常世渋谷で語られる「都市伝説」の一つ。
黄昏時、丑三つ時、日の出時等(「境界」の時間)に
常世渋谷の「交差点」「四辻」「三叉路」などの「境界」「交叉」に当たる場所に行くと
迷い込むことになるもう一つの「常夜渋谷」に行くことができるのだという。

【裏常世渋谷「朧車」出現中】
電車の先頭車両の前面に巨大な顔を持つ存在として出現している。
 裏常世渋谷を走る「電車・地下鉄」(これらも正体が明確ではない存在ではあるが)に何かが「憑依」し、
「朧車」と化したのではないかと祭祀局は推測しているが、原因の究明は現在の所困難である。

2020/09/27 のログ
ご案内:「裏常世渋谷」にツァラさんが現れました。<補足:待合済:白髪蒼眼の三尾を持つ白狐少年/外見年齢12歳154cm/白に赤基調の振袖、へそ出しの紫袴。和風っぽい服。>
ツァラ >  
「やーぁ賑やかだねぇー。」

白い尻尾が揺れる。白い耳が揺れる。
狐はちょっとした陸橋の真ん中、手すりの上に腰かけて、
眩しくもないのに額に手をつけて日指のようにして、遠くを見つめている。

遠くの方で、土煙が上がった気がした。

ここは裏の常世渋谷。
普段はまぁ、ちょっとしたドンパチもあるけれど、そこまで賑やかって訳じゃない。

いつもならこそこそっとヒトが探し物をしにきたり、お宝を求めてきたり。
そんな中で、自分たちみたいなカミサマだとか、隣人だとか、怪異だとか、
そういうのとちょっとした小競り合いはあったりはする。

でも今日は違う。
なんたってあっちこっちを列車がしゅっぽしゅっぽ走ってるんだよね。
巻き込まれたヒトもいるみたいだけど、表のヒトも意図的に来てるみたい。
前に逢った警察のおねーさんの仲間っぽいヒトが遠くに見えた。

ご案内:「裏常世渋谷」に伊伏さんが現れました。<補足:長めの黒髪を低く結っている。赤黒いTシャツに白いワイシャツ、黒いスラックス、革のサンダル。>
伊伏 >  
伊伏が歩いていたのは、常世渋谷の交差点だ。
ほんの数秒前までは、確かにそうだった。
ちょうど黄昏が終わるくらいの時間で、コーヒーショップの新作が美味くて。
こんな、世界から色をそぎ落としたような、ゲームじみた世界で起きた話では無かった。

伊伏がそれに気づいたのは、携帯端末の表示がおかしくなったからだ。
ゲームアプリの更新が上手くいかなくて、ホーム画面に戻った。
そこでまず、立ち止まるべきだったのだろう。画面に映る時間はでたらめで、液晶画面はノイズが走っていた。

「は?」

酷く間抜けな声だったろう。
ゲームをしながら飲んでいたクリームティーが、伊伏の唇の端からとぽっとこぼれた。
辺りを見渡し、脳裏に浮かぶは噂の【裏】。同時に沸くのは、面倒くせえ事になったという焦燥感。


「自分に薬を利かせたつもりは無いんだが……」

ツァラ >  
高みの見物でもいいし、ちょっとしたお手伝いをするのも良い。
いたずらっ子のカミサマはルンルン気分だ。
目の前にお菓子の山が置かれた気分をしている。

しかしだ、間の抜けた声が真後ろから聞こえた。

目の前に、ひとつお菓子が置かれた。


それはいつかの青年で……。


「あは、まいごのまいごの……なんだろね?」

手すりに両手をついて、上肢を捻って後ろを見る。
青年にとっては、いつか浜辺で逢った少年の"カミサマ"だった。
白いもふもふした耳も、同じ色の三つの尻尾も、今回は最初から出している。

