2024/06/20 のログ
ご案内:「扶桑百貨店 久延毘古書房(9F)」に黒條 紬さんが現れました。
ご案内:「扶桑百貨店 久延毘古書房(9F)」に藤井 輝さんが現れました。
■藤井 輝 >
昼の本屋。
エアコンが肌寒い。
これならもう一枚用意してくればよかったのかも知れない。
とはいえ、僕の足では車椅子の収納スペースから上着を取り出すのも一苦労だ。
コードにカバーが被せられている。
先は本日の新刊コーナーに設置された動く人形に繋がっていた。
やれやれ、またちょっとした障害物か。
私のマシンアームがあれば直線距離の障害物ごと吹き飛ばしたものを。
■黒條 紬 >
昼の本屋。
エアコンが心地良い
私――風紀委員黒條 紬は、百貨店に来ていた。
無論、目的である藤井 輝との接触を果たす為に、此処に来たのだ。
プロファイリングとは本来、
犯行の理由や傾向、犯罪が行われる地域などを、
数あるデータから推測するのが最も基本だ。
だから。私が今此処に居て、
彼が此処に来ているのは、何も不思議な話ではない。
ぶつかるしかない。
そう、でもぶつかり方は人それぞれだ。
腕に覚えがあれば、立ち向かうかもしれない。
完璧な推理力と行動力があれば、直接物的証拠を掴めるかもしれない。
そして、話をしたいと感じれば、ただお互いに向き合って話すだろう。
でも、私の場合はちょっと違う。
話はするけれど、少しだけ違う。
これが、私本来のぶつかり方だ。
話を聞きたい人間がやって来た。
動くとしよう――。
私は、物陰から躍り出た。
■黒條 紬 >
「冒険王ジャスティカ、新刊出るの今日でしたよねっ」
そう口にして、新刊コーナーにあるその本を、取ってみる。
彼がこの本を目当てにやって来たかどうかは知らない。
彼が前回私と出会った時に、冒険漫画を求めてやって来ていたこと
そして、今日は人気冒険漫画『冒険王ジャスティカ』の発売日であること。
その2点から、最も有力な候補をピックアップしているだけだ。
流石にプロファイリング用に集めた資料で、そういった情報は手元に入ってなかったし。
「どもっ、お助けしますよっ! 藤井先輩」
そう口にして、彼の車椅子の横に屈んだ。
漫画本を手に取りながら、以前に此処で会った時と、同じ笑顔を向けた。
■藤井 輝 >
顔を見せて来た彼女に微笑んだ。
僕が前にここで同じケーブルカバーの段差でお世話になった人だ。
殺してやる。
「黒條さん」
微笑んで後頭部に手を当てて苦笑い。
「また助けられちゃいましたね」
はは、と苦笑いを浮かべる。
「そうなんですよ、冒険王ジャスティカ…」
「続きが楽しみでね……盛り上がりがエグいのなんの」
また何事もなくコードカバーの段差を乗り越えられる。
私に同情したな、黒條紬。
「帰ってから読むのが楽しみだなぁ…あ、でも」
「最近物騒なので黒條さんも気をつけてくださいね」
キョロキョロと周囲を見渡して。
内緒話のように声を潜めた。
「テンタクロウの話ですよ…」
忌まわしきダスクスレイのフォロワー。
やっぱりダスクスレイは僕が捕まえないと……
■黒條 紬 >
「ほんとに!
良いですよね、冒険、努力、そして勝利と愛!
私、どれも好きですよっ」
私は、凛霞さんのようにサイコメトリーを使える訳ではない。
読心術が使える訳でもないし、他人の感情を鮮明に掬い取るだけの器(センス)がある訳でもない。
そう自分を評価してる。
それでも、ただ一点だけ。ただ普通にしているだけでも、そこに居るだけでも。
多くの人間よりも長けていると断言できることがある。
それは、ネガティブな感情を感じ取ることだ。
警戒心、悪意、敵意、邪心――そういったものを、受け取る感覚だけは、
異能のお陰で優れている。
だからこそ、眼の前の藤井さんに覚えた違和感は、かなりのものだった。
確かに、黒い感情はある。それでも何処か、以前に会った時とは違う。
とても、ちぐはぐな印象を受けた。
「テンタ、クロウ……?」
一瞬、私は耳を疑った。何度も瞬きしたのが、向こうからも分かるだろう。
まさか、自分からその名を出して来ようとは。
それもまるで、他人事のように。
ちぐはぐな感情。
私の異能とプロファイリングに誤りがあった……?
