常世渋谷で語られる「都市伝説」の一つ。
黄昏時、丑三つ時、日の出時等(「境界」の時間)に
常世渋谷の「交差点」「四辻」「三叉路」などの「境界」「交叉」に当たる場所に行くと
迷い込むことになるもう一つの「常夜渋谷」に行くことができるのだという。

【裏常世渋谷「朧車」出現中】
電車の先頭車両の前面に巨大な顔を持つ存在として出現している。
 裏常世渋谷を走る「電車・地下鉄」(これらも正体が明確ではない存在ではあるが)に何かが「憑依」し、
「朧車」と化したのではないかと祭祀局は推測しているが、原因の究明は現在の所困難である。

2020/09/29 のログ
ご案内:「裏常世渋谷」に燈上 蛍さんが現れました。<補足:待合済:【とうじょう ほたる】編み込んだ青交じりの黒髪に紅橙眼の青年/18歳184cm。紅い風紀委員の制服に腕章。髪に白い彼岸花を差している。>
ご案内:「裏常世渋谷」にレオさんが現れました。<補足:新参の風紀委員。最近公安をクビになった。>
燈上 蛍 >  
【裏常世渋谷】

それは隣にある街。
現実とは少し違う世界。
この世とは全くの異世界ではない、そんな場所。

互いに影響を与えあっていたり、そうでなかったり。

──しかし今は、確実に…現実へと、影響を及ぼし始めていた。


『朧車』という怪異が裏の常世渋谷で暴れている。
祭祀局から風紀委員に、そう通達が入った。

なんでも古くから伝わる朧車とは様相が違うだとかいう話だ。
様々な形態が確認されており、討伐の方法も一律とはいかない。


どこか色彩を失った裏常世渋谷に、二人、人影が生まれる。

「噂話には聞いていましたが、
 まさか、自分が裏常世渋谷に来ることになるなんて…。」

今日の物語の"登場人物"の一人が呟いた。

紅い風紀委員の制服を着た青年。
手には何かしらの端末らしきモノを握り、炎のような紅橙眼がきょろきょろと辺りを見回す。
青交じりの黒髪を編み込んだ所に、白い花を差している。

別段何も武器らしい武器を、彼は持っていない。

「それにしても、新人二人で前線にとは、思いませんでしたね…レオさん。」

静かな声が、一緒に来たもう一人の登場人物へと。

レオ >  
「あはは……まぁ、蛍さんが信頼されてるって事じゃないですか?」

そう言いながら随伴するのは、竹刀袋を背負った青年。
ベージュの髪を後ろで軽くまとめており、手入れはあまりしていないのかツンツンと跳ねている。

「裏常世渋谷は入った事なかったけど…
 ……なんだか、懐かしい感じがしますね。昔立ち入った事のある場所に似ているというか……」

周りを見ながら、同行する先輩にそう話を振る。
異界……
大変容以後、度々各地にも表れる事が増えた超常現象の一つ。
怪異による現実改変、空間掌握……
他の世界と繋がった事による空間湾曲等。
原因は様々ではあるが、こういった空間が発生し周囲に被害を及ぼす事があった。

「でも、これだけ大きいのはあまり見ないな……
 何が理由でこんなものが生まれたんだろう…」

とはいえ、異界は基本的に一時的なものや、原因として存在する怪異に由来するものが多い。
裏常世渋谷のように常態化し、常に存在する異界というものは……稀なケース。
だからこそ原因が未だに不明であり、放置されているのも事実だ。

そして、長時間存在する異界は得てして『怪異』の脅威を人にもたらす。
元凶となる存在によって創られるのか、はたまた、外部から怪異たちが餌を求め集まるのか。
今回の異常事態がこの裏常世渋谷の『何か』によって引き起こされたのは、間違いないだろう。

そんな事を考えながら、言い渡された仕事…怪異『朧車』を、二人で探す。

燈上 蛍 >  
「一般風紀ではともかくなんですが…。
 『鉄火の支配者』と共闘したからですかね…。」

風紀委員の中にも部署が存在する。
黒髪の青年、燈上蛍が元々所属していた所、プロローグは、一般委員とされる所だ。
場合によっては動員されることもあるが、
基本的に専門的なことを行わず、雑多に学園の風紀を護る存在として活動している。

しかして刑事部前線への配置変更、『鉄火の支配者』神代理央との共闘から、
今日は更に『鉄火』の代行人との共闘というシナリオである。

なんの因果か、とは思うのだが。

結局自分は、決まったストーリーから逃げられはしないんだな、と。


「…懐かしい、ですか。
 こういう所に慣れて──……いえ。」

そう聞きかけて、以前に彼を落ち込ませてしまったことを思い出した。
下手に聞いて、また彼の『悲しい思い出』を掘り出さない方が良いかと。
己に定められた花の通りにすることも、ないだろうと。

