2020/11/23 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」にレイチェルさんが現れました。<補足:【後入り可】金髪の長耳少女。眼帯と学園の制服のみを着用。>
レイチェル >  
暗い海の底のような夜を、月明かりが仄かに路地裏を照らしている。
ここは落第街大通りから少しばかり外れた路地裏である。

月光を受けてゆらゆらとした影を落としながら、金の髪を揺らす
一学生――レイチェル・ラムレイは闇を泳いでいた。

真琴の買い物に付き合った後にアトリエの前まで見送り、
さて女子寮に帰るかと言ったところで、ふと行く足の先を
変えてみたのである。それは帰る方向とは真逆であった。
何となく、すぐに帰る気にならなかったのである。
あれやこれやを頭に浮かべて月を眺めながら、
電車に乗り、歩いて、歩いて、歩いて。

気づけば、ここまで来ていた。

――久々だな。

まるで何かに呼ばれるかのように、この地に立っていた。
辿り着いたのは、いつかの日に親友と抱き合った――。
そこは今日もまた、あの日と同じように綺麗な星空が輝いていた。

思わずほう、と息を吐く。
小さな白い雲が口からほわりと出て、空に消えていった。

もうすぐ、冬だ。

レイチェル >  
長い間、ここには近づかないようにしていた。
今はこの島に居ない、風紀の先輩――五代先輩から忠告を受けた
こともある。しかし無論、それだけではない。

身体のこと、そして華霧との約束のこともあり、
昔のように無茶をする訳にはいかなかったからだ。

あれから1度だけ訪れたこともあったが、それでも
ほんの少しばかり潜った程度で引き返していた。

「ちょいと、歩き回ってみるか……」

うし、と。
自分にしか聞こえない程度に小さく声を出して、
自身の心に活を入れる。

潜り込んで事件を解決するような、能動的な風紀の警邏を行うつもりはあまりなかった。
無論問題が発生していれば対応をする心づもりではあったが、

それよりも。

長い間書類の上でしか見ていなかったこの落第街を、
常世学園の片隅を、じっくりと肌で感じてみたかったからである。

風紀の特務広報部が活動をしてからのことも、
書類上でしか知らない。報告書は詳細なものではあったが、
それでも書類が語る内容には、あまりにも余白が多すぎる。
だから、風紀委員としてもしっかりとこの目に焼き付けておく
必要があるとそう思った。

しかし、それだけではない。

この場所は。

風紀委員としてのレイチェル・ラムレイの始まりの地にして、
彼女の心に焼き付いている親友、園刃 華霧の始まりの地である。

レイチェル >   
「……やっぱ変わったな、ここも」

路地裏の闇に視線をやる。
その闇は、以前にも増してその深さを研ぎ澄ましているように見えた。
以前は落第街の路地裏とはいえ、違法な取引をはじめとした、
影に潜む者達の後ろ暗い寄り合いが多く行われていたように思う。
しかし、それらの気配は、今宵のレイチェルが見る限り、随分と
鳴りを潜めて――否。ぱたりと途絶えているようにも見えた。

そこには、神代 理央の影の存在があることだろう。
ここに来るまでに、何人かに出くわしたが、レイチェルのことを見て
逃げる者は居なかった。数年前とは、状況が全く違う。

――戦場に立つのだけが、お前の価値じゃねぇってのに。

以前に病室で出会った彼の顔を思い出しながら、少しばかり苦い顔を
浮かべて腕組みをする。

星は綺麗に瞬いて、空を飾っている。いつもと変わらない。
そして星はいつだって、自分たちを空から見下ろしている。
その星に一瞥くれてやりながら、レイチェルは歩き始めるのだった。

ご案内:「落第街 路地裏」に羽月 柊さんが現れました。<補足:【はづき しゅう】深紫の長髪に桃眼の男/31歳179cm。右片耳に金のピアスと両手に様々な装飾品。黒のスーツに竜を模した仮面をつけている。小さな白い竜を2匹連れている。>
レイチェル >  
あの日に走った道を、今は逆方向から辿っている。

そうして歩きながら、右を左を確認していく。
警邏の為もあるが、この街のことをもっとよく知る為だ。
これまでの自分は、とにかく危険な種が落ちてはいないかと、
そういった目でこの街を眺めていたように思う。

