2020/10/11 のログ
ご案内:「常世寮/女子寮 部屋」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と風紀委員の制服を着用。>
ご案内:「常世寮/女子寮 部屋」に園刃 華霧さんが現れました。<補足:黒のチノパン シャツ ファー付きのジャケット 黒いチョーカー>
レイチェル >  
「はー……今日も何だかんだで一日終わったなー」

レイチェルの自室。
その中央には丸テーブルが置かれている。
以前までは無かったものだが、少し前に買ってきて、
ここへ置いたものだ。ふぅ、と一息をついて座椅子に腰掛けると、
両腕を後頭部へ回し、一度深呼吸。

時刻は18時を過ぎたところだ。
近頃は風紀の仕事を分担し、早めに帰れるようにしているため、
このような時間に帰ってくることも珍しくないのだ。
あいつに、無理をしないと約束したのだ、守らねばならない、と。
そんな思いから来るレイチェルのそんな行動は既に習慣化していたのだった。

「華霧……話してあげたら、か……」

はぁ、と。少しばかり悩ましい想いが籠もった息が漏れる。

『寂しがり……ですか?
 ……なら、もっと会って話してあげたらどうですか?』

少し前に、沙羅と会って話した時に言われたことを、思い出していた。
あれから何度か連絡をとろうとしたが、真琴から華霧の秘密を
伝えられていたこともあり、少しばかり悩んでいて、それで今に至る。

――ま、悩むなんざオレらしくないって、分かってんだけどな。

それでも。
華霧を前にすると、華霧のことになると、
『レイチェル・ラムレイ』が解けてしまう。

そんな事実に頭を抱えながら、
天井を見つめて時計の針の音を聞いていた。

「会って、話してぇな……」

ぽつり、と。そんな言葉が口から漏れた。

園刃 華霧 >  
「ンー……チっと、慌てスぎカな……?」

女子寮の一室の前まで来て、ちょっと考え込む。
話をしておきたい、とは思ったけれどアポ無し突撃ってのもな……
と、流石にアタシも思うわけだ。

「つッテもナー……」

此処まで来て帰るのも、如何にも間抜けだ。
そも、多分電話で話せそうにないことを話そうと思ったわけで……

………
……


「アー、やメやめ。
 ヨシッ」

考えることをやめた。

ということで、とりあえずノックだ。

レイチェル >  
ノックを受ければ、耳がぴくりと跳ねる。
この部屋、来客はそう多くはない。
一体誰が来たのだろうと、胸の内でレイチェルは思案する。

「開いてるぜ~」

そう口にしながらさっと立ち上がれば、
肩を回して玄関の前まで歩いていくレイチェル。
踏み出す一歩と共に、金の髪がゆったりと揺れて流れる。

「どちらさんだ?」

次元外套に右手を忍ばせつつ、玄関前まで行って確認する。
これは完全に、レイチェルの癖――生まれ育ってきた
環境から来る習慣が、今でも残っているのである。

園刃 華霧 >  
「はイ、コチラさんデすよーット」

いつもの感じの声が聞こえてくれば……
あれ、これで良かったかな?と、ちょっと思案しながらも答える。

どうも人のところに行くも来るも慣れない。
不法侵入ならそれなりに経験はあるが、まさかその流儀でいくわけにもいくまい。

「入るヨっと」

ノブを握り……
少し警戒気味に開ける。

あ、やば。不法侵入時の癖だなこれ
まあいいか……

レイチェル >  
「か、華霧っ!? ド、ドーゾ、ナカニ……」

その長い耳が驚くほど跳ねた。
そして思わず強張ってしまった喉からは変な声が出てしまう。

思わぬ来訪者にどくん、と強く脈打つ心臓抑えようとするように
左手を胸にやりつつ、ふぅ、と一息つくレイチェル。

心が引き締まるような、解けてしまうような。
そんな不思議な感覚を覚えると同時に、レイチェルは
忍ばせていた空の右手を外套から引き抜く。


そうしてレイチェルは頭を軽く振って、続く言葉を投げかける。

「あー……普通に入って来てくれていいぜ」

警戒しながら客を出迎えようとしていた口から出た言葉がそれである。
両者が育ってきた環境から来た癖が、どこかぎこちない、
ちょっと不器用な来訪を形作っていた。

「今日は、どうしたんだ?」

そんな言葉をかけながら、レイチェルは笑顔で
彼女を自室の中へ案内する。

部屋の真ん中の丸テーブル。そこには3つの赤い座椅子があって、
ゆったり座れるようになっている。
そこを手で示しながら、レイチェルは華霧にそう問いかけた。

園刃 華霧 >  
「ァー……ンじゃ、遠慮なく……」

考えてみれば、招待なしに人の家に行く、なんて初めてだな……
ああいや、不法侵入はおいておいて、おいておいて、だ。

といって作法なんかあるわけでもないだろう、と決め込んで、
とりあえず上がりこんでみる。

「ンー……いヤ、ンー……」

どうしたんだ、と言われたら唯一つ。
様子を見に来たのと……

「前の、約束……大丈夫かナって、ナ?」

そういえば、言うだけ言ってまだ実行に至っていない。
そんな約束が気になっていた。

我慢させっぱなしならよくない。

にしても、整った部屋だな……らしいっちゃあらしい

レイチェル >  
「約束……それで、来てくれたのか。ありがと、華霧。
 何か飲むか? えっと、今あるのは……オレンジジュースか
 トマトジュース、牛乳、緑茶……あとは珈琲ってとこか」

純粋に、その心遣いがレイチェルは嬉しかった。
きっとこの相手は純粋に心配してくれている。
嬉しかったのだが、それでも。気にかかるところはあった。
今日は、そのことについても話すことになるのだろうか。
そんなことを頭に思い浮かべながら、レイチェルは先に冷蔵庫へと
向かう。

白くて丸い木製テーブルの上には、本人の間食用であろう、
様々なチョコレート菓子が沢山入った袋が置かれていた。

「約束……血のこと、だな」

確認するように、そう告げる。
華霧は自分の身体のことを知って、血を吸わせてくれると
言ってくれた。

「今は、大丈夫だ……色々あってな。
 今まで、ずっと人工血液を飲んでたんだ。
 
 でも、人工血液じゃ、生の血と同じような成分だとしても、
 どうやらオレみたいな吸血鬼にゃ、
 劣悪な代替品でしかなかったらしい。今回のことで分かったよ。
 だから、血液不足が……ずっと蓄積してたんだと。

 ……吸血種や、
 血液を媒介にする魔術を使う奴らの為に、献血をしてる
 慈善団体がこの島にあるらしくて、その血を紅蓮っていう
 先生から貰ったんだ。お陰で少し持ち直したけど――」

冷蔵庫を覗き込みながら、レイチェルはそう返した。
冷蔵庫の中のトマトジュースの赤が、やけに鮮やかに目に映った。
そして。隠し事はしたくないと、華霧へ続く言葉を伝える。

「――何の因果かしらねぇが。その血は、真琴の血だった」

その事実だけをまずは伝えて、レイチェルは2つの
マグカップを洗う。
マグカップにはウィンクをしているネコマニャンが描かれていた。

園刃 華霧 >  
「ン……別に、なんでも。」

飲み物に拘りはない。
強いて言えば、ドロドロの珈琲なんかは昔のことを思い出して懐かしい、くらいだろうか。
もっとも、そんな珈琲はあまり世間では好まれないようで久しく飲んだことはない。

けれど、別に懐かしがって飲むものでもないし……好み、というのとも違うだろう。

「そウ、血のコと。
 結局アレから全然ダしサ?」

同居を断った負い目もあって、なんとなく此方から確認しづらかった。
だが。

今は、また色々バタバタする中で、気になって仕方なく……とうとう我慢しきれなくなった、ということだ。


「人工血液、ネ……
 で、今はナマっぽいの飲んデて大丈夫ってコと?」

言われれば納得はある。
人工、なんて所詮どこまで言っても偽物は偽物なのだ。
不具合があってもおかしくはない。



「へ? マコト?」

真琴、といえば……互いに知っている人物であれば。
あの真琴しかいないだろうけれど……
そうか……アイツ……

なるほどなぁ

レイチェル >  
「分かった。それじゃ、オレンジジュースにしとくな。
 これ、結構美味しいんだよな~」

洗ったマグカップに『キュー』と書かれたラベルの貼られた
ペットボトルを傾ければ、魅惑のオレンジ色が注がれていく。
そのまま丸テーブルへことり、と置けば、レイチェルは座椅子に
腰掛けた。
胸の下で腕を組んでリラックスした姿勢をとりながら、
華霧の方を見やり、レイチェルは言葉を返していく。

「そーだな、あれから全然だった。
 お前から……一緒に住むの断られたあの時が、最後だったな」

同居を断られたあの日のことは、ずっと覚えている。

『正直、これまでの無茶がたたったりとか……
 ちゃんと相談してくんなかったりとか。
 アタシは、とても、気に入らない――』

脳内で、あの時の華霧の声が改めて響く。 

『――だから、ちゃんと大丈夫ってアタシが納得できるまで。
 レイチェルんとこ行くのは無しだ』

彼女のその言葉は、ずっと胸に刻んでいた。
ずっと覚えているからこそ、今日まで在り方を変えてきた。
彼女を心配させない為に。傷つけない為に。

だって、それこそが――


「ま、そういうこと。前に比べりゃマシになった。
 ……完璧って訳じゃねーが」

そう口にしながら、レイチェルは言葉を返す。
ここで突然出した、真琴の名。華霧も意外だったのだろう。
説明を加えていく。

「……オレ達吸血鬼は、ある能力を持ってる。
 血を吸った対象が、自分に強い想いを持っていた時……
 夢の中で、繋がる能力だ。意識せずとも、な。
 
 そこで、あいつのこと色々聞いたんだよ」

園刃 華霧 >  
「ふぅん?」

飲めればいいや、の精神だったり、物珍しいほうがいいや、精神だったりで、
だいたい飲み物は目についたものを買っていて同じものを何度も続けて、はあまりない。

そんな自分からは、そういう発言は新鮮だったり。
いや、結構みんなそうしているのは知っているんだけれど……

まあそれはそれとしてとりあえず、レイチェルの対面に座る。
いつものあぐらで、リラックス。


「ン……まぁ、ネ」

改めて言われると、ちょっぴり気まずい。
あの時の自分の言葉を思い出すと、自分にも突き刺さる。
いっそなかったことに、とも思う瞬間がないわけでもない。

しかし、同居人からは逃げるな、というありがたいお言葉をいただいているので
この程度でくじけるわけにもいかない。


「ヤっぱ、完璧、ではナいのネ。
 まァ……そう、都合よクはいカないカー……」

それでも、落ち着かせる方法があるのに越したことはない。
先々のことを考えても……


「ふ……ん……?」

血を吸った対象が、自分に強い想いを持っていた時……
夢の中で、繋がる能力

そこで、あいつのこと色々聞いた

ああ……なるほど。
だいぶつながった。

そういうことだったわけだ

レイチェル >  
「ま、飲んでみな。華霧も、結構気に入るかもしれねーし」

そのジュースは、果汁の美味しさをたっぷりと感じられる濃厚な
オレンジジュースであった。しかし、それでいて後味がすっきり
している、とても飲みやすいオレンジジュースだ。一部では果汁
の主張が強すぎる、などといった意見も出ているようだが、レイチェル
は好きだった。


