2020/10/06 のログ
ご案内:「二年前、春」にとある女生徒さんが現れました。<補足:新米風紀委員 特徴的な髪色のゆるく編んだサイドテール 眼鏡>
とある女生徒 >  
 
 
二年前・春――風紀委員会本庁舎
 
 
 

とある女生徒 >   
 
  
その女生徒は。
ある時期まで、多くの物語の背景で奔走していた、
どこにでもいるような風紀委員のひとりだ。
そういうものたちひとりひとりに人生がある。
あたりまえのことだ。
 
 
 

とある女生徒 >   
昼下がり。
うららかな日差しが、床に窓のシルエットを等間隔に切り取っている。 
そのどちらもがぴかぴかで、掃除が行き届いているのがよくわかる。

雑然としたイメージのある「庁舎」という言葉を裏切るたたずまいは、
仕事終わりに歩いてみると、とても気分がよいものだった。
綺麗好きの先輩委員がいるとか、小耳にはさんだ気がする。
ありがたい限りだ。

足を止めた。
 
「…………」

おろしたての赤い制服。肩には真新しく輝く腕章。
内勤――庶務を担当する部署に配属を希望した生徒だった。
すこし特徴的な色の頭髪をゆるく編み、サイドに垂らしている。
眼鏡の奥の瞳は、どこか物憂げに、窓越しに満開の桜花を見下ろした。

「…………飽きるまでは、やろっかな」

学校生活には期待に胸ふくらむばかりで、そこに不満などない。
しかし委員会活動となると、望んでいたものとは違った形になった。

そこに。
足音が聞こえるまえに。
気配を感じた。

視線を廊下の奥へ。だれかがこちらにむかってくる。
愛想よくしないと。今は誰もが先輩だ。気に入られておくに越したことはない。

ご案内:「二年前、春」にレイチェルさんが現れました。<補足:時空圧壊《バレットタイム》のレイチェル。学園の制服に外套を着用。>
レイチェル >  
いつも通りに違反部活との戦いを終えた、その翌日。
レイチェル・ラムレイは庁舎を一人歩いていた。
季節は春。多くの新人風紀委員達が入って来ている。
ここ最近は新しい数多の出会いに、日々胸を踊らせていた。

外套を靡かせながら歩むその姿は、十人十色の中にあって尚、
異質な存在感を湛えているように見える。

ある者は其処に幻想を見るだろう。
ある者は其処に畏怖を見るだろう。
そしてまた、ある者は――。

「……ん?」

見知らぬ少女がそこに居た。
鮮やかな赤の制服に身を包んだその女生徒を前に、レイチェルは――

――足を止めた。

それは、目の前の女生徒が纏うただならぬ雰囲気がそうさせたのか。
或いはそれこそ、『必然』の出会いだったのか。

いずれにせよ、二人は出会った。
咲き誇る桜花を切り取ったその廊下で。

「……よ、見ねぇ顔だな」

右手を開いて、ひらひらと振って見せる。
その表情は、太陽の如く笑顔に満ちていた。
底抜けに明るいその笑顔をいっぱいに浮かべながら、
数歩、彼女へと近づく。

揺れる金色の川が、窓から射し込む光を受けて輝きの軌跡を描く。

雪のように白い肌は、瑞々しく。
その顔立ちは少し幼さを残しているが、十二分に整っている。
紫色の瞳は、透き通った宝石の如き美しさを湛えながら、
目の前の女生徒を見つめていた。

「新入り?」

口にする声は、廊下に凛と響く。
桜色の廊下の横にあっても尚、そこに輝きを添えるかのような。
幻想の一場面を切り取ったかのような少女がそこには在った。

そうして、その少女は目の前の女生徒を繁繁と見つめると、一言
口にするのだった。


「……前線組、か?」

とある女生徒 >  
知っている、人だった。 一方的に。
向こうから歩いてきた相手は、それほどの有名人だ。
《時空圧壊》なんて大仰な二つ名で呼ばれている風紀委員。

才色兼備を違和なく纏える存在がどれほど居よう。
"着られている"連中なら嫌というほど見る。
実力に裏打ちされた自信、それが醸し出す存在感。
なるほど、"本物"だな、と思う。

「はっ、はい!」

いかにも、挨拶しようか迷っているうちにかけられてしまった、
なんて風体で、甘い声を、驚いたように上ずらせて背筋を伸ばす。

(ははーん……新入りにもお優しいタイプ、ね)

そのまま少し勢い余ったお辞儀をした。
男子にも女子にもずいぶんファンが多そうだ。こういう手合いはモテる。
共学だった中学までもだが、一年だけ通った女子高では特に顕著だった。
それを冷めた横目で見ながら話を合わせていたのを思い出す。

「この春から、こちらに……はい、先日、入庁したばかりです。
 ……あの、ラムレイ先輩……ですよね?」

眼鏡は印象を誤魔化すのに非常に役立つ。
如何にも大人しげに、気後れしています、みたいな風を装って。
見られている。値踏みでもされてるのかな――吸血鬼に。

「――刑事部の」

入りたかった部署だ。その声には、少しだけ本物の羨望が混じった。

――けれど。
続いた問いかけには。

とある女生徒 >  
「…………え?」

なにを言われているのかわからない、という。
不思議そう、というよりは、驚いたような表情で。

佇まいは非力で。
歩み方は素人で。
どこをどう見て、そう思ったのか、僅かに困惑したような顔を"作った"。

「庶務のほうですよ。
 ほんとは刑事部に行きたかったんですけど、事前の適性検査で、
 刑事部の点数は……よくなくって……ねえ、先輩」

体の後ろに手を組んで、軽く屈んで。
その顔を見上げた。

「どうして、そう思ったんですか?」

レイチェル >  
「ああ、そうだ。オレはレイチェル。レイチェル・ラムレイだ。
 ま、知ってんなら話は早ぇ」

そう口にして、胸の下で腕を組んでふっ、と笑うレイチェルは
目の前に居る眼鏡の女生徒をしっかりと見据えていた。
弱々しくて、内気な性格の少女に見える。
誰もがきっと、そう感じるのだろう。
レイチェルとて、ぱっと見ただけではそのように感じた。
庶務の方へ回るのだな、と。

