2020/09/15 のログ
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 ロビー」に羽月 柊さんが現れました。<補足:待合済:【はづき しゅう】深紫の長髪に桃眼の男/31歳179cm。右片耳に金のピアス。薄青のシャツに黒ズボン。>
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 ロビー」にレイチェルさんが現れました。<補足:学園の制服を纏った金髪の長耳少女。>
羽月 柊 >  
病院は苦手だ。
医者に小言を聞きに行くモノのような気がしている。

風紀委員の面々と共闘し、違反部活『ディープブルー』と戦って数日。

深紫の長髪の男、羽月柊は一時的に入院はしたが、
左肩に重度の火傷のみで、治療と検査だけならすぐに帰ることが出来た。

しかし、以前オーバーワークで倒れた時の分で、
『ついでなので検査もしておきましょう』と医者に言われ、
今日は一度自宅に戻って再びここ、病院である。

小竜たちは無傷だったので自宅に置いてきた。

医者に間違われる故に普段の白衣姿という訳にもいかず、
薄青の長袖シャツに黒ズボン。


病院のロビーに入り、溜息を吐く。

共に戦った山本英治と神代理央は、まだ入院している…。
一番大人の己が一番無事というのも、なんだかなとは、思うのだが。

レイチェル >  
病院のロビー、自販機の前にレイチェルは立っていた。
黒の財布から硬貨を出して、投入。
暫し悩んだあとに緑茶を購入した。
緑茶。この世界に来てから初めて飲んだものであるが、
結構気に入っている。独特の苦味は嫌いではない。

「さて、まぁ……」

ため息をつく。
後輩達の無事を願っていたが、どうやら現実はそう甘くないらしい。

「ったく、英治は居ねぇか。理央のところも先客が居るみてーだし」

思わず小さく声に出して呟くレイチェル。
連絡を受けてから、何とか見舞いの時間を作り出したのだが、
今回はタイミングが悪く、二人には会えなかった。
少々驚かせてやろうとアポを取らなかったのが仇になった。
手にした紙袋がぶらぶらと所在無さげに揺れている。

レイチェルは取り出し口からお茶のペットボトルを取り出すと
紙袋を次元外套へしまいこむ。
そうして手にしたペットボトルの蓋を開けると、冷えたお茶を一気に喉へ流し込んだ。
心の中の蟠りが、冷たいお茶と共に少しだけ流れ落ちた気がした。


ああ、残された側はこういう気持ちだったのだな、と改めて痛感する。
大切な存在が入院するというのは、本当に心細いものだ。

あの日、病室に来た華霧の顔を思い出す。
――あんな顔、させたくなかったのにな。

羽月 柊 >  
子供でもないので病院が嫌だなんだと喚くでもなく。
とはいえ遅い足取りで、のそのそと院内を男は歩いていた。

ふと、友人の名前が聞こえた。

以前に山本英治が入院した時もそうだったが、
やはり彼のその人柄に惹かれるヒトは多いのだなと思う。
己のした励ましは、間違ってはいなかった。

故に、『呪い』を受けたとしても、独りで悩むことが減れば良いのだが…。


「…山本に見舞いか?」

不意に少女の後ろから声がかけられる。

聞いたことの無い低い男性の声だ。
しかし、確かに"英治"としか呼ばなかった彼の苗字を言っている。
それはその人物が山本英治を知っていることの証左だ。

振り返れば、見た目は少女や英治よりも年上の紫髪に桃眼の男が立っている。


もしかすれば、山本英治による報告書や、
今回の『ディープブルー』との戦闘に置いて協力した人間として、
男の詳細は分かっているのかもしれない。

レイチェル >  
「……ん?」

不意に後ろから声をかけられれば、
首を傾げながら振り向くレイチェル。
右手にペットボトル。空いた左手を首の後ろにやりながら、
レイチェルは目の前の男の顔を見た。

報告書にあがっていた人物と特徴が一致している。
羽月 柊。常世学園の教員の一人にして、
今回のディープブルーとの戦いに、風紀二名――大事な後輩達と共に、
加わっていたと聞いている。

