2015/06/11 - 20:35~02:07 のログ
ご案内:「常世島/地下世界」に三千歳 泪さんが現れました。<補足:金髪碧眼ダブルおさげの女子生徒。重たそうな巨大モンキーレンチつき。>
三千歳 泪 > ところは、常世島に張り巡らされた高速鉄道網の終端のひとつ。大隧道に穿たれたホームの、そのまた隅の方に置かれた小さな待合室。
時は真夜中をすこし過ぎたころ。お客さんなんてどこにもいない、空っぽの終電が送り出されていく、その間際。
強い照明を浴びて白く浮かんだホームは黒い水面にただよう小船のようで、コンクリートで固められた足場さえ頼りなさげに感じてしまう。
裸のペーパーバックの褐色を帯びた紙葉に白い照明が落ちる。活字をたどって次のページへ。待ち人はいまだきたらず。本のおかげであまり寂しくはないけれど。

「……この無害な記号はかつて鉄製であった! それは逃れられぬ死の矢であり……テルモピュライの太陽を翳らせ…」

ご案内:「常世島/地下世界」に橿原眞人さんが現れました。<補足:制服姿の青年、眼鏡/表向きは至って真面目な生徒>
橿原眞人 > 常世島の地下領域。地下の世界。島内にある高速鉄道網の果て。
時刻は深夜。人などいようはずもない。そんな地下の世界を彼は下っていく。
約束の日は今日だ。待ち合わせている場所へと急ぐ。もう来てしまっているであろうか。
誰もいないホームの果て、小さな待合室へと彼は入ってきた。
地下の果ての領域を超えて。食屍鬼が出てきそうな穿たれた穴の世界へと。

「いや、すまねえ。こんなところ来たことなくって……な、何してるんだ?」

眞人は頭を掻きながらそこへやって来たのだが、まず目に入ったのはペーパバックを朗読している少女だった。
ぽかんとした様子で眞人はそれを見つめていた。

三千歳 泪 > 顔をあげれば彼がいた。詩集をしまって席を立つ。

「こんばんは、メガネくん。なにって、待ってたのさ! 迷わずに来れた? どこかで干からびてるんじゃないかって、すこし心配してたんだけど」
「じゃあさっそく。ついてきてくれる? こっちこっち! 早く行くよー」

終電が終わって、無人の地下世界。駅員さんの姿もない。ホームの端の鉄柵を乗り越え、真っ暗闇の階段を一段ずつ確かめながら降りていく。
線路に下りて、大隧道の底から見える景色は別の次元に迷いこんでしまったみたい。すこし目線の高さを変えただけなのに、非日常感に鼓動が早まっていく。
一定感覚を置いて取り付けられた明かりと懐中電灯をたよりに進み、整備通路の鉄扉へとたどり着く。
錆の浮いたドアを肩で押し開ければ、悲鳴のような軋みとともにケーブルだらけの細い通路が果てしなく続いている。

「まずは隣の線路まで進むよ。それから…海の下、通っていくから。専用の線路があるんだ」

橿原眞人 > 「いや、そりゃそうなんだが……待たせて悪かった。さすがにこんなところ来たことが無くてさ。そもそも何でこんな場所……ちょっと迷……あっ、ま、待てよ!」

詩集を朗読していたらしい。だがいくら暇だとはいえ朗読するだろうか。
眞人が唖然としている間にも、泪は先に進んでいってしまっていた。眞人はそれを慌てて追いかける。
彼女に続き、眞人はホームの策を乗り越えて暗い階段を下りていく。
線路に降り立つのは奇妙な感覚だ。普段こんな場所に立つことなどないのだから。
彼女に続きつつ、あたりを見回す。地下など来たことがない眞人である。
これが楽しい場所なのだろうかと思いながら、眞人は泪と共に進む。

