2015/06/10 - 03:09~02:56 のログ
ご案内:「第三大教室棟廊下」にラヴィニアさんが現れました。<補足:水泳部の一年生。イタリアから留学してきた元修道女>
ご案内:「第三大教室棟廊下」に遠条寺菖蒲さんが現れました。<補足:長い黒髪を結い上げてポニーテールにした青い瞳の女生徒。護身に小太刀を携帯している生徒会幹部候補生>
ラヴィニア > 人気のない夜の教室棟。かつんかつんと階段を叩く靴の音が響く。
気づけば前を行くことになっていたラヴィニアが、遠条寺の手を引いて前を行く。
「そういえばお姉さまはここに来て何年目になられるのですか?」
ヴェールに囲まれた顔が軽く振り返り問うた。
遠条寺菖蒲 > どうして案内するはずがこうなっているのだろうか?
でも、教会への道はちゃんとは知らないし彼女が知っているならそれでいいのではないか、と菖蒲は考えるがそもそもその時点で案内だなんだという話がおかしいと言う事に気がついていないのは実はこうして人と手をつないで歩くと言う行為が初めてであり緊張している為である。
「私が来てから?中等部に上がる頃に来たから今年で四年目になるのかな?」
手をつなぐ手とは逆の手を軽く顎に当てて思い出しながら答える。
ラヴィニア > 「あら、やっぱりずいぶんと先輩でいらっしゃるのね
わたくしは今年からですので、ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたしますわ」
そう言いつつ、引いているのは自分だ。
熱を持った遠条寺の手を感じ、一瞥してから軽く首を傾げる。
「どうかなさいました?」
遠条寺菖蒲 > 「うーん、教えられたらいいんだけどね」
少し困ったような笑顔をラヴィニアに向ける。
「いる期間は長いのだけれど、それ程詳しい訳ではないのよ」
自嘲するような苦笑いをしてそう言う。
ラヴィニアが自分を気遣うような言葉を発して何のことかと逆に首を傾げる。
が一瞬視線が握っている手に行ったような気がして自分の心境はバレているのではないかと考えた。
「……その、誰かと手をつなぐのって初めてで、ね」
視線を泳がせて床を見たり壁を見たりと言いながら菖蒲は少し頬を赤らめる
「緊張しちゃって……」
ラヴィニア > 具体的な説明を受けたわけではない。
ただ、遠条寺の歯にものが挟まったような言い方に、なんとなくわかるものはある。
自分もまたここに来るまでは生活を非常に管理されてきたからだ。
同じではなかろう。しかし似た断絶があったのかもしれない、と。
しかしそれらはこころに伏せ、緊張という言葉にニッと口角を上げ
「あらあら、お姉さまったら。
そう仰られては私まで緊張してきてしまいますわ」
そう言って笑う。
笑おうとした。
二人の知覚に入り込むものがある。
夜の冷たさではない。闇の重さではない。
“瘴気”――――そう言って差し支えないもの。隠されもしない冷えた重力。
ラヴィニアの眉が浅く立つ。
一階ヘ続く踊り場、そして階段を出ての二階を貫く廊下の向こう。
何かが“異る”
遠条寺菖蒲 > 「……?」
違和感。
何かが決定的に変わるような気の流れ。
それに菖蒲は眉を顰める。
底冷えする気配がそこになにかがあるのは気配として感知するが、それは普段ここに感じない。
故に動揺する。
「何かが……」
いつの間にか肩にかけていた刀袋を手に持っていた。
ラヴィニア > まずい。という思考に混じって、遠条寺の手を一瞥する判断がある。
生徒会の人間と言っていた。この異能魔術ひしめく学園において刀袋は飾りではあるまい。
怪訝そうな顔に切り替える。
「お姉さま……?」
思考は走っている。腐臭のような瘴気の感覚。既知だ。
見当はついている。
先だって自分が極秘裏に所属する教室の担任が呪殺されている。あの時のダメージと、自分を含めた生徒たちの混乱。
