2022/10/28 のログ
ご案内:「《準備中》『IVORY』メインホール」にノーフェイスさんが現れました。<補足:--->
ノーフェイス >
ライブハウス『IVORY』。
複数のホールを持つ大型施設が営業停止の憂き目にあったのは、
ひとえに立地の問題というほかないだろう。
存在しない区画、"落第街"と表舞台の境目にほど近い場所に佇立する、
かつては美しい白を戴いていたひび割れた巨塔は、
当たり前のように犯罪の温床になり、やがては一般客より風紀委員の出入りが大きくなる頃、
運営していた部員たちに移転の決断をさせ、短い栄華の幕を引いたのだ。
ノーフェイス >
それが今、違反生徒たちの不法占拠の現場になっている。
何かが運び込まれていた、という目撃証言もない。
前日以前に窓の灯りがついていた、なんて報告もない。
ほんのすこし前に急に人気がやどり始め、
夕闇にまぎれ、表から裏から、生徒たちが巨塔の亡骸を目指している。
事前に告知がなされていたとはいえ、
それは突然に現れた、としか言いようのない状況だった。
ハロウィンの精霊のように。
正面入口は閉鎖されているものの、
同じく閉鎖されている近隣の施設の地下駐車場から侵入が可能だった。
身分の確認は行われない。金でチケットを買えばワンドリンクつきで入場できる。
それは主催者の意向だという。
地下通路は不気味なほど静まり返っていて、まるで墓地のようだ。
余計なことを言わない強面のモギリと言葉を交わしても、
そこで何かが起こっていることを信じることは難しいかもしれない。
そうして建物の真下まで進むと、
コンクリづくりの壁面にとってつけたような、真紅の観音開が出現する。
扉は重い。開くにはちょっとだけ力が必要だ。
うっかり間違えて開けました、などということがないように。
ノーフェイス >
光と音が氾濫する。
防音扉の奥、暗い室内をめいめいに彩る極彩色の照明。
すでにパーティーは始まっていて、ご機嫌な声がまるで嵐のように吹き荒れていた。
中央ロビーでは『ライオット』のライブグッズの物販が行われていて、
すぐそこではかつてカフェラウンジだったところまで隣のバーの魔手が伸び、
すでにアルコールで出来上がっている者も散見される始末だ。
「ハロー」
その女はというと。
あれは誰だ、という視線を集めながら、見知った者には挨拶をして。
バーカウンターで無炭酸のドリンクを仕入れる。
甘ったるいピンクの半透明は、スペシャルメニューの常世苺のカクテル――最上位の値段のものだけ本物が使われている。
他のものは表記してある通りに(風味)でしかない。
グラスに口をつけながら、騒音のぬかるみのなかを泳ぐように練り歩く。
ノーフェイス >
かつて、それぞれが様々なショウの舞台であったホールには、
観客席が撤去され、折りたたみの机が多く並べられている。
売買ブース……ロビーよりに更にごった返していた。
それぞれのホールごとに売られているものがジャンル分けされていて、
取り扱っているものは灰色から真っ黒いものばかり。
兵器や危険物の類はなかった。
日常を彩る退廃の娯楽が、売り手と買い手それぞれの利益のためにやり取りされている。
するすると通り抜けていく女が背後から"何買ってんだ"って覗き込んでも、
"検品"に夢中になって気が付かない者もいれば、
――照明のせいで判じかねるが、おそらく――真っ赤になってそそくさと商品を抱えて去っていく者もいた。
まだ最近品種が確認されたばかりで流通に制限がかかっている異世界の獣革のコートは、
それが主賓であるように飾り立てられ、競売方式で胴元が値段を吊り上げまくっている。
名前と大きめの額を記し、札を係員に手渡しておいた。今から用事がある。
あのデザインはちょっと惜しいが――他に勝ち取る者がいたらそれはそれで、悔しいが仕方がない。
取引様式はデジタルより圧倒的にアナログが多く、入ってしまえば買うためのハードルは低かった。
符牒を識っている必要がなければ、あとは先立つものがあればよい。
なにひとつ品質保証はないし、ノークレーム・ノーリターンが原則だが。
売り手市場だった。
だが厳密には、"商品を売る"ことだけが目的ではない――そういう違反部活も多かった。
ノーフェイス >
女は軽くそれぞれのブースを冷やかして、ようやく目当ての廊下につく。
壁一面には多くの落書きがあり、巨塔の眠りが休まることがなかったことを偲びながら、
目的地の目前の壁面に描かれた文字列に思わず足を止めた。
"Hero's Welcome!!→"
英雄来たる、などとは読まない。
凱旋を祝するように歓迎するぜ、という意図だ。
ノーフェイス >
扉をくぐる。
『IVORY』の中心のホールは、最も多く人を入れておきながら、
そこは不気味に静まり返っていた。
現れた女に視線が注ぐ。人懐こく笑って手を上げる女に注ぐ視線は好奇と怪訝。
知る者より知らぬ者が多い。表と裏が混ざり合うここでは、それは当たり前のこと。
扉が閉まれば廊下の灯りは閉ざされ、照明が足りない薄暗い空間を女は征く。
楽屋は厳重に閉ざされている。
メインアクターである『ライオット』への接触はできない。
しかし女は鼻歌交じりに右側の扉へ歩み寄ると、するりと中に通された。
ステージの左右にある楽屋への扉に入室を赦されているのは、
スタッフか、あるいは演者だ。
どよめく。
しかし、すぐにも沈黙が訪れる。嵐の前の静けさのよう。
メインステージを戴く壁面には、大きく。
天を衝かんとそびえるバベルの贋作が塗り込まれていた。
HELL 16-2 1563 1st。
地獄が連なるP.Bが描き抜いた"塔"の一作目。
象牙に描かれたという伝説。
ヒーローが現れるのかどうかは、誰も知らない。
ノーフェイス >
『IVORY』メインホール。
スタンディング席のみの大型劇場の照明は落ちている。
塔の中央、舞台の幕は未だ上がらず――
ご案内:「《準備中》『IVORY』メインホール」からノーフェイスさんが去りました。<補足:--->
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」にノーフェイスさんが現れました。<補足:無造作アップヘア/黒地に白茨と薔薇があしらわれたコート/赤ドレスシャツ/紫紺のネクタイ/レザーパンツ/ライディングブーツ>
ノーフェイス >
メインホールの明かりは落ち、
集まった人々の陰影を闇のなかに描き出す。
入場は自由だ。
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」に真詠 響歌さんが現れました。<補足:灰色のキャスケット帽、ブラウンのファーコート、黒のレースアップブーツ>
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」に笹貫流石さんが現れました。<補足:糸目、ラウンド型サングラス、黒モッズコート、ワッフルVネック長袖白シャツ、ブラックスキニーパンツ、メッシュアッパーランニングシューズ>
真詠 響歌 >
「笹貫君こっちこっち」
バベルの一作目、地獄の作家が描いた象牙の名を冠したこの場所で。
待ちきれないと言わんばかりの形相で同行する男の子を急かす声は雑踏に揉まれて消えて。
"HELL 16-2 1563 1st"の暗号に導かれて訪れた観客の一人。
とはいえ自力で辿り着いた訳ではなかったけれど。
噂になれば答えも出回るというもの。
私? バベルを描いた画家の人も知らなかった!
