2021/11/20 のログ
ご案内:「裏常世渋谷」にノアさんが現れました。<補足:目つきの悪い金眼の探偵>
ご案内:「裏常世渋谷」にツァラさんが現れました。<補足:待合済:白髪蒼眼の三尾を持つ白狐少年/外見年齢12歳154cm/白に赤基調の振袖、へそ出しの紫袴。和風っぽい服。>
ノア > 常世渋谷の三叉路。
陽が傾き、吹き抜ける風がより一層冷たくなったのを肌で感じる。
時刻と空の色が申し分ない事を確認して、瞳を閉じ、手のひらの中の物を握り砕く。
見た目も材質も貝殻のようなそれ。
切符のような物と聞かされ、使用方法も先ほどの通り砕くだけ。
「まさか自分から出向く日が来るとはな……」
言いつつも瞳はまだ、開かない。
ガタリと、音が鳴った。徐々にそれは大きくなり、裏返るように、空気が変わる。
吹く風には乾いた血のような錆びの香り、足の裏に感じていたコンクリートの質感が
どこか古びた物に変わったようなそんな感覚。
周囲が、世界が。変質していくのが分かる。
――音が、止んだ。
スッと、閉じていた瞼を開き、金の瞳で世界を覗く。
ツァラ >
空の色は青ではなく、常識が全てひっくり返ったような色。
色彩は鈍り、スマホを覗けば圏外、
どこかに電話をかけても返って来るは嗤うようなノイズの音。
しんと静まり返っているようでいて、
静寂がキーンと音を落とし、それでも視界の端に誰かが映る。
誰かが見ている、誰かが君を歓迎し、拒絶する。
君の影が君の姿をしていない。
裏常世渋谷
此処は隣に在る世界。
異世界というには近すぎて、
現世というには遠すぎる。
好んで此処に来るは、目的が無ければならぬ。
そうでなければ、魅入られる。
そうでなければ、誘われる。
新たななにかを求めて参るは箱舟の名を持つもの。
とおりゃんせ、とおりゃんせ。
いきはよいよい、かえりはこわい。
ノア > 見上げる空は朱。バケツでも零したか血袋でも割ったかのような、
見ているだけで怖気のするような、そんな色。
薄ぼんやりと空に浮いていた筈の月は普段のそれとは明らかにサイズが異なる緑色。
先ほどまで時刻を見ていたはずの端末を見れば電波はおろか表示までが狂っている。
時刻が進み、戻り、飛んでは戻る。今が何時かなど、入ってしまえば外の理などでは測れぬとでも言わんばかりに。
刺すような視線、ねめつけるような視線。応じて見渡し探せど姿は無く、グルリグルリと目を回す。
照らす緑の月に作られた影は、こちらの動きを無視してうごめくばかり。
「前来た時より大歓迎じゃねぇか……
迷い人と客人は別ってか?」
気味の悪さに自分の影を踏み抜くが、自分の足とつながったそれがどうとなる事も無い。
驚くほど簡単に、訪れる事はできた。帰り道がどうかは、知る由も無いが。
ここが"裏"。
常世渋谷という特異点を入口に現世の側にある異質な場所。
以前訪れた時とはけた違いの錆びの匂いにえずきそうになる。
早く引け、疾く帰れと本能が警鐘を鳴らす。
――それでも。
「ナンも無しには帰れねぇんだわ」
足がかりでも、何でもいい。
借り物の名、偽りの名。
箱舟はいずこまで進み得て、得る物はあるのだろうか。
ツァラ >
呟く声は静寂が喰ってしまう。
幻聴か、幻覚か、誰かの足音がノアの耳に届く。
目を向ければ、そこに見えるは黒髪で。
君に背を向けて歩くは、君が探す少女の最後に見た姿。
最後に見たのは、もうどれぐらい前のことだろう?
そのままであるはずがない、ノアはそれに気付くだろうか?
