2022/10/12 のログ
ご案内:「廃ビル」に言吹 未生さんが現れました。<補足:表情筋が死んだような、モノクロームの少女。>
言吹 未生 > 去る夜の迷走の果て。
あの不可解で不愉快な男の残滓を振り払うように、闇雲に駆け続けたその終わりに、ここへとたどり着いていた。
「――――」
打ち捨てられたビルの屋上。そこに鎮座する、もはやただのオブジェ以外の用を成さない給水塔の上。
死体の如く横臥する少女の、やはり死体じみた白面の一つ眼が、すうと開いた――。
ご案内:「廃ビル」に黒岩 孝志さんが現れました。<補足:大柄の風紀委員>
ご案内:「廃ビル」にノーフェイスさんが現れました。<補足:ゴシックジャケット/オーバーサイズ柄シャツ/スキニーパンツ/アーミーブーツ>
黒岩 孝志 >
こつ、こつ、こつという階段を上る足音の後、さびた扉がギイときしむ音を立て、扉が開き、男が屋上に現れる。
「まったく、こういうことは地域課に任せればいいことだろうに……」
こういった持ち主不在の放棄された廃ビルは治安が悪い上、構造上の問題があることも多く、倒壊の危険もあることから定期的に風紀委員が施設点検も兼ねて巡回している。
とはいえ男は刑事部組織犯罪対策課、本来こういった巡回任務に当たる人間ではないのだが、最近は風紀委員の死傷者も多く巡回任務を担当する地域課全体がピリピリしている……というか、人手不足のようだ。
そういうわけで、組対にもお鉢が回ってきたのである。黒岩はくじ引きに負けた人間だった。
「――ん? そこにいるのはヒトか? 大丈夫か、生きてるか?」
と、上を向いて割と無警戒に話しかける。
ノーフェイス >
「ところでこれは興味本位からの質問なんだけどさ」
"そこ"ではない場所から、やけに通る声が、男の言葉に打てば響く調子で応えた。
少しだけ低く、甘い声色。女であろう、と聞き分けることが容易のトーン。
それは少年からすれば給水塔の裏。少女からすれば、男の声がしたとは反対方向から。
「誰か捕まえに来たりしてる? 風紀委員さん」
給水塔の下で行われているやり取りは、風紀委員と、そうでない誰か――のやり取り。
特段緊張した様子もなければ、むしろ場違いに安穏とした女の声は、
少しだけ声を張り上げた。給水塔の"上"にも向けて。
「あと、そう。 許可をいただきたいんだけれど――おふたりに。
吸っていい? たばこ。 ここで」
給水塔に背を預け、ただ時を過ごしていた女は、というと。
思いがけぬ訪客に、声を上げるという形で、そこに存在しているということを表明することに相成った。
言吹 未生 > 呼吸も拍動も、とうに平静の状態にある。
負傷はしていなかったし、ほぼ丸一日を休養に費やしたのだ。
それも当然だろう。
「……生きてるよ。有り難い事にね」
下から呼ばわる――こんな悪所に似合わぬ、随分と無防備な男の声に、給水塔からはみ出た足をぷらりと振って返す。
どこかたわけた風すらあるその挙動が、
「――――」
今一つ増えた女の声音と、それの繰る言葉にぴたりと止まった。
近頃随分と風紀関係に縁があるようだ。
むくりと上体を起こし、下界――さして距離も離れていないが――を覗き込む。
「その前に質問したいな。君は――」
未成年だろうか。そうであれば喫煙にはリスクが伴うだろう。
そう改めようとして、赤い髪の女へ視線を巡らし――
