2020/09/16 のログ
ご案内:「邸宅兼アトリエ」に月夜見 真琴さんが現れました。<補足:月夜見真琴は嘘をつく 白髪銀瞳 ワンピーススタイル>
月夜見 真琴 >  
住宅街の森のなかに築かれた瀟洒な邸宅。
川のせせらぎに守られた牢獄は、最近特に賑わしい。

その一階の大部分を占める空間は、もともとはリビングだ。
中庭に続く、カーテンの閉ざされた大きいフランス窓からと、
僅かばかり蓋の開かれた天窓から注ぐ陽光が、
その場所の在り方を薄暗いながらに照らし出している。

壁に掛けられた幾つもの額縁のなかには極彩色の蝶たちが舞い、
その花園だけでなく、適切に保たれた湿度と温度は画材も守っている。
名家の子女が買い受けて、名画家を真似て演出したアトリエ。
応接用のカウチセット――これは最近、とくにお気に入りの品だ。

ご案内:「邸宅兼アトリエ」にレイチェルさんが現れました。<補足:レイチェル・ラムレイは嘘と向き合う 金髪紫瞳 黒のTシャツにデニムジャケット、スモークピンクのチュールスカート。>
月夜見 真琴 >  
暑さが少しずつ失せつつある昼下がり。
木立の影を地にえがく陽光からも、
ぎらぎらとした鋭さは失せつつあった。
夏は通り過ぎ、秋がおとずれる。時間は進んでいた。
 
「やあ。待っていたよ、レイチェル」

久方の訪い人を玄関先で迎えるのはいつもの微笑。

「入ってくれ。コーヒーを淹れてくる。
 つかれがとれるような、甘いのを。
 このまえとおなじところで寛いでいてくれ」

声には確かなねぎらいがあった。
風紀委員会はいまなお激動だった。
甘やかな声で、場所はわかるね、と彼女を迎え入れる。
あのカウチセットのあるアトリエだ。

レイチェル >  
以前このアトリエを訪れた時は、まだ随分と暑かったように思う。
空の色は青から黒へ、黒から青へ。
四季は止まることを知らずに移り変わっていく。
秋が香り立ち始めている今日この日は、心地よい風が穏やかな顔色で
街を踊っていた。


「……おう、邪魔するぜ、真琴」

正直、最初に会った時なんと言っていいか分からなかった。
道中、ずっと最初にかける一言を考えてここまで足を進めて
来たのだ。
しかしいつもの真琴の微笑を見てとれば、少しばかり緊張も和らいだか、
レイチェルは微笑と共にそう返したのだった。
それはそう、いつも通りに。

「助かるぜ。それじゃ……お言葉に甘えて」


玄関に並べてあったスリッパの中から、今日も猫のスリッパを
選んで履く。場所は、既に知っている。
カウチセットまでたどり着けば、レイチェルは前と同じ場所に
腰を落ち着けて、ふぅ、と一つ深い息を吐いた。
息を吐いた先、宙空の虚を見やる。
心の中を掻いて回る感情が、息と共に少しだけ胸中から抜け出た
ように感じないでもない。
それは彼女の微笑もあってのことだろうか。
しかし、その裏にある何かを既にレイチェルは、感じ取っていた。

今日は、向き合う為にやって来たのだから。

月夜見 真琴 >  
「はっはっは。なんの邪魔にもならないとも。
 きょうは予定もあけてある――次がなかなか、浮かばなくてな。
 それにな。 ここに、おまえを阻める錠などもともとない。
 見舞いにでかけているけれど、今後はあの子も顔も見に来てやってくれ」

きっと喜ぶ、と。そんな風に笑った。
うさぎのスリッパがぽすぽすと床を踏み、キッチンへ向かう。


アトリエは常に適温に保たれている。年がら年中、同じ温度、同じ湿度。
違うところがあるとすれば、奥側の作業スペースには、
真っ白なカンバスが立て掛けてあるイーゼルが見えることと。

カウチセットのすぐ近くに、
布のかけられた、前まではなかった絵が飾られていることだ。


「待たせたな」

少しして、アトリエに主が戻ってくる。
トレイに乗せられたトールグラスは、過日と違って、
ミルクの割合が多いカフェオレで満たされている。
空っぽの皿はというと、彼女の土産を受けるためのものだ。

「フローサーで泡立ててみた。こうしてやると口当たりがよくなる。
 イタリアンならミルク多めでもコーヒーの風味が残ってて美味しい。
 ふふふ――いやあ、おまえの土産がまえから楽しみでな」

そして向かいに座った。
あの名前で、呼びそうになって、

「あらためて、退院おめでとう、レイチェル。
 まずは近況報告といかないかね? いろいろあったのだろう?
 風紀委員としても個人としても、だ」

レイチェル >  
「ま、そう言ってくれりゃ嬉しいけどよ。
 お前が言う次ってのは、作品だよな。
 っつーことは、一つ絵は完成した訳か」

喜ぶから顔を見に来てやって欲しいという言葉に、
レイチェルは小さく、幾度か頭を縦に揺らした。
視線は、床に落として上げぬままに。

その後に大きく首を振ってから、
にこりと笑って、そうだな、と返したのだった。
そうして、布のかかったそれに、何となく視線をやる。

「ちゃんと、土産は持って来てあるぜ、
 ほらよ、ビターのチョコクッキー。
 絶対美味いから、覚悟しとけよ」

そう口にすると、次元外套から紙袋を取り出す。
その中身を皿へと流していけば、甘い香りがふわりと
二人を満たした。
魅惑の茶色の上、大きめに刻まれたアーモンドが
ちょこんと可愛らしく乗せられている。

「ありがとう。そうだな、お前の言う通り……色々あった。
 あんな風にぶっ倒れちまって、
 本当に、真琴にも心配かけちまった。
 本当に、本当にごめんな。
 
 しかしまぁ、色々あったが……お前が聞いていることも
 色々あるみたいだしな。
 ま、ディスティニーランドは楽しかったよ。
 メールでお前が言ってた華霧の衣装、確かに似合ってた。
 華霧の衣装っていやぁ、あんな懐かしい衣装を華霧に着せた
 メールも送ってくるし……全く。
 まぁ、お前ら二人が楽しそうでオレは、何よりだけどさ」