「ああ、英治はオレの後輩だからな。
 あんたは……『羽月 柊』……先生、だな?」

深い黒紫の髪に、透き通るような桃眼。
男性であるが、何処か艶めかしい雰囲気を纏ったその男に対し、
綺麗だな、と素直に感じたレイチェルは小さく頷きながらそう返した。

そして次に抱いた印象は、その口調から感じる静けさだ。
何処か抜け落ちているかのような、そんな空虚さを感じる。

それらを踏まえた上で、レイチェルは眼前の男から儚げな美を感じていた。

羽月 柊 >  
声をかけた少女が振り向く。

金髪に長耳。
《大変容》の起きたこの世界では、長耳も別段珍しくも無い。
何かしらの"異"は混じってはいるが、
彼ら長耳のモノを、ただそれだけで"異"と扱うのは、
廻天會などの《大変容》以前に戻ろうとする過激派ぐらいのモノだろう。


過去、羽月柊という男は『トゥルーバイツ』事件にも関わっている。

もし少女が"葛木一郎"という風紀委員を知っているならば、
そこにも男の名は登場している。


今回の報告書の内容自体は分からないが、
共闘及び戦闘後も、その場で軽い治療や状況報告なども行っていた。

「…よくよく名前が知られたモノだ。
 あぁ、俺は羽月だ。こんにちは。
 
 山本とは友人関係をさせてもらっている。」

『生徒』と『教師』ではなく、男は英治を『友人』だと言った。
まぁ元々、『トゥルーバイツ』事件以降に教師になったので、成り立てなのだが。

レイチェル >  
「ま、それだけ……あんたがあちこちで動き回ってるってこったろ。
 動き回れば自ずと名は知れる。噂も広がっていく。
 そういうもんさ。
 話は聞いてるぜ。英治と理央を助けて、治療もしてくれたんだってな」

口元を緩ませて、片方だけの目を、穏やかに細める。
少女の声は、年相応のそれに比べて随分と落ち着き払っていた。
ゆったりと構えた、余裕を感じさせるような声の色と調子だ。
それは相手が年上だろうが教師だろうが、何も変わることがない。
口調も、敬語は使わない。
敬語は、自他の間に壁――心の距離を作る為の表現だ。
そういった壁を邪魔に感じることの多いレイチェルからすれば、
この口調は自然で、当然のものだった。

「オレは、レイチェル。
 風紀委員のレイチェル・ラムレイだ。よろしくな、羽月先生。
 しっかし、先生だってのに生徒に『友人』か。
 英治とは特別な関係なんだな。
 オレも、特別な関係さ。あいつは本当に頼れる後輩だ」

友人関係、という言葉に瞬きを二、三度返す。
学生主体で回すこの学園の特色とも言えるが、 
友人という言葉には少し驚きを隠せなかったのだ。
その『友人』という言葉は、
何か特別な関係を匂わせる含みを持った、そんな言葉に思えた。

「でもまぁ……今回はこんなことになっちまってな。
 命が無事なだけ良かった良かった、と言いたいところだが……」

そこで少しだけ、言葉を止めて羽月の方を見上げた。
そうして唇を少しだけ牙で噛むと、言葉を続けた。

「……大丈夫かな、あいつ」

それは怪我の問題だけではなかったことだろう。
ここは病院のロビー。しっかりとした言葉が返ってくるとは思わない。
ただ胸の中に蟠り続けるじっとりとした思いを、目の前の大人に
ぶつけたかったのだ。

それは普段、後輩の前ではあまり見せない顔だった。
相手の立場が立場だからこそ、発せられた言葉だったことだろう。

羽月 柊 >  
そういえば、確かに生徒から素のままで話されることは珍しかった。
いないという訳ではない。
どんな年齢でも学園に入れば"一年生"であるここでは、
敬語を学んでいない生徒だって当然いる。

