2022/08/09 のログ
ご案内:「常世総合病院」に川添春香さんが現れました。<補足:病院着>
ご案内:「常世総合病院」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と学園の制服を着用。>
川添春香 >
ふと、気がつくと。
病院のベッドの上だった。
財布も無事だし、未来の携帯デバイスも手つかず。
つまり、あの後すぐに風紀委員の方に救助されたらしい。
巨大な蜘蛛は人を食べていたこと。
蜘蛛は食べた人の異能を使っていたこと。
そして………私は魘されてレイチェル・ラムレイ先輩の名前を口にしていたこと。
(あと敵対的怪異に一般人が単独で立ち向かったことを怒られた)
そんなこんなで。
再生能力でもう傷は治っているものの。
まだ事情聴取待ち、それと検査入院という形で私はここにいる。
レイチェル >
春香が目を覚ましてから、少しした後。
個室に繋がる廊下の向こう側から、靴音が響いてくるだろう。
スライド式のドアを押し退けるようにして、
その女は個室へと入って来る。
「邪魔するぜ」
表情はやや険しく、しかし声色は言葉とは裏腹に優しく。
女はベッドの上に寝ている少女を見ると、
少し厳しい表情はそのままに近くへと寄って、
手近な椅子を引っ張ってくればそのまま腰を落とす。
学園の制服に、クロークを羽織ったその女こそが、
川添春香が蜘蛛と交戦した後に、口にしていた名を持つ唯一の女――。
「――レイチェル・ラムレイだ」
女はその紫色の瞳を僅かばかり細めて、
川添春香と呼ばれるその生活委員の身体――めちゃくちゃに
傷ついていた筈だったその肉体を一瞥し、
それから表情を窺った。
「身体の傷の方は、もう良さそうか?」
彼女が名乗ってからすぐに問いかけたのは、そんな言葉だった。
研ぎ澄まされた刃物の様に、冷たく澄んだ瞳。
眼帯が放つ無機質な淡い光。
しかし口から放たれる言葉は低く、穏やかに。
湖面に波紋一つ立たせぬ柔らかさで以て、
十分な気遣いの色として放たれた。
川添春香 >
その時、響いた声。
知らない声、一方的に知っている顔、そして。
現れたのは、風紀の伝説。
レイチェル・ラムレイ。
「あ、ど、どうも!」
パパに聞かされていた通りの人。
そういう第一印象だった。
「すいません、寝ぼけてレイチェル先輩の名前を口にしてしまっていたようで」
あわあわ、わたわた。
「はい、身体変化系の異能なので、傷はもう大丈夫です」
左足ごと喰われた靴だけは残念ですがっ。
と、ついつい軽佻に喋ってしまう。
自分の立場を端的に示しながら、気遣いを忘れない立ち居振る舞い。
パパが一番仲の良かった風紀委員。
そして………
噂では、悪名高いフェニーチェの魔人を仲間と倒したという。
一気に緊張してきた!!
レイチェル >
「……はっ」
わたわたする春香を見て、レイチェルは肩を小さく揺らした。
艷やかな金の髪が、さらりと揺れて彼女の肩を撫でている。
「ったく。化け物とやり合ったって言うし、
風紀に散々こっぴどく叱られたって話だし、
もっと暗い顔してるかと思えば、何だ元気じゃねぇか。
ひとまずは、安心したぜ」
そう口にするレイチェルの表情はふっと明るくなり、
先程まで見えていた表情の緊張は解けていた。
そうして今度は逆に、春香の顔の方が強張り始める。
「ま、もう十分に分かってると思うが、
他の風紀の奴らが言うことはもっともだ。
単独で化け物に立ち向かうなんざ、
そりゃあ褒められたことじゃねぇ。
確かにお前の異能は随分と強力らしい。
あれだけボロボロになっても、今はピンピンしてやがる。
とはいえ、無謀な行動は戒められても仕方がねぇ。
少なくとも――」
そう口にして、レイチェルはクロークから紙袋を取り出す。
「――風紀委員としちゃな。だから、こいつはオレ個人からの
お見舞い品」
甘い香りがするそれを手近なテーブルに置いたレイチェルは、
春香の方を見てふっと微笑んで見せた。
中身はクッキー。風紀委員としてではなく、
レイチェル・ラムレイとしての祝福だ。
そうして、再び澄んだ紫色を向けながら、
春香に対してレイチェルは問いかける。
「……で、何だって一人で化け物に立ち向かったんだ?