真琴とはここ最近、メールで何度かやり取りをしている。
その中で、ディスティニーランドの時に華霧の衣装は真琴が
見立てたものだという話も聞いていた。
そして、華霧のコスプレ写真も彼女から山程送られてきていた。

「しかしほんと、一緒に住んでるなんて思わなかったよ、華霧と」

改めてそう口にすれば困ったように笑って、
レイチェルは真琴を見やるのだった。

月夜見 真琴 >  
「すこし、魂が抜けた心地だよ」

同じく、布に閉ざされた絵画に視線を送る。
描き終えるといつもこうだ、と苦笑した。
しかしそんな表情も、いつもの"種のある手品"に視線が向けられる。
見目のよい焼き菓子を見れば、表情はわかりやすく上機嫌になった。
指でひとつつまみあげて、口に含む。

「んー♪」

甘さと苦味。アーモンドの香ばしさ。笑顔が咲く。

「――――。
 いいさ。この味で帳消し、とまでは行くまいが。
 暑さを理由に見舞いに行かなかったやつがれの不徳もあるしな。
 いまはこうして健やかにしてくれているだけで、うれしいよ」

あの子もきっと安心する、と視線をグラスに落とす。
指を振ってみせて、謝罪に対しては柔らかにうけとめた。
彼女がこうして時間を割いてくれていることが、
他でもなく、本人が重く受け止めている証左だ。

「こちらからといえば、いくらか活きの良い新入りと出会った。
 孤眼心刀流――あの幻の剣術の使い手がいる。
 レオ・ウイットフォード。もう会ったか?なかなか面白いやつだよ。
 池垣あくる、霜月一天流槍術の使い手も前線にやれる手練れだろう。
 またずいぶん、にぎやかになりそうだな」

自分の近況を、そうして思い起こすようにして、
視線をさまよわせながら語ってみせた。

「報告書はだいたい読んでいるからな。
 復帰第一回目の現場も、英治に完璧に近いサポートをしてみせた。
 あの写真は、その労い。すこしでも仕事の息抜きになったら幸いだ。 
 プライベートの充実――出かけられるだけの余裕があることも、
 かつての多忙族の姿を思えば、とても喜ばしいことさ。

 そうして――
 風紀委員レイチェルとしても、レイチェル・ラムレイ個人として。
 積み上げてきた信頼。実績。縁。恩義。
 それらが成してきた『レイチェル』という存在。
 おまえはいま、多くのものをその両腕にかかえている状態にある。

 そしてこれからも、おまえは手をのばし続けるのだろうな」

愉しげにうたいあげる。

「――――で」

月夜見 真琴 >  
 
 
「華霧のためなら、どこまで棄てられる?」
 
 
 

月夜見 真琴 >  
ふたたびレイチェルの顔にむけた視線は、
炯々と銀の炎に燃えている。

「――気が合ったから同居を始めようと思ったわけではない。
 《トゥルーバイツ》構成員、園刃華霧には。
 "監視"が必要だった。そう考えたがゆえのことだ。
 いまが楽しい同居生活である、ということは否定はしないが」

"監視"。それはただ、近くで見ていればいいというわけではない。
したからには、"報告"という業務がある。
提出先に目の前のレイチェル・ラムレイが選ばれた。いまこの場で。

レイチェル >  
真琴の語った言葉を、レイチェルは静かに受けとる。
見舞いの話が出た時には思わず口を出しかけたが、
それも一旦は止めてただ、話を受け取る。

そして新人風紀委員の話には、へぇ、と。
レイチェルは純粋に興味深そうな視線を向ける。

「真琴がそこまで評価するんなら、そりゃ期待できそうだな。
 ま、ばっちり鍛えてやるさ」

真琴がそう言うなら、信頼できる。
真琴の人を見る目、確かなものだとレイチェルは信頼している。
新しい戦力は歓迎だ。
いつだって風紀委員は人手を欲しているのだから。


そうして繰り出された、真琴の問いかけ。
それを受けてまずは、少しばかり口の中を噛んで
沈黙を少しばかり紡いだ後に、言葉を返した。

レイチェル >  
 

「華霧がオレに望む分だけを与えたい。そう考えてる」
 
 
 

レイチェル >  
銀の炎を真正面から受けて、レイチェルは己の紫色の宝石に
しっかりと真琴を映し出す。
一歩も退かず、その問いかけにレイチェルは向き合う。
大好きを超えた、その先。
望むだけを、全部与えたい。
本当にそんな馬鹿なことを考えてしまうくらいに好きなんだ。



けれど。真琴の言う通り、抱えているものは、多すぎる。
だから。レイチェル・ラムレイの在り方は、変わらない。

レイチェルは、口を開く。
このアトリエに来てから初めて、
本当に彼女《レイチェル》らしい顔を見せている。


「でも、もしその選択《みち》の先に……
 困っちまう奴が居るとしたら。
 悲しんじまう奴が居るとしたら。
 オレはやっぱり――」

紫の宝石は、銀の炎に包まれて尚、輝きを失っていなかった。
寧ろ、その輝きが増したようにすら感じられるだろうか。
それは他ならぬ、レイチェル・ラムレイの輝きだ。

「――それを見過ごせない」

その言葉は、迷うことなくただまっすぐに。

「――見て見ぬ振りなんかできない」

しっかりとした力強さの中にはしかし、確かな温良の色を以て。

「――手を翳《のば》して、救いたいと考えてる」

対話の相手である、真琴に放たれた。

甘過ぎる考えに聞こえるかもしれねぇけどさ、と付け足しながら、
レイチェルは一息ついてクッキーを摘んだ。
それは、なかなか口には入らなかったが。

月夜見 真琴 >   
「それでこそレイチェル・ラムレイだ――と言いたいが」

眩いほどに正しく、熱くすらある輝きをうけたような心地だ。
はっきりと言ってみせた彼女に対して。
双眸を伏せた。逃げたわけではなかった。

「たとえば分岐器をうごかした先に、ふたりの少女がいたとして」

山城灯と浅沼橋花のような。
あえて想起させる喩えを選んだのは、それだけ重たい問いかけだった。

「おまえは迷わず、《園刃華霧(ただしいほう)》を選ばなければならない。
 メールでつたえた、あの思考実験の本質を考えれば、
 まったく的外れな変形した問いかけになってしまってはいるが。
 ――まあ実際、そういう状況になったならば、
 周囲が親切にも、おまえに《選ばせてくれる》だろうな。
 
