ご案内:「禁書庫」に橿原眞人さんが現れました。<補足:制服姿の青年、眼鏡/表向きは至って真面目な生徒>
橿原眞人 > かつての歴史の中で、闇に葬られてきた書物の数は多い。
焚書、禁書、出版禁止――それは果たして、いかほどのものであっただろう。
宗教的意味、政治的意味、その理由は様々なれど、多くの書物が禁忌のものとされてきた。
世界の大変容が起きる前、まさしく世紀末の頃。
それらの書物は物語の中に現れ、フィクションの中で弄ばれてきた。
禁書と呼ばれたものの力は既に畏れられることはなく、想像の玩具と成り果てていたのである。
しかしそれも、今では違う。
世界には異能も魔術も、魔導書も、実在したのだと世界は知ったのだから。
この常世学園の禁書庫に収められた禁書群は、まさしく大いなる意味をもっているのだといえるであろう。

「――《開錠》」

図書館群の中に隠された、禁書庫の一室の前で、今まさにその鍵が開けられようとしていた。

橿原眞人 > ロックのかけられた禁書庫の扉が開く。
ロックをかけていた機器は、眞人が手を伸ばし、鍵を回すような所作をするだけで、眞人の全てを許した。
何も禁じられることなく、何も恐れることなく、眞人は禁書庫へと入ることができたのだ。

「……よし、バレていないみたいだな。だが、随分とユルいセキュリティだな」

禁書庫に続く暗い廊下のなかで眞人はそう呟いた。
あらかじめ、禁書庫の一部にクラックをかけていた。そのため、扉が開いたということはおそらくばれていないはずだ。
警報などはなった様子はない。眞人は悠然と禁書庫の中へと足を踏み入れて行った。

橿原眞人 > 魔術が現実に「復活」してしまったこの時代、魔導書というものは非常に重要な存在だ。無論、その魔術の形態によっては魔導書など必要としないものもあるが。
「禁書」と呼ばれるような、闇に封じられた魔導書はそれだけで恐るべき力を秘める。
怪異を引き起こしてもおかしくはない。故にこそ、魔術はこれまでの歴史の中で、その表舞台に立たなかったのだ。

だが、世界は変容してしまった。
世界の現実は大きく塗り替えられてしまった。異能によって、魔術によって、異界の「門」によって。
禁書の意味合いは大きく変わった。表の世界においても、それは非常に重要なものとなったのだ。
危険な魔術書、それは厳重に管理されねばならない。誰もが魔術を学べるようになったこの世界においては、当然である。
その禁書を抱えているはずの図書館のセキュリティは非常に簡素なものだった。

まるで、侵入を待ち望んでいるかのように。

「気に食わないな……」

一人そう言葉を漏らす。
常世財団はこのように大量の魔導書を所持しているのにも関わらず、その管理を厳重としていない。
異能や魔術犯罪、二級学生に違法な実験、怪異……多くの場合、常世財団はそれを静観している。
まるで、何かの結果を期待するように。
眞人は、そのような常世財団への不信をより深く強めて行った。

禁書庫の中の空調は非常に適度な物にされていた。書物の痛みを防ぐためだろう。
禁書庫の中は、本棚が幾重にも並んでいた。その書物群のどれもが、禁じられた書物だ。
おそらく、この地球のものだけではない。異世界のものもあるのだろう。

「……さて、この中から俺が使うものを見つけないといけないわけだ」

ご案内:「禁書庫」に獅南蒼二さんが現れました。<補足:無精髭を生やした白衣の男。ポケットに入った煙草の銘柄はペルメルの赤。>
獅南蒼二 > 禁書と呼ばれる魔術書の中にも、様々な系統のものがある。
現実世界の歴史はこの禁書に記された魔術によって推移してきたと言っても過言ではない。
何人たりともそれに気づくものはなく、また、本来、気づかせてはならないものであったはずだ。
だが人類は、異能者や異界からの来訪者を前にして、その封印を解かざるを得なかったのかも知れない。