「――?」
何か言いようのない違和感に、思わず首を傾げていた。
――見た事が、会った事がある――否、“こちら”に知己はいない、はず――
黒岩 孝志 >
「――ん? なんだ、まだ他に人がいたのか。
心配するな、令状持ってくるなら俺一人じゃなく大勢押し掛けてくる。
独りってことは、そう言うことだ。ただの巡回だよ」
黒岩は給水塔の裏から響く謎の女の声に反応する。
あくまで仕事は仕事、やれといわれればなんでもやるが、
今日は大してやる気の出る仕事でもない。
攻撃されれば公妨で引っ張らざるを得ないだろうが、
違反組織や犯罪者が目の前に現れた如きで目くじら立てるというほどでもない。
そこまでの正義感は黒岩にはないし、
だいいち検挙するかを決めるのは司直の裁量に委ねられているのだ。特権と言ってもいい。
「ああ、生きてる? よかったね、こういう場所でも死なれると面倒だから」
声をかけたのは他人への思いやりとかではない。
ただ死体を見つけると報告が面倒だからという自分の都合だ。
それを隠しもせずにのんきに言い放つ。
「いいんじゃないか? タバコ。知らんけど。」
黒岩は喫煙者を好んでいるわけではないが、
本人がやりたいなら未成年だろうが好きにすればいい。
黒岩は愚行権を信奉する自由主義者だった。
……まあ、そこまで他人に興味がないだけかもしれなかったが。
ノーフェイス >
覗き込む顔がわずかに傾いでも、銜えた煙草をそのままに視線だけ見上げている。
彼女の懐く違和感を知ってか知らずか、
まるで別のなにかに勘違いしたか、にこりと人懐こい笑みを浮かべて白い手を振った。
人懐っこく。 知己のように。
あるいはファンサービスだとか。
「ありがと。 邪魔するのは気が引けてね。
お姫様に、誰かが声をかけてくれるのを待ってた」
質問はさておいて、公権力の一端が許可をくれた。
給水塔の側面に回り込み、男のほうにも姿を表す。
少し派手に着飾った血の色の髪の女は、
プラズマライターで音も風情もなく着火し、息を吸い込んだ。
「――こーんな辺鄙な場所まで、ご苦労さまデース。
巡回にはあんまり見ないカンジの人だ。
配置換えでもあったのかな……見ない、ってんならキミもだけど。
もしも迷子の子猫ちゃんなら、犬のおまわりさんに連れてってもらいなよ」
虚空に向けて紫煙を吐いてから、コンコン、と給水塔を裏拳でノック。
覗いてきた少女はというと、女の目からすれば。
浮浪者、にしては身ぎれいにも思える。
言吹 未生 > 男の嘯く安堵のニュアンス。
それは犠牲のない事を喜ぶ謂ではない。
くり、と巡らした顔に、一つ眼が暗渠の猫のそれの如く煌めいている。
「仮にも風紀に属する身が、面倒を嫌うのかい?」
くつくつと影のような肩を揺らす。
「いっそその腕章を僕にくれないか。有効に利用させてもらうよ?」
風紀の威を示す赤を、骨じみた白い指が差す。
冗談なのか否か判じかねる、演劇の一幕のような物言い。
「…………」
人懐っこい、ひどく無遠慮に胸襟に這入り込まんとするような笑みに、白皙はしかし何の愛想も返さない。
違和が強まった。
何より、“邪魔するのは気が引けた”とは。
いつから見ていたのか。
自分が怪物に怯えるようにこの場所へ転がり込んだ時か?
どうにか息を落ち着けて、仮眠を取り――それでも幾度か魘されていた折か?