「前の方埋まっちゃう埋まっちゃう!」
その場で足踏みでもしようかと言わんばかりにピョンピョンと跳ねて、人の波に揉まれる少年を待つ。
笹貫流石 > 「ちょ、響歌姉さん待って待って!!」
この場所までの謎解きは結局『人任せ』になった。自力で解けなかった無念さはすっごいあるけれど。
ともあれ、雑踏に飲まれて消える声に慌てて声を返しつつ、彼女を追いかけるように少年もその後に続く。
ちなみに、答えは同じ監視対象の『引きこもり』からパシリ50回で教えて貰った。後が怖い。
「落ち着けって、もーー!いや、俺もテンション上がるけどさぁ?」
器用に人の波を≠ォ分けつつ、やっとこさ少女の隣に並ぶようにスペースを確保!ただし周囲の賑わいで油断したら逸れそうで怖い。
ノーフェイス >
ブザーが沈黙を割く。
開くベルベットの幕の向こう、知る者は知った演奏隊。
"ライオット"のバンドメンバーがおなじみのポジション配置される横で、
見慣れぬ女がフロントに立つ。
本来のフロントマンの"EV"は不在なまま。
「――――」
伏せていた顔を上げたその女は。
長い睫のつくる影、白皙の顔は双眸を開くと、一対の炎の色が覗く。
顔のつくりもさることながら、
纏う空気が異質だった。
極限の集中と、感性の鋭敏化が成す――トランス状態。
儀式でもしようか、という厳かな有様で、
その視界に観客の有様をおさめると、
演奏もなにも前に、見渡すように巡らせるのだ。
「ようこそ」
スタンドマイクに吹き込まれた声は、波のようにして、出迎える。
真詠 響歌 >
人々の狂騒はブザーの音にピタリと止まる。
「来た――――ッ!」
ベルベットの幕の向こう、姿を消したとされていた伝説がそこにいた。
ホールの中で一瞬の静寂の後に音の爆発が起こった。
歓声、歓声、歓声。一層の事咆哮とすら表現できる程の、歓待の声。
初めに声をあげたのは誰だったのか、あるいは同時だったか。
気が付いた時には、一緒になって叫んでいた。
「あれ……?」
「EVじゃない?」
バンドメンバーは私の知るそれだけども、フロントマンが違う。
白磁のようなその肌と、炎のような血の色の髪。
引き込まれるような赤の双眸が、スタンドマイクを握っていた。
――ようこそ。
その一言で"EV"本人では無い事は間違いないと察せた。
ホールの中でどよめきが起こるけれど、罵声は飛び出さない。
一様に戸惑ったようにお互いの顔を見合わせる。
マイクを掴むその姿に、なぜだか見覚えがあったからかも知れない。
前座か、サプライズか。それは分からない。
誰が吹いたか、歓迎の指笛を鳴らしたのを皮切りにひとまずはその違和感を飲み込んだ。
不可解な顔をしている人も当然いたけれど、
酔狂な招待状をばらまいた正体不明のノーフェイスへの期待もあったのかもしれない。
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」に北上 芹香さんが現れました。<補足:ヴァンパイア風衣装/ギターケース/軟質ゴムの仮面>
笹貫流石 > ブザーの音が鳴り響けば、周囲の喧騒が一瞬で静寂となる。
サングラス越しに虫・レを舞台へと向ければ、そこには――
(うぉぉぉぉぉぉ!!あれが…!マジで生で見れるとは思わんかった!)
瞬間の静寂の後、爆発的に挙がる歓声に声に出ていたソレも掻き消されたのだろう。
大音量のボリュームに負けじと叫んだ気がするが、それも直ぐに掻き消されてしまう。
「………ん?…あれ?」
隣に居た少女の言葉に、こちらもおや?と糸目を凝らしてバンドメンバーを改めて見遣る。
…んん??と、首を僅かに傾げて。アレ?あの紅髪炎眼の美女はだぁれ?
「……えーと、EVじゃねぇよな?あの人…代役?って訳でもなさそうだけど。」
と、隣の少女に聞いてみるが、たぶん彼女も知らないだろうしただの呟きに近い。
実際、自分たちだけでなく周囲の喧騒も何処かどよどよとした戸惑いの波が広がっているようで。
そんな中、”ようこそ”の一言がまるで周囲を飲み込む津波の如く、けれど静かに広がっていくのを感じる。
(……なんつーか、引き込まれるような声っつーか空気だな。場がそうさせてんのかね?)
と、そんな感想を抱きながらも、さてこれはどういう前フリなのだろう?と、一先ずは見守る事にする。
今日の俺は監視対象でもパシリでもなく、ただの一観客なのである。
北上 芹香 >
あ、うん。
別にハロウィンの仮装したほうがいいとか全然そういうのじゃなかったね。
でも私は聴きたい。
ライオットのライブ、生ライブ、絶叫ライブ、違法ライブ。
鼓動が高鳴る。
売ってるもの以外は普通の物販だったな、という印象の販売コーナーを抜けて。
私はステージに近づいていく。
ようこそ、か。
私は決して来たくて来たわけじゃない。
私の中のロックンロールが足を運ばせただけだ。
というか今にも風紀の摘発があったらと思うと怖い。
ノーフェイス >
ようこそ。
その一言ののち、カウントが始まった。
直後、爆発するかのように打たれるドラムに、
ベースとギターが紡ぐ重苦しいリフ。
その合間に、電子化されたストリングスの旋律が響く。
緊迫したマイナー調の伴奏の切れ目に、
「――――――――――」
マイクを引っ掴んで、叫ぶ。身をのけぞらせ、振り絞るように、長々と。
シャウトはだんだんとその音程を上げ、広げ、ファルセットの領域まで達しても音を細めることはない。
限界の高音にかかる波打つようなビブラート。
髪を振り仰ぎ、改めて歌い上げる言語は、大変容前に広く世界公用語として愛用され、
今もワールド・スタンダードに近しいかのことばで。
賛美歌でも神に捧ぐような顔で吐き出されるのは、
つややかに甘く掠れた、ミドルボイスとブレスが特徴的な――"古い"歌い方だ。
大変容のその少し前に生じ、隆盛を極めた旧いロックを源流に持つ。
都市伝説めいてネット上にあらわれる、"貌のない音楽家"の歌声は、
またたく間に短い一曲目を歌い上げると。
「………」
身体を反らして、楽屋を覗き込むような動きをすると。
「まだかな。 主役のご登場はもう少し待ってもらってイイ?