それとも、この狂気すら感じる世界、そのまま追いかけてしまうだろうか?
そんな彼の遠くで、青い蝶は色彩の無い花に留まっていた。
この朱い空の下、そこだけ青空を戻したように。
招かれざる客の縁の行方を見守っている。
ノア > 足音が聴こえた。
警戒心に強張った身体がビクリと反応して、咄嗟に身構えるようにして音の方へ向き直る。
視界に映るのは何度も見た妹の背中、幾度となく見送ったその姿。
失って何年経とうと、焼き付いた記憶の中に残るそれを見紛うはずもない。
「蓮花……? 蓮花ッ!」
瞬間、駆け出していた。
動転した心に身体が追い付かず、前のめりに転びそうになりながら、追い縋る。
そこには普段の冷えた思考も、冷静さもまるでなく。
たった一人の肉親、他の何よりも守りたかった者の姿を追う。
思考は既に、マトモでは無かった。
此処が何処であるかを、忘れるだけの物だった。
やさぐれた探偵の姿はそこには無く、家族に駆け寄るたった一人の青年が、そこにいた。
ツァラ >
1人の青年は蓮の名を呼ぶ。
ああ、蓮は相反する花言葉を持っている。
『休息』『清らかな心』 / 『離れゆく愛』
類する睡蓮には、『滅亡』の言葉すら。
嗚呼、此処は裏の世界。
それを忘れてしまえば誘われる。
普段の冷静な姿を乱して、かつての兄妹に駆け寄れば。
"それ"に手を触れて、振りむけば、姿が ぐずり とブレて。
次の瞬きの瞬間には ノアが最も憎むモノ が目の前に立つ。
家族を奪ったその誰かが、"妹はもういない"と嘯く。
血色の蓮が辺りに散らばって、ノアを嘲笑う声がこだまする。
誰の声だ? 知っているだろう?
静寂をつんざく嗤い声が、嗚呼、ああ、煩い。
周りからではなくて、頭の中に反響するように。
ひらり、ひらりと蝶が飛び立って、ノアの近くに寄る。
今は気付かないだろう。きっと彼はそれどころではない。
ノア > 「帰ろう、蓮花」
そう長い距離でも無かった。
なのに肺がこの場所の空気を嫌っているかのように息が上がる。
それでも伸ばした手が、触れた。
刹那、泥でも掴むかのようにその姿が崩れる。
あっけにとられて、崩れる泥を追うように膝をついて見上げれば
自身の最も憎むモノが、"透ヶ谷恵"の姿がそこにはあった。
地についた手が震える。
怒りのままに握った指の先では、錆びたコンクリートで削れ爪が割れていた。
痛みはあった。それでも――激情は止まらない。
嘯く声に跳ね起きるようにして、細い小男の首をねじ切らんと手を伸ばす。
然れどその手はすり抜ける。
触れる事の出来ない無力を呪えど手は止まらない。
「なんでっ、どうしてっ、蓮花を狙ったッ!」
問い掛けても目の前の影は応えない。応えの代わりに無数の嘲笑が鳴り響く。
辺りに散らばる血色の蓮が、トサリと一つ足元に転がる。
「黙れよ、黙れよぉぉっ!」
笑う声に耳も塞げず、怒りを向けても手を触れられず。
無力さを誤魔化すように握った銃を向ければ、その姿はまたブレて妹の残影を見せる。
頭の中で、声がする。
響いて、響いて。煩くても止められなくて。
涙はとうの昔に枯れ果てた。
それでもせり上がる感情を吐き出す方法が分からず、