言っておくが、こいつは叱責でも何でもねぇ。
ただ、理由をお前の口から直接聞きたくてな。
いや、何。
無鉄砲に暴れたいタイプじゃねぇように見えるし、
何か……
『そうしなきゃいけなかった理由』が
お前の中にあるんじゃねぇかと思ってな」
それだけ投げかけたレイチェルは腕を組み、春香を見守る。
川添春香 >
「それは………」
化け物は人を食べてた。
つまり、私には助けられなかった人がいたんだ。
だから、そのことを思うと暗くなるけど。
「一般生活委員が怪物に喧嘩を売った、という時点で…」
「叱られるに必要十分すぎますし」
「こうして風紀の方の手を煩わせたこと、反省はしますが」
「後悔はしていないので」
それだけは相手の目を見てしっかりと断言した。
あの日、私の行動で死なない未来に行った人のために。
私は絶対に後悔しちゃダメなんだ。
そして彼女の手で置かれるもの。
クッキーだ。パパも卒業式の時にとか、もらったのかな……
そして突かれるのは、真実の根本。
レイチェル先輩は私の目を見て理由を聞いている。
女伊達を気取って行動した結果だ。
彼女には………話しておくべきなのかも知れない。
「レイチェル先輩」
ベッドに座り直して。
「少しだけ、未来をあなたにあげます」
コホン、と咳払いをして。
「私の名前は川添春香」
「未来から門を通ってきた、川添孝一の娘です」
レイチェル >
――そりゃあ、心の傷がないわけ、ないよな。
言い淀むその横顔から、レイチェルは感じ取っていた。
どれだけ強かろうと。
どれだけ肉体が再生しようと。
器の中にある心は、皆同じく傷つきやすい。
だからこそ、開口一番『身体の』傷について問いかけたのだ。
こうして空気を緩めた時に一瞬見せる表情はきっと、
その人物が心の内に秘めた本当の顔だ。
「反省と後悔をしっかり切り分けてやがる。大した奴だな。
オレがお前くらいの時は、そんな風に割り切れなかったよ」
眼前の少女の瞳は、強い意志を持った目だった。
その意志に満ちた瞳を見たレイチェルは、
懐かしさと危うさ――そして何よりも親近感を覚えていた。
あの頃の自分よりも、この少女はきっと上手くやっているのだろうが。
彼女がベッドに座り直す。
こちらの問いかけに対して、思うことがあったのだろう。
ならばこちらも改めて、襟を正して聞かねばなるまい。
そう思って組んでいた脚を戻しかけたその時。
川添。
川添孝一。
耳に届く、懐かしい名前。
そして、その名を聞いたレイチェルは。
レイチェル >
「娘だぁ!? 川添孝いっ……」
そこまで口にしてしまってから、さっと口元を押さえる。
何の冗談なのだろう、と感じた。
しかしそんな冗談を、この状況でこの少女が口にする理由は無いだろう。
報告で氏名を聞いた時、聞いた覚えのある姓だとは思っていたが。
異能の特徴からも、なんとなく思い出していた顔がありはしたが。
――川添孝一。
まだレイチェルが風紀委員に入ったばかりだった頃に、
やり合った相手。
そして、共に学園生活を送った相手だ。
「……いやいや、マジで言ってんのか?
