2020/09/26 のログ
ご案内:「風紀委員専用訓練フロア」にレオさんが現れました。<補足:ベージュの髪に風紀委員の制服。風紀委員の新参。>
ご案内:「風紀委員専用訓練フロア」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪の長耳風紀委員。眼帯と学園の制服を着用。>
レオ >  
『新入り、模擬戦どうだ?』

訓練の休憩中の青年に、風紀委員の”先輩”が声をかける。
こういった誘いは風紀委員に入って、よくかけられるようになった。
理由は、なんとなく察している。

「……すみません、今日はちょっと。」

やんわりと、断った。
断られた”先輩”は、少し拍子抜けしたようにその場を後にする。
どうしてもと”お願い”されれば断れなかったが、1回は必ず、こう答えるようにしている。
そうしないと、きりがないから。
それくらい、訓練中は色々な”先輩”に模擬戦に誘われる。



理由は単純。
”自信をつけたいから”

風紀委員に入って早数週間。そんな新入りにも関わらず、レオの名前はそれなりに知られていた。
その理由は様々だが、一番大きいのは…おそらく”『鉄火』の代行者”という異名がつけられたせいだろう。
風紀委員で『鉄火』といわれれば、一人の人物の顔を誰もが思い浮かべる。
それはいい意味でも、悪い意味でも。

それの代行。
そんな意味合いの異名。
新人として名前と顔を覚えられるのには、それで十分だった。

…が。
そんな”有名人”になりかけているから、模擬戦に誘われている‥‥…目をかけられているのかというと、それも少し違った。
模擬戦に誘う”先輩”は、全員ではないにしろそれとは別の思惑があった。

「……」


委員会内異能犯罪対策用模擬戦闘成績。
個人戦結果。
16戦7勝9敗。
現在、負け越し。

”先輩”たちが模擬戦に誘う理由が、それだった。
つまるところ”強くない”から。
”勝てそう”だから。

理由は個人個人で違いはする。
自信をつけたい。
単純に勝てる相手とだけ戦いたい。
自分の模擬戦の成績を良くしたい。
『鉄火の支配者』にいい感情を持っていない。

…つまるところ、『鉄火』の看板を曲がりなりにも背負った自分を、踏み台にしたいのだ。

「……神代先輩に申し訳ないな」

スポーツドリンクを一口飲んで、ぽつりとつぶやいた。

レイチェル >  
各自休憩に入っている風紀委員達。

他愛もない談笑をしている者達が居れば、
風紀委員の在り方について語る者達も居る。

ぐったりと床に倒れている者達が居れば、
己を高める為にトレーニングを続けている者達も居る。

各人各様の休憩時間を過ごす彼らを背に、一つの人影が
静かに新人風紀委員へと歩を近づける。


腰程までに流れる金の髪は訓練フロアの明るい照明を受けて、
普段よりもまた一段と鮮やかに、艶やかさを増して輝いている。

歩く度にその金色と、ツーサイドアップの形で髪を結ぶ黒を
揺らしながら近づくその風紀委員は、右腰に手をやりながら、
ふぅ、と一息。

「なーに、しけた顔してんだよ」

柳眉を少し下げた形で、仄かな憂色をその顔に浮かべながら、
レイチェルは新人風紀委員に話しかける。
彼女がその唇から発する音は、
先ほどまで厳しく後輩達を叱咤していた彼女の声とは
似てもにつかぬ、棘一つない穏やかな調子の声である。

「レオ・スプリッグス・ウイットフォード……だったな。
 どうした?」

レイチェルは、後輩の名前を覚えていた。

――真琴が注目してた新入の風紀委員、こいつだな。

レイチェルは彼の隣まで近寄ると、
そのままゆっくりと腰を下ろす。
同時に、ふわりと流れる金色がレオのすぐ横で羽毛の如く
軽やかに舞う。

「……模擬戦、受けないのか?」

他の風紀委員達とはかなり距離が空いている。
故に、この声は周りの者達には聞こえないだろう。

膝を抱える形で座る彼女――レイチェル・ラムレイは、
レオに目線を合わせる形でその顔だけを、
彼の方へ向けて小首を傾げている。


レイチェルは。
彼が、他の風紀委員からの模擬戦を快く受け容れていないことは、
よく知っていた。そしてごく一部の者達ではあるが、
彼に向けて決して褒められぬ動機で以てそういった話を
持ちかけていることも、気付いていた。
だからこそ、ただそれだけを問いかけた。

単純で、簡潔な問いかけであったがしかし、
相手の瞳をしっかり見つめるその輝く紫色の瞳は
心底心配そうに、若々しくも濁りを湛えた金の瞳を
見つめている。

レオ >  
「え? あぁ、えっと…はい、僕がレオですけれども……」

声をかけたのは、見知らぬ先輩。
金髪に眼帯…怪我でもしてるのだろうか?
綺麗な人だ…というのが初見での感想だった。
公安の先輩も確か、金髪だったな……

模擬戦をしないのかと言われれば、青年は少し苦笑をして返事を返す。

「…しょっちゅう声をかけてもらってるので、他の人とやった方がいいかな、なんて。
 僕、模擬戦の成績あまりよくありませんから。」

成績がよくない。
少なくとも、前線に出張る風紀委員として見れば、彼の戦績は決して良いものとは言えなかった。
風紀委員は戦闘ばかりが仕事ではない故、勿論全体で見るのであれば悪い成績とまではいかないが……
居住区や商店街の巡回や、よくて繁華街の警備をやるような、”戦闘を基本としない役職”と同程度というのが、模擬戦の成績から見られる評価だろう。

今日も既に一戦終えてはいるが、”キレ”がない。
身体操作に戦闘慣れしている人間特有のしなやかさを感じさせる反面、動きの節々が、ぎこちないのだ。
特に、攻撃。
遠慮のような、戸惑い、躊躇いのような、動きのぎこちなさ。
それは自分でも、自覚している。