舞い寄る蝶の姿に気づく事も無く、男は朱い空に吠えていた。
ツァラ >
叫ぶ、呼び込む、それは縁の影。
いつかの刑事の君を後ろ指さす誰か。
いつかの君を叱責した、上司の誰か。
攻撃的な行動を取れば、親しいモノに。
そうでなければ、君に悪意を向けるモノに。
ブレる影の姿が、とある金眼の魔除けの花を示した折りに、
朱い紅い赤い世界の中、箱舟の前を飛ぶは、青い蝶。
眼前のそれは、良くも悪くも君を映す鏡。
『最後に背中を押してくれた貴方に』
そう言った同志の彼は、今の君を見ている。
「おにーさん、ねぇ、おにーさん。」
嘲笑の中、別の声がする。
声変わりのしていない少年の声。
ノアの後ろから、誰もいなかったはずの場所から彼に呼びかける。
それは今の状況、ただただ異質なモノだった。
ノア > 変わる、変わる。
万華鏡のように目の前で色を変えるソレに、神経が焼ける。
意思が、心が。削ぎ落される。
ザリザリと、目の粗いやすりで削られるように。
――そして、青い蝶が瞬いた。
最後に見えたのはついぞ最近見送った友人の姿。
糸目の奥の金の瞳が、こちらを見ていた。
折れるには、まだ早いだろうと。
不意に、声が聞こえた。
目の前の過去を映す鏡の中に聞こえる声とは違った、声変わり前の高く、良く響く声。
初めに見渡した時には、自分以外には誰もいなかった。
それが気づけば青い蝶と、異質なモノの姿。
異質な空間において、あまりにも自然に振るまう者の姿に、途切れ途切れに声を返す。
「なん……だ? ってか誰だ……?」
嘲笑う声は未だ途絶えず、ジロリと金の瞳を向けてその姿を目に映した。
ツァラ >
「何を見てるノ? おにーさん。」
少年の声、振り向けば、もふりと白い三尾が揺れる。
尖った狐の耳が、ぴこりと揺れる。
白き狐の少年が、ノアを見上げていた。
「僕は通りすがりの狐だヨ?」
それは数多の世界、増えた尾は仙狐の証。
見た目幼くもこの狐、善狐の一匹。
いつかどこかの世界で、魂を愛した狐と並び立つモノ。
少年はこの異質な世界で、その本質を隠すことなく立っていた。
「そこに何を見てル? ねぇ?」
ころりと高い声が問いかける。
箱舟はこの世界に何を求めて来た?
新たな破壊の力か? それとも新たな進化か?
青い蝶は幸運の象徴。
蝶の羽ばたきは遠くで竜巻の一片となる。
この世界は意識によってどうとでも変わる。
ノア > 向き直ると、ふわりと三つの白尾が目の前で揺れていた。
「化け狐の間違いじゃなくてか?」
尾の数が普通ではない。
詳しくは無いが、獣の類で複数の尾を持つ物は特に強力というのも聞く。
九尾の化け狐、等と。
「何を? ってそりゃ……」
再び振り返るとそこには何もない。
青い蝶がヒラリヒラリと舞うばかり。
眼を背けたなら、何も見えない。
ただ、何かを得る事も無い。
「俺が――」
助けたかった人? 捕まえたい相手?
――何が、見えた?
言葉に詰まる。
初対面の目の前の狐が問うているのはこの世界で必要なことだ。
憎き相手を捕まえる力を、自己の足りぬ力の先を求めてきたはずだ。
だが、願えば妹は帰ってくるのか?
