2024/07/05-07/06に配信された映像
ご案内:「謎の違法魔術研究所廃墟」にDr.イーリスさんが現れました。
Dr.イーリス > それは四年前の事。違反部活《新世魔術師会》が《無名なる恐怖》なる存在を召喚しようとした結果、《黄泉の穴》と呼ばれるものが出来てしまった。
魔術的な災厄により《新世魔術師会》は壊滅。《黄泉の穴》は四年経った現在でもその影響を色濃く残している。

そんな《新世魔術師会》が残していったものがいくつもある。例えば穴の内部には膨大な魔導書やアーティファクトが未だ残されているという。
そして、今は放棄されている魔術研究で使われた廃研究所もまた《新世魔術師会》のとある一派が残した遺産であった。
落第街に存在する研究所廃墟は広い席地面積を誇り、未だいくつもの建物が残っている。
現在、人が寄り付く事は滅多にないが、それ故に闇取引の場所として利用される事もある。周囲を破壊しても誰も迷惑を掛けない事から殺し合いの場として選ばれる事もあるという。


未だいくつもの建物が立ち並ぶ違法魔術研究所廃墟で、完全武装した数十人の不良達が各自配置についていた。
貧困な《常世フェイルド・スチューデント》ではあるのだが、今回の作戦において数々の違法部活から支援を受けており、イーリスがその資金を使って兵器を準備したので今日の不良達の武装は一団と強力だ。
本来は夜で真っ暗な廃墟であるのだが、今はサーチライトにより明るくなっている。

今、イーリスにより操作されている数多のドローンが落第街とスラムを飛び回っていた。
広大な落第街とスラムなのでドローンが見えない箇所も多くあると思うが、それでも落第街とスラムの広い範囲でイーリスのドローンが確認できるだろう。
ついでに、ドローンは違法魔術研究所にも複数飛んでいる。
これだけのドローンを用意できるのも、後ろ盾あってのもの。

そのイーリスだが、違法魔術研究所のちょうど中央部に聳え立つ電波塔のような塔の頂上に、足裏を地上の方に向けて座っていた。イーリスの背後に、体長三メートル程の黒いアンドロイド《試作型メカニカル・サイキッカーMk-Ⅲ》が佇んでいる。
いくつかのサーチライトがイーリスに向けられ、ドローンの一機がイーリスの上半身をアップで移す。
すると、落第街とスラムで飛び回っている無数のドローン上部に映像が映し出された。その映像には、違法魔術研究所の塔に座るイーリスが映っている。
同時に、落第街とスラムを限定とした配信が始まった。その配信は、ドローンの映像と同じものである。

「落第街とスラムの皆さん、ごきげんよう。私の事は、Dr.イーリスとお呼びください。今は、“しがない救世主”とでも名乗っておきましょうか」

あえて救世主を自称する。
シンプルな言葉が、民衆にとって一番分かりやすい。その反応は失笑か、あるいは色んな意味での期待か。様々だろう。

Dr.イーリス > 「現在、この街が《紅き死骸》の脅威に晒されている事は、ここに住む多くの人々がご存知の事でしょう。今なお感染が拡大し続ける紅き怪異。SS級怪異と聞いて、脅え慄く人も多くいるかと思います」

イーリスは、どこか余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。
まるで全てが上手くいくと確信するような、そんな笑み。

「結論から述べると、《紅き死骸》は実際のところ恐るるに足りません。どうして《紅き死骸》がそれ程恐ろしいものではないか、主な理由を四つ上げましょう」

イーリスは右手で四本の指を立てた。
“ある事情”から、落第街やスラムの人達に、《紅き死骸》は恐ろしいものではないと理解してもらうのが大事だ。

「まず一つ目。感染を広げる《紅き死骸》には、鮫や蜂、お花、針鼠など様々な個体が存在し一見脅威となっていますが、別段倒せなくもありません。もちろん、腕に覚えがないのであればこれ等に挑むのは無謀でしょう。しかし、実力者であれば討滅自体は可能な事です。実際に、私も鮫や花といった個体の撃破に成功していますね。つまり、《紅き死骸》がのさばったところで、いずれは殲滅される未来が待っているという事を意味します」

