2020/09/19 のログ
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」に神代理央さんが現れました。<補足:患者衣/肩から下腹部にかけて包帯巻き>
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と学園の制服、腕章を着用。>
神代理央 >  
リハビリを終え、軽く汗を流してえっちらおっちらと病室まで杖をついて戻ってきたのが1時間程前。
病室まで戻るには車椅子の使用を勧められてはいたのだが、そろそろ真面目に体力を回復させておかねば、と己の足で戻ってきた――迄は良かったのだが。

「………すぅ…」

めっちゃ疲れた。
筋肉が落ちた、というよりも、動かし方を忘れてしまったという方が正しいだろうか。
リハビリでエネルギーを消化した少年は、小さな寝息を立てて巨大なベッドの中に埋もれていた。

レイチェル >  
扉の外から聞こえてくるのは、小さなノックの音。
続いて響くのは、落ち着きながら凛と研ぎ澄まされたように響く声であったことだろう。耳に届いていれば、だが。

「邪魔するぜ」

病室の前に立つのは、艷やかに流れる金の髪を腰ほどにまで伸ばした少女――レイチェル・ラムレイだった。
久々に刑事部らしく学園の制服に身を包み、いつものように山鳩色の外套を羽織っている。

「……居ねぇのか?」

病室の前、胸の下で腕組みをしながら、ふむ、と。
小さく首を傾げるレイチェル。
確かに今日は病室に居て、他の見舞客も居ないと聞いてきたのだが、時間が合わなかったのだろうか。
その場で思案する。

あの直向きで真面目が過ぎる性格であれば、或いは。
リハビリを頑張りすぎてぶっ倒れてる、といったところだろうか。

神代理央 >  
小さなノックの音と、響く声。
聞き覚えのある声に、浅い眠りから意識は引き戻されていく。
来客予定はあったかな、とぼーっとした儘端末を確認しようとして――

「……れいちぇるせんぱい?
……かぎは開いていますので、そのままどうぞ…」

次いでインターホンが室内に拾い上げた不在を疑う声と、端末に示された名前に、微睡んだまま言葉を投げかける。
少年の小さな声もきちんと機械が拾って、ドアの前で佇む彼女へインターホン越しに響くだろうか。
明らかに寝起きです、と言う様な幾分活舌の怪しい言葉ではあったのだが。

レイチェル >  
「はいよ」

そう口にすれば、ドアを開いて室内へと入る。
まず室内に入ったレイチェルの表情がじっとりとした表情に
変わるまで、そう長い時間はかからなかった。

「……なんつーか、すげーなVIP個室ってのは」

きょろきょろと室内を見渡しながら、表情はそのままに細指で頬を掻く。
テレビ一つとっても、ものすごい大きさだ。自分がつい先日入っていた
病室とは天と地の差である。

「オレだったら、こんな所じゃ落ち着いて寝られそうにないぜ」

一通り室内を見渡せば、口元を緩めて後輩の寝ぼけた顔を遠くから少しだけ見守る。
そして理央の寝ているベッドの傍まで近寄ると、手近な所にあった
椅子を引いて近くまで寄せ、そこへ腰を下ろすのだった。

「ここまで無防備なお前を見るのも珍しい」

ベッドとは平行になる形で置いた椅子に深く腰掛け、
両足を伸ばし後頭部に両腕を回して、
リラックスした姿勢をとるレイチェル。

彼女は顔だけを理央の方へ向ければそう口にして、にっと笑った。

神代理央 >  
彼女を出迎えるのは、治療には不必要な装飾や設備の数々。
治療どころか、普通に生活する上でも必要無いだろうと思われるものがずらずらと陳列されていたり鎮座していたり。

そんな豪奢な室内でも一際目立つ大きなベッドに横たわる少年。
点滴と何本かのチューブで繋がれてはいるが、特に顔色が悪いとかそんな様子は見受けられない。
強いて言うなら、今の今迄眠っていたので未だに瞳が微睡んでいること。絶食の末、流動食に移行したため少し痩せた様に見える程度。
それくらい、だろうか。