「…普通、こういう場所に入り込むのは偶然だとか、謂れだとかですけれど、
 祭事局のおかげでこうも簡単に入り込めるモノなんですね。」

朧車を探しながら、渡された端末を見る。
それはここへの侵入、脱出の為のモノで、祭事局を通して風紀委員に支給されていたりするらしい。

とはいえ、使わずにこっちに来るヒトもいるらしいのだが。

レオ >  
「『鉄火の支配者』…神代先輩とですか。」


『鉄火の支配者』―――神代理央。
自分達の先輩にあたる人物で、ある出来事が切欠でどういう訳か、青年はその『代行者』の異名を背負う事になった。
二人に共通点があるとすれば、おそらく、そこなのだろう。
神代理央に関係した二人、として……何等かの意図をもってチームを組まされたのかもしれない。
どちらにせよ、青年が気にする必要のある事ではなかったが。

「…この前はすみません。
 ちょっと動揺してしまって……そんなに、気にしないで大丈夫ですからね?
 実際、こういう所は慣れてはいるんです。島の外にいた頃に少し……入る事が多かった、といいますか。
 だから雰囲気みたいなのには慣れているってだけですよ。」

前回、初めて目の前の先輩に会った時は不意に『ある単語』が目に入った事で動揺してしまった。
きっと、気にしてたんだろうな……申し訳ない事をしてしまった。
あれから少し経って、色々な人に出会って、前のように動揺で気分が悪くなるのは、減った…と思う。
何より、向き合わないといけない事…だと、思っているから。

「そうですね…常在化してる異界だから、っていうのもあるかもしれません。
 長く異界として存在してるから、それなりに入り方が解析されてるみたいだし……
 怪異も現象なので、例外が起きる事はありますけど法則…パターン、みたいなものがある事は多いので。

 と……

 …燈上先輩、警戒してください。
 ”下から来ます”」

突然何かを感じ取ったかのように…先輩へと声をかけ、そのまま竹刀袋のジッパーを下ろした。
そこから出るのは、一振りの両刃剣。
鞘の固定具を外すと、そのまま剣を抜き……意識を戦闘へと切り替えるだろう。

静かに、スイッチを変えるように。
姿勢を緩やかに落とし、体の力を抜く。

剣の柄を掴むのは、二本の指。
人差し指と中指で挟み、逆手に持つそれは、通常の握りに比べて異質でありながら……妙に青年に馴染んでいた。

燈上 蛍 >  
「ええ、まぁ…神代さんとご一緒した時は、
 たまたま付近を警邏していたのが僕だったというだけですが。」

因果も縁も、結局は台本の上の出来事。
自分はそれに抗う術もなし、カミサマという作者に文句を言う気も無い。

文句を言ったところでどうにもならない。

それに、もしかすれば今日の配属だって、
ただただ、前衛の苦手な自分を配慮した結果かもしれないのに。


「…貴方が大丈夫なら、良いんですが…。
 ただでさえ配属されたばかりで、要らぬ心労をと、思ったモノで。

 ……僕は、こういう所は"初めて"です。
 色んな本で、こういう所があるとは……知ってはいましたけれど…。」

隣の世界。御伽噺のような場所。
もしかすれば、"彼岸"を産み出す自分は、こちらの世界の方が良いのではないかと、
昔からそういうお話の本を読みながら思っていた。
 
こちら側の住人であれば、
この頭に咲く"彼岸花"を産み出す、燈上蛍という本が入れる書架があるのではないかと。


「……ですから、簡単に入れてしまって、少し拍子抜けしているぐらい、で──。」

そう話ながら歩いているうち、
戦い慣れているであろうレオの方が先に気付いた。

己はただ戦闘能力を保有しているというだけで、まだまだそういった気配やらには疎い。
…慌てる気は無い。これはそういう……序章なんだ。

「…分かりました。前は、任せます。」

頭に隻手をやり、数本差している"白い彼岸花"を一輪手に取る。
それは"紅い装丁の本"へと変わり、片手で頁を開く。

同時に、彩の鈍い裏常世渋谷に、鮮やかな"赤い彼岸花"が咲き始める。
地面から生えたという訳ではない、それは茎から花の部分のそれだ。
摘まれた状態の花が、地面に散らされていく。