はじめまして、前座を務めますノーフェイスでーす」
尋常でない空気を纏ったまま。
微笑を浮かべて、観客に水を向けて……不意に誰かを認めたのか炎の視線が停止することがある。
「さて。 つぎの曲にいくまえに。
すこしまえにちょっとバズってたよな。"SAVE THE WORLD"……観た人いる?」
手を掲げて、にぎにぎ、開閉してみせる。
意識を向けさせた後、にぃ、と牙を剥くように笑った。
北上 芹香 >
仮面の下が驚きに歪んだ。
SAVE THE WORLD───私の新曲だ。
確かにちょっとバズってはいたけど。
ここでそのことに言及されるとは思わなくてビビる。
『ラブアンドピースなんて流行んねぇよなぁ!!』
って言われたら泣いちゃう。ウエエって。
『見かけたらぶっ殺そうぜ!!』
って言われたら吐いちゃう。オエエって。
っていうか、え、え、どういう。どういう?
量子力学の非決定性か? ヴァン・ダインの二十則か?
もう混乱しすぎて自分が何を考えているかすらわからない。
真詠 響歌 >
震えた。音が心と身体をゾワリと撫ぜた。
前座、ノーフェイスと名乗った女性の歌声には覚えがある。
ランダムアカウントで不定期に曲を投稿する、都市伝説めいた存在。
実在自体を疑う声すらあった存在が、今眼前のステージに立っていた。
観客を見回す赤が止まった。
SAVE THE WORLD───#迷走中の北上ちゃんが歌っていた曲だ。
伸び始めている時にみかけて、配信のアーカイブを拡散したら面白いように拡散していったのを覚えている。
通知こそ切ってしまったけれど、今はどうなっているのだろう。
行くところまで行っている気がする。
そして檀上のノーフェイスの犬歯をにやりと見せる素振り……
あれ? もしかして北上ちゃん来てるのかな?
「笹貫くんは?」
「知ってる? #迷走中ってバンドの曲なんだけど」
笹貫流石 > 「うぉっ…!?」
無意識に仰け反った。音量?威圧感?違う、そういうのじゃない。
”振るえる音”と”震える音”は違うと言うが、これは間違いなく後者だろう。
『貌の無い音楽家』の歌声に、心臓を直接鷲≠ンされたような衝撃が走った。
暫し、呆然とした面持ちでただ聞き入っていたけれど、その曲が終わると共に我に返り。
「…すっげぇな前座の人――――…は?」
ノーフェイス…ノーフェイス!?……あぁ、いや、違う違うあの美女さんと”アレ”は違うものだ。
直ぐに我に返り、よーーし、と軽く己の頬をぺちん!と叩いて気を取り直す。
「お?あぁ、詳しくはねぇけどバンド名はぼんやりだけど曲は何か聞いた事あるぜ?」
流行に疎い、というより琴線に触れた曲にびびっと集中反応するタイプだ。
ただ、琴線に触れたからこそ覚えがある訳で。響歌の姐さんが知ってるのは…不思議では無いか。
「うーーむ、案外ご本人が割と身近に居たりしてな。もしかしてこのお祭に参加してる可能性も…」
いや、あるのか?どうだろう?分からんけど。勿論、ご本人が居る事はこの時点では知らない。
ノーフェイス >
「最近テロとか騒がしいじゃんか。
まぁ、正直今日のが終わってからやってほしかった感じはあるんだけど……
アイツはそういうの斟酌してくれるタイプじゃあないしね」
視線は間違いなく。
仮面をつけた少女のほうに一瞬だけぴたりと止まったが。
薄っすらと笑ったまま、首を巡らせ。
「違反や事故を起こさない。
そうして善き人であることがヒーローだ、と……。
フフフ、その基準じゃ、この場にヒーローはだれひとりいないな?」
ドラムが打たれて、少しだけ。
含み笑いが観客席にあふれる。
「ボクはその解釈を否定するつもりはない。
というよりは、そうだな。
それを発信してみせたことに、リスペクトがある――それで、だ」
「キミ」
もたげた指が、ぴたり。
笹貫流石に向けられた。
「それと、キミ」
続いて。真詠響歌に。
「キミたちにとってヒーローとはなんだろう?」
視線が。
ぞろり、と集まる。
北上 芹香 >
視線が合った!? 仮面してるけど!
き、気づいてる!?
あの視線……どこかで会ったような、あの人…
確かに只者ではない。
ああいう目をした女性は。
時として享楽を、時として破滅を齎す。
私もヒーローというタイプでは決して無い。
だからというわけではないけど……
彼女の言葉には、どこか納得をしてしまう。
納得? 彼女がいつ理解を求めた?
何かが……何か違和感がある。
でも、場内の熱は。私が狂おしいほどに求めているもので。
真詠 響歌 >
笑いの起こった観客席の内側で、ふと考えていた。
SAVE THE WORLD。
みんなの日常を守ろうと、みんなで明日を変えようと吼えた少女の歌。
あれは確かに、私の%心を動かした。
ドラムの奏でるバズロールの後、細く白い指がピタリと差し向けられて。
「――うぇ、私?」
不意打ちだった。
今、私がここにいる事自体この島としては正しくない。
さっきの笑い話じゃないけれど、そういう意味でヒーローだなんて言うとこの観客席にはいないんだろう。
「それじゃあ――――めいいっぱいに楽しく生きようとしてる人―!」
溜めに溜めて、声を抑えずに吼えた。
デシベル数をカウントする左手の腕輪は"置いてきた"。
場の盛り上がりに乗せて、甲高い声を響かせる。
マイクなんて無くても端から端まで届くくらいに、私の『正しい』を叫んだ。
それが誰かにとっての『悪』であるかも知れない事を承知の上で。
笹貫流石 > (ヒーロー…英雄、かぁ。)
御伽噺であり、実在するものであり、自分自身がそうなりたいと望むものであり、皆の願いが生み出す偶像でもあり。
まぁ、それはそれとして。少なくとも自分はヒーローではないのはたぶん間違いない。
「―――はい?」
俺!?いや、何か響歌姉さんもご指名されていたけどいきなりだな!?
いや、自分が思うヒーローというものを語れって事か?そんなの考えた事無かったぞ!?
答えに窮している間に、隣の先輩少女は元気よく答えていた。
『目一杯楽しく生きようとしてる人』、と。唖然としたように隣に糸目を向けた。
そんな簡単に答えが出てくる彼女に素直に尊敬の念を覚える。一方で自分はといえば。
(やべぇ、咄嗟に出てこないぞ!?つーか、質問されるのが予想外過ぎるだろ!!
何か周りの視線が!視線が!!いや、こんな形で注目浴びるとは思わんかったし…!!)