それらを呪詛に変え、残した置き土産ということか。
これはヤツのもの。
唇がわずかにその名をなぞる。
“失落園(フォールアウト)”ザデルハイメス
遠条寺菖蒲 > 本能は警告を発している。
昨日、なんやかんやと言われ実践形式の戦闘訓練を行ったからか余計に感覚が昔に戻っているのかも知れない。
これは――『危険』だ。
自分の手札を制限してどうにかなるような、そんな気配ではない。
「ラヴィニアさん、この先は危険みたいよ」
そう言って少し強引にラヴィニアの手を引き寄せようとする。
初めて感じる気配で敵の事はわからない。
そもそもがこのような気配を身近に感じるのはこの学園に来て『初めて』である。
だから、この少女を守らなくてはと思う。
ラヴィニア > 「は、い……どう、しましょう?」
聞いてみる。
自分の本来の所属は、生徒会でも直接は明かせない。明かされていないはずだ。
勿論、己の属する公安委員会直轄第九特別教室という組織があるということや、そこに何人の生徒が所属しているかということ、
そしてその一人が“アリアンロッド”という呼び名であることは、全て報告されているだろう。
しかし直接それがどの生徒を指しているのか、それは特別な開示請求がない限り公安委員会内の情報だ。
極秘の人員の名簿を外に放り出しておくことなどしない。
だから、どうするかと“生徒会の先輩”に問うて――
――音がした。
高い、女の声だった。
“あ”とも“い”とも“お”とも言えない声は、しかしすぐさまぶつ切れになって止む。
それでも、わかる。
廊下の先にある瘴気の空間に誰かがいる。恐らく女生徒。
遠条寺菖蒲 > 「そうね……」
どうするべきか、冷静に考えろ。
夜の校舎で隣には今日はじめて会った年下の後輩が一人に行く先に感じるこの冷たい気。
可能であれば逃げるのは基本となるだろう。
逃げてからの風紀委員や公安委員に助けを呼ぶのが――
思考していると声のようなものが聞こえた。
この近寄りたくもない気の中から。
「今のは、声……?」
しかし途絶える。
もしかすると被害者が居るのかもしれない。
ならば、行くべきなのか。
しかし後輩をこの場に置いていくわけにはいかない。
葛藤により動けないでいる。
ラヴィニア > とりあえず離れる必要があった。
教室に連絡をとるにも祓魔の儀式を行うにも、この先輩の前では控えたいところではある。
きりと唇を結び、ゆれる遠条寺の瞳を見つめて頷く
「大丈夫です。心得はあります。ここに来るくらいですから」
行ってくださいと、背中を押すように。
瘴気をはっきりと認識した今ならわかるだろう。
粘着質な音が廊下の向こうで続いている。
他人の心音を耳元で聴くような重さの波動が断続的にやってくる。
遠条寺菖蒲 > ラヴィニアの言葉を聞いて、何よりその言葉を自分の気持ち察して言ってくれた彼女を信頼して。
暖かな熱を感じていた手を幼い頃から常に共にあった刀へと向ける。
「ありがとう。でも私はデスクワークの人だから時間稼ぎが精一杯だと思うの。だから、できたら風紀委員か公安委員に連絡してきてくれると助かるわ」
真顔で自分はこれまで生徒会の事務処理役員であったが為にそのような認識しかない。
故に、逃げて増援の要請を願うのだ。
刀は袋から顔を出し、その霊気が鞘越しに漏れ出す。
霊刀『霧切』。
小太刀に分類される日本刀。
幼いころより菖蒲が持たされてた真剣である。
ラヴィニア > 「わかりましたわ。……では、ご武運を」
言えばすぐにその場を退いて、階段を逆に上りはじめる。
「わたくしは上に逃れて、術式で外に連絡をしてみます!」
振り返ることはなく足速いに駆け上がり、踊り場を折れてそのまま遠条寺の視界から消える。
そして再び声が聞こえる。
タスケテ。
