2020/09/10 のログ
ご案内:「情報屋ワトソンのオフィス」に『拷悶の霧姫』さんが現れました。<補足:軍服にも似たワンピースを身に纏う、仮面の少女。>
『拷悶の霧姫』 >  
――遡ること、数日前。

そこは、陽の光の射し込まないオフィスだった。
情報屋、ワトソン。
そのコネクションの多さから、落第街の情報屋の中でも一目置かれている
存在である。金に汚いのが玉に瑕ではあるのだが。


紫煙渦巻くオフィスの事務机。
その椅子にどっかりと腰かけているのは、ワトソンである。
オールバックにまとめた茶髪に、羽織るコートは質の良いものの
ようだ。

「……『レーヴン・ヒェーヴェン』だ。遂に動き出しやがった」

男がそう言葉を放ったのは、目の前に立つ少女に向けてだった。
黒の仮面を身に着けた少女の顔色は知れぬが、真剣な眼差しを
彼に対して向けているらしいことは仮面の奥からでも読み取れる。

「……ヨゼフ・アンスバッハの忘れ形見ですか」

少女は返す。今宵、認識阻害の魔術は仮面に刻んでいない。
目の前の男は落第街の情報屋にして、裏切りの黒の協力者である。
裏切りの黒内部でも勿論情報収集を行っているのだが、
なかなか表に顔を出せぬ身では限界もある。
その穴を埋めるのが、彼の存在だった。

「ああ、その通り。あいつら、やべぇもん持ち出してんぜ――」

ワトソンはそう口にして、咥えた葉巻を離せば手の先で弄ぶ。
そうして、彼は語を継いだ。

「――偽造悪魔《ディアブロ・ファルサ》」

それだけ口にした彼は、続いて重苦しさを感じさせる煙を言葉の代わりに
吐き出した。

オフィスに、煙が渦巻く。

『拷悶の霧姫』 >  
その言葉に、少女は沈黙を返す。
しかし、それも暫しの間のみ。

「その製法を記した魔導書は、禁書庫に埋もれていると聞いて
 いましたが……掘り返したのですね」

黒の少女は、淡々とした口調で返す。
そこには何の色もない。氷の如き声色を発するのは常のこと。
それを知っているワトソンは、特に気にした様子もなく
言葉を続けていく。

「『レーヴン・ヒェーヴェン』を率いてるのは、
 ヨゼフ・アンスバッハの弟分だったガキだ……。
 そう、ガキなんだが……侮れない。
 あいつのことはよぉく知ってんだ。
 魔術師としちゃ一級品だよ、あいつは」

甘ちゃんではあるがな、と付け足しながら、再び甘美な煙を
口に含むワトソン。

「……ワトソン、それでは彼に連絡を、今すぐに」

少女は、指で彼の事務机の上に置いてある電話をさす。
そうして、自らもまた懐に入れている端末に空いた手を伸ばした。


「……何て連絡すりゃいい」

怪訝そうな顔をするワトソンに、少女は即答する。
シンプルな話です、と。


「――貴方から、伝えてください。仇敵に、会わせてやると」

彼の仇敵。
それは、少女自身も顔を合わせたことがある男だった。

『人と人が分かりあえるようになったら、いなくなった人ともまた会える』

彼の言葉が。

『その日のために、俺は人と分かりあうための努力をやめない』

少女の脳内に。

『それでも………生きているだけで悲劇を生む悪と相対したら』

響き渡る。



―――。
――。
―。



オフィスを去った少女は、
落第街の地下深く、拠点へと戻っていた。
端末で見知った番号に連絡を始める。
それは、風紀と繋がりのあるヴラドの端末へ向けた通信だ。


「ヴラド、流して欲しい情報があります。
 風紀委員に、ええ……」


――さあ、見せてもらいましょう。貴方の覚悟を、風紀の覚悟を。


少女の声が、冷たくオフィスに響く。


――山本 英治。

ご案内:「情報屋ワトソンのオフィス」から『拷悶の霧姫』さんが去りました。<補足:軍服にも似たワンピースを身に纏う、仮面の少女。>
ご案内:「落第街 廃ビル群 僻地」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と黒の風紀制服を着用。>
ご案内:「落第街 廃ビル群 僻地」に山本 英治さんが現れました。<補足:アフロ/風紀委員の腕章/草臥れたシャツ/緩めのネクタイ/スラックス(待ち合わせ済)>
レイチェル >  
月光は雲に紛れ、微かに灰色の森林を照らすのみ。
落第街の廃ビル群、その僻地。ここには何も無い。
その筈だった。

そこは、委員会から指定されたポイントだ。
『レーヴン・ヒェーヴェン』。
かつて、ヨゼフ・アンスバッハという男により率いられていた
違反部活『ヴレーデゥ・ワンデレン』。その少ない残党を掻き集めた
違反部活だという。

問題は、その戦力だ。
彼らの保有する脅威――『偽造悪魔《ディアブロ・ファルサ》』。
禁書庫からその製法が持ち出されたというその怪物は、
数多の血肉と魂を捧げてようやく完成する悪夢の存在だ。