内心でパニックだったが、うろたえてもしょうがない。問われたならきちんと答えなければ。
色々言い訳やらどう聞こえれば耳触りが良いか?やら考えかけたけれど。
(ぐだぐだ考えても仕方ない。こういうのは――)
真っ直ぐ、糸目ではあるが舞台の上の炎眼へと視線を向けて笑った答えた。声を少し張り上げて。
「――ああ、自分の思うがままに周りの奴を助けて…そして、助けられながら”王道を往く”奴の事だ!!」
そう、高らかに叫んだ後に、にやっと笑ってこう付け加える。
「――けれど、俺自身が”憧れるヒーロー”は――正義だ悪だとか以前に…目の前の喜劇も悲劇も笑い飛ばして生きていける奴だ!!」
それは、自分らしく生きていて、例え本人がそんなつもりがなくても誰かを助け、誰かを救い、そして…悲しみも喜びも何のその、と歩いていける奴。
荒唐無稽、というか実際そんな奴が居ないとしても構わない。憧れとはそういうものだ。
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」に言吹 未生さんが現れました。<補足:徽章付制帽/詰襟ジャケット・ズボン/革の手袋・長靴/袖なし外套>
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」に神代理央さんが現れました。<補足:風紀委員の制服に腕章/腰には45口径の拳銃/金髪紅眼/顔立ちだけは少女っぽい>
言吹 未生 > 盛装と言うにはあまりに古めかしく、厳めしい姿。
それとてハロウィンに一足早い仮装の一種か――あるいはこの場に於いて、見様によっては攻性のファッションに身を包む影。
幾人かが興を引かれて振り返ろうとも、数瞬後には「それもアリか」とまた向き返る程度のものだ。
「――――」
まかり間違えても“ヒーローでは在り得ない”それは、少年少女らのおらぶヒーロー像をただ静かに咀嚼、吟味する。
脚光以上の熱を孕む一つ眼だけは、ステージ上のエンターテイナーに固定したままで。
神代理央 > (……やかましいな)
メインホールに足を運んだ第一印象はそれだった。
大音量で鳴り響く音楽。狂騒する参加者達。
今回の任務…というか、厳密には私の任務では無いが、風紀委員会として看過出来ない、と言う事で所謂『中隊長』としてのポジションで訪れていた。
何せ、一般生徒も訪れているこの場所で私の異能を使う訳にも行かない。
こんな場所で私の異形を展開すれば…まあ、無関係の生徒を巻き込まない自信は、正直無い。
過激派として風紀委員会で活動しているとはいえ、それは『学園の風紀』を守る為であって、一般生徒に犠牲を強いて迄成し遂げたい訳では無い。落第街の住民は別だが。
「……メインホールで騒ぎを起こすのは"まだ"控えろ。避難誘導の段取りがつくまでは大人しくしておけ。……何?指揮系統?……分からないなら私に聞くな。そもそも貴様も私の直轄ではあるまいに」
苛立たし気に携帯電話の通話を切る。
…風紀委員会の制服も、此処では仮装扱いなのだろうか?
なんて、取り留めもない事を考えながら、ヒートアップしていくホール内に小さく舌打ちした。
ノーフェイス >
響いた少女の声に。
歓声が上がる。同調する者は多かったのだ。
謳歌すること。楽しむこと。
漫然と生きることができる存在にとって、
"生きる"ことのなんと難しいことだろう。
「イイね。 ――いまあがった歓声には、
多分にスケベ心も含まれてるとは思うけど……?」
さざめく笑い声。
つづいて。
「王道……? 王道か。
面白いことを言うね。
それはアレかな、王様になるとかじゃなくって。
まっすぐな道、"正道"って感じかな……イイんじゃない?」
続いた言葉には、どちらかといえば感嘆の声が上がった。
そして、女は唇の端に指をあてて、口角をあげた。
「まちがいない。
笑うことはだいじ。
……選んだことに対して、うじうじしてちゃいけない。
ヒーローは笑わなきゃな」
視線は。
すこしだけ意外そうに、金色に停まった。
久しく観た隣人を訝るような横で。
漆黒の小兵を見れば、薄っすらと笑った。
ノーフェイス > 「ありがとう、ふたりとも。
――ボクはね、あ、ちょっとつまんない話するよ」
さて、とマイクから離した唇が咳払いをひとつ。
「ヒーローとは、"成し遂げた者"のことだと思ってる」
マイクに細くしなやかな指が這う。
蠱惑的に。
「ヴィランの対義語でも、"善を成す者"でもなくて……。
ああ、もちろん、成し遂げることは"善"でもいい。
要するに、"挑戦"、あるいは"試練"だよ。わかるかな」
視線を上げる。
巨大に築かれたバベルの塔は、結集と挫折の暗示。
表裏ともに不吉な暗示を示すタロットの図柄は、
すなわち"試練の到来"を意味するものだ。
かつてのニンゲンは乗り越えられなかったものだという。
「たとえば――そう?
いま巷を騒がせてるあの禿頭(ボルド・ヘッド)?
あいつをブッ倒してみせる! とか」
しゅっしゅっ、とマイクを持たない手がシャドウボクシングをして。
ドラムが打ち鳴らされた。
「そんなデカいことじゃなくっても。
好きなコに告白するとか、そーゆーのでもイイ。
そいつにとっては、一世一代の大勝負だしな」
でも、と目を細めて、睥睨する。
「成し遂げるためにはリスクがある。
強大な存在に噛みつけば最悪死んじゃうかも?
その過程でほかの誰かを蹴落とすこともあるかもね。
……その成し遂げるべき挑戦が、
法や道徳から背を向けた、背理や悪徳だったとしても、だ。
"成し遂げたヤツはヒーローだ"。
その観点でいえば、"世界の破壊者"もそうかもな――成し遂げられれば。
それに、好きなコにフラれたら……ああ!
やせ我慢しながら"いい思い出"とか言っちゃわないといけなくなる」
頭を抱えて、怯えたように頭を振ってから。
挑発的な笑みを見せた。
「だが、総じて――、そう。
"ヒーローとは、誰でもなれるものじゃない"。
だからこそ、輝かしく、鮮やかなものだと。
……ほんの僅かに許された栄光のスポットライトのなかに、
失敗も、指をさされることも恐れずに飛び込もうとして。
その栄光を"勝ち取った者"のことだと思う」
視線は観客を見渡し。
そして、再び、水を向けた二人、否、三人に。
「どうだい?
キミたちは"挑戦"しているか?
それとも現状に満足してる?
"自分はここでいい"と考えてる?