「…帰り道なら心配ないさ。もっと言えば、泣いてばかりもいやしない」
泣きはしなかった、はずだ。
結局吸われて吹き流れて行く紫煙と女とを、どこかぶすくれた表情で見る。
年齢、は分からないが――体格的には、年上だろう。そのはずだ。
何かの矜持がさっきから、そうだそうに決まってると喚いているのをどうにかしたいがどうしてくれようか。
黒岩 孝志 >
「まあ、普段は巡回なんてやってないからな。
もっぱら君の――『夜に吼えるもの』だったか? そういう違反組織なんかを追跡する仕事をしてるんでね」
現れた少女の姿には見覚えがある。
それは「どこかで会ったような」とかいうのではなく、
組織犯罪対策課の違反部活・違反組織をまとめたファイルで見たものだ。
「ノーフェイス、だったか? 最近も随分と落第街で暴れたようだな」
目の前の少女に対してお前を知っているぞ、という牽制を放っておく。
まさか犬のおまわりと言われたことに腹を立てているわけでもあるまいが、
こういう仕事では舐められないに越したことはないのだ。
「そりゃ、面倒がないってんならその方がいいさ。我々だって人の子だよ、
違反組織の連中を全員捕まえようとしてみろ、日が暮れてしまう」
違反組織と名付けられているからには、当然その活動にやましいことがある。
だが、風紀はだからと言って犯罪者たちを無秩序に検挙したりはしない。
そういうことをしたがる連中もいるが、その活動が黙認できるうちは黙認する。
市民を巻き込み始めたり、違法行為が収拾がつかなくなるとみるとがさ入れを始めるのだ。
そういう意味では持ちつ持たれつ、
黒岩などからすれば「うまくやれよ、余計なことをするなよ」と言いたくなる。
現実には超えてはいけない一線を容易に跨ぐバカが多いのが難点だが。
「それと、この腕章は非売品だ」
言葉のトーンは巧妙に隠され、冗談を解さない気真面目さなのか、それともほかの何かなのかは分かりようがなかった。
ノーフェイス >
「フフフ」
ウィットに飛んだ子猫のいらえに、思わず失笑する。ごめん、とその後に付け加えて。
ただ面白かっただけかもしれないし、或いは――
眠っている間のことを、みずから客観視することは困難だろう。
女の立ち振舞いには、ただ背をどこかに預け立っているだけで、自信が満ち溢れている。
「ところでさっきから視線がエッチなんだけど、なに?」
そのまま再び上を仰いで、体格の観察を、若干自身が受けた印象より誇張して少女に問うのだが。
「お――」
少年に言及されると、眉を跳ね上げる。
嬉しそうにフィルタを噛んだ。
「うれしいね。
パラドックス……あいつのおかげで、少しは顔も売れてきたかな……フフ。
それじゃあもうちょっと、キミたちの点数になれるように頑張っちゃおうカナ」
学生証の表紙裏に仕込んだ鏡で、前髪を手櫛で整えた。
自分を識るモノのまえで失礼があっちゃあ、いけない。
「――――風紀に入れてって言ってんじゃないの? そのコ」
腕章をよこせ、と。
告げる彼女の意図を思えば、そう横からざっくりと言った。
これで真意もさぐれよう、とは思う。腕章を欲して、歓楽街を騒がせた隻眼の視線の先、たるや。
言吹 未生 > 『違反組織』『夜に吼えるもの』『ノーフェイス』。
知ってか知らでか、こちらへ非常に有益な情報を流してくれる風紀委員。
自分がもう少しばかりユーモアと軽妙さに恵まれ――かつ羞恥心の幾許かが足りなければ、彼に感謝のハグをかましていたろう。
「何も一日で終わらせる必要はないよ。確かに現実的じゃあないしね」
だから、と人差し指を立てる。
「善意の一般人を頼ってみるのはどうだい?」
風紀の激務に耐え得るそれを、一般人の範疇に入れられるかは疑問だが。
「――……ッ」
視線がいやらしい。
そんな言葉に憮然とした表情で、給水塔からひょうと飛び降りる。この程度、『身体施呪』に頼るまでもない。
「人を色魔のように言うのはやめてくれないか?