穴だらけの巨大な骸がそこかしこに立ち並ぶ無機質な骸の一つ。その最上部に、
レイチェル・ラムレイは立っていた。


「……山本、聞こえるか。瓦礫が多い。こちらでも索敵は行うが、
 十分に注意して進めよ」

インカムに向け、呼びかける。
彼は今、目標と接触すべく眼下に広がる灰色の森林を進んでいる。

「話した通り、オレは上から通信でのバックアップを行う。
 そして必要なら――」

そう話すレイチェルの手元には、黒のスナイパーライフルが握られている。
いつでも彼を支援できるように、用意してあった。

「――弾の用意もある」

基本的には、非殺傷弾だ。だが、『そうでない』弾の用意も、無論ある。

山本 英治 >  
視力は良いほうだ。だが、こうも暗いとやりづらい。
だが文句は言えない。
常にベストな環境で戦うなんて試合でも無理だ。

ヴレーデゥ・ワンデレン。
平和を横切る者。
ウォーカー。余所者。

俺がかつて、殴り殺した男。ヨゼフ・アンスバッハ。
その思想の残り香が今、悪夢を生み出している。

お前、やっぱすげぇやつだったんだな。
だけど……許されることじゃなかった……

 
「わかりました、異能を微弱に発動しながら進みます」
「遭遇戦は索敵と反射神経頼りだ、頼りにしてますよ」

インカム(専用のもの)で軽口を叩きながらも、心は重い。
かつて殺した男の……残党の…………
いや、まだだ。それを考えるのは早い。

今は仕事に集中しなければならない。

レイチェル >  
「あったりめーだ、任せとけ。
 でもって……お前の力も信頼してるぜ、山本」

山本 英治。彼はレイチェルにとって信頼できる後輩だ。
そう何度も言葉を交わした訳ではない。
それでも何度か訓練は行ったし、何より華霧を助けに行く際に
背中を強く押してくれたのはこの男だ。

一瞬そんな思考を走らせながら、
レイチェルは手元の端末に目をやった。
小型の情報端末には、山本を中心としたレーダーが
画面に展開されている。
生体反応のみでなく、異能や魔術の反応を察知する端末は、
今レイチェルのサイバーアイと同期している。

「今の所、反応はねぇ。不気味なくらいにな。
 相手は魔術師。どんな搦手で来るか分からねぇ。
 魔術による転移からの奇襲も有り得る
 そのまま異能を展開しつつ、ポイントへ向かってくれ――
 と、待て」

ポイントまではもう少し。
その時、レイチェルの端末が赤い光を捉える。
一つが、ぽつんと山本の背後に。
続いて、2つ、3つとその光は増えていく。
端末と眼下の光景に目を走らせながら、レイチェルは告げる。

「来るぞ!
 8時の方向……4時、2時……6時の方向からもだ」

インカム越しに、告げながらレイチェルはスナイパーライフルを
構える。
ライフルを肩に当て、開いた膝の内側で肘を安定させる。
そして前屈みになれば、ライフルの重さで腕を固定する。
僅かな筋肉の動きや咄嗟の強風にも揺るぐことのない、
身体に通った骨自体でしっかりと支える狙撃の姿勢だ。

相手は相手で待ち伏せをしていたようだが、
それはこちらも同じだ。
いざとなれば引き金を弾く用意は、ある。

山本の周囲に、淡い赤色の柱が展開される――!

「目の前の敵を、ぶん殴れ」

山本 英治 >  
「ありがてぇ……これを聞かされて…」
「無事に帰らなかったら漢が廃る」

レイチェル・ラムレイ。風紀委員の生ける英雄的存在。
彼女と交わした言葉数は少ないながらも。
彼女が俺の信頼を裏切ったことは一度たりともない。
そう、園刃との時も。

「魔術知識、もちょっと真面目に座学で学んでおけばよかったなァ」

緊張の面持ちで進む。
即死するような攻撃を仕掛けられても困るが。
触媒と構築と条件なしにそんなことができる魔術は限られる。

ふと、転移の術式が発動した。
上虚下実。
上半身をリラックスさせて硬軟自在。
下半身に力を込めて咄嗟に動けるように。

出てきた敵が一人、すぐ飛び出してくる。
白いメッシュを入れたこの男、確か見たことがある。

今井邦雄。
相手の術技の七割をコピーする異能『模象品(コピー・ドール)』を持つ違反部活生。
タイマンでは決して勝てず、多対一で最後のピースとなると言われた男。

相手の掌打を避けて、次に連環腿を打ってきた瞬間に今井の鼻先に拳を叩き込む。

スキンヘッドの男が放つ粘着弾が俺の足をトリモチのように抑え込み。
次の瞬間、巨大化した異能者が俺の上から拳を振り下ろしてくる。

 
ああ。なんてことだ。
ああ、ああ。ったく。

確かに残党だよ、お前ら。やることがまるでなっちゃいない。

レイチェル >  
「オレもお前を帰せなかったら女が廃るぜ」

華霧のことを伝えに来た時、山本はレイチェルに対して『女と見込んで』と
口にした。そのことを思い出しながら、レイチェルは言葉を返すのだった。

戦闘開始。
戦場に浮かぶ顔に機械眼《サイバーアイ》を走らせる。
資料で見た顔――セヴラン・トゥシャールの顔はそこには無い。

――まだ控えてやがるか。

「本命はまだだ」

短くそれだけ告げて、レイチェルは息を吸う。
そしてゆっくりと、静かに半分だけ息を吐いて、ぴたりと止める。
弾道の計算は機械などに頼らずとも、脳内ですぐに行える。
そんなものはかつて、狩人だった時代に嫌になるくらいに叩き込まれた。
何千回も何万回も、脳内で行った計算だ。