それは縁の悪戯か、はてさて。

伊伏 >  
もう一度携帯端末を開き、どこへとなく電話をかける。
が、そんなものはもちろん通じる訳が無い。
嫌な金属音やノイズ、笑い声などが入り混じった音が耳をつんざく。
元来たはずの道もすでに確認済み。自分が突っ立ってた場所も。
だからもう、伊伏は目的もなく走っていた。
遠くで戦闘音によく似た音もするし、じっとしていても解決の光は無いだろう。
とはいえ、本当にどう【表】へ戻るかを考えなくてはいけない。

その少し走った先に白い狐耳の少年がいたのは、果たして幸運だったのか。

「……あぁ?」

黒で塗り潰された世界の中で、幸運の祟り神は本当によく目立った。
たった1回だけの出会い・会話だというのに、知っているものを眼にするだけで、少し安堵を覚える。
現金だろうが、この際はどうでもいい。


「キツネチャンだよな?…ここ、どこか分かるか?」


答えは分かっているようなものだ。
それでも、楽しそうにしているこの狐神に、問いかけるしかなかった。

ツァラ >  
「ようこそ"伊伏"。"裏の常世"へ。
 ここは僕らのような、ヒトでないナニカが跋扈する場所。
 
 キミたちふつーのヒトには、ちょっと長居するのは危険かも?」

携帯端末から流れた奇音に
バッとそれから耳を離した伊伏の姿にコロコロと高い声が笑った。

ともすれば飛び降りそうな陸橋の手すりから、
後ろ向きに倒れて橋の中へと一回転すれば、青年の前へと降り立つ。
この場所では、物理法則すら大して関係が無い。

「やぁー、お祭り騒ぎの最中に来ちゃったネ?
 おにーさんはお祭り好き? 僕は好きだよ。」

お祭り騒ぎというには、空気は焼け付いている。
そんな中、目立つ白は呑気に笑みを浮かべている…。




「――ところでサ、ちょっとしゃがまない?」


不意に、少年がそう告げた。 

伊伏 >  
裏の常世と聞いた瞬間、伊伏の眼だけが嫌そうに瞬いた。
眼の前に落ちて来たツァラを見て、ズココとクリームティーを吸う。
果たして幸運の祟り神は、ただの一学生の頼みを聞いてくれるか。
何かお供え物でも考えて交渉でもしようかなと、思っていた矢先だった。

「は?しゃがむ?」

聞かれて思わず中腰に落ちかけた姿勢と、周囲をくるっと見渡す眼。
そういやドンドンガンガン、踏切のような音だの怒号だのが聞こえていた。

ツァラの言葉には従うが、ワンテンポ遅れたかもしれない。
しゃがむってなんだよ。しゃがまない?ってなんだよ。

ツァラ >  
ワンテンポ遅れそうなら、少年がずいっと近づいて手を引いて二人でしゃがむだろう。

その瞬間、二人がしゃがんだ時だった。



 轟音と共に、二人の頭上をガタンゴトンと"列車"が通り過ぎたのは。



ちょうど伊伏の後ろから。狐には見えていた形で。
少年は至って笑みのままである。

──もう少し遅かったら、陸橋から出ていた頭が飛んでいたかもしれないのに。


「いやー、キミの匂いで釣れたみたいだよ?」

しゃがみ込んで近い距離で、にししとばかりに。
通り過ぎた先を見れば、空中を走る列車が煙を上げている。
それは空中に線路が引かれて、自分達の所を通り過ぎたと思ったら、
曲がる線路を引いて、こっちに戻ってこようとしている。

伊伏 >  
なんだあれ。

「釣れた?今飛んでったのは列車――」

あ、違うわ。
俺の知っている列車には、あんなクソデカい顔なんざついてねーもん。

伊伏は口の端を僅かに引きつらせ、ツァラを見た。
間一髪だったのは、尾を引く軌道とその線路の痕で良く分かる。
だが、危険は去らずにこちらに来るとなれば、いやもう舌打ちものである。
実際に伊伏は舌打ちをした。四方をバッと確認し、すぐさま立ち上がって。