未成年だか成人だか分からない誰かさんの気管やら肺やらを僕なりに案じただけだよ」
後半が割と早口なのはあれだ。単純に言葉が多かったからなのだ。
それよりも、だ。
「――さてね。仮にそうであれば、君はそれを受けてくれるのかな?」
気のない素振りで受け流し、次いで現職へと水を向ける。
風紀に入りたいのか。立場としては実際有効ではある。
大手を振って、とまでは行かないが、秩序を乱す者を処するにせよ、バックアップは必要だ。
しかし、内意を受けねば動けぬのであれば――昨晩の男に語った通り。
不十分だ。それはただの重荷と、贅肉と成り果てる――。
黒岩 孝志 >
ふむ、と黒岩は肩を竦めた。
「委員になりたい、というなら歓迎するよ。
風紀は今、どの部局も猫の手も借りたい人員不足だからな。
だが、君が一般人であるうちは、その力がいかに強力であろうと頼る気はない。
力は統一されたひとつの組織の下で制御されなければならない。
――君のような目をした新人をたくさん見てきたのでね、
私の言っていることが解るかい?」
犯罪を抑止するにはいくつかの方法がある。
つまり、危険人物を予防逮捕し、有害思想を検閲し、
市民すべての個人情報を行政府の管理の下に置けばいい。
実に単純で、端的で、効果のある方法だ。
法執行機関による無制限の暴力は社会全体の自由を犠牲に安全をもたらすだろう。
だが、風紀委員会はそうしなかった。
なぜなら、その自由こそが風紀委員の守るべきものだったからだ。
「飼いならせない力に興味はないんだ。
必要なのは忠実な番犬であって、野生の狼じゃない」
とはいえ、と黒岩は言う。
「この仕事も楽じゃないが、いろいろと面白い仕事だ。
ぜひ組織犯罪対策課に来てほしいと思うね。君は若いし、美人だし。
……ああ、セクハラじゃないぞ?
この仕事ではそういうことも重要な要素なんだ。内偵調査もあるしね。」
ノーフェイス >
「あー……あんまりそのカッコでフワフワ飛び回らないほうが、
――あれれ? 心配してくれてるの? 優しいね~!
見つめちゃうくらいならむしろ吸っててもと思ったけど、そういうことなら……
キミのまえでは控えようか――、……な?」
機嫌とともに声を弾んで、口から外した煙草を――落とそうとして空中でキャッチ。
目を閉じて、芝居がかった所作で取り出した携帯灰皿に火を押し付けた。
ほんの僅かな本数だけそこに収納もできる優れものだ。
「でも」
とたんに口寂しくなった。カフェインもここにはない。
指先で肩に垂れ落ちる髪をくるりと巻いて、ため息。
彼の勧誘の言葉に対して、視線は少女の方に巡った。
「それなら最初からそうしてるよね」
少年の言っていることは実に模範的といえる。
首輪も付けこなせば堂に入って見えるもの。白い細顎を撫でながら、興味は少女のほうに戻った。
風紀委員会に入らない理由があるのだろう。
ともすれば先ごろの沙汰すら、風紀では処罰ものの不祥事だ。
「公的には存在しないことになってる落第街(ここ)にこそ真の自由がある、
――なんて考えてるやつがいるけど、それは大きな間違いだよね。
大概、需要のある自由ってのは大いなる何か、
あるいは強大な何かの庇護下におかれることで保証されるものでさ、
公権力ってヤツだったり、組織力だったりして――そこには交わさなきゃいけない契約もあって」
指が空中をたどる。艶めかしく少女の輪郭をなぞった。
「自由をもらうということは縛られることだ。
野生の狼にしか貫けない正義もあるのかな――と、いうか……」
フィンガースナップで、空気の爆ぜる音を響かせた。
「ボクの個人情報だけだだ漏れにするの不公平じゃない? 名乗れよ。
風紀委員のキミ――だけじゃない、まだ寝てんのか? 起きてるなら名前教えて、あとアドレスも」
言吹 未生 > 厳法とその運用機関によって統治――統制された半封建社会。
己のいた『皇国』の正体は詰まる所、それだ。
“こちら”の尺度に照らさば、前時代的な鋼の帝国――。
それらの価値観に置いては、社会悪に対する致命の牙でありさえすれば、徳望人倫の有無も大した問題ではない。
だが――動かし難い事実として、“狂犬”は番犬に成り得ない。