――この風なら、ズレは右に10cm程度。

確信を持って、引き金の遊びを無くしていく。

彼女が構えるのは、最新式のテーザーライフル。
対象に5万ボルトの電気ショックを与えることで
行動不能とする非致死性の装備だ。
弾の中に電池と電極が収まっており、着弾すれば弾頭が外れて電気ショックが
放たれる。


狙いは、過たず。
山本の眼前で拳を振るわんとする巨躯の裏で、
彼に向かって銃を構えている者達に向けて、2発。

乾いた音が月光の下で、静かに響き渡る。

――着弾。

双方ともに、痙攣しながら倒れ伏す。
さて、後は。

山本 英治 >  
「まずは主催から顔を見せてほしいもんだ」

巨漢と狙撃手が倒れ込んだ時。
異能を完全にOFFにした。
相手を殺したくはない。

この程度の相手に異能は必要ない。

よろめいた今井の胸に双掌打。
悲鳴を上げて吹き飛んだ今井の言葉に、気圧される残りの敵に襲いかかる。

一人の膝の骨を蹴り砕く。
制圧する時、わざと悲鳴を上げさせるのは大事だ。
相手の意気をそれだけ挫ける。

痛みが残るように相手の骨を砕いていく。
意識を奪うようなことはしない。
まして、命までは。

最後の『分身する異能』の持ち主を三人まとめて蹴り飛ばす。

「援護射撃完璧でした」

インカムに話しかけながら手の血を軽く振る。
憂鬱な気持ちになっている暇はない。
暴力が嫌いでも、火の心で振るう力に意味はあると今は信じる。

レイチェル >  
「そっちこそ、文句のつけどころがねぇ」

彼の振るう中国拳法。訓練の中で見たことはあったが、実戦で
使われるのは初めて見た。
敵の行動に対して、無駄なく振るわれる拳には非の打ち所がない。

戦場でこんなことを思うのも、おかしな話かもしれない。
しかし、レイチェルは確かな心地よさを感じていた。


刹那。
端末のレーダーが巨大な光を検知する。
――こいつは、まさか。

「……御出座し、か」

その光は凄まじい速度でレーダーの中心――山本へと
近寄っている。
しかし、眼下を見下ろしてもその姿は見えない。
もう、視界に入ってもおかしくない距離だ。
ならば、それは。

「山本、跳べ! 下だ!」

すぐさまインカム越しに伝える。
その直後、地面を突き破って、巨大な黒い獣の口が
山本の足元から現れる。
数多の瓦礫や石ころが、周囲に散って粉となっていく。

ぽっかりと空いた牙を持つその穴は、まさに地獄の入り口だ。

そして、山本は――

山本 英治 >  
「そりゃどうも、アンタほどの人物に褒められたら」
「しばらく周りの風紀に自慢できるってなもんですよ」

頬についた血を拭う。
神経質かも知れないが、こんなことに慣れたくはない。
マリーさんや園刃の笑顔を思い出す。

少なくとも。今、この瞬間の俺にはその資格はない。

 
「下って……ッ」

異能を発動させて大きく跳躍する。
直後、自分の立っていた場所は喰われて粉砕された。

「シャドウビースト……ッ!!」

一匹の奇妙な獣(ein eigenteuliches Tier)、縫影獣とも呼ばれる異界の怪物だ。
戦ったことなんかない。

走って逃げると、地面を泳ぎながらこちらを追ってくる。

「0.2秒」

それだけ隙を作ってほしい、と告げると全身から淡く紅いオーラが吹き出す。
セカンドステージ、オーバータイラント・セカンドヘヴン。

こいつでなら。当てられれば。

今も背後から破滅は迫る。

レイチェル >  
「……そうか」

インカム越しに聞いたその声から、
山本の胸中にある何かを察したのか。
レイチェルは静かにそう返すのみだった。

ライフルを持つ手に力が入る。
凛霞や華霧の笑顔を思い出す。

穏やかな日常を守り抜く為に、今はただ、弾丸を放つ。
その意志を込めて、ライフルを握る。


「任せろ。お前の時間はオレが必ず作り出す」

0.2秒。それだけあれば拳を叩き込むことができるということ。
次元外套《ディメンジョンクローク》からもう一丁のライフルを
取り出し、構える。
込められているのは、30口径の実弾だ。

――絶対に、死なせてたまるか。

絶対に後輩の背中《いのち》は、守ってみせる。
凛霞との約束を思い出しながら、引き金を絞る。

「この装備じゃまともな足止めはできねぇな……」

――だが、頼まれた時間だけは必ず稼ぐ。

装甲を貫くことはできずとも、一瞬の隙を作るくらいであれば。
岩のように硬い鱗の、その隙間を狙えば、或いは。

「――3」

スコープ越しに、狙いをつける。

「――2」

狙うは、ほんの僅かな隙間。

「――1」

その引き金を、絞る。

弾は的確にシャドウビーストの脳天、鎧の隙間に直撃する。
猛進を続けるその、獣。命を奪うまではいかない。

しかし、巨影はほんの一瞬だけ、その速度を緩める。


確かに稼いだ。

0.2秒だけは。


「ぶちかませ、山本!」

インカム越しにレイチェルは叫ぶ。

山本 英治 >  
「うおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」

敵は止まった。ジャスト0.2秒。躊躇わない。
拳を、撃て!!