落第街は闇一色ではない。
その暗がりの中には、よく見てみれば沢山の色や声がある。
その一つひとつを拾い上げて向き合うことはできないが、
それらが確かに血を通わせて存在していることを、
目や耳や肌で感じることくらいはできる。


この闇の中には、いろんな人生がある。
汚く生きる大人達も居れば、広い世界を知らぬ子ども達だって居る。
行き場を失った子も居れば、親を知らぬ子だって居る。
彼らを包み込むこの街のことを、もっと知りたいと思った。

そうすることで、少しでも――。

羽月 柊 >  
鳴りを潜めたとはいえ、"此処"が完全に消えることはない。
闇は相変わらずこの落第街に在るし、
裏路地という、どうしようもない瑕はぽっかりと口を開けて次の犠牲者を待っている。

そこを通るには何の保証もない。

風紀委員ですら、この場所を訪れる事は安全とは遠い所にあった。

いくら神代理央という強い光に照らされようと、
光があれば影があるように、ここが失われる事は無い。


少女を遠目から見やる住人たち。

すれ違う誰か。

ヒトも、怪異も、異邦人も……。


 そして、この男も。


夜闇に小動物の光る眼が四つ。

コツン、カツン、と音を立てて、
その男は普通の道を歩くかのように、裏路地を歩いている。

闇に溶け込むような真黒のスーツ。
夜空を映したかのような深紫の髪。
爬虫類…竜の仮面の奥では、桃眼が静かに桜を咲かせている。

大人であるこの男は、レイチェルには見覚えのある男だ。
けれど、彼は相手を視界にすらいれず、通り過ぎようとする。

接点はありとて、ここは…落第街。

レイチェル >  
さて、落第街を歩いていれば対面から歩いて来たのは
羽月――常世学園の教員だ。
間違いない、深紫の髪に、背格好も記憶と一致する。
更に二匹の竜を連れているというのであれば、最早疑いようもない。

以前、病院で一度顔を合わせたことがある程度の面識だったが、
それでも顔を突き合わせ、言葉を交わしたことのある相手である。
レイチェルには、それが分かった。

そんな男が仮面をつけ、
こちらのことを視界にも入れず歩き去ろうとするのであれば、
レイチェルは喉元まで出かかったその名を一度押し込めた。

羽月という教員の事情の多くを知るところではなかったが、
この落第街の路地裏で仮面をつけて歩いているからには、
相応の理由があるのであろう。

とはいえ、何もせず通り過ぎるには少々気になりすぎる。
ゆえに、開口一番にその名を呼ぶことはないが、
レイチェルは声をかけることにしたのだった。

「……その仮面の下、見た顔じゃねぇか」

温かみのある声色ではない。立ち止まり、
ただ静かに、確かめるかのように一言だけそう投げかけた。

羽月 柊 >  
何事もなく通り過ぎるならば、それはただの運命の悪戯に過ぎなかった。
しかし、声がかけられてしまった。
相手は腕章は無いとはいえ、紛れも無く、風紀委員であった。

この落第街で風紀委員と顔を合わせる事はそう珍しくもない。
幌川最中、山本英治、葛木一郎。
男の知り合いたちは、この闇に立つ彼を知っている。
レイチェル・ラムレイ…彼女に一番近い園刃華霧も、男のこの姿を知っている。

別段正体を偽っている訳では無い。
服装や仮面を被ったとて、表情の読み取りづらさはあれど、
男が羽月柊であることは隠しようが無い。


しかしなるほど、"友人"の先輩というだけはある。
この場で名を呼ぶことのリスクを考えて発言出来るのは、賢い。

闇がすぐ近くに在ることに、落ち着いて対処出来ている。


男は声に立ち止まる。
長い耳、《大変容》以前には無い血の証。

仮面の奥の桜は、前に逢った時とは別人のように冷えている。
それは、確かにこの街を歩くだけの雰囲気を備えていた。


「……そうだな、君も見た顔だ。
 しかしこんな夜にこんな場所で…"大人の男"に何か用か?」

どれほどに強くても、その明らかな"性別"という差は埋めがたい。
いくら種族が違っても、どれだけ時代を経ても、
そうした偏見はどこかしらに残っていてもおかしくはない。