「――傷付くなあ」 笑みに乗せて嘯く。
「僕の目は、そんなに危なそうだったかい?」
まるで睦言をあしらわれたかのような緩い表情の下で、けたたましく嘲笑う。
(腰抜け共め――)
肚は、決まった。
狂犬は変わらず、己のやり方で秩序を守ろうとするだろう。
“それが如何に危険で、不可能な理想を礎としようとも”。
「――?」
あまり飛び回らない方がいい、とは。首を傾げた。
見られて恥をかくような如何わしい類のものなど、身に付けていない。
消される煙草に、少し意外そうに一つ眼を瞬かせる。
存外、人の忠言を聞き入れる素直さもあったようだと。
「――無貌を以て鳴る者が、公平を欲するかい。そいつは中々滑稽だが、いいだろう。聞かせてはやろうさ」
ざり、と両足を肩幅に寄せて広げ、不遜に立つ。
「元『皇国』首府情報局呪術技官、言吹 未生。法義秩序の鉄塞にして、糾明断罪の闊剣なり――」
皇国式の敬礼――胸の前に拳を添えて、凛と名乗りを上げた。
「――あいにく、通信機器の類は行政から支給されなくてね」
いつもの平板な声で、女へと補足。
黒岩 孝志 >
「危なそう?」
それを聞いて、黒岩は大笑いする。
「まさか。善良な市民を危険人物扱いなどしないよ。
ただ、無理はしないように、と思っただけだ。
理想を抱くのはいいが、どんな司直とて人の子――
肉体的にせよ精神的にせよ、疲労からは逃れられないからね」
とはいえ、人は歴史から学ばぬもの、
先達の忠言は無視されるものだ。
腰抜けと言われようが、番犬と詰られようが、
黒岩にとって法執行はあくまで仕事。
のめり込みもしないし、心動かされたりもしない。
それがこの仕事をする上で一番長続きのする態度だと知っているからだ。
黒岩にとって守るべきものは時に膿み、病み、堕落する普通の人びとであって、
人の住めぬほど清い厳正な秩序や法、崇高な倫理や道徳でもないのだ。
「なんだい、君は名前が売れているから仕方ないじゃないか、さっきはあんなに喜んでいたのに……」
乙女心は難しいな、と頭を掻き。
「風紀委員会組織犯罪対策課主任の黒岩だ、せいぜいこっちに令状とらせるような面倒なことは起こさないでないでくれよ?」
「にしたって君は情報局の人間だったのか、しかも呪術が専門と、通りでねえ……どこの世界も情報部の人間という奴は……いや、これは愚痴だ、忘れてくれ」
ノーフェイス >
「あいにくと、キミが逮捕して褒められるほどには、
まだ"組織"としてヤンチャはしてないから恥ずかしいんだけどね?
――遠からず、キミの仕事も増えるから。
そのときは、どうぞよろしく……?」
薄っすらと微笑んだまま、小首をかしげた。
名が売れたことは素直に喜ばしい。
観てもらわなければショウは成立しないのだ。
パラドックスを巻き込んだ時もそう。
渦を起こしても、巻き込まれる者がいなければ、名もぽきりと折れるのだ。
「いぬのおまわりさんとまいごのこねこちゃん、って呼んでも変な顔するだろ、キミたちは。
呼ぶ名前に困るんだよ――そうだろ、組対の黒岩クン。
コミュニケーションのお勉強をしよう。
手帳の表紙やそのイカしたアームバンド見せるだけで頭下げるような人種ばっかじゃないんだぜ。
……くちにのせることが大事。 ボクがだれかを呼ぶことが、とてもとても大事なんだから」
いまのところ、こちらの逮捕に積極的ではない、らしい。
それはつまり、まだまだ自分が不十分だ、ということ。そのほうがやる気も出る。
機嫌はずっと良いままだ。その笑みが少しだけ陰ったのは、
「危なそうな目は、していなかったけれど」
唇を噤む。藪蛇を嫌った、というよりは、むしろ藪に逃げ込む蛇のしなやかさで。
しかして、揶揄られれば唇を尖らせて自分の顔に触れる。
通称のチョイスを間違えたか?――なんて、訝る表情で手帳の鏡と睨めっこするものの、
言わせて無視を決め込む程に空気の読めない女でもない。
「…………おい。 おい、オイオイ……」
だが。名乗りを終えた少女のほうに、低くうなりながらやおら肩を怒らせ、踏み込むと。
「イーじゃんソレ! 名乗りの作法に凝るってのは、確かにアリだよな~!