貴方が禁書庫を進んでいけば、埃やカビ、古びた本の独特の臭気に混ざり…
…煙草の香りが漂っていることに気付くだろう。

禁書庫の扉は閉まっていたはずだ。この場所には誰も居るはずがない。
だが、明らかに、人の気配がする。
進めば進むほど、煙草の香りは強くなっていく……貴方はこのまま進んでも、引き返しても、策を弄してもいい。

橿原眞人 > 眞人は書物の摩天楼の中を歩く。
饐えたような臭気が鼻を突く。古本の臭いだ。それを感じながら眞人は歩く。
自らの求める魔導書を探して。
眞人の視界にはさまざまな禁書の名前が飛び交っていく。
『ネクロノミコン』、『無名祭祀書』、あるいは『ドグラ・マグラ』などと書かれた原稿用紙の束ねられたものまで様々である。
それが原書なのか写本なのか、眞人にはわからない。そもそもほとんどの魔導書の書名は眞人に理解できないものだった。
眞人は魔術に深い造詣があるわけではない。ただ、この禁書庫を多くような奇怪な圧迫感は感じていた。

そうして奥に進んでいるときである。眞人は古本の臭いとは違うものをかぎ分けた。
それは煙草の香り。このような場所ではひどく不似合いなものだ。

(馬鹿な、人がいるだと……!? しかも煙草の香りって、正気か。こんな古本ばっかりある場所で)

眞人はあるはずのない、人間の気配を感じた。鍵はかかっていたはずである。人が入った形跡もなかったはずだ。
眞人に緊張が走る。
人に見られることは避けたい。当然である。本来入れない場所なのだから。
とはいえ、このまま逃げ帰るのも問題だ。相手が自分に気づいていた場合を想起する。
眞人は息を殺しながら、図書棚で作られた別の通路を進み、人の気配へと近づいていく。
もし相手が気づいているならば何かしらの手段は講じなければならない。不本意ではあるが。
書棚に隠れながら、相手の様子を伺おうと進む。

獅南蒼二 > 書棚が並んだ禁書庫には死角が多い。

棚を隔てて、向こう側にはは何があるのか、
棚と棚の切れ目からのぞき込めば、その先に何が見えるのか。

禁書の中には擬似的な命を持つ本や、悪魔や悪霊を封じた本、
そして呪いのかけられた本も、数え切れないほどあるだろう。
歩む先に居るのが、人間であるとは限らない。

だが、その先に居た人物は、あまりにもこの場所にそぐわぬ風貌の男だった。
書棚の角から、もしくは、通路の端から、貴方が覗いた場所からも、見えるだろう。

禁書の中の1冊を手に取り、まるでコンビニで立ち読みでもするかのようにページをめくっている。
そして男は白衣を身に纏い、煙草に火をつけ紫煙を燻らせている。
「……探し物は、見つかったか?」

見覚えがあるだろうか…この男は、魔術学の教師だ。
眞人に視線を向けるでもなく、その行為を咎めるでもなく、
ただただ、そうとだけ、問う。

橿原眞人 > 一応、禁書庫に入るためにそれなりの準備はしていた。
禁書庫の中で怪異が出現したなどという噂話も聞いたことがある。
眞人の自作したタブレットの中には、幾つかの魔導書の電子データが入れられている。
もしもの時はそれらを使う用意もある。眞人には《銀の鍵》もある。脱出だけなら容易い。
だが、相手が人となれば別だ。化物相手ならば、眞人の事など記憶はしないだろうし、何かしらの処理がいくことだろう。
人は、眞人のことを記憶してしまう。それは非常に望ましくないことだった。
単に化物が相手ならそれでいい。人は、面倒だった。
今回は電脳世界での活動ではない。人の異能に対抗する手段はあまり持ち合わせていない。
眞人は心の中で舌打ちする。