風紀委員という証を持たない今のレイチェルは、ただの常世学園の女生徒。
それ以上でも、それ以下でもない。

そんな少女が、この夜の落第街を歩くのは、それそのものがリスクだと、男は静かに警告していた。

レイチェル >  
「さてな。『寂しかった』のかもしれねぇ――」

用など、ある訳ではなかった。
レイチェルは肩を竦めて、男を見上げる。
人によっては、この背丈に威圧感を覚える者も居るのだろう。
仮面を身に着けていれば、尚更である。
しかしその影に圧を覚えるには、この少女は闇の中を泳ぎすぎていた。

「――『冗談』だよ」

ふっと、笑みを形作って見せる。
その色を少しばかり変化させたとはいえ、慣れ親しんだ空気だ。
その中を歩むことで、幾らか気が晴れたところはあるのかもしれない。
そうして目の前の男が知らぬ顔ではなかったことも合わせてか、
そんな言葉を飛ばすだけの余裕はあるようだった。

そうして自らが放った言葉を頭の中で反芻したレイチェルは、
思った以上に自分の感情と相違がないことにはたと気が付き、
少しばかりばつの悪そうな顔を浮かべるのだった。

「その気遣いにゃ感謝しておくぜ。
 だけどオレには必要ねぇよ」

そして彼の言葉が警告であることを、レイチェルはすぐに察していた。
だからこそ、そう付け足したのである。
その言葉に棘はなかった。緩んだ口元から紡がれたその言葉は、
相手自身を拒むものではなかった。
警告に関しては素直に受けつつ、それでもその心配は必要ないと、
そう口にして返す。

「……か弱い乙女にでも見えたか?」

自分の弱さはよく知っている。
近頃は重々に自覚させられている。
だからこそ、その言葉は自嘲を含むものであったのかもしれない。

羽月 柊 >  
男の言葉は彼ら彼女らの関係を知らないモノから見れば、
無用な衝突や何かしらに巻き込まれることを避けようとした言葉だ。

しかし、知っている仲であれば、それは遠回しの心配の言葉だった。

この闇を歩くならば、とことんまで強欲に全てを喰らうか、
逆に必要なモノのみをその手に抱え、喰われぬように己の身を護るか。
そういった生き方でなければ、あっさりとこの闇に呑まれてしまう。

柊の振舞いは後者。
ここ最近の様々な事象によって手に抱えるモノは増えたとて、
全てを喰らおうとするには、その身は余りにも"人間"という小さな器でしかない。

そして、教師という地位を手に入れ、研究も表沙汰になってきたとはいえ、
"魔術師"という裏の顔でこの闇に立つ姿は、決して捨てられはしなかった。


だから、こうして柊はレイチェルの前に立っていた。


男は知っている。目の前の少女が風紀委員であることを。
この街に立っていたとて、それは己の意志だろうし…何か起きても自分で責任が取れるだろうことも。

「…さてな。
 見目だけ言えば、君が夜道を歩く女性であることに間違いはあるまい。」

柊もまた、レイチェルの名をそう簡単に口にすることはしないし、
相手の所属を言うこともない。言葉を明確にせず、事実だけを述べた。

ここで風紀委員と繋がりがあるだなんて言う必要はどこにもない。
それこそ無用な何かしらを自ら引き込んでしまうからだ。

「……それで、なんでまたこんな所に。」

それは相手の台詞だろうという問いを、ズルイ大人は自分から投げかけた。


まぁ事情によっては結界を作って関係が漏れないように話を聞ける故だが。

レイチェル >  
「まぁ……そいつは否定しねぇ。
 じゃあ改めて言っとくぜ、ありがとよ」

眼帯などつけてはいるが、それでも見目だけ言えば少女であることに
変わりはない。十分な心配の色をもって、言葉をかけてくれていること
は十分に理解していた。だからこそ、礼の言葉を述べる。
荒削りではあるが、そういったところはきちんとしているのが
レイチェル・ラムレイという女だ。


そして続く問いかけには、眉を少しばかり下げて見せた。
それはこちらの問いかけだぜ、と。
そのことを表情で見せているのである。
しかしそれでも、問われたからには返せることをきちんと返す。

「……まぁ、なんつーかな。
 色々と行き詰まったんで、ちょいと昔の空気に触れようと思ってな」

気づけば此処に来ていた、という方が的確ではあったが、
自らの感情を掘り起こせば間違いなくそれが理由である。
レイチェルは、嘘をつかずに今の気持ちを伝えた。
闇の中で藁をも掴む気持ちが、そこになかったとは言い切れまい。