レイチェル >  
「オレは、レイチェル。
 4年生のレイチェル・ラムレイだ。よろしくな」

年相応の笑顔を見せるレイチェルは、
青年の曇りも苦笑も、そのまま真っすぐ受け止めるかのような
視線を向けている。

「こう見えて新人の訓練は普段からよくやっててな。
 さっき、お前の動きを遠目に見させて貰ってたんだ」

別の風紀委員のトレーニングに付き合っていた最中、
視界の端に入ったレオの動きも追っていたのだと、
レイチェルはそう語る。

「へぇ」

成績が良くないのだと苦笑するレオに対して、
レイチェルは僅かに目を細めて、その言葉を
確かめるかのように、先よりももう少し深く
首を傾げて見せた。

「模擬戦の成績だけじゃ、計れないものがあるだろ。
 お前は間違いなく良いもん持ってるよ」

穏やかに笑うレイチェルはしかし、一瞬たりとて彼から
視線を外すことはない。
 
「ただ、な。
 今さっきお前の動きを見てたが、ちぐはぐな印象だった。
 戦闘には結構慣れてるだろ、お前。
 だってのに、攻めの手に躊躇が露骨に見えたんでな。
 その気になりゃ、勝てただろ。
 お前がそうしないのは、何故だ?」

そこに責めるような声色はない。
ただ、表出している彼の『躊躇』の裏にあるその曇りを、
何とかできるならしてやりたいとレイチェルは思ったのだった。
しかし、それだけではない。
模擬戦などで多くの風紀委員と絡んでいる以上、この問題は
彼だけの問題に留まらないからだ。

レオ >  
「レイチェル先輩、ですか…よろしくおねがいします
 良いもの…」

レイチェルと名乗った自身の先輩に、微笑んで挨拶をする。
気さくな人だ。”先輩”を思い出す。
そういえば…あの人にも同じような事を言われたっけ。
もうずっと昔の事のように感じてしまう。

「…そんな事はないですよ。
 手を抜いてるつもりはないですし、先輩達も強いですし。
 戦闘に関しては、慣れて……まぁ、慣れては、いるかもしれません。
 島に来る前も戦う事は多かったので。」

島に来る前。
自分が各地を転々としてた頃は、何度も危険に見舞われた。
それ以前は、師匠との剣の修行で何度も殺されそうになった。
それ以前は……
戦ってばかりだった気がする。

「……まぁ」

ただ、模擬戦での戦いに関しては。
”慣れていない”と言うほかなかった。

「そうしないというより……純粋に手探りなんですよね。
 なんていうか、”こういう戦闘”が…ですかね。」

そう言いながら、模擬戦をやっている先輩達を見る。
真面目に、相手に”勝つ”為に戦っている。
”勝つ”為に。

レイチェル >  
「成程。実戦経験は豊富だが
 こういう訓練は不慣れって訳か」

彼の話を聞いて、レイチェルは得心がいった。
ならば、動きの根底にあるのが戦い慣れたそれだったとしても、
剣の振りに躊躇が出るのも頷ける。

要するに。

「つまる話が、勝ち負けじゃなくて、
 『殺す』か『殺される』かの戦いしか知らなかったって訳か」

その点、他人の気がしない。
レイチェルもまた、そういった世界に生きていたからだ。
そうして突然、この学園へと飛ばされてきた。
故に、彼の悩みについては頷ける所があった。

「……生温いか? 風紀委員会は」

少年の顔を見るその紫瞳が、少しばかり見開かれる。
それは『学園の先輩』というよりも、『戦場に立っている者』が
湛える鋭さと悲しみを湛えた瞳であった。

しかし、それも一瞬のこと。
レイチェルの口はふっと笑みを浮かべる。
そうして目を閉じて、軽くニ、三度頭を振れば一言、
口にするのだった。

「オレも、昔はそうだったさ」

殺すか、殺されるか。
そういう駆け引きをしてきた中で、
突然目の前に広がったこの学園生活は光に満ち溢れていた。
輝きすぎて、目が眩むほどに。

レオ >  
一瞬向けられた鋭い視線。
”殺してきた”目だ。
その上での、目。
それを少しだけ見て、訓練する先輩達の方に目を移す。

「……温い、という訳では。
 ただ……」

模擬戦をしている先輩たちの動きを見る。
相手の隙を突いて、有効打を与える。
相手を動けなくする動きが多い。
”暴徒鎮圧”に適した動き。

それはつまるところ、殺さずに止める動きだ。
模擬戦で模造剣でも、当たれば痛いし、当たり所が悪ければ死ぬ。
皆それは分かっている。だから模擬戦で過度に急所は狙わない。

首に全力の一撃を入れれば首が折れるかもしれないから、しない。
金的の類はしない。
関節を極めすぎて折る事も、しない。
目、鼓膜、口、鼻、顎への攻撃もしない。するとしても、避けられる前提の、牽制の意味合いが大きい。

自分が教わってきたのはそれら全部で、それらを狙う為のもの。
それらを封じられれば、自分の太刀筋の殆どが使えない。
狙い場所を逐一、考えなければならない。
既に無意識に刷り込まれる程に降ってきたものを、その場その場で修正しながらやれば。
当然、動きはぎこちなく、遅くなる。

そして何より…

「…”死の気配”って呼んでいるんですが。
 生まれつき感じるんです。自分が死ぬかもしれないとか、他人が死にそうだとか、そういう感覚。
 師匠が言うには僕の魔力の影響らしいんですけど、まぁ…異能のようなものですね。
 模擬戦だとそういうのが薄いのも…あります。」

”殺意”を感じとって動くからこそ、”殺意”がない戦いが苦手。
訓練を積んでそういった感覚を鍛える人間もいるが、青年のそれの場合生来のものの分、その偏りが大きいのだろう。

そんな風に返事をすれば、先輩の言葉に反応し…
 
「……先輩も昔は、”そういう”戦いばかり?」

レイチェル >  
「この学園に来てすぐのことだった。
 風紀委員会に入って、間もない頃だったな。
 どうにも感覚が掴みきれなかったことは確かにあった。
 
 でも、ま……すぐに気付いたさ。
 『殺す』か『殺されるか』、 
 それ『だけ』だったらまだ『温かった』んだってな。
 風紀委員会に入って、色んな奴らと出会って、鎮圧をして……
 『対話』もする中で、その重みと厳しさに気付いたよ。

 その重みと厳しさは、それまでの『そういう』
 戦いが持つそれとは、全く異質のものだった。
 ……でもって、そいつはオレにとっちゃ、
 戦場で背負うもんよりもずっと過酷なもんなんだと気付いたんだ」