それを証明するかのように、ポストが大爆発してそれに巻き込まれた紅き鮫、燃やされる紅き蜂、溶岩に溶けていく紅きお花の映像が流れる。
実際戦えば大苦戦だ。イーリスは紅きゾンビを倒した実績があるので嘘ではないのだが、あたかも楽に倒せると錯覚させるように言うのは誇張である。
しかし、スラムや落第街の住民に“《紅き死骸》は案外脅威ではない”“《紅き死骸》を倒せる者がおり、ゾンビはいずれ滅んでゆくのみ”という事が伝われば十分な、いわばプロパガンダだ。

「二つ目。例え感染したとしても、治療法は既に確立しています。感染者であっても、治療すればゾンビにならず健康的な生活に戻れるという事ですね。この島には、感染者を治療できる人がそれなりにいます。私は医療にも精通しており、既に幾重もの感染者を治療していますね。医者によって医療費に差があると思いますが、感染防止の観点から私は無償で治療を行っています。お金を取って治療を委縮し、それにより感染拡大するのが最もよくない結果ですからね」

そう口にして、治療薬の入った試験管をみんなに見せる。その後、実際にイーリスが注射器を刺して感染者を治療している活動の場面を見せ、さらに治療後に『お陰様で元気になりましたよ』とインタビューを受けてくれた患者の映像も流した。
ただし、ここでも伏せている情報がある。不完全感染者は治るが、完全感染者についてイーリスは全く触れなかった。
希望を抱きやすい朗報を積極的に提示し、絶望感を抱かせやすい情報について意図的に触れていないのだ。

Dr.イーリス > どうして大衆に希望を抱かせる事のみを発信するのか。その理由は、次に上げる三つ目にある。
イーリスは優し気に目を細めて、三つ目を告げる。

「三つ目。実のところ、感染した者への治療法で最も有効な方法は治療薬などではありません。一番の治療法は、“気持ち”です。《紅き死骸》に脅えてしまう気持ちはとてもよく分かります。しかし、感染に負けないという“気持ち”こそがゾンビと化せずに済む上で最も大切な事なのです。何も心配する必要はありません。《紅き死骸》の様々な個体を倒せる勇者がこの街にいて、その脅威は少しずつ消え去っているのですから、後はあなた方が“生きたい”という気持ちを捨てなければ、おのずと体の中に巣くう悪魔が消え去り、感染が止まります。だから、諦めないでください。どうか、強く気持ちを持ち続けてください。私も、《紅き死骸》と戦い続けます。だから、皆さんも、負けないでください……!」

そう口にして、イーリスは右手をカメラレンズに差し伸べた。
大衆に希望を抱かせるプロパガンダを掲げている理由、それは感染者が感染に負けないよう鼓舞するためだ。
イーリスは何度か感染しかかった事があったが、感染を免れた理由は“気持ち”にある。感染なんかに負けない、そう強く気持ちを持ち、そして精神的に打ち勝つ事こそ最大の治療。
希望を抱かせるために、イーリスは救世主を演じた。
地道に一人ずつ治療していくよりも、一気に大衆を鼓舞する事こそが最も効率的な治療法。
イーリスがこれ程大規模に映像を流している理由の半分は、この“効率的な治療法”にあった。
希望を抱いた感染者が自力で感染に打ち勝つ事例も、一気に増えていく事だろうか。今もちょっとずつ──。

しかし、感染者を減らすだけでは根本的な解決にはならない。
そこで四つ目。スラムや落第街でこのような配信をしているもう半分の理由はそこにある。

「そして、どうして《紅き死骸》が恐るるに足りないか、最後の四つ目。私達が、《紅き死骸》達を今この場で殲滅するからです……!」

その時、スラムや落第街を飛び回るドローンに装備された小型ガトリングが一斉に火を噴いた。
スラムや落第街中で、飛び回る針が次々と殲滅されていく。その光景もが映像として映し出される。その映像には、『今殲滅されている針は、《紅き死骸》によるものです』とテロップが流れる。
イーリスはゆっくりと立ち上がり、凛と笑ってみせる。