「クリームティーなんか飲むんじゃ無かった」

もう少し、腹に溜まる物を頼むべきだった。

速度は完全に列車のそれだ。
あの速さで特殊な事をやってこられたら、不味いかもしれない。

「ツァラ、俺の事助けてくれる気はあるか?
 そうだったら、今この状態よりずっとハッピーなんだが」

伊伏の手から、足元から、魔力の匂いがこぼれだす。

朧車・ハ号 >  
列車の前面には、にこやかな顔がついている。
にこやかだというのに、明らかにこちらに向かって線路の軌道修正をしてきている。

幸い、砲台などが付いているタイプでは無いようだ。

けれど、それは相手を直接傷付けることに特化しているのか、
掠ったら大変なことになりそうな刃のような鋭い箇所があった。
それらがギャリンギャリンと空気と火花を散らして、"炎を纏っているように"見える。

幸いそれは列車の真下方向にはついていなかったものだから、助かった。


けれどそれは、一度助かっただけに過ぎないと、
にこやかな顔を向けられて、怖気が背を襲うのだ。

ツァラ >  
「なーんかねぇ、今サ、
 生き物の匂いでアレが釣れちゃうみたいなんだよね。
 あっちでお祭りやってるのも、アレのお仲間さん。」

しゃがんだ時に両手で押さえた頭の上の耳を離し、
狐耳を何度か撫でつけて轟音を逃がす。

指でぴっと朧車を示して、それから遠くの戦闘音がする方を指す。

こんなのが何体もいるのだと、伊伏に教える。


「アハ、もちろん。
 あーんなのに斬られたら、キミは幸せドコロじゃなさそーだしね。

 僕は割とサ、人間寄りのカミサマだからね?」

それはそれとしてヒトをからかうのは好きだけれど、それはそれ。

伊伏が魔力を己に漲らせると同時、
ふわり、ふわりと青い光の蝶が辺りに舞い始める。

伊伏 >  
戦闘音の意味も教えてもらった。
こんなん知りたくも無かったし、関わるのも御免だったのに。
そんな愚痴は生きてからじゃないと出来ないとは、なんとも理不尽だ。

「あんなクソったれな爽やか顔釣りたくなかったな。
 何ニタニタしてんだ、怪奇か?付喪神みたいな妖怪で済むのかよ、あれ」

列車が近づいて来ると、そのギャリンギャリンという音も良く響いて聞こえる。
どう見たって話が通じない類の相手だ。
あれと対話できるヤツがいたら、じっくり見てみたいほどに。

「ホンッット頼むぜツァラ。戻ったらケーキの1個でもホールでも奢るから。
 俺みてぇな最大出力の弱いヤツが、どこまで抵抗できっかも知らんが!」

ツァラが漂わせる青い蝶が、視界の中の華だった。
伊伏の爪先から肩までそれぞれの指から走り、青白い火が盛んに噴き出す。
ハシバミ色の瞳をめらめらと燃やし、背筋をすくませる悪寒を熱で噛みちぎる。
ここで死ぬわけにはいかないのだ。少なくとも、この今は。

列車がこちらを轢き殺すルートを取れば、
追尾の精度はそこまででは無いだろうと踏み切って、強く地を蹴り回避に入る。

朧車・ハ号 >  
少なくとも、繰り返しこちらに向かい、
空中線路を敷いて突撃してくることには変わりがなさそうだ。

貼り付けた爽やか笑顔はうんともすんとも変わらない。
表情が変わらないモノだから、余計に恐ろしい。
きっとこれは、返り血を浴びたって変わらないのだろうと容易に想像がつく。

ガタンゴトン、ガタンゴトン、と、お決まりの列車の音と共に、死が迫る。
けれど、引かれたレール通りにしか進めないそれは、
確かに回避しようと思えば出来た。

だが、速度自体はやはり列車のそれである。
列車に撥ねられた人間の行く末は……想像に難くない。

ツァラ >  
「普段あんなの、ここじゃあこんなに見ないんだけどネ。
 たまーにいるかもしんないけど、今あっちこっちにいるしサ。

 まぁ幸い……今のとこは複数で襲い掛かって来る気はナイみたいだけ──。」


おしゃべり自体はとても呑気だ。


なお隣に居たツァラはといえば、回避の姿勢を取っていなかった。
列車が勢いよく二人に突撃し、青年が避けられたならば、狐は?

