2015/06/09 - 21:12~21:32 のログ
ご案内:「回想」に橿原眞人さんが現れました。<補足:3年前の眞人。14歳。>
橿原眞人 > 三年前。日本関東圏某都市。とある高層マンション周辺にて。
高層マンションを下界より眺める者たちがいた。
――「鍵」の発現因子を確認。
――ここで間違いないのか。
――はい、間違いありません。「鍵」の発現因子を持つ人間はこのマンションにいます。
――わかった。ここの制御システムはどうなっている。
――既に掌握済みです。人払いも済んでいます。
――……では、これより実験を開始する。
――このような大がかりな実験は本当に必要なのですか? 単に「鍵」の発現因子を持つ者を捕えればよろしいのでは。
――「鍵」は生半可な事では目覚めない。《彼ら》と接触させることが必要だ。精神的な傷もな。
――“奴”の手が回る前に「鍵」の発現はさせなければならん。次に星辰が正しく揃うのはかなり先だ。今しかない。
――……了解しました。これより疑似「門」を発現させます。《電脳・究極の門》に接続完了。
――未知なるカダスへの道は我々が拓くのだ。《銀の鍵の門》実験、開始。
橿原眞人 > 深夜。高層マンションは全て静かな眠りについていた。
眞人は家族と共にマンションの5階に住んでいた。
世界は変容すれども、眞人は変容前の世界を知らない。この時代の子供達同様、この変容した世界こそが、普通の世界であった。
眞人は穏やかな眠りについていた。世界の変容のために様々な問題は起こっていたものの、混乱が激しい地区よりは遥かにマシであった。
日常。変わることのない日常が続いていた。
そして、それは唐突に終わりを告げることとなった。
それもまた、この世界の“日常”であるために。
橿原眞人 > 突如、マンション内全体に警報が響き始めた。サイレンの音がマンション内に高く響く。
それを聞いたマンションの住民たちは次々と飛び起きていく。
当然、眞人もそうであった。
「な、何だ。火事か……!?」
寝ぼけ眼のまま眞人は飛び起きる。そして、不意に視界に入った窓の外を見て絶句する。
「あ、あれって、まさか……!」
それは、異界の「門」であった。
21世紀の初頭の世界の大変容以降、世界中に現れる異界の扉。
異邦人を運んでくることもあれば、災厄を運んでくることもある「門」――
橿原眞人 > それが、マンションの真横に出現していたのだ。
「や、やべえっ……!」
眞人は慌てて部屋を飛び出し、リビングへと向かった。
このマンションでは、万一異界の「門」が出現した際は退避することになっていた。
異界の「門」が開くときは何が起こるかわからない。突如異界の「門」が開いて大規模な事故に巻き込まれるというのもこの世界では珍しくない。
「父さん、母さん! 弥代!」
眞人がリビングに到着すると、既に父と母と妹も揃っていた。
ホッと眞人は胸をなでおろす。兎に角急いで逃げようとしていたときである。
「門」に異変が起こった。その様子を見て、眞人たちは、マンションの住民は、声を失った。
「な、んだ、これ……!!」
橿原眞人 > マンションの横に空いた空間。そこに「門」が出現した。
だが、眞人が今までテレビなどで見た「門」とそれは大きく異なっていた。
「門」の周縁部には何やら機械のようなものが取り付けられていた。
そして、「門」の奥にはマトリクスが広がっていた。電脳世界のそれが広がっていたのだ。
格子状に広がる無数のライン、溢れ出す文字列に数列。それは、どれもこれもが非常におぞましいものだった。
未だ人間が知らざる言語。死すら死を迎えるほどの過去に用いられていた言葉。
非ユークリッド的幾何学の織りなす歪んだ世界が門の奥から広がっていく。
「う、うぅっ……!」
それを見ただけで、人々はひどい嫌悪感と嘔吐感を覚えた。思わず眞人は口を押える。
「門」の奥から何かが出て来ようとしていた。
名状し難いものが。
慄然たる何かが。
聞いただけで狂気に落ちてしまいそうなあり得べからざる鳴き声を発して。