「もう一度言います。《紅き死骸》など、恐るるに足りません。ふふ。《紅き死骸》達よ、私を恐れ慄きなさい。感染に脅えるスラムと落第街の民よ、私達を求めなさい。このスラムと落第街は、私達が救います」

それは、感染に苦しむ人々へ鼓舞すると同時に、《紅き死骸》達を挑発していた。
《紅き死骸》の“集”としての情報網なら、こんなにサーチライトをつけて目立つ怪しげな研究所跡地を見つけ出すなど容易いだろう。
今、この場には万全の戦力が整っている。
《紅き死骸》の取れる策とそれにより考え得る結果は、おそらく以下の通りだ。

・挑発を無視する。それはイーリスの挑発に何も出来なかった事でゾンビ達が救世主に脅えている事を意味し、すなわち民衆に希望が広がり、“気持ち”の力で感染を免れる人が増えるという事。民衆を絶望させて感染を拡大させるには、この場でイーリスを挫く必要がある。
・戦力を小出しする。圧倒的な戦力で返り討ちにするのみ。その勝利こそが、イーリスの言う希望を後押しする。
・数多の強力な戦力を送り込み徹底的にイーリスを潰す。戦争である。そして、イーリス達がこの決戦に勝利した時、《紅き死骸》の戦力は壊滅的なものとなり人類の優勢が確固たるものとなるだろう。

元より、《紅き死骸》はイーリスを消し去りたいと考えている。この挑発を捨て置く事などできまい。
だが、中途半端な戦力では、今のイーリスの用意周到な盤面は崩せまい。
《紅き死骸》は数多の戦力を送り込み、イーリス達がそれを殲滅する。《紅き死骸》が取れる選択肢など、端っから三つ目しかない。
これは、《紅き死骸》との雌雄を決する大戦だ。

ご案内:「謎の違法魔術研究所廃墟」に紅き月輪ノ王熊さんが現れました。
紅き月輪ノ王熊 > 「ちょっと待ってくださいよぉ…ッ?」

イーリスの配信に、男の軽い声が紛れ込む。
そして―――
突如ッ!!
まるで空間そのものを
紙屑のように破り捨てながら、
乱入してくるのは紅き熊。

「紅き、月すら平伏す絶対王者ッ!ここにさーんじょーぅ♪」

…月光を、スポットライトに。
月は怪しく、紅き光を王に向けた。
そして、あたりは一瞬で暗くなる。
まるでこのステージをジャックするように。

「すんっごい愉快な配信ッ!!」
「イーリスちゃんの雄姿で雰囲気盛り上げといて~」
「おじさんたちとの決戦の舞台をアツアツにしたててくれるなんてさぁ…ッッ!!」
「キミがこれほど"素晴らしい敵"だなんておじさん思わなかったなぁ!!」

熊が大きな手を叩き。
イーリスが月光に照らされる。
紅き光の中、二人きり。

「イーリスちゃん…ッッ!!あっはっはっは!」
「お見事お見事♪」
「おじさんびぃぃ~っくりしちゃった♪」

コミカルな驚き顔をする。
だが、軽薄さの裏でどこまでも威圧感は抜けきらぬ。

「おじさんも皆に、あいさつしなきゃいけないねッ!」
「もう映ってるの?配信中?」
「いやあ、イーリスちゃんには敵わないなぁッ!」
「君は最高だッ!!」

紅い紙吹雪が煌めく。
まるで、たたえるように。イーリスの周りを。

「さっきのあっつい紅き屍骸への―――」
「おじさんたちへの"ラブコール"は確かに届いたからねッ♪」
「ライトアップ!」

続いて…完全武装した不良たちが、紅き月光に照らされる。


「―――いいマシンを用意してきたねぇ!」
「ああ~、もう、おじさんさぁ、」
「王様だから。やんごとなき身分だから、おいそれと外出もしないんだけどさあ!」
「これだけでも外出て来て良かったぁって思うわけ!」