「……すみません…。せんぱいがいらっしゃるとわかっていれば、もうすこしきちんとしたかっこうを…」

ふあ、と零れかけた欠伸を噛み殺しつつ。
ぺしぺしと己の頬を叩いて、腰を下ろした彼女に改めて視線を向ける。

「…みっともない姿をおみせしました。まさか、先輩がきてくださるなんて思っていなくて」

未だ呂律は怪しいものの、先程よりはマシといった具合で。
ぼんやりした視線の儘、ペコリと彼女に頭を下げるだろう。

レイチェル >  
「格好なんざ気にしなくていいっての。
 そういうの、オレは気にしねぇからさ。
 ……ま、そうは言ってもお前は気にするかもしれねぇけど」

困ったように笑いながらレイチェルは付け足す。
顔色が良さそうで何よりだ、と。
穏やかな笑顔を浮かべて後輩を見やるその顔は朗らかで、
心が解けたかのような安心の色を感じることだろう。

「ま、業務をあれこれ調整したお陰で、
 随分と時間もできたからな。
 寧ろ、これまでなかなか来てやれなくてすまなかった。
 前にメールでも送ったけどさ、
 お前のことはいつも心配してたんだよ」

頭を下げられればレイチェルも思わず向き直り、
そんなことは求めていないとばかりにひらひらと、
横に手を振って、少し慌てた声色になるのだった。

「まー……とにかく元気そうで何よりだ。
 甘いもの、要るか? 好きなんだろ?」

そう口にすれば外套に手を突っ込み、ほれ、と
短い棒の先に丸い飴のついた菓子――ペロップスを差し出した。
飴を包む包装紙には『いちご』『ぶどう』『レモン』と書かれている。

「ほんとはクッキー焼いてきてやろうかと思ったんだが、
 まだ食えねーんだろ? という訳で今回はこいつだ」

にこっと満面の笑みを見せて、それを渡すべくベッドの上の
理央へ差し出す。

そうして。

「……人のことはあんま言えねぇ情けねぇ先輩、だけどさ。
 それでも。
 お前の背負う重さをちょいと知ってる先輩からってことで、
 一つ言わせてくれ――」

3つの飴を差し出しながら、レイチェルは真剣な眼差しで
理央を見やる。

「――無茶、すんなよな? オレのことは反面教師として、
 生かして欲しいもんだ」

落第街で、脅威として在るということ。
かつてレイチェルも彼ほどの過激さはなかったにしろ、
落第街で派手に立ち回りながら違反部活と戦い、
前線で風紀の腕章をつけていた。

故にそれは、彼と似た経験をしていたからこその、
彼を案ずる言葉だった。彼にはメールでも伝えたが、
改めて直接この言葉をレイチェルは伝えたかったのだ。

神代理央 >  
「…ええ、まあ。
流石に先輩のまえで不格好をさらすわけには…いかないのです…」

その言葉の合間にくぁ、と欠伸を噛み殺していては、恰好も何も無いのだが。
しかし、会話を続けるうちに取り敢えず意識は覚醒に至ったのか、緩慢な動作でベッドに横たわる身を起こす。
よいしょ、と言わんばかりに起き上がる様は『鉄火の支配者』等と言う大それた名前には相応しくない姿だろうか。

「先輩が御忙しいのは十分理解していますから、御気になさらないで下さい。
寧ろ、時間を作って来て頂けただけでも嬉しいですよ。
怪我をしたのも自己責任の様なものですし……とはいえ、御心配をおかけして、すみませんでした」

慌てた声色で手を振る彼女に、それでももう一度小さく頭を下げる。
此れは謂わば禊である。風紀委員会という巨大な組織の中で、数少ない『尊敬する先輩』である彼女に不要な心労をかけた事への、謝罪。