紅いオーラを残光として放ちながら拳をシャドウビーストに叩き込む。
カノン砲の直撃に等しい衝撃は怪物の胴体に大穴を空けた。

倒れ込む怪物のドス黒い体液が地面に溢れた。

「はぁ………はぁ…」

異能が心を蝕む。
さすがにセカンドステージは侵食が激しい。

「ありがとうございます、先輩……」

異様な臭気に背を向けて。
再び歩きだしていく。

「先輩……俺、ブレーデゥ・ワンデレンの首魁を殺しました」

ふぅ、と額の汗を拭って。

「ヨゼフ・アンスバッハ……その思想までも」
「それでも、あいつはまた俺の前に立ちはだかってきてる」

「二度目は殺さない」

どんなに暴力に魅せられても。
その覚悟を口にした。

レイチェル >  
「……山本」

沈黙したシャドウビーストを背に、山本は口を開く。
そして、語られたその言葉に、レイチェルは穏やかに、
しかし湖面の如き静かな声で名前を呼んだ。
そうして。

「お前一人で、立ち向かう必要はねぇ」

苦しそうに言葉を紡ぐ後輩。
レイチェルの内心は、決して穏やかではない。
それでも、その色が相手に伝わらぬように、はっきりとした
声色で伝える。安心しろ、と。言葉で伝えなくても、その色で
しっかりと伝える。

「この連鎖を止めよう。オレ達で」

拳や弾丸のみを放って築ける未来は、どこまでも暗い。
痛みと悲しみだけが刻まれた灰色の未来だ。

眼下。
遥か遠くに居る山本の眼を、それでもしっかりと見据える。

「オレ達風紀が居る意義は、きっとそこにある。
 血に濡れても、泥に塗れても、己と相手と向き合って、
 信じて手を伸ばし続けること……
 居場所になろうと足掻くこと……」

ライフルをリロードしながら、レイチェルは語を継ぐ。

「大丈夫だ、オレはここに居る。お前を支えてる」

そうして、にっと穏やかに笑って見せる。
遥か遠くに居る山本に、それが見えたかは分からないが。
それでも、少なくともインカム越しには伝わったことだろうか。
レイチェルの、明るい声色が。


そうして山本はポイントへ、到達する――

「さあ、来るぜ」

短く、それだけ伝える。

山本 英治 >  
「………!」

レイチェル先輩の言葉は、穏やかに。
それでいて、強い意志を秘めたもので。
不思議と心の底に、灯火が光るような。

そんな言葉だった。

「……風紀らしくもない」

そう言って口の端を持ち上げて。

「でも、俺たちらしい言葉だ……!」

そうだ。信じることをやめたら。
俺たちの未来が遠ざかる。
それは明確な諦めだ。諦観を踏み砕いた先に、本当の平和がある。

誰かの笑顔がきっとある。

「前衛は任せてもらいますよ、先輩!」

今回の任務のトップアタッカーは俺だ。
他の風紀は別のエリアで残党狩りを行っている。
だから。

 
当然、今回の最重要人物と。
俺は直面することになる。

レイチェル >  
風紀らしくもない、という山本の言葉にレイチェルもまた口の端が
自然と上がる。
 
「ああ、オレ達は風紀……風紀委員だ。
 でも、オレ達は風紀委員会《システム》じゃ居られねぇんだ。
 だから、オレ達はオレ達の意志で。
 言葉を、紡ぐ。
 未来も、紡ぐ。
 悩み続けながら……格好悪くても、さ」

そうして彼が返してくる頼もしい言葉に、レイチェルは満面の
笑みを見せる。

「勿論だ。頼むぜ、主役《アタッカー》」

端末のレーダーを注視しながらライフルを構える。

セヴラン >  
そうして。
山本の眼前に、3つの柱が立つ。
それは先程、彼らが転移してきた柱だ。

左右の光の柱が、一際輝く。そこから現れるのは人――

――そうでは、ない。

紫色の、閃光だ。
その閃光は山本へ向けて、
獲物を前にして悦び、喰らいつく獣のように。

迫る。
凄まじい速度で。


そうして、中央から現れるのは、少年だ。
見た所はどこにでも居る、少年だ。
黒のローブを身に纏った、茶髪碧眼の少年。
外跳ね気味の髪は、雑ではあるがそれなりに切りそろえられている。

「……ようやく、会えたな――」

静かに、語る。

「――ようやく、ようやくだ――」

語りは、熱を増していく。

「――ようやくだッ! 山本英治ッ!!」

少年は、手を山本の方へと伸ばす

山本 英治 >  
そうだ。俺たちはただの仕組みじゃない。
意思がある、一つ一つの命なんだ。
俺たちにできることは、ただ殺して壊すだけじゃない。

 
転移魔術が発動する。
不意打ちは織り込み済み。
襲いかかる閃光の初撃を後方に宙返りし、二発目を身を捩ってかわす。

着地と同時に姿を見せた少年と向き合う。

「違反部活レーヴン・ヒェーヴェンの部長だな?」
「偽造悪魔《ディアブロ・ファルサ》の創造は準一級魔導法違反だ」
「アンタには黙秘権と弁護士を呼ぶ権利が………って」

