2022/08/09 のログ
ご案内:「扶桑百貨店 ファッションエリア(4~6F)」に黛 薫さんが現れました。<補足:【交流歓迎】怪異を惹き付ける女の子。復学支援対象学生。>
黛 薫 >
扶桑百貨店、ファッションエリア。
商店街支店エリアと比べてやや値が張る代わりに、
専門店ならではの良質な服飾が視界を埋め尽くす。
「……」
試着室から無言で出てきたのは、夏らしからぬ
陰気な長い前髪とパーカーを着込んだ女子学生。
籠に入った衣服全てを裾直し/返却担当の店員に
手渡すと、部屋着のコーナーへ足を向ける。
「……はぁ」
元々彼女はあまり服装に拘りを持っていない。
しかし珍しく明確な基準を決めて探してみると
満足のいく品は予想以上に見つからなかった。
折角大枚叩く覚悟で普段より良いお店に来たのにと
肩を落としつつも、諦め悪く棚を眺めている。
黛 薫 >
今日買おうと思ったのは部屋着。
外出着ほどではないにせよ種類は十分豊富で、
特に季節に合わせた涼し気な品々、通気性が
良かったり汗が乾きやすい服が並んでいる。
(そもそも、夏の服ってのが既に選びにくぃ)
主に黛薫の服選びの障害になるのは異能である。
他者の視覚を触覚で受け取る異能『視界過敏』。
街中を歩くだけでも全身を撫で回されるも同然、
とてもではないが肌なんて出せない。
お陰で真夏の盛りなのに長袖のパーカーにタイツと
見るからに暑そうな装い。タイツより長ズボンの方が
良さそう? コミュ障には店員に裾直しを頼むだけの
会話すらハードルが高いので無理です。
当たり前だが、あくまでそれは外出着の話であり、
部屋着なら他者の視線なんて気にしなくても良い。
しかしそれが裏返しの悩みの原因でもある。
黛薫は知らない人に見られる/触られる心配がない
私室用の服でもなければ自由に選べないのだ。
黛 薫 >
表の街に移住して以来彼女が部屋着として愛用
し続けていたのは、2つほどもサイズが大きい
メンズ用のTシャツやスウェット類。
膝上まで隠れるそれはゆるゆるのワンピースに
近い扱いで、ずっと悩まされていた閉塞感、
窮屈さを感じずに済むお気に入りの服だった。
(せめて窮屈なのがイヤじゃなきゃ良かったのに)
サイズがぴったりなはずのシャツでさえ常に首が
締まっているような気がして引っ張る癖が抜けず、
買ってそうも立たないうちに襟がだらしなくなる。
だから、今の部屋着には満足していたのだけれど。
(……不適切、かぁ)
同居人もいる。招き入れる仲の友人もいる。
私室であれど常に独りきりでいられない空間では
油断しきった服装は在らぬ誤解、邪推の基になる。
それを不安に思うと袖が通せなくなってしまった。
ご案内:「扶桑百貨店 ファッションエリア(4~6F)」にノーフェイスさんが現れました。<補足:オーバルファッショングラス/ノースリクロップドタンク/ミリタリーカーゴ/ヒールモカミュール>
ノーフェイス >
たとえば、その後ろ姿に不意に視線を向けられるということは、
唐突に背を撫でられるような感覚を催すものなのか。
ただの背景であった仕草が不意にその背に視線を向け、
意志を持って動きだし、凡そその店構えに似つかわしい気軽な足取りで近づいていく。
じっと据えられていたわけではない。あちこちに視線を動かしてから、
再びぴたり、と据えたのは背ではなく後頭部、やや高めの目線から見下ろす/撫で下ろす角度。
「ココで固まってる娘、はじめてみたかも。
ね、ね、何迷ってんの。誰かにあげたいとかそういうヤツー?」
降りかかる澄んだ声、はずんだ音、明るい存在感。
そして、この存在は店員のように、気さくに声をかけてくるタイプに分類されている。
むしろ店員が行う業務でない以上、さらに一部属性に対して敵にも成り得るものだ。
"部屋着コーナーで悩んでいる"姿が、それだけ奇異に視えたというだけなのだけれども。
黛 薫 >
多くの生命は目立つもの、特に動くものには
本能的に目を向ける。淘汰の過程で培われた
危機察知能力、生存本能に基く注意力。
ありふれた客の1人、積み重なった衣類と変わらぬ
背景同然の少女が貴方の興味を惹いたのは、視線に
背筋を撫でられて肩を震わせたのが一因だったかも、
そう解釈することも出来よう。
少女が振り返ったのは貴方が声を掛けるより一瞬
早かった。さっきの仕草が意識に残っていたなら