「……すまねぇな。あの時のこと、気にしないでくれていい」

気まずそうにしているのは、彼女の纏う雰囲気からそれと知れた。
だから、レイチェルはそう口にして困ったように笑うのだった。
笑って、笑って、耳が少しだけ垂れ下がった。

「オレは、在り方をちょっと変えられたし、自分がどう在りたいかも
 分かってきたからさ」

自分がどう在りたいか。なぜ、そう在らねばならないか。
そのことを、ずっと考えていた。
その答えは今、彼女の内に出ていたから。

「……夢の中もそうだけど、あいつとはきちんと話したよ。
 オレがアトリエに行ったの、聞いてるだろ。
 あいつとは色々あったけど、何とかまぁ……また、
 前に進めそうな気がしてる。

 悪ぃ、ちょいと複雑な話になっちまったな。でも、これは華霧に
 話しておかなきゃって思ったんだ。隠し事したくねーからさ」

そう口にするレイチェルだったが、その胸の内は――

レイチェル >  
――どう、しよう。


一つだけ。
たった、一つだけ。
口にすべきか迷っていることがあった。

本当に渇きを癒やす為には、
今のままでは足りない。
その、理由を。

レイチェルのような吸血鬼にとって、
吸血は一種の愛の儀式である。

血であれば、何でも良いという訳ではないのだ。
渇きを癒やすには、直接口にする想い人の血こそ最も身体に馴染む特効薬となる。

最も効率が悪いのは人工物。
一度体外に出された血液は人工物よりもマシではあるが、
それでも実際に直接血を吸うそれよりも、格段に効率は悪い。
その場しのぎでしか、ないのだ。

要するに、真琴の血のお陰で幾分か持ち直したが、まだまだ本調子
ではなく、渇きは続いているということ。
本当にその渇きを癒やす為には――他でもない、華霧の血が必要だということ。

そのことを、伝えるべきかどうか。
レイチェルは、悩んでいた。

無理してほしくない。傷ついてほしくない。
目の前の相手に、そんなことは望んでいない。
貰うんじゃなくて、与えたいと思っている。

けれど。

『ちゃんと相談してくんなかったりとか。
 アタシは、とても、気に入らない。』

再び、頭に響くその言葉。
目の前の相手を裏切ることだけは、したくない。

ならばきっと、それがいつになるか分からないが、
必ず伝えなくてはならないのだろう。

園刃 華霧 >  
「んじゃ、まァ……遠慮ナく……ん。
 へぇ……確か二、悪クなイな」

差し出されたジュースを飲んでみる。
うん、美味しい。
それなのに、悪くないって感想もないもんだが、これは口癖と言うか……
良いもの、という感覚があまりまだわからないから仕方ない。

でも、それはそれとして。これは覚えておいても良いかもしれない。


「在り方……?」

あの時の問答は、そう。
結局、頼ったり相談してくれなかったりという目の前の相手に反発してのこと。
であれば、その辺のことだろうか。

しかしそう考えると、なにか強要したようでそれはそれで気まずいが。
まあ……うん。やめよう。
気まずい地獄に入りそうだ。


「あァ、まァ……うン。
 その辺は、ナんとナく……うン。」

マコトからあらましは聞いている。
流石に、夢、なんてちょっと荒唐無稽な話は聞いてなかったけれど。
……流石に説明しづらいもんなあ、それ。

濁されているけれど、深い話もアタシは……
けれど、あれは……そう話すものでも、ないだろうし。


「じゃ、体調は今ンとこ大丈夫ナんダね?」


再度、確認をする。

レイチェル >  
オレンジジュースを気に入った様子は伝わったのか、レイチェルは
心から嬉しそうに笑うのだった。

「そ、在り方。
 最近のオレってほんと、自分のことも相手のことも
 見てなかったなって。特に、自分のことだ。
 お前のお陰で気付けたよ。誰かを大切にしたいなら、
 まずは自分から大切に、ってさ。
 始まりはお前との約束だった。そいつが、オレに考える
 きっかけを与えてくれた。その、ありがとな」

華霧だけではない。この島を守っていく立場にあるならば、
まずは己の身をしっかりと持たせなければならない。
当然のことであるが、どうにも自分の呪縛がそれを邪魔してしまう。
今でも呪縛はこの身にある。
それでも、少しだけマシになった気がする。
それは、華霧との約束のお陰だと、レイチェルは感じていた。
だから、満面の笑みで礼を言う。

そして。再度の問いかけ。


「今の所は、ああ。大丈――」

そこまで口にして。
胸が、ずきりと痛んだ。

そうして、レイチェルは沈黙する。
先の思案が、再び脳内を駆け巡る。
華霧の顔を見て、そして自分の内側から溢れる渇きに向き合って。
そうして。

困って、困って、困って。
レイチェルの視線が段々と伏し目がちになっていく。


――、を。

レイチェル >  
――何、を。

拳を握って、軽く頭を振った。

――何を、考えてやがる。

前を見る。しっかりと華霧を見る。

――そうじゃねぇだろ。

浜辺での、独房での、華霧の言葉をはっきりと思い出す。

――華霧の覚悟を、心配を、穢す訳には。

『つまり、アタシは馬鹿も無茶も上等ダ!
 必要なときハ、みっとモなく泣いテでも
 アタシのトコ、絶対、来いヨ……!
 いいナ!忘れるナ、レイチェル!』

――忘れて、ねぇよ。忘れて、ないから。

ぽつりと、みっともなく。
それでもしっかり華霧を見据えて。
レイチェルは口にする。

「……本当は、ごめん。伝えてないことが、一つだけあるんだ」

一旦そう口にして、レイチェルは華霧の反応を待った。

園刃 華霧 >  
「見てなカった、かぁ……そっか。
 そうダなあ。
 ほんト、使命、だっタりなんだリに追わレて、自分が見えてなイ連中が多イよなあ。」

やや呆れたような口調。
特に、身の回りに多すぎるのではないか、という気がしてならない。

「まあ、それが見えルようになッタだけでモ上等なんだロうな。
 うん、悪くナい」

にへら、と笑う。
大事な友人が、救われたのならこんなにいいことはない。
嬉しくなってくる。


「ぇ……?」

大丈夫、と言いかけて止まる友人。
その視線がどんどん下がっていくのを、ただ見つめることしかできなくて……

ああ……
やっぱり……
だめなのか……


「……」

つたえてないこと
なんだろう

「……もし よければ
 おしえて」

ぽつり、と言葉を返す。

レイチェル >  
レイチェルは、全てを伝えた。
静かに、弱々しく、しかし視線を逸らすまいとしっかり前を見据えて。
そうして、最後にぽつりぽつりと、一番大事なことを伝える。



「結論を言うと……その……恋……をしちまった吸血鬼は――」



大切な人を怖がらせたくなかったから、
傷つけたくなかったから、無理して欲しくなかったから、ずっと隠してきた。
レイチェルが華霧に隠していた、その最大の秘密を。



「――好きな、人の血がないと、生きていけないんだ……」





――ああ。分かってる。こんなこと、伝えたくない。

好きな人の血を吸わない限り、ずっと渇き続ける。
その呪縛は、純粋すぎるレイチェルには猛毒であった。

――でも、裏切る訳にはいかねぇんだ。

恋に気付いた時。
自分が一人で我慢していれば良いだけの話だと思っていた。

しかし、今レイチェルの身体はボロボロに傷ついていて、
このままでは長くはもたない。それは、医者から聞いていた。

だから。
彼女を本当に安心させる為には、
彼女を傷つけなくてはならないのだ。


いつしか、紫瞳は潤いを帯びていた。


「……華霧に、伝えてなかった……秘密は、これで全部……」

弱々しく眉を下げつつも、
それでもレイチェルは一生懸命華霧を見ていた。
見据えていた。
みっともなく、縋るように。
それでも、まっすぐに。

園刃 華霧 >  
「あぁ……」

吐息のような声

「そう なんだ」

いいかけて いえなくて
ようやく ことばにされた
それは

「ねぇ」

――好きな、人の血がないと、生きていけない
――……華霧に、伝えてなかった……秘密は、これで全部……


「……ほんとに、それで全部、なんだよね?」

縋るような
それでいて真っ直ぐな
その瞳を見ながら

静かに聞いた

レイチェル >  
「……あと、伝えてなかったこと、は……。
 ……昔みたいな、治癒能力がほとんど無くなっちまってんだ。
 前はちょっと怪我したり、内蔵にダメージが入るくらい何とでも
 なってたんだ。
 