しかし、彼女を見ている内にレイチェルの胸中に違和感が芽生え始めた。
何処をどうとっても、非力な人間にしか見えない。
そうとしか見えない筈なのに、それでも。

――違う。

瞳に映る彼女の在り方を見たレイチェルの胸がドクン、と脈打つ。
『胸』の中で、目の前の少女の在り方を『否定』する、己の言葉が
自然と浮かぶ。それは吹き抜ける風の如く胸の内を通り過ぎる
違和の感情に過ぎなかったがしかし、そこにレイチェル・ラムレイが
立ってきた戦場の記憶が裏付けとなり、疑念は一つの確信へと変わっていった。

「お前を見てると……なんつーか、違和感があってな。
 適性検査で点数が良くなかったって言うが、
 検査なんてもんは何でもかんでも教えてくれる訳じゃねぇ。
 統一された規格で測れるもんなんざ、誰の目で見ても分かるもんだけだ。
 ま、初対面のオレの言葉だ、笑い飛ばしてくれてもいいが。
 思うに――」

問われれば少しだけ目を丸くしながらそう口にして、
レイチェルは自らの頬を人差し指で撫でる。


「――お前の在り方、自然な在り方じゃねぇっていうか――」


女生徒の纏った嘘は、完璧だった。
きっと、誰もが見抜けない嘘の筈だった。

頭頂部から、つま先に至るまで。
身のこなしから、放つその気配に至るまで。
一挙一動から、言葉の節一つに至るまで。
どうあっても、その嘘は完璧であった。
きっと、どんな人間だってこの女生徒の在り方を疑いはしないのだろう。

しかしながら、レイチェル・ラムレイはその在り方を――

「――『そいつはお前じゃねぇだろ』って、オレはそう感じたのさ」

――真正面から、『否定』した。

淡々とした口調で、眼前の女生徒へ向けて。
『否定』こそが、レイチェルの胸に宿る奇跡《いのう》の性質なれば。


「……悪ぃな。いきなりこんなこと言って、気を悪くさせちまったかも
 しれねぇ。けど、どうしても気になっちまってな」

再び笑顔を向けて、レイチェルは掌をひらひらと振るのであった。

とある女生徒 >  
紫色の瞳を、じっとみつめていた。
特段、すきないろというわけでもないけれど――きれいだな、と思う。
淀んだところのない、ひたむきな透明感。

いままで近づいてきた軟派な連中とは中身はまるで違う。
どうしてやったかも覚えてない木っ端どもとは。
ましてここで足を止めてくれた理由が"これ"、ときたものだ

「……………」

じっと見つめる、銀の瞳。

刑事部に入らなくてもよかったじゃないか。
犯罪者を追い回す必要なんてない。
委員会の中に居るじゃないか。

とある女生徒 >  
 
 
――極上の獲物が。
 
 
 

とある女生徒 >   
「ひどいこと言うんですね、ラムレイ先輩」

言葉と正反対に声を愉快げに弾ませて。
体の後ろで組んだ指を引っ張るように、ぐっと伸びをした。
深呼吸をして、楽にする。

「うそを赦さないこと……それが、刑事部としての適性ですか?
 それならわたしの適性が低いのもうなずけます」

こつん、と磨かれた床を踏む。
硬質な音が廊下に響いた。
素人丸出しの歩き方で、レイチェルとすれ違うように歩みだす。

「青垣山には、もっとたくさんの桜が咲いてますよね。
 ……いっしょに、見に行きませんか?」

振り向いて、微笑んだ。
面を貸せ、と不敵に嗤う。

さて、どう恥をかかせてくれよう。

レイチェル >  
『うそを赦さないのが、刑事部の適性』。
思ってもいなかった言葉が出てきたものだから、レイチェルは
目を今度こそ丸くした。が、それも一瞬のこと。

「青垣山、ね……別にいいぜ。桜は好きだしな」

にこりと微笑んで、その提案を受け入れる。
彼女がどう在るにしろ、如何な理由で自分を誘ったにしろ、
少し話してみたいと思ったから。そして――

――桜。
古来より、特別な花としてこの国では扱われている。
この国の古い歌においては、花といえば桜を示したのだと。
この世界の、この国の人々の魂に刻まれた象徴のような花であるのだと。
そう、学園の授業で教わった記憶がある。

レイチェルは小さい頃から詩が好きだった。
紡いだ言葉に想いを乗せて、一つの芸術と成すそれらが。
場所や時代を超えても、胸に染み渡る感情を揺さぶるそれらが。
だから、この国の古い歌も好きだった。
そしてこの国の人々が愛して止まない桜には、興味があった。
青垣山で桜に囲まれたのなら、詩の一つでも思いつくだろうか、と。
そんな、小さな憧憬を胸の内に抱きつつ。

レイチェルは、目の前の女生徒の足元をそれとなく見やる。
その歩き方は、完全に素人のそれだ。
やはり気の所為だったのかと、一瞬思ってしまうほどに。
その『嘘』はやはり、完璧だった。

「楽しみにしてるぜ」

女生徒がレイチェルに興味を抱き始めていたその時、
レイチェルもまたこの女生徒のことを知りたいと、
そう感じ始めていたのだった。


その在り方に、少しだけ影を感じたから。
 
 

とある女生徒 >  
 
 
同日――青垣山
 
 
 

とある女生徒 >  
桜花の化粧も色濃い山にさしかかると、女生徒の機嫌は目に見えて良くなった。
気に入りの曲の旋律を口ずさみ、ハイキングさながらに花びらの絨毯を歩く。

「花紅柳緑……やっぱり、綺麗。
 刑事部のみなさんで、お花見とかなさるんですか?」

枝に見事についた花を見上げながら、先導する。
さっき、『桜は好き』という言葉に対して、嬉しそうな微笑を返している。
美しいものは、すきだ。
いなくなっていないかと、背後を確かめる。

「――――」

美しいもの、というならこのひともそうだ。
容姿、造形、声――それがどんな美を見せてくれるのか、
大変に興味があった。

「桜は、花言葉で……"内面の美"を謳っているとか。
 咲いているうちに、一度は描きに来たいな……」

つぶやく。そもそも、絵を描きに来島しに来たのだ。
さすがに荒事で鳴らしている人だし、芸術に興味は――どうなのかな。

内面の美。

――"そいつはお前じゃねぇだろ"

醜い、と言われたのだろうか。
在り方を糾弾されまいとする偽りであることは――否定しない。

思考に反して、足取りは淀みなかった。
次第、桜の森の奥深く、普通は立ち入らないような場所まで。
異界に誘う妖精の如く、彼女を導いた。
そこに、目当ての場所があることを知っていた。