『視線』に敏感なのも気付けるかもしれない。
「……いーぇ、私用っすけぉ」
少女の声は平静だが、裏では思考を巡らせている。
この女性に『会ったことがある』と感じたからだ。
しかし何処で会ったか覚えていないというのは
腑に落ちない。この目立つ容姿で曖昧なまでに
記憶から消えているというのは不自然に過ぎる。
考えられるのは相手が自分を記憶から消している、
或いは逆に会ったことがないのに見覚えがあると
錯覚している。意識的にそう認識させているなら
警戒すべきである。
前者なら覚えていられると都合が悪い、後者なら
此方の記憶に自分の存在を植え付けようとしている
可能性があるから。
素より後ろ暗い関係が少なくないのも手伝って、
警戒を悟られないための作り慣れた平静さ。
ノーフェイス > 振り向いた顔に、度の入ってないレンズ越しににっこりと微笑んだ。
眉を吊り上げたそれは楽や喜の感情よりは、興味の色が濃い。
そのまま彼女の視界から外れるようにして一歩を踏み込み、
棚の前に横並びになるようにして、彼女の"私用"を確かめた。
「サイズおっきいのがイイ、とか?」
このあたりを視てたのかな。
そう確かめるように、白い指先が棚のあたりを這った。
背後から読み取れる情報はといえば単純に、首や肩の角度から探れる視線の動き。
どのあたりを、どれくらいの時間視てたな、とか。
そんなことをどれほど凝視して読み取ったんだよ、となるような情報の取得も、
"視線"が向けられた直後に歩み寄り、彼女がこちらを振り返るまでは、
本当に一瞬も無駄のない数秒間しかなかったことが反証となるだろう。
「――や、ごめんね。
ちらって見たらなんかさ、驚かせちゃったのはわかったから。
それでササッて帰るのもなんかボクとしてはちょっとイヤで、ね」
つづくのは、彼女の性質を識らないということを間接的に物語った。
少なくとも既知ではない。この女にとっては――見覚えがあると錯誤させる理由はない。
記憶を消させようとしているなら、あえて気さくに話しかける理由もない。
「なにかお困り? それとも単に、気が散るからどっかいけ……ってヤツ?」
そちらは視ない。
横顔を見せたまま、唇を尖らせ、棚にある品に目を通していた。
黛 薫 >
小柄な彼女が見ていた棚はやや上の方、つまり
背の高い人が手に取ることを前提としたサイズ。
「別に大きくなくても、フツーに合ぅサイズなら
それに越したこたねーんですけぉ。窮屈なのが
キライなんすよね、あーし」
シャツの襟元を引っ張る仕草はアピールではなく
単なる癖のようだ。肩からずり落ちそうなほどに
伸び切った襟を見るにワンサイズ大きい程度では
まだ落ち着かないのだろう。
その割に夏らしからぬ長袖のパーカーを着込んで、
タイツまで履いている。訳アリ、ということか。
「困ってるコトを挙げるなら、そーゆー服選ぼーと
すっと、大体サイズ大きぃヤツしかねーんですよ。
んでもお客さんとか来たときにそーゆー服着んの
……みっともねーってか、相手もキモチ良くねー
だろし。それで悩んでるってカンジすかね。
別に知り合ぃでもねー客が声掛けてきたくらぃは
困り事に入んねーです。親切なヒトも好奇心強ぃ
ヒトもこの島じゃ珍しくねーですしぃ」
ひとまず悪意がないことは伝わったらしい。
信用するほどではないが警戒は解けた様子。
ノーフェイス >
「ピタッてしたヤツがイヤ?
ボクはそういうの視るとけっこう嬉しくなるけど。
案外、視てるのってコッソリやっても相手にバレるんだよね。
いっそ露骨にやったほうがまだー、なんて」
いま、首と肩のラインをするりと横目で追いかけてしまったり。
それは敢えてやったことだ。ふんふん、と頷く代わりに鼻を鳴らした。
しかし聞いているうち、笑顔が消え、
疑問の濃くなった表情は、宙空に視線を向けて唇をねじった。
「この島のどこにでもいるような、ボクの私見にはなってしまうけども――」
部屋着。ひとつ手にとってみて、首を傾ぐ。
彼女より2サイズ上の。
という程でも、まだ自分が着るには少し丈が足りなさそう。
「お客さんって…カスタマーじゃなくてゲストとかフレンドとか、そゆのでイイんだよね?」
カスタマーである、ということは流石になさそうだ。
諸々言語化が躊躇われるような基準をさておいて、
ずいぶんと"お客さん"に対して気遣わしいように見えるし。
「お迎えする時はそれ用に着替えるとかはイヤ?
