2020/09/24 のログ
ご案内:「堅磐寮 レオの部屋」にレオさんが現れました。<補足:新参の風紀委員。最近公安をクビになった。>
ご案内:「堅磐寮 レオの部屋」に神樹椎苗さんが現れました。<補足:今夜は和ロリ。シニョンキャップのお団子ヘアー。>
神樹椎苗 >  
「────♪」

 キッチンから微かに鼻歌が聞こえてくる。
 いつも通りの黒いロリータ系ワンピースの上に、ピンクのフリル付きのエプロンで鍋を混ぜていた。

 メニューはカレー。
 毎朝通うのも苦ではないのだが、家主が妙に萎縮するために作り置ける物を選んだ。
 とはいえ、夜は通うし、毎朝でなくとも頻繁に通うつもりではいるが。

 骨と皮だけの右腕を、神木に変化させて無理やり動かす。
 おたまを枝の様になった腕で掴んで、ルゥを少し掬うと、左手の小皿にとって味見した。

「──ん、まぁまぁですかね」

 師が造ったものに比べると、まだまだ味も香りも負けてしまうが。
 スパイスの香りも良く、辛さも程よい。
 相手の好みはまだ掴めていないが、それなりの味にはなっただろう。

「ほら、できましたよ」

 白米を片側に寄せて皿に盛り、隣にルゥをよそう。
 甘めのにんじんポタージュとスティックサラダを一緒にお盆に載せて、テーブルに運ぶ。
 クリームチーズのディップも添えられ、テーブルの上に夕食が並んだ。

 配膳し終えれば、青年の視界から少し外れるようにして、右手に包帯を巻き直しはじめた。
 枝の様に木肌を晒していた右腕は、骨と皮だけに戻っている。
 この三日で何度か目にした姿だろう。
 積極的に見せる事はなかったが、青年の前では特別、隠そうともしていなかった。

レオ >  
「あぁ、ごはんは僕がよそうのに…」

不自由そうに食事の準備をする少女に、青年が小さな声でそう言う。
右腕が動かないので、出来る限りは手伝いたいのだが…事料理にかけては青年はずぶの素人だった。
なら配膳や食材を切るくらい、と思っているのだが、手際がよくて手伝う隙を探るばかりになってしまっている。

せめてもとばかりに食器は自分が担当してるが…それだけだと忍びない。

「…まさか、沙羅先輩とも交流があるとは思いませんでした。
 名前を聞いた時は心臓が飛び出るかと…」

夕方ごろに自分の先輩から話を聞いた時は、本当に驚いた。
まさか自分が気にかけている先輩が自分の世話を焼いてくれている少女と親しい仲だなんて思いもしなかったのだから。
とはいえ、知った今は少し納得もしているが……。

「―――その腕、ずっと気になっていたけどどうなってるんです?
 あぁ、いや…少し気になっただけで。」

神樹椎苗 >  
 青年が手伝おうとしても、キッチンからはしっかり蹴りだして。
 キッチンは自分の領域だと言わんばかりに、我が物顔で占領していた。
 別に手伝わせてもかまわなかったが、落ち着かずにそわそわとしている青年を見ているのも面白かったのだ。

「それはしいも同じです。
 最初は娘に手を出したのかと思いましたが」

 まあそんな度胸のある青年には見えないし、そう節操無しな人間ではないのはわかっていたが。
 事情を聞けば、たんに同僚であるというだけの事。
 体調のすぐれない娘を寝かしつけてから、青年と共に青年の部屋にやってきたのだ。

「ほら、ボケっとしてないで、食べやがれですよ。
 ああもし苦手なものがあったら言うのですよ。
 次からは避けてやりますから」

 そんな事を言いながら右腕を包帯で包んでいくが。
 たずねられれば、手を止めて少し青年の方を向く。
 すぐに気弱におよび腰になる青年を、くすくすと面白そうに笑う。

「んー、大したことじゃねーんです。
 ちょっと血と肉を供物にしちまってですね、残ってるのは骨と皮だけなのですよ。
 あんまりそのままぶら下げておくには醜いもんですから、包帯を巻いてるのです」

