2020/10/03 のログ
ご案内:「エアースイム体験会会場」に杉本久遠さんが現れました。<補足:エアースイム部。紺色のウェアに緋色のブーツ。糸目。体験会のスタッフ証を身に着けている。>
ルーム説明 >  
 居住区の南に位置する海岸は、今はいくつものテントと、砂浜に敷かれたシートとビーチパラソルで彩られている。
 設けられた実況席、海上に四角く浮かぶフィールド、出張しているいくつもの店舗。
 大会会場には人が集まり、賑わっている。

 体験会は誰であれ自由に参加することが出来る。
 初めてでも飛べるように設計された、競技用ではないS-Wingが用意されている。
 走る程度の速度しか出ないが、初心者でも空を泳ぐ体験をしやすくなっている。

 体験用S-Wingは、スニーカーのような形状で、起動時は白く小さな羽根が踵に展開する。
 制御は非常に容易だが、それでも慣れるまでは上手くいかない場合もある。

 観覧エリアには『杉本ドラッグ』の出張店舗があり、軽食やドリンク、お菓子などを中心に販売している。

【シェア設定エアースイムについて】
http://guest-land.sakura.ne.jp/tokoyo/wiki/index.php?%E8%A8%AD%E5%AE%9A%2F%E7%AB%B6%E6%8A%80%2F%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%83%A0

【イベント:スカイファイト秋季大会および体験会について(大会ログもこちらです)】
http://guest-land.sakura.ne.jp/tokoyo/pforum/pforum.php?mode=viewmain&l=0&no=191&p=&page=0&dispno=191

杉本久遠 >  
 一時間ほど前まで、選手たちが激戦を繰り広げていた大会会場は一転。
 子供から大人までが集まり、賑わいを見せている。
 エアースイム体験会が間もなく始まるため、その準備が行われていた。

「体験会Eグループの方はこちらでーす!
 参加する人、飛び入りの人はこっちに並んでください!」

 大柄な青年の大きな声が会場に響く。
 そんな青年の隣で、少女がテーブルの上で受付を行っていた。

『はーい、こちらにお名前と連絡先の記入お願いしまーす。
 あ、こちらが体験用S-Wingと参加証でーす。
 参加証は腕に着けてくださいねー』

 と、スニーカーのような靴と、リストバンド型の参加証を渡していく。
 ここのグループは人がかなり少ないが、他のグループは随分と賑わっているようだ。

杉本久遠 >  
「飛び入り参加する人はこちらーEグループでーす!
 こっちに並んで――あ、はい?
 え、解説よかった、ですか?
 あ、ありがとうございます!
 いや、すごく緊張したんですが、褒めてもらえてうれしいです!
 あ、どうですか、体験会――ああ、そうですか、いえありがとうございました!」

 参加者への声かけなどを続けるが、訪れる人はそう多くない。
 他のスタッフは見るからにインストラクター、と言った人が多い中で、ここは子供二人。
 実況解説を担当していたとはいえ、少しばかり人気がないのは否めなかった。

『いやー、実況が面白かったーとか言ってもらえるのはいいけどさー。
 こう人が来てくれないのもちょっと寂しいもんだねー』

「だはは、なあに、他が賑わっているなら問題ない!
 これだけエアースイムに興味を持ってくれた人がいるって事だからな!
 オレたちはオレたちで、のんびりやればいいだろう」

『んまあ、それはそうだけど。
 まあ、途中からやってくる人もいるだろうしねー。
 っと、時間だからほら、兄ちゃんも行った行った』

「おう、そうか!
 と言っても、そう教える事も無いと思うけどな」

 体験用S-Wingは初心者でも簡単に空を泳げるように作られている。
 競技用の場合と違って、あまり細かく教える必要もないだろうと。

 そうして、人の少ないEグループもまた、静かに体験会が始まった。

ご案内:「エアースイム体験会会場」にリタ・ラルケさんが現れました。<補足:普段着 / 精霊の見える多重人格少女>
リタ・ラルケ >  
 出遅れた。

 もとより体験会に行く予定ではあった。しかしエアースイムの決勝戦が終わって、真っ先にしたのは決勝戦に出ていた友人の姿を探すことだった。
 意識喪失。その言葉が実況席から聞こえた時、血の気が引く感覚がした。
 その言葉の意味を、知らないわけがない。
 はっきり言おう。
『スパルナ』の――迦具楽の姿を探していた。命に関わるような大ごとにはなっていないだろうが、一目見て安心したかった。それから、たくさん話したいこともあった。
 だけれど、自分は単なる一観客でしかない。頭のどこかで会うのは難しい――そうとわかっていても、足を動かさずにはいられなかった。