殺す為の剣と、不殺の剣は全くの別物である。
長く、殺す為の剣を振っていれば、血錆と共に剣の重みは増していく。
一度それが刀身に染み付いてしまえば、
纏わりついた赤黒い重みは、容易には振り払うことができない。

「しかしまぁ、『死の気配』か……それに頼って戦ってきたのなら、
 確かに模擬戦が不得手になっちまうのもしょうがねぇな。
 『殺しを目的とする戦い』と、『手を差し伸べる為の戦い』じゃ
 ――勿論、相互に生かせる技術や知識もあるが――どうしても、
 相容れないところがある。切り替えるのは簡単なことじゃねぇ。
 まぁ……ゆっくり慣れていくしかねぇわな。
 手助けなら、オレで良けりゃいくらでもするぜ」

そして彼が口にする『師匠』という言葉に、レイチェルは少し
だけ目を見開く。
成程、この青年もまた先達に導かれて生死の境目を彷徨う戦いに
身を投じてきたのか、と。
その点、他人の気がしないな、と。レイチェルはそう感じていた。

「お前の言う『そういう』戦いをな、オレも昔はやってた。
 オレにも師匠が居てな、剣と銃を教わって、
 化け物共を狩って回ってたんだ」

レオ >  
「そう…ですね。
 殺すしかできない戦いだと、この先苦労するだろうなというのは、なんとなく。
 ……命のやり取りだけがここで起きてる戦いじゃないですからね。」

無論、殺す戦いと殺さない戦いは別ベクトルの話で、自分の殺す為の戦い方が、必要になる事もあるのは、先の任務で痛感したが。
先輩の言う事は、間違いなく事実だった。

”殺さず、対話する”
その術が、今の自分には、まだ、ない。

何より……




             『そしておまえがもし、大切に想われることがあれば、
              おまえみずからのことも、大切にするように』



              『お前は――どうしたら幸せを感じられますか』




”変化”を…考えなければならない。
だからこそ、目の前の先輩の言葉は…少しありがたかった。

「…助かります。
 この島に来てから色んな人に会って……変えないといけない、と思っていた所ですから。
 
 …師匠と、化物を狩って…ですか。
 僕も同じようなものです。」

そう言いながら、少し昔の事を考える。
自分の、剣術の師匠の事。それと共に生きた日々を。

「…‥‥…師匠かぁ
 …あんまりいい思い出ないですけどね、僕の場合。」

少し苦笑した。

師匠は今何をしているだろうか。
あの人が死ぬのだけは、想像がつかないけれども。

レイチェル >  
「無論、時にはオレ達が経験して来たようなやり方が、必要になる
 こともある。まぁ、お前もきっと分かってるだろうが……」

数多の戦いを経験してきたのだ。世の中が甘ったるいものでない
ことくらいは、きっとこの青年も十二分に知っている筈だ。
それでも、彼自身が歩んできた道を決して否定して終えることの
ないようにレイチェルは静かにそう口にした。
そして、続く言葉は少しばかり語気を強めて紡いでいく。

「でも、やっぱりそれは本当に最後の手段だ。
 ただ屍を築き上げた先に残るのは、負の感情だけだ。
 オレ達が風紀委員である以上は……
 道から外れちまった奴らに寄り添うべきだと思ってる。
 手を差し伸べるべきだと思ってる。未来へ目を向けてな。
 
 とはいえ、こいつはまさに、言うは易く行うは難しってやつだ。
 悩むこともなく傷つくこともなく、手を差し伸べることなんて
 できない。差し伸べた手を切りつけられることだってある。
 
 でも、もしそうだとしても……『受け皿』になる為に、
 オレ達はずっと苦しんで、足掻き続けなきゃいけねぇと思ってる。
 風紀委員である以上は、な」

重々しい口調だった。
レイチェルの目線が少しだけ、床に向けられた。
しかしそれもほんの一瞬のことである。
すぐにレオへ向き直れば、満面の笑みを見せて明るい声色で
語を継いでいく。

「なに、苦しいことばかりじゃねぇ。傷つくことも多くあったが、
 風紀やってる中で嬉しいことだって沢山見つけてきたからさ。
 大丈夫だ、『オレ達』は、諦めない限り変わることができる筈
 だからな。慣れない分をオレが、オレ達が支えてやるから。
 一緒に、進んでいこうぜ」

レイチェルとて、まだ『向き合う』ことに悩んでいる最中なのだ。
否。これからも、ずっと悩み続けていくのだろう。
しかし、そうやって悩み、藻掻いている中にも救いは、喜びは
あるのだということを、レイチェルは伝えたかった。
まさに今、青年は変化に『向き合う』中で悩み、藻掻いている
のだから。

「師匠に関しちゃ、まぁ……オレもよく蹴っ飛ばされたり、
 ぶん殴られたりしたもんだが、今じゃ感謝してるよ。
 お陰でいくら殴られても蹴られてもへこたれなくなったからな」

レイチェルもまた冗談っぽく口にして、苦笑するのだった。

レオ >  
「……」

レイチェル先輩の言葉が、重くのしかかる。

『屍の先には、負の感情しかない』

…そうだと思う、という気持ちもある。
それと共に、自分のやってきた道が。
”そう思ってはならない”とも囁く。

それは多分、自分のしてきた”殺す”という事の意味が。
単純に命を奪うだけに留まらなかったからなのかもしれないが……

「そう…ですね。
 そうなれれば…良いと思っています。」

だからこそ”そうなるつもり”とまで、言う事はできない。
この先に変わる為の物であり、今直ぐに変われるものでは、ない。
その変化を、口を開けてただ待つなんて時間が無い事は、重々承知しながら。

「ははは……
 僕も大体、同じですね。師匠に関しては。

 空と繋がってて無限に落ち続ける滝壺に蹴落とされて『自分で這い戻ってこい』とか……
 草も生えてない魔物の巣に鉄パイプ一本渡されて『1か月生き延びろ』とか……
 大型トラック拾ってきて角材渡されて『それでコイツ二つに割るまで殴り続けろ』とか……

 ……良く生きてるなぁ、僕……」

ははは、と乾いた笑いが漏れた。
目は笑ってない。

レイチェル >  
「……ま、そこに関しちゃ、以上。先輩のお節介だ。
 こいつは、一つの考え方でしかねぇからな。
 でもまぁ、全部が同じじゃねぇにしろ……少なくとも、 
 ちょいとばかし似た道を歩いてきたオレからの、ちょっとした
 アドバイスだと思ってくれ。
 なんつーか……他人の気がしなくてな、放っておけねーんだ。
 ほんと、しけた顔……してたしな」