「じゃあ、挨拶するねっ!」

暗くなっていたあたりが、再び通常通りに照らされる。

「こんばんは!」
「落第街の皆ッ!」
「イーリスちゃん率いる不良生徒諸君ッ!」
「そして―――」
「おじさんたちの最高の敵」
「今宵の主役!」
「イーリスちゃんッ!」

紅き月輪ノ王熊 >  


     「今夜、最高の紅月を目撃せよッッ!!!」

 

Dr.イーリス > ──現れた……!?
その現れ方が異常だった。
空間を破って、出現したのだから。その光景に、不良達が怯まないなんて事は不可能であった。

「あ、あなたは……!?」

月光に照らされる熊。
紅き月光……。その光景に、イーリスは出陣前の不吉な予感を思い出して、目を見開いた。
まるで、不吉な予感が正解とばかりの光景……。

直接邂逅したわけではない。しかし、イーリスの知識がその熊がとてつもなく危険であると気づかせる。

「《大変容後最悪の三大獣害事件》……。王熊……! そういう事ですか……。あなたが、この街で巻き起こる大災厄の黒幕……!!」

塔の頂上から、王熊を睨みつける。
イーリスの声は、この研究所廃墟の各地につけられたスピーカーから王熊に届く事だろう。

王熊が月光に照らされたかと思えば、辺りが暗くなる。
そして──。

気が付けば、イーリスが整えた戦力のその全て、イーリスが用意した策のその全てがそこになく──。

「なっ……!?」

王熊と二人きり。
内心少なくない恐怖を覚えながら、それでも弱みを見せず、気丈に王熊を睨みつける。
配信はドローンがなくとも、イーリス本体にもその機能が備わっている。この二人きりの空間が電波を遮断するものでなければ、配信は継続されている。

「……ふ、ふざけているのですか! 私をここから出しなさい……!!」

紅い紙吹雪を撒き散らして讃えられる行為。
用意した戦略も戦力も、そして覚悟も、その全てを嘲笑い、吹き飛ばす行為に、イーリスは激しく怒りを覚えた。

「……くっ。絶対に……あなたを滅ぼしてあげます……!」

この場に、黒幕と思われる“王”が現れたのだ。
なのに……。

なのに……。

どうして、王と二人きりになってる……!
イーリスは鋭く王を睨みつける。

この空間が電波を遮断するものでなければ、王の挨拶は先程と同じように配信されている。

紅き月輪ノ王熊 > 「わあ!おじさんの旧名をしってくれてたの!?」
「やんもう!照れちゃうッ!」
「でも…!!」
「…もっとキミの事が好きになっちゃいそうだよ!」
「イーリスちゃんッ!」
「いかにもッ!おじさんは王様ッ!おじさんが"紅き屍骸の王"なんだよッ!」
「キミが殺したお花ちゃん!」
「だけど、お花ちゃんは元はあんな姿じゃなかったし」
「転移することもなかったッ!」
「花壇から引っこ抜いたカワイイお花を…!」
「お花ちゃんを素敵な殺戮兵器に育て上げた王様!」
「それがおじさん、この月輪ノ王なのさ!」

三大獣害。
まさかそんなことを知っているのか。
博識だ…。
…"黒幕"って言うと、ちょっと違うんだけどね。
でも、"王"であることに違いはない。
だから直接否定はしないで、
王を名乗ろう。
その方が盛り上がるだろッ!?

「さてさて、ここからとってもホットでジューシーなアツアツの最ッ高のバトルをしたいんだけどねッ!」
「その前におじさんにも素敵なアピールをさせてちょーだいっ♪」

ウィンク。

二人っきり。
王様は心底愉快そうに笑う。
そうだ。
楽しい。…楽しい…!!

「な…
なんて…
なんて…
なんて楽しいんだッ!!

イーリスたんッッ!!!!