 そんなこんなで、いつの間にやら体験会の時間になっていた。結局、彼女の姿を見るのは叶わなかった。
 場所に着いてすぐ、「飛び入り参加はこちら」と聞こえてきた。そちらにいくと、どうやら既にあらかた準備は終えているらしかった。

「ちょっと、待って……! 参加するっ……!」

 息を切らして走りながら、そちらの方に行く。

杉本久遠 >  
 体験会の駆け寄ってくる少女の姿を見つけると、大きな青年が手を振った。

「おお、そんなに急がなくても大丈夫だぞ!
 永遠、その子も受付してやってくれ」

 そう青年が言うと、受付テーブルに居た少女が手を振ってこたえる。

『はいはーい。
 受け付けはこっちでどうぞー。
 用紙に名前と連絡先をお願いね。
 で、これが体験用のS-Wingと参加証だよ。
 使い方の説明はこれからだけど、他に何か質問とかあるかな?』

 と、靴とリストバンドを用意しながら確認する。

リタ・ラルケ >  
「はーっ……ギリギリセーフ、かなぁ」

 致命的に遅れた、というわけではなさそうだった。爽やかそうなお兄さんが、手を振って迎えてくれる。
 そうして間もなく、受付役なのだろう、少女がこちらにと誘ってくれた。
 二人とも先ほどまで、実況席にいた人だった。働き者だなぁ。

 さて、受付と。用紙に必要事項を書いて、S-Wingと参加証を受け取る。

「んー、質問かぁ。今はあんまりないけど……強いて言うなら、こういうのは初めてだから。飛び方のコツとかあれば聞きたいかな」

 S-Wing――確かエアースイムに必要な飛行機器の名前だったか――を観察しながら、そう応える。

杉本久遠 >  
『ふむふむ、コツと来ましたか。
 じゃあそうだね、なるべく遠くを見る事かな。
 足元を見たり手元を見たりは、慣れてないとバランスを崩しやすいからね。
 まあでも、これならすぐに飛べるようになると思うよ』

 頑張ってね、と言いながら、永遠はリタを見送る。
 そして、青年――久遠がリタを手招いた。

「ようし、そしたらまずは靴を履き替えてくれ。
 履くだけなら普通の靴とあまり変わらないからな。
 一応ある程度、サイズは自動でフィッティングされるが、あまり小さかったり大きかったりしたら言ってくれ」

 と、体験用のS-Wingを見せて参加者へ、履き替えるように指示する。
 履き方がわからない、サイズが合わないなどがあれば都度、対応する事だろう。

リタ・ラルケ >  
「遠くを見る、と。なるほど。ありがと」

 ならば普通に飛ぶのと、思うほど感覚は変わらなさそうだ。
 何分――精霊纏繞という行為を挟む必要があるとはいえ――、生身で飛行できる自分からすれば、『道具を使って飛ぶ』ということ自体が初めてである。普段と勝手は違うだろうが――そういうことなら、あまり気負わずに行ってもよさそうだ。
 手招きをする男の人の方に行くと、自分がさっき貰ったS-Wingと同じようなものを指して、履き替えるように言われた。

「……これを? わかった」

 指示に従い、靴を脱いで、貰ったS-Wingを装着する。少々普通の靴よりも硬く、重く、少し手間取ったとはいえなんとか履くことに成功はした。
 直後、硬いものが足元に纏わるような感覚。フィッティング、というやつだろう。

「うわぁ……不思議な感じ」

 実際に履くとこんな感じなのか、と。面白い感覚ではあるけど。

杉本久遠 >  
 参加者が無事にS-Wingの装着が出来たのを見ると、久遠は大きく頷く。

「よし、みんな大丈夫そうだな。
 そうしたらまず、一番最初。
 S-Wingの起動の仕方を説明するぞ」

 そう言いながら、自分は競技用のS-Wingを装着して起動させる。
 久遠の踵からは魔力の羽根が展開されていた。

「S-Wingは起動すると、こんな風に羽根が展開されて、10cmくらい浮かび上がる。
 最初はこうして身体を起こしているのも難しいもんで、よく倒れてしまうもんなんだが。
 安心してくれ、安全装置が付いてるから、地面にぶつかったりはしないからな」