「……こいつは。こんなものがあったのか。……わかった。あまり一々聞かねえよ。お楽しみってやつだもんな。三千歳も気を付けろよ。」

泪の言葉に頷く。どうやら海のを通された通路らしい。二人はまず隣の線路を目指すこととなった。

三千歳 泪 > いくつもの扉を超えて、いくつもの角を曲がって、いくつものケーブルをまたいで進んでいく。
目当ての路線にたどりつく。ここは貨物列車の専用なのだ。普通の客車は乗り入れないし、レールの幅が違うんだって。
この島の点と点をつなぐ、隠された静脈のひとつ。とある重要施設の地下構造へと続く道をメガネくんと並んで歩く。

「メガネくんはさー、見たことないかな。線路の映画。線路を歩く映画! 男の子が四人出てきてさ」
「四人はいつも仲良しで、ときどき悪いお兄さんたちにいじめられたりもするんだけど、大事な仲間だから絶対に見捨てたりはしないんだ」
「ある日四人は聞きました。この線路のずーっと先で事故があって…ひかれちゃった子がそのままになってるんだって」
「死体はそのままそこにある。見つけよう。見つけないと。見つかるかな。じゃあ見に行こう!って流れになった」

しばらく進んでいくと湿気がたちこめた場所にさしかかる。湿度が高く蒸し蒸しとして、歩く分だけ汗ばんでしまう。
遠くない場所から重く低くうなるような音がする。染みとおってくる海水をくみ上げるためのポンプが動く物音だ。

橿原眞人 > 二人して扉や角、ケーブルなど、暗い通路を進んでいく。
本当に食屍鬼でも出てきそうな気配だなと眞人は思った。そして、ようやく彼女が目指していた線路についたそうだ。
明らかに秘匿された路線であるに違いない。公開されている情報の中に、このようなものはなかった。
この少女は一体何者なんだ、と眞人は疑念を抱く。自分が《銀の鍵》であるということがバレている様子はない。財団からの刺客、でもないはずだ。今のところ、財団にとって自分は大した障害でもないだろう。
脅威になりそうな連中はいくらでもいる。

「……ああ、なんだったかな。旧世紀の映画だろ」
「なんとかキングが原作の……」
「へえ……じゃあ俺たちはその死体、そんな秘密を探しにこの地下まで降りてきてるってわけか?」

二人の声が反響する。次第に何やら湿気が高まってくるように思われた。
「……暑いな、こりゃ。こんなんなら制服なんて着てこなけりゃよかったな。三千歳は涼しそうな格好でいいよな」
そんなことを言いながら進む。声以外にはポンプらしきものが動く音ぐらいだ。

「なあ、これって、異性との会話の練習になると思うか?」
額ににじむ汗をぬぐい、ズレた眼鏡を直しながら言う。

三千歳 泪 > 「そうそれ! 見たことあるんだ? ぐーぜんだねー。死体も一応あるにはあるけど…ちょっと古いのだし?」
「干物みたいになっちゃってるし。見たいならいいよ。全然OK! いこういこう。まかしといて!!」
「暑いなら脱いじゃえば? 脱がないの? ここに置いてっても平気だよ。朝まで誰もこないしさ。帰りに忘れなければ大丈夫」

本当の終点。線路の途切れる場所までたどり着く。真っ暗闇の彼方にはカタコンベみたいな車庫が見える。
その手前、鉄道駅のホームにも似た構造物が非常灯の明かりを浴びて緑色に浮かび上がる。ここはとある離島施設の大深度。
昼間は研究員と助手が行き交う搬入口も今は薄明に包まれていて、みるからに頑丈そうな隔壁が下ろされていた。

「着いたよ! ここがこの島で一番のお化け屋敷。デートといえばお化け屋敷でしょ?」

狂ってしまった世界から集められた、叡智のかけらが眠る場所。失われたはずの遺産がひしめく《驚異の部屋》。
そういう場所であることを示す証なんてどこにもない。全ては秘密のヴェールの向こうに隠されてきたのだ。
コンソールに生徒証をかざし、生体認証のカメラを覗きこむとパネルに私の名前が浮かびあがる。いざゆかん。オープンセサミ!