遠条寺菖蒲 > ラヴィニアが駆け上がりだすのを見て、覚悟を決める。
柄を手にしてよく手に馴染んだそれを抜刀する。溢れる霊気はそれを目指できる者が見れば感嘆するだろう。
帯やベルトでもあれば鞘を腰に挿せたが、無い物ねだりをしても仕方がない。
油断も隙なく足を進め出す。
自身の状況を確認する。
肉体的な疲労はない。今朝方僅かに前日の疲れはあったが昼には回復していた。
精神的な動揺も比較的にない。剣を抜けば後は倒すか倒されるか、だけだ。他は隙になる。
ただ、今、菖蒲には圧倒的に情報が不足している。
相手の姿は不明、能力や力量、それらを把握していない。
「魔術は言葉と意志を介して顕現する――《我を強化せよ》」
僅かに膨れ上がった魔力が言霊と意志を汲み取り術式と化して魔術を組み上げる。
身体強化の魔術をかけることで自身の能力を底上げしておく。昨日行った訓練では奥の手として温存したがそう言う余裕もない。
ラヴィニア > 階段から廊下へ出れば、視界のさきに瘴気の塊がうごめいている。
それらは教室の一つから窓と扉を通って吹き出しており――さらには瘴気の中にちらちらと肉の塊のようなものが見えた。
何かが教室を占拠し、瘴気を噴き出しているのだ。
そしてこんな場所でそうしているということは。
そこに餌があるということにほかならない。
瘴気に音を大きく減衰させる効果でもあるのか。
少し近づくだけで不快な音が大きくなる。
水っぽい、ネバついた音が連続する。
瘴気は散っては吹き出し、教室の扉は開いている。
遠条寺菖蒲 > 「……っ」
ここが学園内であることを一瞬失念しそうになる。ここまでの禍々しい気の流れはかつて退魔師として魑魅魍魎を殲滅するだけだった日々に見てきたあの『戦場』によく似ている。
嫌な感じがする。
しかし絶対的な危機であれば引くが先程の“タスケテ”と言う声は確かだ。
ならば、学園の平和と秩序を統治し守る委員会の――生徒会の一人として行くしかない。
恐らく常人ならば気を狂わせてしまいかねないこの気の淀みの中を歩き、教室の前まで。
不快な粘着の音が鼓膜によく響く。
一体、中で何が起きているのだ。ラヴィニアといた時とはまるで別人のような鋭く冷たい顔で警戒しながら菖蒲は近寄る。
ラヴィニア > 瘴気が遠条寺の全身を舐めるように通り抜けると、扉の向こうに異界が広がっている。
机や椅子といったものは当然のように全てなく、壁が膿んだ傷口のようなものに侵食されて一体化していた。
それらは心臓そのもののように脈打っている。
表面にはところどころ文字の一種とも見えるような模様が赤黒く明滅している。
そして中心、頭部を腐り果てた果実のような巨大な塊に突っ込まれ、覆う服はボロボロに引き裂かれた女生徒が四肢をじたばたとさせている。
とはいえあがく動きも通常の人間の力を考えればあまりにも弱い。
ほとんどただゆらゆら手足を動かしているだけに等しい。
傍には人型。
筋繊維の塊、あるいは真っ赤な樹の皮を固めたような二足歩行の存在が立っている。
全身に部屋と同じ模様が明滅しており、さらには体の中心に黒い塊が渦巻いている。
「キ、カ、カ……カ……」
遠条寺菖蒲 > 「これは……」
その教室内の光景は『異界』と言う言葉が似合うのではないかと思った。
この部屋は化物の腹の中であり、この出入口は化物の口か……
化物の醜悪な姿は幼いころより見飽きている。
けれど、いつ見ても慣れないものはある。怪物が、人を穢しているその光景だけは何度見ても嫌気がさす。まだ、動けて入るがこのままでは死んでしまう可能性がある。
助けるなら今しかないが、この中は敵の陣地だ。いけるのか。
いや、そこに悩んでいる場合ではないだろう。一般生徒が被害にあっているのだ。少しでも助けられる可能性のある私が行くしかない。