羽月 柊 >  
分かり切っている。
何故羽月柊という教師がこんな場所にいるのかと、そう問われることは。

だから自分から言葉を投げかけた。
関わることが避けられないならば、大人はこうやって"ズル"をする。

己の同僚であるヨキとて、こうして裏の場所に顔を出すことがある。
それでもヨキはこの常世島の全ての生徒の為、
男は自分の為…目的は違い、そこには確かな明暗の差があった。

しかしそれでも、今までならば、すれ違うことすら避けただろう。
こうして話をする前に、男は行方をくらましただろう。

そうしなかったのは、羽月柊がこの夏に歩んだ奇跡の道故の変化だった。


…故に、男は煙草を一つ取り出す。
特に少女に許可も取らずに火をつけて煙を燻らせる。

煙草から匂いは何もしない。
けれど、そう、レイチェルがハーフエルフの血を引くならば、魔法の"匂い"は分かるかもしれない。

裏路地に這う、小さな小さな魔術の気配。
それはこの場所を切り取る、小さな結界。


「…初心に帰るといったところか……。
 しかしだ、行き詰まりというならば、ここには来るべきじゃあない。

 ここは行き詰った先の場所だ。
 ここに潜む何かしらは、そういった行き詰まりに対して、
 とんでもない"毒飴"を提示してくることもある。」

落第街、スラム。行き詰まりのどん詰まり。
どうしようもなくなったモノ、居場所のないモノの溜まる場所。


 いつだって入口を開いている。

 いつだって手を伸ばしている。

 いつだって誰かを"仲間"にしようとしている。


掴んだ藁が…その太陽のような金髪すら飲み込むような闇かもしれない。

レイチェル >  
「……局所的な魔術結界か。洒落たもん使いやがる」

その一言は鋭く。
しかし、語気と言葉とは裏腹に少々の感嘆が入り交じるものであった。
行使される魔術に対してではない。男の気遣いに対してだ。

二人を閉じ込める結界が広がれば、目を細めてその煙草を見やる。
魔術を行使する素質は死んでいるが、魔術に対する嗅覚と知識だけは
レイチェルの身に残り、知識に刻まれている。

この結界の展開が敵意によるものではないことは十分に理解している。
故に、返す語は穏やかさを伴う。

「……知りたいんだ。
 これまで、目を向けることができなかった広がる闇の奥底、
 そこにある色をな。
 特務広報部のこともある。今の落第街がどういった状況なのか、
 紙の上だけじゃ知れねぇこともあるだろ」

結界が張られたことを確認しているからこそ、
レイチェルはそのように語を継いだ。

闇に巣食う者達と対峙してきて、
彼らの考えや生い立ち、様々なものに触れてきた。
だから、目を背けていた訳ではない。
この街に居る者には、何かしらの事情がある。
悪事に手を染めるのだって同じだ。
その事実と向き合うことは、レイチェルが大切にしていることだ。

しかしながら。
この深き闇の中を、そういった意識でもって歩いたことが
どれほどあっただろうか。

そうして続く言葉は観念したように絞り出された。
おそらくこの男には、
それだけではないことは見抜かれてしまうのだろうと。
そう考えたからだ。

「……それから、な。
 オレの親友に、落第街で育って、生きてきた奴が居る。
 親友とは言ったが……そいつは。
 親友という型にはまらないくらい、
 オレにとって大切な存在なんだ。
 奇跡に縋るそいつを取りこぼしちまいそうになったこともあった。
 でも、オレにとってはもう、かけがえのねぇ奴なんだ。
 
 でもオレはそいつのことを何も知らなくて……。
 知らないのに……ああだこうだ想いをぶつけて……。
 自分勝手に……。

 だから、さ。
 そいつと改めて向き合うためにも、気持ちを整理するためにも……
 少しここを歩いてみるべきだと思った。
 
 ここは風紀委員のオレにとっての始まりの場所で、
 そいつにとっての始まりの場所でもあるんだ」

そうして、親友という垣根を越えた想いを抱くことになった
きっかけとなったのも、この路地裏を走っていた時だった。
見捨てたくない。救いたい。助けたい。取り戻したい。
そんな、彼女の内に眠っていた数多の想いが真に目覚めたのは。