バァッと青い光の蝶が散る。

爽やか笑顔に纏わりつくように、蝶が張り付いている。


……ツァラが居たはずの場所には、何も居なかった。

伊伏 >  
こちらに突っ込んでくるルートさえ予測出来れば、予備動作を大きく取ればまず安全である。
が、ツァラが避けずに突っ立っているのは予測より少し外のことだった。

「キツネチャン避けねーのかよ!!!!」

伊伏はツァラが消えたことに僅かな焦りを感じたが、
無数の蝶がにやけ顔にくっついていたことを視界に捉えていた。
流石神様というところか、このぐらいの一方的な体当たりじゃどうってことないんだろか。

あのにやけ顔のまんまの視界ならば、ああやって取り付いてくれるだけでも、確かに十分に効果が望める――
――と、良いのだが。全然気にしないタイプだったら、やはり厄介だ。

何しろ、この空間は地に足をつけて悠々と動ける場では無い。
アウェー真っただ中なのだから、集中なんてほんの数秒も出来ればいい方だろう。


「加熱、加熱、加熱、加熱……」


青白い火は、意思に沿って炎へと変わる。
爪先から肩まで噴出する青白い火を列車の軌道に合わせ、伊伏はそれを覆うように手を振るった。
同時に突風が巻き起こり、車体に高熱の火焔球が宙を喰い削りながら無数襲い掛かる。
風魔術を火焔球の加速に使い、およそ10mの距離を追尾させた。

この列車体部分に火焔球が取り付けば、鉄を歪ませながら爆ぜるだろう。
狙いは、長い身体のバランスを崩すことだ。少しでも、その速度を落としてやりたかった。

朧車・ハ号 >  
とりあえず朧車に視界が存在し得るなら、
蝶はにやけ顔の目に集中してびたびたにくっついている。

それぞれが青く発光をしているのだから、そりゃもう眩しいだろう。

一応なり、その線路の先が、直線的であるのは、蝶の効果なのか?

敷かれる線路の軌道は、僅かにズレているかもしれない。
しかし、それではまだまだ足りない。
何かしら、相手は青年へと突っ込んでくる。

それは、人間たる"匂い"なのか、あるいは音なのか…。


と、焔が列車体へ取りつけば、
それに付与されていた魔術で、線路の軌道が"揺らぐ"。

ギャリギャリと音を立て、車体の軋む音が悲鳴のように響く。
その表情だけは変わらないまま。

ツァラ >  
『まぁ僕としてはさー。』

ひらりと伊伏の肩辺りから声が響いた。
青年の視界の端には、にやけ顔にひっついている蝶の一匹の青。

それが不意に離れて、そこからポーンと化けるように、狐の姿に成る。

「ケーキは一緒に食べて、
 キミが美味しい顔をしてくれるのが一番なんだケドネ。」

呑気に返事を返しながら、青年の手を引いて離れる。


離れる前の所に"自分たち"の姿が残っていた。
そこに向かって金属音の悲鳴と共に、火焔球の取りついた車体が轢き殺していく。

轢かれた自分たちの姿は、パッと蝶の姿で散っていく。

「…なーんか、キミの火? かなんか効いてるっぽいネ?」

伊伏 >  
少年の声にハッとする間も無く、手を引かれて駆けていた。
燐々と燃え盛っていたハシバミ色の眼をキュッと閉じ、消火する。

肩越しに顔つきの列車を一瞥しながらも、
幻覚とはいえ、轢き殺された自分の後ろ姿はなかなか妙な気持ちだ。

走りながら空気を大きく吸い、肩まで広がる青白い火も消す。
服が焦げたわけでもないが、これをやった後は妙に水が恋しくなる。
異能を長く使用するのは自分にとっては都合の悪いことなので、
このまま逃げおおせられるならば、大変有り難い。