余計な思考が、垣間見てしまった幻想が心を蝕む。
「断ち切るべきモノが、見えた。
因果を手に取れるだけの眼を、クソッタレな咎人を撃ち抜けるだけの力を探しに来てる」
それでも、答えはぶれなかった。
未だに遺体を見ていないから生きているかも知れないという願望が、夢を見せる。
それなら、夢など断ち切ってしまえ。
自分の信じる正義を、執行できるだけの力を得るために。
「教えてくれよ狐さん、ここには何があるんだ」
ツァラ >
「あはは、それはキミ次第。
ここは隣の居場所、裏の世界。
並び立つを隣人と見るのカナ? 化物と見るのカナ?」
化け狐と言われれば、楽しそうに笑う。
鈴の音のようなそれは、ノアを嘲笑う声とは違っている。
空を切り取ったかのような、青く光る蝶が、二人の周りを舞っている。
「此処にあるモノ? 知りたい?」
聞かれれば、少年は耳をぴこりと動かして、首を傾げる。
こんな場所でなければ、良くいる獣人の類でも通るというに。
不意に蝶がノアの耳を掠めるように飛ぶ。
ツァラ→ノア > 『じゃあ、瞬きせずに"良く見て"みなヨ。』
ツァラ >
ぐずぐずに溶けながら、数多の姿を取る影に蝶はそのまま舞い寄る。
この狐は万能のカミサマなどではない。
ほんの少し、元々在るモノを良い方向へ向けることぐらいは出来る。
それは、"幸運"を司る故。他者の幸運を食事とする故。
ノアの異能は探知感応。
並外れた観察眼。
進化を選ぶ、それは眼に集束する。
その金眼が瞬きを忘れ、影を見つめれば。
影の姿はやがて一つに集束する。
銀色の、鏡の瞳を持つ、青年そっくりの誰かが立っている。
その影だった己が、次に何をするか、瞬きを忘れた君には見える。
──ならば、手に持った銃の弾丸すらも、届くのではないか?
ノア > 「化け物だろうと人間だろうと、関係ないだろ。
隣人なんてのは文字通り隣にいられるかどうかだ」
転がるような鈴の音が、響く。
異質な空間に、楽し気に。
言われるままに、瞳を見開く。
目を逸らさずに、青い蝶を追う。
瞬きすら忘れ、ぶくぶくと泡立つように起き上がる影が収束すれば、それは己と同じ姿をしていた。
そこにあるのは過去を見せる鏡、己の縁を辿らせる怪異。
「アンタは、俺か」
縁の果てに今あるモノ。
己が姿の鏡写しに向けて、銃を持つ。
当然のように向かいの影もこちらに銃を向ける。
鏡写しの、そのままに。
切り詰められた水平二連のソードオフ、中に込められた弾は獣害対策用のゴム弾。
「俺は、俺の正義のために『悪』を撃つ」
許せないのは、誰だ。
誰が許せなくてこんな果てまで転がってきた。
「俺が許せなかったのは――」
迷宮入りしたはずの事件を無防備に追ったのは、
上司の制止を振り切ってまで犯人に執着したのは、
挙句の果てに妹を巻き込む羽目になったのは、
――俺自身だ。
引き金を引く。
二つの砲声が、錆びた街の中に響いた。
ツァラ >
迷い子、彷徨い子。
こちらの世界に何かを求めて来るヒトの子よ。
互いに銃を向けあう鏡写しの箱舟たち。
『それでも』彼は、自分自身に引き金を引く"覚悟"を選んだ。
それは決して拒絶ではない。
かつての己の縁全てを受け入れて、歩む為に。
『ひふみ よいむなや こともちろらね』
狐の少年は、ひふみ歌を呟くように歌いながら、行く末を見守る。
大丈夫だ。
今まで"目を背けていた"代償を払う羽目にはなるだろうが、
それは、決して命で支払うモノではない。
生きて支払い続けるモノなのだ。
出来るのならば、当たり所によっては
多少の衝撃ぐらいは"運良く"和らぐかもしれない。
鏡眼の青年は、縁の怪異は、相手をずっと見ていた。