「ええ、甘い物は好きですが流石に其処までお気遣い頂く訳には――…あ、ぺろっぷす」

真面目な口調と声色は、甘味の前にはもたなかった。
差し出された菓子を視線で追い掛けて、少し迷う様な素振りを見せて――
結局、素直に受け取ってしまうのだろう。隠しきれない喜色を、表情に滲ませながら。
有難う御座います、と礼を告げながら、子どもの様にきらきらとした視線で数日ぶりの甘味を眺めているだろうか。


そんな穏やかなやり取りの後。
真剣な声色と表情を浮かべる彼女に、此方も姿勢を正して彼女に向き合うだろう。
彼女程の"風紀委員"が、一体何を言うのだろうかと巡らせた思索の中で、彼女から紡がれた言葉は。

「――…怪我をするな、という事でしたら、御指示の通りに。
力不足故、こうして長期の入院に陥ってしまい、結果的に業務が滞ってしまった事は申し訳なく思っています。
常に万全の状態で業務に当たる為には、怪我等していられませんから」

「しかし、無茶をするなという先輩の言葉が、私に自制を促すものであるのなら――」

受け取った3つの飴を、ぎゅっと握り締めた。

「………それは、承服しかねます。
違反組織は未だ鎮静化の兆しを見せず、前線の風紀委員は充足状態にあるとは言い難い状況です。
頼りになる後輩たちも出来てはいますが、それでもまだ、私は『無茶』をしなければならない」

「かつて『レイチェル先輩』がそうであった事を、反面教師になどしません。
寧ろ、その有様を私も後輩に示したいのです。
風紀委員とは。違反組織と戦うという事はこういう事だと」

彼女の武勇伝は、少なからず己も知る所である。
彼女に憧れて風紀委員会の門をくぐった者も、決して少なくは無いのだ。
だからこそ、その有様は引き継がねばならないと。
彼女の偉業と名声に届く事はなくても、それを担うに相応しい彼女の後輩であろうと。
そうした決意を含ませた言葉が、彼女に紡がれる。


――心配してくれる彼女を無碍にするようで、そんな事は言いたくは無かったのだが。

レイチェル >  
「気にすんな。この心配は……勿論、オレ個人の心配でもあるが。
 後輩を心配してやるのは先輩の仕事みたいなもんだからな。
 心配させとけ、気遣わせとけ、それくらいの気持ちで
 構えてりゃいいんだよ」

再び頭を下げる理央に改まって片手で後頭部を掻きながら、
それでもレイチェルはまっすぐに笑い飛ばす。

「喜んでくれたなら何より。
 退院したらオレが腕によりをかけたクッキーを食わせてやるよ」

クッキーは昔から作っている。
母親に教わった味で、狩人をしていた時も師匠に呆れられながら
作っていたものだ。

『クッキーには人を幸せにする魔法の力がある』。
母親が遺した言葉。今でこそ、笑い飛ばしてしまえるような
内容ではあるのだが、それでも幼心にそれを信じて
クッキーを作り続けた過去は、今も『幸せになってほしい』
相手に向けての贈り物としていることに繋がっているのである。

「……分かったよ、分かった。
 反面教師として生かせ、なんて言って悪かったよ。
 それがお前の柱なら、それがお前の信じる正義なら、
 オレはそこに関しちゃ何も言わねぇし、言えねぇや。
 言ったところでお前の信条は変わんねーだろうよ。
 オレもそういう奴だし、きっとお前もそうなんだろう。
 
 事実、お前が『鉄火の支配者』として頑張ってくれていることで
 守られている風紀があるのは間違いねぇ。このオレが保証する。
 でも、な――」

レイチェルは、鉄火の支配者としての在り方を肯定する。
その在り方で、救われている存在も確かにあるのだと、
言葉に想いを乗せて真正面から伝える。しかし、その上で。

「――お前は『鉄火の支配者』であると同時に、
 『神代理央』であることも忘れちゃならねぇ。大切にしなきゃならねぇ」

 それは、レイチェルが『時空圧壊』と呼ばれながら
 『レイチェル・ラムレイ』であるように。
 鉄火の支配者《システム》として在ることには限界がある。
 
 「『鉄火の支配者』でしか守れないものがあるように、
 『神代 理央』にしか守れないもんも、必ずある筈なんだ。
 大切な人、居るんだろ」

それは近頃、改めて実感していたことだった。
『時空圧壊』として在るだけでは、救えないものが沢山あった。
気づけないものが、沢山あった。大切なものは、すぐ傍にあった
というのに。