橿原眞人 > 逃げろ! というような言葉を誰かが叫んだ。それが自分であったのか他の家族であったのか、眞人はわからなかった。
おぞましい悪寒に襲われながら、眞人たちは必至で部屋の出口まで駆けた。
その時である。突如自動的に扉のロックがかかったのである。
警報音が鳴り響き、部屋全体の照明が赤黒く変化する。
扉がロックされましたという機械的なアナウンスが鳴り響く。
このマンションは最新鋭のものだ。全ての設備はコンピューターが管理している。
『まさか……ハッキングされたのか!?』
眞人の父親は大手電脳機器メーカーのプログラマーである。
すぐにコンピューターがハッキングされたことを悟る。
いくら眞人の父が扉を開けようとしても扉は開かない。
橿原眞人 > ガシャン。窓の割れる音がした。
眞人たちが振り返ってみれば、そこには何かがいた。
何か、としか表現できないものである。それを眞人たちは自分たちの言語で表現することが叶わなかった。
「う、うわ、うあああああっ!!」
「門」の向こう側から、非常におぞましい「何か」が這いだしていた。
無数の触腕を備え、目を妖しく輝かせる何か。
それは冒涜的にも人の形に似ていながら、魚類のような特徴を備えていた。
眼窩と思しき箇所にはいくつもの目玉が蠢いている。
巨大な何か、時折体の一部が数列などに置き換わる何かが、眞人たちに迫る。
その何かは次々と「門」の向こう側から現れ、マンションの部屋へと入ってくる。
妹と母は泣き叫び、父は眞人たちを守るようにして前に立つ。誰もが皆、気が狂いそうになるのを必死に耐えていた。
逃げ場所は既にない。扉も開かない。マンションの住民たちにはどうしようもなかった。
橿原眞人 > 『―――――――――!!!』
通常の人間では発音できない叫びをあげ、眞人らの前に立つ「何か」はその巨大な触腕を振るった。
刹那、眞人たちを守ろうとした父親の首が千切れ飛んでいくのをみた。眞人の父の体は触手に絡め取られ、口と思しき器官に飲み込まれて行った。
「と、父さんッ! あ、ああ、あああっ……!!」
眞人にはもう何もできない。眞人は魔術も異能も身に着けていない。母も妹も同じだ。
既に母と妹は狂乱状態にあった。次の瞬間、口と思しき器官が伸びて、妹を丸呑みにした。
そして、眞人に向かって触腕が伸びる。そのときであった。正気を振り絞り、母が眞人をかばうように彼を突き飛ばした。
眞人は扉にぶつかり、眞人の代わりに母親が触腕に絡め取られていく。
『逃げて、眞人ッ……!』
母親はその下半身を貪り食われながらそう叫び、事切れた。
「何なんだよ……」
眞人はガタガタと震えながら、そう叫ぶしかなかった。
「何なんだよこれはぁあっっ!!!」
橿原眞人 > 眞人は扉に張り付き、何とか扉を開けようとする。狂乱状態だ。家族の死をこの目で見てしまった。
しかし、扉は岩のように固く開かない。完全にロックされていた。
何度も試したが、非常用の開閉スイッチも効果がない。完全に外部からハッキングを受けいた。
眞人の体は伸びた触腕に強く扉に打ちつけられ、眞人の口から血が流れる。
再び触腕が眞人に伸びようとする。ところどころ機械で形作られたような、電子の情報で構成されたかのようなそれが、眞人に迫る。
橿原眞人 > 「――ッ!!」
その時であった。突如、眞人の脳裏に一つのイメージが湧き始める。
それは、「鍵」であった。それは、「門」であった。
アラベスク模様の彫刻が成された、「鍵」であった。
巨大なアーチを作る奇怪なレリーフの「門」であった。
眞人は、その使い方がすぐに分かった。直感で理解できた。
眞人は扉のほうに向きなおり、鍵を回す所作を行う。
すると、今まで一度も開かなかった扉のロックが解除され、扉が開いたのだ。
眞人は一心不乱に逃げた。ただ、母親の逃げてという言葉のままに。
橿原眞人 > 眞人は廊下を駆けた。すると、不意に巨大な揺れがマンションを襲った。