藤井とテンタクロウの悪意の質、そして範囲を広げたアプローチを続けて得た、一つの仮説。
徒労だったのかな……。
待て。考えられる可能性は他にも――。
加速する思考、逡巡。
――いや、手札が少なすぎますねぇ。
結論、このまま会話を続けることとした。
私なりに、見極める必要がある。
「ええ、聞き及んでいますっ。
とっても怖い人だと……骨を折って回るなんて、一体、何を考えているんだか……」
顔を少しだけ伏せてから、改めて彼の表情を見てみる。
■藤井 輝 >
「僕ももう19歳なのに少年の心が刺激されっぱなしですよ」
「いやぁ、素敵な作品です」
車椅子を押してもらいながら、店内を進む。
整然と並んだ本。新刊の匂い。
こういう本屋が僕は好きだ、いつかこのテンタクロウが破壊の限りを尽くしてやる。
「あ……すいません、センシティブな話でしたね」
「急に通り魔の話を出すなんて…僕もデリカシーというものがない」
苦笑しながら、都度車椅子を止めて本を手に取る。
「忌々しいダスクスレイのフォロワーですよ」
「本当……どこかで誰かがなんとかしないといけないんですけどね…」
嘆息する。
いつまでも放ってはおけないな、ダスクスレイ。
僕はヒーローなんて柄じゃないけど。
僕みたいなのが頑張らないとダスクスレイは捕まえられないのかも知れない。
■黒條 紬 >
詳しいことは分からない。
分からないけれど、
――この悪意の現われ方は、普通じゃないですねぇ。
まるで、電灯だ。
こんなに、断続的に――切れかけの、前時代的な電灯のように。
まるで隙間に差し込むかのように、現れる悪意。
斯様に一瞬にして、鋭く。人の感情が揺れ動くとは考えられない。
「……いえ、大丈夫です。
風紀に居れば、センシティブな話って結構耳にしますし、
直接目にすることもありますから、気にしないでください。
そういうの気にしないタイプなんでっ」
朗らかに、笑みを見せる。無論、仮面だ。
逡巡は未だに頭を駆け巡っているが、しかし独りで相撲を取っても仕方がない。
探りは入れつつ、会話を続けよう。
「……悪意は、拡散するものですからね」
この言葉は、自然に口から出ていた。
今まで公安として、風紀として動いている内に、見てきたもの。
先輩から教わってきたもの。
そうしたものが、彼の心と重なって、その言葉を勝手に紡いでいた。
「そうですね。誰かが止めなくちゃいけない相手です」
都度止まる車椅子。必要であれば介助をすべく手を差し伸べんと、横について回る。
「……その、藤井さんは、テンタクロウに対して……どのようにお思いなんです?」
少し困ったように、申し訳無さそうに。そんな顔を見せながら、彼に問いかける。
■藤井 輝 >
「そうでしたか……実は僕もこうなる前は風紀委員でして」
「お恥ずかしながら甲種指名手配犯、ダスクスレイを捕まえそこねて負傷してしまい…」
本の表紙を撫でる。
包装のビニールの手触りが帰ってきた。
「僕がダスクスレイをきちんと捕まえていれば…」
「テンタクロウなんて出現しなかったんですよ」
悔恨の表情。
そうだ、ダスクスレイ。
ヤツが僕の足を奪い、僕はテンタクロウに……?