「聞きたいのはそういうことじゃねぇよな……」

拳を握って相手に向ける。

セヴラン >  
両の碧眼を、憎悪に満ちたその青い炎を山本へと向けながら、
どす黒い色を微塵も隠さず、その呼びかけに応える。
 
「そうだ……『レーヴン・ヒェーヴェン』の部長、
 セヴラン・トゥシャール――」

彼が手を伸ばすその先に、
ただ放つだけで人を簡単に殺せる程の魔力が収束していく。

「――ヨゼフ・アンスバッハの遺志を継ぎ――」

術式《りせい》で編まれた暴力の紫が、その掌の内に渦巻く。

「――お前を殺す『余所者』の名だ!」

収束、爆発、解放――。

「何故だ……何故殺したぁ! お前みたいなカスの役にも立たない
 風紀委員が……ヨゼフを! 何の権利があって!
 殺したあああああッ!!」

先の奇襲とは比べ物にならない、殺す為の力――憎悪の紫が、
山本へ解き放たれる。

レイチェル >  
「山本っ!」

テーザーライフルを構え、弾丸を放つ。
目標は、正確に。過たず、対象を捉えた。
その筈、だった。

しかしその一撃は、魔の暴力によって霧散するに留まる。
彼の身体から迸る紫電が、外部からの干渉を寄せ付けないのだ。

――チッ。

次弾を装填しながら、レイチェルはインカムから聞こえる声に耳を集中させた。

山本 英治 >  
「そうか………セヴラン」

理は歪められる。
紫の力を見て少しずつ距離を調節する。

力の奔流を獣じみた直感のみで回避しながら。
語る。真意を。

「俺にはヨゼフを殺す権利はあった。だが資格はなかった」
「世の中には、人を殺して良い人なんていないのかも知れねぇな」

着地と同時に足元が弾けて。
崩れた姿勢に紫が迸る。
全身がバラバラになりそうな衝撃。

「ぐっううう!?」
「ヨゼフの………妹のことは聞いていたのか…」

「ヨゼフはイデオロギーの虚像じゃない」
「生きた一人の………人間だった…!」

人は一人で民意なんか受け止めきれない。
イデオロギーなんか体現できない。

「それが理解できない奴とは!! 俺は誰とでも戦う!!」

血を吐き出して、叫んだ。
相手との距離は、一足飛びには遠すぎる。

セヴラン >  
「殺す権利が……あった……だと……? 
 ふざけたことを……! いや、ははっ……は! 
 そう、だな……!
 殺す権利は世の中にあるとも!
 僕にだってあるッ!
 僕の大事なヨゼフを殺した……お前をぶっ殺す権利がッ!」

両の掌を激しく打ち合わせれば、双の掌に力の奔流が宿る。
右を放ち、左を放つ。その一つひとつは、常人であれば
一瞬にして命を奪われる魔の絶技である。

「一人の人間だと……!?
 カスめ! やっぱり何も理解しちゃいない!
 ヨゼフは……ヨゼフは僕達の柱だった!
 ヨゼフは僕達を導いてくれた!
 余所者だった僕達に、人生を与えてくれたッ!
 ヨゼフは、僕達にとっては、ただの一人の人間なんかじゃ
 なかったッ!
 だからッ!! 僕達は……僕はッ!」

全身から、今までにない程に激しい、超常の紫電が迸る。
そうして、そのまま自分の身すら焼く程の出力で、
眼前の山本に向けて殺意の雷を放つ。
その眼から、血を流しながら。

「理解できるもんかあああッ!!!!」

――僕は、お前の言うことを。
――お前に、僕を。
――お前に、ヨゼフを。

――理解なんて、できるもんか。

レイチェル >  
「……なんつー魔力だ。てめぇ自身も焼き始めやがって、馬鹿野郎が」

レイチェルは、次元外套《ディメンジョンクローク》から一丁の
ライフルを取り出す。それは、もしもの時の切り札。

続いて取り出したのは、月光を反射せず漆黒の闇を湛える一発の弾丸。


「山本、今度はオレから我儘言うぜ――」

レイチェルは、インカムの先の山本に語りかける。


「――10秒だ。オレにくれ」

その手に握られているのは、虚弾《ホローポイント》。

異能や魔術によって生み出された超自然的エネルギーを食い荒らし、
速やかに霧散せしめる奇跡の弾丸。
落第街で出回りだした代物だったが、現在は風紀内でも開発され、
少数だが出回っている。

山本 英治 >  
レイチェルの言葉にインカムを一度切って繋ぎ直した。
相手の言葉へのイエスの合図。

レイチェル・ラムレイは。
10秒あれば戦場で必ず戦果を上げる。
今回もまた、その例に漏れることはないだろう。


「そうだ、お前には復讐する権利がある」
「ただし……その相手は俺にだ」

「世界じゃねぇ!!」

オーバータイラント・セカンドヘヴンを発動。
傷を強引に塞ぎながら足元を強く蹴って移動する。
足場が崩れるのがなんともやりづらい。

そうか、ヨゼフは。
彼らに生きる道を示していたのか。
俺は……罪人だ。

それでも、殺されてやるわけにはいかない。

大切な人たちを守るために。
止まってはいられない。
まして、墓の下なんかに滞在はできない。

「ああ、そうだ!!」
「俺はお前のことを理解なんかできねーかも知れねぇ!!」

「それでも分かり合うことを放棄したら!!」
「ヨゼフを殺した時と同じだ!!」

超放出される紫電をオーバーに走り回って回避する。
それでも、余波で腕の毛細血管が弾けて血が流れる。
どこまで持つ! どこまで持たせられる!?