橿原眞人 > 「……昔にな。あんまり俺も覚えてないな。古い映画だし」
「いや、別に積極的に死体を見たかねえよ! たとえ話だよ!」
「こういう場所に物を残して行くと後々面倒なことになりそうだからな。自分の所属がわかるものは置かねえよ」

普通の学生では中々出てこない発想をしつつ、そう受け答えをする。
そしてどうやら、目的の場所までたどり着いたようだ。
地下の墓所のような光景が広がっていく。どうやら車庫のようだ。
緑色の蛍光に照らされて、何かの構造物が明らかになる。非常に不気味な光景だ。
頑丈な隔壁も降ろされており、どう考えても普通の生徒が来て良い場所ではなさそうであった。

「……この位置、まさか……」

先程、泪は海を渡ると言った。となれば、この常世島で思い当たるのは二つしかない。
この学園の産業と農業を支える島か、あるいはこの学園の主の住む離島か。
そしてそれはおそらく――

「……そりゃまあ、デートと言えばそうかもしれないが。こりゃ随分と……」
「オイオイ、これはさすがにヤバそ……っておい!? 普通に入れるのかよ!! えっ、学生証そんなに普通にかざして、生体認証も……!? お、お前、一体……!」

明らかに危険そうな施設だった。
もしかすると財団が管理する施設かもしれない。迂闊に入るわけには――と思っていた矢先である。

三千歳 泪 > 「お宝はこの先だよ。行くの? 行かないの? 行こうよ。ほらほら!」

地理。鉱山。地史古生物。鉱物。岩石・鉱床。動物。植物。医学。薬学。考古。人類・先史。文化人類。
ボール紙の箱にふられたタグは全部で12種類。それぞれ専用の収蔵庫に運び込まれるのを待っていた。
教えてもらった限りでは、この島ができてからが集められたものが七割くらい。残りはこの島にきた先生たちの仕事道具だ。
ときどき地上の博物館に貸し出されるような品々がひっそりと覚めない夢を見続けている。そういう場所に私は来ていた。

ドラゴンみたいな馬顔の巨大生物の剥製が私たちを出迎えた。神話のベヒモスに翼が生えたらきっとこんな感じかな。
縞瑪瑙のかけらに埋もれたプレートには「シャンタク鳥」と刻まれている。きっとどこかのめずらしい生物なんだ。
この世界から消えた生物たちの剥製が暗闇に浮かんで、気分はジャングルクルーズって感じです。
果物をくみあわせて描かれた奇想の肖像。名前も知らない王様がこちらを見ていて、その微笑みはバナナ風味だ。
得体の知れない皮革で装丁された鍵つきの書物。誰かの腕から切り落とされたばかりにも見える、蒼白く脈打つ手首。
そういうものが無造作に積み上げられている。こんなのを片付けないといけない誰かが気の毒になりそう。

「うん。お得意さんなんだ。で、君は死体が見たいんだっけ。しょうがないなー。来て、ファラオはこっち!!」

何度も来ている場所だから目をつぶっても平気なくらい。大サービスでまわり道してエジプト考古学の区画をめざす。

橿原眞人 > 「あ、ああ、わかったよ、行くよ、待ってくれ!」

泪に言われるままにそこへと入っていく。財団との直接の接触は眞人としては避けたかったのだが、致し方ない。
中に入れば、様々な研究分野のタグの貼られた箱が並んでいた。恐らくは研究材料なのだろう。
そもそもこの様子では彼女は怖がる様子などなさそうである。お化け屋敷に期待されるようなシチュエーションは既に破綻したと言えるだろう。
彼女の後を追いながら、眞人は監視カメラなどの類がないかをよく確認する。
とはいえ、この施設自体に魔術などの仕掛けをされていればどうしようもないのだが。
それでも、眞人は気になるものを眺めて行った。電脳世界では、中々常世財団に近づけない彼らの“氷”は強力だからだ。