「車体の次元がずれてる、というような存在でも無いってことか…?」

火が効いているかもしれないとの言葉に、呟き返した。
あの見たままの存在ならば、鉄をも溶かし殺す高温さえ放てれば、もしかしたら。

しかし、そんな事をせずとも逃げ切れるならもう、逃げておきたい。
ああいう図体のでかくて速い相手は、得意じゃないのだ。
蛇のようにじわじわと追い詰める戦法を好む伊伏の顔は、苦い。むちゃくちゃ苦い。

「あの図体を焼き尽くすような熱量は、流石に放ちきれないな。
 でっかい化け物に向いて無いんだ、俺。…ツァラは、幻術が得意なのか?」

どこまで走るつもりだろかと、足は止めずにツァラについていく。

ツァラ >  
「そうそう、僕はま、所謂妖術ってやつかな。化術とも言うよネ。
 狐に化かされるって、よく言うでしょ?
 
 蝶で引っ付いてる感じ、火が直接の原因じゃ無い感じなんだケド、
 明らかにキミの火が当たった時に、線路がブレた気がするんだよネ。」

蝶をくるくるっと飛ばして、変わり身を用意しては、それに突撃させる。
自分の所謂化け術のような特殊能力では、
今狐が言ったような事象が引き起こせないのは、蝶を取りつかせてみて分かった。

逃げることには実際同意する。
でも逃げる為にも何かしら、時間を稼ぎたい。
自分の幻術だけでは、出口までやるには相当キツイ。

あれが列車であるならば、行き先が事前に線路として空中に敷かれるのならば…?

線路を外れた列車は、どうなる?


「キミの何かしらが、そこに作用してる。僕では出来ないナニカ。
 長く足止めできそうなんだヨ。上手くやったら。」

また二つ、自分たちの身代わりが犠牲になる。
この間ぐらいは、喋ることは出来る。

伊伏 >  
「なるほどね、よくある表現そのままなんだな。
 …ああ~また轢かれた。シンプルにパワー押ししてくるんだな…ムカツク」

そう言いながらも、列車の軌道や線路の動きは可能な限り視ている。

「線路がブレた、か。俺はあいつのバランスを崩してやりたかっただけなんだよ。
 列車事故なんてもんが起きる時は、たいてい横からの何かに襲われて、だから」

上手くやったら長く足止めできると言われれば、むうと唇を結んだ。
無茶をする時というやつがあるなら、それは今だと表現されているような気もして。
体力が尽きる訳でないから、最大出力を連発しても歩けはするだろうし。
手を引っ張ってもらえるのだったら、"異能を使いきっても"、何も問題は無い。


「神様の幻術や化術ではない何かは、ちょっと今は考えきれないけどさ。
 …やるっきゃないなら、やるしかねぇよな。

 今度は車体じゃなくて…ああ、もうこっち見てんのかよ!ほんとやな顔だなァ!
 ええと!車輪と―――線路を狙うで、良いか?良いよな?」


何度火焔を叩きこめばよいかは分からない。
本当に足止めになるかすら、試さねばその先が見えない。
蝶を舞わすツァラと対照的に、伊伏は再びめらめらと瞳を燃やし始めた。