「俺はお前を殺さねぇ!!」

親指を三度、弾く。
空気の塊が指弾となってセヴランの足首を狙う。

末端部位への射撃は、例え拳銃であっても難しい。
こんな雑な攻撃で相手の足を正確に射抜けたら世話はない。

だが……アンタの足元はどうかな?

セヴラン >  
「世界だ……ッ!」

セヴランは、山本の言葉に否定の言葉を重ねる。
眼から赤い涙を零しながら、掌を自らの雷で焼きながら。

「お前を……殺して……次は、世界を……!
 僕達を……居ないものとして、扱ってきた……世界に!!
 痛みを刻んで……思い出して……思い出させて、やるんだ!
 僕達の、存在を……ッ!
 それには……力が、必要なんだッ……!
 誰にも負けちゃ、いけないんだッ……!
 だから――」

ローブも端から千切れていく。
力の波動が、空気を地面を巻き込んで、ごちゃ混ぜにしていく。

力は叩きつけている。
ありったけの力を、叩きつけている。
これまで溜め込んできた全てを、こいつを殺す為に。
なのに。


――なのに。

――何で、こいつは倒れないんだ。


「殺さない……だと……?
 余裕を……見せているつもりかッ!
 山本 英治ッ!」

――倒れろ。

次の一撃を充填《チャージ》すべく、腕を振る。
空気が、概念が、歪んで紫の滲みとなる。
放つ、一撃。

――倒れろよ!

セヴランの口元から血が噴き出す。
鮮やかな赤が、地に滴った。
更に放つ、一撃。

――倒れろよッ!!!

そうだ、たとえ自分が死んでも、ヨゼフを殺したこいつだけは。
あらん限りの一撃を、充填《チャージ》して……

そこで。

足元を狙った一撃。

「馬鹿がッ! そんな攻撃が僕に当たるとでも……」

簡単に、躱す。
足を狙って動けなくさせようという魂胆が丸見えだ。
この一撃を放って――

――足元が、崩れる。

「……な、にっ……!?」

がばりと空いた地獄の底に、
セヴランは飲み込まれかけて。

その地の端を、掴んだ。
上半身だけ、何とか縋り付いている形となった。

しかし未だ、その身に紫電は迸っている。

レイチェル >  
――安心しろ。
 
虚弾《ホローポイント》を、装填する。
再び狙撃の姿勢をとって、レイチェルは狙い撃つべき対象を
その瞳が捉える。

――必ず、止める。

引き金に指をかける。
足元が崩れて這い上がってきた対象に向けて。
風を読み、弾道を計算。
この風ならば、ズレは左に7cm。
虚弾の効果範囲を計算し、着弾させるべき点を割り出す。

射線上の奇跡を殺すこの弾丸で以て、
あいつの道《みらい》を作る。

――この連鎖は、オレ達が。


「零すな! 手を伸ばせ! 山本英治ッ!」

インカム越しに、告げる。
今度は、ぶちかますのじゃない。

暴力を振るうんじゃない。
たとえ甘えた考えだとしても。
それで傷つくことになったとしても。

――オレ達が、この場で成すべきことを。


引き金を絞り、精確に放つ。
レイチェル・ラムレイは過たずに撃つ。
道を、誤らぬように。

――こいつが、オレ達がこの場で出せる最大の……『正解』への道だ!

奇跡の弾丸《ホローポイント》は、過たず山本とセヴランとの間に道を作る。
その道は、超自然の暴力では侵せない。

ほんの、一瞬ではあるが。それでも、この男ならば。

山本 英治 >  
「俺を殺して、世界を壊して、次はなんだ?」
「───終わりがないだろうがッ!!」

紫電が奔り、指の筋肉が強張って骨が折れる。
強引に接合して前に出る。

「まずはその手を開け、自分の力で自分を壊す気か!?」

紫の力の奔流を受けて、全身から血が吹き出る。
また一歩、前に出る。

「アンタが死んだら誰がヨゼフのミームを受け継ぐ!!」
「誰が次代にヨゼフの名を語り継ぐ!!」

さらなる攻撃。足の指の感覚がない。
それでも──────前に出る。

「セヴラン……お前が死んだら、今度こそヨゼフ・アンスバッハは終わるんだぞ」

撃った指弾は想像以上に足場を崩してしまった。
落ちたら助からない。

これだから暴力ってやつは度し難い!!

自分が振るっておいて、なんだがなぁ!!
目の前をレイチェル先輩が『道』を作る。
その道を蹴りながら彼の前に跳ぶ。
大丈夫。間に合う。

山本 英治 >  
 
今度こそ取りこぼさないぜ!!
 
 

山本 英治 >  
オーバータイラントを切って紫電を纏う彼の手を掴む。
破壊の残滓が俺の腕を切断せんばかりに荒れ狂う。

「うおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」

異能を切っていると、痛ぇな!!
強引に相手の手を引っ張る。

セヴラン >  
「ヨゼフ・アンスバッハが――」

セヴランは、目を見開く。
目を見開いて、山本を見やる。

「――終わる……?」

僕が死んだら、本当に。

ヨゼフが、世界から居なくなってしまう。

確かに、悪人だったのかもしれない。それでも。

妹思いで、弟分の自分も可愛がってくれて。

ぶっきらぼうな優しさを見せてくれる彼が。

そして、多くの『余所者』に希望を与えてくれた彼が。

――本当に、この世から居なくなってしまう?