放たれた銃弾が、硝子が割れる音を響かせる。
怪異の唇は、彼の本名を音無く紡いでいた。
ノア > 其処に居た者。耳と尾のある、狐の化生。
彼はこの異質な世界に元より此処に居たのか、あるいはこれも行き逢ったというのか。
それを人の身で知る由も無いが、この"裏"の世界に一人で縁の怪異と向き合ったのなら、
誰の声もその背にかけられることが無ければ、とっくの昔に狂気に≠ワれていただろう。
備えをしてきたとはいえ、自身の知る以上のありようをこの世界がしていたのは、誤算だったのだ。
放たれた弾が、皮膚を穿つ事は無い。
それでも、胸のあたりに目掛けて撃った物がそのまま自分にも返ってきた事だけは、かろうじて理解できた。
衝撃に吹き飛ばされた中で痛みに悶えそうになり、身体の内で数本は骨をやっている事に気づく。
逆に言えば、それだけ。
呼吸はできる、吐く息に内から漏れる血が混じる事も無い。
"運が良かった"という外、ない。
砲声の余波が残る鼓膜に、呟くような歌声が聞こえる。
転がったままにチラリと視線だけそちらに向ければ、奏でられるは幼い子供のひふみ歌。
いつか本土で聴いた物。
「……っ」
声をかけようとして口を開くが、ヒュウと息が漏れるばかりで叶わない。
痛む身体を無理やり起こして見やれば、眼前の怪異は消えていた。
残ったのは無数に散った硝子の破片。
音なく紡がれた自身の名、自身が撃ち抜いた許せぬ者。
ガラス片となった中に散り散りになって映る断片の、一つに触れる。
戻る事の無い記憶の中の最愛の家族と、今を生きる友と。
刺さり、血がにじむのも躊躇わずにその破片を握りしめ、ビルの柱にもたれかかる。
ツァラ >
「のますあせゑほれけ……わぁー痛そウー。」
大人びた表情でひふみ歌を歌い終えれば、
ぱっと子供らしい表情に切り替えて、吹っ飛んだ先のノアに歩み寄る。
この少年は、並行世界の"日本"よりこの世界に来訪した。
異世界でありながら、似通った世界から。
御先稲荷、稲荷神の眷属、遣いの狐。
元居た世界ではそう呼ばれたが、《大変容》の起きたこの世では、
この少年はただの異世界人、妖精や隣人、八百万の小さな神の一匹でしかない。
「大丈夫? って大丈夫じゃないカ。」
しゃがみこんで相手を見やる。
三尾がわさりと動き、耳が揺れる。
縁の怪異は砕け散った。
その金眼はこれまで総合して異能のようだと思われていた力を集束させ、
確かな異能と成ったのである。
他の怪異はいるかもしれないが、
これ以上は狐が化かして彼に近づけないだろう。
生憎と、怪我を治してやったりは出来ない。
まぁ、病院かそれに類するモノに、
この裏の近道を導くぐらいは出来るが。
「…見えたカナ? これからどうスル?」
少年は問いかける。
動物の耳を持つ故に、掠れ声でも紡げれば聞き取れるだろう。
ノア > 柱に背を預け、息を整える。
大丈夫かと問われれば力なく笑う外ないが、生きてはいた。
護身用にと握っていた自分の向ける暴威が、いかほどの力で相手を襲うのかを体感する羽目になったのは初めてだった。
「あ゛あ……あぁ、だい、じょうぶ」
狐の彼の言う通り、とてもでは無いが無事では無い。
こちらを覗き込む蒼の眼を見る。
爛々とした明るい色、穏やかな海の色。
既に感覚すら麻痺したのか、左手を上げて揺れる耳の生えた髪に手を乗せる。
お前のお陰でな、と感謝の意を声に乗せる事もできず。
痛みで熱を持つ身体の、折れた部分を探りながら自身の異能が変質したのを感じる。
今までの感知の力のその先。
銀色に染まった時に、自己の瞳が何を映すのかは、未だ知れず。
耳に届く怪異の声。
こちらを探しているかのような、音とも言えないそんな物。