 おまえはそうして英雄らしく。ヒーローらしく。
 レイチェル・ラムレイらしく、在り続けることはできる。

 そしておまえは、その恩恵に預かっていいだけの功績と、
 意志の力もあるのだろうが――残念ながら」

眼を閉じたまま、そうしてうたうように語り終えると。
カフェオレで喉を潤した。

「"そういう問題"では、ないんだ」

ヒーローが立ち入れる問題ではない、と。ただ静かに囁いた。
それをソーサーの上に休めると、立ち上がり。
こちらへ、と彼女を誘導した――絵のほうに。

「やつがれは、"園刃華霧"についての報告をしている。
 メールでもいったな――ここまでは前置き、イントロダクションだ。
 あの子がどういうモノなのか、その断片を伝えよう。

 喪失と欠落を持つ者たち。《トゥルーバイツ》のひとり。
 やつがれは園刃華霧の抱える『問題』に着目していた。
 
 もとより、やつがれは園刃華霧が風紀委員として正常に活動できるかを見定め、
 そして彼女がおまえ――レイチェル・ラムレイにとって、
 "望むだけ与えてもいい"ほどの存在であるならばこそ、
 おまえが問題なく活動するためのことと考えてあの子を視てきた。

 先に言っておく。彼女は傷ついている。傷つき続けている。
 傷つけ続けてきたのは周囲の多くだ。
 おまえも含めてな――レイチェル」

布にそっと手をかけて、振り向いた。

「愛の告白を、したらしいな?」

にっこりと笑顔で、問いかける。
レイチェル >  
「……ああ、そうだ。オレは、お前の提示したイントロダクションに対する
 オレなりの答えを、示しただけだ。そして続くお前の言葉を、報告を、オレはまず聞きに来た」

そうして。
レイチェルは、真琴の言葉を一言一言丁寧に受け止めて、
咀嚼して、重々しく口を開いた。

「……華霧を、傷つけて、きた……ね」

その言葉はぐさり、と胸に刺さった。
ただただ、抉られた心が痛かった。
それは、レイチェルがずっと心配していたことだったからだ。

――そう。分かっていた。自分が傷つけている可能性。
そんなことくらい、分かってた。

――自分の強すぎる想いが、華霧を困らせてるんだと、
ずっと思い悩み続けてきたから。
告白をしたあの日あの時から、今までずっと。

 
「……ああ、やっぱりそのこと、聞いてたんだな。
 間違いねぇ。気持ちは伝えたよ、あいつに」

華霧の為にどれだけ棄てられるか。
その問いかけが来た時には既に、レイチェルははっきりと察していた。
真琴が華霧から、あの話を聞いていたということは。

そうして、夢に見た真琴が口にしていた言葉の数々が、
よりはっきりとした陰影を以て胸に再び刻まれる。

笑顔の真琴に対して、
レイチェルはただ静かに見つめ返すのみだったが、
誘導に従って布のかけられた絵へと近づいていく。

そうしてその前で、立ち止まって、
無言のままに真琴の方をちらりと見やった。

月夜見 真琴 >  
「《無自覚の加害者》はおまえだけではないよ。
 たとえばそうと分からず当たり前に暮らしているだけで、
 だれかを傷つけるんだとしよう――しかし《被害者》が、
 それを相手に伝えないまま、"よくもやったな"と言ってきたとて、
 それがどれほどの責任となるだろうか。
 ましてあの子は、"演技巧者"だろう?
 潜入任務先でのバニーガール、うまくやったそうじゃないか」

わからないようになってるんだよ、と。
まるで嘲笑うように謳う《嗤う妖精》はといえば、
どちらが悪いという話ではない、と肩を竦めてみせる。

「おまえはおそらく、聞いているはずだ。
 断片的に園刃華霧の真実にふれているはずだ。
 しかしおそらくその裏側までを疑うことはなかった。
 園刃華霧は強く、眩しく、明るい女の子だから――かな。
 だが、"信じるためには疑わなければならない"」

そうして、静かに。
布を取り払った。

「――おまえは、この絵にどんなタイトルをつける?」

――その絵は。

月夜見 真琴 >  
園刃華霧の秘密を、ひとつ。
"彼女だけに聞こえる"ようにささやきかけてから。

「おまえはみたはずだ。 見舞いに来た華霧が怪我をしていただろう。
 心的外傷の、リフレイン――それがあの子に自傷行為をさせるに至った。
 ひさびさの落第街で、英治を見舞った帰り、
 このアトリエに踏み入ったらあの子は血まみれだった。何事かと思ったよ」

腕を組み、ただ自分の描いた入魂の一作を見つめながら。

「やつがれはそのとき、あの子の内面に踏み入った。
 どんなものが見えようとも恐れる理由などなかったからだ。
 そして、あの夜。 血まみれだったあの子に」

そして、一拍。
言葉を選ぶような間を取ってから、唇は三日月の笑みを作った。

月夜見 真琴 >  
 
 
「――――告白をされた」
 
 
 

レイチェル >  
その絵を、見た。
見てしまった。
それはどこまでも懐かしい光景で。
いつか見た、今でも胸に抱いている大切な光景で。
そして、それは華霧にとって。

