2021/12/08 のログ
ご案内:「偏屈画家の邸宅」に月夜見 真琴さんが現れました。<補足:実はいうほど暇人でもなかったりする。>
月夜見 真琴 >  
住宅街の森のなかに築かれた瀟洒な邸宅。
川のせせらぎに守られた牢獄は、いまも変わらず。

その一階の大部分を占める空間は、もともとはリビングだ。
中庭に続く、カーテンの閉ざされた大きいフランス窓からと、
僅かばかり蓋の開かれた天窓から注ぐ陽光が、
その場所の在り方を薄暗いながらに照らし出している。

壁に掛けられた幾つもの額縁のなかには極彩色の蝶たちが舞い、
その花園だけでなく、適切に保たれた湿度と温度は画材も守っている。
名家の子女が買い受けて、名画家を真似て演出したアトリエ。
応接用のカウチセット――は、いまなおお気に入りの逸品だ。

ご案内:「偏屈画家の邸宅」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と風紀委員の制服を着用。>
月夜見 真琴 >  
師走、冬晴れ。
流れ落ちる川のせせらぎが、どこか冷たく密やかな季節。
森閑のなかに築かれたどこか瀟洒な邸宅の玄関で、来客の出迎えがあった。

「――――」

わずかに乱れた髪、少しだけ浮いた目元の隈に、
口に銜えているのは強めのミントの香りが抜ける眠気覚ましのパイプ。
ペイントエプロンに、厚手のワンピースは冬の仕事着。
出迎えた訪客の顔を見て、瞬きを繰り返して用件を思い出そうとしながら、
視線は玄関に設えられた時計の時刻を見てから暫し、思い出したようにああ、と息を吐いた。
パイプが揺れる。
踵を返し、彼女を中へと招き入れる姿勢をみせた。

「――すこしまえに、連絡をもらっていたな。
 すまないね、来客の準備ができていない。
 アトリエで待っていてくれるか、飲み物を用意してくるよ」

呆然とした顔は微笑に代わり、口から離したパイプの先で、アトリエのほう、
取り込み中の札――同居人へのためか――がかかった扉を示してから、自分は二階のキッチンへ向かった。

その様子は、少なくとも過日に比べれば随分、
蟠りもなりを潜め、内心を読ませない不敵な笑みは変わらずも、
そう――だいぶ"落ち着いて"いた。
十代も終わりかけ。とはいえ、未だ日に日に変わる時期だ。

レイチェル >  
「さて、っと……」
なかなか久々の訪問になってしまった気がする。
いや、実際にそうだろう。
手元のカレンダーを端末で確認して、時の流れの早さをまたも知ることとなった。
眼帯の風紀委員――レイチェル・ラムレイは、
腰に片手をやりながら、手元の端末を懐へ仕舞い込んだ。


眼前の邸宅を見やる。
此処に来る度に、この身が俗世から抜け出したような感覚になる。
この昔馴染みの住まいには、いつだってそれが感じられた。
ある種の息が休まる感覚があり、
また同時に少し気が張り詰めるような感覚も、
レイチェルはやはり覚えるのであった。

「んじゃま、邪魔しますか……」

そう呟きながら、敷地に入っていくレイチェル。

レイチェル >  
「――――」

さて、来客を出迎えてくれた邸宅の主の様子を見やれば、
レイチェルはやり場の無い手で自らの髪を軽く掻くほか無かった。
思った以上の状況だな、と。
内心肩を竦めながら、レイチェルは開口一番出迎えの主に言葉を送ることとした。

「いや、こちらこそすまねぇな。
此処まで立て込んでるっつーのは、
ちょいと予想外だったぜ。気にすんな、ゆっくり待つよ」

柳眉を下げて困ったような笑みを浮かべながら、
レイチェルは手をひらひらと振って見せた。
成程、色々話したこともあって、
この月夜見 真琴という昔馴染も、随分と落ち着いたものだ、と。
そんな風に感じながら、それは自らも――少なくとも表向きは――
また同じことか、と。
少しばかり自嘲気味に彼女が眼下へ視線を逸らしたことは、一体誰が知ることだろうか。