 と、まだ露出している腕を見れば、しわくちゃの土色になった皮膚が骨に張り付くように。
 それこそ枯れ枝のような腕は、ほんの少し力を入れれば折れてしまいそうだ。

レオ >  
「手‥‥っ
 だ、出しませんよ……逆に沙羅先輩にも神樹さんの事で何故か言われましたけど……
 あ、嫌いな物とかは特に。毒でなければ大体食べられるので。
 ……成程、供物……」


食事に関しては、本人が言う通りに好き嫌いはない。
というか、基本的に何でも食べて来たクチだ。
毒かどうかも”死の気配”が勝手に察知してくれるせいか、生物的に食べれないものでなければ基本的に何でも摂取できるようになってしまった。
……まぁ、何でも食べれるのはそれだけが理由ではないのだが。

…供物。
前に話していた”神の使途”という言葉を思い出した。
死なないといっても、彼女の”不死”は再生とは違うらしい。


そんな事を想いながら「いただきます」と手を合わせてスプーンを手に取る。
食べながら、彼女の話を聞こう。
折角作ってくれたのだから。

カレーとライスを半々ほどにスプーンですくい、口へと持っていく。
―――温かい。
香辛料の辛さとほんのりとした甘さ。
彼女の作る料理は、数日間食べてみたがどれも美味しかった。

その理由は、味だけではないのかもしれないが。

「―――美味しいです。」

目の前の少女に、微笑んだ。

神樹椎苗 >  
「ん、しいに手を出したら正真正銘のロリコンですよ。
 ああでも、ロリコンなら手を出すのが普通ですかね?
 目の前にこんな超絶可愛い美少女ロリが居るわけですし」

 なんて言いながら、食べる様子を見守る。
 美味しい、という声を聞けば嬉しそうに微笑んだ。

「――食事中にする話でもねーですが。
 しいの身の回りは少しばかり、面倒なもんでしてね。
 いつもなら、気になるなら勝手に調べろって言うのですが」

 包帯を巻く手をまた動かしながら、静かに話す。
 食事の邪魔にならないよう、間を見計らいながら。

「しいは今、一柱の神の『道具』であり、別の一柱の神の『信徒』なのです。
 お前が察してる通り、しいは死にません。
 いえ、正しくは、『死んでも再生産』されるのです」

 右手の包帯を巻き終えると、一息吐いて。
 身体を引きずる様に、青年の隣に近づく。

「しいを道具として、『端末』として利用している神の力です。
 『端末』として保存されているしいの情報から、完全な複製を作り出すのですよ。
 記憶も人格も完全に復元されます。
 だから、しいは『死なない』だけで、厳密には不死ではありません」

 これがただの不死身なだけであったら、まだ『生きて』居られたかもしれないが。
 手足の代わりにされ、目や耳にされ、壊れても直され、完全な自由意志すら持っていない。
 それはもう、ただの『道具』でしかない。

「だから、お前に殺されるような事も、ありません。
 殺されてやりたくても、死ねないのです」

 言いながら、青年に触れるように寄り添い、その肩にそっと頭を預ける。
 小さく、見た目以上に軽い重さが青年に寄りかかるだろう。

レオ >  
「出しませんので…」

少し顔を赤くして否定する。
本当にからかわれている。いつもそうだ。
それが嫌だとは、別に思っていないが……

そうしていると、前とは違い…今度は彼女の方から、自分の事を語り始めた。
話してはくれないと思った。
何故話してくれたのだろうか。
それは、分からないが……
それでも、知りたかった事だった。

…”端末”か。
沙羅先輩は、自分も僕も道具じゃない、といったけど…
だったら、目の前のこの女の子は、どうなのだろう。
喋って、からかってきて、笑って、料理をしても。
死ぬ自由がない。必要だからと、生かされる。
それは、生きているのだろうか。