まるで保健室にある人体模型をさらに醜悪したような趣味の悪い存在が不可解な声を出している。
こう暗くては相手の全身をよく確認することは叶わない。
ならば、先手を取るのが優先であり外から魔術をしかけるだけで効かなければ女生徒は死んでしまう可能性がある。
なら、
「魔術は言葉と意志を介して顕現する《灼熱の弾丸》!」
赤い魔術光が迸り、傍らの人型を狙う。そこまでの威力はないのでただの牽制ではあるが有効打となればそれでいい。
その魔術の後に身体強化されている菖蒲が続き教室内へと入り込む。
菖蒲の優先順位は女子生徒の早期救出であり、敵の排除は生命の危機から救ってからだ。
ラヴィニア > 人型の反応はそれほど速くはなかった。
赤光が人型を貫き、全体が揺れる。
同時に中央部の肉塊がごぼっと音を立てて開き、犠牲者の頭部が離れた。
「ごばっ……ぁ……」
半透明のどろどろした液体塗れの髪を揺らして、女生徒が吐瀉し、汚汁が撒き散らされる。
それでも、衰弱は致命的なものではない。
それもそのはずなのだ。菖蒲には窺い知れないかもしれないが、あるいは経験上悟るだろうか、この空間は獲物を長時間捉えておくためのもの。
そうして、人の呪詛を搾り取るためのものだ。
より長く、より深く。
犠牲者は死なない。殺さない。
「あ、あ……っ」
菌類の一種のような粘体にまみれた女生徒は、だから駆け込んできている菖蒲のにゆらゆらと手を伸ばそうとした。
遠条寺菖蒲 > 上手くいった!
菖蒲は自分の火球の魔術が有効であったことに手応えを感じる。
女子生徒が肉塊から吐出され苦しみ嘔吐こそしてはいるが、問題はなさそうだ。
しかし、このままでまたあの肉塊に吸収されたら、いや、もしかするとこの教室にいるだけで危険かもしれない。
菖蒲にわずかにしか人助けの経験はなく、その多くは死んでいる事のほうが多かった。
故に、このような化け物の特性は知り得ておらずまさか殺さずに人の苦痛などによる呪詛を搾り取るものだとは予想すらつかない。そもそもが菖蒲が相手にしてきた魑魅魍魎の大半は人の生命を、精を吸い取るようなものだった。故に、これもその類ではないかと想定した。
嗚咽を漏らしながら手を伸ばしてくる女生徒を先ずは回収し教室から離れよう。
場合によっては―――、などと考えながら女生徒を抱えようとした。
ラヴィニア > 居合わせて救助に向かった者として、菖蒲の判断は正しい。
まずは要救助者を確保し、異界自体を撃滅することは後に回してもいい。その通りだ。
しかし菖蒲は誤った。
この空間の意図を判別できていなかった。
殺さずに人間から絶望や恐怖を搾り取る。長く、深く、そして多く。
菖蒲が、女生徒を抱えたその瞬間、沸騰した水のように足元の膿肉が盛り上がる。
それらは菖蒲の両の脚を掴もうと迫った。
「ギ、シ、ィイッ」
さらには人型。
火球に打たれ揺れた人型は、表面を皮一枚剥ぎ取るようにして燃焼部を切り離し、拳で真っ直ぐ殴りかかる。
いや拳というには指もない。丸太で殴りつけるようなものだが。
遠条寺菖蒲 > 誤った、油断した、回避すべきだ。
そう判断した時には遅い。
いくら肉体強化の魔術を行使しているとはいえ、女生徒を抱えたまま足を絡め取ろうとする肉と眼前に迫る拳どちらもを防ぐことは不可能だ。
特に、女生徒を重いと言うわけではないが、女生徒の重みを受ける足にソレを支える左腕。
動くのは右腕とその手に握られた『霧切』のみだ。
どちらも致命的、だがより危険なのは意識さえ刈り取ってしまいそうな眼前の人型による拳。
ここに来て自分の慢心とも言えるものがまだあったのだと理解する。
最初から異能を使っていれば――生徒会の幹部、いやその更に上の命により異能の行使はなるべく禁止されている。故に使わなかった。
足は仕方がない。だから、せめて拳は防ぐ!