レイチェル >  
――随分と上機嫌だな。

その気持ちも、分かろうというものだ。
桜色に彩られた山々は、思わず見る者の心の内にも美しい花《かんじょう》
を咲き誇らせるほどの魅力を見せつけていた。

「かこ……う? りゅうりょく……ねぇ? ああ、まぁ綺麗だよな、桜は。
 花見は……そうだな、いつか行けたらいいが、なかなか忙しい奴も多くてな」

彼女が口にするのは、聞いたことのない四字熟語。
この国の言葉の文化には興味があり、少しは勉強していたのだが、
まだまだ勉強せねばならないな、と実感させられたレイチェルであった。
よし、帰りに本でも買うか、などと思いつつ。
微笑みながら先導する彼女に対して、レイチェルもまた柔和な笑みを
返して渡す。

「桜の花言葉、ね。そいつは聞いたことがあるぜ。
 まぁ、こんな綺麗な花なんだ。綺麗な心を表すにはもってこいだろ」

両腕を後頭部にやりながら、歩を進め続ける。
妖精に導かれるままに、外套を揺らしながら。

「しっかしまぁ……描きに来る、ねぇ。
 ってことは……絵描きなのか? だったら今度絵、見せてくれよな」

興味深げに笑いながらそんなことを呟くレイチェルは、
先導する彼女を追いかけて、歩いて、
歩いて。

とある女生徒 >  
「こう見えて、芸術学科の生徒なんですよ、わたし。
 多くの美しいものを心にうつして……それを描き留めるために。
 先輩も、とっても素敵ですよ。び、もく、しゅう、れい。わかりますか?
 ――ぜひ、こんどモデルを! まだ画家見習い、ですけどね」

からかうように、ふふん、と上機嫌に笑った。
あまり性格はよろしくない。人が困る様を見るのが好きだ。

「春の美の見事なさまを語ることば、ですよ。
 花はくれない、柳はみどり……ねっ?
 絵も、そういうことばも、おじいさまに教わったものなんです。
 
 ――そういえば、先輩、どうして"オレ"って?」

ことば。といえば、歩きながら振り向いて問うてみる。
流暢な"こちら"の言語を、迦陵頻伽なる声で諳んじる彼女が、
さて、男言葉を選んで使っているのはどうしたものだろう。
男性装をしているわけでもないし――"男役"?

(ふたりきりになるのは無防備だったかなぁ)

なんて、内心の嘲弄が、フフ、とせせら笑いになって声に出た。
残念ながらそういう趣味はない。

さて、しばらく歩き、森の奥。
そこには不思議な桜の樹がある。

縮尺が、まずおかしい。
大の大人が腕を広げて、何人ならばその幹を囲めるのか。
樹齢の遥けきを思わせる精強さもさることながら、
高さもまたひときわ突き出ている。

その前にふらりと歩み出ると、そちらを振り向いて。

「では一度だけ、お見せします。
 わたしがうそをついている理由も、お教えしますよ」

三日月のような笑みを浮かべた。

――そして、その桜の特色はもうひとつある。
それは、もう『現在』のこの島から、失われたもの。

レイチェル >  
「あー、眉目秀麗……は知って……っておい!?
 そんなこと面と向かって言うもんじゃねぇぜ」

妖精のからかいにすっかり乗せられてしまうレイチェルであったが。
ややあって、からかったな、とじっとりとした目で言葉を投げかける
のであった。

――やれやれ、そういう手合《タイプ》か。

眼前の女生徒の性格が少し分かってきた気がする。
頬を人差し指の腹で撫でるように掻きながら、レイチェルは
からかいの笑いを見せる彼女に呆れた視線をくれてやるのだった。

「ははーん、成程。それで花紅柳緑か。理解したぜ。
 でもって、お前の爺さんも絵描きだったんだな。
 じゃあお前は爺さんに憧れて絵を描いて……芸術学科に?」

教えられた古風な言葉を奏で、絵まで描くというのだから、
余程祖父のことを尊敬しているのだろうか、と。
そう考えたレイチェルは、疑問をそのまま少女に投げかけた。

「オレのこの話し方は……まぁ、オレに剣やら何やら教えてくれた師匠
 の爺さんが居てな。その爺さんの口調を小さい頃に真似してたら、
 癖になっちまったってだけさ」

口の端を緩めるレイチェル。
昔は、普通に女の子らしく『私』と口にしていた。
しかし師匠と出会ってから、憧憬の念に引っ張られて口調もこの通りだ。
今では『私』などと口にすると、どうにも違和感を覚えてしまう。
『レイチェル・ラムレイ』の口調は、もう長いこと続けているから。

「……へぇ、こんな桜の樹があったんだな」

途中から二又に分かれたその樹を、レイチェルはじっと見つめた。
綺麗だな、という感情に先んじて、不思議な在り方の樹だ、という
簡潔な印象が胸に強く刻まれた。

さて、彼女が見せるものとは。

とある女生徒 >  
「うーん」

人差し指を顎にあてて、わざとらしく考えるように唇を尖らせた。

「おじいさまを尊敬しているのはそうだけど。
 絵を描き始めたのは、すきだから――あー、でも、
 たしかに最初はおじいさまが描いてるから描きはじめた、気がする。
 ……楽しくて、すきなんです。 先輩にはそういうこと、ありますか?」

思い出してみると、愉快そうにころころと笑った。
絵の話になると、露骨に機嫌がよくなる。
自然に、そうして彼女のことも問い返して。

「なるほど?……ははぁん。
 "王子様"を演じていらっしゃるものとばかり。
 つまり先輩はそのお師匠様のことを尊敬していらっしゃるわけだ。
 
 ――すなわち我らは老境の先達に薫陶を賜った者同士。
 やつがれとおまえは氷炭相愛の在り方かと思ったが、
 存外、已己巳己の間柄であるのやもしれないな」

と、芝居がかった声で語ってみせると。

「――いやあ、"やつがれ"はさすがにないですね、ない。
 妖怪っぽい感じなんですよね、うちのおじいさまは。
 先輩のお師匠様は、豪放磊落!って感じに聞こえましたよ」

真似るのは、口調以外で十分ですね、なんて笑いながら。
眼鏡を外して、ケースに押し込んで。
髪の毛を解いた。光沢のない、冬の滝のような長髪が流れる。

「――さて」

春の陽光のなかにあって、凍りついたような。
野暮ったい眼鏡で印象を欺瞞したその素顔は、
どこかあどけなさを残す、透明な美貌。

とある女生徒 >  
刹那にも満たぬ間に、それはこの世に現れ、そして泡沫へ消える。

――"そいつはお前じゃねぇだろ"