どんだけ美人の奥さんと結婚したんだよ」
眼の前の美少女に、いかつい顔をした川添孝一の姿を重ねる。
うん、重ならない。全ッ然重ならない。
ただ、そう。
真っ直ぐな瞳だけは、何処か似ている気もした。
川添春香 >
「風紀の人に心配と搬送作業の手間をかけたこと」
「ただでさえ忙しい医療の手をかけさせたこと」
「そして……助けられなかった人がいることは反省します」
「でも、私があの蜘蛛をやったことで助かった人のためにも」
「後悔だけは絶対にしません」
そして、片目しか見れないけど。
相手の目をまっすぐに見た。
次に出そうになった言葉に、指を立ててシーっとジェスチャー。
「声が大きいですっ」
「まだママと出会ってもいないパパに誰か伝手に情報が伝わったら」
「最悪バタフライエフェクトで私が消えちゃいますからっ」
そもそも、パパとママが気まずくなって私が生まれなかったら。
未来から来た誰の言葉でパパとママが気まずくなったのかもわからない。
フクザツカイキ、パラドックス。
「ママ、すっごい美人なんですよー」
えへへ、と笑って。
「でも、大好きなパパからは異能を受け継いだので」
指先をぐねぐねと超軟体で曲げて見せる。
パパが学生時代にやっていた一発芸、『常世一体が柔らかい男』の娘バージョンだ。
「それで……未来の携帯デバイスが手元にあるんですが」
「ずぅっと調子が悪いんですよね……キビャテードがこの時代にあれば不調の原因もわかるのかも知れませんが」
便利なのにこの時代にはないんだよね。キビャテード。
「たまに未来のデータベースに繋がるので」
「それで惨劇が起こる場に現れて風紀のマネゴトをしています」
これが真実。
聞かせた以上、身柄を拘束されて携帯デバイスを没収されても仕方のないこと。
でも、パパが言ってたレイチェル先輩は。
そういうことをしない。そんな実感が、会って確信に変わっていた。
レイチェル >
「わ、悪ぃ……そりゃそうだよな」
辺りを、窓の外をきょろきょろと見渡した後に、
口元の手を離して一言、己の頭に手をやって謝った。
そうして、春香の口から語られる様々のこと。
バタフライエフェクト、あの男から受け継いだという異能、
そして未来の携帯デバイス。
「ま、時を遡行してきたってのは信じるぜ。
顔見りゃ分かるよ、春香。
お前の顔は、嘘をついてる顔じゃねぇ」
平気で嘘をつき、人を騙して傷つける人間を大勢見てきたからこそ。
そうでない人間は、はっきりと見て分かるものだ。
しかし、何故彼女は現代に現れたのか。
何か、大きな目的の為か。或いは、事故に巻き込まれたのか。
そんなことを考えながら、言葉を継いでいく。
「つまり、今回もその未来の携帯デバイスに現れた情報を元に、
人助けしようと思って現場に駆けつけた訳か。
誰かが犠牲になることが分かってるのに、
そいつを見殺しにできないってさ」
少女の気持ちは、痛いほどよく理解ができた。
自分ももし、誰かが犠牲になることが分かっていたら、
絶対に走り出すだろう。
――残酷だな。
少し小さく息を吐いて、
レイチェルは感じたことを口にすることにした。
「確かに。
お前のお陰で救われた人間はきっと、沢山居るんだろう。
今回の件で死んでたかもしれねぇ人間の日常を、平穏を
お前は守ったんだ。それは誰にでもできることじゃねぇ。
いや、未来を知るお前にしかできないことだ――」
皆が知らない中で、
この少女は一人、これから起きる出来事を知ってしまっている。
そして、少女は誰かの犠牲を見過ごすことなどできない性分なのだ。
だったら、それは。
レイチェル >
「――寂しすぎるだろ、それは」
それは、誰にも理解されない孤独だ。
誰が代わってくれるでもない、独りぼっちの戦いだ。
傷ついて、血に伏して、脚を失って。
それでも真っ直ぐ向かっていこうとする少女の暗き道。
だから、せめて。
誰からも称賛されることのない少女の物語を。
「すげぇよ、お前」
レイチェルは、静かに称えた。
誰にも知られない病院の個室で、小さな戦士へ想いを贈った。
紫色が、これまでになく穏やかに細められた。
川添春香 >
信じてくれた。
パパ、やっぱりレイチェル・ラムレイ先輩は。
最高の風紀委員だったよ。
「本当、誰にも話したことないので内密に……なにとぞ、内密に…」
へへーっとベッドに正座してひれ伏してみる。
「……そう、でしょうか」
自分の顔なんてわからない。鏡もない。
けど……そう言われたことはとても嬉しいことだった。
「はい、未来では落第………歓楽街の一部の住民が二桁亡くなることになっています」
「そういうの、絶対イヤなんで」
そして、レイチェル先輩の反応を待った。
けど、思いもよらない言葉が返ってきた。
寂しすぎる………私が?