ひとりでリラックスしている時のキミと、
だれかといたり、ゲストを迎える時のキミとで、
あんまり隔たりを設けたくないとか、そんなカンジだったりするのカナ」
単に、部屋着とは別に、応対用の服を用意するのは駄目なのか、と。
デザインの刺繍もささやかなシャツを広げ、彼女のほうを向いた。
膝まで下がる裾丈。だぼだぼになるサイズ感は、確かに"窮屈さ"はない。
「これだけだと、ほんとに部屋着ってカンジ。
もしくはいわゆる彼シャツ? みたいな」
黛 薫 >
「……別にヒトのヘキの否定はしねーです」
露骨な視線には当然気付いている。相手もまた
気付かれる前提で見たのだと分かっているので
軽く顔を顰めるだけで咎めはしない。
「流石にそーゆー意味のお客さんだったら部屋着の
コーナーは見てねーですよ。あぁでも、お客さん
って表現だけだと語弊があったのは認めます。
んん……あーしが一人暮らしとかなら別に悩みゃ
しねーですけぉ。同居人、家族? と、同じ屋根の
下にはいねーけぉ、同じくらぃ親密な相手……が、
想定してる相手で。応対用の服は余所余所しくて
イヤ……ってか、しっくり来なぃのかなぁ」
だぼだぼのシャツのを一瞥して、物憂げにため息。
「あーしが着てたの、ちょーどそーゆーサイズの
ヤツだったんすよ。んで、あらぬ誤解受けて。
その相手が下手したらあーしよりあーしのコト
よく分かってるもんだから、それがホントに
誤解だったのかすら自信なくなってきて。
そんで、何か……着にくく、なっちゃって」
ノーフェイス > 「レモネード……」
薄っすら笑んだ赤い唇が、誰に言うでもなくちいさくつぶやいた。
こぼれた吐息は、思わずこぼれた含み笑い。
「親しき仲にも礼儀ありってのは、キミらが生んだ言葉だろ?」
棚に戻す。彼女のお召し物としては、そう、場にそぐわないものだ。
「……ン、ふふ。なにソレ。
実際にヤってないんでしょ。家族と同じくらい大事なコに言えないようなコト。
ある筈のない浮気や不義理に、"そうかも"なんて思うぅ?
誤解だよ、ゴ・カ・イ。 ……誤解なんだよね?ジッサイ」
錯誤をさせた側は、思わず、と言う感じに笑った。
「でも、よりによってそういう誤解を、そのコにはされたくないと?」
みずからの顎に手を添えて、少しずつ解剖していくみたいに。
「それなら、そう――アレだ」
唇のまえに人差し指を立てて。
そのまま大仰に、天井に向けて腕を伸ばした。
黛 薫 >
脈絡なく呟かれた単語には怪訝そうな表情。
隠喩か連想か、いずれにせよ少女はそれが何を
意味するのか、それ以前に意味があるのか自体
理解出来なかった様子。
「……それはそぅ。極論あーしが我慢さぇすりゃ
それだけで問題はねーワケですし」
とはいえ『我慢』という表現から分かるように、
本当は問題なくはないのだろう。そうでなければ
態々店に足を運んでまで悩むことはないのだから。
「……アレってどれさ」
やや粗暴な口調ながら、一定の礼節と平静さを
保っていた少女の声音に苦々しげな色が混ざる。
分析の材料になるほどの内容を見知らぬ相手に
口走ってしまった後悔もあろうが、よりによって
その分析内容が年頃の女の子からすれば外聞を
憚るものなら尚更無理もなかろうというもの。
ノーフェイス >
「キミが特別なんだ」
天に向けて伸ばされた指はそこにあるはずもない一番星を探って、
体のよこにぱたりと腕を落とした。
「そういう格好してみたらどうだい?
とっても大事なキミのための装い。
キミにだけみせる、とっておきの仮面」
部屋着と特別な存在。
それを混ぜるからややこしくなる。
結論として、自然体の己と、誰かの前に示す姿の両立は不可能だ。
彼女から聞いた言葉が額面通りの真実なら。
「なんてのを、ボクはデートの口実に使うね」
もう少し上の棚、自分用を探し始めた。
「相手のためだったり自分のためだったり、
何かを隠したり誤魔化したりするのって、時々必要になるケド、
キミ以上にキミのことをわかってるなんて恐ろしい存在相手にさあ、
それって……隠し通せるものなの? 土台無理筋じゃない?