「……うおっ!? これは、馬と鳥が合体したみたいな……シャンタク鳥……」

次に入った区画では、奇怪な物が増えて行っていた。
最初に見たシャンタク鳥という名前らしい生物の剥製。その名が刻まれたプレートは縞瑪瑙で覆われていた。
眞人が見たこともないような生物の剥製などが次々と現れる。おぞましいもの、慄然としそうな物が多い。
なるほど、確かにお化け屋敷である。世界の大部分が変容してしまった今の時代においてでも、である。

その次に現れたのは半ば正気を疑いそうなものが増えてきた。
奇怪な絵画、何やら皮で装丁された書物。鍵穴がついている。魔導書かと思い気になったものの、魔の所は先に進んで行ってしまう。
さらに趣味の悪いことに、まだ生きているかと思われるような手首さえあった。
世界の真実の一端。闇の側に属する品々。思わず吐き気を催してしまいそうなものもあったが、一緒に来ている少女はそんな様子はない。眞人は意地でも耐えねばならなかった。
「そうか、《直し屋》だからこんなところまで来れるんだな……いや、だから、ちげーよ! 別に死体がみたいわけじゃねえ! おい、話聞けよ!」

彼女を止めること叶わず、眞人はエジプトのファラオを見せられることになってしまった。
「……ここで、物を直すのか? どう見てもヤバそうなのが多いが……」
「ハハ、とてもデートって感じじゃねえよな……ま、俺も興味がないわけじゃないが……」

三千歳 泪 > 考古学収蔵室のひとつ。明かりを付ければ人がひとり丸ごと収まりそうなサイズの細長いものが安置されている。
戦火に呑まれた遠い国からやってきた、大昔の王さまの棺。こちらの部屋に保管されているのは修復作業が終わった分だ。

「ミイラだよミイラ!! 本物のミイラ! ナントカ=レンカっていう人のお墓とかからきたんだって」
「突然ですがここでクイズです。ファラオはどれでしょう!!」
「……どれだっけかなー。うーん、ほんとにわからないや。中身が入ってたり入ってなかったりでさ。適当に開けてみる?」

考古学の先生に説明を聞いた気がするけれど覚えていない。目玉が飛び出そうな額を貰ったときに全部吹き飛んでしまったのだ。

「もしもーし。入ってますかー?」

こんこん。返事してくれないかな。こんこん。こん。こんこんこん。こんこんこんこん。反応なし。ダメみたい。

「次いこっか。メガネくん、ほかになにか見たいものある?」
「ふっふっふ、顔青いよ。大丈夫? どこかで休憩してもいいけど…」

眞人に問いかける私の背後。古代の棺の中からかすかな唸り声がする。気付かない。聞こえるはずもない。
だから。蓋が豪快に宙を舞い、鬼火のような眼光が怒りに燃えて。
干物のようにパッサパサに乾いた手が私の肩に食い込むまで完全にノーリアクションだった。

「…………―――っっっっ!!!!」

橿原眞人 > 「ここは考古学のエリアか……ほんとに棺ばっかりなんだな。そりゃたしかに死体だが……」
「お前もなんでそんなに興奮してるんだよ! なんか、こう、お化け屋敷っていうんなら反応の仕方あるだろ!」
「ナントカ=レンカねえ……聞いたことないな。ツタンカーメンとかならわかるけどさ。……俺がどれかなんてわかるわけねえだろ!」
「えっ、いや、そんな開けなくてもいいだろ……!」

邪教のファラオ。歴史の闇に消されたファラオのことなど、眞人は知る由もない。
先程のシャンタク鳥にしても、遥か遠き縞瑪瑙の城の彼方から来たものかもしれない。
だが、眞人はそんなことは知らない。泪も知らないようだ。
死者の棺を無遠慮にこんこんと叩いていく泪。
「いや、返事するわけないだろ!」
という眞人の悲鳴のような叫びが響く。

「な、なっ! 顔青くなんてねーよ! 言いがかりだぜ! まるで俺がビビってるみたいじゃねーか!」
「……ああ、そうだな。どうせなら色々見てみたいもんだ。常世島の近くの海底遺跡の遺物とかは……あ?」