なんの記憶だろう、僕は藤井輝だ。
疲れているのかな。
「すいません、せっかくの本屋巡りに付き合っていただいて」
彼女にだって目的があって本屋に来たに違いないのに。
申し訳ない。この恩は黒條紬───お前の骨を折って贖いとする。
■黒條 紬 >
それからの話は、黙って聞いていた。
風紀として彼とそれとなく話をして、真意を探ろうだとか。
彼がテンタクロウである証拠を探してやろうだとか。
そういった気持ちは、いつの間にか薄れていた。
彼がよく見せる感情はあまりにも純粋なもので、
それは私の範囲外だった。
絆されてなんかない、けれど。
彼が謝罪をした時。
直後に確かな悪意を感じながらも、私は歩を止めて口を開いた。
前に会った時の彼とは違う。
もし彼が、テンタクロウだったとして。
何かが起きて、こうなってしまったのか。
或いは、彼はテンタクロウなどではなかったのか。
それは私個人が知るところではないし、それを断定する材料は何もない。
ただ一つ、言えることは。
『悪人だなんて簡単に言うけどね。
そいつの全部が害なのかって話だよ。
そんな訳ないよね。そもそも。
風紀の役割っっていうのは、黒條くん。
その、害の部分だけ見てれば良いわけじゃないと僕は思うよ。
寧ろ――』
いつか、風紀の先輩が言っていたことを思い起こす。
そうだ。思い出せ、紬。ブレちゃいけない、ぶつかりにきたんだろう。
「……お噂は、かねがね。
その時は入学しても居なかったようなひよっこが言うのもなんですが、
私は――」
それは、本心だ。
今此処に居る私が、この男をテンタクロウだと疑って此処に立っていること。
そんなことはもう、全然関係がなくて。
ただの一人の風紀委員、黒條 紬が、感じたままの嘘偽りない言葉だ。
だからこそ、彼の目を見て、真剣な眼差しを向けてやった。
「――藤井さんは、尊敬すべき先輩かと、私は思いますよ。
皆に害をなす存在に果敢に立ち向かって、結果負傷してしまったかもしれないけれど。
貴方が悪いことなんて、何もないじゃないですか。
私なら、怖くて逃げていたかもしれませんし。
我ながら、我儘な言葉だった。
しかし、どこまでも心の根から生まれた言葉だった。
「だから、そのことについては、藤井さんに後悔してほしくないです」
彼に、顔は見せないまま。
本を一冊だけ、手に取った。夏の言葉を使った、季節を感じさせる詩集だ。
■黒條 紬 > 職務怠慢? 絆された?
そんなんじゃない。ただ、彼の中に専門外のそれを見た気がしたから。
――少なくとも、この瞬間。
黒條 紬を藤井 輝にぶつけていただけだ。
■藤井 輝 >
キョトンとした表情でその話を聞いていた。
そして笑顔になって。
「はは……すまない、笑うつもりはなかったんだ」
「ただね、君みたいな人が風紀委員だと」
「もう守られる側になった僕は安心するんだよ」
ハァァ……黒條紬…お前に異能で謀られたことを忘れてはいないぞ…
細い首だな、今の私なら絞めることだって躊躇いはない……
「後悔はし続けるよ、こんな体だからね。でも……」
「黒條さんと出会えて良かったっていうのは、また別の話なんだよ」
「きっとね」
そうさ、僕が言うんだから間違いない。
誰よりも自分の足と向き合ってきた僕だから。
お前を殺せる。
絶対にダスクスレイを逮捕しなきゃ。
あいつの魔の手がこの子に伸びる前に。
■黒條 紬 >
―――
――
―
「お目当ての本が見つかったら、
クレープでも、食べに行きますか?
私はもう、見つけましたので」
紫髪の少女は、そう問いかけた。
「私のルーティーンなんです。
せっかくですし、良かったらご一緒にどうですか?」
にこり、と。柔らかな笑みを浮かべる。
白く透き通る肌には、一点の曇りもない。
その首筋も、服から見える健康的な手首も。
書店の灯を受けて、眩いばかりに輝いていた――。
■藤井 輝 >
「はは、そういう時には先輩に奢らせるものだよ?」
クレープか。詳しくないな……
でも、憧れみたいなものはある。
いつか僕を見下した全ての風紀委員に血の贖いを求めるということに。
それじゃ、思い切って!
「それじゃ……初クレープといこうかな」
紫髪の。少女。白磁を思わせる美しい肌。
毒。赤き血。曇り空。緋色。犠牲。異端。地獄。
まるで初めて見るかのような、眩しい世界。
僕は生きていていいのかも知れない。
ご案内:「扶桑百貨店 久延毘古書房(9F)」から黒條 紬さんが去りました。
ご案内:「扶桑百貨店 久延毘古書房(9F)」から藤井 輝さんが去りました。