「そいつを見落とさねぇようにな。
 オレは……ついこの間まで、見落としてた。
 風紀《システム》としてどう在るべきか。
 らしくもなく、そればかりを追い求めて……
 その結果、本当に大切なもんを取り落とすところだった」

そう口にすれば、レイチェルは目を閉じる。
落第街で抱きしめた華霧の顔が浮かんだ。
アトリエで想いを伝えてくれた真琴の顔が浮かんだ。
全部、全部見落として。全部、全部取り落とすところだった。
目を覚ますことができたのは、周りの人々のお陰だった。

「お前には、そうなってほしくねぇ。
 だから、今日はそれを伝えに来たんだ」

視線はまっすぐに。
お前自身を曲げる必要はないのだと。
それでも、忘れてはならないものがあるのだと。
その視線で訴えた。

神代理央 >  
「…そう、ですか。
そう言って頂けると…ちょっとだけ、気が楽になります」

色々取り繕う言葉はあったが――結局の本音は、そこ。
『心配させても構わない』というのは些か極論ではあるが、そう言ってくれる人がいるだけでも肩の力が抜けるものなのだ。

「先輩の作るクッキーですか。それは何というか……競争率が高そうですね…」

あのレイチェル・ラムレイが作ったクッキー。
それだけで随分と競争率の高そうな菓子に思えてくるから不思議だ。
いや、思っている事は事実な気もするので、ちょっとだけ苦笑いを浮かべてしまう事になるのだが。
『幸せになってほしい』という切なる願いが込められた彼女のクッキーは――きっとよこしまな思いに溢れた男女の取り合いになりそうな気がする。うん。


「…レイチェル先輩に保証して頂けるというのは、とても光栄です。微力ながら、風紀を守る為に力を尽くしてきた甲斐が――」

でも、と続けられる言葉に、僅かに首を傾げる。
鉄火の支配者として肯定してくれるのなら、それ以上何か己に告げる事があるのだろうかと言いたげな視線で――

「『神代理央』であること、ですか?」

首を傾げた儘、鸚鵡返しに彼女の言葉を繰り返す。

「……鉄火の支配者ではなく、神代理央にしか、守れないもの。
それは、組織の人間としてではなく、私個人として見るべきものがあるという事でしょうか」

『時空圧壊』として名高い彼女ですら、その名では守れなかったもの。強大な力を振るった彼女が守れなかったもの。

「……レイチェル・ラムレイという個人が『時空圧壊』に呑まれてしまう、という事ですか。組織の一員として守れないものが、先輩にもあったという事ですか?」

「…私にも、恋人がいます。先輩の言う通り『鉄火の支配者』としての行動が、彼女を傷付けた事も、多々あります。
『システム』に忠実であろうとして、擦れ違うばかりです」

「――それでも」

「それでも、そういった人間は必要です。
組織の権威を。システムの歯車としての在り方を。
示す者もまた、必要なのではないでしょうか」

彼女の言わんとする事は理解出来る。
というよりも、実際に彼女の懸念通りの事が度々起こっているのだから、反論も否定の言葉もない。
それでも。それでも、彼女に告げるのだ。
『システム』の側に立つ者が、必要なのではないかと。
風紀委員会の権威と力を示す者が、必要なのではないかと。


「……私には、そうあることしか出来ませんから。
『鉄火の支配者』は健在であると、示さなければなりませんから」

忘れてはならない事が有る。
曲げてはならない事が有る。
分かってはいる。理解してはいる。
それでも、それでも。

『神代理央』は『鉄火の支配者』でなければならない。
それは、呪縛の様なものであるのかもしれない。
レイチェル >  
「ああ、そうさ。
 オレ達はシステムとしての側面を持っているし、それを保つ必要がある。
 