善を成す、遵法の誇りを懐くヒーロー。
そいつはいい、素晴らしいことだ。
……それを多くの人に向けて口にした"挑戦"に、ボクは敬意を表する。
でも訊くよ」
息を吸った。
ブレスがマイクに乗る。
「キミたちは"どっち"だ?」
まぜこぜにする。
秩序と混沌の境界線。
表と裏の壁を壊して。
北上 芹香 >
ふと、隣を見る。
制帽から見える漆器を思わせる黒髪。
袖のない外套。詰襟ジャケット。
仮装、というにはあまりにもしっくり来すぎているその姿。
まるで物語からそのまま抜け出たような。
ヤバい。
この安売り地獄の丼器法廷で買ったヴァンパイア衣装浮いてる。
仮面の下から隣の誰かをついじっくり見てしまう。
のーふぇいす? さんのステージに視線を戻さなきゃ。
そして語られる、ヒーローと呼ばれる者の話。
それは……どんな歌より刺さって、心が痛かった。
私は何か、挑戦しているだろうか。
野心なきまま惰性で音楽をしていないだろうか。
今、ここで。
何かを掴めなきゃ。
私は一生、負け犬の遠吠えを歌う。そんな気がした。
神代理央 >
……何を言い出すかと思えば。
『ヒーロー』という概念そのものは、風紀委員会としては歓迎すべきものではある。
だがそれは、所謂『広告塔/プロパガンダ』として、だ。
何故なら、ヒーローとは個人の事を表す単語でありながら、其処に求められるのは『大衆からの支持』であるからだ。
誰かを救うのも、世界を破壊するのも、それが『支持』されなければ、それはヒーローとは呼ばれない。
かくいう私自身、自分の事をヒーロー扱いされるのは些か不愉快ではある。
大衆の為に動く事と、大衆の支持を得る事は近似するが等しいものではない。
私の様な過激な思想が『ヒーロー』として支持される様になるのは…そうだな。その時には、一心不乱の大戦争、とでもなるのだろうか。
「………下らん話だ」
だから『ヒーロー』を否定する。下らない、と。
ヒーローは組織に準ずるべきで、大衆に準ずるべきで、人々の希望と支持を得ていなければならない。それが、持論であるが故に。
個人の願いの儘に。そして、個人の願いを成し遂げた者等────
「…それは、ヒーローでもヴィランでもなく」
「…単なる子供の我儘の様なものだろう」
そんな独り言を吐き出すしか無い時点で。
まあ、自分にはヒーローの資格など無いのだ、と再確認して小さく苦笑いを浮かべるしかないのだが。
真詠 響歌 >
"挑戦"しているか? それとも現状に満足してる?
その問いかけが脳内でリフレインする。
答えは明確だった。していない。しているはずがない。
疑問も持たずに即答できる。
世界を壊したいなんて"パラドックス"って人みたいな思いも無いケド。
ただ歌が好き。聴いて書いて歌っていたい。
そんな些細な願いを叶える事がこんなにも難しい。
監視対象、その言葉で括られた私が奔放に振舞えば、誰かに迷惑が掛かる。
制御のできない異能を携えた自分の歌が危険視されている事くらい私だってわかっている。
――それでも、ここに来た。
ずっと踏み出さずにいた一歩。
大人しく"管理下"にいる事を甘んじて受け入れてきた今までをかなぐり捨てて、
配慮も無しに、自分のしたい事の為だけに動いている。
「Yeah!」
声を張り上げろ。それが答えだ。
笹貫流石 > 「…成し遂げた者…かぁ。」
何か、それが小さな事でもデカい事でも。挑戦して掴み取る者。
――自分はどうだろうか?少なくとも、現状は挑むモノすらないのが正しいだろう。
―――世界を破壊するなんて大それた事はそもそも考えた事は無いなぁ。
――響歌姉さんみたいに歌に対する情熱も…いや、聞くのは勿論好きだけどおそらく熱意が違う。
――廬山の旦那は…いや、この旦那底が読めなさすぎてもう何か達成してる感があるな。
――追影の旦那は――『全部斬る』とか本気で実行しそうだから一応挑戦者?
――朱鷺子ちゃんは――何ていうか、俺には無い真っ直ぐさを持ってるし。
――特級のアレは――あぁ、もう面倒臭い!!!
「――そうだな、俺はぬるま湯の現状に浸かっててそれも良いと思ってたんだよ、正直さ。
…でも、決めたわ。今、この瞬間から俺も”挑戦者”になる。ヒーロー?知らねぇよ。それはそれ、これはこれ!!」
キモチイイくらいにすっぱり踏み出す隣の姉さんには及ばないウダウダっぷりだが。
ピッと、ノーフェイス、次いで会場の誰か(みんな)を指差して小さく笑う。
「――笹貫流石、今は取るに足らない”挑戦者”見習いだ。けど、何時か――成し遂げて見せるさ、覚えとけ。」
そう、不敵に笑った。そして後で死ぬほど後悔するんだろう。
(俺は何を啖呵切ってんだーーーーーーー!?!?!?)
と。だが、賽は振られたのだから、もう踏み出して”挑戦”するしかない。
言吹 未生 > ノーフェイスの視線を追う。
描かれた塔。リドルの基底が一。
老ブリューゲルが象牙に仮託した、神に挑み――打ち崩される定めのジグラトの雄姿。
それを建てた――建てんとした者も、ある意味ではヒーローなのだろう。
神学上は神をも恐れぬヴィラン。哲学上は定理の天井を貫かんとしたパイオニア。
物事には多面性がある。
慣習を恐れぬ果断は、時に叡智をもたらしもするだろう。
しかし――神は怒り、言葉は千々に別たれ、塔は瓦解した。
混沌だけが、そこに残った。聖しき書物はかく語る――。
少女は教条主義者などではない。しかし、そこに災厄があるならば。
壊される平穏があるならば。乱される秩序があるならば。
「その行いが、その果てが、より多くの災いを招くのであれば――」
熱狂の気流に、狂犬はその無慈悲な牙を立てる。
これは、徹頭徹尾、空気など読まない。
衆を欺く技官時代の装束は、今やさながら憲兵の如き冷酷さを帯びて。
「ヒーローとても、審かれるべきだろう――?」
それは奇しくも誰かが言い表した“子供の我儘”を嗜めるような、静かで冷たい声で。
ヒーローに成り得ぬ己の行く末を、覆し難き道行を呪いつつも、嚥下するように。
カオスとアニマの解放をこそ寿ぐこの場に於いて、それは無粋極まりもない宣戦布告に等しかった――。
ノーフェイス >
「"くだらない話だ"って」
理央の言葉を、聞きとがめた。
――訳では無い、筈だ。
その距離の独り言を、聞き咎められる筈もない。
「言うヤツもいるだろう。まずは、ソコさ。
他人にくだらないと言われてへこたれるような覚悟なら、
どの道なんも成し遂げられない。お帰り(Fxxk off!)だ。
恥をかくのが恐くて。 失敗する姿を見せられるのが恐くて。
格好悪い姿を晒すリスクを負わなきゃ――どの道なんも掴めない。
キミたちは掴み取れてるか?
何もかもがルーティンワークになるような生活をしていないか?