胸の下でレイチェルは腕を組む。
そして細指を顎に沿わせれば、そう口にした。


「鬼畜だな、お前の師匠は。
 まだオレの師匠の方が人間味あったかもしれねぇ」

とはいえ、目が笑っていないのはレイチェルも同じであったが。
そして

「あ、そうだ。もうひとつだけ。
 最近、鉄火の……代行者、だっけか?
 お前のそんな呼び名もちらっと聞いてるが……。
 そっちもあんま、一人で抱え込みすぎんなよ。
 理央の奴もだが、まぁ心配でしょうがねぇし」

少し前までは自分が抱え込みすぎていたのであるが、
今では負担を分かち合うことで随分と視界も広がってきた。
こちらも今すぐにとはいかないだろうが、レイチェルとしては
必ず彼に伝えておきたいことだった。

レオ >  
「もう一度修行時代をやり直したら間違いなく死ぬ気はします…

 ……他人の気が、ですか?
 ……レイチェル先輩と僕、あんまり似てないと思いますけど…」

まさしく”虚無”という顔で師の事を想い出しながら、他人の気がしないという彼女の方を見る。
自分が目の前の先輩と?
そうには、とても見えない。
自分のかつての、”先輩”とは…纏う雰囲気のようなものが、似てると思ったが。

「あー……そう、ですね。
 いつのまにかそんな風に呼ばれてしまって……
 
 沙羅先輩にも言われました。『貴方は貴方』『他人にはなれない』『鉄火になる必要は、ない』って。
 まぁ…神代先輩に泥を塗る訳にはいかないので、それだけは気をつけないとなぁ…って。
 あんまり、気負いはしてませんよ。今は。

 ……僕はそれより、元の『鉄火の支配者』……神代先輩の方が、心配です。
 …ちょっと違うな。
 神代先輩の心配をする、沙羅先輩が…心配ですね。」

レイチェル >  
「そうか?
 これまで歩んで来た道への考え方も、
 これから先に思い描いているものも、
 色んな価値観も違うのかもしれねぇ。
 でもな。
 
 『変わること』に、向き合おうとしてるじゃねぇか、お前。

 訓練での動きが、お前の語った言葉が、そいつを示してる。
 
 だったら、やっぱり他人の気がしねぇ。
 オレも今まで、そして今も。
 『変わること』に向き合おうとしてる奴だからさ」

当然だ、という顔でレイチェルは返す。
何から何まで似てるなどということを言うつもりはない。
それでも在り方に戸惑いながらも向き合おうとしているその
一点において、レイチェルとして思うことがあったのだ。
似ている、と思うには今の彼の姿を見るだけで十分だった。

「沙羅の言うことは最もだな。
 
 風紀も『個』の集合体だからな。
 それでもあいつは、
 風紀委員という『組織』の脅威を体現しようとしてる。
 システムで在ろうとしている。それも、一人でな。
 
 あいつの頑張りは認めてるし、あいつの存在に助けられている所は
 大いにあるが、それでもやっぱり個人がシステムを担うなんざ、
 無茶な話だからな。だから、その点に関しちゃ、
 オレもあいつと色々話しているところだ。
 だが――」

そうして、彼の口から出た『沙羅先輩』という名を聞いて、
そうだな、と小さく返す。

「――沙羅か。あいつとは……まだ、あんまり話せてないな」

ふむ、と。顎に手をやったままレイチェルは思案する。
温泉で少し見かけてからさっぱり顔を合わせていないが、
近々連絡を取ってみねばなるまい。

レオ >  
「‥‥…
 変わらないと、不幸にしちゃう子がいますから。」

”変わる”という事を受け入れたのは、あの二人の少女が切欠だ。
一人は水無月沙羅。もう一人は……月夜見真琴。

あの二人の言葉が、結果的に自分の背中を押して、引くことの出来ない所まで進む事になった。
そこまで踏み込んでしまって、自分が変わろうとしない”怠慢”は、許される事ではなかったから。
変わる事を目指していくしかなくて。

だからこそ、余計に。
あの二人の事が気がかりでならなくて。

「―――――――僕と神代先輩は、ある意味似ているんです。
 自分を”物”と捉えてる節があって……レイチェル先輩の言う通り”システム”で在ろうとしていて。

 風紀の先輩――――月夜見先輩に、こういわれたんです。

 『そしておまえがもし、大切に想われることがあれば、
  おまえみずからのことも、大切にするように』

 …って」

自分の背中を押す事となった言葉。
だからこそ、思う事。

「……大事にしている人がいるなら、自分も大事にしなくちゃいけない。
 僕も…そう思います。

 それが出来ないと、相手を不幸にしてしまうので。

 ……神代先輩が負傷して生死の境を彷徨った時、沙羅先輩は……泣いてました。
 前に公園で見かけた時も…泣いていました。
 ………だから。」

ぎゅっ、と…拳を握る。
それは、他の人に比べて沙羅先輩に”思う所”があるからこその、小さな”怒り”

レイチェル >  
「……そうか。なら、頑張らないとな。
 傷つきながら、足掻きながらになっちまうかもしれねぇけど。
 お互いにな」

ただ一言だけを返した。

今までレイチェルは、想い人を――園刃 華霧という少女を、
自らを蔑ろにすることで、
そして本質を見ぬまま想いをぶつけることで、傷つけてきた。

だからこそ自らの在り方を変えることで今、
彼女を少しでも傷つけないように、
そして何より安心して貰えるように、努めているのだから。

「……真琴が、ね。ああ、真琴ならそう言うだろうな。
 そうだな。オレも、そう思うよ、本当に」

小さく、静かにレイチェルは頷いた。
頭に思い浮かべるのは、痛々しい傷痕の残る華霧の顔だった。
その顔を思い浮かべると、耳が少し垂れ下がる。

「……偉そうなことばっかり言って、弱いとこ見せないのは
 フェアじゃねぇ。だからお前に伝えとくんだけどな。
 
 オレも、かつて自分を――『レイチェル・ラムレイ』を
 大切にしていなかったことがあった。
 自分よりも、風紀《システム》に重きを置いていた。
 この島を、皆を、守りたいと思ってたからな。
 