 こんなシステムが必要でない世界。
 誰もが互いに気遣いあえる世界。
 
 そんな理想……いや、幻想のような世界だったら。
 オレ達はどれだけ幸せになれてただろうかな」

そんなものは、どこまでも虚しい夢物語だ。
ちゃちで、幼稚で、甘ったるい御伽噺だ。
現実は飲み込みたくないくらいに、甘くない。
でも、飲み込まなければ前に進めない。

 「でも、現実はそうじゃねぇ。
 風紀は十人十色の想いを持った『個』の集まりだが、
 紛れもなくこの島の組織……システムの一つだ。
 その在り方を保つ為の動きに関して、
 お前に助けられているところは、間違いなくある」

再度、『鉄火の支配者』の信条を肯定する。
そして飲み込んだ上で、もう一度告げる。
それは、レイチェルにとって大切なことで、
どうしても伝えておきたいことだったから。

「でも、忘れないで欲しい。
 この世界には、
 『鉄火の支配者』というシステムも、
 『神代 理央』という個人も、
 そのどちらも必要なんだってこと」

風紀の仕事に打ち込んでばかりの自分は、
『レイチェル・ラムレイ』としての在り方を見失っていた。
しかし、『レイチェル・ラムレイ』を必要としていた者達は
確かに居たのだ、と。彼女はそう、静かに語った。


「一人でシステムを背負うこたねぇ。
 皆で、少しずつ背負っていけば良いことなんだ。
 組織の中に在ることの強さは、分け合えるってことだ。
 ……オレも最近まで、見失ってたけどな。

 勿論、簡単なことじゃねぇ。
 進む中で、新たな痛みだって生んじまうかもな。
 でも、それでも――」
 
拳を握り、目を細めるレイチェルは、理央の瞳をじっと
見つめる。それは決して冷たく責めるような視線ではなく、
目の前の彼の在り方を受容するあたたかみを湛えた視線だ。
そしてその上で、レイチェルは改めて語るのだ。

レイチェル >  
 
「――きっと、向き合っていく価値がある。
 『神代 理央』には、それだけの価値がある。
 オレは、『神代 理央』の価値を信じてる」


誰かに、想われている。
そんなお前ならきっと、その価値がある筈だから、と。
レイチェルはそう、正面から口にした。
これこそが、彼――神代 理央という後輩に必ず伝えたいと思った、
レイチェルの本心《ことば》だった。

神代理央 >  
己を射抜く様な、彼女の視線。
『鉄火の支配者』として成り立つ己を否定するものではなく、それを是としたうえで告げられる、言葉。

「……『鉄火の支配者』ではなく『神代理央』に価値がある、と?
そして、その価値を貴女が。
『レイチェル・ラムレイ』が信じてくれるというのですか」

『鉄火の支配者』と言う名は、少なからず落第街に影響を及ぼす名である、と皆が言ってくれる。
己自身に未だその自覚は無くとも、その名が与える影響を評価して貰えて、いる。
では『神代理央』はどうなのか。
この少年から『鉄火の支配者』を取り除いた時、果たして其処に残るものは一体何なのか。そして其処に、価値はあるのか。

そういった悩みを、彼女は全て肯定した上で。
『神代理央』にも価値がある、と自信すら覗かせる様な言葉で告げた。
『時空圧壊』として名を馳せる彼女。
そんな彼女が。いや、そんな彼女だからこそ。
己が悩み、煩悶する事へ、一つの答えを指し示した。

「…………誰かに想われる。誰かの為にある。
それが、価値の証。私自身の価値の証明。
――…不思議なものですね。私は決して良い恋人ではないと自覚はあるのに、それでも私の事を想ってくれるアイツの存在が、私自身を構築するものになり得ているなんて」