 と、証拠を見せるように勢いよく前に倒れるが。
 砂浜から綺麗に10cm浮かんだ状態で静止している。

「とまあ、こんな感じだからな。
 それじゃあ、実際の起動方法だが」

 身体をまっすぐにしたまま起き上がり、笑いながら指を立てる。

「まず、頭の中で自分が空に浮かぶ姿をイメージする、それだけだ。
 S-Wingはそのイメージを読み取って起動するんだ。
 ただ、上手くイメージできない事も多い。
 そう言うときは、何か掛け声を付けて意識を切り替えるといいぞ!」

 そう説明してから、「さあ、やってみてくれ!」と参加者に指示をした。

リタ・ラルケ >  
 S-Wingの装着を終えると、説明が始まるらしく声がかかる。
 男の人の踵から、実体のない羽根が形成されたかと思うと、目の前で浮かび上がる。

「おぉー……浮いた。こうなるんだね」

 実際に起動するところを間近で見るのは、これが2回目か。もっと言えば、あの時は纏繞で人格が変わっていたのもあって、よく覚えてはいなかったりする。意識して起動するのを見るのは初めてだった。
 それから、男の人のが急に倒れ込む。突然のことでびっくりしたが、安全装置があることを見せたかったらしい。心臓に悪くないだろうか、その証明方法。

 そして、起動方法を聞く。どういうものかと身構えたが――、

「……へえ?」

 自分が空に浮かぶイメージを、読み取る。そんなこともできるのかという驚きと、そんなことでいいのかという呆気なさが同時に来た。

「それなら、簡単」

 そう呟く。空に浮かぶイメージも何も、自分にはいくらでも実体験があるのだ。
 そして、

「――集中……なんて」

 軽く掛け声。踵に魔力の羽根が生える。程なくして、自分は空に浮かび上がる。
 このままの姿で空を飛んでいるのが、不思議な感覚だった。

杉本久遠 >  
 それぞれが危うさを見せつつも、何とか浮いてるのを見まわし。

「背中を伸ばして軽く顎を上げると起き上がっていられるぞー。
 まあ、最初は慣れるまでうつ伏せになったまま飛ぶのもだからな――おおっ!?」

 バランスを崩したり、倒れそうになって四苦八苦している参加者が多い中、軽々と体を浮かばせているリタの姿。

「おおー! すごいな君は!
 うむ、エアースイムの素質があるぞ!
 浮かび上がれたなら、後は、体重移動と姿勢や手足の動きでコントロールできる。
 ちゃんと監督はしているから、色々試してみてくれ」

 体験用に用意されたS-Wingは安全面も、制御面も初心者向きだ。
 速度こそ物足りないだろうが、生身で飛ぶのとはまた違った、それこそなにかに『乗っている』感覚に近いだろう。
 そしてリタの様子に大丈夫そうだと思えば、他の参加者一人一人の様子を見て回っていく。

「お、前傾姿勢でも安定してるな、それなら大丈夫、直立するのは意外と難しいテクニックだからできなくて問題ないぞ!
 おおっ、高度が上げられてるじゃないか!
 なあに倒れたままでも上出来だぞ、水泳と似たようなものだからな」

 なんて、それぞれを褒めたり、アドバイスしたりとせわしなく動いている。
 他の参加者を見ても、リタはかなり『できている』方だと見てわかるだろう。

リタ・ラルケ >  
 浮いて周りを見渡すと、自分以外の参加者はなかなか苦戦しているようだった。
 そりゃあ、そうだ。生身での飛行経験のある自分とそうでない人では、そもそも飛ぶイメージの鮮明さに差が生まれるのは当たり前である。
 空中での姿勢制御の感覚、重心を意識したコントロール、ほぼデッドウェイトとなる足の扱い方――これらは自分の飛び方で意識することではあるが、いずれにせよ普段飛べない人が慣れていることではないだろう。

「そう、かな。まあ一応、飛ぶだけなら経験はあるし。色々やってみるよ」

 エアースイムの素質がある、か。チームに所属するとか、そういったことは考えてはないけど、言われて悪い気はしない。
 とはいえ、自分にとってはこれからが難しいところである。浮くだけなら大したことはないが、それでもやはり、足に機器をつけて飛ぶというのは普段と感覚が違う。具体的には、足の方に重心が傾いている。
 "風"を纏繞している時ならば、ある程度風の流れで姿勢をコントロールできるが、今回はそういうやり方はできない。
 とりあえず、前に進もうとして――