そのキュートなナリで、バシッと見栄を切ってみせるってのが、またイイ……だよな?黒岩クン?
キミも考えようぜ。 とびきり外連味が効いてて、キレてるやつがいい。
次にだれかに名乗る時の宿題だな」
間近でその隻眼の顔に、人差し指を向け、炎の色の双眸をきらきらと輝かせた。
その表情のまま、くるりと少年のほうに振り向いた。
心底胸を打たれたと、伸びやかな両腕を広げ、スパンの長い脚は軽やかにステップを踏む。
「ここは『皇国』じゃないのに、あくまでみずから願う秩序を求めるのなら!
――未生、キミは風紀委員会の敵だな……?」
少女のほうに振り向いては。視線は少年へ、手を差し向けては意を問うた。
孤狼の正義を、しかし関係ないと看過するのも、また正義。
それは少女の牙が、いまだしっかりと突き立てられていないだけの話。
「ではあらためまして。名乗り口上は、ああ、即興で失礼。
ボクはキミたちにとっての顔見知り(ノーフェイス)。
おそらく風紀委員会にとっては、今後も迷惑極まりない隣人でありたいところであり……」
礼を取って名乗ろう。腕をのばして、まずは少年を。
「ボクは社会的秩序を掻き乱すことがだいすきな犯罪者です。
だから……言吹未生、キミの敵だ」
そして少女に。うたうように並べ立てた。
言吹 未生 > 疲労からは逃れられない。
暫し前までの己の状態を見透かすような言葉に、ほんの僅かの間眉根を顰めるけれど。
「――お気遣い、感謝するよ。肝に銘じておこう」
聞こえだけは、表だけは殊勝な言葉を返す。
けれどもその一つ眼は嘘をつかない。
彼が捉えた通り――かつて彼が見て、あるいは見送った新人と同じく。
己の身すらも焚べかねぬ理想の焔を宿したそれ。
それある限り、令状の憂いは決して彼の脳裡から失せる事はないだろう。実に厄種。
「――? 通りで?」
こちらの言動に何か、公僕ないし呪術行使者を匂わせる要素があったろうか。
まだ“こちら”の世界の流儀にも疎い故か、隠形や偽装が不十分だったのかも知れない。
そう何呉と考えておれば。
「?? い、イイ?」
何が“良い”/“好い”のか、唸ったり目を輝かせたりはしゃいだりと百面相を繰り広げる女に、やや気圧された。
それでも、向けられた問い。
風紀委員会は、汝が敵なりや――?