許可を受ければ、そのままアトリエの方へと足を進めていく。
なんだかんだで入ってみれば少しだけ落ち着かなくて、腰かけることもなく。
レイチェルは、アトリエの入り口の脇でそのまま佇む形で待つこととした。

月夜見 真琴 >  
「有り難いことに最近は画工業にそれなりの実りがあって――それに忙しいのはお互い様、だろう?
 遠慮しあっていたらいつまでもこういう機会は持てないだろう。
 不意の来訪が望外の幸福だったことは――ほら、やつがれの表情を見ればひと目でわかる」

上がった口角を指差して。
そもより高校生の一年を本土で過ごしている月夜見真琴は、既に働いていても自然な年齢である。
そうした多忙のなかで、むしろ来訪を有り難かったとおもう程度の余裕はあるようだ。

(下に反らした)

そういう時は、確か――なんて、心の中で考えられる程度には、馴染んだ相手。
ただただ遊びに来たわけではないだろう、ということは、なんとなくわかった。




彼女を出迎えたアトリエのなかは、暖かい、とはいえない。
一定に保たれた温度は時が止まったようでいて、フランス窓の外には冬の優しく色あせた陽光が注いでいる。

入り口脇からも伺えるのは、増えたイーゼルに立てかけられている見覚えのない絵の数々。

美しい背中に傷が浮いた女性、瓦礫の中に咲いた花に煌めく朝露、霧の花畑に舞う蝶。
森のなか、なにかを探している少女――どちらかといえば幼児というほどの年頃を映し取ったものは描きかけだ。
変化といえば、新たに大きいホワイトボードが買い足され、そこにスケジュールや何かの走り書き、
様々な文字やラフな鉛筆画が大量に張られ、パソコンのおいてある作業台の近くには資料や書類が増えている。
制作そのものよりは、それにかかる事務作業の類に追われていたことがうかがえよう。

それが選んだ道。

扉が開いた。

「――う、わ、驚かすな。 どうした?」

鼻歌混じりに入り込み、すぐ脇に来客がいた事に思わず肩をすくめた。
不思議そうに彼女を見やって、座らないのか、とカウチと視線をいったりきたり。
両手には湯気の立ち上るカップに、雲のようなホイップクリームが浮いていた。
方やココア、方やコーヒー。邸宅の主は糖分を欲していた。

レイチェル >  
「確かに、随分と嬉しい悲鳴をあげてそうではあるな……。
 幸福っつーけど……目元。はぁ、陰りが見えてるぜ」

今度こそ肩を竦めて見せるレイチェル。
それでも心配よりもレイチェルの顔に笑みが浮かぶのは、
やはり彼女としても昔馴染みと会うのは
嬉しいところがあるからであろう。


そうして、アトリエへ。
中へ入れば待ちながら、レイチェルは数々の絵を見る。
心理学の心得も、美術の心得も、
大して会得している訳ではない。
それでも、塗り重ねられた色彩の向こうに、
作者自身が刻んだ色《こころ》を探してしまうのであった。

沢山の絵。この静かなアトリエで、
一体、どんな気持ちでこの作品の数々を仕上げたのだろう。
そこには、知らぬドラマが色々とあったのだろうか。
などと、何となくそんなことを思っている内に――
アトリエの主が現れた。
驚くものだから、少しだけ笑ってしまいながら。

「いや、すまねぇな。何となく落ち着かなくてさ。
 それに、腰掛けるよりも前に作品が目に入っちまってな。
 随分沢山描いたじゃねぇか。こっから見るだけで、
 ほんと壮観だぜ」