煙草を吸っていると思しき何者かの近くまで眞人は進んだ。ここならば死角になるはずである。
とはいえ、虚しさも眞人は感じていた。眞人の気配を感知できるような異能や魔術を相手が持っていればそれで終わりだ。眞人の行為はひどく無意味なものになる。
その死角から見れば、その気配の正体は白衣男だった。危険な禁書をまるで雑誌のように読んでいた。煙草さえ咥えて。
そして、彼は眞人に声をかけた。眞人の方を振り向くこともなく。

「……いいや。今探していたんだが、あんたに気を取られてしまってさ。……先生?」

気づかれていた。というのならばどうしようもない。眞人は細心の注意を払いつつ、書棚から姿を現した。
眞人が出会った男は、確か魔術学の教師だ。眞人はその授業を取っていないため面識などはないのだが、顔位は知っていた。

「先生こそ何してるんですか。それ、燃えますよ」

と煙草を指さして言う。相手は魔術を使えるはずだ。不用意な言葉は慎んだほうがいいだろう。どうなるかわからない。

獅南蒼二 > 「研究のための資料を探していてね……あぁ、分かっているよ。
 どうせ、全て写本に過ぎん…それに、そう簡単に燃えるものでもない。」
楽しげに笑って、男は視線を眞人へと向けた。
状況からすれば、眞人を追って入った、と考えるのが自然だろう。
魔術学の教師ならこの場所へは正規の手段で入れるはずだ…正面の扉も使わずに忍び込むはずがない。

白衣の男は、長く、静かに煙を吐き出して…煙草を携帯灰皿へと、入れた。

「しかし、妙な話だな……この場所は、一般の生徒が簡単に入れるような場所ではない。
 権限を持った教師に許可を出してもらうか……もしくは、自ら許可を勝ち取るか。
 そうでもなければ………どうなんだね、君の場合は?」
嘘を見抜こうとしている目ではない。
眞人が不正な手段で入り込んだのは、誰の目にも明らかだからだ。
………男は、何かを、見定めようとしている。

そう感じるかもしれない。

橿原眞人 > 「俺はもっと大事に扱われるものだと思ってたんだけどな」

男と視線が合う。見た感じは普通の男という感じだ。
迂闊だった。この男は魔術の研究者だ。生徒が入れないような場所に出入りできるのは普通だ。
もう少し準備すべきであったと眞人は痛感した。自分の目的のために急ぎ過ぎたのだ。
禁書庫に入る前に禁書庫のデータも軽く漁った。現在の入室者はいなかったはずだ。
眞人を追って入ったのだろう。眞人にはそう思えた。

そして、問われたのは眞人の事だ。当然であろう。
眞人が正規の手段で入っていないのは明らかだ。正規の手段で入ったならばこのようにこそこそする必要もない。
禁書庫に入るような教師なら、許可を得ている生徒について知っていてもおかしくはないだろう。
男が聞いてるのはそういうことではない。何かを見定めようとしているのだ。
魔術師の前で、不用意な言葉は話せない。もちろん名前もだ。
眞人は、嫌な汗が流れるのを感じた。

「……さあね。ただ、あんたの言葉に続けるなら、不正な手段で入ったってやつだ」

眞人は《銀の鍵》という異能の力を借り、鍵を開けた。
本来ならば、慎重になるべきだった。異能の力は感知されるかもしれない。
ハッキングによってロックを解除することもできた。だが、眞人はそれをしなかった。事を急いだのだ。

「向学心がつい高まって、禁書も読みたくなりましてね。一々許可を取るのも面倒だから、はいっちまったんですよ」

獅南蒼二 > 「残念ながら魔術学には否定的な意見も多くてな、燃やしてしまった方が世の為だと言う輩も居る有様だ。」

本棚に本を戻して、眞人の方へと向き直る。実際のところ、眞人の目的など知る由も無い。
そして、目的には何の興味も無い。
この男にとって重要な事実は、眞人が【異能を行使した可能性がある】という点。

「ははは、学ぶ意欲があるというのは、素晴らしい事だ。
 そして、その姿勢は賞賛されるべきだ…近頃は、そういう生徒も減ってしまった。
 だが、一つ、忠告しておこう。
 異能は万能ではない…何故ならそれは、時間をかけ努力して得た技能ではないからだ。
 ………心当たりがあるだろう?」