「我が異能、我がチカラ」
静かだが力強い言霊が波打不快な音を立てる中でも響いて、
菖蒲のその蒼い瞳は輝いて――
「――遠条寺菖蒲は“繰り返す”」
刀を持って防ぐのはこの際危険だ。
何よりもこの異能は一撃しか防げないだろうから。
腕を拳の狙いの先へと向ける。
ラヴィニア > 振りぬかれた人型の腕先は、そのまま向けられた菖蒲の腕を殴りつける。
硬いが、やや弾力のある硬質のゴムのような断面。
そのものに何か特別な力がかかっているわけではない。当たれば、物理法則に従い衝撃が向かう。
菖蒲が見切りをつけた両足への肉腕は、足首上のあたりに張り付いたかと思うと、そのまま影色のストッキング上を螺旋を描いて駆け登る。
液体の染み出す粘り気のある脱脂綿のようなものが、脚全体を絡め取ろうとする。
呪詛にまみれた醜悪の塊が、薄い薄い生地越しに菖蒲の脚をねぶりあげる。
遠条寺菖蒲 > 自身の足を這う肉の感触に嫌悪感を催しつつも優先順位は既に決定している。
その拳が直撃すれば、菖蒲の腕は砕かれ衝撃で肩の脱臼も容易に想像がつく。
だが、その寸前で菖蒲は腕を引く。
何もなくなるはずのその空間に黒い腕の影が残る。
これが菖蒲の異能《繰り返す者(ストーキング・シャドウ)》。
本人の行ったあらゆる行動・魔術を数秒の遅れを持って繰り返す(ストーキング)影(シャドウ)。
この影は、物理的な干渉では打ち砕けない。それは髪の毛一本でああっても物理的な攻撃であれば弾く無敵の影。
自身と世界の『過去』に介入し生み出される影は、現在の物理攻撃では打ち砕けない。
影を打ち砕くには、菖蒲と世界の『過去』を壊すか異能使用者である菖蒲の意識を刈り取る他にない!
ラヴィニア > 柔らかいものが足の付根に到達し、尻肉と股間を這いまわる。
もはや菖蒲の下半身は生地越しに粘体塗れだろう。
そしてそれらを無視して発動された異能の影を人型が殴りつける。時間の向こうにある過去の影に対して衝突音は鳴らなかった。
ただ人型が拳を打ち付けた状態で押しとどめられた。それだけのこと。
「ヤ、レ……!」
しかし留まった人型が、ほぼ同時に意味ある言葉を発した。
それにビクリと震えたのは周囲の壁でも人型自身でもなかった。
菖蒲に支えられた女生徒が、菖蒲の右腕手首に手を伸ばす。
「ひ……ひい!」
濡れた髪で読み取りにくいが、その表情は恐怖にひきつっている。
正気を失っているというわけではない。
しかし裂くような声を上げて、女生徒はそうした。
遠条寺菖蒲 > 「……くっ!」
菖蒲はここに来てついにその評定を大きく歪める。
拳が一瞬でも防げたのがせめてもの救いだ。
だが、女生徒がまさか自分の動きを阻害するなどとは予想できない。
そう言った感じを受けなかっただけに、このタイミングでのソレは菖蒲にとって致命的であった。
《繰り返す者》の影を上手く使うには動く必要がある。動きを封じられれば、上手く扱えなくなりってしまう。
「この、化け物……!」
いくら化け物を殺すためだけの訓練されていようとなんであろうと一般生徒に手を出すような真似を菖蒲には出来なかった。
操られた女生徒の手は容易く菖蒲の手首を捕まえる。
ラヴィニア > 「お、ねがいよッ 代わりになればアタシは助かるのよぉ……!」
女生徒が泣き叫ぶ。
心が折れていた。
当然ながらこの異界は菖蒲らが来る直前に生まれたというわけではない。
であれば人気が去った放課後に、ここで彼女が捕まってからいかほどの時間が経ったか。
怪異の凌辱に絶望し救いを求めたとして何を責められよう。
階段で異音を聞いたあと瞬間、すでに罠は準備されていたのだ。
次に来た相手を代わりに差し出すならば解放する。
そんな、ありえない偽りの救いに彼女はすがるしかなかった。
偽りを知らしめられた時、彼女の絶望はより深く、呪詛はより多く生まれるだろう。
「おねがいおねがいおねがいおねがひひあっ」
言葉さえ満足に発せない女生徒がしがみついているその傍で、人型が影を避けてフックのように横軌道で殴りかかる。
目標は菖蒲のこめかみ、右側頭部。
遠条寺菖蒲 > 「……っ」
心の折れた女生徒の叫びは嫌によく聞こえた。
腹の中が煮えくり返りそうになって一瞬頭のなかが真っ白に――いや真っ黒になりかけた。
菖蒲にとってそれは初めて抱くもモノでとても不愉快だった。
それは女生徒に向けられたモノではない。
では、誰に?