階段の踊り場からそれは見えた。「門」の向こう側から、非常におぞましい何かが顕現するのを。それが巨大な触腕を用いてマンションを打ち壊していくのを。
それはおぞましくも人間のような形をしていた。
それは西洋の伝説にあるドラゴンのような形をしていた。
それは退化した翼を持っていた。
それはまるで深海に潜む深海魚のような姿をしていた。
「あ、ああああああっ!!」
眞人はそれを見るのをすぐにやめた。自分の精神が壊れていくのを感じた。
もうそれ以上見ることはできず、眞人は階段を駆け抜けた。
部屋のあちこちから人の叫び声が聞こえる。だが、眞人にはあの化物に対抗する手段などなにもなかった。
痛む体を無理やり動かしながら、逃げるので精いっぱいだった。
そしてようやく眞人はマンションから脱出した。振り返れば、マンションのほとんどは倒壊し、炎が燃え上がっていた。
橿原眞人 > 「な、んで、なんで、こんな……」
失血のためか、意識が朦朧としていく。眞人はもう立てなかった。
力なくそこに倒れ込む。視界は薄れ、このまま死を確信していた。
そのときであった。何かが眞人に近づいてきていた。
――「鍵」の反応を確認。間違いありません、発現しています。
――そうか、実験は成功だ。「鍵」は発現した。疑似「門」の一部開放にも成功した。もうここに用はない。「門」を閉じて鍵を回収しろ。
複数の誰かが眞人を見て話しているようだった。
眞人はそれをきちんと認識できない。ただ、「実験」であるとか、「門」を閉じろというような言葉は聞こえてくる。
「お、おまえ、たちが、こんな……」
しかし、眞人の言葉に彼らは耳を傾けてなどいないようだ。
眞人に誰かが迫ってくる――
橿原眞人 > ――ッ! これは、“奴”が来たか……!
――ここで《電子魔術師》と戦うことは得策ではありません。既にこの地区のネットワークの9割が彼女の領域と化しました。
――そんなことはわかっている! クッ、今は鍵の回収は無理か。なんということを……!
――我々のみならば、《電子魔術》が到達するまでに、魔術にてこの領域を脱出できます。彼女の《電子魔術》が到達すればこの地区のステルスは完全に突破されます。
――まあ、いい。「鍵」の発現だけでも十分だ。《電子魔術師》は必ず「鍵」を保護するはずだ。そうなれば回収の手立てはある……。
橿原眞人 > 声が消えていく。彼らの気配すらも瞬時に消えてしまった。
眞人は薄れゆく視界の中で、突如、無数の文字列が輝くのを見た。
それはまるで魔法のように煌びやかなものだった。
マンションを襲っていた化物たちが、一気に数字や記号に分解され、消滅していく。
そして、誰かが眞人の前に立っていた。ほとんど視界がぼやけてみることができない。
ただ、幼い少女のようなシルエットであるのは判断できた。
「……すまぬ。間に合わなかった。お前にも、「鍵」を発現させてしまった」
「だけど、大丈夫。お前は必ず、守って見せる。たとえお前が「鍵」であっても」
「既に助けは呼んだ。そして……」
「必ず、お前を迎えに来よう」
橿原眞人 > 幼い少女のシルエットはそう呟いて、無数の電子記号に分解されて消えて行った。
眞人はそれと同時に意識を失った――気づいたときには、病院のベッドの上だった。
翌日のニュースには、異界の「門」が出現し、その衝撃でマンションが崩落したとのみ書かれていた。
あの化物も、眞人を捕えようとしていた誰かのことも、何一つ、記されてはいなかった。
橿原眞人 > 眞人を襲った突然の理不尽とは、これであった。
おそらくは、そう珍しいものではないかもしれない。
怪異による事件。門による事件。世界中で起きていることだ。
だけれども。
全ては秘匿され、事件は闇に消えて行った。
首謀者と思しきものについて眞人が訴えても、取り合う者はいなかった。
そして、全てに絶望したときに、彼女が現れたのだった。
《電子の魔術師》、《電脳の夢見人》と呼ばれるハッカー。
後に眞人の“師匠”との出会いであった――
ご案内:「回想」から橿原眞人さんが去りました。<補足:3年前の眞人。14歳。>