2024/07/05-07/06に配信された映像
ご案内:「謎の違法魔術研究所廃墟」にDr.イーリスさんが現れました。
■Dr.イーリス > それは四年前の事。違反部活《新世魔術師会》が《無名なる恐怖》なる存在を召喚しようとした結果、《黄泉の穴》と呼ばれるものが出来てしまった。
魔術的な災厄により《新世魔術師会》は壊滅。《黄泉の穴》は四年経った現在でもその影響を色濃く残している。
そんな《新世魔術師会》が残していったものがいくつもある。例えば穴の内部には膨大な魔導書やアーティファクトが未だ残されているという。
そして、今は放棄されている魔術研究で使われた廃研究所もまた《新世魔術師会》のとある一派が残した遺産であった。
落第街に存在する研究所廃墟は広い席地面積を誇り、未だいくつもの建物が残っている。
現在、人が寄り付く事は滅多にないが、それ故に闇取引の場所として利用される事もある。周囲を破壊しても誰も迷惑を掛けない事から殺し合いの場として選ばれる事もあるという。
未だいくつもの建物が立ち並ぶ違法魔術研究所廃墟で、完全武装した数十人の不良達が各自配置についていた。
貧困な《常世フェイルド・スチューデント》ではあるのだが、今回の作戦において数々の違法部活から支援を受けており、イーリスがその資金を使って兵器を準備したので今日の不良達の武装は一団と強力だ。
本来は夜で真っ暗な廃墟であるのだが、今はサーチライトにより明るくなっている。
今、イーリスにより操作されている数多のドローンが落第街とスラムを飛び回っていた。
広大な落第街とスラムなのでドローンが見えない箇所も多くあると思うが、それでも落第街とスラムの広い範囲でイーリスのドローンが確認できるだろう。
ついでに、ドローンは違法魔術研究所にも複数飛んでいる。
これだけのドローンを用意できるのも、後ろ盾あってのもの。
そのイーリスだが、違法魔術研究所のちょうど中央部に聳え立つ電波塔のような塔の頂上に、足裏を地上の方に向けて座っていた。イーリスの背後に、体長三メートル程の黒いアンドロイド《試作型メカニカル・サイキッカーMk-Ⅲ》が佇んでいる。
いくつかのサーチライトがイーリスに向けられ、ドローンの一機がイーリスの上半身をアップで移す。
すると、落第街とスラムで飛び回っている無数のドローン上部に映像が映し出された。その映像には、違法魔術研究所の塔に座るイーリスが映っている。
同時に、落第街とスラムを限定とした配信が始まった。その配信は、ドローンの映像と同じものである。
「落第街とスラムの皆さん、ごきげんよう。私の事は、Dr.イーリスとお呼びください。今は、“しがない救世主”とでも名乗っておきましょうか」
あえて救世主を自称する。
シンプルな言葉が、民衆にとって一番分かりやすい。その反応は失笑か、あるいは色んな意味での期待か。様々だろう。
■Dr.イーリス > 「現在、この街が《紅き死骸》の脅威に晒されている事は、ここに住む多くの人々がご存知の事でしょう。今なお感染が拡大し続ける紅き怪異。SS級怪異と聞いて、脅え慄く人も多くいるかと思います」
イーリスは、どこか余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。
まるで全てが上手くいくと確信するような、そんな笑み。
「結論から述べると、《紅き死骸》は実際のところ恐るるに足りません。どうして《紅き死骸》がそれ程恐ろしいものではないか、主な理由を四つ上げましょう」
イーリスは右手で四本の指を立てた。
“ある事情”から、落第街やスラムの人達に、《紅き死骸》は恐ろしいものではないと理解してもらうのが大事だ。
「まず一つ目。感染を広げる《紅き死骸》には、鮫や蜂、お花、針鼠など様々な個体が存在し一見脅威となっていますが、別段倒せなくもありません。もちろん、腕に覚えがないのであればこれ等に挑むのは無謀でしょう。しかし、実力者であれば討滅自体は可能な事です。実際に、私も鮫や花といった個体の撃破に成功していますね。つまり、《紅き死骸》がのさばったところで、いずれは殲滅される未来が待っているという事を意味します」