下から来るならば、これは事前の準備だ。
己の視界が届くところの距離に、点々と、"火事花"を撒く。

朧車『ロ号』 >  
青年の言葉の直後――――

二人が構えるとほぼ同時に、地面に、亀裂が走る。

地響きが、周囲に鳴り響く。

それは巨大な木の根が強引に引き抜かれたあのような…周囲のコンクリート、その下の土を巻き込み巨大な”なにか”が地中からせり上がる音。

それと同時に、響く、電子音。


『――――間もなく、殺界。殺界。

 ――――開くドアにご注意ください。

 ――――間もなく、殺界。殺界。』

朧車『ロ号』 >  
瞬間、ヒビ割れた大地から、炎が漏れ出す。

それは薄ぼんやりとした橙の光から、赤く、大きくなってゆき……

大地を突き破り、その炎の”本体”と共に、巨大な火柱となって顕現する。




――――――炎に包まれた、般若の面を先頭車両につけた、鋼で出来た大蛇の如き巨体。

炎の、朧車。
それが地中から現れ、大地を揺らしながら天高く舞い上がる――――

燈上 蛍 >  
「っゎ、ッ……!?」

蛍は、体術は得意な方ではない。
ただただ、そう、火力があるというだけ。
広範囲に対して有効な術を持っているというだけ。

長身ながらも筋肉がついているのかと問われるような細身の身体は、
地響きの揺れにバランスを崩してしまいそうになる。


「あれ、が……『朧車』、ですか…?」

頬や皮膚が露出している部分が、ヒリヒリと火気に舐められる。
事前に多少はデータがあったとはいえ、彼らは個体によって特性がまるで違う。

火に包まれている相手を見れば、自分の趣向じゃない本を読んだかのような気分になる。
"相性が悪い"と、最初の一文を読むだけで分かってしまう。

異能の行使に、持っている紅い本の頁を捲らねばと思うのだが、
今の状態ではと、傍らのレオを見やる。
彼の能力を…説明書を把握せねば、下手なことは出来ないと。

レオ >  
「――――一旦離れましょう……!!」

顕れた『朧車』を見て、すぐさま燈上の方に跳躍しその体を抱えて距離を取る。

声は冷静に、しかし、怒号のような地響きの中でも聞こえるように張り上げて。
確実に意思の疎通が出来るように、相手の方を見てはっきりと口を開閉させている。

顕れた敵は、炎を纏った巨大な鋼の蛇、とでも言えばいいだろうか。
その体は見目通り灼熱を纏い、近くにいるだけで身を焼く熱を感じさせる。
事前に知らされていた朧車とは既に、情報が違っている。
鋼の巨体、炎の熱……

”どれも相性が悪い”

そう、悟った。

「多分そうだと……でもデータベースにあった相手とは、かなり違う、ので……
 作戦を練りましょう…!!
 正直今の状況だと”無策じゃキツい相手”です…!!」

燈上 蛍 >  
「―――ッ!」

レオに抱えられると、思わず蛍の身体がびくりと委縮した。
この青年は他人に触れられることには、酷く慣れていないと分かる反応だった。

それでも努めて振り払わないように堪え、
手の紅い本を離さないように一旦閉じてしっかりと持つ。
身長差こそあれ、身体は細身の体躯そのままに軽い方だろう。


こういう時、なんという台詞を言えばいいのか、分からない。
台本には台詞が載っていないのが、嫌だった。


とりあえず肌を焼く火を避けるように、
手近な地下鉄出口の覆いの影の所に、二人で逃げ込む。

「……ッあり、がとう、ございます……。」

どうにかして、自分で台詞を書き込む。

「…随分と派手な個体に、当たりましたね…。」

レオ >  
「…? ……」

一瞬妙な強張りを感じたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
そのまま物影まで退避し、炎に包まれた敵に警戒を続ける……

「そう、ですね……あれはちょっと予想外だったな…
 …大丈夫ですか?さっき……少し様子が変でしたが」

聞くのは憚られたが、そうも言ってはいられない。
この状況、逃げるも戦うも一人では難しいだろう。
何より、目の前の先輩を危険な状態で戦場に立たせる訳にはいかない。
それは”死の気配”を強めるから。

朧車『ロ号』 >  
巨体は、その巨体故か逃げた”小さき者”を見失ったようだった。
周囲を見渡すように、空を”飛び”ながら動き回る……

少しの間は、作戦を練る時間は、あるだろう。

とはいえ……
鋼鉄の体燃え盛っており、接触せずとも近づくだけで身を焼く。
その炎は消える素振りはなく、鎮火を待つのが無駄な事を悟らせるだろう。
遠目で確認すれば、複数の貨物車両を引き連れており、それには燃え盛る石炭のようなものが積まれている。
あの個体固有の特徴だろうか……

さて、”2人”はどう、この朧車を攻略するだろうか。

燈上 蛍 >  
地面に散らした"赤い彼岸花"は、朧車が出現した時に焼かれてしまった。
火事を呼ぶ花故に、火事を呼び込んだかのような相手。

ざわつく心を落ち着かせるのに何度か深呼吸し、頭を平静にする。

動揺したことを聞かれれば、
紅橙眼が伏せられる。首を横に振る。

「あぁ……いえ、すみません。
 気にしないでください。なんでもないです。」

"死の気配"が強まっても、この青年は別段気にしない。
元々"死人花"を抱えている自分が、死だのをどうとも思わない。

燈上蛍の本を手に取らないでくれと、緩やかに拒絶をする。


「……僕のことよりも、あちらですよ。
 とにかく、自分たちが何を出来るか、話し合ってから……。」

そうして、誤魔化そうと台詞を読む。

レオ >  
「……そうですか?
 何かあったら、言ってくださいね。」

何でもない、と言われれば今は時間もない、直ぐに切り上げる。
だが、何かあったら言って、とだけ言うだろう。
前の自分と同じように、明らかな動揺があったから。
それは危険だと、知っているから。

「……そう、ですね。

 僕も燈上さんの戦い方を知らないので、先ずは、僕の戦い方から…
 といっても、特別な事はあまりできません。
 この剣を使って、相手を切る…っていうのが基本です。
 接近戦ですね。一応魔力を使って遠距離攻撃も出来ますし、普通の鋼程度であれば、裂く事も出来ます。
 機動力も一応、ある方だと思います。
 少なくとも……さっき地面から出てきたスピード位なら、対処できなくないですね。
 ただ…」