「……そう、か。親友を、失いたくない、から……。
 オレの願いはあいつにとっての、喪失で……。
 オレの気持ちは、あいつを苦しめてて……。
 オレの想いは、あいつを怯えさせてて……。
 あいつにとって……おれ、の……
 おれのきもちは……」

華霧を放っておけない。
何とか、幸せにしたい。
救ってやりたい。手を翳《のば》したい。
そんな、いつも通りの思いから始まった。

それでもそれはいつの間にか大きくなって、
どうしようもない程に膨らんでいて。

でも、それは。

真琴の言葉が、レイチェルに突き刺さる。


『――告白をされた』

頭の中に何度も響き渡るように、その音が響いた。

――やっぱり、そうだ。
あの時、異能は呼びかけに応えてくれなかった。
あの日、華霧は告白に応えてくれなかった。
時空圧壊も。そして、華霧も。

『応えてやれなかったから、応えてくれなかった』


「そっか。……おれのきもちは、邪魔だった、んだ……」

レイチェルの宝石から、すっと輝きが消えていく。
そして同時に、今までにはない、儚い輝きを見せた。
その輝きは頬を滑り落ちて、アトリエの床を静かに
濡らしていく。

そうだ。自分なんかよりも、真琴の方がずっと、
あいつにとって『特別な居場所』だったんだ。

華霧を好きな気持ちだったら、誰にも負ける気はしない。
そう思うくらいに確かな気持ちは、レイチェルの中にあった。
でも、華霧が別な誰かを好きだと言うのなら。
別な誰かを、真琴を求めるというのなら。

自分なんかじゃ、応えてやれないあいつの気持ちに、
真琴は応えてみせたのだ。

自分なんかじゃ、手を伸ばせない華霧の心に、
真琴は手を届かせてみせたのだ。

あいつのことを考えているつもりで、
あんなにも考えているつもりで、

どうして。

どうして。

こんなに『何も考えていなかった』――?




「たいせつなそんざいを、そんなにもわたしは……
 きずつけて……」

絵を前にして、レイチェルの形をした少女はへたり込んだ。
力なく、膝を床に落として。

レイチェル >  
「たいとる、は……」

へたり込んだまま。

「この、絵のたいとる、は……」

絵を、見上げて。

「……なくならないとおもっていた、もの」

少女は、ただそれだけ、口にした。

彼女にとっても、同じだった。
同じ日常が、ずっと続くと思っていた。
それでも終わりは簡単に訪れて。
もう、戻っては来なかった。

四季は移り変わり、月日は流れる。
止まることはなく、時は、動き続ける。
今、この瞬間にも。

月夜見 真琴 >  
膝を屈した"レイチェル・ラムレイ"に。
英雄でも、風紀委員でもない。
ただ涙を流す、か弱い、ひとりの少女。
それを視て――ぞくぞくと、胸の奥がさわぐ。
身体が熱くなる。

強者の零落は、どうして、こうも。

その頭上に降るのは。
 
「――くっ、くくく」
 
耐えかねたかのような、笑い声。
それは次第に大きくなって。
口元を隠して、顔をそむけて。けれど。
やがては声をたてて、笑い出す。

「あははははっ! いや、いや。
 期待以上のリアクションをどうも――ふふっ。
 あはっ――ちがうよ、レイチェル」

ひどく愉快そうに笑い、眼に涙を浮かべながら。
そっと彼女の肩にふるえる手を添えて、ぽん、と叩いて。

「なにも顔を赤らめて、キスをして。
 『すき』と気持ちを伝えるだけが、"告白"じゃないだろう?
 やつがれはなにも、あの子に愛を伝えられたわけじゃないよ。

 ――"恋"というのは、どうしても視界を狭めてしまうね」

からかったんだよ、とぶっちゃけて。
そうやって、《嗤う妖精》は人を謀る。

月夜見 真琴 >  
「――"告白"とは。 "恥ずべき秘密を打ち明けること"だ」

ちがうか、と語りかけた。
共に膝を下ろして、彼女を落ち着かせるように。
慰めるようにして、柔らかな声をかけた。

「あの夜、やつがれはあの子が内面にかかえている原点にふれることで。
 園刃華霧の本質――それも彼女の一面のひとつに過ぎないが。
 それにふれることができた。 だから、やつがれは、彼女の求めることがわかった」
 
一度こうして、"ヒーロー"を打ち砕かなければ。
槌でもって頑迷な矜持を打ち砕かなければ。
先に進めない、そういう話なのだ。

「告白っていうのは――追い詰められたものがすることだ。
 胸のなかに湧き出した、熱く、苦しいほどの想いに、焼かれてしまう。
 こればかりはほんとうに、どうしようもなくて。
 "恋"という名前をつけても、耐えきれないほどにそれがふくらんで、
 胸の内側を突き破ったとき――"たすけてくれ"って、相手に叫ぶんだ。

 それが――"告白"。
 
 告白は、追い詰められた者がする、ことなんだ。
 おまえも、そうだったんだろう?
 つらくて、くるしくて、どうしようもなくて、華霧にすがったんだろう?」

その苦しみに。
レイチェル・ラムレイの、その心に。
強く理解を示して、柔らかく声をかけた。


「やつがれは、ただ。
 華霧を追い詰めて、その告白を引き出した。
 そして揺らいだあの子を、せめても壊れぬようつなぎとめるために、誓った。
 "おまえのまえから、絶対にいなくならない"と」

そうして、その理由を、ただ彼女にだけ伝えた。

月夜見 真琴 >   
「――。 "助言"は、必要かな」 

ただ、静かに。
英雄でも。
風紀委員でもなく。
"レイチェル・ラムレイ"を歩ませるための一手を持っていると。

そう、告げた。

レイチェル >  
「……畜生。久々にくらった、よ。
 ずっと一緒に居たお前の嘘が、
 見抜けなくなっちまうくらいに……
 オレは、視界が狭まってたみてぇだ」

少女だったものは、既にレイチェルに戻っていた。
瞳には、何処か懐かしげな光が宿っている。

――ほんと、久々に引っかかった。けどな。

「でも……お前の言う通りだ。言う通りなんだ。
 華霧のことを知りたいと思いながら、
 あいつから聞き出すことばかりをオレは考えてた……。
 あいつのことを、もっと考えることはできたんだ。
 材料が足りないからって、焦って、それであいつ自身を
 困らせてた……傷つけていた」