それを証明するかのように、ポストが大爆発してそれに巻き込まれた紅き鮫、燃やされる紅き蜂、溶岩に溶けていく紅きお花の映像が流れる。
実際戦えば大苦戦だ。イーリスは紅きゾンビを倒した実績があるので嘘ではないのだが、あたかも楽に倒せると錯覚させるように言うのは誇張である。
しかし、スラムや落第街の住民に“《紅き死骸》は案外脅威ではない”“《紅き死骸》を倒せる者がおり、ゾンビはいずれ滅んでゆくのみ”という事が伝われば十分な、いわばプロパガンダだ。
「二つ目。例え感染したとしても、治療法は既に確立しています。感染者であっても、治療すればゾンビにならず健康的な生活に戻れるという事ですね。この島には、感染者を治療できる人がそれなりにいます。私は医療にも精通しており、既に幾重もの感染者を治療していますね。医者によって医療費に差があると思いますが、感染防止の観点から私は無償で治療を行っています。お金を取って治療を委縮し、それにより感染拡大するのが最もよくない結果ですからね」
そう口にして、治療薬の入った試験管をみんなに見せる。その後、実際にイーリスが注射器を刺して感染者を治療している活動の場面を見せ、さらに治療後に『お陰様で元気になりましたよ』とインタビューを受けてくれた患者の映像も流した。
ただし、ここでも伏せている情報がある。不完全感染者は治るが、完全感染者についてイーリスは全く触れなかった。
希望を抱きやすい朗報を積極的に提示し、絶望感を抱かせやすい情報について意図的に触れていないのだ。
■Dr.イーリス > どうして大衆に希望を抱かせる事のみを発信するのか。その理由は、次に上げる三つ目にある。
イーリスは優し気に目を細めて、三つ目を告げる。
「三つ目。実のところ、感染した者への治療法で最も有効な方法は治療薬などではありません。一番の治療法は、“気持ち”です。《紅き死骸》に脅えてしまう気持ちはとてもよく分かります。しかし、感染に負けないという“気持ち”こそがゾンビと化せずに済む上で最も大切な事なのです。何も心配する必要はありません。《紅き死骸》の様々な個体を倒せる勇者がこの街にいて、その脅威は少しずつ消え去っているのですから、後はあなた方が“生きたい”という気持ちを捨てなければ、おのずと体の中に巣くう悪魔が消え去り、感染が止まります。だから、諦めないでください。どうか、強く気持ちを持ち続けてください。私も、《紅き死骸》と戦い続けます。だから、皆さんも、負けないでください……!」
そう口にして、イーリスは右手をカメラレンズに差し伸べた。
大衆に希望を抱かせるプロパガンダを掲げている理由、それは感染者が感染に負けないよう鼓舞するためだ。
イーリスは何度か感染しかかった事があったが、感染を免れた理由は“気持ち”にある。感染なんかに負けない、そう強く気持ちを持ち、そして精神的に打ち勝つ事こそ最大の治療。
希望を抱かせるために、イーリスは救世主を演じた。
地道に一人ずつ治療していくよりも、一気に大衆を鼓舞する事こそが最も効率的な治療法。
イーリスがこれ程大規模に映像を流している理由の半分は、この“効率的な治療法”にあった。
希望を抱いた感染者が自力で感染に打ち勝つ事例も、一気に増えていく事だろうか。今もちょっとずつ──。
しかし、感染者を減らすだけでは根本的な解決にはならない。
そこで四つ目。スラムや落第街でこのような配信をしているもう半分の理由はそこにある。
「そして、どうして《紅き死骸》が恐るるに足りないか、最後の四つ目。私達が、《紅き死骸》達を今この場で殲滅するからです……!」
その時、スラムや落第街を飛び回るドローンに装備された小型ガトリングが一斉に火を噴いた。
スラムや落第街中で、飛び回る針が次々と殲滅されていく。その光景もが映像として映し出される。その映像には、『今殲滅されている針は、《紅き死骸》によるものです』とテロップが流れる。