元より偏屈モノな所もあり、万人に好かれる性格ではない。
故に相手の口調を別段指摘しようとは思わない。
己と"対話"してくれるというならば、好きなように接してくれればと思っている。

正直、自分も教師としては"一年生"なのだから。

「あぁ、よろしく。
 俺はこの夏に教師になったばかりでな。
 それ以前から、山本とは縁あって交流があった。

 彼は間違いなく己の友人だとも。
 色々なことがあって、互いに背を預けて戦える仲だと…俺は思っている。」

『トゥルーバイツ』こそ別々に動いてはいたが、
目の前のレイチェルも含め、男と少女は互いの知り合いがある程度共通していた。

英治とは転移荒野で金龍に共に対峙したことに始まり、
特殊領域《コキュトス》での共闘、そして今回の彼らとの共闘のこと。 

己の異能が発現したのも、彼が最初であった。

柊の異能である胡蝶の夢《レム・カヴェナンター》は、詳細こそ分からないものの、
"親しいモノ"への同調として発動することだけは確かだ。


「………、……。」

レイチェルの心配を男は聞く。桃眼を細める。
『大丈夫だ』と言うことは簡単だが、それは正しい答えではない。
嘘で甘やかした後の現実は、崖から突き落とすような絶望でしかない。

「詳細は本人に聞くのが一番だとは思うが…。
 …戦いの際に俺や神代を庇った分の傷は、治るのも早いだろうとは思う。」

ただ…と、男は続けるだろう。

レイチェル >  
なりたての先生と聞いて、レイチェルは興味深そうに目を一瞬見開いた。
へぇ、と小さく呟く。
教師という職業。大変そうだが、きっと楽しいのだろう。
生徒達と共に歩むというのはきっと、大切な生きがいになる。
今、風紀で多くの後輩たちを『先輩』として導く立場にある彼女は、
そんなことを感じ始めていた。
風紀委員会で後輩たちを支えることに、レイチェルは生きがいを感じている。