全ての始まりの地。
回帰のためには、ここに足を運ぶ以上の選択肢はなかった。


「ここを歩く必要が、今のオレにはあるんだ。
 こいつがオレがここに居る理由だ。
 あんたは引き返せって、それでも言うかい?」

羽月 柊 >  
「ただの玩具だ。
 勘の良いモノは気付く。魔力に優れたモノには負ける。」

男は万能の"魔法使い"ではない。
才能に負け、平凡にも劣る"魔術師"であり、
目の前の少女にも、生来の素質でいうならば敵うところは何もない。

仮面は口元まで覆っている訳ではなく、煙を燻らせるのは問題なかった。
煙草を手で弄びながら、幾分か警戒を解いたのか、
傍らの小竜の一匹が男の肩に乗る。

「ここは表の世界以上に、一枚岩とはいかない。
 どれほど歩いたとて、闇の全てを見通せはしない。
 
 ……特務…『鉄火の支配者』も、一度は闇から抜け出したが、
 結局ここの全てを火の海には出来ないまま……いや、それは余談か。」

そう呟く男は、確かに知っていた。
この裏の世界で何が起きていたのかを、しかしそれすらも、この闇の場所の一部分。


少女の続く言葉に、口を挟まなかった。
最後の言葉を言い終えるまで、男は黙っていた。

だが、次に彼の口から放たれたのは。

羽月 柊 >  
 

「──ああ、『引き返せ。』」


 

羽月 柊 >  
彼が、少女の友人ならば、許したかもしれない。
彼と、少女が同年代ならば、見て見ぬフリをしたかもしれない。

だが、"男"は残酷にも聞こえるよう言い放った。

煙草を一度吸う。吐き出す。


「俺に逢わなければ、君は"独り"で考えただろう。
 俺はヨキのように優しい事は言えん。

 だが、こんな俺にすら"そこまで"ぶちまけるようでは、
 良い考えが浮かぶ可能性は低く、闇に囚われる可能性が高い。

 ……それは、君に山本の事を頼んだ時と同じだと、俺は思うがな。
 こればかりは、今までの付き合いがモノを言う。俺では…その役目には成れん。だからこそ、引き返せ。」

目の前の少女を信用していない訳ではない。
肩書も、己が友人と呼ぶ相手の先輩というのも、知っている。

それでもだ。

これはきっと、己だからこそ、言えることだ。

レイチェル >  
「全てを見通すだなんて、無理に決まってる。
 それでも、少しでも多く知ろうとすることは、
 決して無駄じゃねぇ」

対峙する者を知る。
それを行わずして、耳を塞いで目を塞いで。
一体、その先に何があるというのか。
個人であれば、それでも良い。
しかし、レイチェルはこの学園の風紀委員に属する者だ。
加えて、そこにはレイチェルの『手を差し伸べる』信条があった。
故に男の言葉に対して、レイチェルは首を横に振った。

「それに、こういう世界は初めましてって訳じゃねぇさ」

幼い頃からこういった闇には慣れ親しんでいる。
落第街でこそなかったが、この世界に来る以前。
全てを失ってからは、どうしようもない街で生きていた。
腐った街で、生死を賭けて生き抜いてきた。

だからこそレイチェルは、
その言葉には、はっきりと異を唱えるだけのことができた。


しかし続く言葉には、一瞬視線を落とす。

レイチェル >  
「……だが、追い詰められてるのは、否定しねぇよ」

自らの内に藁をも掴む気持ちがあったことも、今は肯定している。
一通り吐き終われば、既に心の内の靄は晴れていた。
だからこそ、冷静に自己を省察し、
それだけの言葉を紡ぐことができる。

少し前に真琴と会話をしていた時もそうだった。
目の前の相手を見ようと一所懸命に努めても、
どうしても頭から離れない靄があった。
それは話していく内に晴れてはいったが、
先に、男にここに居る理由を述べた時の感情は、
あの時ときっと似通っていた。