あの時『死にたい』と言った彼女は、生きているんだろうか。

「……」

そっと頭を撫でた。
傷も治されず、痛みだけが残って。
腕が動かなくなって、変わる事も出来ない。

そんなのって、ないじゃないか。

「……『死を想え』って言葉は……どっちの神様が?」

神樹椎苗 >  
「出さないんですか?」

 寄りかかったまま、静かに見上げる。
 それまでと違い揶揄う調子ではなく、静かに疑問をたずねるように。

 頭に触れられれば、そのまま目を閉じる。
 姉と慕った彼女と違い、安心感があるわけでもない。
 娘と触れ合っている時とも違うあたたかさ。
 やけに懐いてくる少女とじゃれ合ってる時とも違い、楽しさを感じるでもない。

 ただ、不思議と心地よさを感じた。

「――それは、しいに命の在り方を教えてくれた、『黒き神』の言葉です。
 かつて、『神として祀られていた』しいを殺して、端末に作り替えられたしいに寄り添ってくれた。
 死を司る、孤独な、優しい神様です」

 青年に体を預ける。
 頼もしいとも、心強いとも言えないが。
 身を預けていても、不安を感じないのが奇妙な気分だ。

レオ >  
「‥‥そうですか、死の……
 ……優しい神様なんですね。」

死の神様が、優しい…というのも、少し普通の感性からしたら変なのかもしれないけれど。
でも、互いに死に触れてきて、それを……望む身として。
その神様に、そんな感情を向けてしまう。

でも、その神様も、彼女を殺せなかった。
死を司るような、自分よりも高位の存在でも。
その事実は、強く刺さって。
気持ちは少し、強くなって。

頭を、ゆっくりと撫でた。
慈しむように、悲しむように。
彼女の存在に、触れた。

「‥‥‥‥出されたいんですか?」

少しだけ少女の方を、ちらっと見る。
からかっている口調…でもない気がする。
これで笑われたら、それこそ目も当てられないけど。
神樹椎苗 >  
「ええ、優しすぎる死神です。
 今はほとんど消えかけてしまって、力もほんの一部しか残っていませんが。
 それでも、しいのために傍に居てくれるのです」

 椎苗が心から、『黒き神』を信仰しているのもあるだろう。
 またこの世界で今唯一の信徒だというのも理由かもしれない。
 けれど、常に見守ってくれているのは、『黒き神』が優しいからだと思っていた。

 ――優しく、少し怯えるように触れてくる手。
 閉じた瞼をうっすらと開いて、細い目で青年を見上げる。

「――出したいんですか?」

 また、同じ言葉を返す。
 じっと、青い目が青年の目を見つめるだろう。

レオ >  
「……そっか」

傍にいてくれる。
その信頼に少し、妬けた。
神様に向けるなんてなんて器量の狭い男なんだろうと、自分でも思ったけど。

「……出しませんよ。
 色々…駄目でしょう?」

そっと、微笑んで頭を撫でた。

神樹椎苗 >  
「そうですか」

 ふ、と微笑んで、また身を預ける。
 やっぱり、青年の隣は心地よかった。

「別に、しいは構わねーですけどね」

 頭を撫でられながら、しれっと言う。
 求められるというのは、椎苗にとっては心地のよいものだった。
 それが道具としてであっても、『ヒト』としてでも、『女』としてでも。

「まあ、しいの身体は未発達すぎますし、傷だらけで醜いですし。
 ヤっても子供も産めねーですしね。
 相当特殊な趣味でもなけりゃ、手を出すなんてありえませんか」

 薄く、口元だけで笑いながら。
 青年に身を預けたまま、どこか自嘲するように言う。

レオ >  
「…醜いとは、思いませんよ。
 神樹さんは、可愛らしいと思うし……特殊な性癖を持ってる訳じゃないけど。
 …なんか、変な事言ってますね。」

…持ってる訳じゃないと思う。
彼女に、欲情して、抱きたい訳じゃない。
からかわれて、意識した事はあるけれども……

じゃあ、どうしたいのだろう。
考えても、よくわからなくなる。
特別な感情を、持っている自覚はある。
この少女に、僕は、何をしたいのだろう。
こうして身を寄せ合って、自分たちの傷を晒し合って。
そうした先に、彼女と…どうなりたいのだろう。