 けど、『皆』なんてのは、一個人であるオレにとって、
 形のないものでしかなかったってのに。それで、な。
 本当に身近な、『大切な人』に手を伸ばすことすら、
 忘れかけてたんだ。それで、『大切な人』の命が失われかけた。

 実のところ、そんな情けねぇ先輩さ。

 でも、そんな情けねぇことをやらかした奴だからこそ、
 言えることもある。

 理央には伝えたよ。『鉄火の支配者』としてのみでなく、
 『神代 理央』の価値を信じろ、ってな。
 その価値をよく知ってる沙羅と一緒なら、きっと『神代 理央』
 として立てる日が来ると、そう伝えた。
 オレも、あいつの価値を信じてるからな。
 
 もしお前もそうなら、『神代 理央』に価値を見出すなら、
 先輩も後輩も関係ねぇ。一緒に支えてやろうじゃねぇか」

――『神代先輩が負傷して生死の境を彷徨った時、
  沙羅先輩は……泣いてました。前に公園で見かけた時も…泣いていました。』

その言葉は、レイチェルの胸にぐさりと突き刺さる。
そうと悟られぬように、彼女は静かに、
しかし力強く奥歯を噛み締めた。
その、悔しさも、悲しみも、全て受け容れる。
受け容れて、前に進まねばならない。
だから、レイチェルは視線を落とすのでなく、
レオの方を見据えたままに、言葉を紡いでいく。


「……お前、沙羅のこと大事に思ってんだな」

そうしてレオの拳を見た後に、しっかりと彼を見据えて
レイチェルははっきりと口にするのだった。

レオ >  
「……難しい、話ですよね。

 僕は…自分の事、正直好きじゃないんです。
 どうしようもなく、自分の事を思えば思う程に許せなくなる。
 『自分を大事にして』と言われても…即答できなかったんです。
 どうしようもない人間なのに、自分を大事にしていいのか…って。

 …今は、大事に想ってる人がいて……でも自分を大事にできる自信がないから、彼女が傷つかないように、彼女を気づ付ける事がないように……その事は、言わないようにって思ってました。
 …言ってしまったんですけどね。
 だから……」

だから、出来る気がしなくても、出来るようにならないといけない。
そうしないと彼女と共に居る資格が、ないから。
あの時”我儘”を言ってしまった自分の……義務なのだから。

少なくとも、レオ本人はそう思っているから。

「……沙羅先輩は、島に来る前に似たような方に会ってきたから、余計に。
 不死者…と言えばいいんでしょうか。
 僕が島に来る前にやっていた仕事は、そういう者たちと戦うのが基本で…
 …その分彼らが苦しむ所も、見ていたので。」

不死の者を見続けて感じ続けたのは、憧れよりも、憐憫。
死なぬ故に社会に適合できない者。
長寿故に想い人に先立たれる者。
生きている故に過去に囚われる者。
死なないからこそ、忘れてゆく者。
どれも見ていたから。幸福よりも…不幸を、見て来たから。

レイチェル >  
「ああ、簡単な話じゃねぇ。
 だから向き合うことを続けなきゃいけないんだ」

そして、続く言葉にはレイチェルは少々顔を顰める。

『どうしようもない人間』という言葉だ。

成程、『誰かの為に自身を変えたい』という想いに似通ったところはあれど、
根底的なところで今の自身とこの青年の思考は決定的に異なる事実に、
レイチェルは、はたと気付いた。

彼が『神代 理央』と似通っている点は、
何も自らをシステムの内に置いている点のみに留まらない。
『神代 理央』が語った想いを受け止めたレイチェルは、
その考えに至る

己に対する価値観の在り方こそが、
彼と神代 理央とを重ねる一つの通有点に他ならないのだろう。

――で、あれば、今。自分が抱く『己への価値観』とは。

己は、己をどう捉えるか。
胸裏に一瞬浮かぶ思考に省察を深めつつ、
レオが語る想いをレイチェルは呑み込んでいく。

「ま、もしも誰かに想われてるのなら……
 『自分なんかどうしようもない』なんて思っちまうのは。
 況してや、そいつを相手に向けて放っちまうのは……な」

己の愚行を振り返りながら、
レイチェルは奥歯を噛みしめる。
己を否定したその先、必然的に起こした行動は、
大切な人を傷つけてしまった。

否定する牙を奪われた獣は、何処までも無力だった。
だから間違いを犯した。
ならば、この場で行うべき――否。
行いたいことを、行わねばならない。

レイチェルは、ただ一直線にレオを見据える。
 
「オレはな。
 お前のことを深く知っている訳じゃねぇ。
 今こうして少しずつお前のことを知りつつある段階だ。
 
 けどな、面と向き合って話す中で、
 お前がオレに伝えたことに対して、オレの想いを
 伝えることはできるぜ。

 しけた面しても、
 それでも一生懸命に『不幸にしたくない子』に、
 『自分を変えたい想い』に、向き合おうとしてる。
 そんな姿勢を見せてくれたお前の価値を、
 オレは『信じたい』と思う。
 オレは、そういうお前の在り方を応援したいと思う。
 初対面でも、同じ風紀の後輩なんだ。
 そのくらいの応援《おせっかい》は許してくれよな」

そうしてレイチェルは、にっと笑う。
戦場に身を置かぬ己の価値を疑う『神代 理央』にも。
己を許せずその価値を疑う『レオ・スプリッグス・ウイットフォード』にも。
変わらず、レイチェルはそう口にする。


己の価値を疑う者に、否定《ほうよう》を。


気に食わないものは、否定する。今は、単純な否定から一歩を踏み越え、その先へ。
それが、今の『レイチェル・ラムレイ』の在り方だから、
否定と同時に、真っ直ぐに手を翳《のば》し、そして――手を広げる。
それは、時計の針と共にその形を変えようと、紛うことなき彼女の柱、
レイチェル・ラムレイの力の根源《ルーツ》であるが故に。