まるで眞人の内心を読み取ったかのような、言葉。
真っ直ぐに眞人を見つめつつも、肩を竦めて、笑う。


橿原眞人 > 「へえ、そうなんですか。まあ確かに危険っちゃあ危険ですがね。それならこの世界の全部がそうだ」

男の様子を見るに、別に眞人の行為を咎めるようなことはなさそうである。
研究者然としている、そのような印象を眞人は受けた。
特にこちらの事を探ったりするようなこともない。何か、眞人に別の事を聞こうとしているようにも思える。
男の内実など知らない眞人は、そのくらいしか思いつくことはない。

「……そうですね。確かに異能は万能じゃあない。突然天から降ってくる奇跡みたいなもんですよ。でもそれは魔術でも同じだと俺は思いますよ。昔の人にとってみれば、どっちもオカルト話だ」

男の視線に身構える。男の言葉からすれば、眞人が異能を使ったことをおそらく知っているのは明らかだ。
明らかに、そのように言葉を向けてきている。

「俺はよくある魔術とか異能の話はあまり興味がないんですよ。使えればどっちも一緒に使えばいい。現に世界に現れてしまったものなんですから、それくらいは仕方がない。魔術と異能、両方使えれば補完できる。そんな感じに思いませんか?」

話をはぐらかすように言う。何かしら、眞人の異能について探ろうとしたように思われたからだ。
この異能の事は人に知られるわけにはいかない。自身の正体がばれる可能性があるからだ。

獅南蒼二 > 「あぁ、確かにその通りだ……異能を発現した者にとっては、まさに奇跡に等しい。
だが、お前も学ぶ意欲を持っているなら分かるだろうが……魔術は学問だ。
選ばれし者にのみ与えられる奇跡ではない。」

男は、僅かに目を細めた。
眞人の言葉は、眞人が異能について実感をもって知っているということの証。
……この生徒は異能者だ。

「残念だが、私はそうは思わん。
異能とは自ら信念をもって学ぶこともなく、先達に教えられることもなく、
暴発的に現れる…危険なものだ。」
言いつつも、男は右手を掲げて……左から右へ、ゆったりと振るう。
するとどうだろう……本棚がギシギシと音をたて始めたではないか。
いくつかの禁書が禍々しい光を放ち、何かが、吹き出した。

「我が名はレギオン……我らは大勢であるがゆえに。」

男がそうとだけ呟けば、禍々しい光は形を作る……ぼとり、ぼとりと、卵から孵るように、本棚から生まれ落ちていく。
やがてそれらは、異形の怪異となって、本棚と本棚との間に溢れていく。

橿原眞人 > 「ああ、だからこそこうして俺が勉強できているわけですが……」

そういっていると、何やら男の様子が変わった。
明らかな敵意を感じる。教師と生徒の関係におけるそれではない。

「そ、そりゃあまあ、魔術の先生からしたら……は?」

眞人の意見を男は否定した。ある意味当然ではある。
魔術は伝統的に伝えてきた人間が多いものだ。異能と一緒にされてしまうと怒りを買う場合もたしかにあるだろう。
だが、目の前の男の反応はそういうレベルではなかった。

「オ、オイオイ……俺、地雷でも踏んだのかよ……!」

男は右手を振るう。すると、禁書の納められた書棚が音をたてはじめた。
明らかによくない気配だった。眞人がいくら魔術の造詣が浅いとはいえ、わかる。
禍々しい光がいくつかの書物からあふれ出る。名状し難い光から、何かが噴出してくる!
「……クッ! これが教師のやる事かよ!」