こんなに楽しかった経験は今までにないッッ!!
三大獣害と呼ばれて暴れ回った時ですら…!!」

「イーリスちゃんったらぁ…!」
「すっごい素敵なアピールでおじさんたちを嘲笑ってくれたじゃないのさッ!」

「紅き屍骸は脅威ではない!」
「紅き屍骸は倒すことが出来る!」
「紅き屍骸は気持ちで負けてはならない!!」
「…ってね♪」

先ほどのイーリスの演説を、熊は繰り返す。

「素晴らしいッ!」
「素晴らしいプロパガンダだッ!」
「最高だッ!」
「キミには"王たる素質"があるッ!」
「キミほど素晴らしい敵、今まで見たことがないッ!!」
「キミは意志が強いと聞いていたが―――」
「その弱く、小さき体で2人きりになって―――」
「この、王とッ!」
「この三大獣害事件の絶対王者ッ!月輪ノ王熊とッ!」
「2人きりになっても!」
「睨みつけるその顔!」
「美しい!」
「最高だッ!」
「生きていてよかった!」
「…あ、いやまあ、死んでいるケド…生き返って良かったッ!」

称える。
紅きまばゆい月光のライトアップに、
きらびやかなグラデーション。
花びらが舞い散る。

「どうだい、イーリスちゃんッッ。」
「今、カメラ回ってるでしょ?」
「ここでイーリスちゃんがもし…」
「紅き屍骸になっちゃったら…」

「どれ程熱いアピールになっちゃうんだろう…!?」
「ドキドキが…ワクワクが…興奮が…!」
「止まらないねえッ!」

カメラに向かって荘厳な顔を向け、
イーリスを仰々しく指さすッッ!!

Dr.イーリス > 「……《三大獣害》は有名な話でございますからね。この“紅き災厄”に、かの“王”が関わっているとは、驚きです」

二人きりの空間で、イーリスは冷や汗が流れていた。
一人だと、イーリスは弱い。異能や魔術も使えないし、格闘だって外見通り十歳の少女程度のもの。不良なのに。
だから、自身の発明品と仲間の不良達に頼ってきた。この“王”は、それを一瞬で覆したのだ。

「ッ!! わ、私は……! あなたの事が嫌いです……! あなたは、この島にいてはいけない……!」

イーリスへの好意を口にする王熊。
ふざけている……! 不愉快……!
それは反射的な拒絶だった。


「……! ただの一輪の花から、あれだけの兵器を生み出したというのですか……!? なんておぞましき力ですか……」

紅き花の正体が、元は普通の花だったんて……。
ゾンビ化しているとしても、何かしら特殊な花が不運にも感染してしまったと予想していた。
この“王”は、一輪の花でさえ簡単に殺戮兵器に変えてしまえる……。
苦労して倒したのが、花壇の花……?

“王”にかかれば、強力なゾンビがどんどん生まれてくるという事だろうか……。
もしだ。倒しても倒してもキリがないとしたら……。
そんな事って……。

「アピール……でございますか」

怪訝な表情をする。

「……ッ!? な、何が楽しいのですか……! ぐ……! た、倒せます……! この空間から出たら、今すぐにでも……!」

悔しい……。
悔しくて、歯ぎしりさせてしまう。
これだけ馬鹿にされているのに、虚勢を張る事しか出来ない……。
空間から出られたなら、万全の戦力と策がある。
しかし、前提条件として、この空間を出なければいけないのだ……。

「私が“王”に……? 馬鹿馬鹿しいですね……!」

舞い散る花びらの中でライトアップされたイーリスは、悔し気な表情をしていた。

「なっ……!? わ、私は、あなたの仲間になんてなりません……! 絶対に……! また、感染に耐えてみせます……! 何度でも……! 私が、あなたの思い通りになると思わないでくださいね……!」