 でも、医者から言われたよ。今のオレの身体、さ……。
 中途半端に治ってるところが、あるって……。
 それで、余計に身体がボロボロになってるんだって」

袖で、ぐっと涙を拭いて。
大事なことを伝え終わったレイチェルは、そう口にした。

 
「オレの身体と、血のことに関しては……
 こいつで全部……だと、思う。隠してて、ごめん……。

 華霧を傷つけたくなかったから。
 いや、それだけじゃねぇ。
 
 吸血のことに関して言えば、
 拒否された時、自分が傷つくのも怖かったから。
 そんな卑怯な気持ちがあったから……
 だから、伝えられなかった」

再び少しばかり伏し目がちになるが、それでも続く言葉は
力強く。レイチェルは、華霧に語る。
 
「でも、お前の言葉を思い出して、裏切る訳にはいかねぇって
 思った。オレのことを心配してくれてるお前に、このことを
 伝えない訳にはいかねぇって、そう思ったから……
 だから、オレが知ってるオレの身体のことは、
 全部伝えたつもりだ」

こうして秘密を打ち明けて、それでも前を見据える強さを
華霧をはじめ、周りの人達に貰ったから。
だから今、レイチェルは『レイチェル・ラムレイ』としてここに立てる。


華霧を前に、真実を伝えることを躊躇してしまう弱い自分を、否定できる。

園刃 華霧 >  
「内臓の……あぁ……それは、うん。
 前に、聞いた、な……」

病院でひと悶着を起こした時に伝え聞いた話だった。
あれも、もう随分と前のような気がする。

すでに知っていたことではある、が。
本人の口から改めて聞かされると、妙な実感を伴ってのしかかってくる。

でも、それはすでにわかっていること。
まだ、なんとか耐えられる。

「いや……いい。
 うん、いいよ。
 話すの、辛いだろうにさ。
 話してくれたんだし、さ。」

涙を拭い、本心を伝えてくれる友人。
それは本当に得難くて……嬉しいことだ。

「今更、傷つくもなんもないだろ……っていいたいとこだけど。
 まあ、そこはいいっこなしってトコで。」

にへら、と笑う。

「悪いね、なんか……色々言わせちゃってさ」

見据えてくる相手を見返して、言葉を紡ぐ。

レイチェル >  
ややあって。
にへら、と笑う華霧に向けて、レイチェルも笑う。
少し困ったような笑顔で、まだ目元に煌めきは残っていたが、
それでも、笑って見せた。

「……構わねぇさ」

その言葉は既に、力強さを取り戻していた。

そして。
彼女の『傷つくもなんもない』『いいっこなし』という言葉に、
レイチェルは耳をぴくりと立てる。


「ただ。一つ、良いか」

今度は、レイチェルが聞く番だ。
どうしても気になってたことを、教えて欲しい。
真琴の会話との中で、少し知ることができた彼女の在り方。


「なぁ、華霧。
 お前にも聞きたいことがあるんだ」

その在り方が、どうしても気になったから。
もしその在り方が……本当だとしたら、絶対に放っておけないから。
そう、力強く心の炎が燃えているから。

だからこそ、はっきりと、問いかける。

互いが、『フェア』である為には。

レイチェル >  

  
「お前も、オレに隠してることがあるんじゃないか?」 
  
 

そう問いかけたその声はただただ、静かに。 
 

レイチェル >  
 
「言いたくないなら言わなくてもいいけど……それでも」

口にする。
続けて、大切なことを。


「お前がもし困ってたり、不安に思ってることがあるとしたら――」

拳を握りしめて、華霧へと言葉を渡す。


「――よかったら、オレに伝えて欲しい。相談、してほしい」

園刃 華霧 >  
「うん?聞きたいこと?」

はて、なんだろう。
この間の一件で、結構色々話したとは思うのだけれど。

だけれど、大事なことだから耳を傾けて……


「……隠してる、こと?」

うん?
そんなことは、覚えが……
ない、けれど。
言いそびれてること、とかはあるかもしれない。


「……困ってたり、不安に思ってること、かぁ……」

ああ、そういうことなら、うん。
別に、一々報告するまでもない、ことはあるかもしれない。

んー……とはいっても
差し当たって思い当たるのは……


「そう、だなぁ……
 りおちーの石頭をどうするか、とか……入院したサラが気になる、とか……
 そんな、かなぁ……」

レイチェルの件については、ある程度心配はなくなった……わけでもないけれど。
保障がついただけ良しとすることにした。

であれば、当面はそのへんだろうか。

レイチェル >  
「ああ、そうだな。
 理央のことや、沙羅のことも気になるな。
 オレもあいつらとは、話したよ。
 何とか、二人が傷つかないようにできたらとは思ってる。
 そのことについては、オレもなるべく協力するぜ。
 
 しかし、お前もほんとまぁ……他人のこと、
 よく心配して。色々背負う奴だよな。
 他人の気がしねーや。
 
 それじゃあさ――」

華霧は、そう返してくる。そうだろうな、と思った。
彼女はあまりにも『良いやつ』だから。
そう、『在ろうとしている』から。


「――華霧自身のことは?」

水族館の時に、名前を呼んだ時のように責める口調ではない。
ただ、優しく。穏やかに。しかし、力強く。

「ごちゃごちゃ言うのは、面倒くせぇ。
 ここはオレらしく、最初にはっきり言うぜ。

 お前、無茶してるんじゃねぇか?
 いや、無茶してるだろ。
 オレは、そいつが気に食わねぇ」

びしり、と華霧へ向けて指をさす。
それは丁度かつて、入院先でそうされたように。

「浜辺の時も、止めて欲しかったから、オレの所に来たんだろ。
 それでも、あの時はそんなこと一言も言わなかった。
 お前、無茶してたじゃねぇか。

 病院に来た時、お前傷だらけだったよな?
 真琴から聞いたぜ、お前、オレの知らないところで
 自分で自分を傷つけていたって。心配そうにしてた。
 そこでも、やっぱり無茶してたじゃねぇか。


 こうして、オレから話を聞いて、お前は笑ってくれるよな。
 優しく、『いつも通り』に。
 きっとオレが傷つかないように。お前は『優しい』から。
 そういう奴で『在ろうとしてくれている』から。
 
 『その場限り』の笑いを見せて、受け入れて――」
 
続けて、紡ぐ。

「――でもさ。それで、お前が無茶してんだったら、
 裏で苦しんでるんだったら。
 そんな『嘘』の安心はオレには、必要ねぇよ。
 だって、だって――」

真っ直ぐに、紡ぐ。

レイチェル >  
「――『お前』がどう在ろうが、
 『オレ』はお前から離れられやしねぇんだ」

水族館で伝えたもの。
病院で伝えたもの。
それはただ、恋だけを追い求めていたものだった。
恋は盲目、などとはよく言ったものだ。
内心で、自嘲する。しかし、それもすぐに振り払って。

「一人にしねぇ、見捨てねぇ。
 そいつは、絶対に保証する」

でも、此度ばかりは違った。
恋だとか愛だとか、今は関係なくて。

目の前の『園刃 華霧』という名を持つ少女、
その少女が苦しんでいるなら、
『レイチェル・ラムレイ』は向き合わねば。
否、向き合いたかったから。

「オレはお前を、救いたい。傷つかねぇように、守りたい。
 その為に、オレはお前と一緒に在りたかったんだ。
 そいつが、オレがお前と一緒に未来を生きたい理由だった」

――だって、それこそが。

園刃華霧を求めて落第街を走り、彼女に恋をして、
想いを伝えるまでに至った、根本の気持ちだったからだ。

「言っとくが、こいつは無茶じゃねぇよ。
 オレがしたいから、するんだ。
 
 ……だから、オレの気持ちも含めて、だけど……。
 辛かったらちゃんと、言ってくれってんだよ。
 オレも、お前が求めるものは何でも話すから、さ」

園刃 華霧 >  
「そっか、レイチェルも話したのか。
 協力してくれんの? あんがと。
 うん、ちょっとは楽になるかね」

へらりと笑って……
そして継がれる言葉を耳にして


「アタシ自身?」

きょとん、とする。
はて、考えたこともなかった。

「無茶?
 無茶、かぁ……別に、無茶してる覚えはないんだけど……」

ううん、と考える。

「あぁ、いや……うう……
 トゥルーバイツのときは、まあ……悪い、その……
 アレは、試してた、とこあるから……」

だからこそ、はっきりとは言わなかった。
それこそ、レイチェルの言うような『卑怯』なやり口、だったとは思う。
それに文句を言われるのなら、まあ仕方のない話。

「で……病院の時の、アレ、な……
 アレは、気づけなかった自分へ怒ったっていうか……
 八つ当たり、みたいなもんだからさ。」

振り返る。
あのとき、レイチェルは自分のせいではなく、レイチェル自身が悪い、と言っていたけれど。
それでも、どこかに自分を責める気持ちが残ってなかったといえば嘘になる。

「そういう意味じゃ、まだちっと不安がなかったわけじゃないけどさ。
 レイチェルが、こうして話してくれてるから、もう大丈夫だって。」

そういってくれるレイチェルだから。
だから、ちょっと言いにくい本当のことを口にする。


「『一人にしねぇ、見捨てねぇ。』か。
 本当……ありがとうな」

にしし、と笑う。
心からの、笑みで。

「うん。今んとこ、辛いことはないかな。
 心配ごとも、みんなそれぞれ解決してくれるしな」

本当に本当の、キモチ。

レイチェル >  
「……分かったよ。
 お前がそう言うんだったら、今はそれでいい。
 でも、これだけは言っとく。

 『お前』が、『お前自身』を考えることを。
 そしてオレはいつでも『お前自身』のことを考えてるってことを。
 『お前』が傷ついたら、胸を痛める奴が居るってことを。
 
 いいか、忘れんなよ! ……ってな。
 
 言っとくが、オレはしつこいぜ。ま、知ってるだろうけど」

心からの感謝の言葉を受けて、へへ、と冗談っぽく笑って返す。


――ああ、もう。卑怯だろ。

笑みを見て、レイチェルは一人思う。

『園刃 華霧』を殺すこと。

別に、今日ここで真琴との約束を果たすつもりは最初から無い。

その約束は、ただ少しばかり会話しただけで果たされるものでは
ないことを、レイチェルはよく理解しているから。
真琴は全てを伝えてはくれなかったが、彼女と話している内、
この少女の在り方、その本質に、少しずつ触れてきているから。