崩れる。

自分の中で、何かが。

ダメだ。そうじゃない。

そうじゃないそうじゃないそうじゃない!
迷うな、迷うな、迷うな! 迷わされるな!
迷いが生じる前に、いっそこの身を……!


「だとしたって! お前なんかに……助けられるか!
 僕が! お前なんかに! 助けられて、たまるかッ!
 思い上がるなあああッ!!!!」

そのまま、地獄の底へ落ちようと手を離し――


「あ……」

――そして。その手は、確かに掴まれた。

ボロボロの、その腕に。
ぐしゃぐしゃの、その腕が。


「どうして……どうして、掴むんだよ……!
 ヨゼフは、殺したのに……何で、僕のことは……
 助けようとするんだ……! 山本英治……ッ!
 僕の方が死ぬべきだった……ヨゼフは死ぬべきじゃ
 なかったんだ……! なのに、なのに……!」

赤の涙ではない。心から流れ出る涙が、セヴランの瞳から
零れ落ちる。

レイチェル >  
「……間に合うさ」

ライフルを肩に担いで、レイチェルは笑う。
それが、先輩の義務だ。
後輩が手を伸ばすのなら、それを後押しする。
それが、先輩の――そしてレイチェル・ラムレイの在り方だ。

「間に合わせるさ――」

そうして、腕を掴まれたまま光を失っていくセヴランと、
山本を見守るのだった。
心の底から満足そうな笑みを浮かべながら。


「――それが先輩ってもんだからな」

山本 英治 >  
「先輩、本当に10秒ジャストじゃないですか…」
「ここは気を使って7、8秒で終わらせてくれてもよかったんですよー」

軽口を叩きながら、伸ばした手から落ちる紅がセヴランの顔を汚した。
相手の言葉に、穴に落ちそうな彼を引っ張り上げながら。

「さぁな……アンタは俺になんか言われたら納得するのか?」
「殺そうとした相手に? 憎い仇に? 答えをもらって満足できるのか?」

息を吐いて。
今度は入院コースは避けて素直に魔術的処置を受けて回復しよう。
そう考えながら血まみれの手で頬を掻く。

「考えるんだよ、どうして俺がアンタを助けたのか」
「どうしてヨゼフはアンタに優しくしていたのか」
「どうして自分は生きているのか」

「何度迷っても、必ず自分で答えを出せよ」

今度こそ、掴んだ。
けどそれは、痛みを伴った。

「先輩、人を呼んでくれませんか」
「俺はようやく捕まえたんだ……殺さずにね」

「なんて、格好つけすぎですかね」

煙草が吸いたいな、と血塗れで溜息をついて。

セヴラン >  
「どうして、たすけたのか……。
 どうして、ヨゼフはやさしくしてくれたのか……。
 どうして、ぼくはいきているのか……」

考えろ、とその男が言った。
――癪に障る、憎い男だ。殺してやりたい。

それでも、セヴランの理性が今この瞬間、それを拒んだのだった。

その腕のぬくもりを感じながら、殺すのは
もう少しだけ、考えてやってもいいと思えた。

「……ぼくは、どうしたらいいんだ」

ぽつり、と呟いた。
殺そうとした筈の仇敵に命を助けられて。
拠り所を失って。
居場所は既にない。

――どうしたら、いいっていうんだ。

レイチェル >  
「うるせーうるせー。
 宣言通り、ぴったり10秒だったんだからそれで良いじゃねーか」

明るく笑いながら、レイチェルはそう告げる。
インカム越しだとしても、自分の持つ温かさを彼に届けたくて。

「安心しな、もう呼んでるぜ。
 山本……いや、英治。ほんとお疲れさんだ……よくやってくれた。
 ほんとお前は、頼れる後輩だぜ」

彼の名前を呼んだ。親しみを込めて。

事態が収拾した後、すぐに人を呼ぶ。
その辺りの動きに抜かりはない。
山本が彼の腕を掴んですぐに、
レイチェルは風紀へ連絡をとっていた。

「……道は選んだ。一歩を踏み出した。
 でも……まだまだこれから、だぜ」

この道を本当の意味で正解にするには、まだ遠い。
時間もかかることだろう。

それでも、二人で――いや、三人で、道を切り拓いたのだ。

山本 英治 >  
「風紀に捕まることでアンタの選択肢は狭まるだろう」
「それでも、考えることだけはできるはずだ」

「考えることを止める時は死ぬ時ってくらいに思えよな……」

いつだって悩んで。答えを出せよ。
自分にもそう、言い聞かせた。

座り込んでインカムをコツコツと叩いて笑う。

「ジャスト10秒、そんで仕事も正確とは恐れ入る」

ニヒヒと笑ってポケットに手を突っ込み。
煙草がないことを確認してパ、と手を開いた。

「ああ…疲れたよ、先輩………」
「先輩のサポートがなけりゃ2、3回死んでたな」

はぁ、と深く息を吐いて。

ふと、空を見ると。
薄く白んで来ていて。

「ああ、これからだ……」

クソッタレの青空が。今日という日が始まる前に。
口の端を持ち上げて笑った。

セヴラン >  
「考えることは、できる……」

はっ、と。
セヴランのその瞳に、少しだけ輝きが戻る。

「……ちっ、偉そうに言いやがって。
 僕はお前がきらいだ……きらいだ……けど」