しかし、だからこそ。
レイチェルは、足に力を込めて立ち上がった。


「オレは、前に進む。足は、止めねぇ。
 オレも傷つきながら、あいつも傷つきながら……
 これからも、そんな不器用な恋になっちまうかも
 しれねぇけど……それでもオレは、踏み出したい。
 だから、助言は欲しいさ。
 けど――」


でも。

レイチェル・ラムレイは彼女の嘘を見破っていた。
本当に一番大きな嘘を、見破っていた。
彼女の気持ちを、知っていた。

だから、問いかける。
静かに、問いかける。

レイチェル >  
 
「――真琴自身は、それでいいのかよ?」
 
 

レイチェル >  
話を聞く前に、それだけは聞いておきたかった。
確かめておきたかった。

今日、真琴に「あいたい」と思って此処まで来たのは、
何も華霧の話を聞く為ばかりではない。

真琴自身の気持ちを、聞く為に此処へ来た。

彼女はそれでも嘘をつくだろうか。
だとしても、投げかけずにはいられなかった。

月夜見 真琴 >  
「だれが悪いという話ではないんだ。
 だれもかれもが嘘つきだったという話なのさ。
 おまえも悪いし、華霧も悪いよ。
 そういう、すれちがいが起こっていただけなんだ。
 言ってしまえば、そう――。
 やつがれはとびきりの"嘘つき"だから。
 あの子の嘘を見破れた、というところかな?」

いつもの調子に戻った姿を見れば、笑みを深めて。
立ち上がりながら、指を振って。
いつものように、得意げな笑顔を作る。
かつてあの夢で見た、誰かに言われたロジックを、
無意識に口の端に乗せてしまいながらも。

「ふむ――で、あれば。
 これは至極単純な話になる。
 恋を叶えるとか、そういう話ではなくて、
 いまおまえがすべきことは――」

そうして、ささやきかけようとした時に。
むけられたまっすぐな問いかけに。
表情から笑みが消えた。

月夜見 真琴 >  
 
 
「…………え?」

なにを言われているのかわからない、という。
不思議そう、というよりは、驚いたような表情で。
《月夜見真琴》は、レイチェル・ラムレイを見返していた。
 
 
 

レイチェル >  
「今日も初っ端から、嘘つきやがって……。
 見舞いに来なかったって、言ってたけどな……。 
 お前が来たことくらい、ちゃんと分かってたんだよ。
 ずっと、感じてた。ずっと、居てくれたこと!
 ずっと、心配してくれてたことっ!」

紫色の炎が、銀色に向けられる。
それは怒りでも憎しみでもなく、ただ純粋に相手を思うから
こその、太陽の如き光だ。

「……『嘘つきだから、嘘を見破れる』?
 そいつは夢の中でだけ、オレがお前に語った論理だ!
 お前は……お前も夢を……見たんだな?
 夢の中に、一緒に居たんじゃねぇのか?」

はっきりと、強い声で伝える。
ただしそこに責めるような色はない。
激しい口調であるのに、相手に寄り添うような、不思議な
あたたかさを湛えている。

吸血鬼と、血を吸われた相手が、夢の中で繋がる。
それは、吸血鬼の持つ能力の一つ。
血を吸った相手との心の繋がりが特別に深い場合にのみ
発現する――ブラッドリンク。

――あの日、あの時、あの城で。
――一時の夢の逢瀬を重ねたあの城で。
――お前は、確かに。

「お前の気持ち、夢の中で聞いたよ。
 もしあれが本心なら。本心だったら。
 やっぱり放っておけねぇ。
 言ったろ? それが、レイチェル・ラムレイって奴さ。
 挫けてもな、転んでもな、膝を折ってもな。
 オレは、オレの選択で悲しんじまってる奴が居たら――」

右手を、前へ翳す。
もう、大それた奇跡は起こせないけれど。
それでも、人一人の心を支えることはできる筈だ。
レイチェルは、そう信じて。

「――手を翳《のば》したいって」

きっと柳眉を逆立てて、レイチェルは真琴へそう告げる。
その目に、まだ薄っすらと瑞々しい輝きが残っていたとしても。

月夜見 真琴 >  
銀色の瞳は。
 
「それ、は……」
 
逸らされた。みあげて、眩んだかのように。
視線を逸らすということは、いつもの、月夜見真琴が付け入る隙だった。
どうして眼を逸らした、と揺さぶるための常套句。
なれどそのまま、半歩、後ろにさがりさえした。
――いまさら、どの面さげて見舞おうというのか。
それでもまだ、理由はいくらでもでっちあげられた。

「……なに、それ? ……夢?……あれは……」

視線が戻る。

知っている筈がないこと。
自分だけが知っていていいこと。

彼女の言葉の意味を、受け入れられていなかった。
あまりにまっすぐ向けられたその事実は、
心のどこかで、"そうであってほしい"と願っていたこと。
しかし"そんなはずはない"と、思っていたものだ。

翳された掌に、ぴくり、と。
いつしか垂らされていた右手が、動いた。

――どうか、

あの夢でつたえた願いは。けれど。
確かめなければならなかった。
すべてをひとつずつ確認するよりも、その問いが。
すべてのこたえになると思っていた。

うつむきがちに。銀の瞳は、どこか怯えて。
不安げに、前髪の隙間から、うかがうようにして片方だけの紫を見上げた。

月夜見 真琴 >  
 
 
「アミィ……?」
 
 
 