我慢してます。 それがバレたときにも心から笑ってくれるコなのかな」
リラックスするための部屋着に、なぜか誰かのために気を使う――それだけで?
なんとも気易い調子で、とりあえずひっかかる事柄を問うてみる。
黛 薫 >
芝居がかった仕草で伸ばされる手を、その指先に
あるはずも届くはずもない星を目で追いかけて。
腕が落ちるより一拍遅れてゆっくり視線を落とす。
深く、長くため息を漏らす。
「結論出すの慣れてやんの。結構遊んでたり?」
籠の中にあった、まだ袖を通していない商品を
背伸びして棚に戻しながらぼやく。気の抜けた
声音を無視すれば刺々しくさえ思える言葉だが、
『慣れていない』彼女が悔し紛れに吐き出した
精一杯の悪態というのが正しいだろう。
「バレるだろーなって思ってたからこーやって
百貨店にまで買ぃに来てんですー。そーでも
なきゃ商店街とかのもっと安ぃ店行くもん」
自然体と、誰かの前の自分。両立するのは無理が
あると分かっていたから、お高い物なら或いはと。
そういう意味でも背伸びしていたのだろう。
言い終えた頃には少女の買い物籠は空になっていた。
ノーフェイス >
「フフフフ。 どー思うぅ? そうみえる?
第一印象からそーじゃなかったってところで、ボクは喜ぶべき?」
伊達眼鏡のフレームを人差し指でついと押して、戯けた笑いは道化者のそれだ。
悪態は果たして、更に興に乗せるだけのドリンク代にしかならない。
遊び慣れている。 恐らくは今も。
「お求めの商品は、もう少しお行儀のいいブティックにも在庫が御座いますかどうか。
サンディカにも並んでなさそうなんだったら、探し方からきっと間違ってるのかもね。
今日のところは――このお店の売上には、ボクも貢献できなさそうか」
肩を竦める。女はといえば、そもそも買い物籠を持っていない。
完全な冷やかしのスタイルだ。
「そのコって、キミが悩んでたり、こうやって困ってたりするところも、
やわらかーくニコニコしてるようなコだったりする?
思わず熱を出してしまうような……妖しい星の」
少女が参ってしまうような。
そして、ひとりで迷路に迷い込んでしまうような。
細い顎に指を這わせ、妄想で遊びながら、あ、と思い出したように、
にっこりと笑顔を向けた。
「ボクは、そのままのキミでもいいけどね?」
黛 薫 >
「もし第一印象からそーだったとしても、初対面の
相手に言ぅほどあーしは口と頭直結してなぃんで」
口にした今は印象どうこうではなくある程度の
確信を持っているのだと言外に。現在進行形で
遊ばれているのだから然もありなん。
「値段、探し方、そもそも需要や在庫自体あるか。
ココに来るのだって清水の舞台から飛び降りる
キモチだったんだから、オーダーメイドなんて
選択肢はあり得ぬぇーですしぃ」
口調にも声音にも変化はないが、さっきよりも
心の距離を感じる。揶揄われたからというより、
貴方の口にした『お相手』の像を気にしていると
感じ取れるか。
「お生憎さま、あーしにゃ遊びじゃなぃ関係の
お相手がいますので?」
意図的に返事を流したのも探りを入れられたく
ないからだろう。貴方の言葉に靡こうとしない
語気も相まって、彼女の抱く気持ちの一端が
透けて見えるようだ。
もっとも彼女に『遊ぶ』意志が無いのは確かだが、
遊ばれる側……悪く言えば『獲物』としての質は
この上ない。
遊ばれていると分かってなお返事をする真面目さも
そうだが、特に魔力や精気を糧に出来る種族なら
美酒か甘露の如き『薫り』を感じ取れるだろうから。
ノーフェイス > 「いっそ裸で向き合えたら、どれほど楽なんだろうねぇ」
服屋で言っていいことじゃないね。
言った後、口の前に人差し指を立てた。
「愛しい瞳に見つめられる幸せに、
それ以上の意味や、かしこい戸惑い、
どうしようもないいろんな事情が絡みついてきてさ?