それは社会の歯車になるおりこうな生活でだって変わらないんだぜ。
キミの舞台が日常でも、平和でも。
そこで何かに挑まなきゃ、それはホントに生きてるって言えるかな」
そこで。
指をさされたら、きょとん、と微笑んだ。
「素晴らしい」
ハンドクラップ。
乾いた音が立つと、周囲が流石を囃し立てる。
無謀をからかうもの。やれやれ、と煽り立てるもの、賞賛を叫ぶもの。
「その"我こそは"と言える度胸が最高なんだよ。
でもな……」
「言ったからには、"やれ"よ。口だけが最悪だ。
たしかにいまキミは度胸を張ったヒーローだが――」
ノーフェイス > 「"ヒーローになれるのは、その一瞬だけ"だ」
「栄光を掴んだ一瞬だけだ。
ステージから降りた瞬間、そいつは凡人に成り下がる。
むしろ、栄光を一回味わってしまったらより悲惨だ――そうだよな」
声を張り上げた少女を。
見下ろした。
その微笑みは、そう。
嘲笑っていた。
「そこで満足してしまったり。
降りた先を自分の現在地と定義した者は。
真っ赤な果実に歯を立てたときのの悦びを、くちのなかで反芻するしかないまま――
他者の栄光を、羨むしかなくなる。
地の底で、惨めにな。
ヒーローになる条件は、成し遂げること。
ヒーローでいる条件は、成し遂げ続けることだ」
断言する。
今の自分が何かを成し遂げても、今日が終わればただのひとり。
挑戦は終わらない。終わる筈もなかった。
ヒーローでいたければ、茨の道を歩み続けるしかない。
ノーフェイス >
「文句があるヤツがいるぅ?」
誰に向けたことではない。
指を立てて、振ってみた。
摂理を口にした、白黒の隻眼に向けて言ったのか。
「ボクはここだぜ。
"成し遂げて"みせろよ。
さっきも言ったな。
我こそはと声を上げ、意志を貫けるようなヤツじゃなきゃ、
――"ボクの敵じゃない"」
たとえ自分がお前の敵でも、その逆にはなりえない、と。
鼻でせせら嗤う。
布告するのは、こちら側。
審判すら、人が"成し遂げること"なのだ。
「百年に一度の最高な日(エピック・デイ)は常に今だ。
波は高けりゃ高いほどいい。実感が湧かないなら"やって"みな。
……成し遂げた瞬間は、何もかもがブッ飛ぶくらいキモチイイよ」
こめかみに指を当てて、ぐりぐり。と。
極限の快楽と法悦の予感に、甘ったるい吐息がマイクに吹き込まれた。
「――こっちには」
指先が顎から喉元へ滑り降りる。
白い膚、超絶の歌声を発したその喉に。
"こっち"。
それが"何処"を指しているのかなど、言うまでもない。
「観たこともないような"挑戦"が待ってる。
弱肉強食、適者生存の世界が。
どうぞ、飛び込みたければどんどん来な」
弱者は、落第街には要らない。
それを激しく告げた女は、まっすぐに、
風紀委員の少年を見据えた。
秩序を預かる者がやるべきは、"秩序なしでは生きられない弱者を救う/掬う"ことだ。
――邪魔だ、すっこんでろ、と。
女は弱者を嗤う。そして、在るべき場所へ導くのだ。
"生きられる"ように。
「じゃあ、前座は終わり」
マイクの電源を切って、放り投げた。
客席に。
真詠響歌のほうに、だ。
北上 芹香 >
マイクが放り投げられる。
その先にいたのは。
「響歌ちゃん!?」
声を上げてしまう。
あ、やば。
今、私はここにいないはずの人間。
でも、いいか。エピックデイは今日なんだ。
「きょ・う・か! きょ・う・か!」
声を張り上げる。マスクも邪魔だ、外してしまえ。
熱気に触れる顔は。それに負けないくらい熱い。
真詠 響歌 >
自分が表立って活動した期間は一番の盛り上がりの途中に蓋を閉じた。
二年半の月日、それは人によっては長くもあり短くもある。
路上で折り目正しく許可を得て歌っていた頃に、
興味本位で申し込んだオーディションをきっかけに私という存在に火が付いた。
一年前に、アーティストとしての私という花火は咲き誇って消えた。
それが周囲の、世間の評価だ。消えたアーティスト。
「――!」
ふざけるな。
ラストソングなんて言葉で自分たちのシングルが飾られるのを、痛みも無しに受け止められるものか。
北上ちゃんに言った言葉を、私は忘れていない。
歌いたかっただけだ。そんな私に、誰が許可を得てラストだなんて〆をくれるっていうの?
「リクエスト、ありがとー!」
嘲笑うようなその笑みに、挑戦的な笑みを返す。
投げ渡されたマイクに電源を入れ、熱気に応えて人混みをかき分けていく。
マイクってこんなに暑かったっけ――違うか、これは私の温度だ。
前座からマイクを渡されたなら、やる事なんて一つだ。
誰のステージかなんて関係ない、観客の時間はおしまい。
「『Anthem』! イケる?」
キャスケット帽を投げ捨てて。
スカートの丈も気にせず檀上に跳ね上がってライオットのメンバーに吼える。
当然、とサムズアップするメンバーにマイクを掲げる。
「アガッた人いたら、いつでも来てよ。
ダンスでもベースでも、やりたい人は――やろう」
やるんだよ。
観客席の皆に目を向けて指を鳴らしてカウントを始めると、長いイントロが始まる。
――50秒。
「『Anthem』!」
第二級監視対象『叫喚者』は歌唱を禁止されている、その禁を犯す。
監視対象たる所以に、触れる。
神代理央 >
「……………」
同意は出来ない。元々、同意を求められている訳でも無いのだろうが。
此方の独り言が届いた訳も無し。あちらの言葉も、此方に向けられたものでは無いのだろうし。
"交わらない"
それが、落第街と学園都市のあるべき姿だ。
極論、落第街が学園都市の生徒達に悪影響を及ぼさず、其処だけで成り立つスラム街であるのなら、別に手出しする必要は無い。
落第街は、明確に学園都市に取って悪影響を及ぼす場所であるから。違反部活の巣窟と化しているから。
だから、刈り取るだけなのだ。
とはいえ。この熱気。あの発言。その狂乱に同調してしまう生徒が居る事も事実。
気持ちは、分からなくもない。人は誰もが望むものなのだ。
特別な存在でありたい、と。自分だけは、他者とは違うと。
『ヒーロー』になりたい、と。
その気持ちを否定するつもりはない。
だが、それを成し遂げる為に落第街へ誘おうと言うのなら。
それは、明確に『風紀委員会』の敵だ。
「……私だ。突入の準備を急げ。混乱が予想される。間違えても一般生徒には手を出すなよ。…見分け方?反撃する連中は敵だ。暴徒鎮圧の訓練くらいしているだろう」
短く、通信を飛ばして
ステージの上で歌う少女に。
叫ぶ生徒達に。
煽り立てた女に。
「……成し遂げた者こそが、ヒーロー/英雄の証であるならば」
「狭い執務室で、机の上で、軍を動かし民を殺す独裁者ですら」
「ヒーロー足り得るのだろうよ」
自分は、そう成り得ないのか?