イーリスはゆっくりと立ち上がり、凛と笑ってみせる。
「もう一度言います。《紅き死骸》など、恐るるに足りません。ふふ。《紅き死骸》達よ、私を恐れ慄きなさい。感染に脅えるスラムと落第街の民よ、私達を求めなさい。このスラムと落第街は、私達が救います」
それは、感染に苦しむ人々へ鼓舞すると同時に、《紅き死骸》達を挑発していた。
《紅き死骸》の“集”としての情報網なら、こんなにサーチライトをつけて目立つ怪しげな研究所跡地を見つけ出すなど容易いだろう。
今、この場には万全の戦力が整っている。
《紅き死骸》の取れる策とそれにより考え得る結果は、おそらく以下の通りだ。
・挑発を無視する。それはイーリスの挑発に何も出来なかった事でゾンビ達が救世主に脅えている事を意味し、すなわち民衆に希望が広がり、“気持ち”の力で感染を免れる人が増えるという事。民衆を絶望させて感染を拡大させるには、この場でイーリスを挫く必要がある。
・戦力を小出しする。圧倒的な戦力で返り討ちにするのみ。その勝利こそが、イーリスの言う希望を後押しする。
・数多の強力な戦力を送り込み徹底的にイーリスを潰す。戦争である。そして、イーリス達がこの決戦に勝利した時、《紅き死骸》の戦力は壊滅的なものとなり人類の優勢が確固たるものとなるだろう。
元より、《紅き死骸》はイーリスを消し去りたいと考えている。この挑発を捨て置く事などできまい。
だが、中途半端な戦力では、今のイーリスの用意周到な盤面は崩せまい。
《紅き死骸》は数多の戦力を送り込み、イーリス達がそれを殲滅する。《紅き死骸》が取れる選択肢など、端っから三つ目しかない。
これは、《紅き死骸》との雌雄を決する大戦だ。
ご案内:「謎の違法魔術研究所廃墟」に紅き月輪ノ王熊さんが現れました。
■紅き月輪ノ王熊 > 「ちょっと待ってくださいよぉ…ッ?」
イーリスの配信に、男の軽い声が紛れ込む。
そして―――
突如ッ!!
まるで空間そのものを
紙屑のように破り捨てながら、
乱入してくるのは紅き熊。
「紅き、月すら平伏す絶対王者ッ!ここにさーんじょーぅ♪」
…月光を、スポットライトに。
月は怪しく、紅き光を王に向けた。
そして、あたりは一瞬で暗くなる。
まるでこのステージをジャックするように。
「すんっごい愉快な配信ッ!!」
「イーリスちゃんの雄姿で雰囲気盛り上げといて~」
「おじさんたちとの決戦の舞台をアツアツにしたててくれるなんてさぁ…ッッ!!」
「キミがこれほど"素晴らしい敵"だなんておじさん思わなかったなぁ!!」
熊が大きな手を叩き。
イーリスが月光に照らされる。
紅き光の中、二人きり。
「イーリスちゃん…ッッ!!あっはっはっは!」
「お見事お見事♪」
「おじさんびぃぃ~っくりしちゃった♪」
コミカルな驚き顔をする。
だが、軽薄さの裏でどこまでも威圧感は抜けきらぬ。
「おじさんも皆に、あいさつしなきゃいけないねッ!」
「もう映ってるの?配信中?」
「いやあ、イーリスちゃんには敵わないなぁッ!」
「君は最高だッ!!」
紅い紙吹雪が煌めく。
まるで、たたえるように。イーリスの周りを。
「さっきのあっつい紅き屍骸への―――」
「おじさんたちへの"ラブコール"は確かに届いたからねッ♪」
「ライトアップ!」
続いて…完全武装した不良たちが、紅き月光に照らされる。
「―――いいマシンを用意してきたねぇ!」
「ああ~、もう、おじさんさぁ、」
「王様だから。やんごとなき身分だから、おいそれと外出もしないんだけどさあ!」
「これだけでも外出て来て良かったぁって思うわけ!」
「じゃあ、挨拶するねっ!」
暗くなっていたあたりが、再び通常通りに照らされる。
「こんばんは!」
「落第街の皆ッ!」
「イーリスちゃん率いる不良生徒諸君ッ!」
「そして―――」
「おじさんたちの最高の敵」
「今宵の主役!」
「イーリスちゃんッ!」
■紅き月輪ノ王熊 >
「今夜、最高の紅月を目撃せよッッ!!!」
■Dr.イーリス > ──現れた……!?