「……“彼ら”が僕を糾弾し、あるいは否定し、または膺懲して従えようと言うのなら、ね」
その決定的な機会は訪れていない。“まだ”。そして“いずれ”は――。
“たとえここが『皇国』であろうとなかろうと”。
少女の望みは、やる事は変わらない。
続く敵手の名乗りに、うっそりと、
「ああ、それは――見事なまでに度し難いね」
獣が馳走を前に口を綻ばせるように、嗤う。
眼帯の裏で痺れを切らしたように、幽かなハム音がごろついた――。
黒岩 孝志 >
「面倒事になるのを公言するとは相変わらず肝の座ったやつだな……まあいい。
名前を言わなかったのは……私は対呪術が専門でね。
できる限り名前を口に出したくないのさ。
呪術師にとってはその音を知ることが重要だからね。
まあ、知られたからってそうそう攻撃されるものでもないんだが……」
「いや、名乗りのロマンに同意を求められても困るのだが……」
テンションの高いノーフェイスに苦笑し。
「こういう仕事で外連味を求めてどうするんだ、市民が怯えるだけだろ……」
基本的に黒岩は常識人である。生真面目で面白くないともいうが。
「風紀委員会の敵……まあ、私刑は困るね。
せいぜい二人とも、面倒はよしてくれよ。
……ほら、今だってここでドンパチしようとしてるだろ。
仮にも現役の風紀委員がいる前でやめてくれよ?」
風紀委員が動くときなどというのは、たいてい事態が手遅れになった後だ。
それが風紀委員の職権の限界であり、それが人々の自由を侵害しない境界でもある。
自由の代償として失われる人命は確かにある。それを苦々しく思うのは市民に限らない。
だが、みんなそうしたいのだ。人命よりも自由を愛しているのだ。それがこの社会だ。
黒岩は孤狼の正義に与する気はさらさらなかったが、あえて言えば、
孤狼の正義を貫こうとすることもまたこの社会で許されたひとつの自由だった。
ノーフェイス >
「その市民にこそ、親しみやすい誇張表現は必要だと思うね。
……風紀にそのなり損ないがいたろ?
落第街(ここ)にぼこぼこ砲弾打ち込んできてたファニーフェイスがさ。
あそこまでいくとやり過ぎだけど、偶像や象徴こそ人の心を動かすものだ」
大きく両腕を広げて、四角四面の言葉には変幻自在の表情で応えた。
「だけどね黒岩クン、キミくらい醒めてるやつこそボクは風紀委員を遂行するだけならば。
このうえなく向いてると思う。
決して平和を誕むことは叶わずとも、秩序の維持という観点においては適職だ。
あんまり他人に期待してないカンジがなおさらクールだね」
隙だらけにも両者に背を向け、ブーツが床を打つ。
反響の薄い足音はひそやかだが、そこにいることを一切隠そうとしない。
「そして」
歩みを止めた。
肩越しに振り返る。
「我こそはと吼えた者だけが、何かを掴み得る場所だろ……ここは」
何も掴まないことも、またひとつの選択肢だ。
安定を、維持を求めることを、否定はしない――自分はそうではない、と豪語するだけ。
「フフフフ。 やらない、やらない。
悪夢から醒めたばかりのお姫様を虐めるのは、ボクの主義に反する。
胸の中でなら、素敵な夢をみせてあげられる自信はあるのだけれど。
前フリも足りなきゃ、舞台も整ってない。
ヤるなら最高のショウにしたいから――パラドックスの時のように、あるいはそれ以上に。
だからおさえて、未生。 その時がきたら、いくらでもボクにガッついていいからさ……」
唇のまえに人差し指を立てて。
少しだけ熱を帯びたため息。
捜していたキャストが見つかって……ひどく機嫌が佳い。
「ところで――」
糸をほどいて。
振り向いた。
「おなかすかない?どっか食べに行こうよ。このあたりならいい店知ってるから」
言吹 未生 > 名前や命数で縛る。確かに呪術師の手管の一つではある。
もっとも『皇国』基準で言わせれば、眠たい典礼呪術など謳う間に、呪弾の一つも撃てばよいが。
「そこを言うなら、風紀には大きなアドバンテージがあるね。名簿なんて漁り放題だろうに」
己が名乗りを上げずとも、いずれ掌握はされていたろう。
もっとも、それで終わる程度の者が技官など就けようはずもない。
「――見出されなかった罪に罰を下すだけさ。君らの手間も省けるだろう?」
故にそれは、私刑であっても私事ではない。
“彼ら”はいつだって後手だ。それが彼らの活動限界だ。
先手を打つ事は、彼らが尊ぶ自由に縄目をつける事となる――。
狂犬はそこに何らの仮借も置かない。
他から奪わんと、損なわんと、殺さんとする者を、何故慈しむ必要がある――?