それは、今ここで自力ではこの女生徒を救えない自分の無力さとここでこの子をこんなにしたこの人型に対してだ。
手の動きは封じられ、身体も下半身を這い拘束する肉で動かせそうにない。ならば次の一撃は頭を少し動かして《繰り返す者》で防ぐか?
いや、それでも助かる可能性は低い。万が一にでもタイミングがズレれば結果はかららないし下手に使用すれば腕の中で自身を拘束すらしている女生徒の肉体を《影》が圧する可能性もある。
故に、万策は尽きる。
けれど、諦めたくはない。しかし、手はない。この初めて抱いた憎悪と怒りをこの人型の化け物にぶつけたかった。
ラヴィニア > 瞬間、人型の全身の模様が輝いた気がした。
強い憎悪。強い怒り。
強い力強い心を持つ者の強い強い強い絶望。
まさしくそのためにここはあった。
あわてて女生徒が菖蒲から飛び退こうとする。
部屋全体までが明滅する中、菖蒲の憎悪に応えたのは容赦なく硬い一撃。
遠条寺菖蒲 > 腕の中で女生徒が暴れたのもあって菖蒲の上半身がバランスを崩し僅かに手が自由になろうと今更防御は間に合わない。
人型の強烈な一撃は菖蒲の右側頭部を殴りつける!
ラヴィニア > 「ひ、あ、ああぅえあばっ」
悲鳴を上げて逃れようとした女生徒が、そのまますぐに肉床から伸びたものに引きずり倒される。
「なん、で、なん、な、なnぎうっ」
すぐにその声もまた聞こえなくなる。
人型の方は瞳のない頭部で菖蒲を見下ろすようにした。
表情のない頭部。
それは、あるいはこう言っているようにも見える。
ありがとう。
来てくれてありがとう。
憎んでくれてありがとう。
怒ってくれてありがとう。
これから、なるべくなら長くよろしく。
遠条寺菖蒲 > すぐに意識を持って行かれなかったのが最悪だとも菖蒲は思った。
恐らく殴られて身体の感覚が一時的に麻痺した。身体強化の魔術が仇となった形か。
僅かに残った意識はそこまで周囲に気を配れるほどのものはない。
ただ腕の中から助けたかった女生徒の温もりがなくなり目の前で自分を見下ろす異形の人型の顔から嘲笑するかのような、そんなものを感じた。
こんな、奴に、
冗談じゃない
五月蝿い。ふざけるな。
お前の快楽の為に私は怒っているのではない。
お前が喜悦の為に私が憎悪しているのではない。
その理不尽に抵抗する力なく、苦しむ者を悲しむ者を嬲り喜ぶそんなお前に怒っているんだ。
それに諦めるなんて真似をしてたまるか。
こんな外道に――!