めちゃくちゃ難しくさせる。あとは単に、自分に自信がなかったりとか」
そこから白い顎、己の露わの白い喉に指を滑らせた。
隠さない。大胆に。そうしてもっと大きな秘密を、隠さずに誤魔化している。
「どうしても見つからないなら、パーソナルスタイリストでも雇うしかないね。
サプライズを犠牲にすることにはなるけど、見せたい相手に訊くのが一番手っ取り早い。
動き慣れない水の下で、わちゃわちゃ駆け引きしようとしたって、足攣って自滅しちゃうから」
いま、もし自分が、もっとも彼女に似合いそうな装いを選んだとして、
それはどう足掻いても"ちがう"ものになる。
大事なピースはここにはない。彼女が前髪の奥から視ている何かは、
「エッ? えー、そっかぁ。残念だなぁ。フラれちゃった。
わりと可愛いコに親しくするトキは、何割かはそういうの目当てなんだけどなぁ」
大仰にさめざめと失恋に萎れて見せるのは、却ってそれに慣れてる証。
そんな仮面で隠せるほど、彼女の存在の特異性を受容できるのが、眼以外の器官で助かった。
"こういうの"を搾ると、杯いっぱいにちょうどいいのが出来上がって、
よくよくそういうのをもらっていたものだ。なつかしい。
そいつで喉を潤すと、頭にガツンと喰らったように酔えることを知っていて、
だから、そう、とっても、
「喉かわかない?」
ところでさ、って感じで、話題を切り出した。
「いいとこあるんだ。上に――搾りたてのレモネードが飲めるトコ。
買わないなら行こーよ。 ……あ、もちろんおトモダチとして。
馬に蹴られるって言葉、まだ流行ってたりする?」
つんつん、と天井を指す指が示すのは、見果てぬ星ではない。
ここに彼女を留まらせれば、いま出ない正解を探し続けることになってしまうかもだし。
黛 薫 >
彼女が無言で顔を顰めたのは場にそぐわない冗句が
原因ではないだろう。続けられた言葉のいずれかが
図星を突いたと思わしい。
この場に望む装いが無いことは彼女も重々承知して
いるようで、手に持っていた籠は近くに重ねられた
籠の積み重ねの上段に返却された。
「そーゆーの、良くな、可愛っ、は、あーしには、
あぁもぅ……そゆ話がしたぃなら歓楽街にでも
行ってりゃイィのに」
生々しい話か色恋沙汰、はたまたその両方に免疫が
無いらしいのと、公共の場でその手の話を話すのを
躊躇う初心な気真面目さ、可愛いと言われ慣れて
いないのも合わさって言いたいことが渋滞したか。
文句の言葉は投げやりに。
そんな折に投げかけられたお誘い、視線に邪な物が
混じっている気がして断れるなら断っていたところ。
しかし数秒の沈黙を差し挟む。
「……つぃてくだけなら」
貴方の口にしたナンパ紛いの言葉は正面にいる
彼女以外にも届いていた。たまたま立ち聞きした
数人の客が面白そうに『視線』を向けてくるから
誘いに乗ってでも立ち去る方を優先した。
ただでさえガードが固い上に心の機微に敏感な
彼女が誘いに乗ったのは環境と幸運が味方した
お陰と言っても良いだろう。
ノーフェイス >
「ついてく以上のことってなんだろ?
フフフ、ボクわかんな~い」
オーディエンスの目があるなら、なおさら声高に。
とは言え、この場から離れられれば良いのはこちらも同じ。
手ひどく振られようと目的は達成できたけれど、
なかなかどうして、賽の目の振るう日であるらしかった。
「じゃ、はやく行こ。
甘酸っぱい話を聞かされて、もうカラカラなんだよね~」
レモネードのような話題はひとまず、飲み下して。
後ろは振り向かない。視線は向けない。
これ以上じっと視てしまうと――彼女に余計なことを感づかれそう。
この膚に触れられることで相手の手指の形が判ってしまうように。
「――あ、そうそう。
ボクはノーフェイスっていうの。
いつか必要になるかもしれないから、覚えておいて?」
此方からは、特に誰何はせぬまま。
名乗り返されることが在らば、その名に思わず笑みを浮かべてしまっただろうけど。
甘く薫る気配を背に、なんとなく思い返すのは、看板と店構えだけを知るあの店だ。
――まだ開いているのかな。
ご案内:「扶桑百貨店 ファッションエリア(4~6F)」から黛 薫さんが去りました。<補足:【交流歓迎】怪異を惹き付ける女の子。復学支援対象学生。>
ご案内:「扶桑百貨店 ファッションエリア(4~6F)」からノーフェイスさんが去りました。<補足:オーバルファッショングラス/ノースリクロップドタンク/ミリタリーカーゴ/ヒールモカミュール>