      『自分を大事にして。』



……まだ、出来る気はしない。
そうするべきなのだと、そうあるべきなのだと、思おうとは思っている。
けど、まだ……壊れた心が、それを否定し続けている気もして。

大事に出来ないのに、深く交わる事は…出来ない。

「…”椎苗”さん」

だから、まだ、今は。
今の自分で出来る事を、やっていくしかない。

「……僕が」

肩に、手を伸ばす。
食事も忘れ……少女の体を、引き寄せる。

「僕が……貴方を、殺します。
 殺して…みせますから。」

神樹椎苗 >  
「ふふ、なんでお前が必死なんですか。
 本当に変なヤツですね」

 なぜかフォローを始める青年がおかしくて、笑ってしまう。
 笑って、また静かに、暗い色の瞳を見上げた。

 青年がどこか、自分の事を特別視している事は感じていた。
 それが親近感なのか、また別の感情なのか、それはわからなかったが。
 どことなく、求められている事を感じる。

(――ああ、だから心地いいんですかね)

 なにか役割を望まれるのではなく。
 それでも確かに求められている感覚があって。
 こうして身を預けているのも、その心地よさに甘えているのかもしれない。

「――バカですね」

 左手を伸ばして、青年の頬に触れる。
 まるで泣き出しそうに見える顔を見上げて。

「そんな、お前が辛くなるだけの事、しなくていーんですよ。
 しいは別に、お前に殺される事は望んじゃいねーです」

 少しがさついた肌。
 少年から大人に変わり始めた輪郭。
 それを指先でなぞって、手のひらで包む。

「まったく、バカなロリコンです。
 まるで不幸を煮詰めて出来た煮凝りみてーな目になってますよ。
 しかたねーですから、しいが少しくらい、幸せってもんを教えてやらなくちゃならねーですかね」

 左手を頬から、頭の後ろへ回す。
 互いに引き寄せ会えば、距離はただ縮まる。
 互いの吐息が届く距離。

「お前の心は、なにを求めてるのですか。
 お前は――どうしたら幸せを感じられますか」

 そう、囁くように。

レオ >  
「……」

抱き寄せる腕の力が、少しだけ…強くなる。

「…わかりません。

 沙羅先輩に……『自分も大事にして』って……言われました。
 僕には、自分を大事にする…っていうのが、よく、分からないんです……
 
 痛いのは……慣れました。
 ずっと戦ってきたので……それが自分の中では日常だったので。
 でも、苦しみだけ……
 苦しみだけ、感じるんです。
 何をしていても……

 朝起きて……学校にいって。
 風紀委員の仕事をして、鍛錬をして……
 戦って、誰かを殺して……
 美味しいものを食べて、誰かと話して……
 眠って、夢を見て……
 誰かの事を考えて、誰かに自分の事を考えられて……

 全部、苦しくなるんです。


 ……誰かの為に動いている時だけ、それが役目だって、苦しさが薄れる気がします。
 誰かに何かを願われて、それに応じてる時だけ……自分はどうにか、そこに居る意味があるって、思うんです。 
 それが、”殺してほしい”って願いでも……

 ……椎名さんも、沙羅先輩も……本音では殺したくないと、思ってると思います。
 でも、それと同じくらい……生きてるのが。死ねないのが…苦しいのなら。
 それを、どうにかしてあげたい。……死ぬ希望が、あって欲しいと、思うんです。
 どっちも本心で……どっちも嘘かもしれません。
 でも、分からないから……望むものを与えたいと、思うようにしています。」

抱き寄せて、体温を感じて……そして、罪を告白するように、言の葉を連ねる。

「……多分。
 僕はずっと前に、壊れてるんだと思います。
 自分の中の何かが……
 本当にしたい事が、矛盾していって。
 どっちも本当で、どっちかを思えば、もう一方が自分を刺してくる。
 そうやって、自分で自分を…傷つけてる。
 
 これが消えない限り……きっと沙羅先輩に言われた『自分を大切にして』って願いにも、応じる事ができないんだと、思います。
 ……どうすれば、いいんでしょうね。」

ぼんやりと、触れられるままに。
同じように、少女の頬に右手を伸ばす。
ボロボロの体。
柔らかい、年若い少女の体にいくつも刻まれた、歪な傷の数々。
自分の体も、心も、この子の傷のように、歪だ。