浮かび上がる自問自答は押し殺して。
風紀委員として為すべき事を為す為に、動き出した。
笹貫流石 > 「あーあ、ちっくしょ!”こういう事”になるって自分で薄々思ってたけど!!」
サングラスを放り捨てる。誰も彼もそれぞれの思いや主張がぶつかりあうようで、あぁハロウィンらしいといえばらしいか。
普段閉じたままの瞳を開く。『そこに死の形は見えない』。
「――いいね、最高じゃねぇか。」
誰にともなく呟きながら、早速というか、マイクを受け取った響歌姉さんが”舞台に上がる”。
「んじゃーー早速”挑戦”しようかな!!音楽サッパリだけどダンスとかならたぶんイケる!フィーリングで!!」
真っ先に少年は右手を突き上げて応じれば、身軽にひょいっと、舞台に上がる。
マイクを握る『共感者』と、ライオットのイカした面子に笑顔を向けながら。
「よーーし、まずはここが俺の【死線―デッドライン―】ってやつだ!!」
そして、『Anthem』に合わせて、楽器や歌の代わりに即席のバックダンサーとして”舞台に上がろう”。
言吹 未生 > 「ああ――」
それは、挑戦的に誘う声への返事か。
あるいは、いざなう白い指先にあてられた狂喜の吐息か。
どちらでもよい。――どうでもよい。
自己の開放。レゾンデートルの確立。ぬるま湯から飛び出さんとする産声。
客席のそこここから感受されたそれらは今や些事に過ぎない。
最も追うべき敵手が。焦がれた【煽動者】が。目の前にいるじゃあないか――!!
茫洋としかけた視界の隅で放られるマイク。
前座は終わり。歌い手は客席の――魁に叫んだ少女へと入れ替わる。
それがあたかも合図であるかのように、一歩を踏み出す。
「《道 を 開 け ろ》」
【圧魄面説】による発声。
バベルの次は、モーセの昔語りの如く。
少女と、マイクを手放した前座とを繋ぐ直線上の人垣が、紅海がそうなったようにして、ざざと割れた。
波音代わりにどよめく不審、混乱の声も意に介さぬままに、一歩一歩また一歩。
次の歌い手を託された彼女が、賛美歌を謳い始めるならば、それは差し詰めタイタントロンの挿入曲――。
「皇国技官、言吹 未生。汝が往く手の鉄塞となり――」
秩序を唱えながら混沌を振り撒く、狂爛獰悪の走狗が、
「汝を討つ手の闊剣とならん――」
狂輝を秘めた一つ眼も――眼帯奥の義眼をも閃かせ、無貌の女神を、カオスの朋たる者を狙い、静かに動く――。
ノーフェイス > 「わかってるじゃん」
その声は。
あまりにまっすぐ、神代理央に向けられた。
その通りだ、と嗤った。
独裁者が、独裁者にたどり着くまでの歩み。
そこにヒーローたりえる"挑戦"があったのなら。
その瞬間はヒーローだった筈である。
「キミはキミで、ヒーローという言葉に幻想を抱いてるんだな。
……"弱いもの虐め"じゃ、絶対につかめない感覚だからだよ。
"挑戦"しろよ。 キミ自身が知らない、キミの限界へ。
見たことのない景色を見に行くことを諦めてる奴は、独裁者にだってなれやしないぜ?」
かつてどれだけ栄華を誇っても。
"今"何もしなければ、それは落語者なのだと。
女はそうステージ上で静かに笑い、その言葉は確かに届いた。
"振動"の魔術だ。こういう芸当も、これだけの環境だとかなりノイジーな音質になるが…できる。
さて、とコートの裾を払うとともに。
ステージに仕込まれた激しい花火が上がる。
闇を照らす火花は極上の演出。
現れたフロントマンの"EV"は――
アドリブも得意なほうだ。
新たに舞台が上がろうと、そう。
"ステージ上に設置された結界と転送魔術が終わるまで"という、ほんの短い間のステージを全うするだけ。
神代理央の行動開始を受け、多くの生徒に紛れた違反部活生、スタッフたちは。
"堂の入った避難訓練"の成果で、ばらばらに、一般生徒たちに紛れるように逃げていく。
半数を捉えるのが関の山か――はたまた。
「フフフ」
その花火に紛れ、仕掛け人の女は二階通路へ。
軽々と壁を蹴り駆け上がった先で、軽く手招きをした。
誰に?
そのまま、血の色の髪をなびかせて、二階通路から続くスタッフ用の通路の扉の奥へ消えていく。
一先ずの挑戦を終え、次の舞台へと。
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」からノーフェイスさんが去りました。<補足:無造作アップヘア/黒地に白茨と薔薇があしらわれたコート/赤ドレスシャツ/紫紺のネクタイ/レザーパンツ/ライディングブーツ>
言吹 未生 > ステージを荒らそうかとまで肉迫した狂犬は、
「――――」
仕掛け人に手招かれるまま、直向きにそれを追った。
狂騒の渦に、その異質な余韻を一つも残す事なく、静粛に――しかして颯爽と――。
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」から言吹 未生さんが去りました。<補足:徽章付制帽/詰襟ジャケット・ズボン/革の手袋・長靴/袖なし外套>
北上 芹香 >
うひゃう。さっきまで隣にいた袖なし外套の人も情熱的。
でも、今は………
「いっせーのっ」
声を張り上げる。
「L! O! V! E! オーレーたちのっ 響歌ちゃーん!!」
わー!! このコール一度やってみたかった!!
風紀の人がなだれ込んできてるみたい!!