視線を逸して、忌々しそうに奥歯を噛みしめるセヴラン。

「……今回は、助けられた」

ありがとうとは言わない。
相手は、今でも仇敵だ。
だからただ、事実を言うだけ。
それが精一杯。
ただ、何も言わずに終わりでは、とても自分を許せなかっただけだ。

「……考えて、みる」

そうして、セヴランはただそれだけを口にした。

彼の時は、輝く暁の中で確かに動き出したのだ――。

レイチェル >  
「死なれちゃ困るっつーの。大事な後輩なんだから。
 お前が死んだらオレ、泣いちゃうぜ?」

なんて。軽口には軽口を返しながら。
ライフルを次元外套《ディメンジョンクローク》へとしまい、
後頭部に両腕を回すとビルの階段を降りていく。


「……飯。あと煙草。奢ってやるよ、英治」

帰ろう。


空を見上げる。
いつもと変わらず陽は昇る。
その下で何が起きていたって、お構いなし。
そんなクソッタレで、愛おしい青空が
今日も迎えてくれる。

そんな当たり前のことが、それでも何だか愛おしくて。
レイチェルは、口の端を緩めたのだった。
満面の、年相応の少女の顔で。


こうして。
今日も――オレたちの日常が青に染まりながら、始まっていく。

ご案内:「落第街 廃ビル群 僻地」から山本 英治さんが去りました。<補足:アフロ/風紀委員の腕章/草臥れたシャツ/緩めのネクタイ/スラックス(待ち合わせ済)>
ご案内:「落第街 廃ビル群 僻地」からレイチェルさんが去りました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と黒の風紀制服を着用。>
ご案内:「情報屋ワトソンのオフィス」に『拷問の霧姫』さんが現れました。<補足:軍服のような黒のワンピースを身に纏った、エルフの長耳少女。>
『拷問の霧姫』 >  
そこは、陽の光の射し込まないオフィスだった。

灰皿と、くしゃっと潰された缶ビールが無造作に放られたその事務机。
それを間に挟んで、中年の男と黒の少女が互いに向き合っている。
男は今日も葉巻を吸っていた。彼の指の間に挟まれたそれが、今日は軽やかな煙を燻らせている。
仮面の奥、微動だにしない表情でそれを見つめる少女に対し、男――ワトソンは声を投げかけた。

「全く、肝を冷やしたぜ。で……偽造悪魔《ディアブロ・ファルサ》は――」

男は微笑みながら、葉巻を手にした指を目の前の少女に近づけた。
少女の表情は変わることはない。

「――一体、どうなったんだ?」

ワトソンは、ゆっくりと身体の重みを後ろへと回す。
古びた木製の椅子が僅かに軋む音がこじんまりとしたその部屋に響いた。

「今回は、不完全な状態での運用が確認されたのみでした。
 恐らく、捧げた血肉と魂が足りていないのでしょうね」

落第街に走らせている魔術監視網は、僻地での戦いを全て捉えていた。
地を喰らいながら進むあれは確かに化け物だが――十全ではない。
 

『拷問の霧姫』 >  
「それでもとんでもない化け物であることには、変わりありません。
 ……姿形と性質は、確かにグロトネリアのそれでした。
 製法が掘り起こされてしまった以上は、『本物』が落第街に出現する可能性も十分にあります。
 注視しておかねばなりません」

縫影獣《シャドウビースト》。
その存在をよく知る一部の人間は、暴食の魔《ディアブロ・グロトネリア》とも呼ぶ。
異界の怪物にして、数ある悪魔の一種である。
十全の状態で現れれば――地獄が生まれることは、想像に難くない。

「……ま、情報が入ったらすぐに連絡するさ。
 しかしまぁ、セヴラン・トゥシャールも生きてたって話だが、今後どうなるのかねぇ。
 あんた、確か前に――」

「……さぁ」

言葉が終わる前に、少女はそう返した。

ワトソンは頭を掻きながら、ため息をつく。この少女と話していると今でも時折、機械人形を相手している気分になる。

「魔術師様でもそんな所までは、読めんかね」

少女へ向けて片方の口端を吊り上げながらそれだけ口にすると、ワトソンは缶ビールに手を伸ばし、中身を口に注ぎ込む。
そうしてワトソンは鼻息をふん、と吹けばすっかり軽くなってしまった缶を机へ置いた。

「それでは、また情報が入り次第……頼みましたよ」

皮肉に背を向けて歩きだす少女。そこへ、ワトソンは悪戯っぽい笑みを向ける。

少女の歩みは、いつもより少しだけ軽やかで。
そんな、普段よりもちょっとだけ異なるその後姿に、ワトソンは思わず笑みをこぼした。

「――それにしても、あんたにしちゃ、随分と機嫌が良いみたいじゃねぇか、ええ?」

少女はその言葉を聞けば少しだけ足を止めて、ワトソンへと振り向いて小首を傾げた。

「……気の所為ですよ、ワトソン」

紫色の冷たい瞳はしかし、どこか穏やかに細められたのだった。


――ああ、それでも、一つだけ。

――期待に応えてくれて、何よりでした。

――山本英治。

ご案内:「情報屋ワトソンのオフィス」から『拷問の霧姫』さんが去りました。<補足:軍服のような黒のワンピースを身に纏った、エルフの長耳少女。>