「そうか、不死者……不死者、ねぇ。
 沢山向き合ってきたからこそ、沙羅への想いも強いんだな」

頷き、レイチェルは彼の言葉を呑み込む。
似た境遇の者を多く見知っているというならば、
沙羅への想いが一段と特別なものとなることは、合点がいく。

レオ >  
「…ありがとうございます。」

己を『信じたい』と言った先輩に小さく、微笑んだ。






正直、その言葉すら。
自分を信じられる事すら、自分の肌を焼く酸のように苦しさを感じてしまった。
『信じる』という言葉は、期待や、願いだ。
自分に自信がない。自分という存在が脆く醜い。そう思っているからこそ…その期待、願いを、汚してしまわないか、壊してしまわないか、ひどく不安になってしまう。
前を向けられず、背に負ってしまえば、それは全て”重荷”に変わるのだろう。


自分を大事に出来ない人間が、自分へと向けられる善なる意志を……素直に受け止められる訳など、ないのだから。
自分へ向けられる刃にこそ心が安らぎ、逆に自分に向けられた善意に心を傷つける。
そんな異常性。反転しきった感覚を戻すのは、容易ではない。
だから、こそ。
目を逸らす時間なんてないのに、見ない事は……
そのままでいいという”怠慢”を許すのは、出来ない。
してはならないと、理解している。

「レイチェル先輩。
 ちょっと……”我儘”で嫌な話、してもいいですか?」

”我儘”は…この島に来てしばらくする迄、言えなかった。
それを言う資格がないから。
自分が大事に想えないから。
自分の心も、大事ではないから。
だから、我儘を……自己を通す事を、封じていた。


今はほんの少しだけ…違った。

あの白い髪の先輩に出会って。
あの金の髪の先輩に出会って。
あの不死者の先輩に出会って。
あの一人の女の子に出会って。

”誰かを想わずにはいられなくなって”
”その変化を、選ばないといけないと思ったから”

レイチェル >  
「オレの言葉、背負うのが苦しけりゃ、
 今は正面から受け取らなくていい」

――それでも、いつか受け取ってくれれば。

小さく微笑むレオに、軽く笑って見せるレイチェル。
自分の言葉一つで『自分を信じることができない』
考え方が変わるのなら、そんなに楽な話はない。
彼には彼の、積み重ねてきた人生があるのだ。
その中で刻まれた歳月が、彼の価値観を築き上げている。
それはどんな形であれ、尊重されるべきものだろう。

しかし、その価値観が彼自身を、そして彼が大切に想う人を
傷つけているのであれば。それは、気に食わない。

だからこそ、レイチェルは信じて言葉を渡す。
『重荷』が、いつか一つの『支え』となれば、と。

「言うだけ言ってみな、そういうの受け取るのが先輩ってもんだからさ」

遠慮すんな、と。
レイチェルはそう口にする。

レオ >  
『言ってみな』と、我儘を”許諾”され、そっと視線を落としてから、少し遠くを眺める。
模擬戦をする先輩達を見ている訳ではない。
どこか遠く。きっと、目の前にある事を、見ているのではない。

「……神代先輩が許せないんですよ。
 多分…怒ってるんだと思います。」

拳を握って、そう口に出した。
『許せない』
『怒っている』
と。

「……神代先輩は、何で…沙羅先輩と付き合っているんでしょうか。
 いえ…嫉妬では、ないです。
 神代先輩といっしょにいて、沙羅先輩が幸せであれば……それはとてもいい事だと思います。




 けど、だからこそ。
 神代先輩の事が許せないんです。

 沙羅先輩に、想われていると知っていて。
 自分も、沙羅先輩の事を想っているのに。
 それなのに沙羅先輩の事も、自分の事も、大事にしない。
 僕には、そう見えてしまっている…」




             『そしておまえがもし、大切に想われることがあれば、
              おまえみずからのことも、大切にするように』




胸に刺さった、言葉。
自らが変わらねばならないと思う切欠となった言葉。
自分がそう思っていたからこそ、心惹かれた相手になんでもない者として扱われたくて。
しかし彼女の事を知ったからこそ、それを抑えきる事が出来なくなって。
変わる必要があると強く思った、その切欠の言葉。


「………不死者にとっての死は、自分が含まれないんです。
 ただ、死を見るだけ。
 自分はどうしても、そちらに行けない。
 
 この世界には色んな宗教があって、その多くでは死んだあとの世界とか、転生とか……”死んだ後の希望”が、教えとして存在します。
 黄泉の国、天国、輪廻転生、冥府……
 不死者は何処にも行けない。
 ”終わる事を望めない。”
 次は、終わりは、何時、来るのか。
 長くて100年そこらで終わりが来ると決まってる人間(僕ら)と違って、その終わりが何時くるかも分からない中で……大事な人が出来て、大事な事が出来て、それら全部が、何時か自分の傍からなくなっていって……
 それを……乗り越えてくれとか、耐えてくれとか…何時か通り過ぎると言うのは…
 僕にはあまりに、酷に思えてならないんです。

 だから、こそ…」

不死の者を。沙羅先輩を。
大事にしてほしい。大事にするために、自分を大事にしてほしい。
なのに……

「……神代先輩、退院してすぐに落第街にいったんですよね。
 今起きている朧車の怪異退治にも、参加しているって…聞きました。

 …なんで」

拳を強く握る。
言葉が震える。
あぁ…
やっぱり”怒っている”んだ、僕は。

「”なんで、あの人はみんな不幸にするんですか”」

レイチェル >  
「ふぅん」

怒りの感情を顕にするレオに対し、レイチェルはといえば、
穏やかに笑みを浮かべて目を閉じ、深く頷くのみだ。
そこに軽蔑や嘲笑の色はなく、ただ彼の感情をしっかりと
受け止めるように
 
「お前の怒りはきっと正当なもんだよ。だから……
 そいつを聞くのは『嫌』なことなんかじゃねぇさ。
 
 本当に、大事に思ってるんだな。
 沙羅のことも――そして、理央のことも。
 お前みたいな奴が風紀に入ってくれたのは、
 頼もしい限りだ」

レイチェルとて、思うところはある。
『神代 理央』と話をして、彼が退院したその後。
すぐに落第街に行き、更には朧車の討伐にまで向かった話も
聞いている。
その行動は何も変わっていないように見える。
怒りの感情を覚える者を、咎めることなどできまい。
レイチェルとて主たる感情は彼を『心配』する気持ちだとはいえ、
彼の抱くそれと同質の感情を抱いていないと、
真っ向から否定はできない。


「時間が必要なんだ。人は簡単には変われねぇ。
 特に理央が背負ってる呪縛は……簡単には解けやしねぇさ。
 鉄火場に居なければ、存在する価値がない……理央は、
 そんなことを真面目に考えちまってるんだ」