「……”生きるのって、難しいですね。”」

夕暮れの中、沙羅先輩に言われた言葉をそのまま、吐き出した。

神樹椎苗 >  
「自分を大切に、なんて――しいにもわかんねーですよ」

 言葉の意味が分かっても、心が拒む。
 自分もそうだった――過去形。
 それがいつから変わったのか――わからない。

「生きるのが難しいなんて、そんなの当たり前です」

 今も、椎苗は自分自身を大切にできているか、わからない。
 けれど無暗に自らを傷つける事は、いつの間にかなくなっていた。
 『死ぬ事』よりも『生きる事』を考えるようになったのは、いつからだっただろうか。

「お前が、誰かに願われている間だけ楽になれるなら」

 同じなのだろうか。
 求められている事で、価値を感じられる。
 そこにようやく、居場所を見出すことが出来る。

 なら、ただ苦しむだけの願いでなく。
 ほんのわずかにでも、救いのある願いである方がいい。

「お前は、しいのために生きてください」

 それは、椎苗のささやかな願いであり、呪い。
 生きるのが難しいなら、生きてほしいと願う。
 幸せになる事が難しいなら――

「――生きて、幸せになってください」

 呪うように、祈る。

レオ >  
「……、……」

”生きて”
”生きて”
”生きて”

「……”生きる”って…何ですか」

心からの、想いだった。
何をもって、生きるというのか。
心臓が動いていれば生きているのか。
脳が考えていれば生きているのか。

そんな事で、生きているというのか。

目の前の、自分より遥かに小さい少女に聞くには、あまりにも……難しい問い。

「”生きる”って……
 ”生きる”って……何、なんですか……」

自分を”端末”だと言う、死ねない少女と。
心臓が動いているだけの少年。
あまりに
あまりにも、お互い……”生きる”事が……難しかった。

神樹椎苗 >  
「考え続ける事、です」

 青年から溢れた心からの問い。
 それに椎苗ははっきりと答えた。

「『死』を迎えるその時まで、今の瞬間を、次の一歩を。
 考えて考えて、悩んでも苦しんでも、考える事をやめない。
 そうして、今を重ね続けるから――『生きた』と言えるのです」

 『死を想う』

 それは、何時か迎える死に向き合い、今を重ねる事。
 ただ『死んでいない』だけでは生きているとは言えないだろう。
 今の瞬間を大切にして、積み重ねて、その果てにこそ『生きた』と言える時が来る。

「動物の生と、人間の生は違いますから。
 思考を止めない事、心を動かし続ける事。
 それを積み重ねて、最後の時を迎える――それが『生きる』と言う事だと、しいは信じています」

 それが、黒き神の教義から考え続けた、椎苗の答え。
 どこまでも『死』に真摯であり、『生』にひたむきである事。

「――大丈夫。
 苦しんで悩み続けるお前は、ちゃんと生きていますよ」

 泣き出しそうな青年を抱き寄せて、頬を寄せる。
 どれだけ傷ついて、壊れていても。
 この青年はまだ、『寒く』なっていない。

「けれど、そうしてただ『生きる』ことが苦しいのなら。
 しいのために、生きて――考え続けてください。
 しいがそう願う事で、少しでも、お前が自分を肯定できるなら」

 そのために、自分を使ってほしい。

「――ふふ、自分の事を考え続けてくれなんて、随分傲慢な話ですね」

 

レオ >  
「…、………」

言葉を、聞いて。
静かに、彼女を抱きしめた。

彼女の為に、生き続ける。
苦しい願い。

”彼女たちと、同じ願い”

