2024/06/07 のログ
ご案内:「夜の学生通り」にテンタクロウさんが現れました。
テンタクロウ >  
悲鳴が響く。
誰かが襲われているのだ。

足を引きずり、這いずりながら逃げる男子学生を。

機械の腕を無数に背中から生やした怪人が追う。

マシンアームで地面を支えるように動かし、魔人は宙を往くのだ。

「どうした、まだ左大腿骨を転子下骨折しただけだ」
「残った右足と腕だけでも逃げられるだろう」

低い声がさらなる悲鳴を誘発する。

テンタクロウ >  
「次はどこにしようか……」

マシンアームを自在に操り、細い触腕が少年の右足を掴む。

骨が砕ける音が響いた。

「右足首内果骨折、ここが折れると笑えるくらいに腫れる」
「痛みと惨めさで身動きさえ取れなくなる」

「まだ元気そうだな、腕もいこうか…?」

学生通り。
風紀の往来もある日常の只中。
そこで夜中に帰っている学生を、堂々と襲っている。

正気の沙汰ではない、と思われそうな。
そんな凶行だった。

テンタクロウ >  
「左腕は関節をいこうか」

触腕を伸ばそうとした時。

被害者が叫んだ。
聞く者の魂を、良くも悪くも揺さぶる。
そんな叫びだった。

被害者の男子学生 >  
「い、いぎゃああ…!!」
「や、やめろ!! ここは学生通りだぞ!!」
「何をしているかわかっているのか!」

「すぐに捕まって終わりだ!!」

テンタクロウ >  
「風紀委員がやるとでも」
「この私、テンタクロウを」

「ハァァ……風紀委員がやれると思われているとはな…」

周囲が騒がしくなる。
悲鳴と叫びを聞きつけたのか。
通報くらいはしているのだろう。

両手両足をリラックスさせたスタイルのまま。
彼の主張を聞いていた。

被害者の男子学生 >  
「風紀委員はお前が思っているような盆暗じゃあないぞ!!」
「すぐにお前を捕縛する!!」

「その先にあるのは地下補習だけだ!!」

ご案内:「夜の学生通り」にアッシュさんが現れました。
アッシュ > 宵闇に響く男子生徒の悲鳴…。
それを掻き消し切り裂く様に、ギターの怪音が響き渡った。

「不躾な(サウンド)だァ…」

その音を発した主は、まるで幽鬼の様にゆらりと、その場に現れる。

「生活のサウンドが鳴りを潜めた夜に響く破壊音と悲鳴。
 一見マッチしているようで、不協和音がが混じってる…勿体ねェ~ッ」

被害者である筈の男子生徒の逃げるだろう先へと、男は立ち塞がった。

「風紀が助けに来ることを当たり前と思うなよシャバ僧ォ…。
 男の癖に初っ端から他力本願。そんなに情けない(サウンド)が出るんだ……」

「騒ぎ立て!奮い立て!そして切り抜けるための咆哮(サウンド)か!」
「痛みに喘ぎ!喉から振り絞る程の悲鳴(サウンド)か!!」

「んん…どちらか、だろォ?中途半端は、誰も魅力的に感じない……ギャラリーは、ただノイジィに騷ぐだけだ。」

現れた男は、助けを求めていた男子生徒にそう囁き……そして悪人(ヴィラン)へと視線を移した。

「このご時世に風紀を恐れずヤってるヤツがいるとはなァ。お前ナニモンよ?有名人?」

眼の前で行われていた凶行を気にも留めず。男はそう声をかけていた。

被害者の男子学生 >  
枯れ枝を思わせるカラーの男が目の前に立つ。
そして……

「ヒッ………」

彼の囁きを恐れた。
まるで当事者でもなく、観察者でもなく。
冬の柳のような立ち姿。鋭利な刀剣のような声。

何者なんだ。
痛みと恐怖に震え上がった。

テンタクロウ >  
ふう、と物憂げな溜息をついて。

「話は終わったかね」
「今日が初めての活動だ、名をテンタクロウと言う」

「退きたまえバンドマン」

「まだ“拷問”は途中だ」

魔人の周囲でパルスが弾ける。

「私は彼を破壊したいだけだ、ここで退くならキミを攻撃したりはしない」

アッシュ >  
もはや男子学生はただの雑音、とでも言わんばかりに、恐れる様子すらも気に留めない。
今の興味はこの凶行を行っていた、眼の前の存在だ。

「オォゥ。そうかい。ナルホド。
 今日がデヴューのニュービィ…ってワケだ。
 イイね。グレイト。恐れ知らずは素敵だぜテンタクロウ」

ピックを踊らせ、ギターを一鳴きさせ、己の長い髪をばさりと掻き上げる。
髪から除く瞳が猫科の猛獣を思わせる程にギラつき、男…テンタクロウを見ていた。

「"はじめてのごうもん"って、ワケだ。音がまだ拙いのはそれ故に…かァ?
 カカッ、いい詩が書けそうだ!……ってワケだ。助けは来ねェかもしれねえぞ?名も知らぬ子羊クン」

男は愉しげに背を反らし天に笑い声を向けていた。

「さ…誰かに頼るのはやめて死物狂いで逃げるか…死物狂いで立ち向かうか…どっちかしなァ?
 昨今見れねえタイプの期待株な新人サンのデヴューを飾る大事な夜だ」

現れた男はあろうことか被害者を助けない。救わない。愛用のギターを壁に立てかけ、悪人(ヴィラン)の奏でる"音"を聞く。
…被害者にとっては、どちらも恐怖の対象にしか過ぎないのだろうが。

被害者の男子学生 >  
「くっ…あああぁ…!!」

暴漢も! 乱入者も! 誰も彼もが恐ろしい!!
まともに動かない足を見捨てるかのように!