華霧という人物について、いや、その先にある『彼女自身』のことを、
レイチェルは少しずつ理解していた。

なかなか、この想いは届かない。

それでもいつか、また必ず手を翳《のば》す。
それが『レイチェル・ラムレイ』の在り方だから。
彼女自身に、その手が届くまで。


「……悪ぃ、マジな話になっちまった。
 そうだ、飯はどうする? もう食べたのか?」

時計を見れば、そろそろ夕飯時だ。

園刃 華霧 >  
「ん、むー……?
 う、ん……わかった。
 まだちょっとピンとこないけどさ」

自分自身を考えろ、と。
それは、なかなかに難しい注文だ。
正直なところ、何も考えていない、つもりでもないのだが。

改めて先程問われれば。
少なくとも、辛さは感じていない。

しかし、そう言われるからには辛そうに見えるのだろう、か。
やはり、ピンと来ない。


少なくとも、今のアタシはだいぶ満たされている、と思うのだけれど……


「ああいや、良いよ。
 元々、マジな話を持ってきたのはアタシだしさ。
 ……ってか、そんなだったら血、やっぱどっかで飲まないと……じゃないの?
 いいよ、いつでもさ。いっそ約束でもする?」


それこそ、今でもいいのだけれど。
流石にそれは気持ちが追いつかないかもしれないからクッションを置いてみる。


「ン、いやメシはまだだけど?」

そういえば、あんまり考えないで出てきてたな。
一応、マコトにはメモを残してはいるけれど、連絡くらいはするべきか……

レイチェル >  
「今はそれでいいぜ。
 でも今は、その言葉だけは覚えておいてほしいなって。
 そんだけだ。
 そうだな、分かりやすく今伝えるなら……八つ当たりも無しな! 
 ってところだ。自分を傷つけるのは、やめてほしい」

へへ、と。困ったように笑うレイチェルの顔の裏には、
それでも確かな意志が宿っていた。


「……ああ。ありがとうな、
 お前が本当に、辛くねぇって言うんだったら……
 オレはもう……色々と覚悟はできてるよ。
 別に、今日だって構わねぇ……う、ん。
 あれから時間もあったし、
 お前のことも、自分のことも考えてたからさ。
 
 ……一回や二回で終わる話じゃねぇよ?
 
 それでも、約束してくれるってんなら……
 改めて、頼みたい。お前にしか、頼めねぇから。
 なるべく、負担かけないようにする……」

それが、精一杯だった。
生きるのに彼女の血が必要になってしまった以上は。

傷つけたくないと言って、彼女から離れることもできない。
特に今は、こんな身体だ。
血を吸わなければ、異能を使用せずとも、いずれ倒れてしまう
ことは医者から言われていた。
もしそうなってしまったら、それこそ彼女に見せる顔がない。
苦渋の決断だった。
それでも、今は頼ると決めた。みっともなかろうが、何だろうが。
交わした約束の通りに。
そして、きっと本当の気持ちを今日、少し見せてくれた彼女を、
信じると、信じてみたいと、そう思ったから。


「そか、飯はまだだったか。
 じゃあ今日……飯食ってくか?
 言ってくれりゃ、好きなもん作るぜ。
 ちなみにオレの得意料理はシチューだ!」


それでも、せめて。一時だとしても。


今。日常を、一緒に紡いでいけたら。


――それは、とっても幸せなことなんだ。

園刃 華霧 >  
「あー……まあ、そう……そうな。
 それは、うん……
 あんなこと、そうないけど……まあ、そう……な。」

何処にぶつけていいか分からなかった感情を、思わず外に出してしまった。
確かに、アレはよくなかった……それはそう思う。

今後の反省には丁度いいだろう。
心配かけるのもよくないしな。


「あぁ、まあ……そりゃ、さあ。
 さっきの話通りなら……ずっとってトコか?」

気持ちが冷めれば別なんだろうけれど……
流石に、それを口にするほど野暮ではない。

「いいって。
 最初から……そう。あの時から、もう決めてたこと、だからさ。
 今更、引くは、ないよ。」

言い出せないままに決意だけは決めたあの時から。
そしてやっとそれを口にしたその時から。
ずっとずっと、心に決めていたことだから。

これは、一種の誓いのようなもので……
だから、覆ることはない。


「んー……じゃあ、せっかくだし。
 得意のシチューをもらおうか?」

おっと、これは本格的に連絡を入れなきゃいけない感じだな。
まあ、怒られることもないだろう。

レイチェル >  
「……すまねぇ、ずっと……になる、かも……」

それだけ、吐息のような声で静かに返して。



後は。
 
あったかいシチューを食べながら。

最後に一つだけ、レイチェルは思い浮かべていた。


華霧に伝えていない、秘密が、
もうひとつだけあったということ。


レイチェルが捨てたものの、話。


――これもいつか、ちゃんと伝えよう。


隠し事はしたくない。
だから機が来たら、必ず伝えようと思ったのだった。

園刃 華霧 >  
温かいシチューを口にして、
のんびりと、美味しい食事ができることに密かな感謝をする。

そして、ふと考える。


隠していること
自分自身のこと


言いそびれていることは あるかもしれない
それに
気づいていない 自分のことも
あるかもしれない

一つ、考えてみてもいいかもしれない

レイチェル >  
潔感のある白に覆われた浴室。
その浴槽の縁に交差させた腕を、そしてその上に細い顎を乗せて、
金髪の半吸血鬼は、じっと壁を見つめていた。

―――
――


浴室。いつもの浴室だ。
一人では、はっきり言って広すぎるな、といつも思う。
でも、今日ばかりはちょっと事情が違った。
脱衣所から気配を感じながら、オレは少しだけ深く息を吐いた。
ああ、何だかちょっと緊張が飛んでった気がする。ちょっとだけ。
 

数時間前、女子寮に珍しく華霧がやって来た。
珍しいことだったから、驚いたもんだ。

何でも、血を吸わせる約束をしたもんだから、
そのことが気になってきてくれたらしい。
……適当に見えて、そういうこときちんとしてるんだよな。

話の流れで、当分明かすつもりのなかった秘密を、告げちまった。

『恋をした吸血鬼は、好きな人の血がなければ生きていけない』。

とんでもねぇ呪いだ。
遠い昔に、吸血鬼の父親から言われたことがあった。一度だけ。
『吸血鬼は、恋に縛られる。お前みたいな純粋なのは、
 ちゃんと相手を選んで恋をするんだ』って、な。
そんなこと言ってたっけ。

でも、一度好きになっちまったもんはしょうがねぇ。
恋や呪いに振り回され過ぎることのないように気をつけながら、
あいつと向き合ってくしかねぇ。

……ま、今は愛だの恋だの言ってるよりも、
まずあいつと向き合うことが大事なんだけど……。
だけど。


さて。
十分に歯を磨いて口を濯いで、後は華霧を待つだけだ。

……正直、心臓がさっきからうるせぇ。耳もちょっと熱い。
でもって……牙の辺りが少しだけ、むず痒いときた。
つまりは、そういうことなんだろう。
ああ、畜生。これだから、オレ達はどうしようもなく『化け物』なんだ。


……それでも、上手くやってみせる。


そんなことを考えながら、オレは浴室に入ってくる華霧を、待っていた。

園刃華霧 >  
「んー……」

別に改まることもないんだけどなあ……などと思いながら。
そうはいっても、促されたのでとりあえず風呂に入ることに。

よくよく考えれみれば、温泉とかもそうだったけれど、
浴槽?ってのに浸かるのってあんまり経験ないんだよな。

そういえば肝心の家主はなんか先に入ってしまっていた。
しょうがないのでアタシはのんびり後入りとくる。


「ほい、入るヨ」


脱衣所と浴室を隔てる扉を迷うことなく開けて入っていく。
前に温泉にも一緒に入ったしね、今更だよね。

レイチェル >  
「あいよ、いらっしゃい」

裸の付き合いは、初めてじゃない。大勢の風紀委員と一緒に温泉に行った時も、
一緒に入ったしな。
けど、二人きりでとなると、これは初めてだ。

……牙の辺りが、むず痒い。クソ。

頭を軽く振る。よし。

「こうして裸で一緒に居ると、風紀の温泉、思い出すよなー」

ずっと昔のことにも思える。
男女問わず、皆でワイワイ騒いだっけ。
バカみてーに暴れて、面白かったな。
あ、そうだ。

「風紀といやぁ……お前、所属どーすんだ? もう決めたのか?」

湯にゆったりと浸かりながら、気になったことを投げかけた。

園刃華霧 >  
「ほイほイ……おヤ、思っタより風呂大きイのナ?
 ンー……なラ、二人入れルか?」

ふむー?と眺める。
寮の風呂なんて一人分くらいしかないだろー、くらいに思ってたのでちょっと意外だった。

「ウん、そウね。あの温泉以来ダ。アタシが留置所から出テさー。
 なっつカしーナー……ってホど前じゃナいよナぁ……なんか大分前の気がスる。」

へらりと笑う。
あれから多分、色々あったからかもなあ……
毎日が忙しくて何よりなのかもしれない。


「アー……そーナぁ……
 刑事部、前誘わレたって言ったケど……アタシでヤってけルかネ?」

刑事ーって感じしないしなあ、と、ヘラっと笑う。
 

レイチェル >  
「そ、けっこー大きいもんだぜ。一人じゃ広すぎるくらいだ。
 だから一緒にあったまろーぜ」

部屋も大きめだ。元々二人部屋だったらしい。
贅沢なことに、今は一人で使わせて貰ってるんだが。


「いやー、結構前に感じるな。ほんと、色々あるとな。
 色々……あったな。ほんと毎日目まぐるしくて……
 辛いこともあるけど、やっぱり最高に楽しい。
 昔、最初にここへ来た時は不安だったもんだが……
 すっかり馴染んじまったな」

ここに来た時のことを思い出す。
あの時に風紀に拾われてなかったら、
落第街あたりでずっと好き放題やってたかもしれねぇな。
なんて、思う。

「行動力があって、誰かを助ける為にマジになれる。
 そんなお前だから、合ってんじゃねーの?
 