「――――――、――――――――」

彼女の言葉が、辛かった。
心地よくて、苦しかった。

何より……

「――――それだと、椎苗さんは」

言葉が詰まる。
彼女が綴る言葉は。
そのまま、彼女を苛む呪縛と絡まりついていて。


最後の時を、迎えれなければ。
その信仰を。
自らが否定され続けている事にほかならなくて。


「―――っ、……椎名さん、……っ、なん…っ、……」

涙が、止まらない。
あんまりすぎる。


なんで彼女は”死ねない”んだ。

なんで僕は彼女を”殺せない”んだ。


「―――――したい」



彼女の救いを求めて。

「殺………したい…っ、……っ、ぅ……っ…あぁ…っ、……」

彼女の死を願った。

神樹椎苗 >  
「もう、どうしてお前はそう、泣き虫なんですかね」

 泣き出してしまった青年を、宥めるように優しく撫でる。
 小さな体で受け止めて。

「大丈夫――お前にしいは殺せません」

 宥めながら、静かに。

「――その願いは叶いません」

 優しく、残酷に。
 微笑む。

レオ >  
「…します」

何度も、首を横に振る。

「殺…し、ます……っ」

何度も、彼女の事を想う。

「僕が…っ」

彼女と年が離れていてよかったな、と、思っていた。

「僕…っ、が…っ」

彼女がもしも同い年の女の子だったら、僕はもっと悩んでいた気がするから。

「君を…っ」

ほんの少しの所で自制が効く。
そう、思っていた。

「だって…っ」

彼女が、好きなんだと思う。

「だって…っ!」

笑う顔が綺麗で

「こんなの…っ、……」

意地悪な所もあるけれど

「酷過ぎる…っ……」

あの青い目で見られると、全部どうでもよくなってしまう。

レオ >  
苦しいというのなら。
どうにかして楽にしてあげたいと、思ってならない。
苦しんでいる人を見たくない。
死にたいのに死ねない人は、もう見たくない。

殺せない人と、初めて出会った。
殺したい気持ちが強いのに。
殺したくないと思うのに。
殺せないのは、初めてだった。


彼女の為であれば何でもしてあげたい。
彼女に願われなくても。
誰かにやめろと命じられても。
彼女が望まなくても。
彼女の為に、生きたいと思ってしまう。

それが我儘で、自分には許されないのは分かっているのに。
僕が”不死斬り”に目覚めた時から。
そして不死を切り続けて……僕が、先輩を殺した時から。
そんな事が許される筈はないのに。
それなのに‥‥…
彼女の事になったら、自分はその我儘を通しそうで。

本当に、彼女と年が離れていて、よかったと。

そう思っていた、はずなのに。

レオ >  
きっとあと数年共にいたら。
そんな気持ちも揺らいでしまうんだろう。
年を重ねて、僕と彼女の年の違いが……些細な事になってしまったら。
僕を引き留めているものが消えてしまう気がする。

レオ >  
…そうならなくて、本当によかったと。
僕の時間が短くて、本当に、よかったと。
自分の命が短い事が、こんなに、こんなにもよかったと。
僕はそんな風に、安心していた。







