怖くなっちまったんだ。
 ……ごめんな、先生。こんなこといきなり相談されても、
 何も言えねーかもしれねぇけど……」

橘 紅蓮 >  
「このアホタレが」
 

橘 紅蓮 > レイチェルの額にデコピン一つ。
椅子から動かなかった白衣の女は初めて足を動かした。

思い悩む少女の前で腰に手を当て溜息を一つ。

「その思いを持ち続けるかどうか、それはお前が決める事だ。
 他人が決める事じゃぁないだろう。
 持っていいとかいけないとか、そんなものはないんだよ。
 あるものはあるんだ、お前自身がそれに押しつぶされていてどうする。
 相談するって約束したんだろう?
 おまえ、その娘が同じように隠し事をしていて、いい気分するのかい?
 打ち明けられるのと、我慢していられるの、どっちがいいんだ。」

元の位置に戻って、膝に肘を置いて、頬杖をつく様に。

「おまえ、また同じ過ちを繰り返すのかい?」

其れだけを告げた。

レイチェル >  
「……痛ぇっ! この……!」

突然のデコピンに、額を押さえるレイチェル。
先ほどまで弱々しい色を見せていたその顔に、
その一言とデコピンで、彼女『らしい』色が戻った。
凄まじい破壊力だった。

しかし紅蓮が言葉を紡ぎ始めれば、レイチェルはすぐに
視線を彼女へと戻す。真剣な眼差しが、再び戻る。
そうして、沈黙を幾らか続けた後に、彼女は口にした。

「……そうだな、そうだよな。
 このオレの気持ちに、偽りはねぇ。
 そのことが分かってるんだったら」

紅蓮の口から紡がれる言葉を、受け止めた。
ただしっかりと、受け止めた。
そうして自分の気持ちと改めて向き合えば。
胸の内から闇――泥の残滓が次第に払われる。
今、彼女の胸の内から消えていくもの。
それこそが、彼女の胸に残った最後の陰りだった。


「ぶつかり続けるしかねぇ……『オレ』らしく。
 このどうしようもないほど大きな気持ちを、
 自分自身が真正面から受け止めて……
 そして、あいつと向き合って……」

あの日の、彼女の顔が過る。
もう二度と、彼女の曇る顔は見たくないから。
だから、自分の顔も、もう彼女の前で曇らせない。
曇って、たまるか。
オレは、あいつを照らしたいんだ。


――どんな障害があろうが、必ずオレが、あいつを幸せにしてみせる。

それは、大それた我儘で。どうしようもないほど身勝手で。
しかし、どこまでも純粋な『恋』の感情だった。

「……オレの『恋心』、ほんとどうしようもねぇんだな」

思わず、笑う。初めから、分かりきっていたことだった。
相手を想い、ボタンを掛け違えてしまうのは、既に通った誤りの道。
ならば、二度目は通らない。

紅蓮を見やる。
それは、先程までの彼女とは全く異なる、
微塵の陰りもない、真っ直ぐな心で。

橘 紅蓮 > 「ふん……、もう私の手助けは必要なさそうだね。」

くぐもっていた顔は、過去の資料にあったような自信に満ちた顔に少しだけ戻った気がする。
まだまだ本調子には程遠いだろうが。
愛やら恋やらは人をよくよく濁らせる。
目の前に見えているはずの物を見落として、後悔してしまいがちだ。

「まぁ、お前らしい答えが出たならそれでいい。
 あぁ、それでも一つだけ忠告しておくよ。」

持ってきた手荷物、トランクを片付けて、担ぎ上げる様にして扉に歩いてゆく。

「さっき、異能は願いの表出、そう言っただろう?
 お前の異能は、時の進行を妨げ、自己のスピードを速めている。
 それは、もっと早く駆け付けたい、駆けつけたかった。
 そういう過去に描いたものが形になった物じゃないかと思ってる。 
 あぁ、もちろん推測だ、本気にしなくて構わない。」

「レイチェル、今あんたは。
 過去ではなくて、未来を見ている。
 駆けつけるのではなく、共に歩もうとしている。
 時間を止めていては叶わない願いに、あんたは今『変わっている』
 その意味をよく考える事だね。
 その恋っていう感情と、その娘とどう向き合うのか。」

手をひらひらと振って、扉のノブに手をかけた。


 

レイチェル >  
「……お陰様でな。確かにあんた、立派な『心のお医者さん』
 だぜ。ありがとな、本当に」

目の前のスクールカウンセラーを改めて見る。
酒は飲むわ煙草は吸うわ、全くもってカウンセラーなどといった
職の人間に思えぬ行動の連続だったが、それでも最後にこんな
自分の気持ちに向き合ってくれた。
『馬鹿』な自分を目覚めさせてくれた。
だから、満面の笑みを彼女に向ける。
それは、太陽のような笑みで。

「……」

去っていく彼女の言葉を受けて、思い返す。
そう、分かっていた。
あの日、自分は大切な人たちを救うことができなかった。
もう一歩速ければ、あと一歩が届けば、救うことができた
筈の、命。伸ばしても届かない手は、眼前で起こる惨劇を
秘するように、自分の視界を覆い隠すことしかできなかった。

それから、ああ。
いつだって。

救いたいと、手を翳《のば》した。
いつだって目の前へ、翳《のば》してきた。

認めたくない結末を覆い隠す為に。
救いたい者を、救う為に。


だけど、今は。



「……駆けつけるのではなく、共に――」


感じる。鼓動を。
聞こえる。胸の声が。
応えてくれる。心が。


自らの胸に手を置く。


既に沈黙した、消失した筈の、自分の奇跡。


その大それた奇跡の波動が。


「――歩む……」


今その形を、確かに変えて、

彼女の内に、新たに芽を――







――ドクン 
 
 
 
 
 

橘 紅蓮 > 「次に会う時を楽しみにしているよ。
 もう、時を壊す必要はない。
 お前はお前の時を歩みな。」

煙草を一本だけ咥えて、ゆっくりと扉を閉めた。

次に会う時の彼女は、『時空圧壊』ではなくなっている事だろう。
さて、今度はどんな奇跡が彼女に起こるのか。

「……なに? 敵に塩を送るのかって? 馬鹿を言うなよ。
 碌に戦えない奴なんて敵ですらないさ。」

どこからか聞こえる言葉に、らしくない言い訳をした。

ご案内:「レイチェルの病室」から橘 紅蓮さんが去りました。<補足:身長:167.4cm 体重:40kg スクールカウンセラー 白衣 赤髪>
ご案内:「レイチェルの病室」からレイチェルさんが去りました。<補足:病院着を身に纏った金髪のエルフ耳少女。>