ツァラ >  
「…頼むネ、それで良い。僕らが起こすのは、"破壊"じゃなくて、"事故"サ。
 僕もほんの少し、本気を出すよ。キミに、"幸運"をあげる。

 ──祟り神はネ、信仰してくれる間は、加護をもたらすモノだからね?」

それは日本の荒神の精神。座敷童のようなモノ。
共に在る間は富をもたらし、離れれば災厄を呼ぶ。

にぃと口角を上げ、狐は酷く、"大人びた"笑みを作った。

それはきっと、青年よりも、とても長く生きた証の表情。
その唇から紡がれるは、"厄"を"幸"へと変える唄。

決してそれは強い訳ではない。
だが、彼が明らかに、"カミサマ"であるという…。



「――ひふみ よいむなや こともろちらね」

列車の行く先が、"運良く"自分たちから少し逸れる。
きっとこの作戦は、"上手く行くだろう"。
青年が、列車を崩す為の算段を、きっと見つけることが出来る。

子供へと受け継がれる、言葉唄。

「しきる ゆゐつわぬ そをたはめくか」

高い子供の声が、鈴を転がすように響く。


青年が火球を叩きこめば、それに纏わりつかせた風が、
その線路を掻き消す事象が見えるかもしれない。

それが、何を意味するのか。

伊伏 >  
「それ、後から鞍替えは許さねえって言われてるようなもんじゃん」

苦笑いをするように、はっと笑って伊伏が軽口を返す。

その裏はといえば、少年らしからぬという言葉では足りないような笑みに、内心ぞっとした。
どんなに愛らしかろうと、つかみどころのない発言をしていようと、存在の違いは明確なのだと。

それが今、こんなに頼もしく思えるとは夢にも思わなかった。
…思う様な生き方はしていないというのが、本音だが。

「神様に後押しされてんじゃ、失敗もできねえのは当たり前か」

ぽぽぽとハシバミ色の瞳が"燃え広がる"。
爪先から上がる青白い火は、肩でとどまらず背まで届く。
イメージを固めるための両手は、顔の前でぐっと組んでほどかぬままだ。


もっともっと大きな火焔を。
あの憎たらしい笑みを浮かべた顔を焦がすような、欲を飲みこむ灼熱を。


青白い炎が伊伏の足元から膨れ上がり、周囲が熱で揺らめく。
ぱきぱきぱき、ばちばちばちと、何かが熱で爆ぜるような音がし始めた。
丸では足らない。ただの火焔の塊では足りはしない。
もっともっと熱を、炎をと、異能で起こされた火の球に加熱と圧縮が繰り返される。


「ありったけをくれてやるから―――― しばらく寝てろ」


"幸運にも"、伊伏の異能の限界が伸びた。
燃え盛る手を離し、大波を描くように指先が踊る。 ――狙うは、道を紡ぐ線路と最前線の車輪。

伊伏の瞳からハシバミ色が消え、白く輝く焔が"熱の礫"を伴いながら列車と線路へと切っ先を描いた。
それは正義感でも感情の開花でもない、紛れもなく悪意の所業。
「横転させる醜い悪戯」の上位版――

ツァラ >  
そういうモノだ。妖怪にも、そういうモノがいる。
鞍替えをしてしまったばっかりに、悲惨な目を見た寓話は沢山ある。

約束を破れば酷い目に遭う、その戒めのような話は多い。

故に、その信仰は根付き、彼らのような"カミサマ"と成る。


「うおえ にさりへて のますあせゑほれけ」

──八百万の神。故に、彼のような青年にさえ、神が笑むことすら…あるのだ。

青年に蝶がふわふわと纏わりつき、
あるいは幸運を、あるいは同じ"炎"を操るモノとして、力を与えるだろう。

朧車・ハ号 >  
列車の線路が、歪み焼ける。
勢いを持って己の目的を達さんとひた走る歪な笑みの先端に、焔が落ちる。

きっとそれは、"幸運にも"、きちんと列車の最前輪を焼き尽くした。

不快な金属を引っ掻く音が響き渡る。
レールに沿っていた車輪が一つ失われるだけで、制御は脆くも崩れる。
それは笑みを浮かべたまま、刃を目標に届かせることはなくなる。