突如の事だった。泪の背後から、何かが勢いよく飛んでいった。
それは棺だ。かつての闇の王の墓から持ち出されたもの。
それが唸り声を上げて棺の中から飛び出してきた。目を怒りに輝かせて。
そして、泪の肩を掴んだのだった。

「……ッ! おい、離れろッ!」

とっさに眞人はそう叫んだ。突如動き出した死者の手を掴み、泪から離そうとする。

「オイ、お化け屋敷は客に触れたらいけないんじゃなかったのかよ!」

動転しつつも、何とか眞人は冷静になろうとする。そうだ、自分は破壊神にも出会っているのだ。

三千歳 泪 > 「ひっ…ぁ。ひゃああぁああああああぁあぁぁぁ!!!!」

逃げる。逃げないと。いけないのに。足がすくんで、根が生えてしまったようにその場に釘づけになる。
振り返れば、まともに見てしまった。死んだはずの人間が蘇って、私にものすごく怒ってる。
なぜ。どうして。理由さえわからないまま目の前の現実に押しつぶされそうになる。

まさか。返事を求めたから? そんな呪いみたいなことがあるわけない。
だったら、これは何? 何だろう。何なの。ぐらぐらと視界が揺れて、茫然自失しそうになった。
《驚異の部屋》の彼方から耳障りな羽音がして、見たこともない黒い蟲たちが瘴気を吐く貴人の周囲を旋回する。
触れられた場所がやけどを負ったみたいに痛んだ。

「眞……っ!? さ、触っちゃだめ…逃げないとっ!」

力任せにレンチを振り降ろして死者の腕を打ち払う。大丈夫。脚、動いてくれる。
部屋の出口はひとつだけ。戦えない。逃げないと。彼をここから連れ出さないと。袖をつかんで強く引いた。

橿原眞人 > 「クッ、なんなんだ、こりゃ……! ぐ、くぅっ……!」

泪の肩に触れた死者の手を払いのけようとするも、触れた途端に酷い痛みを感じた。
その痛みに堪えつつなんとかそれを払いのけようとしていると、泪のレンチのフォローが入った。死者の腕は打ち払われていく。

「……どういうことだ。死者が蘇ったのか? だがさっきまでは考えてもただのミイラだったぞ!」

何か魔術的な仕掛けでもあるのか。だがこれは調査対象のはずだ。わざわざサンプルを壊すような真似はするまい。
となれば理由が眞人にはわからない。死者が蘇った。その滅んだ体が直ったかのような、そんな印象を持つのが精いっぱいだ。
《驚異の部屋》の奥から、何やら黒い塊が死者の周りをぐるりぐるりと回り始めた。
眞人が見たこともない虫だ。
そんなものが羽音を響かせてこちらへ向かってきていた。悪夢のような光景だ。

「仕方ねえ、面倒を起こすつもりはなかっ……うおおっ!?」

眞人はタブレットを構える。まさに臨戦態勢だ。といっても相手は未知の存在だ。
どこまで戦えるかわからないが、今は――などと思っていると、泪に強く引かれてしまった。

「くっ……さすがに多勢に無勢か!」

彼女に引かれながら出口を目指すこととなった。電脳世界ならまだしも、ここは現実だ。眞人の電子魔術もまだ完全ではない。ここは確かに逃げるが得策だ。同級生の女子の前で良い所を見せる、などという余裕がある状況ではなかった。

「出口は、どこだっ!?」

三千歳 泪 > 「わからないよ! どうしてこんな…っ!!」

死者の蘇生。おぞましい現実に身体の芯から震えがこみあげて嗚咽をもらしそうになる。
思考は飽和して凍りついたまま。博物館と迷宮のあいだに生まれた子供みたいな地下収蔵室をひたすら逃げ惑う。
そして、《驚異の部屋》は表情を変える。
世界中から集められた奇怪なもの。異質なもの。ねじくれたものが一斉に嘲笑をはじめる。
ここの施設には危機管理のプロトコルが組み込まれているはず。それは万が一の事故に備えて設けられた多重の防護。
私たちの手に負えない事態から助けてくれる安全装置があるはずなのに!
わからない。頭が真っ白になって何も思い出せなくなる。どうしようもなく無力で、役立たずだ。私は。