本棚から、何かが生まれ出でていく。
これはなんだ。これはなんだ。眞人には理解が及ばない。
異形の怪異が出現する。本棚と本棚との間にそれが溢れ、蠢いている。

「先生、実習区以外での攻撃的な魔術は使用禁止だぜ!」

ここはもう手段を選んではいられない。正体を隠すどころか、自分自身が死にかねない。眞人は左手に抱えていたタブレットを操作しはじめる。

「――開錠! 『偽典・倭文祭文註抄集成』より……《常世神の糸》!」

眞人がそう叫ぶと、タブレットの画面上にいくつもの文字が出現していく。
数字、記号、漢字。それらはよく見れば、漢字の呪文を形成するものだった。
眞人がそのタブレットに手をかざし、鍵を開くような所作をすれば、次々とその画面の文字が消えていく。「鍵」が開けられていく。
そして、タブレットから魔術行使の際に現れるような燐光が飛び出した。
眞人のタブレットから光が溢れ、眞人の正面に魔法円のような者が出現する。
呪文の詠唱もない。魔導書もない。ただ、タブレットの中の魔導書の情報が、魔術を執行しているのだ。

魔法円から無数の白い糸が飛び出していく。それは強靱な鋼の如き糸だ。
それらが現れた怪異たちを絡め、圧潰しようと伸びていく。

獅南蒼二 > 「攻撃的な魔術…?
まだまだ勉強不足であるようだ……私はただ、物語を読んでいるだけに過ぎないというのに。」
もし、古い魔術学の文献に目を通したことがあるのなら、【再現術】という魔術体系について、目にした事があるかもしれない。
魔術書やアイテムに込められた呪いや祝福、そして魔力を再生する魔術。

「尤も……私は今、研究室にいることになっているからな。
残念だよ、好奇心に駆られた若い命が…
…身の丈に合わぬ禁書に迂闊に触れたことで、闇へと閉ざされてしまうなんて。」
言いつつも、男は一冊の本を手に取った。
その間にも異形たちは通路に溢れ……肉の塊が人の形になっただけのそれらは、通路という通路を、塞いでいく。

……おびただしい数だが、それらには大した力は無いらしい。
眞人の放つ鋼の糸に押し潰され、切断され、血だまりを形成していく。
全ての異形を滅するには至らずとも、糸、という選択は正しかったようだ。

「ほぉ……まさか、魔術書を電子化したのかね?
素晴らしい独創性だ…まさに、魔術学の未来を担う若者に相応しい発想力だ。
……だが、残念だよ。」

開いた本のページを捲り、指で、本に書かれた文字を、なぞりながら……

「生まれながらに両目を持たぬ。哀れな赤子を悪魔と叫び、刃を突き立て炎にくべた。
されども汝に罪などあらじ、汝の恨みはその血とともに。
……汝を殺めし男へと注ぐ。」

静かに、静かに、まるで読み聞かせでもするかのように。
男が本を閉じれば……貴方が殺した異形たちの、おびただしい死体から流れ出た血が一斉に貴方の元へと飛翔し、その身体にまとわり付こうとする。

橿原眞人 > 「物語を読んでるだけだって? 攻撃の意志がありゃ同じじゃねえか!」

《常世神の糸》は無限に伸びていき、異形どもは糸によって血の塊へと化していく。
そのものの力自体はさほど強いものではなかったようだ。
眞人の操る糸によりそれらはあっさりと消えていく。だが、その数はあまりに多い。
血だまりが禁書庫内の床を濡らす。
その死体は、通路を埋め尽くしていく。このままではまずい。逃げる場所がなくなる。

「ああ、こんなところで知られたくなかったけどな! 魔導書を電子化してやったぜ。俺は紙の魔導書と電子の区別なんてどうでもいいからな!」

電脳世界でセキュリティシステムと戦ったことはある。
だが、このような魔術的な化物と戦ったのは初めてだ。
額に汗が滲み、吐き気を催しそうになる。名状しがたく、慄然たる光景が広がっていく。
「クッ! 何かするつもりか! 駄目だ、ここじゃ奴の独壇場だ!」

この禁書庫はまさに眞人の言うとおり、相手の思うがままだ。
何せ、いくらでも魔導書はある。眞人には大して使えないものであっても、相手が専門家なら違う。
こちらは木刀しか持っていないのに、相手はいくらでも銃器を持ってこれるような状態だ。