その現れ方が異常だった。
空間を破って、出現したのだから。その光景に、不良達が怯まないなんて事は不可能であった。
「あ、あなたは……!?」
月光に照らされる熊。
紅き月光……。その光景に、イーリスは出陣前の不吉な予感を思い出して、目を見開いた。
まるで、不吉な予感が正解とばかりの光景……。
直接邂逅したわけではない。しかし、イーリスの知識がその熊がとてつもなく危険であると気づかせる。
「《大変容後最悪の三大獣害事件》……。王熊……! そういう事ですか……。あなたが、この街で巻き起こる大災厄の黒幕……!!」
塔の頂上から、王熊を睨みつける。
イーリスの声は、この研究所廃墟の各地につけられたスピーカーから王熊に届く事だろう。
王熊が月光に照らされたかと思えば、辺りが暗くなる。
そして──。
気が付けば、イーリスが整えた戦力のその全て、イーリスが用意した策のその全てがそこになく──。
「なっ……!?」
王熊と二人きり。
内心少なくない恐怖を覚えながら、それでも弱みを見せず、気丈に王熊を睨みつける。
配信はドローンがなくとも、イーリス本体にもその機能が備わっている。この二人きりの空間が電波を遮断するものでなければ、配信は継続されている。
「……ふ、ふざけているのですか! 私をここから出しなさい……!!」
紅い紙吹雪を撒き散らして讃えられる行為。
用意した戦略も戦力も、そして覚悟も、その全てを嘲笑い、吹き飛ばす行為に、イーリスは激しく怒りを覚えた。
「……くっ。絶対に……あなたを滅ぼしてあげます……!」
この場に、黒幕と思われる“王”が現れたのだ。
なのに……。
なのに……。
どうして、王と二人きりになってる……!
イーリスは鋭く王を睨みつける。
この空間が電波を遮断するものでなければ、王の挨拶は先程と同じように配信されている。
■紅き月輪ノ王熊 > 「わあ!おじさんの旧名をしってくれてたの!?」
「やんもう!照れちゃうッ!」
「でも…!!」
「…もっとキミの事が好きになっちゃいそうだよ!」
「イーリスちゃんッ!」
「いかにもッ!おじさんは王様ッ!おじさんが"紅き屍骸の王"なんだよッ!」
「キミが殺したお花ちゃん!」
「だけど、お花ちゃんは元はあんな姿じゃなかったし」
「転移することもなかったッ!」
「花壇から引っこ抜いたカワイイお花を…!」
「お花ちゃんを素敵な殺戮兵器に育て上げた王様!」
「それがおじさん、この月輪ノ王なのさ!」
三大獣害。
まさかそんなことを知っているのか。
博識だ…。
…"黒幕"って言うと、ちょっと違うんだけどね。
でも、"王"であることに違いはない。
だから直接否定はしないで、
王を名乗ろう。
その方が盛り上がるだろッ!?
「さてさて、ここからとってもホットでジューシーなアツアツの最ッ高のバトルをしたいんだけどねッ!」
「その前におじさんにも素敵なアピールをさせてちょーだいっ♪」
ウィンク。
二人っきり。
王様は心底愉快そうに笑う。
そうだ。
楽しい。…楽しい…!!
「な…
なんて…
なんて…
なんて楽しいんだッ!!
イーリスたんッッ!!!!
こんなに楽しかった経験は今までにないッッ!!
三大獣害と呼ばれて暴れ回った時ですら…!!」
「イーリスちゃんったらぁ…!」
「すっごい素敵なアピールでおじさんたちを嘲笑ってくれたじゃないのさッ!」
「紅き屍骸は脅威ではない!」
「紅き屍骸は倒すことが出来る!」
「紅き屍骸は気持ちで負けてはならない!!」
「…ってね♪」
先ほどのイーリスの演説を、熊は繰り返す。
「素晴らしいッ!」
「素晴らしいプロパガンダだッ!」
「最高だッ!」
「キミには"王たる素質"があるッ!」
「キミほど素晴らしい敵、今まで見たことがないッ!!」
「キミは意志が強いと聞いていたが―――」
「その弱く、小さき体で2人きりになって―――」
「この、王とッ!」
「この三大獣害事件の絶対王者ッ!月輪ノ王熊とッ!」
「2人きりになっても!」
「睨みつけるその顔!」
「美しい!」
「最高だッ!」
「生きていてよかった!」
「…あ、いやまあ、死んでいるケド…生き返って良かったッ!」
称える。
紅きまばゆい月光のライトアップに、
きらびやかなグラデーション。
花びらが舞い散る。
「どうだい、イーリスちゃんッッ。」
「今、カメラ回ってるでしょ?」
「ここでイーリスちゃんがもし…」
「紅き屍骸になっちゃったら…」
「どれ程熱いアピールになっちゃうんだろう…!?」
「ドキドキが…ワクワクが…興奮が…!」
「止まらないねえッ!」
カメラに向かって荘厳な顔を向け、
イーリスを仰々しく指さすッッ!!