逃げ込んだ先は、偶然電子錠がかかっていなかった小さな物置にも満たない場所。少し大きいだけのロッカーだったかもしれない。
心臓が破裂しそうなくらい高鳴ったまま、身体じゅうの筋肉が悲鳴をあげて喘いでいる。
息を押し殺して、身を竦ませて。苦しい。死者の手が触れていた場所が燃えるように痛みを増した。

「……ごめん。ごめんね。それと、ありがと。また助けてくれた。君ってばほんとにお人よしなんだ」
「あれは私のせい…なのかな。ばちがあたったんだ。あんなことしたから。怖い。怖いよ。どうして。わからないことがこんなに…怖い、なんて」
「きっと私たちを探してる。逃げられたかどうかもわからない…手。大丈夫? 私の肩も。見てくれないかな」

彼の手のひらに目だった傷はない様にも見える。心理的なものだった可能性はある。
息が詰まりそうなほど狭い空間に閉じ込められて、身動きさえ満足にとれない。あの羽音が聞こえるたびに震えがこみ上げてくる。

橿原眞人 > 「……怪奇小説みたいな真似しやがって! おい、とにかく何も考えずに逃げるぞ!」

思ったよりも冷静でいられたのは、同級生の少女がいるためであろうか。
それとも、自身が過去に、あり得ざる怪物による惨状をみたためであろうか。
わからない。だが、思ったよりは眞人は冷静でいられた。兎に角今は逃げ惑うことしかできない。
普通、こういう研究施設には怪異や不可解なことが発生することがある。そのために、何かしらのセキュリティがかけられているはずだ。
異能者の警備員にせよ、魔術師にしろ、何かしらあるはずだ。だが、それも機能していないようだ。
世界中からの奇怪な物、異質な物、狂気めいたものたちが眞人らを嗤う。
光景的にはホラー映画だ。だが、受けている当人たちにとっては心底恐ろしいものだ。
今、泪はひどく心身を動揺させているように見えた。眞人は自身も恐慌に陥らぬよう、逃げることのみを考えるのであった。

そして、二人はロッカー内に逃げ込んだ。二人が入るには狭いものだ。
眞人は荒く息を吐きながら泪を見る。やはりあの死者に触れられた肩が苦しそうだ。

「……いや、大丈夫だ。気にしないでくれ。お人よしとか、そういうのじゃねえよ」
「原因なんざ今はどうでもいい。今は落ち着け。変に恐怖してると逃げられるときに逃げられなくなるからな」
「手は大丈夫だ。特になんともねえ。何か、魔術的なものの類だったのかもな……ああ、わかった」

狭いロッカーのなかで、身動きもし辛いが、泪の肩の方を見る。少し服などをずらしてみたものの、外傷はなさそうだ。

「……痛むのか? 俺は一瞬だったからまだマシらしいが……。だが、変だな。本当ならこういう事態のためになにかセキュリティがあるはずだ。機能を停止しているのか……?」

狭い中で、あまり泪に触れないよう気を遣いながら思索する。確かに奴らは眞人たちを探しているはずだ。ここにいても見つかるかもしれない。今はまだ大丈夫そうであるが。
眞人はやけにこういう場所のセキュリティなどに詳しいようだった。

「とりあえず、落ち着いてからだ。……ここには、セキュリティの類はあるのか? それを機能させれば警備でもなんでも来るはずだ」

三千歳 泪 > 「朝になれば人が来る。けど、たぶんすっごくものすごく怒られる。留年決定。退学とか? ううん、もっとひどいのかも。行方不明とかさ」
「それが嫌なら、今何とかするしかないわけだけど。できるかな。眞人。どうにかしてさ、あのねぼすけをまた眠らせるの」
「私は逃げちゃったけど、君は戦おうとしてた。どんな相手かもわからないのに。男の子だね。強いんだ?」