レイチェルは、ずらりと並んだ作品から視線を外せば、
真琴がうろうろとしているカウチまで進んで、
腰を落ち着ける。

月夜見 真琴 >  
「ありがとう――とはいえ、ほとんど習作なんだ、あれは。
 有り難くも仕事を頂いているが、慢心してしまうとすぐ駄目になりそうで」
 
彼女の言葉を受けると、視線を自分の作品に向ける。
少し照れくさそうにするのは、褒められて嬉しい、というよりは、
その会心の出来を誇る一方で、自分の至らなさを自覚する作品群でもあったからだ。
しかし、それらを見てから、彼女に視線を向けると、少し間をおいて。
いつものように、どこか意地悪げに眼を細めて、深い笑みを作った。

「おまえもまだまだだな」

何が――とは言わない。
絵を観る眼、でないことは確か。
けれど、彼女自身が気づかなければいけないことだから、自分からは言わない。

「先に座ってくれていたら、さりげなく隣に座ってやろうと思ったのに。
 さて、あらためて来てくれてありがとう、レイチェル。
 会えて嬉しいよ、元気そうでよかった――それで、たのしい話をするまえに。
 きょうは英治のことか?理央の話?
 捜査の話は、捜査情報に触れないように言ってくれれば助けてはあげられる。
 それとも華霧の――? そういえば、デートをする暇くらいはあるんだったな。
 ……いろいろ抱え込んでるけど、って顔をしてるよ」

向かいに座り、自分のほうにはココア、彼女のほうにはコーヒーを。
スプーンでホイップクリームの端を僅かに沈めながら、話を切り出した。
 
「ただ楽しく話したいだけなら、おまえは手土産を持ってきてくれるから」

そう悪戯っぽく笑った。

レイチェル >  
「へぇ、習作だったのか。
 お前もやっぱ、真面目だよなぁ~。
 ま、でも……絵は、お前が選んだ道だもんな」

つい最近、自分も散々受けた言葉ではあったが、
それを目の前の相手にも投げて渡す。
そうしてその上で、レイチェルは透明な笑みを見せた。
遠回しの声援だ。

「……相変わらず含みのある物言いが得意な奴だぜ」

はぁ、と溜息を一つ。
とはいえ彼女の口元が少し緩んでいるのは、
面倒臭がっているというよりは、
ある種の安心感の表れと言えるだろうか。

「正直、どれもこれも気になることばかりだぜ。
 ……って、デート!?
 ……何だよデートって……。
 茶化しやがって……色々話してただけだぜ」

デートという言葉には思わず耳が跳ねる。
そうして視線を逸らしながら、
ちょっと弱々しい声を発するのであった。

こほんと、咳払いをした後に、レイチェルは話を続けていく。

「ま、お前が元気してるか確認しに来たのが大きいんだが……
 そうだな。今、話があるとしたら、英治の話だよ」

それだけ口にして、後頭部に組んだ両腕を回す。
視線も顔も、まっすぐに真琴の方を見やりながら。

「話、どれだけ聞いてる?」

呪いのこと。そして想い人のこと。
まぁ、色々だが。とにかく、状況を聞いてみないことには
話もできないだろう。
そう考えて、レイチェルはシンプルに問いかけたのだった。

月夜見 真琴 >  
「すこぉ~しだけ華霧のことが羨ましいなぁ~って思っていただけだよ~」

期待通りのリアクションが返ってくると、ホイップクリームを運んだ口は楽しそうに笑んでいる。

「うまく話せたか?」

飲み込んでから、内容ではなく、感触を聞いた――単純なようで難しい関係だ。
"親友"という言葉に対する、自分が抱く羨望と理想に対して、少しだけぎこちなく見えていた。
帰ってきた同居人の様子から、不和があったわけではないようで安心したというのもあるし。
なんでこの二人の関係に自分が気を揉まねばならんのだという疑問は未だに解消していないが、
双方に対して見捨てない理由が、それも大分大きいものがあるものだから。