「傷付け、苦悩させてばかりだというのに。
レイチェル先輩が信じる私は、そんなものでしかないというのに」

ぽすん、と。起こしていた身をベッドに預ける。
彼女に向けていた視線は一瞬外れるが、直ぐにベッドに横たわった儘、じっと彼女に視線が向けられる事に成る。

「………先輩が、本当に真剣に私の事を心配してくれているのは、良く分かるんです。
それに、先輩の言わんとする事も心から理解出来る。
そうならなければと。そうあるべきだと、私も思います」

「だから、先輩の言葉を決して否定したりしません。
それに、先輩がぶつけてくれた想いから、逃げたりなんかしません」

其処で、小さく深呼吸して吐息を整えて――


「…ただ、分からないだけなんです。
役割も資産も異能も魔術も。
何もかも失ったとして、それでも私には果たして『価値』があるのか」

「レイチェル先輩が信じる『神代理央』に其処までの価値があるものかどうか――本当にただ、分からないだけなんです」

そう告げる言葉には、意志の力は感じられない。
弱々しさと自信の無さ。
あの『レイチェル・ラムレイ』に認められて尚、胸につっかえた儘の呪縛。

「……らしくないことを。先輩の言葉に疑念を抱く様な事を言いました。
そんなつもりじゃ、なかったんですけど……」

真直ぐな想いをぶつけられたからこその、揺れ動く己の感情。
それを処理するには。或いは、本当の意味で理解するにはきっと時間がかかる。
それを自覚しているからこその弱気を隠す事もなく、静かに。或いは、感情の色が複雑に交じり合う瞳で。
ただ、彼女を見つめている。

レイチェル >  
「ああ、その通りだ。
 お前を遠くからでも見てきたレイチェル・ラムレイが……
 風紀委員の同僚達が、戦友が。
 お前を見舞いに来たような奴らが。
 そして誰よりも水無月沙羅って奴が、お前をきっと想っている」

温泉で見かけた沙羅の言葉や顔を、レイチェルは思い出す。
本当に、大切に想っているのだろうことは、少し顔を合わせた
だけでも十分に伝わってきた。
人を想うことの力の強さ。
レイチェル自身が今まさに、
自分の胸の内から、想いを伝えてきた人から、感じているものだ。

「だからこそ、お前には価値があるんだ。
 お前の役割や資産、異能や魔術の価値……そんなものに
 縛られない、『神代 理央』の価値を信じている奴らが
 居るってことを、忘れるなよ。
 お前の価値を自分で殺すことだけは、するんじゃねぇ」

手を翳《のば》すこと。
『レイチェル・ラムレイ』を、認めてくれた者達が居た。
その価値を、自身が否定してしまっていた。
理央への言葉は、そのまま自分自身の過去への戒めとなる。
そのことを十分に理解した上で、言葉を紡いでいく。
重く強く、しかし希望と信頼を以て紡いでいく。

「少なくとも、オレはお前に力がなくたって、皆のことを
 気遣おうとするお前の……『神代 理央』そのものの姿勢を
 評価するぜ。『鉄火の支配者』としての在り方『だけ』じゃない。
 『神代 理央』自身の姿勢を、ちゃんと評価しているんだ。
 そしてお前を特別な存在として考えている水無月沙羅なら、
 きっと、もっと沢山の『神代 理央』の価値を見てきているし、
 知っているし、愛しているんじゃねぇのか?」

理央の弱々しい視線をしっかりと受け止めた後。
レイチェルは、椅子から立ち上がる。
椅子を丁寧に元あった位置へ戻せば、右手を腰にやって、
ふー、と息を吐いて、どこまでも優しく、穏やかにその
複雑な感情を受け入れるかのような、そんな。

輝く太陽の如き笑顔を見せた。

その笑顔は、『受容』。

不安も、悲しみも、憎しみも。
自負も、責務も、支配者としての過去も。
そういったものを受け入れた上で見せる、
純粋な『レイチェル・ラムレイ』としての笑みだ。


「良いさ。遠慮するな、疑念を抱け。抱き続けろ。
 そしてお前自身と……『神代 理央』と向き合うんだ。
 オレが『レイチェル・ラムレイ』と向き合ったように。
 一人じゃ無理かもしれねぇ。
 でもきっと、周りの人間と一緒なら。
 
 何より、きっと『水無月沙羅』と一緒なら。
 
 向き合っていけるんじゃねぇか?
 