日々頑張る皆の役に少しでも立てていることができれば、それは本当に嬉しい。

紙束に埋もれていたら、そんなことすらも忘れてしまっていたことだろう。
今、こうしてそんな思いを感じられるのも、皆のおかげだ。

「……すまねぇな」

男が沈黙の後に言葉を発せば、レイチェルは
金の柳眉を緩やかに下げる。
自分の中の暗雲を、思わずさらけ出してしまった。
後輩のことが、心配で、心配で。

そんな自分へ、気を遣ってくれたのだろうことは、
ぽつぽつと語られる言葉を聞く内に胸中で察することができた。

この羽月という男は、
大人の中でも『大人』らしい『大人』であると、
レイチェルは感じていた。

他人に気遣いができる大人は、こうも温かい。
たとえ空虚な色をその声色から感じたとしても、だ。


「……心の、問題だな?」

促すように、しかし急かすような勢いは見せずに、
ぽつりとレイチェルは言葉を放った。

羽月 柊 >  
男は生徒に導かれ教師となった。
己の歩んだ道筋が、多く間違いこそあれども、
誰かの道筋足り得るかもしれないと、教師になった。

この常世島では、いつだって教師の手は足りていない。

他人を導けることがその資格であり、
心を支えられる存在が、この島には必要とされている。

故に、目の前の少女にも。

男は不器用なりに、"対話"を続ける。


「いいや、気にすることは無い。
 俺は君たち生徒をそう甘やかしてはやれん。

 無事だと聞いた後に真実を知れば、それは辛いだけだろう。」

もしかすれば、嘘でもその方が良いというモノもいるかもしれない。
しかし、それならば実際に逢おうという気すらないだろう。
それはただの"逃げ"でしかない。
 
「…あぁ、だが……単純なことじゃあない。
 敵に心を折られただけならば、彼はそう簡単にそれに屈する男ではない。」

それは英治への、柊からの確かな信頼だ。
彼は何度でも立ち上がることが出来る。故に、彼を好くモノが多くいる。

しかし、今回ばかりはそうではない。

「………山本が愛したモノの幻影が、彼を苛み続けている。」

己も聞いた、愛したヒトの声を。

原因を聞けば、男はきちんと答えるだろう。

レイチェル >  
「無責任に上っ面だけで励まされるよりも、ありがたいぜ。
 あんた、いい先生だな。こうして初対面の生徒とも、
 ちゃんと責任を持って向き合ってくれる。その上で"話"をしてくれる」

互いに向き合った状態での会話。
そこに多少の歯切れの悪さはあったとて、
そんなことは問題ではないと、レイチェルは感じている。

教師として初対面の生徒でも、責任を持って気遣うことができるこの男。
なるほど、この教師ならばなりたてだとしても、
もしかしたら大きな苦労はないのかもしれない。
幾度か頷きながら話を聞くレイチェルは、脳裏にそんな思考を走らせるのだった。


「そうだな、そこんとこはよく分かるよ」

訓練を経て、実戦を経て、心を通わせる内に、感じていた。
何度挫けても前向きに立ち上がってくるあのひたすら前向きな
英治の心の在り方は、心地よかった。
そして何よりその在り方は、他人の気がしない。

「愛したものの、幻影……?
 そいつは、聞いてねぇな」

『愛したもの』の幻影。
報告書にそこまで詳しい所は記されていなかったと記憶している。
どういうことだ、と。
首を傾げて、レイチェルは羽月に尋ねる。

羽月 柊 >  
「…そう言ってくれるのはありがたい。
 なにせまだ手探りも良い所だからな、教師業は…。」

無責任なことを言えば、それこそ友に申し訳が立たない。

それは、きっと、
"教師をしてくれ"と言った葛木一郎にも、
先生と呼び続けてくれた日下部理沙にも、
支えてくれる同僚のヨキにも。


「……敵だった奴のことから語ろう。
 相手は"ブラオ"と名乗った。

 科学を扱う学者。徹底的に俺たちへの対策をし、
 "実験"と称して俺たち三人と戦った。」

己が研究者だからこそ、分かることがある。

科学は専門外で詳細までは理解出来ないが、
目の前のレイチェルの様子を見るに、正確でない報告があるようだと分かる。

「科学による認識阻害を使っていたせいか、死ぬまで姿は分からなかった。
 レーザーブレードによる近接戦、"音を消去"する事象の再現。
 そして、…何かしらで、『言葉』を直接本人に届ける力だ。」

時系列をそれぞれ説明していく。
同時にレイチェルの理解力も試している。
英治の先輩と言うならば、そこまで頭は悪くないはずだとは思うが。

「神代は瀕死にされてしまったから確認はできんが、
 俺と山本はブラオから『親しいモノ』の『言葉』を聞かされた。

 ……奴を直接殺した山本には、奴が死んだ後もそれが聞こえ続けているらしい。」

…少しだけ男はズルをした。
自分が何を聞かされたかは誤魔化した。

目の前の彼女に語るのに、それは重要なことじゃあない。
右耳の金色のピアスが、病院の照明に反射した。

レイチェル >  
ブラオのことに関しては、報告書に記されていた。

――しかしまぁ、"実験"ね。

「……ま、趣味が悪い奴なのは報告書からも、
 そしてあんたの言葉からも透けて見えるぜ」

続く言葉。報告書に記された情報と、目の前の男が語る情報を統合して
一本の線と繋いでいく。報告書に記された事実を改めて脳裏に浮かべながら、
その用意周到な"実験"に、心底辟易した。