ちらり、と朧車の方を見る。
見て分かる通り、炎を纏う個体。
最初に現れた時すら、少し離れていたにも関わらず火傷しそうなほどの高温を感じた。

その相手に、接近戦をする、という意味――――


「……あの炎をなんとかしない限り、決定打は与えれないと思います。
 だからまず、あの炎の対処が最優先ですね……

 燈上さんの方は、どうでしょうか?」

燈上 蛍 >  
「……はい。」
 
レオからの声掛けには、控えめな是が返って来るだけだった。
自分が危険な分には何も気にすることは無い。
この青年が巻き込まれでもするならば話は別だが。

胸元に紅い本を抱え、その表紙を何度か撫でる。

「…僕の方は、簡単に言えば炎の異能です。
 
 さっき僕がこの"紅い本"を持って、それから地面に"赤い彼岸花"が散ってましたよね。
 僕にとっては彼岸花は着火剤で、この本がマッチ棒みたいなモノです。
 視野の届く範囲に"彼岸花を生成"して、本を使って起爆できます。
 起こした火は、火の強さ、消火もある程度自由です。

 ただ、近接戦とか、体術とかは自信が無いです。
 以前に『前衛を』と言っていたのは、そういうことですね。」

朧車の火を見て、ああ本当に"相性が悪い"と思う。

物理的な相手なら、もう少しやりようがあったのに。


「……あの炎をなんとか……、出来なくも、無い……です。ですけど…。」

青年は歯切れ悪く話す。

レオ >  
「――――”できなくもない”んですね?」

その言葉を、しっかり聞き返す。
何がどう、問題がある、というのは戦闘においては関係ない。
”できる”か”できない”か、それだけが問題だ。
それは自分も、彼も同じ事。

「それをやるのに、手順とか、必要な時間とかはありますか?
 時間がかかるなら、僕が時間を稼ぎます。
 手順があるなら、僕が手伝います。

 ”できる”なら”やりましょう”」

普段の、気の弱い雰囲気からうって変わって。
はっきりと、しっかりと。
現状できる事を発言していく。

燈上 蛍 >  
「………僕は、"自分で起こした火"しか、扱えないんです。」

炎の異能。
それは酷く一般的な異能だ。
ちょっとした端役にだって、そういう設定がされていることはよくある。

炎が本当に自在に扱えたなら、風紀委員じゃなくても活動出来たのに。
自分が扱えるのは、"自分が火をつけた"という事実が必要だ。

──『彼岸花を持ち帰ったら、火事になるよ』

そんな謂れが、頭を過った。


「つまり、あれをどうにかするには、
 僕の炎をあの炎に混ぜて、"もっと大きな炎"にする必要があるんです。
 あの炎を呑み込むぐらいに、僕の炎で覆わなければいけない…。

 ……時間稼ぎをするにも、とても危険ですよ。レオさん。
 あれの炎以上に、"僕の炎"も。」


レオという本を、焼き尽くしてしまわないかと思う。
この己の瞳の色の…炎で。

声色は先ほどの動揺から完全に落ち着いてはいた。

レオ >  
「……大丈夫です。無事に”戻って”みせますよ。」

本人の不安に、しっかりと返す。
気休めかもしれない。が……
今”できる”事があるなら、それは”やらなければならない”事だ。

それで、この人を傷つけるかもしれない。
それでも、共倒れするよりは、マシだと。
それは……自分を”大切にしていない”からこそ出る言葉なのかもしれない。

だとしても、”死ぬつもり”はない。
それは許されないし、何より”自分を大切にする努力”だけは続けなければならないから。

「……こうしましょうか。
 ”合図”を決めましょう。
 それが来たら、僕は全力で逃げに徹します。
 燈上先輩の異能に巻き込まれないように、全力で離れます。

 なので、合図の後…ひと呼吸。
 ひと呼吸してから”仕掛けて”ください。

 ‥‥それでどうですか?」

燈上 蛍 >  
「………………。」

相手の言葉に台詞が思い浮かばず、黙ってしまった。

この青年は、他人も、自分すらも信用していない。
自分で何かが成せると思っていない。
全ては決められていることで、そういう『物語』だと思っている節がある。

自分を"大切にしていない"のは蛍もそうで、
けれど、レオと違うのは"死んでも良い"と思っている所だ。

『死ぬならそれまでだ』と、言いきれてしまうのだ。
いつか、金眼の青年にそう言ったように。


「…合図……ですか。
 ……では、『黄色の彼岸花』が見えたら、逃げてもらえますか。
 なるべく貴方の視界に入るように、出しますから。

 それまで、僕は着火剤の『赤い彼岸花』をひたすら生成します。
 あれをの火を呑み込める位作って、貴方が逃げたら、一気に全部燃やします。」

これは"仕事"ではある。
これは"シナリオ"ではある。

「…貴方に頼みたいのは、あれを僕の視界の届く範囲、
 作った彼岸花を燃やさない程度に、陽動してもらうことです。
 ……すごく危険なので、無理だと思ったら……すぐに"表"へ逃げるのが良いとは、思います。」

だから、"やらなければならない"。

レオ >  
 
「了解です。

 ………――――――」

それで、自分はその後どうするのか?
そう言おうとしたが、やめる事にした。
今は、戦闘が先だ。


「……一つだけ。

 ”僕が危険でも、燈上先輩は彼岸花の生成に集中してください”
 そうしないと、僕も、燈上先輩も、もっと危険な状況に陥ります。

 …では、行きます。」

返事は聞かず、そのまま青年は朧車の前へと駆け出してゆく。
先ずは、燈上先輩に気づかれないように、出来るだけ目立つように。
真っ直ぐに朧車へと向かい、そして……

レオ >  
常世渋谷にあるビルの横を通り―――――

ビルの壁へと”跳躍”する。

壁の細い縫い目に足を器用に引っ掛け、宙を駆ける朧車のいる高さまで、駆け抜けてゆく……

「―――――」

距離を詰めながら、剣を持っていない方の手を朧車へと向ける。

親指で中指を抑え、溜める。
溜めに、溜める。
初撃、不意を突きダメージを与えるのなら、ここが一番。


「―――――こっちだ」


瞬間、指先を”弾く”



―――――ダァンッ!!!