「常世祭で、ライブドローイングもそれなりに好評だったし、仕事も順調――だと思う。
 病気も怪我もしていないし、息災そのものさ。
 忙しいなかで元気にやっているよ――写真の催促?
 ああ、でも――佳人薄命という言葉もあるな、確認の頻度を上げることを推奨しよう。
 むかしも言ったな、やつがれは寂しいと死ぬかもしれないと」

ココアを一口。
張り詰めた心身をほぐす甘さに、ほう、と息をついて、ソーサーにカップを休めた。

「英治がおまえに自分からあのことを話す状況が少し浮かばないが、そういうことだと受け取っていいな。
 そう、あの子にとっても特別な相手だから、わかることなら――」

園刃華霧と山本英治の関係は、随分早い段階から知っていた。
苦笑いにもなろう。恋敵の話を切り出す相手が、まさにその相手のことを抱え込んでいる様。

「帰国したことと、その症状に改善が見られないこと。
 あれに異能によって干渉した男のことも含めて、資料で閲覧できることだけ。
 あとは個人的に考えたことだけだ。見ればわかるが画工の片手間に、だぞ。
 少し惜しくはある、あれは――あれからは少し、懐かしい感覚がするから」

今は昔、自分が赤い制服を纏っていた時の刑事部の。
年齢は上とはいえ、その風を纏う者が新たに名を連ねていることが喜ばしくもある。
現状を思えば、それも昔のことになってしまいそうだが。

「症状はどんなものだ?
 幻覚だとか言っていたか、所見を述べるくらいはできる」

背筋を伸ばし、幻術士はそう問うた。
恐らくは"念入りに調べてもそれらしい手がかりが得られなかった"のだろうと。
そうでなければ彼のことだって、笑顔で切り出してくれるだろうから。
そういえば英治の奴がさ、なんて――そんな風景も遠い昔、アルバムに綴じられた昔日の光景。

レイチェル >  
「あ~……悪かった」

何とも反応に困るもので、レイチェルは伏し目がちに
頭を振ってみせた。蟠りが消えようと、レイチェルの心に残る
何とも言えない申し訳無さというものは消えないのである。

楽しそうに微笑む妖精を見やりながら、改めて彼女は思う。
この手の態度、自身の二番目の弱点とも言えるだろうな、と。


「正直難しいけど、お前の言う通り『親友』として。
 改めて拾い直せたらと思ってな。
 これまで何となく流してたこと、少しだけ聞いてな。
 趣味の話とか、風紀やってる理由とか……
 ……将来についてのこととか。
 まぁ……今までに比べりゃ、
 『らしく』話せたんじゃねぇかと思ってるよ。
 
 それから……
 心の底から安心して笑えるようにする、って。
 約束したよ。親友としてな」

目の前の相手に対して、少し新たな視点で
二人で話して感じたことを率直に述べていった。
心配なことは、まだまだ盛りだくさんだ。

「ウサギかよ、てめぇは」

はっ、と笑って見せる。
こんなやり取りも、何だか久々な気がする。
そう感じて、
少しあたたかな気持ちになるレイチェルであった。
写真の件は、そうじゃねーよ、と否定だけしつつ。


苦笑いを浮かべる真琴。その真意ばかりは、
レイチェルにも手にとって分かっていた。
分かっている。
この複雑な感情の在り方が、客観的に見てある種の
矛盾を生じているということくらい。
――でも、オレはオレを貫くまでだ。
あいつじゃねぇけど、
大事なもんは取り零したくねーからな。


「身体の方にもすっかり影響が出ちまってるよ。
 除霊で何とかできるような状況じゃねぇらしい。
 今そこに在る何かというよりは『残響』というべき
 現象らしくてな、
 今は亡き親友の幻覚のせいで、いつ発狂してもおかしくねぇって話だ。
 オレの方でも色々と図書館に通って
 調べてみちゃいたが……お手上げ寸前だ。
 で、何かと博識なお前さんの所見も聞きたくてな」

