2015/06/06 - 01:30~02:39 のログ
ご案内:「訓練室」に橿原眞人さんが現れました。<補足:制服姿の青年/表向きは至って真面目な生徒>
橿原眞人 > 実習区の生徒用の訓練施設の一室に、一人の青年がいた。他に特に人影は見当たらない。
まっ白い空間の中で、彼は立っていた。左手に持つのは最新式のタブレットだ。その他の持ち物はない。魔導書や武器などもその手にはなかった。

「開錠――《銀鍵召喚》!」

青年はタブレットを操作する。パネルにはパスワードの入力を求める文字や、意味不明な文字列が次々と並んでいくも、青年が手を伸ばし、錠を開けるようなしぐさをしていくだけで、それらは解かれていく。
そして、パネルから魔術発光――魔術を行使する際に発生する光――が発生し、彼の前に魔法円が描かれていく。

しかし、それだけであった。

「だめか……。まだ何か、足りないらしいな」

青年は肩を落としながら、そう呟いた。魔術発光も魔法円も既に消えていた。

橿原眞人 > 「やはり魔導書のオリジナルが必要なのか? それとも何かシステムに問題があるのか。……早く何とか方策を見つけねえと。今の俺じゃ弱すぎる」

青年、橿原眞人はそう歎じた。彼は現在「魔導書の電子化」の研究を行っていた。魔導書をデータ化し、彼が改造した特殊な機器により、魔術を電子化しようとするものだった。
その最たる目的は「電脳空間での魔術の行使」にあった。そのためにはまず、現実においての魔術の電子化を図るべきであると彼は考えたのである。
だが、結果は今のとおりであった。ごく簡単な魔術は電子化に成功していた。魔術の詳しい原理などは眞人も学んでいる最中であるが、とにかく成功したのである。
だが、より高次の魔術となると、途端に魔術は発動しなくなったのである。現在電子化している魔導書はごくごく位の低いもの、『偽典』であったのだ。そのためかとも眞人は考えたが、未だ答えは見つかっていない。
故にこそ、こうして実験をしていたのであった。

「簡単な魔術が成功しても意味がない……より高次のものでないと」

眞人は再び身構える。次の術式の試験を行うのだ。

橿原眞人 > 「財団の中枢コンピューターの氷は強すぎる。とても普通じゃ太刀打ちできない。異能、魔術的な攻撃と防御が必要だ。そのためにも、師匠が使ってたような《電子魔術》が必要だ」

眞人はハッカーである。《真実の探求者》なる組織の首領であり、《銀の鍵》と呼ばれるハッカーであった。
彼が狙うのはこの常世学園の基盤たる《常世財団》である。彼はその財団のメインコンピューターに用があるのだ。
世界の真実を知るために。この学園の真実の一端を知り、闇を晴らすために。
だが、そのためのハードルはあまりに高いものがあった。眞人の異能は《銀の鍵》というあらゆる「門」を開ける異能だった。《銀の鍵》により、様々な物の錠を解くことができるのである。
それにより、彼は常世学園に来る前に、《銀の鍵》として名をはせることができた。鍵であるならば、ネットワーク上のセキュリティでさえも突破できたためである。
だが、常世学園のセキュリティはその《銀の鍵》を以てしても解くことはできなかった。さらに非常に攻撃的なセキュリティ・システムが存在しており、危うく眞人もネットワーク上での死を迎えるところであった。
そのためにも、彼は求めていた。かつて自分のハッカーの師匠が使っていた、《電子魔術》というものを。

橿原眞人 > その原理法則、それについて眞人は何も知らなかった。師匠は大して教えてくれなかったのだ。
ただ、その力は絶大だった。電脳世界における魔術、神秘の技。死んだプログラムを蘇らせ、強力な力を以てセキュリティを破壊する。電脳世界をもう一つの現実とさえできるような力が《電子魔術》であった。
だが、その師匠も今は消息を絶っている。この、常世学園のネットワークの深層、《ルルイエ領域》に消えたのである。