王の言う通り、全て配信されている。
スラミや落第街の人達を鼓舞し、希望を与えていたが、それが反転すると深き絶望だ……。
負けるわけにはいかない……。

紅き月輪ノ王熊 > 「あらぁ?!おじさんすっかり有名になっちゃって、嬉しいわあ!」

パチパチ手を叩いて照れくさそうにしている王。

「キミは弱い」
「だが…!」
「弱いくせに、いつもいつもキミは脅威に立ち向かうんだ。初めて鮫と戦った時、覚えてる?キミは弱いのに、決死の覚悟で鮫を倒した。―――キミは素晴らしい存在だ。そして、最も恐ろしい存在でもある。何故か分かる?」

「強い奴はねえ、単にもっと強い奴をぶつけりゃいいんだよ。」

「でも」
「弱いくせに勝ってくるやつは違う。」
「キミはだから恐ろしい。そして素晴らしい。最高の存在だ…!大好きだよイーリスちゃん!」
「面と向かって王様に"嫌い"だと!"いてはいけない"と!そう言い切れる度胸!益々気にいった…!」

嫌いだと言われようと。その嫌いという言葉すらも美しく感じる。
そうとも、キミは弱い!
…だが、弱いくせに…
最優先撃破目標とされた。
これがどれ程凄い事か!!

「ふっふっふっふっふ―――イーリスちゃん!
「王様はね」
「"慈悲と破滅"を司るんだ」
「カワイイ家臣のお花ちゃんには…」
「異能を」
「死毒を」
「力を」
「王の慈悲を」
「―――与えてあげたんだ。」

「どう?今のッ!ちょっとはイーリスちゃんの素敵なアピールにやり返せた?」
「あの素晴らしい…イーリスちゃんとロボきゅんが紅き死ノ花を倒す映像さ!」

王たる力の片鱗を語り、嬉々としてアピールを続ける。
王の異能は―――王とは『慈悲と破滅(すべて)』を司る者なり。
敵対者に破滅を。同胞には慈悲を。
王たる威厳を見せつける異能だ。

「楽しいさ。」

ふざけた口調が、少し真剣になる。

「はっきり言って、こんな楽しい経験はしたことがない。」
「さて。」
「おじさん、すっかりテンション上がっちゃった!」

ワクワクした熊はくるりと振り向く。
紅い月光にイーリスが集めた不良集団が遠くに映される。

「キミの可哀相なお友達がたくさんいるね!」
「素敵な決戦用マシンを取り揃えたお友達!」

「この空間から出たら勝てる、なんて思っちゃうイーリスちゃんには~!」
「イーリスちゃんが屍骸になっちゃう前の!」
「オドロキのアピールに使われてもらいまーす!」

指を遠くに向けてアピールを始める熊。

「おじさんさ。滅多に"詠唱"なんてやらないんだよ?」
「でも―――この最高の舞台には、最高のアピールで盛り上げなきゃ失礼でしょ!だから―――」

「最高の敵に敬意を表して、究極の魔術をお見せしよう!」

月すらも平伏す大魔術を、ここに。
詠唱を始めると、熊の周りに禍々しい三日月が幾重にも浮かび上がる。

紅き月輪ノ王熊 >  

「夜空の光を支配する月よ…王が命ずる!
夜を照らす月光も、世を翳らす宵闇も、
夜空を支配するとはいえ、
全ては所詮、王の…我の"配下"ぞ!
"王"の力を遍く民に示せッ!
月光をその身に受けし、生ある全てを殺戮せよ―――!
血塗零月(チマミレヅキ)ッッ!!!」

 

紅き月輪ノ王熊 > 月が、王に従う。
月光から作り出されるは紅の光による槍の雨。
…言葉の通り。
月光をその身に受ける人間は。
イーリスが集めて来た不良たちは。
光り輝く紅き月の繰り出す魔術により、

瞬時に血塗れとなっていく。

Dr.イーリス > 弱い、そうはっきり言われても反論なんて出来ない。
ただ、睨む事しか出来ない……。
イーリスは、弱い……。“王”の発言が完膚なきまでに正しかった。