そこに完成したのは、間違いなく、
線路という"定められた道"を、"横転させてしまった悪戯"。


地響きと共に、轟音と共に、列車がひしゃげて横になる。
完全破壊とまでは行かないだろうが、間違いなく動くことはしばらく不可能であることが分かる。

伊伏 >  
地響きと轟音、ぱらぱらと飛び散る塵芥を防ぐために風の障壁を作り出す。
魔術でこしらえられたそれは、砂塵も上空へと吹き飛ばし、汚れることを嫌った。

「……すっげーな、幸運」

流石に、あの音を立ててまで倒れたのだ。
何とも無しにポンと立ち上がる様な存在ではないと信じよう。

伊伏は未だ燃え盛る拳で、目元を拭う。

「すぐには回復…しなさそう、だよな?」

ツァラの色が見える方を向き、すう・はあ・と息を何度も深く吸う。
瞳からは依然ハシバミ色の火がめらめら飛び散っており、消火に時間がかかりそうだ。

ツァラ >  
「まぁ…ここまでしちゃえば多分?」

ぱっと大人びた表情は鳴りを潜め、
元の少年そのままの無邪気なそれが顔を覗かせる。

「まぁ、幸運とは言ってもサ、僕のはそこまで強いって訳でもないし。
 本人に素養が無いとどうにもならないコトだからネ。」

お疲れさまぁー、と、青年の背をぽふぽふとして、
未だ燻るハシバミ色のそれを落ち着かせようとする。

ただ…そう、あまり悠長にもしていられない。

遠くの戦闘音やらもあったが、この列車は── 一体だけではないのだ。


「とりあえず、出口は知ってるから、移動しよ?
 ここから先は僕の方で幻術を全開にしておくからサ、キミも疲れたろうし。」

ちらほらと光る青い蝶を漂わせ、青年にそう声をかける。

伊伏 >  
深い呼吸を繰り返しながら頷き、ツァラについていく形で歩き始めた。
落ち着かせるように背中を叩いて貰っても、纏う火が消えうせるには1分近くかかった。
最後に、ほろほろとハシバミ色の炎が落ち着くと、伊伏の瞳が青白く濁っているのが見える。

「こんなのが他にもうろうろしてると思うと、ゾッとしねえな。
 …幻術で守ってもらっといてなんだけど、ツァラ。

 今はちっと、視界が見づらいから…出口までついでに引っ張ってくれると助かるんだけど」

異能の限界が伸びたとはいえ、反動はやはり来ている。
一時的に視力が弱まっているようで、少年を見下ろす伊伏の眼は、どこか焦点を結ばない。
ただ、足取りを見る限りは弱視の状態になれてはいるようだ。
素直にツァラと青い蝶を追えるあたり、それは疑いようも無く分かりやすいだろう。

ツァラ >  
「まぁ、元々ヒトには理解し難いモノはいっぱい居るけどネ。
 こんなに質量で来るようなタイプは珍しいカモ…ン?」

声をかけられれば、先行していた脚を止めて振り向いた。

狐はさして疲れたような素振りも見せず、青年に近づいて目を覗き込むように見た。
下にある青空は、眩しい煌めきを放っている。


「あは、分かったよ。大丈夫。
 変な所には連れて行ったりシナイから、安心して。」

にっこりと浮かべた"大人びた"笑みも、弱視の彼には今はあまり分からない。
そうして青年の手を小さな"子供"の手が握り、トコトコと歩き出す。

歩幅の差は歴然。
それでも、なるべく戦火の瓦礫を避け、
平坦な道を選んで歩いてくれることだろう。


──出口の分岐路で、狐は"少年"に化け、成長した"子供"を無事に、家まで送り届けるだろう。

ご案内:「裏常世渋谷」から伊伏さんが去りました。<補足:長めの黒髪を低く結っている。赤黒いTシャツに白いワイシャツ、黒いスラックス、革のサンダル。>
ご案内:「裏常世渋谷」からツァラさんが去りました。<補足:待合済:白髪蒼眼の三尾を持つ白狐少年/外見年齢12歳154cm/白に赤基調の振袖、へそ出しの紫袴。和風っぽい服。>