「師匠の消息を知るためにも、何としても財団の中枢に食い込まなきゃならねえ。師匠が最後に調べていたのは奴らだ……!」

そして、眞人はかぶりを振った。今、そんな自分にとって当たり前のことを想起している場合ではなかった。
眞人の家族を襲った悲劇の真実を知るために。消息を絶った師匠を探すために、弱水の海を越え、記紀に登場する「常世」の名を冠する島までやってきたのだ。

「……最初からだ。開錠――『偽典・倭文祭文註抄集成』より……《常世神の糸》!」

眞人はそう叫び、素早くタブレットを操作する。タブレットに現れたのは先程と同じ文字列、そして無数の漢字であった。それはおそらく『延喜式』巻八祝詞に所載されているような「祝詞」であるようだった。
本来、その魔術を行使するには様々な過程が必要だ。祭祀、あるいは儀式。祝詞の奏上や呪文の詠唱。だが、眞人は一切それを行っていない。
魔導書を電子化する際に、それらの課程を「錠」として設定したのである。その「錠」を《銀の鍵》で「開錠」することにより魔術を行使しようというのであった。

橿原眞人 > 魔術の鍵が開く。術式が解放されていく。
魔術への課程が全てクリアされていき、眞人のタブレットが魔術発光を始める。
そして、機械語で形成された魔法円が彼の正面に現れる。
と同時に、その魔法円から眩い光が発生し、魔法円から無数の白い糸が飛び出し、眞人の指示するままに伸びて行った。
それは蚕が吐く糸のようであった。それらが訓練場に置かれた疑似標的に一気に巻きついていく。
ギリギリと糸は標的を締め付け――圧潰させた。

「……だが、ダメだ。こんなのじゃ。今のところこれしか使えないからどうしようもないんだが……」

眞人がタブレットを降ろすと、魔法円も糸も全て消えて行った。
《常世神の糸》とは、眞人が図書館で入手した『偽典・倭文祭文註抄集成』に記載されていた魔術の一つである。
常世神とは『日本書紀』に登場する淫祀邪教が祀っていた神であるといわれる。その形は芋虫のようであったと伝えられる。
その常世神の吐く糸を武器や守りとするのが今の術であった。

橿原眞人 > 「これじゃあの氷を突破できない……クソッ、こんなことしてる間にも、師匠がどうなってるかわからねえのに」

舌打ちが誰もいない訓練場に響く。
眞人の師匠は常世学園に潜入し、《ルルイエ領域》なる場所に没入した後に消息を絶った。
眞人はそれを知り、この常世島までやってきたのである。自らの師匠を救出するために。
だが、手掛かりはまだ得られていない。師匠が行っていた《ルルイエ領域》なるものも発見できないままだ。
今、師匠がどうなっているかはわからない。だがおそらく、常世学園のネットワークの深海に囚われていると思われた。
真実を探求する――そのためにも、眞人には師匠の力が必要であった。だが、その手がかりもなにも、得られていない。
《電子魔術》も不完全なままだ。
失望感と焦燥感が募り、いらつきながら、眞人は訓練場の端の床に腰かけた。

「……どこにいるんだ師匠。世界の真実を教えてくれるって、いったじゃないかよ」

橿原眞人 > 「……駄目だ、もう一度電子魔導書を組み直そう」

ため息を吐いた後に、眞人は立ち上がった。
「門」によって全てを失った男が、「鍵」を開ける力を手に入れた。
何かの因果めいたものを眞人は感じていた。この《銀の鍵》という力は、ネットワーク上ですら作用する。であるならば、さらに他の領域にも適用できる可能性があった。

「……異能関係の授業も受けてみるか。といっても、この学園が信用できる訳ないんだけどな」

首をぐるりと回して、眞人は出口へと向かう。真実の鍵を開けるのは自分自身でなければならない。
誰かに与えられるものでもなければ、自らに降ってくるのを待つものでもないのだ。
真実を知るために、あらゆるものを疑う。それこそが眞人の信条だった。
家族の死の秘密は闇に隠され消えた。それを明らかにできるのは自分しかいないのだ。

「行くか。《ルルイエ領域》というのも探りたいところだからな」

そう呟くと、眞人は訓練場を後にしたのであった。
後に残るのは圧潰された疑似標的のみであった。

ご案内:「訓練室」から橿原眞人さんが去りました。<補足:制服姿の青年/表向きは至って真面目な生徒>