ラヴィニア > 一瞬麻痺した菖蒲に、下半身に絡みついていた肉腕が更に上へ。もはや下半身は全て巻き覆われてしまっていると言っていい。
先端はスカートを完全にまくり上げ上着の内側へと入り込んでいく。
粘液が布を染め上げる。
そして人型は今度は多少の振りだけで、先ほどより軽く菖蒲の横っ面を叩こうとした。
腕が音を立てる。
怒りに燃える菖蒲の顔へ――――
――――その怒りに応えた。そういえばあまりに感傷的すぎるだろうか。
異界の教室全体が震えた。
明滅していた光が弱まり、全体が一段収縮したように見える。
女生徒を押さえつけていたものも突如動きをとめ、
何より菖蒲が睨みつける人型が、ギシリとその動きを固めた。
「イ、……イ……セイ、……ジュツ……」
人の声であれば、それは喘ぎながら絞り出したようなものだったのかもしれない。
ブツギリの声が漏れる。
遠条寺菖蒲 > 「く、そ……っ!」
最早完全に下半身に自由はない。
麻痺しているせいか感覚すら僅かに怪しい。
人型の振り上げた腕にどうにか出来ないかとボヤケた頭で考えようとする。
この状況では《影》は全くの役に立たない。動けなければ防御手段としては有効ではない。
では、魔術でどうか?菖蒲の使う短縮詠唱魔術は詠唱にある通り『言霊』と『意志』が必要であり、その意志とは明確なイメージを示す。この意識を失いかけている今、使えるものではない。最悪魔力の暴発で自滅する危険性も存在する。奥の手として温存しておいた 神楽祈祷《識神》はスカートのポケットにある依代を取り出す必要がある。腕もまともに動かせそうにないので不可能だ。刀はいつの間にか教室の端へと流されている。
では、なにか手は?
拳が迫る。
何か手は、
先程よりも強烈なその一撃が!
まだこんなところで負けたくない!誰か!
そんな祈りが、怒りに応じたのか拳は菖蒲に届いていない。
いったい何が?
イセイジュツ……?
正しい認識を今の菖蒲には出来そうにない。
ラヴィニア > 菖蒲に窺い知れぬそれはラヴィニアが使う祓魔の術式だった。位置を感知して上階から発動しているのだ。
とはいえ、最初の犠牲者と菖蒲によって異界のとりこんだ呪詛が十分すぎた。
完全に祓うにいたらず、どころか動きを縛るのさえ完全ではなかった。
菖蒲にはりついた肉が更に伸び、ブラウスの上から乳房へ伸びる。
更には上着を越えて首から口元まで広がっていく。
ただ、人型はその大きさのためか、中央の黒い渦を縮小させて、そのまま動けない。
時折首を動かしかけるだけだ。
遠条寺菖蒲 > 「いっぁ……」
嫌。
上半身まで伸びてきた肉に不快感が増す。
触るな。
床から菖蒲を飲み込もうとする肉は粘液で衣服を濡らし垂れる髪の毛にも容赦なく張り付く。
今が好機だというのに体は言うことを聞かなくて、恐らく殴られた時に切れてしまった身体強化魔術もなくただの少し運動できる程度の女子にはこの肉は振りほどけない。
口元に迫る肉への嫌悪はより酷い、粘液で綺麗だった白めの肌は穢されて、鼻につく悪臭は心を折りに来る。
幸いなのは眼前の人型が動けないこと。
けれど、
けれども、人の心には限界がある。
自力に限界があるように、心の強度にも限界がある。
私は諦めない。諦めない。諦めたくない。私は諦めたくない。
「もう……誰か……」
捕まってしまったからか、この場の悪趣趣味な術か、最早手段のない菖蒲には後2つの選択しかない。
いつ来るかわからない助けか。
今目の前にある諦めか。
「助けて……」
ラヴィニア > ……そうして。
ラヴィニアと異界の綱引きは膠着のまま。
わずかに動いた肉だけが、それ以上何かの事態を引き起こすでもなくただ顔の周りに広がり、張り付き続け……
約15分の後、ようやく到着した第九教室の秘密要員が、その顔を隠して現れるまで。
ただ何もなく、菖蒲は肉に包まれているだけであった。
遠条寺菖蒲 > 救出された菖蒲は満身創痍であり、助けられると同時に気を失った。
制服が肉と液体塗れになり異臭がすること以外は大した被害はなかったのが不幸中の幸いと言えた。
ご案内:「第三大教室棟廊下」からラヴィニアさんが去りました。<補足:水泳部の一年生。イタリアから留学してきた元修道女>
ご案内:「第三大教室棟廊下」から遠条寺菖蒲さんが去りました。<補足:長い黒髪を結い上げてポニーテールにした青い瞳の女生徒。護身に小太刀を携帯している生徒会幹部候補生>