そうして、羽月の傍へ身を寄せる。
小声で話すためだ。

「異能か魔術か……いずれにせよ、『親しいモノ』の言葉を届けられた、と。
 ……そいつが英治に届けたのは、
 殺したことを責め立てる言葉…ってとこか。
 英治が背負ってる過去。そして今回あいつがしたことを考えれば、な。
 もしそうだとすりゃ、実に効果的で……悪辣な対策だな」

話しながら、レイチェルの脳裏に青い紙切れが過ぎった。
風紀が人を殺した際に書く、デッドブルーだ。
レイチェルも過去に、書いた記憶がある。
違反部活フェニーチェとの戦いの際に、2枚。
もう乗り越えたつもりになっても、やはり忘れられぬ色だ。

「過去に、責められ続けている山本は……
 まさに『呪詛』を受けた状態、という訳だ」

確認するように、そう言葉にする。
死して尚、影響を及ぼす力。

実際に力が今も直接、彼の心を蝕み続けているのか、
英治の内にある心が、揺らいだまま彼自身を締め付けているのか。
或いは、やはりその両方だろうか。

「……寄り添ってやらねぇと、いけねぇな。
 少しでも支えになってやれればいいんだが」

その闇は、一人で抱えるにはあまりに大きすぎる。
先輩として、そしてレイチェル・ラムレイとして、
後輩の、英治の背負う痛みを分かち合いたい気持ちがあった。



それは他人の気がしないからこそ、だ。

キッドも、そうだった。

人殺しの罪を背負った者だからこそ。 


――撃ち殺した父親の夢を見る。
――撃ち殺した男の夢を見る。
――撃ち殺した女の夢を見る。

何度も、見る。

いつだって、呪詛《つみ》はこの身を蝕んでいる。


それでも。
足掻くしかない。
地べたを這いずりながら、向き合うしかない。
その先に、きっとましな未来があると信じて。

それは、一人では難しいことだ。
特に英治は、『外』からも責められている。
だから、周りの人間が皆で支えてやる必要がきっと、ある。
レイチェルはそう感じていた。

羽月 柊 >  
ブラオが死亡した今、
対峙した中でも柊しか分からなかった科学による認識阻害も判明していることだろう。

「……君が山本の過去をどこまで知っているか分からんが、
 まぁ…そういうことだ。

 『言葉』は力を持つ。
 俺のような魔術を扱うモノは、ああいうモノを『言霊』と呼んでいる。
 言の葉に込められた願いや祈り、思いは実現すべく働く。
 時に『祝い』となり、時に『呪い』となる。」

それは正に呪詛。
誰かが"そう在れ"と言葉を発する時、
それがどれほどの小さなモノであれ確かに影響は及ぼすのだ。

「彼は、過去に悔いることがあったとしても、
 『それでも』と前を向いてきた。

 ……そこに過去を突き付け続けられるのは…想像を絶する痛みだ。」


それは、特殊領域《コキュトス》で同じ場所に出現出来るほど、
同じ認識を持っている英治と柊であるからこそ、分かる痛み。

自分ならば、耐えられそうに無い。

しかし、ああ、しかしだ。


  『それでも』


「…あぁ、彼を"独り"にはしないでくれ。

 俺だけでは出来ん、恐らく彼に関わった誰もが必要になる。
 彼と共に歩み、彼に救われ、彼を知る誰もが。」

そうして男はこう言葉を締めくくる。



「……故に、君もだ。」



と。 

レイチェル >  
「……風紀委員として共に働いている中で、知っていることは知っているさ」

深い事情まで、聞いている訳では決してない。
『親しいモノ』についての話は、聞いていない。
だが。
彼が異能の力を振るい、青い紙切れを書いたことは知っている。
そして今回もまた、異能の力を振るって相手を殺した事実が、報告書には
記されている。だからこそ、繋がるのだとレイチェルは判断したのだ。