「クソッ……! どうすればいい……! 戻れ、《常世神の糸》よ!」

男が一冊の本をもとに詠唱を始めた。それを見て眞人はタブレットを操作する。
糸は一斉に収束していき、眞人を繭で包むような形に変わって行く。
あの血を受けるわけにはいかない。眞人は必至で策を弄す。
常世神の糸は防御にも転用できる。よほど強力な魔術でなければ防げるはずだ。

「強力な、強力な、魔術を……!」

眞人はタブレットを操作し、術式を探す。だが、この状況を一気に好転できるようなものなどまだ眞人は使えない。

獅南蒼二 > 「攻撃の意志か…そうだな、それではもしそれが証明できるのであれば、今すぐにでも直訴するといい。」

この男には明らかに、余裕があった。
地の利、立場の利、そして情報の利。
眞人はおおむね予想通りに異形たちを蹴散らし、血の魔術の厄介な下準備を、完了させてくれる。

「その子たちは、お前を一緒に連れて行きたいそうだ。
 旅は道連れ、世は情け…だったか?よく分からんが、付き合ってやったらどうだ?」

本を再び棚に戻して、楽しげに笑う。
どうやら糸で身を守ったようだが、いずれその防壁も崩れるだろう。

「恐れることは無い…死は誰にでも平等に訪れる。
 貴様がその異形どもを殺したのと同じように、あっさりとあの世へ行けるさ。」

あくまでも、禁書を暴発させたことによる事故、として始末する。
その為には、自分の魔力を媒体とした魔術は一切使用できない。
獅南にとって、この場所はあらゆる武器が眠っている武器庫であるとともに、
あらゆる武器を迂闊には使えない火薬庫でもあった。

それを悟られないように、男は嗤う。

橿原眞人 > 「生憎だがあんたの子供達と心中するなんてまっぴらごめんだな!」

何とか常世神の糸で身を守るものの、限界がある。
まだ眞人の《電子魔導書》は完全なものではない。高位の魔術は使えない。そのためにこの禁書庫にやってきたのだが、生憎出会ったのは壮年の教師だった。

「……俺はこんなところで死ぬつもりはない。こんなわけのわからない死に方をしないためにも、俺はここにいるんだ!」

そうだ。
死は誰にでも訪れる。
誰にでも平等に。その形を問わず。
だが、だめだ。
眞人は認められない。そのような理不尽な死を。現実を。
眞人の家族を奪ったのはなんであったか。世界から訪れた突然の理不尽だ。
「門」の涯より来たる怪異によってだ。
その真相を明らかにするまでは、死ぬわけにはいかない。
世界の真実にたどり着くまでは。

「駄目だ、今の奴に太刀打ちできる術式はない……」

吐き捨てるように眞人は言う。
血が迫る。血が迫る。いずれこの繭も破られるだろう。
ならば、手段は一つしかない。そう、この魔導書が、電子であるからこそできること。
電子の記号で出来ているからこそ、行える禁忌がある。

「……そうか。何かおかしいと思ったが、奴はあくまで魔導書を読んでるだけだ。自分の魔力で何かしたわけじゃない。奴は確かここにいることにはなってないとかいっていた……なら、そこまで強力なものは使えないという事か?」

思考する。相手はいくらでも魔導書を使えるのだ。
だが、それは眞人とて同じだ。電子の魔導書であれ、魔術は魔術。
一か八か、やってみるほかない。
眞人がタブレットを操作する。すると、繭が解け、糸があたりに散乱していく。

「よくわからないが、あんたも今の状況じゃ大した魔術を使えないらしいな! なら、こういう滅茶苦茶なのも対処できるか、見せてもらうぜ!」

「――開錠! 全術式を解放! そして、ある一つのコードを挿入する」

「電子魔導書よ、狂え!」

眞人は叫ぶ。そしてとあるコードをタブレットに叩き込んだ。
それはタブレットの中に保存された全術式を一斉に解放させるもの。
それはタブレットの中の術式を狂わせるもの。
導きだされるのは、暴走だ。