レイチェル >  
「『どうして眼を逸らした』――」

目の前で、視線を逸らす真琴に向けて、
レイチェルは苦笑いをしながら、言葉を続ける。

「――って、お前なら言うんだろうよ、その顔」

ふぅ、とため息を一つだけ吐くレイチェル。
ごしごしと手の甲で涙を拭えば、彼女の問いかけに答える。

「ああ、あの夢は確かに夢だ。ただの、夢。
 だけど、心と心が繋がっていたんだ。
 深い繋がりがあるとな、オレ達吸血鬼は夢の中で
 血を吸った相手と繋がることができる……って聞いてる。
 オレも、初めての経験だったから……結構混乱したけどな」

お前最近献血しただろ、と付け加える。

入院時に、紅蓮から渡された銀色の血液パック。
偶然なのか、いや。
何処かで何か仕組まれたことなのか、
或いは血が血を引き寄せたか。いずれにせよ、
これは必然だった。
血液パックの中の血は紛れもなく必然的に、
真琴の血だったのだ。


「聞いておきたい。
 今日は、その為に来たんだ。
 お前の気持ちを知らないまま、お前を置いていくことなんて
 オレにはできねぇよ」

全てを覆い隠す筈のその嘘の仮面が。
少しだけ、今日は悲しそうに見えたから。
レイチェルは、彼女へ言葉をかけずには居られなかったのだ。

レイチェル >  
 
「アミィ……アマリア」

ややあって、ゆっくりとレイチェルは呟いた。

「そいつは、オレが捨てた名だ。
 ……その名を知ってるのは、
 この島でオレを除けば……ただ1人、お前だけだ」 

柳眉を下げ、口元を緩めるレイチェルは、
一転して不安げな表情を見せる彼女のその瞳を、
じっと見つめるのだった。
その名を呼ばれ、少し耳を赤くしながら。

月夜見 真琴 >   
「……………」

なるほど。

「……すこしまえに、……行った……けど」

冷静でなければならなかった。
視線を逸らす愚を犯し。まさか舌戦で優位に立たれるなんて。
落ち着いて――落ち着いて。
前髪に左手を通し、額に手を当てながら思い出す。
――誰のことを考えて、血を、なんて思ったのか。
巡り巡った因果によって成された偶然なら。

すべてが繋がった。
彼女が言っていることは理路整然としていたし、
自分が理解し得ない彼女の能力においても、
《大変容》から数代後の生年である自分は理解できる。

「じゃあ、あれは、ぜんぶ……」

ぜんぶ、ただ"場所"が違うだけで。
あの、都合が良すぎる夢は。時の停まった城でのことは。
ふたりで行ったことだということになる。彼女に伝えたということになる。
ただひとつ、最後の嘘を除いて、紛れもなく真実。

「アマリア……」

唇が、甘く囁いた。
じぶんだけの。
あの時交わした愛も、ぜんぶ。

ぜんぶ。
ぜんぶ……?

じゃああれも?これも?そういうことも?
"夢だから"と、余さず伝えた本心も全部?筒抜け?
柔らかさも?熱さも?あの毒も?

「………ッ」

白い顔が、一気に紅潮した。
眼が潤んで――思わず右手を振り上げた。
彼女の掌に、みずからのそれを重ねて――ぐい、と押し返すように。
指は、絡めない。掌をあわせたまま。

月夜見 真琴 >  
 
 
「夢だと思ってたのっ!」
 
 
 

月夜見 真琴 >  
泣きながら叫んだ。こちらもまた怒りのそれではなかった。
誤魔化すために声を張り上げて、言い訳を押し通そうとする子供の癇癪だった。

「夢だから、あんなに……ぜんぶ、ぜんぶ言って……!
 わたし……何回あなたに、あんなこと……ううん、そうじゃなくって……、
 ……いつからとか……、どうだったとかも……!?
 や、だ……うそ……」

髪を振り乱して、混乱した。取り繕うことをやめた、甘い声が、正体をうしなう。
無意識に指先は首筋を撫でた。そこすら熱かった。
そして――振り仰いで、睨みつけた。日記でも覗かれたような激しい感情で。
全くの偶然だとしても、なにかそうせずにはいられなかった。

「……それでいいのかって……いいわけ、ないよ……」

震えた声で、本心が溢れた。けれど。

「でも……! つたえたら、うしなってしまう、から……!
 この、苦しみがなくなる、くらいなら……って……!」

良いわけがないのに、伏せようとした理由も――ある。
苦しみこそが、もっとも尊い感情で――宝物だ。
あの夢が繋がらなければ、暴かれなかったであろうこと。
ただ、良き後輩のふりをしていた嘘の理由を、言い募った。

レイチェル >  
翳《のば》した手を押し返されれば、
そのままレイチェルは手を下ろした。
彼女に手を伸ばして拒まれるのは、これで2度目だ。

「……真琴」

余裕のある表情は既に消え失せて、そこに居るのは
ただの少女だった。あの日、夢の中で確かに愛を
確かめあった少女の姿だった。

「お前はすげー嘘つきだ。どんな奴だって騙されちまうかもな。
 オレじゃそこんとこは、一生かかってもかなわねーや。
 今回のことは……ごめんな、オレも覗こうと思ってお前の
 気持ちを覗いた訳じゃなかった。けど――」

そうしてレイチェルは、手を広げる。
片手ではなくて、レイチェルは両手を伸ばす。
無意識の内に、そうしていた。

泣きじゃくる子どもを宥めるように。
大切な人の苦しみに寄り添いたかった。
たとえそれが、本人にとって宝物になる感情だったとしても。

 「――知っちまった以上は、放っておけなかった。
 だから『会いたい』って思ったんだ。
 『向き合いたい』って思ったんだ。
 だから、さ――」

レイチェルは、真琴の背中に手を伸ばす――

レイチェル >  
 
「――もしお前のためにオレにできることがあったら、言って欲しい。
 オレはそいつを……お前にちゃんと、与えたい」

望まれた分を、与えたい。できる限り。
そう、伝えた。

『いいわけ、ない』。
その筈なのに、彼女は助言までして自分のことを送り出して
くれようとしていた。
そんな彼女に向けて、せめて。

月夜見 真琴 >  
あのときは振り払った。
今回は、重ねることはできた。
それでもいま、取ることができなかったのは結局、

「なくなってしまうのが……こわい……
 ……だから、ずっと、あなたに……うそをついて」

それでも。――それでも。
そうして疲弊し続けた身体が、拒めるはずもなかった。
求めていた温もり。細い身体は容易く、彼女に包まれた。

「あ………」

知っていた。
やわらかさも、ぬくもりも、香りもすべて。
あの夢で感じたままの――幸福が、湧水のように胸の奥に生じる。

ふるえて。
その背に。
両腕を……回した。抱き返した。縋った。
身体をあずけて、体重をかけた。
肩に顔をうずめた。

そこまでで、限界だった。

月夜見 真琴 >  
 
 
こどものように泣きながら。
すべてをつたえた。
 
 
 