「ああ、オレも昔は齧りつくように魔術を勉強してたんでな。
 『言霊』の概念は、知識として持ってる。
 そして、言葉の強さも……理解しているつもりだ。
 『祝い』ともなり、『呪い』ともなるって、ことも……」

――戦い続けるしかねぇ。   自分自身と。
――抗い続けるしかねぇ。   過去の重みに。
――向き合い続けるしかねぇ。 自他の感情と。
――足掻き続けるしかねぇ。  ずっと、ずっと。

犯罪者でも日常を送っていいのかと苦しむキッドに送った言葉も。

――友達としてでもなく、親友としてでもなく、
――もっと特別な存在として……
――ずっとずっと、一緒に居たいって……

どうしようもなく大好きな、華霧に送った言葉も。


『祝い』であり、『呪い』である。


どの言葉も、無責任には発していない。
考え抜いた末に、色々な歩みをしてきた末に、紡ぎ出した言葉だ。
過去に、現在に。
痛みを伴いながらも、何とか口にした言葉だ。
そしてその痛みを忘れずおくことが、
言葉の力と重みを、念頭に起き続けることこそが、きっと肝要なのだ。

渡した言葉を常に忘れず、背負わねばらないと。
羽月の言葉を聞いて、レイチェルは改めて自覚するに至ったのだった。


「……ああ、きっと。
 羽月先生、あんたの言う通りだ。
 想像を絶する痛みと、今あいつは戦ってるんだよな」

確認するように、そう言葉を返せば、
下ろした左腕の先にある拳を、静かに握る。
ずっとずっと、過去を突きつけ続けられる。
それは、レイチェルだって経験していないことだ。
だから、本当に『想像を絶する』暗い痛みが伴う筈なのだ。


「英治のこと、一人にするかよ。
 させてたまるかよ。
 
 元よりオレは……
 手を翳《のば》さずにはいられねぇ。
 そんな、どうしようもねぇバカ野郎だからさ。

 それに、あいつにはでっかい借りがあるんだ。
 一回止まっちまってたオレの時間を、動かしてくれた。
 背を押してくれた、お陰で、本当に大切な人を抱きしめられた。
 本当に頼れる後輩だ。だから――」


レイチェルはロビーの出入り口へ向け、踵を返す。
次元外套が、彼女の動きに合わせて、踊るように靡く。


「――背負うよ、一緒に。当然だろ?」

そうして最後に、羽月に振り向けば、そう宣言した。
その言葉は、鮮明に羽月へ向けて放たれたことだったろう。

羽月 柊 >  
「あぁ、ありがとう…山本を頼む。
 俺もなるべく、出来ることはするつもりだ。」

去っていく彼女を見送る。
…もしかすれば、彼の過去に関しては、男の方が知っていることもあるのかもしれない。

しかしそれは、己が語ることではない。
語られるとすれば、それは本人の口からが一番だ。
それが、辛い記憶であればあるほど、
『知ったかぶり』をするよりは、『教えてもらえる』ことが大事だ。

レイチェルにも、柊にも、
まだ語られないことは多くあって…。
きっと、これから『物語』は、紡がれていく。

 
「……、……。」

ふ、とレイチェルの言葉に男は笑みを零した。
心の底からの笑みではない。

困ったようなとても下手な笑みだ。
けれど、笑おうと努力しているような笑みで。


あぁ全く、山本。
君は罪つくりな男だな。

こうして時を動かされた人間が、少なくとも二人ここにいるのだから。


そんなことを思いながら、男はレイチェルの去った後、
本来の用事の為にその場を後にした。

ご案内:「常世学園付属常世総合病院 ロビー」から羽月 柊さんが去りました。<補足:待合済:【はづき しゅう】深紫の長髪に桃眼の男/31歳179cm。右片耳に金のピアス。薄青のシャツに黒ズボン。>
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 ロビー」からレイチェルさんが去りました。<補足:学園の制服を纏った金髪の長耳少女。>