 後はほら、オレがちゃーんとサポートするからさ。
 そこんとこは、安心してくれよ。

 ……ほら、こっち来いよ。あったけーぞ」

軽く笑ってそう返しつつ、湯桶をゆったりと指さす。

園刃華霧 >  
「ぜータくー」

ケラケラと笑って浴槽までくる。

「へー、レイチェルでも不安になっタんだナぁ。
 ま、ソんなモンか。
 常世学園、なんて妙なモンに関わっテからソんな経ってもナいんだヨなあ」

実際のところずっと片隅にいたのは居たけれど、
学園の一人、としてかぞられてからは本当に僅かの間だ。

その僅かの間に、本当に色々あった気がする。
アタシの人生の大半がそこに詰まっているかのような。

「ンー……まァ……そウ、かモな。
 ひひ、最悪事務仕事でもしテれば良いかもナ」


やると決めたら紙仕事も嫌いではない。
決めてないとあんまりやりたくはないけれど。

「ン、じゃ。遠慮なク。
 よい、しょ。」

どぼん、と湯船に浸かる

レイチェル >  
「そりゃな。師匠に拾われて、学校に通わなくなってから、結構経ってたからな。
 元々学校に通ってた時期も短くて……
 学校はオレにとって、憧れになってた。平和な、壁の中の世界。
 そんな憧れの世界に飛び込むのはわくわくしたけど……不安だったよ」

師匠に拾われた時、平和な世界とは決別したつもりだったんだよな。
それでも今、この奇妙な学園にやって来て、
騒がしいけれど何処か安心できる、そんな日々がいつも傍にあるってのは、
嬉しい。

「事務仕事でも良し、机並べて一緒にがんばろーぜー」

思わずたはは、と笑う。
何だかんだ、結構華霧はやりそうだな。
改めて、頼れる同僚になりそうだ。


「あいよ~……って、相変わらず何事も勢い良いな、お前」

どぼんと浸かれば、水飛沫が思いっきり顔にかかるのであった。

あーもう、全く。子どもかっての。


………でも。

……何で、こいつは。

……こんなに『当然』のように、オレの傍に居てくれるんだろう。


「……なぁ」

一緒のお湯に浸かる華霧の方へ向き直った。
どくん、と胸が高鳴る感覚がある。
そして、あぁ。牙が。
奥歯を噛み締めて、声をかける。


「華霧……」

少しだけ華霧から距離をとって、浴槽の隅の方へ身体を寄せる。
思わず、だ。意識して距離をとったわけじゃなかった。
ちょっと顔を伏せちまった。でも、目だけは華霧へ向ける。
これを聞くのも、正直ちょっと怖い。
どんな返答が来るのか、分からない。

「約束だとか言ってたけど……さ。
 うん、分かってる、お前は約束を守ろうとしてくれるんだろうさ。
 それでも、血を、吸うんだぞ……今から……なのに――」

でも、確認しなきゃいけないと思った。

「――怖く、ねぇのかよ? 嫌じゃ、ねぇのかよ?」

そう、確認した。
嫌な記憶がフラッシュバックする。
人の血を吸う吸血鬼は、いつだって。
なのに、こいつは。

レイチェル >   
 

「……本当に、いいのかよ」

最後にぽつりと口にしたオレの身体は、きっと震えてた。 
 
 

園刃華霧 >  
「ナーるほドなー。
 そイや、レイチェルって色々アってカラ拾わレたんダっけカ。
 そリャ、そウか……なくシた日常、ナ……」

ああ、そういうのには、おぼえがある
そうだよな うん
よく わかる

「ま、どッチにしテもお仲間ッテのは悪くなさソーね。
 じゃ、マジで考えルかナ?」

うん、悪くないかもしれない。
ああ、でも。
日課だけは……やらせてもらいたい気がするな。
それは後々の交渉次第、みたいなもんかな。


「……へ?」


急になんか深刻な顔して、声をかけられる。
なんだろう、と思ってると。

「え? なんで?
 なんで、怖いとか嫌とかになんの?」

きょとん、と。不思議な顔をする。
質問の意図が理解できない。

だって、当然のことなんだから

レイチェル >  
華霧の口にする言葉を聞いて思わず頭の中で、
あの日々を思い返しちまった。

『ふふーん! 今日もねっ、魔術のテストで先生に褒められたんだよっ』
『そう、アミィは偉いわねぇ』
 
なくした日常。
当たり前だと思っていた日常は、
ずっと昔になくして、名前と一緒に置いてきた。
いつか、華霧に伝える時が来るんだろうな。


「おう、待ってるぜ」

ああ、一緒に働けるのは、やっぱり嬉しい。
本当に、嬉しいな。
耳がまた、熱くなった気がした。


そして。きょとんとした様子の華霧に、
伝えなくてはならないことを。聞かなくてはならないことを、問いかける。

「……吸血鬼は、人食いの化け物だよ。
 血か肉か、それが違うだけで、お前自身を食べようとしていることには
 変わりない。
 なのに、何でそんな……普通に受け入れてくれるんだ……?
 本当に、怖くないのかよ……?」

貴子も、そうだった。あいつには理由を聞けずじまいだったけれど、
せめて華霧には聞きたかった。
そして更に、彼女の場合は。

「……お前の場合は、他にも、さ。
 特別じゃねぇか。
 
 オレの秘密、聞いただろ。
 オレが生きていく為には、華霧の血がなくちゃいけないってこと。
 
 もしかしたら、これからずっと、になるかもって……伝えたと思う。
 
 でも、さ。それはつまり、オレが……
 もしかしたら、これから長いことお前を縛っちまうことになるかもだし、
 お前の身体に負担もかけちまうことになるかもしれねぇし……
 それ……嫌じゃないのかよ?」

おそるおそる、華霧の顔を見た。
やっぱり身体は、震えちまってるんだろうな。
それすらも分からないくらいに、顔と胸が熱い。

「……ごめんな、この期に及んで我儘言って。
 でも、お前の為にも、オレの為にも聞きたいんだ。

 本当に、最後の確認だ。
 
 お前からそいつを聞いたら……聞けたら、オレも最後の覚悟、ちゃんと決める」

彼女と一緒に居る為には、彼女を傷つけなくてはいけない。
それはオレにとっても、どうしようもなく辛いことだった。
けど、こいつが本当に覚悟してるってんなら、

「……決めることが、できる」

オレも改めて、最後の覚悟を決めようと思っていた。

園刃華霧 >  
「ああ、なんだ。そんなこと?
 吸血鬼がどうとか、別に関係ないでしょ。
 レイチェルはレイチェルなんだし。」

そもそも、そんな枠組みで考えたことがなかった。
だから怖がる、とか……想像もつかない。
レイチェルを怖がるねえ……?


「それを抜きにしたって……少なくとも、アタシの知ってる吸血鬼は。
 たった二人しかいないけれど、どっちも怖いやつじゃない。
 ……どっちも、かけがえのない……そういうヤツだ」

あの日の、あの時の
あの顔と、あの声を
思い出してしまう

ああ アイツも こういう思いをしたんだろうか
それとも……


そして、続く言葉は、不安。
どうして そんな ふあんがるんだろう

「? なんで?
 レイチェルに必要なんでしょ?
 なら嫌がる理由なんてどこにもないよね。
 なんでそんなに確認したがるのさ」

本当に本当に不思議そうに
きょとん、と聞き返す

レイチェル >  
「仲良いと思ってた奴が、さ。
 実は自分の血を欲しがってたなんて知ったら……
 怖がるんじゃねぇかと思ってた」

だって、そうじゃねぇか。
……いや、こいつは血の問題だけじゃねぇな。
好きだって感情も、そうかもしれねぇ。
どっちも、傷つけたくないから、傷つきたくないから伝えられなかったことだ。
戦場じゃ幾ら傷ついたって平気だったのに、こういうことになると
どうしても臆病になっちまうのは、一体何でなんだろうか。

「そか、怖いやつじゃないか……そう言って貰えると、安心だ」

かけがえのないヤツ。
もしかしたら、そいつがオレの他に、
華霧に想いを伝えたヤツなのか、な。


「……オレはこれまで、お前に色々伝えた。
 血のことも、特別な気持ちのことも。

 そんな中で、華霧は快く受けてくれた。
 少なくとも、完全に拒否することはしなかった。
 本当に、良い奴で居てくれる。
 
 そんな『お前自身』の本当の気持ちが、分からなかったから……
 だから、不安……だったんだよ」

そうだ。
こんな風にオレを受け入れてくれるこいつの気持ちが、
どうにも掴みきれなかった。
だから、不安だったんだ。
口にしながら、改めて自分を認識させられる。


そして、オレは。
華霧の方へ身体を寄せた。近づけた。
もう、いつでも腕を伸ばせる位置まで。

園刃華霧 >  
「ワっかンないナぁ……
 ダって、血でしょ? 献血みタいなモんじゃん?」
 
首をかしげる。
実際、レイチェルも言っていた。
吸血種のために用意された献血の血がある、と。
そこに何の違いもありはしないだろうに。


「前は、吸いすぎて殺しちゃうって心配はしてたみたいだけどさ。
 まあそれでも、レイチェルが死ぬよりはマシだ」

だから、あの時には声をかけたのだし。


「アタシに言わせれば、吸血鬼は……いや、知ってるやつだけだけどさ。
 どこまでも強いくせに、どこまでも寂しいやつなんだって印象が、な……」


少しだけ、遠くを見る。
……いずれまた、あの味を思い出すためにいかなければいけないだろうか。



「『アタシ自身』の本当の気持ち、かぁ……
 少なくとも……
 アタシが、此処に来てからはたった一つだけ。」

改めて言われても、答えは変わらない。
結局そこに行き着くだけで。
なので、今後不安にならないように伝えておくべきか。

「アタシの周りのやつを一人だって零したくない。
 それだけだよ。」

微動だにせず、ただ静かに言葉を口にする。

レイチェル >  
「献血みたいなもの、か。
 直接噛まれるのはまた違うんじゃねーかと思ってたけど……
 でも、そういうもん、なのかな。
 少なくとも、お前はそういう風に考えてくれるんだから。
 それで……いいや。それ以上、嬉しいことはねぇよ」