その言葉に倣うなら、嘘の裏側にあるこの真実こそが。

「――――これが、"わたし"」

"更に満開になった桜"という、結果をその背に。
哀しげな笑顔が振り向いた。
誇るでもなく。
虚しさばかり募らせたようにして。

嘘のない笑顔は、どこまでも真っ白い感情を浮かべている。

「"わたし"は、こんなもん、なんだよ。
 褒めそやすやつに、文句言うやつにいってやった。

 "こんなもんのなにがたのしいの?"って。

 そいつらの悔しがる顔は楽しかったけど、ね――すぐに飽きちゃった。
 こんなのより、絵を描くほうが、わたしはずっとすきなんだ」

そして、この女生徒は。
その自分の成したことに、一抹の価値も見出していなかった。
なれど――周囲とのその認識の齟齬に、その道を選ばなかったことに。
悔悟の念があるのは、確か。

さて。
それでも期待するものはある。
この"侮辱"に、こいつはどんな顔をしてくれるだろう。

怒ってくれれば儲けもの。暴力まで来れば最高だ。
欠片も愛していないものとて、こういう時なら"使える"。
そう、考えている。その程度のもの。

レイチェル >  
「師匠のやってることを見て真似したことは全部、生きる為の手段に
 過ぎなかった。でもな。師匠から教わって、唯一心の底から好きだと、
 そう思えたものは確かにあったよ……詩、だ。ま、読むことしかしなかったが」

今や遠く離れた異界の詩の数々を、脳裏に想起する。
幾度も捲られてすっかり色褪せてしまった詩集を、
寝そべりながら読み耽ったものだ。
詩は、レイチェルにとって師匠と並び立つ程に大きな心の拠り所だった。

「王子様、ね。
 残念ながら、役者をやれるほどの器用な性分は持ち合わせてなくてな。
 ……で、つまる話が、意外にもオレ達は似た者同士って言いてぇ訳だ。
 ま、そこんところは納得だ」

異邦人の知識には無い古風な表現が混ざっていようとて、
文脈からある程度の意味を推測すれば良い。
そして彼女が語るその話は、十分に頷けるものだった。
互いに老練の先達を師と仰ぎ、その背を追って道を歩んできたのだ。

そして、眼鏡を外す彼女を見やれば。
今から眼前にて展開されるものがレイチェルが彼女の内側から薄々感じ取っていた『嘘』の裏側を示すものであることを、
言外の内に改めて察するのであった。

レイチェル >  
「……面白れぇじゃねぇか」

不敵な笑みを覗かせながら、レイチェル・ラムレイは呟いた。
そこには彼女が期待する怒気どころか、悔しがる色すらも無い。
彼女に向けられたその笑みは、何処か挑戦的ですらあった。
しかしその笑みも、すぐに消え去って。
レイチェルは静かに語を継いでいく。

「……でも、ま。お前の『在り方』、きっと惜しんだんだろうな、周りの奴らは」

伏し目がちに、レイチェルはそう口にした。
視線は、散って地に落ちた桜の花びらへ吸い寄せられていた。 

これ程までの技を持ちながら、価値を見出していないのだとしたら、
彼女が武を重んじる家の者であったとするならば。
瑣末事にも思われる芸術を追い求めたとするならば。

「お前の『それ』にも『絵』にも、
どっちも興味がある前提の上で言うけどな。オレとしちゃ……

価値がないと断じた上で放たれてる……
そんな魂の無い『それ』よりも、

お前が好きだっていう魂の籠もった『絵』の方に、
一段と興味が湧いてるぜ」

レイチェルはそう伝えれば、顔を上げて笑った。
一層眩しく咲き誇る桜と、
胸に期待を秘めた彼女を前にして、
庁舎で会った時と同じく、
その場に更に輝きを添えるような、満面の笑みを浮かべて見せた。

とある女生徒 >  
"面白い"と言われれば。
垣間見えたその感情に対し、桜の花の隙間より春の空を見上げた。

「"山をどこまで登れたか"――そう競う楽しみもあるのかもしれないね。
 わたしには、それもよくわからなかった。

 山を登り終えたら終わりだと思ってた。
 みんながそう言ってた。誰も登り終えてなかったから。
 ……登り終えたひとはみんな、"その先"にいって。
 ……もどってこなくなったんだと思う。
 
 山の頂のその先には、"空"がある。当たり前のことなのにね。
 わたしも登り終えて、天涯無限の"空"をみて。
 ――嫌気が差しちゃったんだよね。"これ、つまんない"って」

だからそこで、"引き返す"という道を選んだのだと。
惜しまれる道であれ、人生のすべてを捧げられる道かといえば。
欠片も愛していなかった、というのが答えだった。

さて、そんな自分を笑顔で肯定され、あまつさえ絵に興味を示される。
拗ねたように唇を尖らせた。壊すとっかかりが見つからない。
顎に手を宛てて。

「……なんで悔しがってくれないの?」

物凄い勢いで睨んだ。低く抑えた声で唸るように呪った。
どういう意味で言ってるのか見定めようとした。
真っ直ぐ過ぎる言葉を、真っ直ぐ受け止めるのはむずかしい。
くしゃくしゃと白い髪をかき撫でた。

「そういってくれるのは、うれしいけど。
 いくらでも、見せたいけど。
 気を遣って……くれてるんだよね?
 ……おじいさまも、家族も、周りも、そんな感じだった」

自分の"正体"を通して絵を見られることに戸惑い。
"正体"に比べて落胆されるという不安もある。

「乙女の秘密をいきなり暴いて、全部曝け出させたくせに。
 そのうえで甘い言葉をかけようなんていうのは、
 すこし、ずるいんじゃないかな……?」

求めたものは、彼女の醜態は。
降って湧いてこなかったのである。

うつむいて、笑顔を見上げる顔は、弱気なものだ。
激しく攻撃的で、強い嗜虐性を持ち、嘘にためらいがない。
そうした苛烈で悪辣な精神性は、そのくせナイーブ。
仮面を一枚剥げば"めんどくさい女"だ。