安心していたのに――――――

神樹椎苗 >  
「まったく、仕方のないやつですね」

 とんとん、とんとん、と。
 まるで赤子をあやすように、その背を叩く。

「殺せませんし、殺させません。
 そうしたら、お前は独りで苦しむでしょう」

 それは。
 例え自分が死ねるとしても、看過できない。

「だから、お前にしいは殺させません。
 だから、お前はしいがいつか死ねるまで、生きるのですよ」

 頬を離して、涙を流す青年を、その瞳を見つめる。
 目の前の泣き虫な青年を、僅かに光を灯した瞳の、その奥をのぞき込むように。

レオ >  
「――――年、です」

嗚咽交じりの声で、吐き出す。
言うつもりがなかった事。
誰にも言わずに、終わるつもりだった事。

「―――あと、3年なんです」

自分の中で、彼女と出会って。
一抹の、救いになっていたもの。

「―――”僕の、寿命”」

残された、時間。

神樹椎苗 >  
「――そうですね」

 知っていた、と。
 どこか嬉しそうに。

「お前は、生きられます」

 まるで自分の事のように。
 自分の事よりも、嬉しそうに。

「あと三年も、生きられるのですよ」

 ――だから呪い。
 生きて、幸せになれと願う。
 青年を『生かす』ための、祈りなのだ。

レオ >  
「―――なら…っ」

言っちゃ駄目だ。

それ以上を言っちゃ駄目だ。

望んじゃ駄目な言葉だ。

できるかもわからないのに。

求めていいような人間ですらないのに。

「――――一緒に、死んでください」

なんで僕は言葉を止められないんだ。

「君を…
 置いて、幸せになんて…っ
 できないです…っ、……」

―――なんて、酷い言葉なんだ。

レオ >  
「好きなんです―――――」

神樹椎苗 >  
「――――」

 ぽかん、と。
 目を丸くして、まじまじと青年を見る。

「――なんで」

 言葉は理解できている。
 意味も理解できている。
 けれど、適切な答えが出力されない。

「――正気ですか?」

 真剣な目で、青年を見つめる。

レオ >  
ぼろぼろと、涙が零れる。
言いたくなかった。
言わなきゃよかった。

辛い。
苦しい。

自分の弱さに、吐き気がする。

この気持ちが。
どれほど気持ち悪いのか。
ただ”好き”というのが、これほどまで、自分を責め立てる。

「―――正気じゃ
 ないかも…しれない、です」

幸せになんて出来ないのに。
仮に彼女が応えたとしても、待つのは地獄なのに。
それを知っていて。
今こんな言葉を綴っている。

「―――――――」

冗談で済む言葉じゃ、ない。
行為じゃ――――ない。





気が付けば、彼女を引き寄せていた。
唇を……重ねていた。

神樹椎苗 >  
 華奢な体は簡単に引き寄せられる。
 顔は近づき、唇が触れ合った。

 ――あたたかい。

 そう感じた。
 そして、思ったよりも固いなと感じた。

「――――」

 気持ち悪いとは、不快だとは感じない。
 驚きはしたが――拒まない。
 椎苗はそのまま、瞼を閉じる。

レオ >  
涙があふれる。
唇に涙が伝って、すこしだけ口の中がしょっぱくなった。

数秒の沈黙。

唇が、離れる。


「――――ごめん、なさい」

息を、吸うのが、吐くのが、上手くできない。
顔が、耳が、指が、熱い。
頭の中がふわふわとする。
自分が今、何処に立っているのか…わからなくなる。

「――――忘れて、ください」

掠れる声で、そう振り絞り。
彼女と、距離を作ろうとした。

もう…引き返せないのに。
今更になって、離れようとした。

神樹椎苗 >  
 ほんの数秒の接触。
 それが、なぜかとても長い時間に感じられた。

 離れる唇、離れようとする身体。
 反射的に青年の手を掴んでいた。

「――――っ」

 息を呑む。
 一瞬だけ、戸惑い、困惑するような表情が浮かぶだろう。
 けれどすぐに、

「――なんで逃げてんですか」

 半眼で、じっとりとした視線を向ける。
 そして、大きくため息を吐いた。

「――ロリコン」

 呆れたような表情で言う。

「はあ。
 これ、所謂ふぁーすときすってやつですね」

 また一つ息を吐いて、眉根を寄せた。
 好きと言う言葉に、キスという行為。
 青年が本気だという事はわかった。

「残念ですが、しいは物事を忘れられるようにはできてねーんです。
 お前の言葉も、今の行為も、小さな息遣いから体温まで、知覚できる全て。
 しいはけして忘れる事はありません」

 そう言ってから、青年の腕を引っ張って。

「ロリコン」

 また、じっと目を見ながら言った。

レオ >  
「――――っ、…」


掴まれた手を、振りほどく事は出来ない。
こんなに小さくて、華奢な手なのに。
僕はそれに抗えないのだ。

目を見開く。
涙が零れる。
向けられた罵倒に、何一つ、言い返せない。

「―――、―――――――は、い……


 はい……、……」


その言葉を、受け入れるしかない。
否定できる一線は…既に超えてしまったのだから。

神樹椎苗 >  
「――別に、怒っちゃいねーです」

 また涙をあふれさせる青年に、困ったように眉をしかめる。

「不快だったら頭突きなりしてますし。
 そうでなくてもビンタの一つくらい喰らわせてますよ」

 どれだけ泣き虫なんだと、呆れたように。
 掴んだ腕を離すと、左手は青年の涙を拭うように頬に添えらえる。

「本気だってのは、わかりました。
 だったら、しっかりこっちを見ろってんです」

 そして、少し考えるように間をおいて。

「――しいには、恋だの愛だの言うような『好き』はわかりません。
 そもそも、『愛情』ってもんすら、やっと考えるようになったばかりです。
 それでも、お前の気持ちが、蔑ろにしていいもんでない事は、わかります」