だがこの“王”の厄介なところは、その“弱い”イーリスの“強さ”を砕こうとしている点だ。

イーリスのコンピューターが、感情が、本能が、その全てが告げている。

「──いけ好かない……! こんな所に閉じ込めても、私は絶望なんてしてあげませんよ」

気持ちを強く持とう。
一対一で“王”と張り合っても、結果は見えている。
だが例え嬲られても、四肢が捥がれても、絶対に“王”に屈したりはしない。
絶望してはいけない……。紅き屍骸に負けてはいけない。
もし絶望したならば、そこを付け込まれて感染してしまう。

「“慈悲”と“破滅”……。相反するとも言えそうな力を使えるのですね。あなたがいる限り、その慈悲により“家臣”が生まれ続けるという事ですか。やはり、あなたは消し去らなければいけない存在……!」

厳密には、慈悲と破滅は同居する事もありえるので相反するとも言い切れないが、イーリスは相反すると表現した。
その消し去らなければならない存在が眼前にいるというのに、あまりに無力……。

「……そうですね、正直、手痛くやられた気分です」

“王”のアピールが、イーリスにとってしてやられているのは否定できない。

「……しかし、あなたを消し去れば全て済む話」

言葉程、自信があるわけではなくなってきている。
“王”の言う通り、イーリスは弱いのだから。
絶望感を与えるステージとして、これ程のものはないだろう。
……それでも簡単に折れてはいけない。

「自らの“家臣”が焼き焦げていく光景が、そんなにも愉快ですか? なら、いくらでも見せますよ。あなたの“家臣”が滅する様を」

“王”の討滅が最優先事項。しかし、“家臣”が消え行く様が見たいなら、ご期待通りにしてあげる。
テンションが上がった、という王熊にイーリスはぴくりと体を震わせる。

何をしてくる……?
何をされても、耐えるんだ……。

月に映った不良集団を見て、瞳を見開く。

「私の仲間に、何かする気でございますか……!」

配信は出来ているという事で、この空間からでも通信は届く!

「皆さん、私は無事です……! 各自、不測の事態にも慌てず備えてください!」

通信は届いているのだから、こちらからの声も不良達に伝わる。そして、通信が届いているという事はドローンのカメラが映す映像もイーリスは見れる。ドローンを操作しているのはイーリスの体内にあるコンピューターであり、カメラの映像もそれに同期しているからだ。

究極の魔術。そんな言葉に、イーリスは警戒心を強める。
こちらの空間でイーリスが王熊に対抗できないけど、あちらでは整えた戦力に、メカニカル・サイキッカーもいる。
通信経路が無事なら、あちらに関しては対応できる。

「天より、強力な魔術による光が降り注ぎます! 対空砲撃部隊! いえ、総員で迎撃せよ!!」

準備は万端だ。空からの攻撃なら、撃ち落とせばいい。

──そう思っていた。


不良「数が多い……!! 対空レーザーも、対空ミサイルも……何もかも足りない……!」
不良「や、やべぇぞ……!!」

対空砲撃部隊だけではなく、メカニカル・サイキッカーも胸部のミサイルや右腕をレーザー砲に変化させて迎撃した。

だが。

その魔術はあまりに恐ろしすぎた……。

不良達「「「ぐわあああああああぁぁぁ!!!」」」

それはあまりに一方的な蹂躙だった。
万全に用意した兵器の数々。それでも、対応しきれない……。
人型メカに乗る不良、レーザーを放つ大砲を操作する不良、巨大な武器を構える不良、四足歩行の戦車のようなメカに乗る不良。
強力な武装をした不良達がいたわけだが。

それが無慈悲に、何も出来ず、蹂躙されていく。
あっさりと、仲間達が死んでいく。



「そ、そんな…………! そんな……そんな……!! こ、こんな事って……」

イーリスは両手と両膝を地面につけた。
万全に整えた戦力。それですらも、違いすぎる戦力……。

そして、あっさりと死にゆく仲間達……。

悪夢だろうか……。これはきっと、悪い夢……。
こんなにも……絶望的に、何も出来ないなんて……。

体内コンピューターがイーリスに告げていた。

──Error

──Error

──Error

紅き月輪ノ王熊 > あまりにも…惨たらしい殺戮劇。
威力も、範囲も、何もかも違いすぎる。

「…で、さ。」
「今おじさんの素敵な家臣が増えたよ。イーリスちゃん?」
「彼らにも、王様として慈悲を与えなきゃねッ!」
「イーリスちゃんが…滅する様を見せてくれるのかなぁ…」