自らもまた、呪縛を背負っている。だからこそ、分かる。
愛する者ができたとて、自らが抱えてきた柱をそう簡単に
投げ捨てられるなんてことは、きっとない。
迷いながら足掻きながら、
そうしてやっと向き合えるのだろう。

「誰かを不幸にしていることに、なかなか気付かねぇ
 ……そんな不器用な奴も居るもんさ」

それは、レイチェルがそうであったように。

「じゃあ、『レオ』はどうしたいんだ?
 あいつに怒りをぶつけに行くか?
 もしそうだとして、止めはしねぇが……
 結構な茨の道だぜ、そいつは」

荒療治が簡単に効く男ではないだろう。
ならばやはり、彼の『価値』をよく知っている者――
他の誰でもない、沙羅だけが彼に気付かせることができる筈なのだ。

しかし――

「――だからといって。
 あの呪縛は、沙羅一人に背負えるもんじゃねぇ。
 ただでさえ、不死者の呪縛を背負っているんだ。
 お前が心配する通りにな。
 だから、互いに向き合うのは骨が折れるだろうよ。
 
 そんな中で、オレ達ができることは……
 
 ただ『信じて』あいつらを『支える』ことだと思ってる。
 
 理央が沙羅に、そして……沙羅が理央に。
 互いに向き合うことを支えることしか、オレ達には
 できないんじゃねぇかな。
 
 甘すぎるって、言われるかもしれねぇけどな。
 それでも、オレはそうしたいと思ってる。
 だから、近々沙羅ともじっくり話すつもりさ」

レオを見る紫瞳には、確かな意志が宿っていた。
その上で、口の端を緩めてレイチェルは彼へと問いかける。

「改めて聞くぜ、レオ。お前はどうしたい?」

レオ >  
「…そう、ですね」

分かっている。
これは”我儘”なのだ。
自分も変われてはいない。
なのに相手の事をとやかく言う資格なんてない。
神代先輩だって、時間が要る。

問題は……
今まさに沙羅先輩の方が限界に近づいている事。
いや、限界に達しているだろう事。
だからこそ、急く気持ちがあるのだろう。
勝手に踏み込んで、怒っているのは、そんな”我儘”で。

「実際のところ、どうすればいいと思いますかね…?
 
 …僕も、神代先輩がそういう…なんといえばいいんだろうな……
 僕とも違う、”抱えてるもの”があるのは、わかります…
 それが僕と同じで、簡単に変えられない事も…

 でも、何か……

 変われないなりに、二人を……どうにかしたい、っていう気持ちが、あって。

 これも、自分勝手な言い方になるんですが…
 僕の…好きな人は、沙羅先輩と親しいんです。
 だから、沙羅先輩が苦しんでいったら…多分、その子も苦しむんじゃないか、って。
 そんな気持ちも、あるんです。」

大事な人。
そう言ってはいたが、きっとそれがどういう意味か、なんとなく悟られているだろうと思ったから、包み隠さずに言う事にした。
あの二人だけの感情ではない。他にも関係する事。
自分にも、関わる事になった事。

「……僕は自分を大事に出来ないし、今まで戦いの中で生きていたのもあるので。
 神代先輩が危険な場所にいる事も、戦う事も、否定できないし、むしろ……間違ってないと思います。
 戦う人が必要なのも事実ですし。
 その上で死ぬ人がいるのも、仕方ないですし。
 それが敵じゃなくて、自分や…味方かもしれないのも、当然です。
 それを変えるのも違うと思います。
 
 だから、その上で……
 沙羅先輩の苦しみと、神代先輩がまだ変われない事の間で……
 どうにか、出来る事がないかって……」

レイチェル >  
「理央《あいて》のことを、どうにか救ってやりたい。
 理央《あいて》の在り方がどんなものだったとしても、
 そうしたいと願い続けること自体は、
 きっと間違いなんかじゃねぇ。
 後はやり方次第だ。……ま、そこが難しいんだけどな」

それは穏やかな声色でありながら、重々しく響く音だった。
レイチェル自身も今まさに華霧との関係の中で
向き合おうとしていることだったからこそ、そのように
響くのだった。何かしら裏に思うところがあることは、
レオにも伝わったことだろうか。

そしてレオが語る、彼が怒りを抱くもう一つの理由。
自分の大切な人とも無関係ではないからこそ。
二人だけの関係ではないからこそ、踏み込みたいのだと、
その思いを真剣な表情で受け止めたレイチェルは、
彼を肯定する言葉を返す。
 
「自分勝手な言い方、ねぇ。
 別にいいんじゃねぇの、自分勝手で。
 誰かを救いたいが為に抱く『我儘』だってんなら」
 
誰かに向けて、手を翳《のば》すこと。
それが自分自身への救いになることは往々にしてある。
 
レイチェルの場合。
圧倒的な力を前に傷つけられていく人々。
大切な人を失う寸前に、思わず泣き叫ぶ人々。
そして、目の前で死んでいこうとする人々。
色んな人々に会って来て、その度にこの身は異能《きせき》を
引き出した。

目の前で起こる見たくない結末を否定する為に、
『レイチェル・ラムレイ』は手を翳《のば》し続けてきた。
それは、どう突き詰めても『我儘』でしかない。
だからこそ、レイチェルはレオの『我儘』も肯定する。
精一杯の言葉で、受容する。

「『我儘』は時に誰かを傷つけるかもしれねぇが、
 それでも誰かを救う『我儘』だってある。
 
 お前が自分勝手だと考えてる我儘は、
 誰かを救い得るかもしれねぇ我儘だろ。
 
 だったら……オレからまず言えることは、
 その大事な人達を『守りたい』『救いたい』っていう
 『我儘』を、自信もって貫いていけってことだ。
 
 二人をどうにかしたいって思うなら、
 どうにかする為に足掻いてみせろ。
 それが『我儘』言う奴が背負うべき『責任』ってもんだ」

簡単なことじゃねぇけどな、と呟きながら。
ふっと笑う、後頭部に腕を回すレイチェルの視線は
天井に向けられる。

誰かを救うための『我儘』。
それは、レイチェルの根源《ルーツ》であったにも関わらず、
システムに埋もれる内にすっかり忘れ去ってしまっていた
根幹。山本 英治という男によって再び呼び覚まされた、
『レイチェル・ラムレイ』が抱く彼女らしさだ。