レイチェル >  
手を翳《のば》すこと。
それは、救いたい者に必ず手を届かせる為に。
そして同時に。
それは、見たくない結末を見えないように隠す為に。


手を翳《のば》すこと。

その先《セカンドステージ》――


――痛みも悲しみも憎しみも。

――愛も情熱も熱い想いも。

――全てを包み込む為のそれは、『受容』。

身体全てを寄せて、抱きしめる。
縋るその人を、離さないように。

同時に胸が高鳴る。

『受け皿』となる、その覚悟が。
新たな奇跡の波動を再び目覚めさせ、
レイチェルの内側で鼓動と共に脈打つ。


「……ごめんな、真琴」

夢で伝えた言葉を、もう一度。
獄炎に焼かれて疲弊しきった彼女の身体を、
レイチェルは受け容れる。

レイチェル >  
「――だから、どうか安心して欲しい」
 
全てを伝えた真琴に、レイチェルもまた胸の内の想いを伝えた。
その紫色の瞳は、穏やかな光を灯している。
涙に濡れてはいたが、それでも笑顔を作って。
目の前の人に、安心して欲しいから。


「……オレは。
 いや、オレも、華霧を救いたい。
 絶対救ってみせる。
 オレ、あいつが大好きだからさ。
 どうしようもないくらい、大好きだからさ。
 ……ごめんな」

そのことは、改めて伝えておく。
大切なことだ。

「……だから、あいつを助けることができるなら、
 真琴の助言を、受け取りたい――」

彼女を抱きしめたまま、レイチェルはそう声をかけた。

月夜見 真琴 >  
『ごめん』――その、言葉の裏側も。
すでに知っているからこそ。
耳元にささやかれた、彼女の想いの丈のすべてを受けて。

「…………うん」

ただうなずいた。
嬉しかった。とくとくと高鳴る鼓動は。
あるいは、動き出した時の針だったのか。
――身も心も、このひとに預けた。すべてを捧げた。
はじめから、それが望みだった。

「あなたの負担に……なりたくなかった」

かつて、手をふりはらったのは。

「あなたのことを、信じてあげられなかった」

レイチェル・ラムレイというひとりの少女に。
"受け容れる力"など、ないと思っていた。

「……ごめん、…なさ…………ごめんなさい……」

いまこうして、ぶつけてしまったのなら。
"たすけてくれ"と縋ってしまったから。
啜り泣く。どこまでも弱く、敗けたのは、自分だ。

「……ありがとう、アミィ……
 ……これ、夢だったら、やだなぁ……」

――だって、都合が良すぎる。
むけられた想いに、ただ溺れる。甘ったるく。

月夜見 真琴 >    
「…………アミィのよくばり」

顔をあげた。泣きながらで、格好はつかないが。
悪戯っぽく、すこしばかり調子を取り戻した微笑みを向けた。
けれど、その言葉に反して。

「それでいいよ。あたりまえでしょ。
 あの子を捨てるなんていったら、壊してたよ」

そんなことができないひとだなんて、わかっていた。
であればこそ。

その場から、つま先をあげて背伸びをして。
涙に濡れた頬を寄せる――耳元に唇をちかづけて。
ささやいた。

それは。
月夜見真琴の。
《嗤う妖精》の、正体ともいえるものだった。

月夜見 真琴 >  
 
 
「園刃華霧を、殺して」
 
 
 

月夜見 真琴 >   
妖精の魔法のように。
吹き込んだ。
接吻の終わりのような、間を残して。
そのあと……しずかに。つまさきを床につけて、そして向き合った。

「…………」

じっと、みつめた。甘い、糖蜜の声で。

「……ごほうび……」

おねだりを、した。
潤んだ銀の瞳でみつめたまま。

レイチェル >  
「ありがとうは、こっちの言葉だ。
 負担になりたくないって、気を遣ってくれて。
 ……どれだけ助けられていたことか。
 でも、もう良い。真琴はもう、無理しなくて良い。
 今度からは、オレに頑張らせてくれ」

真琴の頭を、静かに撫でる。
優しく、穏やかな居場所として在れるように。


そして、彼女が放った衝撃的な一言を聞けば、それでもしかし
レイチェルはどこか納得したように頷いた。

続いて吹き込まれる妖精の魔法《ささやき》が、
レイチェルの中で確かな音と響きを持って、刻まれていく。

ずっと抱いていた灰色の靄の如き違和感に、
少しだけ色彩と陰影がつくように。
そりゃ、受け容れられない訳だと、悲しげに視線を落とす。
しかしそれも一瞬のこと。

「……そうだな。きっと、お前の言う通りなんだろう」

レイチェルは再び頷いて、視線を真琴から一瞬だけ外せば、
その奥にあるアトリエの壁を見やった。
そうして、口にする。

レイチェル >   

「オレは必ず、園刃華霧を殺す。殺してみせる」 
  
 

レイチェル >  
「……お前がそう、望むんなら」

二人、顔と顔を近づける。
唇と唇を合わせるのではない。

もう少し奥深くにある、
その白い首筋に牙を当てて――甘噛みをする為に。

それは、吸血鬼が人間に行う愛情表現の一つだった。

月夜見 真琴 >  
――またひとつ、罪をかさねる。 

花の蜜よりも、更に甘い味をした。


「たよりっきりには……ならないよ。
 あなたは、無理しないって言ってくれたから。
 わたしも、無理したりは……うん、きをつける。
 ……いっしょに、がんばろう?
 辛くて苦しいときは、わたしが支えてあげる……
 ううん、支えてあげたいの。だから……」