目の前の狐のお陰か、化かされすぐそばに寄ろうとも気づく事は無い。
「……落第街の地下、『雲雀』の巣箱に」
見えた。眼を背けるのを、止めたから。
掠れた声で、消え入りそうな音を囁く。
元より感じていたこの世界の息のしづらさは拍車をかけて身を追い詰めていた。
出口と繋がるはずの銀鎖を、辿るだけの力は青年には残っていない。
ツァラ >
ノアが触れる少年は、確かにそこに在る。
人間ではあるはずの無い場所から生える耳が、力の無い手にぴこりと寄る。
もふもふした動物の確かな感触だった。
海の色、空の色。
どちらとも取れぬ鮮やかな水青の色は、にこrりと笑った。
無邪気に、大人びて。
「落第街のー雲雀?」
彼の言葉を聞き届ける。
目線を彼から外し、裏の世界をきょろりと見渡す。
「んー……道はちょっと遠いかな。
とは言っても歩けないよねェ。」
ノアの様子を眺め、うーんと悩んだ後。
「久しぶりにやるケド、いーけるかなっと。」
ノアが聞き取ろうが聞き取れまいが、そう呟くと。
小さな両手を青年へと伸ばす。
そうするとするりと少年の背が伸びて、
青年の背を追い越して、大人の姿になって、
そのままノアの身体を抱き上げた。
「…揺れて痛いとは思うけれど、少し辛抱してネ。」
狐の青年は見目に見合った低い声でそう囁いて、青い蝶を引き連れ、
裏の渋谷を目的地に向かって歩き出す。
これは仮の姿。ほんの少しの背伸び。
ノア > 目の前で起こる変容。
見下ろすほどの背丈だった少年が、自分の背丈を超える姿に変わる。
面影をそのままに、三つの尾を揺らす姿は大人の物へ。
唖然としながら見届ける。
「ぐっ……悪いな」
抱き上げられると、揺れるたびに節々が痛む。
呼吸を落ち着けると、身体中が悲鳴をあげている事が痛みという実感を伴って訪れる。
ふわりと宙を舞う青い蝶の向こう、悍ましい姿の怪異はこちらを見るでもなく。
得られた物はあった。
気づけたこともあった。
代償も無く何かを撃てるほど、甘い世界では無い事も。
トントンと、リズムよく揺れる腕の中で瞳を閉じる。
時折頬に触れる尾の感触の柔らかさに追いやられるように。
ない交ぜになった感情を飲み込み、意識を手放す。
誰も感知しない"裏"の中。
かろうじて、されど安らかに青年は息をしていた。
いずれこの恩を狐に返そう。
例にもれず稲荷が好きだろうか、それとも――
鼻をくすぐるのは錆びた世界に不似合いな甘い香り。
――あぁ、表の菓子なんかでも、喜んでくれるだろうか。
ツァラ >
意識を手放した青年を抱き、
子守歌のようにひふみ歌を歌いながら、鈍色の景色の中を歩く。
縁の結ばれた子、このまま放置しておけば、
やはりこの裏の世界は彼を呑み込んでしまうだろう。
故に、青年となった狐は、彼を表の雲雀の巣箱へ送り届けることにした。
"幸運の祟り神"
風紀委員の記録にも一度だけ登場するこの少年は、
誰かの幸運を食事とし、それを信仰の力として生き永らえて来た。
それは、異界であるこの世でも変わらず。
この狐はそういう成り立ちだからこそ、異界でも生きて来た。
狐が何者か調べれば、記録としては少ないが、
なんとはなしに分かるだろう。
ただ、未だ定まった棲み処は持っていない。
お礼の何かしらが届くかは、今はまだ、分からない。
蓮を落とした箱舟よ。願わくば、君が美味しくあるように。
ご案内:「裏常世渋谷」からツァラさんが去りました。<補足:待合済:白髪蒼眼の三尾を持つ白狐の青年/外見年齢23歳173cm/白に赤基調の振袖、へそ出しの紫袴。和風っぽい服。>
ご案内:「裏常世渋谷」からノアさんが去りました。<補足:目つきの悪い金眼の探偵>