■Dr.イーリス > 「……《三大獣害》は有名な話でございますからね。この“紅き災厄”に、かの“王”が関わっているとは、驚きです」
二人きりの空間で、イーリスは冷や汗が流れていた。
一人だと、イーリスは弱い。異能や魔術も使えないし、格闘だって外見通り十歳の少女程度のもの。不良なのに。
だから、自身の発明品と仲間の不良達に頼ってきた。この“王”は、それを一瞬で覆したのだ。
「ッ!! わ、私は……! あなたの事が嫌いです……! あなたは、この島にいてはいけない……!」
イーリスへの好意を口にする王熊。
ふざけている……! 不愉快……!
それは反射的な拒絶だった。
「……! ただの一輪の花から、あれだけの兵器を生み出したというのですか……!? なんておぞましき力ですか……」
紅き花の正体が、元は普通の花だったんて……。
ゾンビ化しているとしても、何かしら特殊な花が不運にも感染してしまったと予想していた。
この“王”は、一輪の花でさえ簡単に殺戮兵器に変えてしまえる……。
苦労して倒したのが、花壇の花……?
“王”にかかれば、強力なゾンビがどんどん生まれてくるという事だろうか……。
もしだ。倒しても倒してもキリがないとしたら……。
そんな事って……。
「アピール……でございますか」
怪訝な表情をする。
「……ッ!? な、何が楽しいのですか……! ぐ……! た、倒せます……! この空間から出たら、今すぐにでも……!」
悔しい……。
悔しくて、歯ぎしりさせてしまう。
これだけ馬鹿にされているのに、虚勢を張る事しか出来ない……。
空間から出られたなら、万全の戦力と策がある。
しかし、前提条件として、この空間を出なければいけないのだ……。
「私が“王”に……? 馬鹿馬鹿しいですね……!」
舞い散る花びらの中でライトアップされたイーリスは、悔し気な表情をしていた。
「なっ……!? わ、私は、あなたの仲間になんてなりません……! 絶対に……! また、感染に耐えてみせます……! 何度でも……! 私が、あなたの思い通りになると思わないでくださいね……!」
王の言う通り、全て配信されている。
スラミや落第街の人達を鼓舞し、希望を与えていたが、それが反転すると深き絶望だ……。
負けるわけにはいかない……。
■紅き月輪ノ王熊 > 「あらぁ?!おじさんすっかり有名になっちゃって、嬉しいわあ!」
パチパチ手を叩いて照れくさそうにしている王。
「キミは弱い」
「だが…!」
「弱いくせに、いつもいつもキミは脅威に立ち向かうんだ。初めて鮫と戦った時、覚えてる?キミは弱いのに、決死の覚悟で鮫を倒した。―――キミは素晴らしい存在だ。そして、最も恐ろしい存在でもある。何故か分かる?」
「強い奴はねえ、単にもっと強い奴をぶつけりゃいいんだよ。」
「でも」
「弱いくせに勝ってくるやつは違う。」
「キミはだから恐ろしい。そして素晴らしい。最高の存在だ…!大好きだよイーリスちゃん!」
「面と向かって王様に"嫌い"だと!"いてはいけない"と!そう言い切れる度胸!益々気にいった…!」
嫌いだと言われようと。その嫌いという言葉すらも美しく感じる。
そうとも、キミは弱い!
…だが、弱いくせに…
最優先撃破目標とされた。
これがどれ程凄い事か!!
「ふっふっふっふっふ―――イーリスちゃん!