「絵はすき。……あなたの詩も気になる。
 異界の詩、なんだよね? どんなのが好きなの。
 自分で詩ったりはしないの? やっぱり異界の言葉で?」

笑顔を作り、覗き込むようにして、問いを重ねた。
指を立てて、空中を撫でる。

「ねえ。白と黒があれば、詩を書けるでしょう。
 白黒つけることしかできないあれよりも、ずっと面白いよ。

 でも。わたしは。"あれ"を。

 欠片も愛してはいないけれど。
 欠片も侮ってもいない。

 多くのひとにとって、わたしのたどり着いたものが。
 価値があるものだとはわかっているから。
 ……選んだこの道が、ただしいのかどうか。
 それを、ずぅーっと悩んでる」

ことばを真っ直ぐに受け取れないのは、そうした負い目だ。
知らずに絵を褒められることと。
知った上で絵を求められることは。
まるで違っていた。

とある女生徒 >  
 
 
――続きは次回の講釈にて
 
 
 

ご案内:「二年前、春」にとある女生徒さんが現れました。<補足:新米風紀委員 特徴的な髪色のゆるく編んだサイドテール 眼鏡>
ご案内:「二年前、春」にレイチェルさんが現れました。<補足:時空圧壊《バレットタイム》のレイチェル。学園の制服に外套を着用。>
レイチェル >  
宙に浮かぶ桜色を通して、二人を取り囲む春風を微かに照らす陽光。
共に見上げた空は、その輝きを幾分か増しているように見えた。
輝ける天の先は何処までも透き通った、鮮やかな蒼色で。
しかし其処にはただ、虚ろな風が粛々と踊るのみ。


「道の歩き方は、楽しみ方は人それぞれだからな。
これまで大事に抱えてきたもんを諦めるっつーのは……
たとえ『こんなもんのなにがたのしいの』って、そう思ったとしても、
正直、そんなに簡単にできることじゃねぇと思うんだ。
かけてきた時間がある。流してきた汗がある。周りの目もある。
それでも、お前は自分の好きなものを追いかけたんだろ。
そういう生き方、オレは好きだぜ」


真っ白な感情には、輝く笑顔を。
両腰に手を当て、少しばかり腰を折り曲げて女生徒の顔を見上げれば、
レイチェルはそう告げたのだった。自分を貫くその生き方が好きなのだと。
そして。


「確かにオレが築いてきた技術じゃ、そんな風に桜を咲かせられねぇ。
一生かかっても、真似事はできねーかもしれねぇな。
でも、別に悔しいとは思わねぇさ。
他人を見て悔しがるのは、自分に満足できてねぇからだろ。
オレは、オレがオレとして在ることに満足してる――」


そう口にして、次元外套《ディメンジョンクローク》に手を入れた。
次元外套の内側は、まるで漆黒の宇宙がそこに存在しているかのように、
暗い輝きに満ちていた。そこに突き入れた手を再びレイチェルが出した時、
その手には拳銃が握られていた。
人差し指のみをトリガーガードに突き入れ、
そのままガンスピンの形でくるくると回して見せる。


そうして回し終えた銃口を、女生徒へと向けた。
レイチェルの口元が、ふっと緩む。


「――誇れるもんだってあるしな。培ってきた技術も知識も、
尊ばれるべき個性だと思ってるぜ。でも、個性以上にはなり得ねぇ」


ばーん、と。悪戯っぽい笑みと共に冗談っぽく口にしながら。
そのまま銃口をバックスピンの形で半回転させると再び外套へとしまい込んだ。


「当然、異邦人だからな。異界の言葉だぜ。
……詩は、読むことが多かった。
幼い頃はよく、詩人の目を通して紡がれる世界に憧れたもんさ。
自分で作ったこともなかった訳じゃねぇし、
今でもたまには頭の中に思い描くことはあるが……
ま、機会がありゃいつか聞かせてやるさ」


困ったように笑うレイチェル。
流石に初対面の相手に自作の詩を聞かせるのは彼女とて恥ずかしかった。
そうして。彼女が次に語った言葉を受ければ悪戯っぽい笑みは消えて、
真剣な表情で向き合うのだった。


「悩んでる、ねぇ。人生は選択の連続だ、なんてよく言ったもんだが。
オレから言わせりゃ、いちいちそんなことで後悔して悩んじまってるのは、
どうかと思うぜ。まだ歩いている最中だってのに、
こっちの道は不正解だったんじゃねぇかとか、
あっちの道を選んでおけば良かったんじゃねぇかとか。
そういうの、一番『くだらねー』と思う」


レイチェルは。


「だってまだ歩き終わってないじゃねーか。お前は『それ』の道を諦めて、
自分が好きなもんを追い求める道を選んだ。そいつは過程でしかねぇ。
こうしてまだ生きて、歩いてるんならまだ『正解』か
『不正解』かなんて、そんな答えは出ちゃいない筈だろ。
だから、出てもいねぇ答えについて、不安に思い悩むよりも。
オレ達ができることは……すべきことは――」


真っ直ぐに、瞳を見据えて。


「――『選んだ道を、正解にする』。し続ける。
自分が選んだ道を、満足いくもんに変えちまうんだよ。
その為に足掻いて、前向きに努めることだ。それしかねーだろ」


その悩みを、否定した。

レイチェル >  
そうして。

「別に、気を遣ってるからこういうこと言ってるんじゃねぇさ。
 ただ……思ったことをそのまま、お前にぶつけた。それだけだ」

先の問いかけに答える形となる締めくくりの言葉を、
真っ直ぐに見据えて口にするのだった。

とある女生徒 >  
肯定してくれる。
肯定は、してくれる。
言葉は淀みなく、桜の花が受ける陽光と同じように眩しい。
直視出来なかった。視線を反らし、耳に心地よい声を受ける。
嬉しくない――わけではない。

愛していないのに、否、愛していなかったからこそ、
瞬く間に補陀落を登り詰め、空を見上げた者の"努力"は。

「"頑張ったことなんてない"――って言うほうが、みんな良い顔するもん」

嗤った。どこか虚しく。
人生を賭して心血を注いでも、未踏峰に辿り着けなかった者ばかりだったから、
十代半ばにして空を見上げた自分が、本当に"努力"をしたのかわからずに。
だからきっと、自分は努力をしていない、と考える。

「――――ッ」

手品が見えた。銃口が向くと、僅かに肩が竦む。
"栓が閉まった"状態ではどうしようもない。かといって開くのも流れ的に悔しい。
流石に撃つまい――そう思うけど、暴力はせめて死なない程度にして欲しい。
平静を保ち、見事なガンプレイを眺めて、ぱちぱち、と拍手を贈った。
すこし機嫌はよくなった。