「――うわっ」

 バランスを崩し、前の方に倒れかける。ギリギリ姿勢制御が間に合ったが、やはりまだ慣れないようだった。

「……やっぱ、普通に飛ぶのとは感覚が違うね。慣れないなぁ」

 若干のもどかしさを感じながら、少しずつS-Wingの扱いに慣れようと、体重のかけ方や姿勢の制御を試していく。

杉本久遠 >  
「――ははは、直立で動くのは、君でもきっと難しいぞ!
 そうだな、最初は少し前に倒れた姿勢で安定させて、そこから進みたい方向に視線を向けるといい。
 そうすればとりあえず直進は出来る。
 止まりたいときは、背中を伸ばして顎を上げる。
 今度は背中側に倒れるイメージだな。
 身体を倒し過ぎると後ろ向きに進んでしまうから、気を付けるんだぞ」

 そう、言った通りリタの方もしっかり見ていたのか、そうアドバイスする。
 要は、倒れ気味な姿勢が自然な飛行姿勢で、体を倒した方に進んでいくという事だ。
 先ほどの大会を思い出しても、早く泳ぐ選手ほど体を前に倒していたのを思い出せるだろう。

「他の人も、最初は倒れ気味の姿勢でいいからなー。
 そうだな、これくらいの角度が一番楽になるはずだ」

 そう言って、70度程度の角度に前傾して見せる。
 足から頭まで、ピシッと軸が通っているように真っすぐな姿勢だ。

「体をまっすぐにできれば一番安定するが、多少姿勢が崩れても大丈夫だ。
 ふらついたりしないように安定すれば、そこから動き出すのはそう難しくないぞ!」

リタ・ラルケ >  
「前に倒れた姿勢で安定、それから、視線を進みたい方向に……」

 言われるがままにやってみる。未だぎこちない動きではあるが、少しずつ前に進んでいく感覚がある。

「……ブレーキは、背中側に倒れるイメージ」

 ゆっくりと、速度が落ちる。わずかに後ろに動きながらも、なんとか止まることはできた。
 他の人に指導を行う男の人を、横目に見る。綺麗な姿勢だなと思いながらも、見よう見まねで角度をつけてみる。
 思ったよりも、急だ。だがそれで姿勢を整えてみれば、なるほど確かに安定する。

「……これなら」

 これくらい安定すれば、移動はそう難しくない。
 前に進む。少し行ったところで曲がってみる。右に。左に。たまに円を描いて、右回り。左回り。

「――ああ」

 少し、コツをつかんだ気がする。なるほど飛び方こそ異なるが、ここまでくれば後は普段との違いを意識すればそう難しいことはない。

「楽しい、なあ」

 自然と、そんな言葉を零していた。

杉本久遠 >  
 気づけば、リタの動きに周りから声が上がり、拍手が鳴っていた。
 他の参加者もリタを真似するように動き始め、ぎこちないながらも泳げるようになり始めている。

「だはー、本当にすごいなー君は!
 うむ、それだけ動ければもう高度を上げても大丈夫だろう!
 前に進む要領で、背中を少し弓なりにしながら上を向いてみると良い。
 下りるときは、少し不格好だが腰を落とすようにするとゆっくり下りれるぞ」

 久遠もまたリタの動きに拍手を送りながら、次のステップへと言うように伝える。
 そして嬉しそうに笑顔を向けて、ぐっと親指を立てた。

「楽しんでくれているなら何よりだ!
 まだ時間はあるからな、じっくり泳いでみるといいぞ」

 そのまるで曇りがない、少しばかり暑苦しい笑顔からは。
 純粋にエアースイムが好きなのだと、見て取れるようだったろう。
リタ・ラルケ >  
「うぇ」

 つと、視界の外から拍手の音。気付いて周りを見てみれば、皆がこちらを向いて拍手をしていた。
 注目されるのは――特に、手本だとか称賛だとか、いい意味で注目されるのは、全然慣れてない。つい変な声を上げて、視線を逸らす。頬に、少しだけ赤みが散ったような気がした。
 そして。監督してくれていた男の人からの言葉。