弾いた衝撃で、腕が上へと跳ねあがる。
まるで大口径の拳銃を撃ったように…

それと共に、指先に凝縮された『魔力』が、弾丸のように朧車へと放たれる。

朧車『ロ号』 >  
『次は、黄泉―――――――』

その魔力の弾丸は、朧車の車体を穿つ。

小さな魔力の塊――――魔弾が、車体を凹ませ、一瞬、揺らす。

が―――――――


『――――次は、煉獄。煉獄』

朧車は動きを止める事なく、レオの方へと向く。
攻撃を受け、怒った―――

――――――いや

むしろ”獲物を見つけた”と、般若の顔を歪ませ。

ビルの壁を駆ける青年へと、その巨体を飛びこませる――――

燈上 蛍 >  
今まで、一般風紀として、戦闘に動員されることもあった。
けれども、結局は一般でしかないから、
そこまで期待されている訳でもなかったし、結果を残さなくても良かった。

自分は所謂、名前の与えられた登場人物ではなくて、
それらの背景にたまたま映る、通りすがりの群集の一人だった。


閉じていた紅い装丁の本を開く。
《カラミティ・カタログ》と名付けられた、それは白紙の頁の本。
頁を開いている間、その本は炎を操れる。

いつでも着火出来るようにして、視線を前へと向ける。
広範囲を埋め尽くすように、彼岸花を生成し始める。


  血だまりを作るかのように。


この彼岸花の生成の代償は、己の体力を少しずつ使うことだ。
余程でなければ、この行動が負担ということはない。


視界の端に、レオが朧車を追いかけていくのが見えた。
大きな音が響いて、凄いことをしているな、と思う。


──こうして見ていると、レオは"物語の主人公"のようだと感じた。


自分には、あんな風に出来ない。

自在にこの裏の世界を駆け抜け、魔弾を撃ち出し、剣を振るう様は、
御伽噺の勇者のようにすら思えた。




「……疎まれる僕とは、大違いですね。」

そんな呟きは、魔弾を撃ち出す音に掻き消される。

レオ >  
「―――――」

ビルに激突する事もまるで意に返さないように突き進む朧車。
そのまま進めば、自分はビルに挟まれ圧死するのは必然。
だからこそ……

足に魔力を溜め、即座に解放しビルの壁を”蹴る”
ビルからはじき出されるように、横っ飛びに退避をする。

瞬間、レオがいたビルの壁面は燃え盛る朧車によって”粉砕”される。
ビルの一部を破壊し、瓦礫をまき散らすそれは、まさに”怪物”のそれだ。

――――当たったらひとたまりないな。
空中で跳躍の勢いに身を任せながら、静かにそう思う。

ともあれ、回避は果たした。
再度気を引くために、再び朧車に向け指を弾こうとする。

その時――――

朧車『ロ号』 >  
『――――次は、火炎車。火炎車。』

朧車の後部車両――――貨物車から”なにか”が放たれる。
炎を纏う”なにか”

それが周囲に、まき散らされる。


一つ一つが大砲の弾か、それ以上の大きさを誇る”石炭”だ。

レオ >  
「(――――死の気配が強まった――――!)」

跳躍をしてからの察知。それは石炭の雨よりも察知する事自体は早かった。

が―――――――

ここは空中。飛行手段を持たないレオでは”察知”は出来ても”対処”が限られる。
死の気配を感じようとも、それを回避する方法は―――少ない。



「――――ッ」

即座に剣で燃え盛る石炭を弾く。
剣先が赤熱し、石炭の勢いで体が吹き飛ぶ。

体制が、崩れる――――

燈上 蛍 >  
じわりじわりと自分の体力を食んで咲く彼岸花。
不吉の象徴、死人の花。

車の通らない道路の一面を覆いつくすように、真っ赤な絨毯を作る。


──もう少し、もう少しで、量が足りる。


 そう思った、矢先だった。




「…………ッ!!」

本を読むことに集中するように、雑音を入れない"つもり"だった。
澄んだ戦闘の音だけであったから、そうできるはずだった。

彼岸の青年もまた、"死"を司るように、それには敏感で──。



瞳の焔が、チリと揺れた。

燈上 蛍 >  
次の瞬間、自分の周囲と朧車の眼前に向かって、数本の彼岸花が生成される。

青年は手元の紅い装丁の頁を一枚……捲った。



火に一気に酸素を注ぎ込んだ時のように、
青年の周りにある数本と、朧車の眼前にあった彼岸花が一挙に燃え上がった!