 青年から手を離して、人差し指を青年の胸に押し当てた。

「三年」

 そして、手を広げて、胸に触れる。

「お前が死ぬまでに――しいに、恋ってヤツを教えてみやがれ」

 

レオ >  
頬へ当てられた手。
温かい手。
自分が、好きだと言った、女の子の手。


「さん…‥ねん……」

自分が、死ぬまでの残りの時間。
目の前の少女に、恋……それを、教える。

それは即ち、彼女に、自分を惚れさせろ……と
そういうこと。

残る3年で。
いや…もっと早くに死ぬかもしれない。
それまで…彼女に、尽くして。

「……、……好きになったら、別れが…辛くなりますよ?」

自分のように。
沙羅先輩のように。
それでも、いいんですか、と。
彼女に問いた。

神樹椎苗 >  
「――そんなもの、なってから考えます」

 知らないものは、わからない。
 ふん、と鼻で笑って。

「だから、いつまでもそんな、情けない顔してんじゃねーですよ。
 自分の気持ちに、想いに、自信くらい持ちやがれってんです」

 軽く握った拳を、青年の胸にぶつけて。
 さて、と、立ち上がる。

「カレー、すっかり冷めちまいましたね。
 温めなおしてやりますから、その間にシャキッとすんですよ」

 そう言って、冷めきったカレーを持ってキッチンへと向かう。

レオ >  
「……後悔するかもしれませんよ」

好きになったから幸せになるなんて、夢物語だから。
そんな”お願い”を自分として…不幸になってはほしくないから。

だから、最後の警告だった。

でも――――きっと答えは変わらないんだろう。
この子は、そういう子だから。
自分の考えを持っているから。


     『そしておまえがもし、大切に想われることがあれば、
      おまえみずからのことも、大切にするように』



――――嗚呼




     『しいのために、生きて――考え続けてください。』




―――こんな時でさえ、自分が動く切欠は、他人の言葉だ。


「――――そうですね」

キッチンへと向かい、カレーを温め直す彼女を見て。
立ち上がって、そちらの方へと向かう。

「…椎苗さん」

神樹椎苗 >  
 カレーを買ったばかりの電子レンジに放り込んで。

「――ん、なんですか」

 呼ばれれば、青年に振り返るだろう。

レオ >  
彼女の方へと屈んで。
顔を、合わせる。

小さな顔に、大きな青い瞳。
この瞳に見られるのが、苦手だった。
逆らえなくなってしまうから。
だから、自分から……彼女の目を見るのを、避けていた。

「――――――」

少女の、ちいさい掌に自分の手を重ねる。
握れば掌に収まりそうなその手を、絡ませてゆく。
そして、顔を近づけ…二度目の口づけを。

唇が触れ合う。
ほんの、少しの間だけ。



唇を離せば、彼女の青い瞳をじっと見つめるだろう。
少女の目に映る青年の顔は、赤い。
目の前の少女相手に緊張をしているのか、手が少し、震えている。

それでもちゃんと、少女の目を、しっかりと見る。

「――――――悠長に構える気は、ないので」


これは、自分の”我儘”だ。

今まで内に抑えていた、自分の心。


「……名前で呼んでください」

神樹椎苗 >  
 合わせられる視線。
 重ねなれる手の感触。
 そして、軽く触れあう唇。

「――ふふっ」

 赤くなる青年に、やはり可愛らしいと感じてしまう。
 震える手を握り返してやりながら。
 べ、っと小さく舌を出した。

「呼ばせてみやがれ――ロリコン」

 

ご案内:「堅磐寮 レオの部屋」から神樹椎苗さんが去りました。<補足:今夜は和ロリ。シニョンキャップのお団子ヘアー。>
ご案内:「堅磐寮 レオの部屋」からレオさんが去りました。<補足:新参の風紀委員。最近公安をクビになった。>