お手上げ寸前っつっても諦める気はないけどな、と付け加えつつ。
本題を投げて渡した。
そう口にするレイチェルの目元にも、
やはり少し陰りが見えることが分かるだろうか。
随分と調べ回っていたらしい。

月夜見 真琴 >  
彼女が語って聴かせた、"親友"との語らい。
将来――僅かに、眼を細めた。
自分にとっては、それこそ現実的な話。
語るそれらを受け止めて、しっかり咀嚼してから、甘い声は、柔らかく一言だけ添えた。
 
「焦らないことだよ」

壊さないための、アドバイス。
園刃華霧は、それを嗅ぎ分けるだろうから。
この上なく厄介なほど、あの同居人が敏いことを知っている。
そして、すぐにうまくはいかないのだから、ゆっくりやっていくしかない。

(まあ、やきもきはしてしまうかもしれないけれど)

恋敵がいると、そうなる。
自分にとっては、彼女がそう。全くややこしい。
視線を反らして僅かに考えてから、本題に戻す。

「遠山未来か」

親友の幻覚――資料で閲覧した記録でしか知らない、彼の過去。
復讐といえば聞こえはいいが、怒りのままに行われた殺人。
ひとり殺して、七年。――妥当。

(では、あいつには何年課されるかなぁ)

なんて、金髪の少年の姿を思い出すと、僅かに頬が緩んだ。

「そう、だな――専門的な話ではなく、わかりやすく噛み砕いて話そうか」

スプーンでホイップクリームを掬った。

「幻覚を見せる場合、もちろん詳細に言えば色々と種類はあるが。
 概ね、その幻像のイメージがどちら側を拠り所にしているか、という観点で大別できる。

 わかるか?
 やつがれの場合は、やつがれ自身のイメェジを拠り所に、相手を騙す」

園刃華霧 >    
ぺろりとクリームを舐め取った口が、歯を剥いて笑う。

「こンな風に、ナ」

ソファの上であぐらをかき、身体を揺らして。

「絵を描クのと、あンまし変わらナい。
 どーダ? 意外と"アタシ"らしいダろ?」

キン、とそのスプーンが、カップの淵を叩く。

神代理央 >  
「即ち、私の認識を他者の五感に強制的に上書きする、と言う事だ。
 下らん茶番に過ぎないがこの方式で在れば、贋物と分かっていても打ち破ることは困難だろうがね」

尊大な態度の少年がそこにはいた。
何処か芝居がかった威圧的な身振り手振り。
しかし、彼女の眼帯の裏側に在る義眼は、目の前に異常が起こったことを認識していない。
そうした電子機器を騙すことはできない手品だ。

「直ぐに悪夢から醒めたいというのであれば、私の脳を撃ち抜いてみせるがいい。
 貴様の今の腕で、嘗てのように百発百中の射撃が実現できるというのならだがね?」

クツリ、と笑ってみせると。

月夜見 真琴 >   
「――認識させることができるのはやつがれがイメェジしているものだけ。
 だから、やつがれがやるのは、自分自身の状態を騙したり、
 "有るものを無いように見せる"とか、"無いものを有るように見せる"とか。
 まあそれも危険ではあるから、あまり多用はしないがね」

瞬きもせぬ間に幻覚は晴れる。
肩をすくめておどけた白髪の女の姿は、集中を解いた。
当たり前のように使ってみせるものの、リアルタイムで描画し続けなければいけない幻術の行使は、
大規模になればなるほど消耗が激しい。"生身"ではすぐに疲れる。
疲れているように見せないのが、月夜見真琴の現役時代の常ではあった。

「ではここで問わせてもらおう。
 ブラオ――ブロウ・ノーティス。
 彼はもしかすれば存命時の遠山未来と面識があったのかもしれないが、
 今なお山本英治が見続けている幻覚は、いったい誰の認識を拠り所にして響き続けていると思う?
 術者はとっくに、あれ自身の手で死んでいるのに――だ」