頼っていいといわれたから、頼れるところは頼ろう。
だからいまは、甘えて、戯れるように擦り寄った。
求めた腕のなかの世界は、暖かくて心地よかった。
あの子にも、同じような暖かさを、与えられていただろうか。

「求めても、求めるほどに遠ざかる。
 世界はそういうふうにできてるって思ってたけど。
 ……そうじゃないことも、あるみたいだから」

だいじょうぶだよ、と。
背中に回した腕で、優しく彼女の背を撫でた。

「アミィなら、できるよ」

大切に思う気持ちには、疑いようもない。
こうして、《嗤う妖精》の手を取ってくれたように。

月夜見 真琴 >  
 
「――ちゃんと"殺せる"」

それは心を取り込む魔法だ。
 
 

月夜見 真琴 >  
「…………あ、」

どうやら、ごほうびをくれるらしい。
見惚れるほど美しい顔がちかづく。この距離は知っていた。
夢では自分から詰めた距離……、知っていた。ぎこちなく眼を閉じた。
どくどくと、破裂しそうなほどに心臓が早鐘を打つ。

「ぁ………!」

唇に――ではなく。
吐息が首筋にふれた瞬間、期待と高揚と不安が荒れ狂った。
白く細い頸を、おとがいをかたむけ、彼女に差し出す。
ぎゅっと、彼女の服の背中を、指がすがるように掴んだ。

――食い込む

「……………ひぁッッ」

高い声がでた。
びくぅ、と華奢な身体が震え上がる。
そこはわかりやすい弱点だった。
……その"続き"が来ないことに、気づくと。

「…………、……」

茹だったように真っ赤になった顔を、逸らす。
カウチセットの上、グラスの氷は溶けていた。
必死に壁をつくって、本音を隠すために甘くしたのに。

「融かされちゃった、なぁ……」

しなだれかかる。
――勝てない相手、というのはどうしても、存在するものだ。

レイチェル >  
「……もう、はっずかしいな~、その呼び方さ」

逆に背を撫でられれば、びくっと身体を震わせるのは、
金髪の少女の方だった。
アミィと呼ばれた少女の耳が少しばかり垂れる。
そこは、すっかり赤くなっていた。

「でも、うん。
 そう……だ、ね、信じて求めればきっと。
 足掻いて、歩き続ければ……いつかきっと、手が届く。
 真琴が言ってくれたんだ。『私』も自信を持って、前に進める」

いつかきっと手が届くだなんて。
それは、優しすぎる夢物語かもしれない。

それでもレイチェルは、『アマリア』は思う。


――でも、夢の力だって馬鹿にできないんだ。

それはまさに今、自分達が経験していることだった。

レイチェル >  
「……こいつは仕返しだ」

『アマリア』が顔を見せたのは、一瞬のことだ。
牙を首筋から離した時には、既に少女の顔はそこになく、
レイチェルの顔に戻っていた。

真琴の首筋。そこから血は出ていない。
それは相手を傷つけることのない、優しい吸血鬼の抱擁の証。

「……ほんと。首弱いのな、お前。夢とおんなじだ」

しなだれかかるその華奢な身体の全部を受け止めて、
レイチェルは悪戯っぽく笑った。


レイチェルが窓の外を見やれば、涼しげな風が木の葉と踊っていた。
四季は、止まることを知らずに移り変わっていく。
二人の時計の針は少しばかり進んだ。
旧知の縁は、その姿を少しばかり変えていく。


この瞬間からまた、新しい日々と関係が刻まれていく。
積み重ねた記憶はまた、新たな頁を綴り始めていく。
その手と手を、確かに二人は取り合った。


――だからもうきっと、時間は止まらない。 
 

月夜見 真琴 >  
「よぶのは……ふたりのときだけにするから」

城の秘密。夢を共有した証。
時がうごきだしたことで、夢と現の境界は淡く融けた。
繋がれた鎖の感触ばかりは、しかし確かで、それがとても心地よい。

「それが……どれだけ周りが指さすような道なれど。
 ……"選んだ道を正解にしてみせればいい"んだから。
 だいじょうぶ、だよ――これは本当の"だいじょうぶ"だから」

すこし突っついてみたけれど。
そうして、間違い探しで得意げになって指差すようなものたちは。
自分が黙らせてくれる。これは、華霧にも言ったことだ。
月夜見真琴はそういう人間だった。外からの正否には――拘らない。
道ならぬ道を歩む、自分であるがゆえ。
――かつて誰かに言われた言葉が作り上げた価値観だ。

その証でもあろう、求めてしまった罪の味。
傷もついていないのに、じくじくと疼く頸。
そこに意識を向けた。

「え……よ、よわい、の?」

強弱を知られた。どこを触れればどうなるかも。
ぜんぶ。
あの夢がぜんぶ、事実。
牙が食い破る感触も、その結果どうなったかも。
…………。

「…………、……ちょっと、今日。
 まっすぐアミィの顔、みられるかな……」

顔が熱い。抱きついてごまかそうとしても。
白い耳が赤くなっているのは、隠せないだろう。
彼女ほどでないにせよ、耳に感情は出てしまうほうだ。

停まっていた月夜見真琴の時間は。
レイチェル・ラムレイに導かれて、動き出した。

―――ならば。

避け得ない事実が、ひとつだけ。
それは囁きとして、彼女にだけ伝えられた。

ご案内:「邸宅兼アトリエ」からレイチェルさんが去りました。<補足:レイチェル・ラムレイは嘘と向き合う 金髪紫瞳 黒のTシャツにデニムジャケット、スモークピンクのチュールスカート。>
ご案内:「邸宅兼アトリエ」から月夜見 真琴さんが去りました。<補足:月夜見真琴は嘘をつく 白髪銀瞳 ワンピーススタイル>