「王様はね」
「"慈悲と破滅"を司るんだ」
「カワイイ家臣のお花ちゃんには…」
「異能を」
「死毒を」
「力を」
「王の慈悲を」
「―――与えてあげたんだ。」
「どう?今のッ!ちょっとはイーリスちゃんの素敵なアピールにやり返せた?」
「あの素晴らしい…イーリスちゃんとロボきゅんが紅き死ノ花を倒す映像さ!」
王たる力の片鱗を語り、嬉々としてアピールを続ける。
王の異能は―――王とは『慈悲と破滅』を司る者なり。
敵対者に破滅を。同胞には慈悲を。
王たる威厳を見せつける異能だ。
「楽しいさ。」
ふざけた口調が、少し真剣になる。
「はっきり言って、こんな楽しい経験はしたことがない。」
「さて。」
「おじさん、すっかりテンション上がっちゃった!」
ワクワクした熊はくるりと振り向く。
紅い月光にイーリスが集めた不良集団が遠くに映される。
「キミの可哀相なお友達がたくさんいるね!」
「素敵な決戦用マシンを取り揃えたお友達!」
「この空間から出たら勝てる、なんて思っちゃうイーリスちゃんには~!」
「イーリスちゃんが屍骸になっちゃう前の!」
「オドロキのアピールに使われてもらいまーす!」
指を遠くに向けてアピールを始める熊。
「おじさんさ。滅多に"詠唱"なんてやらないんだよ?」
「でも―――この最高の舞台には、最高のアピールで盛り上げなきゃ失礼でしょ!だから―――」
「最高の敵に敬意を表して、究極の魔術をお見せしよう!」
月すらも平伏す大魔術を、ここに。
詠唱を始めると、熊の周りに禍々しい三日月が幾重にも浮かび上がる。
■紅き月輪ノ王熊 >
「夜空の光を支配する月よ…王が命ずる!
夜を照らす月光も、世を翳らす宵闇も、
夜空を支配するとはいえ、
全ては所詮、王の…我の"配下"ぞ!
"王"の力を遍く民に示せッ!
月光をその身に受けし、生ある全てを殺戮せよ―――!
血塗零月ッッ!!!」
■紅き月輪ノ王熊 > 月が、王に従う。
月光から作り出されるは紅の光による槍の雨。
…言葉の通り。
月光をその身に受ける人間は。
イーリスが集めて来た不良たちは。
光り輝く紅き月の繰り出す魔術により、
瞬時に血塗れとなっていく。
■Dr.イーリス > 弱い、そうはっきり言われても反論なんて出来ない。
ただ、睨む事しか出来ない……。
イーリスは、弱い……。“王”の発言が完膚なきまでに正しかった。
だがこの“王”の厄介なところは、その“弱い”イーリスの“強さ”を砕こうとしている点だ。
イーリスのコンピューターが、感情が、本能が、その全てが告げている。
「──いけ好かない……! こんな所に閉じ込めても、私は絶望なんてしてあげませんよ」
気持ちを強く持とう。
一対一で“王”と張り合っても、結果は見えている。
だが例え嬲られても、四肢が捥がれても、絶対に“王”に屈したりはしない。
絶望してはいけない……。紅き屍骸に負けてはいけない。
もし絶望したならば、そこを付け込まれて感染してしまう。
「“慈悲”と“破滅”……。相反するとも言えそうな力を使えるのですね。あなたがいる限り、その慈悲により“家臣”が生まれ続けるという事ですか。やはり、あなたは消し去らなければいけない存在……!」
厳密には、慈悲と破滅は同居する事もありえるので相反するとも言い切れないが、イーリスは相反すると表現した。
その消し去らなければならない存在が眼前にいるというのに、あまりに無力……。
「……そうですね、正直、手痛くやられた気分です」
“王”のアピールが、イーリスにとってしてやられているのは否定できない。
「……しかし、あなたを消し去れば全て済む話」
言葉程、自信があるわけではなくなってきている。
“王”の言う通り、イーリスは弱いのだから。
絶望感を与えるステージとして、これ程のものはないだろう。
……それでも簡単に折れてはいけない。
「自らの“家臣”が焼き焦げていく光景が、そんなにも愉快ですか? なら、いくらでも見せますよ。あなたの“家臣”が滅する様を」
“王”の討滅が最優先事項。しかし、“家臣”が消え行く様が見たいなら、ご期待通りにしてあげる。
テンションが上がった、という王熊にイーリスはぴくりと体を震わせる。
何をしてくる……?