転じて。
術者自身の能動的な認識を映し出す異能は、破りづらい反面、
術者の集中を削いだり、意識を失わせたりすれば直ぐに途切れるという場合がそれなりには多い。
そうでない場合は、類型的にどういう症状だと推測できるか、だ。

レイチェル >  
―――
――


「……そう、焦って傷つけちゃ本末転倒だ。
 悲しい顔も辛い顔も、して欲しくないからな。
 恋だの何だの以前に、救いたいって思うから、
 思えるから。
 だから、オレは……今の道を選んでる」

一度、親友として接する道。
空いてしまっている穴を、地道に埋めていく道。

悲しい顔。辛い顔。
実際のところ、そういう顔をあいつが見せることは殆ど無い。
『ゆるく繋がる』為の、彼女なりの……
悲しくも賢いやり方なのだろう。
それは外の話をした時に、確信に近付いた。

――そんなの、放っておける訳ねぇだろうが。

あいつの笑顔に、甘えるつもりなんてなかった。
絶対に、いつか安心させるんだ。
本当の気持ちで、笑って貰うんだ。
あいつすらまだ、気付いていない気持ちで。

「さすがは幻術の専門家、言うことが違うぜ」

正直、この件に関しちゃオレよりも真琴の方がずっと
詳しい筈だ。除霊でどうにか出来ないと聞いて
からは、真琴の顔がずっと浮かんでいた。

レイチェル >  
「はぁっ!?」

突然。華霧の幻が現れたものだから、
思わず声をあげてしまった。
マジで飲み物飲んでなくて良かった……。

そして同時に、何だか嫌な気持ちが胸にこみ上げてきた。
右眼には――何も映っていない。
分かっていたことではあるが、彼女の生み出した幻だ。
それでもほんの一瞬、心を動かされてしまうことに、
少し溜息が出る。
ああ、そうか。嫌な気持ちの正体は。

「……幻見せて煽るんじゃねぇよ」

今度は理央かよ。
こう見えて射撃訓練は欠かしてねーっつの。
……身体が言うこときかねぇ時があるのは、事実だけど。

レイチェル >  
さて、幻術の後にはしっかりと本題に対するこいつなりの
所見を述べてくれた訳だが。
そう、それならば――

「まぁ、あいつ自身の……『イメェジ』だろうな。
 だからこそ、あいつ自身が決着をつけなきゃならねぇと。
 つまり外からの干渉で直接どうこうしようっつーのが、
 そもそもナンセンスだと。そういう風に言いてぇ訳か」

――それならば、オレと『解釈一致』だ。

ただ、それでも。

「ただ、それでも……何もせず手を拱いてるのも、な。
 それで、何かしら無ぇもんかと探してた訳だが。
 そうか……ま、専門家のお前が言うんだから、
 やっぱりそうなんだろうな。
 ……根こそぎの解決を探して本に向き合ってるより、
 やるべきは」

やるべきことは。

「……サンキュー、少しだけ見えてきた。
 というか、
 お前のお陰で次にすべきことに対する自信が持てた」

ふっ、と笑いながら目を閉じる。

焦らず、そう。
焦らずだ。
恋する気持ち。
救いたいという気持ち。色々あるけれど。

最近は、少しずつゆっくりと歩めるようになってきた。
この調子で、一歩一歩、だ。

月夜見 真琴 >  
「斯様に、演じる部分そのものは自前だから、
 表現されるものは幾分カリカチュアされた虚像にはなってしまうがね。
 こういう風に相手を驚かすだけの奇術の域を出ないものだよ」

極端化された個性の再演に留まる。
しょせんは贋物。そして、消耗の激しさから"実用"にも足らない。

たとえば――。
あるはずのない足場を、あると相手に誤認させるとか。
平静さを失わせた上で、そこを歩くように促せば、簡単に"実用"できる。
だが、そういうことは一度もしていなかった。
やることは笑って済む悪戯ばかりだ。