「―――――」

要するに。
彼女が言いたいことは。
事の正否に煩悶するのではない。無思慮であれということでもない。
要するに、強靭なまでの"自己肯定"、言うなれば"自信"の話か。

――『選んだ道を、正解にする』。

ずしりと胸に響いた、まっすぐな言葉に、

「…………?」

首を傾げて。

とある女生徒 >  
 
 
「………………なに、それ?」

目を細めて、怪訝な顔で見つめた。
 
 
 

とある女生徒 > 「それ、言ったらおしまいなんですけど」

敵愾心さえ滲む声色で、彼女の『否定』に噛み付いた。
色んな悩みを否定し、不自由を否定するその言葉は。
言葉そのものは、混沌という心地よいモザイク画を導く筆だ。

「唯我独尊、青天白日、闊達自在――たしかに、聞こえがいいことばだけど。
 自分が正解だと思えば、それでいい、ってことよね」

腕を組み、真っ直ぐに見上げて。

「でも、あなたはいま。
 "ただしい"ところにいる」

太陽を喰らおうとした白い狼のように、唸る。

「《時空圧壊》のレイチェル・ラムレイ先輩。
 あなたはわたしにとって――聞くところによれば。
 "主役(ヒーロー)"のような人。 少なくともこの学園においては。
 社会的強者であり、成功者であり、確たる努力でその地位を築いている。
 ――そんなあなただから、言えてるだけでしょ?」

どっから見下ろしてくれてるんだ、と。
強者の傲慢を見出して、裸の心で世界に触れ合う少女は噛み付いた。

「この島の秩序を担う、風紀委員会刑事部の英雄豪傑様だから!」

腕を空へと勢いよく振り上げ、そして振り下ろし、指さした。
真っ直ぐに、その透き通った鼻梁、美しき鼻っ面にむけて。

「では、あなたの魂が、そのマントの裏側のような無辺の漆黒(やみ)に赴いたなら!
 "風紀委員"を捨ててそちらに行けるとでも?
 行けないでしょ。《時空圧壊》を、《レイチェル・ラムレイ》を、
 詩歌にうたわれるような、美しく強い在り方を捨てるなんて。
 つくりあげてきた偶像を捨てることなんて、できないでしょう。
 しがみついて、すがりつくでしょう――そういう話ですよ」

この女生徒にとって。
"すべて"は、"ちっぽけな存在"だった。
もちろん、自分も含めてだ。だが、空を見た自分に。
"同い年の先輩"が垂れてきた講釈には、そう詰らずにはいられなかった。

「陽も届かぬ極夜の底でも、あなたは"その道を正解とする"と、いえるとでも?
 ああ、そうか――"自分ならそんな道は選ばない"ですか?
 正解、というつよいことばも、お師匠様の受け売りですか?
 それは――"あなた"が、口にしていい言葉じゃない……!」

ここまで、噛み付いたのは。

社会の枠組みという鎖、善悪という枷、周囲の期待という重しに縛られて。
そのなかにあっても、自分の選択を肯定し続ける生き方をせよ、というのが。
どこまでも、自分が征きたいと希っていた"道"。
誰もが後ろ指を指すだろう道行きへ迷いなく踏み出して、
自我の獣の如くに悠々と、鼻歌混じりに謳歌してみせる、そんな生き様。

ただ、ひたすらに。
"この鬱陶しい女"に、こんな言葉をかけられたのが。

とある女生徒 >  
 
 
――"悔しかった"。
 
 
 

レイチェル >  
『同い年の後輩』が放つ言葉を、レイチェルは全て受け止めた。
年下の後輩でなく、同い年だからこそ伝えられる言葉がある。
レイチェルはそう感じながら、丸裸の言葉を紡いでいく。

「ったく、ぐだぐだ言いやがる。
 言っとくが……オレは、主役《ヒーロー》なんかじゃねぇ。
 そんなもんには、なりたくもねぇ。くだらねぇにも程がある。
 だから、そんなもんには縋りつかねぇさ。
 でもって、他人様がどう評価してるかなんざ、知らねぇけどな――」

睨むように、女生徒を見据える。レイチェルとてまだ若い。
己の感情を隠しもせず相手にぶつけるのは、彼女の常だった。
しかしその後に続く言葉を語る内に、その表情は困ったような、
穏やかな色になっていく。


「――風紀の仕事でも沢山失敗してきたし、恥も晒してきた。
 書類仕事は苦手だし、気に食わねぇもんを見るとすぐカッとなっちまって、
 まだまだ先輩に怒られてばっかりさ。
 戦いの腕だって、まだまだ未熟なもんだ。
 オレだって、そこんとこは不安に思わない訳じゃねぇさ。
 でも。
 いや、だからこそ。
 自分が選んだ、今歩いているこの道を、変える為に足掻くんだ。
 まだ先が見えていない道なら、いくらだっていい方向へ変えられる。
 そう信じて、歩き続けてるんだ。それしかねぇんだ。
 選べなかった道に目をやるよりも、オレは前を見ていたいからな」

レイチェルは決して、今自分が歩いている道が正解だとは思わない。
未だ、彼女とてこの道が何処へ向かうのかなど、見えていないのだから。
それは、山を登った先に見える空のように、見通すことのできないものだ。
故に彼女は前へ前へと、手を伸ばすのみ。

「ま、ちなみに鋭いお前さんの言った通り、半分は受け売りだな。
 オレの師匠は言ったよ。『自分が選んだ道を信じろ』ってな。
 だから、オレは道を信じようと思った。でも、ダメだった。
 いつだって、悩んだし苦しんだ。今だって、そうさ。
 だからこそ、オレはこの道を自分の納得のいくものに
 変えるしかねぇと思ったのさ。
 そんで、道を変える自分自身を、信じるしかねぇって思った。
 だから、そう信じて歩いてる」

怒りを顕に噛み付いてくる眼の前の女を前にして、
レイチェルは目を閉じ、首を振った。

「オレの考え方が気に食わねぇなら、それでもいいさ。
 そんな生き方したくねぇってんなら、聞き流して構わねぇ。
 それでもな、道の選択に悩んでいるよりもずっと、
 前向きな生き方もあると思ってる。
 何より、お前が選んだお前の『好き』な、『楽しい』道なら……
 オレは、それで良いんじゃねぇかと思う。
 そのことを伝えたかっただけだ」