「高度を、上げる」

 まさか自分でもここまで行くとは思っていなかったが。いよいよ、高度を上げることとなった。
 高所への恐れはない。むしろ待ち望んでいたことでもある。

 ――この島の皆にこそ、エアースイムの楽しさを知って欲しいなって思う。

 思い浮かぶは、友人の言葉。
 迦具楽が見る景色。それを、ついに自分も見ることになる。

「……いやまあ、あんな風には飛べないだろうけど」

 独りごちて、くすりと微笑む。"空駆ける稲妻"には、まだ到底手が届かないだろうが。

「背中を弓なりにして、上を向く」

 言われたことを反復して、その通りに視線を向ける。
 空が見えた、その刹那。

「――ぁ」

 宙に浮かぶ感覚。高度が上がる。

「飛べた……ううん、"泳げた"、か」

 空を飛ぶというのは、何度だってしてきたはずなのに。
 そう言うだけで、なんだか届かなかった場所に届いたような。そんな心地がした。

杉本久遠 >  
「おおー!」

 下方から久遠の声が上がる。
 自分で見る事は出来ないだろうが、リタの動きは滑らかなもので、初心者とは思えないモノだった。
 もし下を見る余裕があれば、仰ぎ見る久遠の姿が見えるだろう。

「――ようし、彼女みたいにとはいかないだろうが、このS-Wingならすぐに泳げるようになる!
 少しずつでいいから、この体験会で空を泳ぐ楽しさを味わってみてくれ!」

 と、参加者を指導する久遠の声にも熱が入っていた。
 同じ初心者のリタが上手く泳ぐのを見たからか、他の参加者たちもやる気が出たようで。
 次々と、ゆっくりだが確実に泳ぎだせる人数は増えていった。

リタ・ラルケ >  
 空を、泳ぐ。普段とは違う感覚だが、それにもだいぶ慣れた。
 ゆっくりと自由に泳ぐだけなら、多分もうそんなに難しくない。

「ん、だんだん人も増えてきたね」

 周りを見れば、自分と同じくらいの高さを飛ぶ人がぽつぽつと現れはじめる。
 すごいね、どうやってるの、なんて話しかけられるのを、当たり障りのない言葉で躱す。エアースイム以外で飛んだ経験があるから、としか言えないし。

「……楽しい、か」

 多分、エアースイムをする人というのは。こうして、楽しさに目覚めたのだろうか。空を飛べるはずの自分だって、感覚は違えど――あるいは違うからこそ――こうして楽しさを感じられている。
 それなら、元々空を飛べなかった人は。
『身一つで空を飛ぶ』ということに、自分なんかよりも遥かに、感動を覚えたのだろうか。
 迦具楽も、迦具楽を下した"トップスイマー"も。
 そしてもちろん――さっきから暑苦しいくらいに楽しそうな笑顔を浮かべている、あの男の人だって。

「そろそろ、いいか。降りよっと」

 彼に言われたように、腰を落とす。緩やかに、その高度が下がっていって。彼がいる地表近くの低空に、再び落ち着くだろう。

杉本久遠 >  
「――お疲れ様。
 泳いでみた感想は、どうだったかな?」

 リタが降りてくれば、そんなふうに少し親し気に声を掛けるだろう。
 まるで答えはわかっていると言わんばかりに、嬉しそうな笑顔で。
 

リタ・ラルケ >  
 親し気に話しかけてきた男の人に、向き直って。
 そして問われ、

「感想、か」

 一瞬、考える間があった。正直、感想に困っていた節はあった。勿論、悪い意味ではない。一言では、言い尽くせないというのが正しい。
 初めて空を"泳ぐ"新鮮さ。普段飛ぶようにはいかないもどかしさ。少しでも友人と同じ景色を共有できたかと思えた達成感。その他にだってたくさん考えたことがある。色々な言葉が綯い交ぜになる。
 だけど、それら全部をひっくるめて。

「楽しかったよ、とっても……とっても」

 畢竟これに落ち着くだろう。
 そう言って、微笑む。

杉本久遠 >  
 楽しかった、と、その言葉を聞けばまた力強く親指を立てた。

「うむ!
 今の君の表情は、とても活き活きとしているな!
 だはは!
 これで君も今日から『スカイスイマー』の仲間入りだ!」

 そうして、参加者の全員が曲がりなりにも泳げるようになり、改めて地に足を付けた頃。
 体験会終了を知らせるアナウンスが流れ出す。

「――む、そうか、もう終わりか」

 と、見るからに残念そうに久遠は肩を落とすが。
 すぐに参加者の方を向いて快活に笑った。

「みんな、ナイススイムだったぞ!
 良かったらこれからも、時々空を泳いでみてくれ!
 きっとこれまで見えなかったものが、沢山見えてくるはずだ」

 そう久遠が言うと、参加者たちは「これからも?」と疑問符を浮かべている。
 それに、久遠もまた不思議そうな顔をした後、手を叩いてから、やってしまったとばかりに額を押さえた。