眞人のタブレットから異様な光が満ちていく。あらゆる文字、理解不能なコード、それがモニターに溢れては眞人によって「開錠」されていく。
そして、眞人は近くにあった書棚の魔導書を取りだせば、その一節を恐るべきスピードで適当に次々と打ち込んでいく。
当然、術式はさらに狂っていく。

「さあ、何とかしてみやがれ! 先生ぇ!」

爆発のような音が炸裂し、未知の光が溢れていく。
あらゆる狂った魔術式が、暴走を始めたのだ。
炎や水、光や闇、それらがあらゆる魔術式を侵食していく。
積み重なった怪異の死骸をも吹き飛ばして、あたりに混迷が満ちる。

「目的は果たせなかったが、今はこれしかない……!」

狂った術式が暴れ回る中、眞人は一歩、二歩と退く。逃げる算段だ。

獅南蒼二 > 「わけの分からない死に方、か。
 無学な者には分かるまいが、異能などよりよほど画一的で分かりやすいのだがなぁ。」

眞人の言葉に、男は僅かに眉を動かす。魔術書を電子化するほどの頭脳の持ち主だ、流石に洞察力も、優れている。
惜しい人材だと、心から思う。だが、それ故に、非常に危険な異能者だ。

自己の魔力、持ち込んだ媒体を使用すれば、監視の目に引っかかることにもなりかねない。
曲りなりにもここは禁書を扱う書庫である……万が一ということがある、そうなれば面倒だ。

「ほぉ、禁書に指定された書籍を前にして、大した魔術を使えない、とは、蛮勇だな。
 抵抗するだけ時間の無駄だ……そうだな、ならばもう少し、大したことのない魔術を追加してやろう。」

そう呟きつつ、次の魔導書に手を伸ばした。
だが、その刹那……眞人の叫びとともに、書庫内の空気が、騒めく。
エネルギーを放出するタイプの異能かと、一瞬身構えた。
だが、そうではない……魔術学を深く究めた者だからこそ分かる、複雑に組み合わされながら、正確に狂わされた、術式。
それは呪文、魔法陣、その他、魔術学で研究されている方式では決して再現できない魔術だった。
全てが正確に0と1で記録されるデジタルだからこその、荒業。
様々な系統の術式からそれぞれの詳しい属性は失われ、単純に魔力を炎や光、闇のエネルギーとして出力している。

「………………ッ…。」
咄嗟に本を放り投げ、右手を眞人へ向けた。
再現術では間に合わない、媒介として装着していた指輪が淡く光り、防護の壁を作り出す。
炎が、光が壁にぶつかり、防護の壁はそれぞれに対応するエネルギーを放出して対消滅していく。

高位の魔術書が正確に全文、もっと多く電子化され、含まれていたら……無事では済まなかったかも知れない。
光が収まった時には、生成された瞬間より、ずっと薄く、淡い色の防護壁が残っているだけだった。

「……予想外、いや…予想以上だ。
 お前なら、立派な魔法学者に…世界を変える者にさえ、なれたかもしれん。」

静かに腕を下ろして、逃げ去る背を見やる。
瞳を閉じ…下ろした手を一度、開いて…軽く、握りしめた。
禁書庫入口のほうから、扉の閉まる重々しい音と、それから、重厚なロックが何重にもかかっていく、無機質な音が響く。
「……残念だよ、本当に。」
そして男は、ポケットから拳銃を取り出した。
走ることは無く、静かに、入口へ向かって、眞人を追いかける。

橿原眞人 > 「はぁ、はぁっ……!」

眞人は走っていた。
異様に高く積みあがった禁書の摩天楼の間を駆け抜けていた。
眞人の目論見はうまく行った。正直なところかなりの賭けであった。もちろん今のような無茶を試したのは初めてだ。