ここに来てようやく、笑う。受け入れて貰えたのだから、
これ以上嬉しいことはない。
だから、そこまで言ってくれる彼女を否定するような言葉は、もうかけたくない。
そして実際、全ての不安がなくなった訳じゃないが、大方吹き飛んでくれた。

「……そいつは、ダメだ!
 華霧が死ぬのなんてオレは絶対に嫌だからな!
 お前の血がどうこうじゃなくて……お前が居なくなったら、
 その時こそオレは……! さっき言っただろ、
 『お前自身』を考えろって、そういうことだよ!」

……いかん。
思わず、ちょっと声を荒げちまった。驚かせちまったかな。
その場で立ち上がったオレは……すぐに、湯の中に座り直した。

それは、華霧に教えて貰ったことの筈だったのに。
華霧自身は、そこが抜け落ちてるのだろうか。
どこまでも、自分を捨ててしまって。
いや、捨てている自覚すらないのだろうか。
それを当然だと思っちまってる。
それは何故だろうか。それは――

「……要するに、強い癖に寂しい奴って印象な訳ね、オレも。
 まー……そうかもな。寂しい奴なのは否定できねーや。
 オレから言わせりゃ、強く在るからこそ……或いは強く在ろうとするからこそ、 
 寂しいのかもな」

立場が上になって、風紀委員の中でも先輩になって、しっかりしなきゃいけねぇ、
委員会の役に立たなきゃいけねぇって、つまり強く在ろうとしてたからこそ、
誰かに頼ることもなく、親しく交流することもなく、寂しい奴になっちまってた。
そのことを思い出すと、納得がいった。
今は、少しは変われてる筈だ。多分。

「ああ……そうか、華霧の気持ちは、願いは、やっぱりそこなんだな」

これまでも、聞いていたことだった。

『ぜったい、なくならない、ものが……
 ほしかった……』

頭に今でも鮮明に響く声がある。
そう口にしたあの時の華霧の顔を、忘れることなんてできない。
それこそが、やっぱりそれこそが、本当の気持ちなんだな。

今までオレ自身が見てきた華霧のこと、真琴から聞いた話、
そして今の華霧の言葉。失いたくないからこそ、こいつは。

「……一人だって零したくない。オレもさ、そうなんだ。
 周りに居る皆が大事で、一人だって失いたくないし、
 悲しんで欲しくもない。そんなのはもう見たくないから、
 オレは手を翳《のば》すんだ。お前を求めて走った時に、
 取り戻したオレの在り方だ」

でも、その『在り方』は、昔とは少しだけ、ほんの少しだけ違っていた。
別の想いが、一つだけ混ざっていた。

そう伝えて、自分の牙に指をやった。軽く、突き刺す。
ちくりとした痛みと共に、オレの赤色が垂れる。

「だからきっと、オレとお前は似たもの同士なんだ。
 違うところがあるとすれば……

 オレの在り方には、個人的な我儘が混ざってるってことだ」

指を、華霧の口元へと差し出す。ゆっくりと。
言外に、この血を口にして欲しいと、視線で伝える。
血液の交換。それは、必要なことだった。
相手を殺さない、愛の儀式の為には。

「一番一緒に居たいのはお前だ……っていう、最大の我儘がさ」

そのことを、伝えた。一人も零したくないのが華霧の今の気持ちなら、
オレの気持ちはこうだ。

真琴と話して、『華霧のためなら、どこまで棄てられる?』と突きつけられた時。
自然と、望む分だけを与えたい、とオレは口にしていた。
きっと、それが本当の気持ち。

理想の中に混ざったたった一つの、大切な我儘なんだ。

園刃華霧 >  
「どうもなー、その辺の感覚がなー。
 やっぱ違うのかなぁ……」

うーん、とちょっと首をかしげるが。
まあ、レイチェルが喜んでくれてるならいいか、とすぐに思考を切る。


「! あ うん
 つい ごめん」


こえを あらげる レイチェル
ちょっと おどろいた
うん いいすぎた かな


「あぁ、それは……うん。
 もうひとりのヤツ、の印象が強い、んだけど、ね。
 気を悪くしたら、ごめんな」

ただ、それほどまでに
アイツのことはアタシの中に残っているし、
おそらく一生残るんだろう。


「――取り戻したオレの在り方、か。
 うん、悪くないな。うん。
 そっか……それなら、よかった。」


にしし、と笑う。
レイチェルが自分を取り戻して、踏みとどまって、
此処に『在る』ことができるなら……それで、いい


「ん……」


眼で訴えられること。
そうか。
アタシも、血を口にする必要があるのね。

一瞬、差し出された指先に目をやる。
そこに浮かぶ鮮烈な赤。

アイツが口にしていたそのどれよりも、
鮮やかで、輝いて、美しくて……

けれど、本当に求めていたものは
……ああ、だめだ
今は、アレはおいておこう

その
紅い雫を
口に
ふくむ

レイチェル >  
「気を悪くなんかしてねぇさ。気にすんな」
 
生命の源泉を、華霧に渡した。
紅の雫が、華霧の唇に触れて、少しずつ流し込まれていく。
オレが、華霧の中に呑み込まれていく。
その様子をじっくりと見届けた後に。

「……それじゃあ、いいな?」

対象に血を分け与えることで、オレの中の獣は、
対象をただの餌と認識しなくなる。
オレはオレとして、踏みとどまることができる。

覚悟は出来ていた。
だから、もう躊躇しない。
受け入れてくれると、そう言ってくれた華霧を信じたい。
そう思ったからこそ、もう近づくことは怖くなかった。

「ん――」

身体を近づける。
オレの手は、華霧のすぐ傍まで。
抱きつく形で、華霧の背中に手を回す。

そうする内に。
牙の疼きが、脳にまで響いて、焼けるようにオレの思考をかき乱す。
それでも、耐える。

血の契約を取り交わしたこと。
そして華霧への気持ち。
その二つが、オレの中で
『目の前の相手を死ぬまで貪りたい』
という獣の衝動を、否定する。力強く。



「――華霧……」

最後は、名前を呼んだ。
恐らくこの後は、オレがもう、オレらしく居られないから。
一度始まったら、こんな風に、静かに名前を呼べないだろうから。
だから、ただ静かに、その名を呼んだ。


そうして。


――オレは。


オレはその白い首筋に接吻をして。


――お前を、絶対に。


そこに、牙を突き立てた――。

園刃華霧 >  
紅い雫を 呑み込む
アタシの 中に入ってくる

「ん、じゅんびが これでいいなら」


といっても、自分にできることはない
ただ、相手を待つだけ


けれど すこしだけ
くびをあけて
ちかづきやすいようにだけ


「……レイチェル」


くびすじに レイチェルのかおが ちかづいて

そのするどい きばが


「……ん」


傷一つ無い白い肌に突き立った――

レイチェル >  
――時計の針は止まらぬことなく、動き続けて。 

――艷やかに、揺れる金と黒が揺れて。 

――二人にとっての、初めての夜が。

――熱く蕩けるように。

――鮮やかな紅と柔らかな白に彩られて。

――溶けて、いく。

園刃 華霧 >  
「……っ」

ぞぶり、とナニカがその身に突き立つ

びくり、とわずかに体が跳ねる

ずぐん、と身体に衝撃が走る

その身からナニカが抜けていき

その身にナニカが流れ込んでくる


「……ぐ」

ちいさく、うめく

レイチェル >  
「……」

無言のままに。

レイチェルは。

誰よりも、大切なその人に。

獣の牙を突き立てた。

傷つかない、そのために。

それはつまり。

傷つけない、そのために。


彼女の血を奪うのと同時に流し込まれていくのは、
獣が持つ、生来の毒。
獲物が離れぬように、痛みを奪って快楽を与える
吸血鬼という種族が持つ、呪い。

その力は。
吸血鬼《けもの》が、人から命を奪うための力。
抱擁した対象を、確実に餌とする呪縛の力。

しかし、今は。


「……あ、くぅ……っ」

左手を華霧の小さな――しかし野性的な色を持つその肩へと
抱きかかえるように沿えて、
右手には、精一杯の力を込めて。

左手が荒々しくも甘美な獣の呪いの象徴ならば、
右手は、負けじと抗う、彼女の意志だ。
必要以上に彼女を傷つけぬため、獣を御する人の心だ。


「……かぎ、りっ……」

縋るように、少女はその名前を呼ぶ。

少し、血を啜っただけだ。
それなのに、レイチェルの頭の中は燃え盛っていた。
牙から注がれる、毒。それは華霧にのみ与えられるものではない。
レイチェルもまた、その毒を受けて背負っていた。
彼女は紛れもない吸血鬼――しかし、半端者《ダンピール》
であるが故に。

園刃 華霧 >  
「…ぅ……」

レイチェルの ひだりうでが かたを
みぎうでが からだを
だきしめて くる

レイチェルの きもちが

レイチェルの ナニカが

ながれこんでくる


「れ、い……ちぇ、る……」


ずぐん ずぐん と
せめてくる それと
たいじしながら

あいての なまえを よぶ

つよく だきしめられながら

レイチェル >  
「……かぎ、りぃ……」

荒波の中で、大きく息を吐きながら。
次第に肩の揺れも、大きくなってくる。

牙は傷一つなかったその喉を抉り、
そこからは赤い――華霧そのものが、溢れ出てくる。
酸いも甘いも、痛みも呪いも。
受け入れようと、

少女の左手は、優しく――
しかし、何処か荒々しくその肩に添えられる。

それは、彼女を餌としてこの場に留める為の愛撫であり、
自身も彼女も、この甘い呪いに乗せるだけ乗せてしまって、
彼女から生命の源を奪う為の、吸血鬼《けもの》の抱擁だ。