 オレも……大切な人が居ることに気づいて、
 自分自身の在り方を見つめ直すことができた。
 お前もきっと、時間はかかるのかもしれねぇが、
 それでもいつか、きっと――」

外套を翻し、レイチェルは最後に彼へと告げる。

レイチェル >   
 

「――神代 理央が、『神代 理央』の力で、立てる日が来る」
 
 

それはきっと一人では無理な話で、
ずっとずっと先の話なのかもしれない。

だからこそ、レイチェルは今、彼へ言葉を伝えるのみだ。
不安げな表情を見せる彼へ、気持ちを穏やかに投げかけるのみだ。

それしか、レイチェルにはできない。

ここがきっと、『先輩』の限界だ。
ここから先は、想い人が、親しい人が、きっと。

「困ったら、いつだって相談しろよ。
 オレは……いや、オレ達はいつだって見守ってるからな」

そうしてレイチェルは外套を翻す。
そのまま何もなければ、病室を去っていくことだろう。

待ってる、と。一言だけ告げながら――。

神代理央 >  
「私が私自身の力で立てる日――ですか」

彼女――『レイチェル・ラムレイ』が。
友人が。
同僚が。
そして、恋人が。
己を想ってくれていると、彼女は告げた。

役割。資産。能力。
そういった『目に見えるもの』だけではない事に価値を見出している人たちがいると、彼女は告げた。

愛しい恋人が。より多くの『神代理央』を知り、価値を見出していると彼女は告げた。

それら全てを告げて――彼女は、全てを受け入れる太陽の様に、笑った。
『時空圧壊』ではなく『レイチェル・ラムレイ』として全てを受け入れる、と言わんばかりに、笑った。


「…ああ、本当に。貴女は何処までも『時空圧壊』で、何処までも『レイチェル・ラムレイ』だ。
私が目指すべき場所で、超えるべき場所で――皆が頼りにする、頼れる先輩だ」

「……そんな先輩に言われたとあっては、私も頑張らなくてはいけませんね。
きっといつか。いつか必ず。私は『神代理央』として、立ってみせますよ。
私が、私自身の名に誇りと尊厳を持てる様に。
ただの『神代理央』を、今でも受け入れてくれている人を、裏切らない様に」

向けられた言葉に、穏やかに笑う。
急かされた訳でもない。強制された訳でもない。責められてすらいない。
『いつかそうなる日がくる』『困ったら相談しろ』
ただそれだけ。全てを受容した上で、彼女はそう告げたのだ。
それが何より、煩悶する己にとっての一つの回答であった事。
それは、己自身すらまだ気づいていなくても。

「……だから、待っていて下さい。
いつか『神代理央』として、胸を張って貴女の後に続いてみせますから。
それはきっと、難しい事かもしれませんけど」

そうして、外套を翻して立ち去る彼女を見送りながら。
その背中に、声を投げかける。


「お見舞い、有難う御座いました。
……ペロップス、大事に頂きますね」

彼女の背中に向けた、小さな笑み。
それが伝わっても伝わらなくても良い。
彼女の想いだって、此方にきちんと伝わったのだ。
彼女にだってきっと、己が抱いた想いくらいは、伝わっている筈だから。

そうして、彼女が立ち去った後の病室で。
ペロップスを大事そうに握り締めた儘、再び微睡の中に落ちていった少年の姿。
回診に訪れた看護師は、随分穏やかな寝息であることと。
その手に握り締められた三本の飴に、小さく笑ったのだとか。

ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」から神代理央さんが去りました。<補足:患者衣/肩から下腹部にかけて包帯巻き>
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」からレイチェルさんが去りました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と学園の制服、腕章を着用。>