とある女生徒 >  
「冗談じゃない」

彼女の言葉が締めくくられると。
鼻を鳴らして、一笑に伏した。
肩を震わせ、失笑しながら。

「あなた、ほんとに……苛々する性格してるわ」

天賦を持つ自分よりも、地の底で足掻いている者たちのほうが、
楽しそうに人生を謳歌しているのを見た時に覚えたものは。
苛立ち。理不尽。嫉妬、羨望。
英雄然とした彼女が告げる、"レイチェル・ラムレイのままならなさ"に対しても。
似たようなもやもやが、胸のなかにわだかまる。
空白では得られるはずもない、そのままならない"穢れ"こそ。

「かんたんすぎるよりも、ほどほどに大変なほうが楽しいに決まってる。
 あなたの"道"は、きっと楽しくてしょうがないんでしょうね。
 ……で、なに?"そんな生き方したくないなら"?」

指をつきつけた手をほどき、大仰にふりぬいた。
甘やかに透き通った声で、朗々と謳う。

「"そんな覚悟なんてないんだろ"とでも、言いたいの?」

本当に。
"どこから物を見ていやがる"――その激情のまま、女生徒は、

「冗談じゃない!」

笑った。

「あーあー! やーだやだ!
 "それで良いんじゃねぇか"ぁ?
 悩んでたらあなたにそんなこと言われるんだったら、
 だれもが憧れて。だれもが、まちがえることが恐くて。
 おいそれと選べない生き方なんて」

首をふり、白い髪を払い、そして。
孤月の鋭さを持つ笑みで見据える。

「――"選ぶ"に決まってるでしょ。
 "やってやる"わよ。あなたよりも強く、気高く生きてやるためにも」

それを選べないすべての者達を、嘲弄するために。

「だから、そのために。
 レイチェル・ラムレイ先輩。
 あなたから色々と――"盗ませて"欲しいな」

そして。
身体の後ろで手を組むと、腰を折って、上目遣いで睨みつけた。
先んじて、その道を踏み出したらしく。
上からものを言ってくれた相手の鼻を明かすために。
心に映した極彩色を、その手で現世へと描き留める、
こたえのない学問に向き合い続ける修羅道を謳歌するために。

「刑事部に異動願いを出すので、どうぞよしなに」

適性診断の結果に迎合して、"やりたいこと"を見逃すような。
消極的な、物分りのいい、目立たない生き方は、やめだ。
楽しくない。嘘は、光のなかでつくから面白い。
このまばゆい太陽の光輝を浴びながら。

この、目の前にいる、レイチェルとかいうおもしろい女の。
硝子の薔薇めいた美しき心が折れ、砕け散る瞬間を味わいたい。
みじめに、無様にあがく姿を見てみたい、闇に沈むその様を。
きっと、すばらしい味が舌に転がる筈だ。
――それを、特等席で味わうためにも。

その時に、さっきの言葉を、この女が吐けるかどうか確かめるためにも。

「……まさかあそこまで色々言っておいて、ここで逃げたりはしないよね」

悪辣な性格の滲む笑みを浮かべて、その女生徒は嗤う。

レイチェル >  
「はっ! 言うじゃねぇか。じゃあ、選んでみせろよ。盗んでみせろよ。
 後悔のねぇ道になるように、お前も覚悟して歩いてみせろ」

レイチェルは、ここに来て初めて挑発的な笑みを浮かべる。
その笑みは心の底から楽しそうに、女生徒へと向けられていた。
にっと笑ったその口から、鋭い牙がちらりと覗いた。

「オレも一緒に足掻いてやるさ――」

レイチェルだけには見えていた、彼女のその表情の裏側。
それを見据えて、レイチェルは嬉しそうに笑っていた。
内にレイチェルらしい鋭い色が混ざっていたとしても、それでも確かに笑っていた。

そして。

「――しかしまぁ、『逃げる』ねぇ。冗談じゃねぇぜ。
 お前も随分偉そうに言ってくれるじゃねぇか、あぁ?
 でも、良いぜ。お互い好き勝手言う関係は、嫌いじゃねぇし……面白ぇ。
 だから――」

変わらず、真っ直ぐに。
しかし、瞳の内には確かな炎を宿して、レイチェルは返す。

「――来いよ、刑事部。友達少なそうなてめーの面倒見てやらぁ。
 で、お前こそ……逃げたりしねぇよな?」

そうして、右手を握手の形で差し出す。
『逃げたりしねぇよな』というその言葉と共に、力強く。
春の風が穏やかに、金の髪を撫でて陽に輝かせている。

レイチェル >  
「そんじゃま、改めてっと。
 オレはレイチェル・ラムレイだ。よろしくな――」

面倒そうな後輩ができちまったもんだと、レイチェルは内心で呆れたように笑う。
これから忙しくなりそうだが、まぁそれもいい。
きっと楽しい道になる筈だ。


してみせる。



「――お前の名前は……?」

少女に向けて不敵な笑みを輝かせながら、伸ばした手をそのままに、
レイチェルはそう問いかけた。

とある女生徒 >  
「お友達が少ないのは、入学したばっかりだからでーす」

自分の人間的な欠陥は熟知していた。
いちいち腹を立てたりはせず、開き直った物言いとともににまり笑う。
友達は実際、絶無というほどではないが、殆どいない人生だった。
それを是とわきまえているような人間だ。
差し出された彼女の手を見ると、自分の腕をもたげて。
なんとなく掌を眺めた。


この時は、のばされた手を振り払う選択肢なんて――無かった。


「熱烈峻厳な訓練のお噂はかねがね。
 ――"この程度?"って、笑われないよう、全力でどうぞ」

握手。か弱い指先が、しっかりと決意を確かめる。
春風にさそわれて芽吹くよう、愉しみはつぎつぎと萌芽して。
目の前が色づいていくような心地だった。

「――あ、そういえば」

問われると、目を丸くして。
名乗ってなかったな、と視線を横に動かしてから。

とある女生徒 >  
 
 
「月夜見真琴。 よろしくね、レイチェル」
 
 
 

ご案内:「二年前、春」からとある女生徒さんが去りました。<補足:新米風紀委員 特徴的な髪色のゆるく編んだサイドテール 眼鏡>
ご案内:「二年前、春」に月夜見 真琴さんが現れました。<補足:やがては、《嗤う妖精》と。>
月夜見 真琴 >  
光輝をあびて。
闇のなかから、表舞台に引っ張り出されたその存在は。