それは、間違いなく、二つの事象を結び付け、
『今やったのは自分だぞ』と、相手に知らせるモノだった。

燈上 蛍 >   



──そして、バランスを崩したレオの目の前には、"黄色い彼岸花"が、はらりと咲いた。



  

レオ >  
「―――ッ!? 燈上先輩…ッ!?」

崩れた体制の中で見えた”黄色い彼岸花”に、咄嗟に蛍の方を見る。

早い。

早すぎる。

彼の異能の事を詳しく知っている訳ではない。
だが”準備に時間がいる”と言った人間が、その準備を終えるにしてはその合図は”早すぎる”のは直ぐに分かった。

つまり…
”準備が出来ていないのに合図を送った”という事。

予定外の行動。
作戦の放棄。

「―――――――ッくそ!」

普段なら戦闘中絶対に見せる事のない、動揺と焦り。
どうする?
完全に想定から大きく外れた戦況。
即座に、且つ、的確に行動しなければならない。

「(落ち着け……ッ
  今、焦ったら余計に状況が悪くなる……)」


なら。

戦いに身を投じているからこそ、一瞬の判断を常に求められてきたからこそ。

1度だけ…

息を深く吸い、吐いた。

レオ >  
「(――――今やるべき事は……)」

息を吸い込み、脳の稼働を高める。

体制を崩した体。

空中で回転する体。

先ずは、これをどうにかしなければならない。
そして即座に、燈上先輩のフォローに入らなければならない。

「(落下の衝撃を和らげて、そのまま一瞬、朧車の動きを止める…

  ―――――それしかない)」

判断と同時に、回転する視界の中で地面を確認する。

もう既に眼前に迫っている地面。
このまま落ちれば運が悪くて即死、良くても全身が少しの間動かなくなる。
自分の”感覚”は…‥‥悪い方を予見している。

ならば―――――――
剣を握る力を強め、剣に魔力を込める。
そしてそれを、自分の体が地面に触れる前に、振りぬく。

「――――――――ッ!!!!!」

込めた魔力が刃を強化し、剣速で魔力を引き延ばす。
鉈蛇の型『大蛇薙ぎ』と呼ばれる技。その…不完全系。
十分な”溜め”はない、速度は足りず、本来の威力も射程距離もない。
だが剣から多少伸びた”魔力の斬撃”は、地面に身が触れるよりも先に地面へと突き刺さり、幾分かの衝撃緩和をもたらす。

――――残りは、多少強引でも体を強化して耐えるしかない。

自分の技で衝撃を受け止め、受け身を取り、駆ける。
体は軋む。
だが……耐えられない程じゃない。

朧車『ロ号』 >  
『――――――』

爆発した彼岸花の先を、見やる。
そこには、先ほどの”獲物”とは別の”獲物”

二人目の”餌”

『――――次は、轢殺。轢殺。』

標的を変え、蛍の方へ。
魔の車両は炎を纏いながら、その質量を以て迫りくる―――――――

燈上 蛍 >  
──黄色の彼岸花の花言葉は、『        』


相手の焔がこちらに向いた時、
背中にざらりと悪寒が這いあがった。

 あぁ、自分もまだ、『死が怖い』などと、人並みの精神があったのか。

なんて、一瞬呑気なことを考えてしまった。


朧車が迫り来るまでに、少しでも多く彼岸花を増やす。
一気に覆うことは出来ずとも、
今の量なら、もう僅かにだが、相手を上回ることが可能ではある。

足りないには違いない。

自分が"死ぬシナリオ"は避けれるとは思っていない。…別にそれでも構わない。



『……貴方の本は、燃えてしまう。』


──頁が捲られる。

──敷き詰められた彼岸花が、"火事花"と化す。


同時に自分の周りにも彼岸花と炎を展開させて、朧車へと炎が襲い掛かる!

レオ >  
「――――――ッ!!」

死の気配が強まる――――
それは、自分ではない。
視線の先にいる、”先輩”から。

駄目だ。
それは駄目だ。

いや…少し前だったら、駄目とは、言わなかったかもしれない。
でも…


       『どうしてあなた達は。』



言われたから―――――




      『自分を大切にしてくれないの。』


それを認める事は出来なくなったから――――

レオ >  
今。
やれば、足がダメになる事はすぐに分かった。

だが、そうしなければ、間に合わない。

だから―――――

「―――――ッ、ぐ‥‥…ッ!!」

片足に、魔力を込め、爆発させる。
落下の衝撃で痛んだ足に、その負荷は耐えきれるものではなく……

ダン――――――ッ!!!