「その上で、具体的に何すりゃ良いか。
 今のお前にアドバイスするとしたら……そうだな。

 まずはお前がしけた顔するのをやめることだ。
 その微笑みの裏にあるお前の悩みを、
 一度吹き飛ばしちまうことだ。

 誰かを安心させたいと思うなら、
 まずはお前自身の気持ちを晴らさなきゃな。
 その為なら、オレは協力するからさ。
 その上で、沙羅や理央を支えていけばいいんじゃねぇか。
 お前の想いを伝えればいいんじゃねぇか。
 オレも丁度……大事な奴のことで、
 色々思うところがあったところだ」

そう口にして、レイチェルは立ち上がる。
そろそろ、休憩の時間は終わりだ。

「……手始めに、オレと模擬戦、やってくか?
 気持ちもちょっとは晴れるだろうよ。
 安心しろ。
 お前の気持ち、オレが受け止めてやるから」

遠慮は要らねぇから、と。
レイチェルは肩を大きく回して彼を見下ろした。
神秘的な輝きを湛えたその顔は、爽やかな笑顔に満ちていた。

「……あ、ただし模擬戦用の武器で頼むぜ。
 オレにも大事な奴らが居て、
 無茶しねぇって約束しちまったんだ」

金髪の少女はそう口にすれば、後頭部に腕を回して
冗談っぽく笑うのだった。

レオ >  
「―――――奇遇ですね。
 僕も、同じことを”頼もう”と思ってました。」

彼女の言葉に、少し笑った。
自分も、同じ事を考えていた。
だから、少しだけおかしかった。

人に”頼る”のを否定していたのに。
いざ頼ろうとしたら、先に頼ろうとした事を切り出されたから。

今、どうしたいか…

何をすべきなのか…

それを考えた中で。
辿り着いたのは”自らを鍛える”事だった。

「……僕の刀術、孤眼心刀流って言うんですが。
 徹底的に殺人…怪異とかを”殺す”為の刀術で、”不殺”にはハッキリ言って向かないんです。
 それに、不死斬りの力もあるので…
 沙羅先輩であっても神代先輩であっても、力づくで止めるなんて事になったら……僕が本気で戦えないか、本気で戦って殺める、もしくはひどい怪我を負わせかねないんです。
 ただでさえ、剣だと上手く戦えないので……余計に。

 だから…”殺さない戦い方”を覚えたいな、と。
 一つだけ……それに向いてる技があるんです。
 単純だけど、上手く使えるようになりさえすれば”殺さず、必要以上に傷つけず”に無力化できます。
 ただ、今は実力が低い相手にしか通用しないので……
 それを本気の戦いで、使えるようになりたいんです。」

そういって、中指を親指で抑え、力を”溜め”て。
少しだけ自分の魔力を中指の先端に集めて、遠くにある、自主練用の的の方に向ける。



そして、弾く。


―――――タァンッ


魔力の探知ができる人間なら、指先で溜めた力を解放して魔力の塊を”弾いて飛ばした”のが分かるだろう。
銃弾のように、それが真っ直ぐに飛び…的を穿った。

「…”これ”ですね。
 『指銃』って言われる基礎鍛錬の応用技なんですが…
 剣と違って威力の調整もかなり可能です。
 魔力を纏わせれば、見ての通り…遠距離からでも攻撃できます。
 威力は…直接当てるよりも弱くなりますけど。


 ……実戦で上手く使えるようにできますか?」

目の前の、眼帯の先輩にしっかりと、聞いた。

レイチェル >  
同じことを頼もうと思っていた、とレオは語る。
その言葉には無言のままに、ただ目を閉じたまま笑みを返す。

「力づくで、ね……ま、そんな事態にならねぇことを
 先輩としちゃ望むけどな」

人差し指で頬を撫でながら、レイチェルは、はは、と。
小さく笑うのだった。
 
「それでも、最悪の事態は想定すべきだし、
 その時にはお前の……
 『我儘』とその『覚悟』が必要になるだろうよ」

レイチェルは歩き出す。
同時に外套が、穏やかに揺らめいた。
 
「でもって、お前が殺さない戦い方を鍛えるっていうなら、
 それは今後も風紀委員としてやっていく中で必ず役に立つ。
 喜んで協力させて貰うぜ」

そう口にした後、的の方に当てられた一撃を、レイチェルは
目で追う。それが魔力の塊であると、すぐに分かった。
今でこそ魔術は使えないが、『レイチェル』になる前は、
魔術師を目指していたことだってある。


「……実戦で上手く使えるように『できますか』だと?」

レイチェルは立ち止まり、最後にレオの方へ振り向いた。

そうして、不敵に。しかし、何処までも優しく笑うのだ。

レイチェル >  
 
「できるようにするさ。してみせるさ。
 それがお前の問題に首突っ込んだ『オレ』の、
 そして……『先輩』の責任だからな――」

満面の笑みを見せて、レイチェルは再びレオへ背を向けた。


「――ほら、行くぜ。
 覚悟しろよ、オレの訓練はハードだぜ。
 足腰立たなくならねーように、気をつけな」

金髪のダンピールは、冗談っぽく笑う。
その激しさは、鬼と呼ばれるほどに。


それでも、その激しさの所以は――。

レオ >  
「なら――――――」

びっくりするくらい、綺麗な笑みを浮かべた目の前の”先輩”を見て。
あぁ…本当にこの人は、あの”先輩”にそっくりだな、と心の中で思った。

笑顔が眩しい。
自分の中のものと、向き合う力がある者の、強い顔。
優しさと、強さを持って……
だからこそ。

彼女に、最初に”自分の事”で頼ったのかもしれないな、と。
苦い記憶の中に埋もれながらも煌めく、思い出を一つ、拾いなおした。

「――――よろしくお願いします。レイチェル先輩。」

模擬剣を手に取り、長椅子から腰を上げ……先に待つ”先輩”の方へと、歩を進めた。

ご案内:「風紀委員専用訓練フロア」からレオさんが去りました。<補足:ベージュの髪に風紀委員の制服。風紀委員の新参。>
ご案内:「風紀委員専用訓練フロア」からレイチェルさんが去りました。<補足:金髪の長耳風紀委員。眼帯と学園の制服を着用。>