認識されることで、月夜見真琴として。
その物語の背景に一輪の白い花を添える。

「さて、じゃあ可愛い後輩から先輩に。
 さっそくおねだりしちゃおうかな。
 よろしくついでに、詩を吟じてくれない?
 この片欠けの桜が咲いてるうちに、また来られるかもわからないし。
 ――異界の詩、聞きたいなぁ」

左手は人差し指を立てて、唇の前に。
甘ったるい声は、猫を撫でるようにじゃれついた。

レイチェル >  
「お前こそ、訓練中にびぃびぃ泣き言吐くんじゃねぇぞ?
 全力で来いよ」

肩を竦めるレイチェルは、女生徒を見ながら思う。
本当に、楽しい春になりそうだと。

レイチェルは、春が好きだった。
この世界に来て、そして学園に入って知った、春の素晴らしさ。
『出会いと別れ』の季節とも呼ばれているらしいこの季節は、
この国の人々にとって、とても重要な季節であるらしかった。

自分の生まれた国にも、四季はあった。
同じように、『始まりと終わり』と呼ばれる季節も。
世界が違っても、同じものを感じられる。
それが少し、嬉しかった。

 
「ああ。よろしくな、月夜見」

そうして互いの手を交わらせた後、その手を離して
レイチェルは彼女が続いて話す言葉を、耳する。

「なーにが可愛いだ。
 自分から可愛いだなんて言ってる奴は可愛くねーっての。
 でも、うん。
 そうだな……詩か。悪くねぇ、な」

再び見上げる。青垣山の桜は、確かに綺麗だった。
美しく、枝の先で誇らしげに咲いている花もあれば、散っていく花もある。
それらを見ながら、レイチェルは目を閉じた。

レイチェル >  
彼女の口から、詩が紡がれる。

紡がれるその言語は、月夜見真琴の知らぬ響きだった。
抑揚に、響き。聞いているだけで心が落ち着くような、優しい童謡のような。

言葉の節々から感じられるその色は時に重厚な幻想を奏で、
時に軽やかなそよ風を奏でた。

それは、異界の詩。彼女が生まれた故郷の言葉を使って、
彼女自身の想いを表した――詩《こころ》。

 
「――『出会いと別れ』には桜色。今は、散って。
 
 ――『始まりと終わり』の桜色。今は、落ちて。

 ――散りゆく花々は別れを惜しむ顔をしているのだろうか。
 
 ――落ちゆく花々は悲しげに溜息をついているのだろうか。
 
 ――彼らの顔の色は薄紅色。

 ――変わらぬままの薄紅色。
 
 ――だとしたら、終わりに見えるそれは。

 ――だとしたら、悲しみに見えるそれは。
 
 ――新たな道への飛翔なのだろう
 
 ――前に進む為の飛翔なのだろう」


そうして、改めてこの世界の言葉で詩を紡いで聞かせた。
そうして詩を紡ぎ終われば目を開き、レイチェルは少し恥ずかしそうに指で
頬を掻いた。

「……今聞かせたのは。ま、そんな意味の詩だ」

月夜見 真琴 >  
掌にぬくもりを残したまま。
詩作を邪魔するまいと、茶々入れはせず、制服の上着のポケットを撫でて。
時折、そよりと抜ける春風に、金糸が揺れる様を眺めていた。
その唇が異界の言葉を紡ぎ始めるや、しばし。
ゆるやかに睫の影をつくり、瞑目して、遠い世界の韻律に聞き入った。

「散華を前向きにとらえるのが、レイチェル流というかんじ」

うっすらと瞳を開ける頃には、恥じらう顔が目に入った。
まっすぐな賞賛の心とともに、軽やかな拍手の音を響かせる。
終わりも別れは、あたらしい始まりの出会いの兆しとも。

「枯樹生華、っていうことばがあって」

風に乗った、いまも散った花びらを、そっと指先でとらえる。
一度散り、この島に流れ着いたゆえのこの出会いは。

「枯れ樹、華を生ずる。
 苦境に活路を見出すとか、そういう意味だったかな。
 散ろうと、枯れようと、それを正解としようとすれば。
 桜を咲かせることだって、できるかもしれないね。
 ――じゃあ、新しい道を、まえに進ませてもらおうっと」

来た道を、歩き出す。時間は常に一方向に進んでいる。
帰路につきながら、ポケットから携帯デバイスを取り出して、視えるように。

――"録音停止ボタンを押した"。

「秘密を一方的に握られてるっていうのは、フェアじゃないよね」

肩越しに振り向いて、目を細めた。

「素敵な詩をありがとう、レイチェル。 宝物にするね?」

なんて、甘ったるくささやくような声を弾ませた。

レイチェル >  
「枯樹生華、ね。いい言葉だ。覚えとくぜ」

長耳の異邦人はその言葉を受けて、へぇ、と一言漏らした後に
その言葉を胸に刻むのだった。
やはり自分で詩を紡ぐ、というのはなかなか骨が折れる。

しかし、悪い気分ではなかった。
『拙作』であるかもしれないが、想いを言葉の風に乗せるのは、心地が良かった。
しかしそんな思いも、目の前の月夜見の拍手を受けて、少しばかり消し飛んだ。

――ま。詩に、もうちょっと胸を張ってもいいかもしれねぇな。

なんて、そんなことを思い浮かべていた矢先に。
目の前で、押される録音停止ボタン。

「あっ、てめぇ! この野郎! 録音してやがったのか!」

目を細める月夜見に思わず、があ、と叫ぶレイチェル。
全力で睨みつけながら、今にも殴りかかる勢いであったが、
続く月夜見の言葉に、頭を振ってふっ、と笑ってみせるのだった。

「……ま、確かにフェアじゃねぇか。しょうがねぇ。
 悪用はすんなよな、てめー、何しでかすか分かったもんじゃねぇ……」

甘ったるく囁くような声に、じっとりとした声を返しながら、
二人は桜色の帰路を辿っていった。


元来た道を、歩んでいく。
『引き返す』道を、辿っていく。

それは、きっと。

薄紅色に照らされた者達にとっての、新たな道への飛翔であったことだろうか。

月夜見 真琴 >  
 
 
終わらない白夜の夢を見ていた。

太陽の光が絶えることなどありえないと、
年相応の子供のように信じていた。