コンクリートを砕く音と共に、もう一つ。
”足の骨が折れる”音が、混ざりながら…
その跳躍のまま、”自分ごと彼岸花を爆破しようとする”先輩の方へと跳び――――

体当たりするように、自分と彼をその場から、退避させた。

燈上 蛍 >  


『ここで、死ねたら』



そう思ってしまった。
表の世界で季節外れの彼岸花が咲き続けるより、
きっと裏の世界のここに、枯れた花が落ちていた方が、
『物語』としては、違和感が無いと思えた。

こちら側の世界の方が、自分には合っているのではないかとすら、思った。

死が怖いと一瞬思ったとはいえ、
自分はどうしようもなく、"死"に魅せられている。

それだけは──…。


本を持っていない方の手を、朧車に差し伸べさえしかけて……突き飛ばされた。


「………っぇ、あ、……?」

再び触れた、他人の温度と共に、衝撃で『頁が捲れて』しまい、
体当たりの移動に更に、『彼岸花の起爆』で二人とも更に吹っ飛ぶ。

「っく、ぁ…──!」

二人の眼前で、蛍の炎に包まれながら、朧車が…燃え盛る。

朧車『ロ号』 >  
『次は――――』

言葉を遮る用に、爆発が朧車を包み込む。
炎よりも大きな、爆炎。
それが全身を包み、火が、混ざる。

無論、炎を纏うその怪異が、爆炎に致命傷を受ける事はない、が――――

レオ >  
「ッ‥‥…ぐ、ぅ……燈上、先輩!!」

残った左足と剣で体を支え、すぐに声をかける。
予定外が重なったが、朧車の火力を上回る”炎”で包むこの状況だけは―――――――作戦通り。
だが、この先。
次に出来る一瞬を逃せば、総てが水泡に帰す。

右足は関節とは別の方向に折れ曲がり、骨が筋肉を貫き露出している。
青年は痛みに慣れてはいる、が……それでも神経が通った骨そのものの破損による激しい痛みに顔が歪むだろう。
脂汗が出る。体に力が入りにくくなる。

それでも、まだ作戦は終わってはいない。
作戦が終わるまで――――
朧車を撃破するまで、動くしかない。

剣を持ち、獣のように地面に手をつけ、折れた片足を補いながら爆炎に包まれた朧車へと、駆けた――――

燈上 蛍 >  
死ぬとしても、やることはきちんとやって死ぬつもりだった。
自分はそれでいいと思っていたんだ。

一瞬完全な自分の予想外に、思考が出来なくなった。


──何故?


それが頭を埋め尽くしたところで、解答欄に記載なんてなかった。



しかし、まだ事態が終わった訳ではない。



「っぁ、レオさん──!!」

明らかに動きが不自然だ。
なのに、それでも立ち向かっていこうとする。

…蛍の表情が、今まで全然変わらなかった表情が、くしゃりと歪んで…。


尻もちをついたまま、本で朧車の炎が大きく大きくし、

そして……『本を閉じた』


そうすると、熱が急激に奪われる。
まるで最初からそこになかったかのように、炎がどんどん消えゆく。

まるでそういう風には、『描写されていなかった』かのように。

朧車『ロ号』 >  
『次は―――炎熱。炎ねt―――――』

再び朧車が爆炎の中から動き出そうとした瞬間。

身にまとう炎が、消える――――

それと同時に、軌道しかけた車両が、ガタン、と動きを止め停止する。

がたがた、と体を動かそうとするが、その車輪はまるで”動力源を切らした”かのように微動だにしない。


炎が―――消されたから。
そう、この亜種怪異の動力源は、炎。
それが消された事、それは即ち……


一時的な、機能障害を起こす事に他ならない。

レオ >  
レオ >  
右足から血を吹き出しながら、駆ける。
動けなくなっている怪異へ、駆ける。

何故動かなくなったのか?
それは今考える必要はない。
今行うべき事。
それは――――


目の前にいる相手を、この瞬間に葬り去る事。


「――――”孤眼流”」

剣に、力を籠める。
魔力の形を操作する。
眼前まで獣のように駆け、迫る勢いと共に―――――

レオ >  


          「猟犬の型――――――『歯牙』」




剣を、振るう。
まるで巨大な獣の上あごのように、振り下ろすそれは―――――――

魔力によって生み出された”地面からの”斬撃と合わさり、敵を”かみ砕く”一撃となる。



               魔断つ、牙


それが朧車の、顔面を裂いた――――

朧車『ロ号』 >  
『次は―――――――』

その言葉を最後まで言い切る事はなく、列車の怪異はその先頭車両…”顔”を深々と切り裂かれ、巨大な傷跡を作る。

致命の、一撃――――

鋼の塊である朧車にその言葉が適切であるかは分からないが、もがくように一瞬揺れたそれは、しかし次には動かなくなり……

怪異の気配を、霧散させてゆくだろう。

レオ >  
「――――――」

死の気配が、消える。
目の前の脅威が、消える。
他にある死の気配は、ここには近づいてはこない。

終わった、のだと。
そう、感覚が伝えてくる…



「――――お疲れ様です、燈上先……っ」

息を切らしながら、そう言って振り返ろうとしたとき…

戦闘の中での緊張感が消えた事で、右足の痛みが、増す。
身に雷撃が落ちたような痺れと痛みに顔を歪ませ、そのまま青年は、体勢を崩すだろう……

燈上 蛍 >  
「……ッレオさん!」

怪異から、火の匂いも、歪な気配も、何もかもが消える。
彼が、断ち切ったのだ。
片脚を犠牲にすらして、己を、『救うシナリオ』を選んで。

尻もちをついていた状態から立ち上がり、
レオの元へと駆け寄った。


「…どうして僕を……作戦から逸脱してしまったのは、僕でしょう…?」

彼の所へとしゃがみこみ、足を見れば眉を顰める。
それまでほとんどそう、蛍という青年は表情を変えなかったのに、今は苦い顔をしている。

それはまるで、『どうして死なせてくれなかった』とも言っているように。


風紀委員で習う応急処置の仕方を思い出しながら、
制服の多目的ベルトに引っ掛けてある小さな腰鞄から、包帯を出す。

水のいらない鎮痛薬を相手に渡して、
添え木代わりにと手に持っている紅い本を一緒に脚に巻こうとする。
《カラミティ・カタログ》の本の装丁はしっかりしたハードカバーで、そこそこ強度はあった。