男子生徒は腕で這ってその場を逃れようとする!!

テンタクロウ >  
「音にこだわったつもりはないが」

触腕が伸びて男子学生の肩を強引に脱臼させる。
力任せに引っ張ったに等しいそれは、絶叫と共に恐怖を伝播させた。

「好きなだけ聴いていくといい」
「人が壊れる音をな」

『どうして』『あっちで人が襲われてる』『助けを呼んで』
『ここは学生通りなのに』『風紀委員はまだなのかよ』
『機械の塊みたいなヤツが』『また落第街の』『早く逃げ』

周囲に騒ぎが波を打ったように広がっていく。

アッシュ >  
「イイんだ」

「奏でる音…ってのは、拘りじゃない」

「慣れて、熟れて、馴染んで──良~イ、音になるんだよ…アンティークの楽器みたいにな」

男子生徒の絶叫が響き渡る。
その悲鳴にまるで甘美なメロディでも聞いているかのように陶酔する男。

「逃げられない絶望。耐え難い苦痛。生の悲鳴ってのはそうそう聞けるもんじゃない。
 特に、こんな場所じゃあな……。こいつらは二級学生と違って『当たり前の明日』が在る…」

「絶望の質が違う」

「──だぁ、が」

突如、男はギターを掻き鳴らす。
アンプにも繋がっていない筈の楽器が奏でる破壊的な音は、周囲の騒ぎの声を片っ端から飲み込み、掻き消してゆく。

「NOISEEEEEEEEEEEEE…!
 うるっせェんだよギャラリー!!。
 誰も助けようともしねェくせに騒ぎ立てんなカス!!」

「……カカッ。好きなだけ聞いていくさ。新人の割に太っ腹だなテンタクロウ?」

捲し立てる男、そして妙に"圧"を孕んだ音の壁に当てられ、雑音を奏でる群衆は思わず口黙る。

「っても風紀は優秀だからなァ。此処は連中のエリアからも近い。割とすぐにクるぜ?
 ──さっさと殺らねェのか」

拷問、と称し男子生徒を痛めつけるだけの魔人へと、興味深げに問いを投げて。

被害者の男子学生 >  
破壊的な音。あまりにも破壊的な。
特別恐怖を煽るものでもないが。
騒いでくれている周りの人が黙った。
それは少年から希望を奪い取った。

「あ、ああああ……!」

絶望の声。どう足掻いても痛みと恐怖しかないと察した人間の。

テンタクロウ >  
「ハァァ……なるほど、音が馴染む…か」
「確かにその点で言えば、私の作り出す音は」

「未熟なのかも知れないなぁ……ハッハ」

笑い声と共に右手の指を折った。

「しかし反応が鈍くなった」
「絶望したな……こうなるとつまらないものだ」

殺さないのか、と聞かれると首を左右に振って。

「殺しは趣味ではない」
「そんなものはただの解放に過ぎん」

「こいつは何ヶ月入院すると思う?」
「半年か、一年か……それとも魔術的処置を受けて二週間で退院するのか」

「しかしどう足掻いても骨が折れた記憶は消えない」
「ふとした瞬間に思い出す……痛みと、不便を」

両手を広げると触腕が手慰みのように信号機を捻り潰した。

「悪を成すというのは、この街では風紀との戦いだ」

それは風紀委員を待っている、とも取れる言葉だった。

アッシュ >  
「んん…素敵な悲鳴(サウンド)だ。
 希望も、痛みも、喉も擦り切れて。
 なァ少年?当たり前に明日も朝ご飯を食べて学園に通って…なんて思ってたんだろう?
 しかしそんな平凡は来なかった。オマエは特別な夜を手に入れた」

「一生忘れられない夜になったなァ…」

高揚した声色で、慈しむように。
諦めた少年へと優しくそう語りかける。

「──生かすことで己の悪を刻み込む。
 リスキィ…そんなことをしてりゃあすぐに足がつくぜ。
 俺は刹那的なリリックも、嫌いじゃあないけどな」

信号機を容易くスクラップに変える様子を見ればヒュウ、と口笛を鳴らし、肩を竦める。

「イイ音が聞けたぜ。サンキュー、マッド・テンタクロウ。
 今日のアンタの行いから生まれる俺の音楽(サウンド)を、またの機会に聞いてもらおう」

ギターを抱え直し、用は済んだとばかりに踵を返す。

「SEE YOU,またアンタの奏でる音を聞きたいな。
 今日は初モノ、ヴァージンと比較するのも楽しいもんだ」

背を向け、大きくひらりとその手を振って、闖入者なバンドマンはその場を立ち去っていった──。

後にリリースされる楽曲『サッド・マッド・スクリーム』ライナーノーツには、この日の出来事が綴られることとなる。

ご案内:「夜の学生通り」からアッシュさんが去りました。
テンタクロウ >  
「お前は」

溺れかけた深海魚のように深く深く息を吐いて。

「面白い男だ」

一生忘れられない夜。
それは特別な惨劇。

「この街で悪を成す者の大半が明日など考えてはいない」
「追い詰められて、退廃的で空想的で感傷的な妄想に駆られて」
「あるいは己が悪しきそれであることを誇りに悪を成す」

「足がつくから人を傷つけないのであれば、日の下に居ればいいんだ」

片手を上げて去ってゆく男を見送る。

「構わんさ、特別な夜には特別な音が必要だ」

そう言って触腕を広げると、屋根から屋根へと巨大な蜘蛛が這うようにその場を去っていく。

初報は『学生通りにバネ足ジャック現る』だった。

だが、すぐにテンタクロウの名は。

知れ渡っていった。

ご案内:「夜の学生通り」からテンタクロウさんが去りました。