「心配してくれてる気持ちはよく伝わってくる。

 オレとしちゃ、あんたの気遣いには感謝してる。
 でも、今のオレにはやっぱりここを歩くことが必要なんだ。
 
 だから、折衷案といこうじゃねぇか。
 
 『寄り道』はしねぇよ。
 このまままっすぐこの道を歩いて、帰るとするぜ。
 せっかく『大人』から忠告を貰ったんだからな、
 そいつを無駄にはしねぇさ」
 
それで良いだろ、と。
レイチェルは声の穏やかさを崩さぬままにそう返した。
調子を崩さずそこにおり、ただ覚悟の目線を男に返すのみ。


そうして、歩き始めながらレイチェル・ラムレイは口にする。

レイチェル >  
 
 
「――あんたも。この街に居るには、ちょいと優しすぎるぜ」 
 
 
 

レイチェル >  
紡がれたのは警告、或いは心配の言葉。
 
誰もが、いつまでも子どもでは居られない。
システムから自分を取り戻したレイチェル・ラムレイとてまた同じ。

少しずつ大人へと向かっていく彼女は、そう口にすれば
道の先へと歩みを進めることだろう。

前に進んでいく。後戻りしているようであっても、それは前向きな飛翔に他ならない。

時計の針は耳に届かずとも、いつだって動き続けている。

羽月 柊 >  
男は目を細める。
『初めましてではない』からこそ、寄る辺の無い時にはそれが油断となる。
自分がこの夏、嫌というほど味わったことだ。
幸いして自分は良きモノに恵まれたが、それでも散々に辛酸を舐めたのも事実。
先程口にも出したが、同僚となった彼がいなければ、どうなっていたことか。

「…あぁ、知ろうとすることは確かに無駄じゃあない。
 無知は時に罪にすらなり得る。…残酷だが、世界はそういう風に出来ている。」

法がその最たる例。
知識は知っているモノの味方であり、
柊もまた、その知識でこうやって今まで生き抜いてきた。


「…分かった。そうすると言うなら何も言わん。
 俺がしていることは所詮は"対話"だ。
 逆らうことも、嘘をつく自由も許されている。俺が君に否と言ったようにな。」

折衷案に軽い溜息を吐き出す。
だがまぁ、それでいい。警告は聞き入れられた。
"音"は少女の何かしらに残ることを許された。


優しすぎるという言葉には、ただただ一度、ゆっくりと瞬きをするのみ。
視線を軽く逸らした分、受け入れ難い何かしらはあるのだろう。


そうして去って行く少女の背中に、言葉が投げられる。


「…次に来る時は、誰か親しいモノと一緒に来た方が良い。
 それこそ、今は弱っているとはいえ、山本も居るだろうしな…。
 異能は使えんだろうが、話すぐらいは出来るだろう。

 …彼も、君も、話す相手が居た方が良いだろう。」

男はそう口にする。
それはきっと、彼女たちの関係を深くは知らないからこそ、言えることなのかもしれない。

レイチェルが振り返らないならば、そのまま見送り男もその場を去るだろう。

レイチェル >  
彼がその言葉を受け容れきっていないことは、
背中に送られた無言から感じ取っていた。

この教師《おとな》は人が良すぎる。
甘い言葉を吐かず、諭してくれるのは以前の病院でも同じだったか。
それは厳しいようでいて、この上ない優しさである。

そしてそれは、レイチェルにとって心地が良いものだ。
今回だって、随分助けられたように思う。

だから生徒は生徒《こども》なりに、教師へ言葉を贈るのみ。


「……英治か」

今も幻と戦っているのだろう彼のことを思い出す。
以前に励ましてから、もう随分と経ってしまったように思う。
彼のことだって、救いたい。そう考えている。

特にここ最近は自分の感情と向き合うので手一杯だったが、
今ならまた英治とも向き合える気がする。

今度クッキーでも持っていきながら、
落第街を歩くかどうかはともかくとして、少しばかり話してみるのも良いのかも
しれない。戦友《あいつ》には支えが必要なのだから。


「じゃあな、ありがとよ。先生」

結界の効果範囲を出る直前のタイミングを見計らって、
レイチェルは最後にそう口にした。

金色が、闇の先に吸い込まれていくように消えていった。

ご案内:「落第街 路地裏」から羽月 柊さんが去りました。<補足:【はづき しゅう】深紫の長髪に桃眼の男/31歳179cm。右片耳に金のピアスと両手に様々な装飾品。黒のスーツに竜を模した仮面をつけている。小さな白い竜を2匹連れている。>
ご案内:「落第街 路地裏」からレイチェルさんが去りました。<補足:【後入り可】金髪の長耳少女。眼帯と学園の制服のみを着用。>