少女の右手は、強く――
しかし、何処か優しくその背を抱きしめる。

それは、自身の理性を繋ぎ留める為の力であり、
彼女がこの荒波の中で潰されぬように守り、
安心を与える為の、人間《レイチェル》の抱擁だ。


口に流れ込んでくる、それは。
赤い赤い、それは。
何処までも鮮やかで、美しくて。


喰らいたくて、飲み干したくて。

愛おしくて、守りたくて。


「だい……じょう、ぶ……か……っ」

身体の中に入り込んでくる、途方もない快楽の波。
本能の奔流に呑まれそうになりながらも、
瞳は必死に、彼女の方を見やる。

その表情は――笑顔だ。
いつも通りの笑顔、だ。
その奥歯は噛み締められていたけれど。
それでも、いつも通りの笑顔を、精一杯彼女に
贈ろうと、レイチェルは彼女と向かい合った。


――見失うか、見失って、なるものか。

――オレが、オレとして在るために。


華霧が中に入ってくる度に、

どくんどくん、と。

胸が、大きく脈打つ。

喰らいつくしてしまえと、叫ぶように。

園刃 華霧 >  
「ん……れい、ちぇ、る……」


ぎり、と……
ちいさく はを かみしめ

すいだされていく
すいだされていく

ずぐり、とした それが はしる

だいじょうぶ これくらい
たえられる

そうおもったときに

あらあらしい うでと
やさしい うでと
きづかうこえ
きづかうえがお


「……へいき、だよ」


に、と……わらいかえす

だいじょうぶだ、とみせつけて

レイチェル >  
「ああ、あっ……」

色を帯びた声が、思わず出てしまう。
それを恥と思う余裕すらも、今は掻き消えそうで。

レイチェルが身に受けた呪いは、
思っていたよりもずっと強かった。
血の契約を交わしても。
確かな想いを持っても。

彼女の血を受け入れたレイチェルに襲い来るそれは、
今まで受けたことのない、それだった。

華霧そのものを吸い出して、吸い出して。
口に含んで、ごくりと喉を通して。
自分の中に、取り込んで。

そうして。


「……は、あっ……あ……」

口元を、彼女の喉から離す。
離したその後に、熱く火照った身体を、
縋るように彼女の肉に重ねる。

彼女を喰らおうとする獣は、
己の内から去りつつあった。十分に血を啜って。

そうして後に残されたのは。
己の内との戦いで、ボロボロに傷ついたレイチェル自身だった。

「……かぎ、り」

乱れてなお、艷やかに在るその前髪が垂れて、その目元は見えない。

―――
――


顔が、熱い。
こいつは、獣の情欲だけが齎すものか?
違う。
己の呪いへの――否、己自身への怒りだ。

小さく歯を噛み締めた、華霧は。

平気なんかじゃない筈なのに。
我慢して、我慢して、我慢して。
それは、オレを失いたくないから。
他の皆と同様に、オレのことも零したくないから。
なんだよな?

分かってる。
オレが救いたいのは、その笑顔の先にあるものだ。

また、無理させちまってる。
きっと、傷つけちまってる。

それでも、今は。

確かに華霧が見せてくれているその覚悟を、決意を。
オレは、信じたい。

だから、笑顔で口にしてやる。

「……ありが、とう」

どくどくと、高鳴る胸の鼓動を彼女のそれと重ねながら、
垂れた前髪を払って、再び笑顔を見せた。
今度こそ、オレは奥歯を噛み締めていなかった。

園刃 華霧 >  
「……ん、ぐ……」

漏れる声は小さく
ただ小さく

「……ぉ……?」


吸われて 吸い出されて
永遠に続くかとも思われた
その時が

あっさりと終わりを迎える


「……」

ふ、と小さく息を吐く
ずぐり、と肩に小さな刺激が走る

思ったのと少し違ったが
それでも、思ったほどではなかった

それよりも


「レイチェル……だいじょうぶ?」

縋るように、俯くように、
顔の見えない彼女の
かけてきた声に、返す

「どういたしまして」

少し照れたように笑う。

レイチェル >  
「オレは……だい、じょうぶ……」

くちにする、けれど。

ああ。
すっかりまわってきた、どくが。
ゆらゆらと。

ああ、くそ。
まけてらんねー……け、ど。


「……いや……ちがう、だいじょうぶじゃ、ないな」

しょうじきにいう。

だめだ、りせいがとろけて。

でも、そこにのこったものは、くやしいくらいに、
おれじしんで。


「もうすこしだけ……このままでも……いい、かな……」


そうしておれは。わたしは。
もういちど、かぎりを、だきしめようと。

園刃 華霧 >  
「なーんだ、それくらい」

わらう
表情に力のない顔を見る

まったく、こんななってさ
……


「いいよ、別に。
 ついでにもうちょっとくらい、飲む?」


あれくらいなら まだ
いけるだろうと

必要なら大丈夫だと

レイチェル >  
むねのうちがわに、はげしいほのおをかんじる。

ああ。
きもちが、もえてる。
はげしいほのおが、かぎりのからだをもとめてる。
おくのおくまで、もとめてる。

けど。


――
―――

 「……うん、じゃあ……ちょっと、だけ」

その肌と肌をぎゅっと重ねながら、
レイチェルはもう一度、華霧の喉に顔を近づけた。

しかしそれは、先までのように奪い取るそれではなく。
湿った舌先で、愛撫のように舐め取るそれであった。
それは、人《レイチェル》から人《かぎり》への接吻だった。

「ん……これで、もう、じゅうぶん……だから……あうっ」

舌先に、鮮やかな赤が滴る。
それを、唇の内にしまいこんで。
レイチェルは、身を震わせる。
内側から湧き起こる快楽が、彼女の胸を焼き続けていた。

そうして。
もう一度、幸せそうに華霧を抱きしめて。


そのまま、影は揺れて。揺れて。

園刃 華霧 >  
「……」

静かに、黙って、相手を伺う

とけゆくような
ながれるような
もえるような

「……ん」


されるままに、抱擁をうける。
首筋に、また……

小さな、刺激を受ける
……

「ん、もうだいじょうぶ?」

小さく、声をかけて
ただ全てを受け入れる

レイチェル >  
「……いまは、もう……だいじょうぶ」

それは、嘘偽りのない言葉だった。
今は、これで十分だった。

「……かぎりの、おかげだ」

恥ずかしそうな、申し訳無さそうな笑みで。
レイチェルはそう伝える。

これ以上彼女に負担をかける訳にはいかないと思ったし、
自身も既に十分満たされていた。
血を求める獣は既に、去っているのだから。
だからこそ、レイチェルはそう伝えたのだ。


「……あがろっか?」

園刃 華霧 >  
「そう? なら、よかった」


大丈夫なら、よかった
たったこれだけでいいなら……
大したことはない


「うん、そうだな。
 あがろうか?」


平気なら、
終わったなら、
此処でなくてもいいだろう

レイチェル >  
………
……


そうして。
火照った身体を拭き取って、髪を乾かして。

そうして。
ベッドまでやって来た。

大きめのベッドには既に、ネコマニャンのぬいぐるみが
先に寝転がっていたが、それをすっと端へどかすと、
レイチェルはそこへと腰掛けた。


「……ほんとに、ありがとな。
 受け入れてくれて……嬉しかった」

ベッドの端に足を揺らしながら、レイチェルは
伏し目がちにそう口にする。

「なぁ。……華霧、血を吸われた時さ。どう感じてた?
 ……痛かったか? それとも、その……変な感じ、した?」

気になっていた。
吸血鬼の毒は痛みを和らげるが、効果には個人差がある。
もし彼女が痛みに苦しんでいたとしたら。
そう思うと、レイチェルは不安で仕方がなかった。
それはそれとして、変な感じを与えていたというのも、
恥ずかしいのであるが。

園刃 華霧 >  
「よいっしょ」

きしっと、小さくベッドを軋ませて座る

「ひひ、なんだヨいまサら。
 アタシが逃げるワけないじゃン」

けらけらと笑う。


「んー……血を吸われたとき?
 まー、なンかちょット、色んな感じがアったけド。
 そンくらイ?」


ちょっと考えて答える。
なんといえばいいのか、いまいちわからない

レイチェル >  
ベッドの上、二人はちょこんと並んで座る。
月の光だけが二人の少女を照らしていた。
時計の針の音だけが、ただ静かに部屋の中に響いていた。
ちく、たく。
ゆっくりと、時は刻まれて。
それでも少しずつ、動いていて。

―――
――


「それを当然のように、言ってくれるからお前はすげーよ」

へへっ、と笑ってやる。

ったく、ほんとこいつはさ。
いつだってそう在ろうとしてくれる。

だからこそ、オレはオレで居られる。
きっと、他の奴らも……家族だって言ってた沙羅も
同じだったりするのかね。
きっと、色んな奴らが救われてるんだろうな。

でも、救うってことは、手を伸ばすってことは。
同時に、傷つくことも沢山ある。
それは、手を翳《のば》しちまう呪いを
背負ったオレにも、少なからず分かることだ。


「そか……凄く痛かった、とかじゃないんだな……?
 それなら良いんだ。
 でも、お前が……耐えてくれてたのも伝わってきた。
 もし、本当は辛いって……言うんだったら、ちゃんと
 言ってくれよ。お前を傷つけちまったオレが言うのも
 なんだけど……オレは、お前を守りたいから」

そう口にして、ベッドの下から救急箱を取り出す。
ぱかりと開ければ、まずは絆創膏をベッドの上へ置き、
ガーゼを取り出していく。手慣れたものだ。
だって。

「……昔は、貴子が吸血に付き合ってくれた」

手早く、しかし丁寧さを心がけて傷の処置をしながら、
華霧の方をオレは見やった。

園刃 華霧 >  
「そう、かな?」

すげー、と言われるけれどあまり実感はない。
大したことはしていないし。それしかできないし。


「……辛い、ねえ。
 いや、うん。だいじょうぶ だよ」

受けたものは、全然
今までの経験からすれば、大したこともなく

だから、つらいことなんてなにもない




「……うん、なんか。なんとなく、わかってた」

治療を素直に受けながら、告白するようにかけられた言葉に
正直なところを返す。

レイチェル >  
「すげーの。少なくともオレはすげーと思ってるよ」

ふぅ、と息を吐くと共に思わず笑いが漏れてしまった。


「……大丈夫なんだな? 本当に?」

何度も彼女が自分へと問いかけたように。
オレだって、彼女へ問いかける権利はある筈だ。
だって、その裏側にあるもの……すべてを知ってる訳じゃない。
詳しいことを知っている訳じゃない。
それでも、こいつが無茶してるってことだけは、知ってたから。
分かってたから。
だから、しっかりと見据えた上で、そう問いかける。