「……痛いですけど、今だけは我慢してくださいよ。
 そのままだと、変にくっつきますし…鎮痛薬が効けば、マシにはなりますから…。」

レオ >  
「……、すみません、流石にこうするしかなくって……、…ッ!!」

足に触れられれば、鋭い痛みが走る。
何度も経験した痛みであれど、神経の痛みは想像を絶した。
奥歯が折れそうなほど食いしばりながら、それを耐え……息をなんとか整えようとするだろう。

「…、…”死のうとした”んですよね。
 …‥‥僕も、似たような気持ちを抱えてるので…分かります、ので…
 否定…、っ…は、できないです。……けど。

 今は、それを目の前で…、……看過する事は、出来なかったので……」

痛みに耐えながら、何故、の返事を綴る。
”看過する事は、出来なかった”
それは一種の”我儘”だ。

今彼の自死を止めなかったら……
”自分を大事にして”と言ってくれたあの泣き虫な先輩の言葉を、無下にしてしまう気がしたから。

大事な人を、傷つけてしまう気がしたから。


「……言い訳だけ、付き合ってくださいね?
 その……あんまり怪我で不安にさせたくない人がいるので。」

汗だくになりながら、ふにゃっと微笑んで、そう言った。
自分だって死にたい。そんな気持ちを抱えている。
でも、それに身を委ねれない。委ねれる目の前の先輩を、羨ましいと思う気持ちもありながら……

「……そろそろ、帰りましょうか。」

燈上 蛍 >  
『死のうとした』という言葉に、焔が瞬く。

そうだ、死のうとした。
風紀委員の業務中の殉職なんて、大して珍しくも無い。
毎年の常世島関係物故者慰霊祭には、それに合わせた内容だって存在する。

だから……自分を、そんなエキストラとして、
『レオ・スプリッグス・ウイットフォード』という、
勇者のお話の中の端役の一人で終わらせて欲しかったのに。

……その登場人物に、まんまと命を救われてしまったのだ。

…看過出来ないなんて言われて、正直、分からなかった。
そういうお話はたくさんあるけれど、自分にそれが当てはまるとは思えなかったからだ。


「──…見透かしたようなことを言わないでくださいよ。」

どうしてこんな状況で笑えるのだろう、この青年は。
勝手なことをしたのは自分で、…全て自分が悪い、はずだというのに。

分からないもやもやを上手く台詞に出来ないまま、相手にくるりと背を向ける。


「…肩を貸して帰るのも辛いでしょう、背負いますよ。」

…細身な彼にそれが出来るかどうかは、別の話だが。

レオ >  
「…‥‥そう、ですね。すみません……
 あぁ、いや…片足は無事なので、背負ってもらうまでは……」

背負う、という言葉は一言『大丈夫』とだけ伝える。
とはいえ、足が折れている。背負おうとすれば、無理に抵抗をする事等は出来ないが……

「……まぁ、その。
 
 ”あれ”は僕の…”我儘”みたいなものなので。
 …前に初めて会った時なら、止めてたかも…わかりませんし。
 ……なんだかんだ、生きちゃいましたね。僕たち。」

生きてしまった。
死にたいと思う相手を、無理矢理生かした。
それが正しいのかは分からない。本当に……分からない。
だって、自分だって似たような気持ちを抱えているから。
それでも生きようとしている理由は、まだ、自分の為じゃないから。

だから、それ以上は何も言えなかった。
それ以上を言う資格は、何もなかった。
ただ、静かに……肩を借りたか、背負われたか、分からないが。
共に、この”戦地”から立ち去るしか、出来はしなかった。

燈上 蛍 >  


「………僕には、どう言えば良いのか、……今は分かりません。」

『ありがとう』とも、また違う。
『ごめんなさい』とも、また違う。
じゃあ死ねなかったという憤りか何かをぶつければ良いのかと言えば、
それも何かちがうのではと思う自分も居たりする。

…どうしてこういう時、台本に台詞が書いていないのだろう。

以前に、自分が死んだら気に掛けると言った金眼のヒトが居た。
目の前の自分の死を止めてしまった彼もまた、少し濁ってはいるけれど、同じ色で。


「…帰りましょう。長居すると、今度は精神に悪い。
 それに、まだ鎮痛薬、効いてないでしょう。」

結局上っ面だけの言葉を並べ立て、相手を強引に背負う。

そうして、恋焦がれるような世界から……帰るしか、今は無かった。

ご案内:「裏常世渋谷」からレオさんが去りました。<補足:新参の風紀委員。最近公安をクビになった。>
ご案内:「裏常世渋谷」から燈上 蛍さんが去りました。<補足:待合済:【とうじょう ほたる】編み込んだ青交じりの黒髪に紅橙眼の青年/18歳184cm。紅い風紀委員の制服に腕章。髪に白い彼岸花を差している。>