理解者がいないことだろうか。
それとも、パパとママに会えないこと?
あるいは…………考えていて。
川添春香 >
「……あれ?」
私は自分の目から涙が流れていることに気付いた。
「いや、そんな……私ももういい大人で…」
「寂しすぎるなんてこと……あるわけ…」
涙を何度も拭って。
なんでこの人の言葉はこんなに真っ直ぐ心に入ってくるんだろう。
考えてもわからない。ただ。
私は今、なんとなくだけど。救われたんだと思う。
レイチェル >
「……オレにできることは限られてるかもしれねぇけど。
独りで戦い続ける必要はねぇよ。
お前の父親にはまぁ……世話をしたが……
オレ自身も学園生活を送る上で、それ以上に世話になったんだ。
だから、あいつの娘だってんなら、オレは喜んで協力する。
それに、ここまで聞いちまって放っておける訳ねーからな。
マジでヤバそうなことが起きることが分かったら――
独りで手に負えないと思ったら、遠慮なくオレに頼りな」
口にしながら、今はこの学園に居ない、
一人の男の顔を思い浮かべる。
――川添。お前が今何処にいるか知らねーけど、
娘はすげー奴に育ってるぜ。
「……ただ、一つだけ確認しておきたいことがあるぜ。
バタフライエフェクトの話はさっき口にしていたと思うが。
死んでた筈の人間が生き残る、だなんてどれだけ大きな影響が
あるか分かったもんじゃねぇぜ」
彼女の現状を一旦受け入れて、それから現実的な話をする。
「お前が未来に帰ったとして、
そこはお前が知ってる未来じゃねぇかもしれねぇし……
最悪、お前自身が消えることになるかもしれねぇぞ。
それでも、お前は見過ごさねぇんだな?」
川添春香 >
「え、あ……すいません」
「いや、違いますね」
「ありがとうございます、レイチェル先輩」
涙を拭う。
私はもう独りじゃない。
孤独な戦いはもう終わり。
私は……心強い味方を得たんだ。
「自分が消えるかも知れないから」
「望まない未来が来るかも知れないから」
「そんな理由で、川添孝一は………」
違う。パパは関係ない。
私は。私自身の言葉は。
「そんな理由で私は私の戦いを止めたりしない」
「徒花として消えるなら、一世一代女伊達……」
「この時代で見せつけるまで」
ふぅ、と一息をついて。
「私は今、この時代に……レイチェル先輩と同じ時代に生きてるんですから」
それは、覚悟。それは、誓い。それは……
私はそれからレイチェル先輩と連絡先を交換して。
着替えて、退院して。
彼女と別れた後も、心の中に。
一輪の枯れない花を携えていたままだ。
レイチェル >
「……女伊達ね。それが、春香の戦う理由か。
嫌いじゃねぇよ、そういうの。嫌いじゃねぇ」
目を閉じれば、レイチェルは静かに立ち上がる。
語られた、彼女自身の言葉。真っ直ぐな気持ち。
「気負い過ぎんなよ」
賢い少女だろうからきっと、大丈夫だろう。
そうは思いながらも、
彼女にこう口にしてやれる人間は今、
きっと他に居ないだろうから。
個室の扉の前まで、つかつかと歩いていき。
そこで、立ち止まる。一つ、思ったことがあったのだ。
「そうだ――」
すっ、とベッドの上の春香の方を見やって最後に口にする。
「――良い靴。今度、買いに行こうぜ」
満面の笑みでそれだけ伝えると、
レイチェルは病室を去っていく。
背後に健気に咲き始めた一輪の花に、密かに勇気を貰いながら。
ご案内:「常世総合病院」からレイチェルさんが去りました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と学園の制服を着用。>
ご案内:「常世総合病院」から川添春香さんが去りました。<補足:病院着>