「……その、お姫様呼ばわりはやめてくれないか」
悪夢。過日の苛み。術理無用の幻惑。
どこまで知っているのか。知られたのか。
謳うその背に爪を立ててやるべきか。脊椎をも徹するように。
胸中の呪詛の代わりに、抗議の言葉を投げて。
緊張の――あるいは吊天幕の糸を不意に断ち落とすような。
ひどく牧歌的な提案。それに何事か返すよりも。
きゅるるるる。
「…………」
生理現象のシュプレヒコールの方が、幾倍も疾かった。
そう言えば、昨晩から水道水以外口にしていない。
つい、と女の背の後に自然体で続いて見せる。
体は正直よのう。
そんな幻聴がした。
黒岩 孝志 >
「クール、クールねえ。自分の正義感を盲信できるほど若くないだけだよ」
理想があること自体は悪いことではないし、黒岩にだって熱いものはある。
ただ、その正しさがどこで担保されるかとなったときには、
一歩立ち止まって考えざるを得ない、というだけの話だ。
どんな正義もそれ自体が正しさを担保するわけではないのだから。
「ま、二人とも、面倒を起こすなと言っても聞かんだろうから。
起こしたときは根性叩きなおしに行ってやるよ」
漁り放題、という言葉に苦笑いし
「いや、それが職務規定とか、職務執行法とかで、
個人情報はそう簡単に閲覧できないんだがな、これが……」
最近は特に個人情報の取扱いにキビシイ。
言吹がいう”アドバンテージ”を生かそうなどとすれば、
始末書と申請書の山に埋もれることになるだろう。
ただでさえ風紀委員の仕事の大半は書類仕事なのだ。
「まったくだな、飯にしよう。」
ここで各々の正義を語っても、衝突ばかりでちっとも益はない。
一緒に食卓を囲んで、腹ごなししたほうがよっぽどいいというものだ。
ノーフェイス >
「やめてほしい? ンー、まァ、次の機会次第かな。
そのほうが明日を生きる糧になるでしょ? 奪り返すために、次もまた会おう」
謳う舌は停まることなく、抗議もなにも何処吹く風。
そもそもいまはオフなのだ。取り合う理由もなにもない。
「――それはきっと、残念なことになるね。
そのつもりは、ボクのことは忘れてくれていいよ、黒岩クン」
風紀委員様の、ありがたい警告には。
少しだけ意地の悪い微笑を浮かべるのだ。
「まあ、何はともあれ――明日のためにそのいち、ごっはん、ごっはんー♪」
鎖はかからない。どうあっても。
自らを縛ることで、誰にも縛られなくなる生き方もある。
言吹 未生 > 「すまじきものは宮仕え、か。苦労するね、君も」
そういう意味でも、どうやら己の選択は正解だったようだ。
根性を叩き直す、なんて言葉にはただ、やってみるがよろしかろうとばかりの涼しげな流し目を。
「なるほど。覚悟するといい」
次の機会にがぶり寄るような威圧の言葉も、腹の虫の後では果たしてどれほど効があったやら。
何より、続く足取りは険悪さなど何処吹く風の軽やかさ。
まったく、かんとも、どうかしている。
三つの影が屋上を後にする。
それぞれの主義、正義、信念を。
やがて石火を散らしてぶつかり合うであろうそれを、身ぬちに秘めたまま。
今だけは、同じ都市の闇にその身を融かして――。
ご案内:「廃ビル」からノーフェイスさんが去りました。<補足:ゴシックジャケット/オーバーサイズ柄シャツ/スキニーパンツ/アーミーブーツ>
ご案内:「廃ビル」から言吹 未生さんが去りました。<補足:表情筋が死んだような、モノクロームの少女。>
ご案内:「廃ビル」から黒岩 孝志さんが去りました。<補足:大柄の風紀委員>