からかうのではなく。それは本心からの言葉。自分にはできないことをやってのける人は誰だってまぶしく見えるのだ。
空間を圧迫する髪をすこし申し訳ない気分で引き寄せて、メガネの奥の瞳をみあげる。
この近さなら見えてしまっているかもしれない。普段は髪型で隠している長い耳の先まで。
露わになった肩は白く朱がさしただけ。かえって得体が知れずに不気味なくらいだ。
顔が近すぎて非常に気まずい。通学タイムの満員電車以上の密着具合で嫌でも気になってしまう。
むりやり距離を取ろうとして少年の頭の横に手をついた。俗に言う壁ドンである。

「血、出てない? ヘンになってない? ちょっとびりびりするけど、我慢……んんっ!! いった……いけど、血が出てないなら大丈夫…」
「えっと、隠しカメラとか。聞こえない音を出して気絶させるのとか。鎮圧用のガスとか。ドローンとか。魔術障壁みたいなのもあるはず…だけど」
「…もしかしてそういうの得意な人?」

橿原眞人 > 「退学は困るな。行方不明も。俺にはまだしたいことがあるからな」
「……そうしないことには俺たちもあいつらの仲間入りしてしまうかもしれねえからな。とにかく、どうにかするしかない」
「……いや、強くはねえよ。あそこは逃げたほうがよかったさ。ただ……」
「何もわからないまま、何もしないまま、理不尽に死ぬのが嫌なだけだ――」

胸の奥底に秘めている過去のことを吐露するように語る。
「門」から来た怪異に眞人は家族を奪われた。目の前でだ。だからこそ、そんな理不尽な終わりをなくすために、真実を知るために活動しているのだ。
強いんだ、と言われると顔を背ける。3年前の自分は逃げることしかできなかったからだ。
顔を背けたのは、目が合ってしまったからだ。少しばつが悪そうに、少し赤くなりながら視線を逸らす。
すると、彼女が髪を引き寄せたために、普段隠されていた耳を見ることができた。その耳朶は普通の人間の物ではない。遥かに長かった。20世紀のファンタジー小説に出てきそうなものだ。
「耳……」
そう思わずつぶやいていた。
顔は近く、息も当たりそうだ。非常に気まずい。かなり体も密着してしまっていた。
「うおっ……!」
ドン、と眞人の頭の横に少女の手がつかれる。壁ドンというやつだが、普通逆のはずであった。より気まずい。

「い、いや……少し赤くなってるだけだ。血が出てたりなんか変になったりはしてねえよ。大丈夫か……?」
「なるほど、そういうのがあるのか。……別に、得意ってわけじゃないが」
「ここのネットワークにアクセスできるならたぶん何とかなる。そのシステムを全部使って俺たちが逃げる隙を作る」

そう、そうなれば自分のハッキングの腕前を少女に見せてしまうことになる。それはどうしても避けたいことだ。
だが、それでも今はやるしかなかった。たとえバレたとしてもだ。
理不尽な死をもう一度繰り返すくらいなら、そのほうが良かった。

「……俺がここのネットワークにアクセスしてみる。それで、防衛機器を動かせたらそれを動かす、どうだ?」

三千歳 泪 > 「そっか。それは同感。怖いモノは怖いけど、何もしないってのはなし。どうにかして反省文5枚くらいまで持ってかないとだよ」
「「門」のことはよく知らないけど、君はまだこの場所にいる。取り返したいものがあるなら、君の心は折れてない。ちゃんと戦えてるよ。大丈夫」
「耳!? みみみ耳がどうかしたかな?? さ、最近は耳の長い子が多くってさー! 困っちゃうよね。あは、あははははは…」