「だはー!
 そういえば説明してなかったな!
 今日のその体験会用S-Wingだが、参加者へのプレゼントになっているんだ。
 どうも今回の大会、随分と大きなところがスポンサーになってくれたみたいでなあ。
 だから帰ってからもぜひ楽しんでくれ。

 ああ、でも飛ぶときは海や川とか水の上にするんだぞ!
 安全装置は着いてるが、万一の事故は怖いからな」

 と、久遠が言うと横から少女――妹の永遠がやってきて、参加者にパンフレットを渡していく。

『はーい、これがエアースイムをやるときの注意事項や、S-Wingの簡単な説明書でーす。
 簡単に言うと、街中とか人が多いところや、障害物の多いところでは飛行禁止!
 広くて人の少ないところで飛ぶようにしてくださいね』

 そうして配りつつ、常世島の学生と思しき人には、パンフレットと共にエアースイム部の部員募集を知らせるチラシと入部届を一緒に渡していく。
 熱心だがどこか抜けている兄と違い、妹の方は中々抜け目ないようだった。

『あなたもよかったら、一度遊びに来てみてね!
 あなたくらい飛べたら、きっとすぐに競技スイムも出来るようになっちゃうよ』

 なんて、リタへと小さくウィンクをして、永遠は受付テーブルの方へ戻っていってしまう。

「――よし!
 みんなお疲れ様だった!
 今日はエアースイムを楽しんでくれてありがとう!」

リタ・ラルケ >  
「『スカイスイマー』……」

 鸚鵡返し。なるほどエアースイムのプレイヤーのことなのだろう。
 ならなんでスカイスイムじゃないのかな、なんてどうでもいいことを少し考えたりもした。
 周りの皆も徐々に降りてきたかと思えば、体験会終了のチャイムの音。
 男の人は少し残念そうだった。なんとなく気持ちがわからなくもない辺り、なんだかんだで自分も名残惜しいとは思ってるのだろう。
 直後、

「……これから、も?」

 気になる言い回し。そして間もなく、説明していなかったと言葉を続ける。

「……うそ」

 予想だにしていない言葉に、驚きの声を上げる。貸し出し品じゃなかったのか、という驚きが一番強い。
 はじめに言ってよ、と心の中で悪態をつく。いやまあ、勿論嬉しいけど。

 それから矢継ぎ早に、受付をしてくれた少女が来て、周りの人にパンフレットを配っていく。そして自分にもパンフレットを――エアースイム部の案内と一緒に渡された。

「え、あ……ありがと」

 ウインクを飛ばす少女に向けて、お礼は言っておく。抜け目ないなあ、なんて思いながら。
 さて、少女自身の口で説明してくれたが、ざっとパンフレットの方を眺めてみるとその通り注意事項やS-Wingの取り扱い方が簡単に書かれていた。たまにここに来て、"泳いで"みるのも悪くないだろうか。
 そして案内の方は、部員募集のチラシと、ついでに入部届。いや気が早くないですか。

 そうして、彼の締めの言葉。

「……うん。こっちこそ、ありがと」

 この短い時間で、いろいろなものを貰ってしまったみたいだ。

杉本久遠 >  
 それから間もなく、各グループの受付では参加証の回収と、S-Wing持ち帰り用のスポンサーの名前が大きく入った袋の配布がされるだろう。
 そして、体験会の参加者たちは徐々に立ち去っていき、会場は慌ただしく、今度は撤収作業が始まる。
 リタの指導を手伝った杉本兄妹もまた、その作業を手伝うために――と言うよりは実家の出店の片付けに駆り出される。

 こうして、エアースイム体験会は終わりを迎える事になるのだった。

ご案内:「エアースイム体験会会場」からリタ・ラルケさんが去りました。<補足:普段着 / 精霊の見える多重人格少女>
ご案内:「エアースイム体験会会場」から杉本久遠さんが去りました。<補足:エアースイム部。紺色のウェアに緋色のブーツ。糸目。体験会のスタッフ証を身に着けている。>