何をされても、耐えるんだ……。
月に映った不良集団を見て、瞳を見開く。
「私の仲間に、何かする気でございますか……!」
配信は出来ているという事で、この空間からでも通信は届く!
「皆さん、私は無事です……! 各自、不測の事態にも慌てず備えてください!」
通信は届いているのだから、こちらからの声も不良達に伝わる。そして、通信が届いているという事はドローンのカメラが映す映像もイーリスは見れる。ドローンを操作しているのはイーリスの体内にあるコンピューターであり、カメラの映像もそれに同期しているからだ。
究極の魔術。そんな言葉に、イーリスは警戒心を強める。
こちらの空間でイーリスが王熊に対抗できないけど、あちらでは整えた戦力に、メカニカル・サイキッカーもいる。
通信経路が無事なら、あちらに関しては対応できる。
「天より、強力な魔術による光が降り注ぎます! 対空砲撃部隊! いえ、総員で迎撃せよ!!」
準備は万端だ。空からの攻撃なら、撃ち落とせばいい。
──そう思っていた。
不良「数が多い……!! 対空レーザーも、対空ミサイルも……何もかも足りない……!」
不良「や、やべぇぞ……!!」
対空砲撃部隊だけではなく、メカニカル・サイキッカーも胸部のミサイルや右腕をレーザー砲に変化させて迎撃した。
だが。
その魔術はあまりに恐ろしすぎた……。
不良達「「「ぐわあああああああぁぁぁ!!!」」」
それはあまりに一方的な蹂躙だった。
万全に用意した兵器の数々。それでも、対応しきれない……。
人型メカに乗る不良、レーザーを放つ大砲を操作する不良、巨大な武器を構える不良、四足歩行の戦車のようなメカに乗る不良。
強力な武装をした不良達がいたわけだが。
それが無慈悲に、何も出来ず、蹂躙されていく。
あっさりと、仲間達が死んでいく。
「そ、そんな…………! そんな……そんな……!! こ、こんな事って……」
イーリスは両手と両膝を地面につけた。
万全に整えた戦力。それですらも、違いすぎる戦力……。
そして、あっさりと死にゆく仲間達……。
悪夢だろうか……。これはきっと、悪い夢……。
こんなにも……絶望的に、何も出来ないなんて……。
体内コンピューターがイーリスに告げていた。
──Error
──Error
──Error
■紅き月輪ノ王熊 > あまりにも…惨たらしい殺戮劇。
威力も、範囲も、何もかも違いすぎる。
「…で、さ。」
「今おじさんの素敵な家臣が増えたよ。イーリスちゃん?」
「彼らにも、王様として慈悲を与えなきゃねッ!」
「イーリスちゃんが…滅する様を見せてくれるのかなぁ…」
殺戮
即
屍骸化
「お月様ぁ~?」
「ちょっと回復してあげてよ」
「あの子ら血だらけだからさァ……」
先の威厳溢れる詠唱はどこへやら。
気楽に、友達にでも声をかけるような素振りで夜空を仰ぐ。
瞬く間に、不良たちは月光に照らされ、癒しを受け…
五体満足な紅き屍骸として生まれ変わっていく。
人型メカ
レーザーを放つ大砲
巨大な武器
戦車
いいマシンを用意してきたねぇ…!
それ全部、操縦士も含めて王様が貰うよ。
「んー、と。どうしようかねぇ?」
「イーリスちゃん」
「とりあえず、さっきのお望み通り…」
「外出てみようか。ハイッ!」
空間が、元に戻る…。
目の当たりにするのは、そう。
無数の、紅き屍骸。
元仲間。
「王様はねえ…イーリスちゃんの事、すっごく気に入ってるんだ♪」
「イーリスちゃんさあ…」
「君の意志は強い」
「完全感染してもきっと」
「自我を喪わぬまま生き返れる」
「最高の仲間となれるよ」
王は、
やさしく
恐ろしく
手を伸ばす
「世界をオモチャにして遊ぼう」
「皆ぶっ殺すんだ」
「さあ、イーリスちゃん。」