羽音がいっそう強まって、背筋も凍るような気配のもとが近づきつつあることを悟る。残された時間はあまり多くない。

「っと、それはまた今度! ちゃんと話すから、今はこっちに集中。いい? OK!」
「難しいことはわからないけど、私は君を信じるよ。背中を預ける。全部任せた。もうこれ以上は逃げられないしさ」
「それに、今は頼れる人が君しかいないんだから! うまくいったらご褒美をあげよう。いいとこ見せてよね、クラッカー!!」

勝算は未知数。でも、最悪よりはましだと直感が告げた。レンチを握りしめて攻勢に転じるときを待つ。そして――。


――そして。30分後。

「首、くっ付いてるかなー? 木っ端微塵になっちゃった分はこれで全部元通りのはず! 見てよこの古代の布、破けたとこも元通りだよ」
「ほら、ちゃんと直せた。けっこう馬鹿にしたものでもないでしょ? あとは帰って寝るだけだ! ねむたいぞメガネくん!!」
「ところで、なにか忘れてるような…」

目的:メガネくんが話せる様になること。手段:博物館デートの練習。結果:ミイラを倒しました。めでたしめでたし。

「そうだ、ご褒美。忘れないうちに」

橿原眞人 > 「ああ、いまはこっちに集中だ。そっちも調子出てきたみたいだからな!」
「任せとけ! 俺のクラッキングの腕前、見せてやるよ、でもな!」
「この事、誰にも言うなよ!!」

眞人が手にしたのは己のタブレット。
近づいてくる羽音。
最早猶予はない。力を隠しているときでもない。
今は全ての力を出し切って、この場を切り抜ける時だ。
きっと目の前の彼女は、言いふらしたりはしないだろう。

「《銀の鍵》の力を、見せてやるぜ――! 没入――!」

「開錠――!!」

今こそ、眞人のハッキングが始まった。この領域の電脳世界全てを手玉にとって。
《電子魔術師》のように、全てのセキュリティを突破して――



30分後――

「ああ、これならばれねえだろうな……というか、お前叩いてるだけじゃねえか。なんでそれで直るんだよ……粉々にしたのも大概だけどさ」
「ま、これなら大丈夫だ。俺たちが侵入した形跡も消しといた。バレはしねえだろう、たぶん」
「あ……? 忘れてる? なんだっけな……」

首を傾げる眞人。
そして、泪のご褒美という言葉にぽんと手を叩く。

「あ、ご褒美な。へへ、もらえるならもらっとかねえとな……」

三千歳 泪 > 「あっ、いいねそのポリシー! 共感できるなー。じゃあ遠慮なく?」

ヘッドロックして胸元に抱きとめ、わしゃわしゃと頭をなでる。胸にメガネが食い込んで柔らかく受け止め、面白いくらい形を変えた。
メガネがどんどんズレて落ちそうになってる。大丈夫。壊れたら責任もって直すから。

「えらいぞ! よくやった! お手柄だね。今日から君はサイバーメガネくんだ!!」

その夜の話はこれでおしまい。ひょんなことから結局バレて、一ヶ月間の無償奉仕を強いられたのはまた別の話…。

橿原眞人 > 「それで、なんだ? なんか飯……おわっ!? ちょ、ま、なな、なにして!!」

完全に不意を突かれ、ヘッドロックされる。胸元に抱きとめられ、頭を撫でられる。
豊かな胸に眼鏡が食い込む。何が起こったのかわからず、眞人は混乱するばかりである。メガネがどんどんずれる。ずれていった。

「ちょ、な、なな、なに、なんだよこれ!! ご褒美って、何!?」
「というかサイバーメガネはやめろよ!!! だああああっ!!」

顔を真っ赤にして彼女の胸の中で叫ぶ眞人であった。
色々あったものの、今日の件はこれで片付いた――結局、バレて懲罰を喰らったのだが。

ご案内:「常世島/地下世界」から三千歳 泪さんが去りました。<補足:金髪碧眼ダブルおさげの女子生徒。重たそうな巨大モンキーレンチつき。>
ご案内:「常世島/地下世界」から橿原眞人さんが去りました。<補足:制服姿の青年、眼鏡/表向きは至って真面目な生徒>