だって、そんなのは――

「――――本来であれば。
 安全なところで落ち着かせて、静養させておくべきだ。
 今、あれは風紀委員会で何をしている?
 おまえは、その行動を容認しているな――どういうつもりだ?」

カップを静かにおいた。
赤い舌がクリームを舐め取る。

「返答は聞いていない。
 やつがれに捜査権はないし、服務規程違反になるだろうからな。
 ただ、あれがかなり危険な状態にあるなら、余計なことは吹き込むな。
 "なんだそんなことか"とか、"だったらこうすればいい"という意識の変化が、
 均衡の崩壊を生み、幻覚に食い殺される可能性だってある――
 あいつがいま見せている姿も、あいつ自身が作り出した、
 カリカチュア化された山本英治という仮面に過ぎないかもしれないんだぞ」

言い含めておく。
月夜見真琴は、精神の強さというものを――あまり信用していない。
戦うということを、美化もしていない。
慎重過ぎるかもしれない。
山本英治という人間を、レイチェル・ラムレイという意思を、
信用していないのかもしれない、だが、ひとえにそれは、

「"おまえたち"がするべきことは、
 絶対に、園刃華霧の前からいなくならないことだ」

決定的な破局を危惧してのことだ。
それを押しても優先する程のことだというのなら、

「なにを追っているのか知らないが。
 絶対にふたりとも無事で帰ること。
 そして、おまえたちが風紀委員であることを見失わないように」

殺人から始まった、誰かの物語。
あるいは、死という形で幕を引いてしまった、いつかの"公演"のような。
それを過ちと考えるなら、風紀委員であるならば、犯罪者に対する始末は如何に在るべきか。

考えなければいけない段階だった。
ソト側にいるからこそ、冷静に忠告を捧げた。
正義に、善意に、熱意に、運命に――"酔う"時こそ、
足元を掬われる、最悪の隙なのだと。

他でもない、月夜見真琴が狙う好機でもあるからこそ。

「それを、見失おうというときは―――………、」

月夜見 真琴 > 「……救いたい、とかさ。
 ひとりの人間が考えるには、重たすぎる感情だよ。
 その重さ、相手にはけっこう伝わっちゃうんだ」

レイチェル・ラムレイが、
"レイチェル・ラムレイ"たろうとすることは、危険だ。
彼女が、一部では伝説のように扱われているからこそ――
いつか、在りもしない太陽を幻視していたどこかの女生徒のように、
多大に過ぎる期待が押しつぶしてしまう悲劇も、繰り返させたくはないから。

「痛みに決して患わずして、謀られた時こそ笑え――これもお祖父様の受け売りだけど。
 自然体でいるときのあなたが、一番強いんじゃないかって思うよ。
 どうしてもつらいときには、わたしがいるから」

手を差し伸べるように。
どうせ、止める権利だってないのだ。
風紀委員としてできることは、こうして小言を言うことだけ。
であれば今の、名状しがたい関係を、少しだけ昨日より強く結んでおきたい。

「いまのポイント高かったでしょう?
 ――さ、つぎは、楽しいことを聴かせて?」

レイチェル >  
「ありがとな。お前の言うことは、本当に筋が通ってる。
 だからこそ、お前の言葉は全部、胸に刻んでおくぜ」

目を閉じたまま微笑んで、頷く。
本当にそうだ。月夜見 真琴という女は、
監視対象であるからこそ。外側に居るからこそ。
冷静な提言をくれる。
それは、とてもありがたい話だった。
その言葉に救われたことが何度もあった。
だが、英治のことに関して言えば。