「クソッ、思った以上に無茶苦茶だ! だが、時間は稼げた……!」

何やら褒められたような言葉が聞こえたものの、今はそれどころではない。
長期戦になればなるほどこちらが不利だ。逃げるが勝ちである。

「こんなことなら、もっと図書館のコンピューターをクラックしておくんだったな!」

眞人は逃げた。逃げ続けた。
出口はあともう少し、という所だ。
だが、無情にも禁書庫の入り口の扉が閉まる音が眞人を迎える。
幾重にも幾重にもロックがかかっていく音が聞こえる。
ああ、絶望だ。
普通なら、そう思うだろう。眞人を追う男もそう思ったのだろう。彼が走って追いかけてくることはなかった。
当然だ。このようなロックなど、普通ならば外せない。
絶体絶命だ。
そう、普通ならば――

「……ヘッ! そうきたなら好都合だ! ここで見られるのは、嫌なんだけどな――!」

だが、眞人は逃走が成功するという確信を持った笑みを浮かべた。
眞人は分厚い扉の前に立つ。当然、開くはずもない。
開くはずもないのだが……。

「――さあ、来い。《銀の鍵》よ!」

眞人は中空に何かを掴む仕草をする。
そして、扉に向けて「鍵を開ける仕草」をした。
するとどうであろうか。禁書庫を固く閉ざしたはずの扉が開いていく。
ロックが一斉に外されていくのだ。
これこそが眞人の異能、《銀の鍵》であった。
あらゆる「門」を開けてしまう鍵。
それを今、男の前で行使して見せる。

「じゃあな先生! 次に会うと殺されそうだから、俺としてはもう会いたくないがね!」

そういうと、眞人は扉の向こう側まで駆け抜け、男の方を振り返り手を振る。

「――施錠!」

そう叫び、再び「鍵を回す」所作を行う。
するとどうであろうか、再び門が締まり始めた。眞人はその扉が閉まりきらぬまえに駆け出した。この図書館から脱出するために――

異能を見られてしまったのはかなり眞人にとって痛いものの、男も本来はここにいるべき人間ではなかったようだ。
眞人を違反学生としていきなり捕まえる来るようなことはないだろうと眞人は祈りながら、駆けて行ったのであった。

獅南蒼二 > この書庫に入り込むような人物は、当たり前ではあるが魔術に精通した者が多い。
だからこそ、入口のロックは魔術では決して開かない、防魔処理が施されている。
如何に速く走ろうとも、どれほど上手く逃げようとも、この部屋から出ることはできない。

「全くだ…お前が無茶をしてくれたお陰で、あの本をまた積み直さなければならん。」

そうぼやきつつ、自動拳銃の安全装置を外し、マガジンを装着し直す。
この男はどうやら、銃の扱いにもある程度精通しているようだ。
積み上げられた禁書…見る者が見れば一国が傾くような代物たちの中を、静かに歩く。
歩きながら、煙草を取り出して火をつけた……角を曲がれば、入口の大扉。
そこには、万策尽きた異能者が座り込んでいる、はずだった。

「安心しろ……動かなければ痛みは感じさせん。」

眞人の背中に照準を合わせ…小さく呟く。
だが…眞人は、笑っていた。まるで子供の遊びのように、鍵を開ける真似事をする。
死を目前にして気が狂ったか……そう、油断した自分を、次の瞬間には悔いた。

確かに魔術ではない。
これこそがこの異能者の発言させた、異能。
「…………異能者め…ッ!!」
扉が開いてしまえば、引き金を引くことなどできはしない。
銃声が外へ漏れれば人が集まってくるだろう。地面を蹴り、閉まろうとする扉に手をかざす。
防魔処理が施された扉は魔術で【閉じる】ことはできても【開く】ことはできなかった。
重々しい音とともに扉は閉まり、ロックが何重にもかけられる。
白衣の男の声も、いまだ蠢いている異形の生き残りの呻きも、全てが扉の向こう側へと、封じられた。

ご案内:「禁書庫」から橿原眞人さんが去りました。<補足:制服姿の青年、眼鏡/表向きは至って真面目な生徒>
ご案内:「禁書庫」から獅南蒼二さんが去りました。<補足:無精髭を生やした白衣の男。ポケットに入った煙草の銘柄はペルメルの赤。>