貴子、という名前。
そうして、語る言葉に返される言葉。

ま、しらねー訳ねーよな。
風紀委員会で一緒に居たんだから。
一緒に日常だって、過ごしたんだから。

「……あいつも、お人好しだった。
 オレに平気な顔して血を、分けてくれて。
 ごく普通の日常を送りたいんだー、なんて言いながらさ。
 本当に良い……親友だった。
 
 それで、貴子を通じて、
 お前と出会って……ああ、懐かしいな」

それはもうずっと昔のことに思えた。
『あの日』のことも。
三人で話して、日常を送っていたことも。
もう二度とは帰ってこない過去だ。

園刃 華霧 > 「ん……
 間違いなく。アタシのことについちゃ、平気だよ」

それは間違いない
だから、そこは真摯に答える。

吸血されたときの感覚は、別に大したことはなかった


「あはは、貴子ちゃんはね。
 ほんと、お人好しだったねー。
 アタシにも散々説教してきたもんだよ」

なにしろいい加減な態度の自分だったから。
なにしろおふざけが多い自分だったから。

それはもう、色々大目玉を食らったものだ。
それも大分懐かしい話。

「あぁ……懐かしいなあ」

思わず遠くを眺めるようにする


「ま……だから、さ。
 レイチェルの様子がなんか変だなって、いう理由もなんとなく思い当たったんだけど、さ。」

レイチェル >  
「分かった。お前の言葉、信じるよ」

今度は安堵の息と共に笑顔が漏れちまった。

良かった。本当に。


「あははっ、そりゃな。
 華霧、すっげーふざけてたもんな。
 でも、お人好しだからこその説教だった。
 オレだって、怒られたことはあったさ」

あまり危険なことはするな、だとか。
心配してくれたこともあったな。
ああ。

「……うん、懐かしい。今頃どうしてっかな。
 島の外で、幸せにやってりゃいいが」

少しだけ一緒に遠くを眺める。同じ時を、眺める。
けど、はっと気付いたオレは目を、すぐに華霧の顔へ向ける。

……少しだけ心配そうな表情、出しちゃったかな。



「……オレの様子、って。血が足りてなさそう、ってことかね。
 オレに血をくれる……そんな貴子の在り方に気付いてたから、
 オレにあれだけ血は足りてるかって……
 お前はそう聞いてくれた……んだよな」

確認する。
華霧の方をじっと見つめるオレの首は、自然と斜めになっていた。
そしてそれこそが、
今夜の約束に繋がったのだと。

園刃 華霧 >  
「……うン。幸せだと、いいナ……」

アタシの手から、もう離れてしまった。
アタシの眼から、もう外れてしまった。

もう、なにもできないだろう
だからせめて
幸せだけは 祈りたい


「ん? うん、そうだよ?
 だってそりゃ、気になるじゃん」

あの別れから、しばしのとき
もうひとりの友人の様子がおかしいとあれば
それが気にならないわけがない

そこから、答え、らしきものに至るのもそんなに手間のかかることではなかった。


「他に、わけなんて無いよ。
 流石にそんなエスパーじゃないさ」

レイチェル >  
「……ほんと、どうしようもねぇほどお人好し。
 でも、そんなお前が居たからオレはまた前に進めたんだ」

華霧の言葉を全て受けてから、その思いを伝えた。
に、と笑って。
 

そうして。

どうしても、気になっていたことを。



「……なぁ。本当は貴子のことも、零したくなかった?」



幸せを願った華霧に、オレは静かに問いかけた。
先の浴室で彼女が口にした言葉が、
まだ鮮烈に残っていたから。

そしてオレ自身も当然、
親友を失いたくないと思っていたから。
その気持ちは痛いくらいに、あったから。

幸せを願う気持ちは本物だ。
でも、親友として一緒に居たかったという気持ちだって、本物だった。

園刃 華霧 >  
――本当は貴子のことも、零したくなかった?

……………
…………
………
……


だいじょうぶ
もう それは

「……変、だよなあ。
 だって、卒業して
 島の外、でて
 新しい人生を 過ごしてるんだよ?」

のみこめて……


「……なのに、なくした、なんて……
 いうの……」

のみこんで…


「おかしい、よね……」

吐息を吐いた

レイチェル >  
「変なんかじゃ、ねぇさ!」

レイチェル・ラムレイは否定《ほうよう》する。
彼女が自身を誤魔化すそれを、力強く、優しく。。

「おかしくなんか、ねぇさ!」

レイチェル・ラムレイは否定《ほうよう》する。
彼女が自身へ向けている嘘を、力強く、優しく。

「オレだって、同じだ。
 オレの目の前からあいつが居なくなるのなんて、
 嫌だった。幸せを願っていたとしても、だ。
 
 けど、引き留めることなんてできなかった。
 前へ進んでいくあいつを、ただ零すしかなかった」

一緒に居たい。
そんなのは我儘だって、分かってる。だから黙っていた。
『ごく普通に結婚して、ごく普通の生活を送りたい』。
そんな風に口にしてる奴に、
ずっとここで、友達で居ようだなんて、そんなこと言えなかった。

それは、前へ進もうとする彼女の未来を、殺すことになるから。

「なくして、辛くて、傷ついて。
 そういう気持ちでいる奴がすぐ近くに居ることに、
 オレは気付くべきだった。
 
 なのに、オレは風紀の歯車になって……
 『そいつ』を置き去りにして……
 オレが知ってる『そいつ』も、
 どうしようもなくお人好しだから。
 言えなかったんだろうさ。言えないんだろうさ。
 
 『そいつ』に目を向けずに、
 オレが離れていこうとしていたことも。

 近づいているようで、ずっと離れようとしていたことも」

自然と。
オレは手を華霧の方へと、伸ばしていた。

ただ、翳《のば》すだけじゃない。

翳《のば》すその手の先は、見えなくなってしまうから。

だから、ただ救おうとするんじゃないんだ。

オレも、一緒に。

もう一歩、踏み込んで。


オレが開くその手は、
否定《ルーツ》を超えた、セカンドステージ――『受容』。

今のオレの、在り方だ。

「……今はまだ飲み込めなかったとしても、さ。
 乗り越えよう、一緒に」

身体全てを寄せてその手を伸ばした。
好きだとか、恋だとか。
今は、そんなものではなくてさ。


ただ一人で背負おうとしている『そいつ』を。
ただ一人で零さないように頑張っている『そいつ』を。
ただ一人で喪失に悲しんでいる『そいつ』を。


このレイチェル・ラムレイが二度も放っておくと、思うなよ。

園刃 華霧 >  
「は……はは……」

思わず、笑いがこぼれ落ちる。

せっかく、おしこめてたのに
せっかく、なっとくしたのに

また、ほりだされて


「……ったく」


ため息を一つ


「ほんとなら……
 そいつは、アタシの。
 アタシだけの、ものだって……
 言うトコ……なんだけどさ。」


失ったものは自分の手からこぼれたもの
誰のものでもない
自分だけのもの

それを背負うのも自分だけ
それを定めるのも自分だけ

だけれど

――"分かち合う"

ああ、そう、だよな……

それに

「……そうだな。
 レイチェルなら……まあ、いいか」


呆れたような笑いを浮かべた

レイチェル >  
「お前は……オレの呪いを分かち合ってくれた。
 オレだって……お前の呪いを分かち合うぜ」

笑いをこぼす華霧に、レイチェルは笑みを返す。
太陽の如く。満面の笑みを。だってまた一つ、気付いたから。

『時間を止めていては叶わない願いに、
 あんたは今「変わっている」』

なるほど、そういうことかよ。
分かってきたよ、紅蓮先生。

共に歩む……向き合う……その、意味が、また一つ。


「だか、ら……さ」


ふらり、と。視界が揺らぐ。
手を伸ばしたまま華霧を
抱きしめようとして。


「安、心……」


……あ、れ?
ぐらり、と。しかいがかたむいて。


『レイチェルなら……まあ、いいか』

さいごにきいた、そのことば。

あきれたような、かぎりのわらいが。
しかいのはしへ。


――
―――

「ふ、あ……?」

そのままぽすん、と。
レイチェルは横に倒れた。
体力の消耗は、相当なものだったらしい。
華霧を求めて伸ばされた手はそのままに、
ベッドの上ですうすうと、穏やかな寝息を立て始めるのだった。

園刃 華霧 >  
「って、おい?!」

言うだけ言って倒れ込む友人

まえにも これを アタシは 


「……」

ついで、聞こえる寝息
ひとまずの無事は確認できた


「……もー……まったくさ」

ため息を一つ

「締まんないじゃん、ばーか」

笑って口にする。

園刃 華霧 >  
思い返してみれば
今日のレイチェルは、それはそれは
あれやこれやと目まぐるしかった

部屋に来てから

風呂場に入ってから

そして、今


「ほんと、ころころと顔が変わって、まあ……」


思い出して、また、笑う

わらう


「…………」


あのときの
あれは
よく しってる

おもいだした
むかしの

ああ
あの なつかしい かんじ
それは とても

「         」

園刃 華霧 >  
思わず口をふさぐ
思わず周りを見る

そこには寝息を立てるレイチェルだけ

安堵の息をついて、
静かにあわてて部屋を後にした

ご案内:「女子寮 レイチェルの部屋」からレイチェルさんが去りました。<補足:吸血鬼《けもの》の血を、その身に流す少女。>
ご案内:「女子寮 レイチェルの部屋」から園刃 華霧さんが去りました。<補足:その血に決意を湛える少女>