でもこの鼓動の高鳴りは。
この心音は。
新しい。
神代理央 >
「……っ…」
よもや、よもや。余りに真直ぐに此方に向けられた言葉に、僅かに目を見開く。
弱いもの虐め…であることは否定しない。そう見られている事を、否定しない。
しかし、それを諦めているだろう──と評される事は。
「……不愉快だな。ああ、全く不愉快だ」
自分は、ヒーローにはなれない。
なってはいけない。学園都市、という社会を守るべきシステムの守護者で無ければならない。
それは、永遠に為しえぬ課題だ。社会を守る、という目標にゴールなど存在しない。
それこそ、圧倒的な武力と絶対的な恐怖で支配する独裁者でも無ければ……。
その思いを振り払って。
腰のホルスターから引き抜いた拳銃を、二発。天井に向けて発砲する。
「……風紀委員会だ!全員、その場に伏せろ!」
流石に、異能は使えない。
この島では、拳銃一丁など場合によっては護身用の武器にもなり得ない。
しかし、それでも武力と権威を象徴する風紀委員会の制服と共にあれば。
細やかな暴力装置は、ヒーローの卵を喰らう死神の鎌と成り得る。
「…抵抗する者は捕えろ。一般生徒も場合によっては補導対象だ。"植え付けられた"連中は、社会を乱す」
次々と突入してくる風紀委員の同僚達。
とはいえ、何処迄一般生徒で何処からが違反部活生なのか、など。
この狂騒の中で100%判別出来る訳も無い。
故に、抵抗すれば敵。大人しくしていれば…と言った対処しか出来ない。
まあ、捕まえてから聞き出せば良いのだ。聞き出せれば、の話だが。
「……この機に乗じて、落第街でも違反部活の活動が活発化する可能性もある。暴徒鎮圧くらいは、貴様たちでも可能だな?」
乱闘騒ぎの様な無様な醜態。避難誘導が辛うじて上手くいっている事は救いだが、果たしてあの中に何人…いや、良い。
此方に駆け寄って来た現場の指揮官である風紀委員に不機嫌そうに声をかければ、はぁ、と気の抜けた返事が返って来る。
彼も、このライブの熱気に当てられたのか。はたまた。
舌打ちしそうになるが、一応同僚だ。軽く睨みつけるだけで、言葉を続ける。
「…特務広報部を動かす。私も、其方の指揮に当たる。この現場はお前に任せる。あの乱痴気騒ぎを大人しくさせろ」
忌々し気に言葉を吐き出して、慌てて頷いた同僚を放って。
その視線は、女が消えていった通路の先を見上げる。
「………アナーキスト気取りか。革命ごっこか。それとも…」
分かるものか。少なくとも、彼女と───いや、此の場で熱狂する全ての者達と異なる思想の自分には。
この熱気は、理解出来ない。
僅かな溜息と共に、狂乱のホールを後にする。
自分の仕事は、卵から孵化した英雄達を刈り取ること。
……それが『Heldenjagd/英雄狩り』の務めなのだから。
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」から神代理央さんが去りました。<補足:風紀委員の制服に腕章/腰には45口径の拳銃/金髪紅眼/顔立ちだけは少女っぽい>
真詠 響歌 >
響くギターリフ。
オリジナルの打ち込み音源よりもずっとお腹に響く音が心地いい。
「そこにいるの? 自分に問いかけ
映る水面 崩れてブレて消えていく」
声が出ないなんて事は起こらない。
あの地下の自室で発声練習を絶やした事なんて一度も無い。
あがったり日和ったりするくらいの心持ちなら、ステージになんて登らない。
モノクロの少女が人の川を割って、スタッフ用の通路の扉の奥へ消えていったノーフェイスさんを追っていく。
少女が駆け抜けた後、ぞろぞろと雪崩れ込んできた風紀委員の存在で人の流れが変わった。
堰き止められていた物が動き出して、一般生徒と違反部活がないまぜになった人の群れ。
後ろの方から順次取り押さえられていくけれども、それくらいで歌い出した歌は止まらない。
「傷つかない事が幸せなの?
誰かの為の 自分であれる事
楔の先のこの道は 全てが自分次第
その手を伸ばして」
オリジナルよりちょっと早いBPM。
でも大丈夫、ノレる。
眩しいくらいのステージライトに向かって手を伸ばして――
サビへと駆け抜けていく。
「Show me your essenece!
思うがままに 振舞おう自分らしく
Just step forward today!
繰り返す日々 全てを投げ出して
握りしめた 言葉が嘘じゃないなら
此処に居ること 歌って!」
汗が浮かぶ。
ステージライトが喉を焼くほどに熱い。
それでも、気持ちいい。
ただ歌いたい、その心が満たされている充足感が心臓を強く鳴らす。
風紀委員の隊列も迫ってくるけど、二番が来る。
大きく息を吸って、艶めかしいくらいのブレスがマイクに乗ったその刹那。
ガコン、と音を立ててホールのブレーカーが落とされる。
熱いくらいの熱量を持っていた光を失って、視界はゼロ。
「あちゃー、時間切れ?」
熱くなっていたコールが、悲鳴に変わる。
まだまだ物足りない、けどこれ以上は"ここで"続けるのは良くない。
「みんなー! "私はまた歌うから"!」
「この世界で、この島で、歌うから!」
「探して見せてよ」
電気を失ったマイクをステージにそっと置いて。
それでも端まで響く声で、次回予告をしてのける。
「さてっと……それじゃ笹貫くん?」
くらやみの中でのアイコンタクト。
「にっげろー!」
楽し気に、羽搏く鳥のように。
少女は飛び立つその後を、濁しに濁してホールから駆け出していく。
笹貫流石 > 取り合えず、こういう時は周りを気にせず思いっきり踊るに限る!!
音楽のテンポ、リズム、歌詞に合わせて踊る踊る。型なんて無いし、洗練されても居ないけれど。
踊り、というのはそういうものでいいと少年は思っている。そもそもド素人だし。
――と、どうやら風紀の方々のお出ましらしい。ただ、挑戦している以上は”まだ”舞台から降りない。
彼女やライオットの面子に付き合って、ギリギリまでひたすら踊り続ける。
――が、急に視界がブラック・アウトする。ありゃ?能力の異常か?と思うが視界は『正常』だ。
一番が終わり、二番に突入するその直前。どうやら、ここまでらしい。
ライオットの面子に、「ほら、アンタ等もさっさと巻き込まれない間にトンズラした方がいいぜ?」と、声を掛けつつ。
「あぁ、歌ってみせろよ『共感者』。出来るならまた生でイカしたステージで聞きたいけどな!!」
笑いながら、アイコンタクトに頷いて。「逃げ足なら俺に任せろ!!」と、無駄な事を誇りながらダッシュ!
今夜の事は、少年の中で何かが”変わった”一夜でもあり、また面倒な事になる瞬間でもあり。
「いやーー!この後でペナルティー山盛りだけど、楽しかったぜ、ありがとな響歌姉さんも、他の連中も!!」
その後に、ペナルティで四苦八苦する事になるのは織り込み済みだ。
ともあれ、【叫喚者】と【死線】の、監視対象同士の”挑戦”は――まだ始まったばかりだ。
北上 芹香 >
せっかく丼器法廷に行ったんだからサイリウムを買ってくれば良かったなぁ。
「わー!!」
「そーのー手ーを! 伸ばしてー!!」
大声を張り上げてジャンプ。
やっぱり、響歌ちゃんの歌は最高。
最高なのに。
どうしてこう、涙が出るようなフィーリングを感じるんだろう。
この感動を。
この感情を。
この感激を。
帰ったら歌にしなくちゃ!!
銃声、そしていよいよカオスになる会場。
「あはははははっ」
笑いながら逃げ出していく。
反体制を歌ってもいいが、反体制であってはならない。
伝説のギタリスト、エドワード・ステイクンの言葉。
今日はちょっとだけ破るねっ!
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」から北上 芹香さんが去りました。<補足:ヴァンパイア風衣装/ギターケース>
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」から笹貫流石さんが去りました。<補足:糸目、ラウンド型サングラス、黒モッズコート、ワッフルVネック長袖白シャツ、ブラックスキニーパンツ、メッシュアッパーランニングシューズ>
ご案内:「《ライブ配信中》『IVORY』メインホール」から真詠 響歌さんが去りました。<補足:灰色のキャスケット帽、ブラウンのファーコート、黒のレースアップブーツ>