「……だがオレは同時に、論理で解決できるほど、
 シンプルじゃねぇとも思ってる」

風紀を離れて渡航して尚、今の現状であるとなど考えれば、
ただ静養を続けることがベストな選択肢だとは、
オレには到底思えなかったし、それ以上に――。

返答は聞かない、という言葉があったからこそ。
オレは続く言葉に対する返答だけを寄越す。

「ああ――」

一歩一歩、とは言った。
しかし、正義に、善意に、熱意に。
酔えるような暇など一切ない。

彼女の強い意志の籠もった囁きを聞きながら――

レイチェル >  
「分かってる。華霧の前から居なくならないことは、
 オレにとっちゃ……
 そして、『オレ達』にとっちゃ最優先事項だ」

これ以上、傷つける訳にはいかないのだから。

そうして続く、何処か柔らかな言葉には。

「……伝わっちゃう、か。
 そうだな、ある意味……
 あいつのことをきちんと見ようとするあまり、
 オレが、自分自身を見ることができていなかった所は、
 やっぱりまだあったかもな」

重たい感情。その自覚はあった。
けれどその中で、その重たい感情を抱えている自分自身が、
あいつの目にどう映っていたか――。

ああ。あいつが言ってたお互い様の意味、
改めて一つ分かった気がする。もしかしたら、だけど。


「……自然体、ね」

まぁ、そこんとこに関しちゃ、
前に比べりゃ多少マシになっては来てる。
それでもまだまだ、ってところは確かにある。
絶対に救わなきゃいけない。助けなきゃいけない。
きっとそれは、オレ自身の過去《のろい》に根ざした
溶けぬ氷だ。
これもいずれ、何とかしなきゃならねぇんだろうか。

「……何のポイントだよ」

思わず呆れ顔。いや、こういうとこなんだよなー、こいつ。
ほんと、こういうとこ。

けれど。

「ま、ほんとありがとな」

改めて礼を口にする。
真琴にこの件を話して良かったと思うし、気も引き締まった。
ほんと、頼りになる奴だ。頼りっぱなしじゃいけねぇんだけど。
そうだ、これから何をするにしても。

あいつの前からオレは、絶対に離れない。
抱え込み過ぎちゃ潰れるのは、その通りだ。
それでも。それだけは、その想いだけは――。


「……んじゃま、最近笑えた話でもしてやるか。
 ちょっと前に、貴家がさ~」

真面目な話はこれで終わり。昔馴染みの小言に感謝しつつ、
後は、楽しく語り合うこととしようか――。
少しでも潤いを手渡すことができるのならば、きっとそれが。

月夜見 真琴 >  
「言うだけは言った。
 あくまで推測、且つ一方からの私見だ。
 そのうえでそっちのやり方を"選ぶ"なら、
 ――現場判断はそっちの得意分野だったから」

あえて止める理由はない。
述べられる所見は述べておいた。
役割は果たしたはずだ。
詰まるところ、刑事部、前線、それらに僅かでも身を掠めさせるなら、
100%の確実など保証されはしない。
起こったことを受け止めて、正解にしていけばいいだけだ。
どうせ――自分は赦してしまうのだろうし。

(まあ、ブロウ・ノーティスは教師だったわけだし
 ――生徒が超えられない試練は課せるまい)

不安と恐怖があるうえで、
なにもかも想定通りなんて――面白くない。
そう思う自分もいるのだ。

「いいよ、ゆっくりで、大丈夫。
 焦らなくっていい。
 すくなくとも、ここでは」

現場から、現世から、切り離されたような場所で。
甘い飲み物が供されて。
それでも今は、ここにいて、と、強く引き止めることはない。
この場所も、その主も、変わらないようでいて、変わっていく。

「この季節に有り難そうな尻尾とまた何か面白いことしたの?
 ねえ、きかせてきかせて――」

楽しい話に耳を傾け、相槌を打ちながら、
そうした時間に充実を覚えた。
何処か遠く感じる、かつての古巣の現在の話を、たのしそうに。
穏やかな刻一刻が、嵐の前の静けさでなければいいと願いながら。

ご案内:「偏屈画家の邸宅」から月夜見 真琴さんが去りました。<補足:実はいうほど暇人でもなかったりする。>
ご案内:「偏屈画家の邸宅」からレイチェルさんが去りました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と風紀委員の制服を着用。>