殺戮

屍骸化

「お月様ぁ~?」
「ちょっと回復してあげてよ」
「あの子ら血だらけだからさァ……」

先の威厳溢れる詠唱はどこへやら。
気楽に、友達にでも声をかけるような素振りで夜空を仰ぐ。
瞬く間に、不良たちは月光に照らされ、癒しを受け…
五体満足な紅き屍骸として生まれ変わっていく。

人型メカ
レーザーを放つ大砲
巨大な武器
戦車

いいマシンを用意してきたねぇ…!
それ全部、操縦士も含めて王様が貰うよ。

「んー、と。どうしようかねぇ?」
「イーリスちゃん」
「とりあえず、さっきのお望み通り…」
「外出てみようか。ハイッ!」

空間が、元に戻る…。

目の当たりにするのは、そう。
無数の、紅き屍骸。
元仲間。

「王様はねえ…イーリスちゃんの事、すっごく気に入ってるんだ♪」
「イーリスちゃんさあ…」
「君の意志は強い」
「完全感染してもきっと」
「自我を喪わぬまま生き返れる」
「最高の仲間となれるよ」

王は、
やさしく
恐ろしく
手を伸ばす

「世界をオモチャにして遊ぼう」
「皆ぶっ殺すんだ」
「さあ、イーリスちゃん。」

紅き月輪ノ王熊 >  


      「王の慈悲を受け取れ(しね)


 

Dr.イーリス > イーリスが紅き屍骸に仕掛けたのは、直接的な兵力と情報戦を組み合わせたハイブリッド戦だった。
今宵その両方で勝つ事で、紅き屍骸を壊滅寸前に追い込もうと目論んだ。

今の殺戮劇も、配信されてしまっている。
その光景を見て、失望や絶望を覚える人が増えないはずがない。
あまりの無様にイーリス達を嘲笑できるような人ならば、まだいい方だろう。

つまりは、直接戦闘、情報戦、その両方でイーリスは完全に負けたのだ。
家臣が増えた、その言葉に俯いていたイーリスは、はっ、と顔を上げる。

そうだ……。
彼等はゾンビとして蘇る。
不完全感染ではない。一度死亡し蘇った彼等は、完全感染だ。

「や、やめて……。やめてください……。お願い……。せめて……安らかに眠らせてあげて……」

心が崩れ落ちていき、泣きつきながらの懇願であった。

「やめて……。やめて……! やめてえぇ…………!!!」

ゾンビと化する不良達を目の前に、イーリスは叫んだ。


周囲の景色が変わった。
目の前にいるのは、紅き屍骸。
しかし、それ等は元々、イーリスの仲間だったもの。


────回想─────

山田(不良)「姐さん、どうすれば姐さんみたいに強くなれるっすか!」

岡村(不良)「自分ら、姐さんのように強きを挫き弱気を守れる人になりたいっす!」

「……私はそれ程強くはありませんよ。そうですね、人の痛みを知る事で、仁義を重んじる事に繋がり、それが心身共に成長させていくものでもあります」

山田「深いっすね」

岡村「参考にしてみます、あざした!」

「そんなに深いでしょうか……。どちらにしても、参考になったのならよかったです」
────────────

イーリスは涙を流しながらも立ち上がって、不良ゾンビ達に歩み寄っていく。

「山田さん……まだ……生きているのですよね……? こんなところでやられるあなたでは……ありませんよね……? ……岡村さん、いつか私を島の外に連れていってくれると約束してくれたではありませんか……。皆さん……今日は……悪ふざけが過ぎますよ……? そんな事では……エメラルド田村さんに……呆れられて……」

イーリスの流す涙がだんだん大粒のものとなっていく。

「皆さん……何か……言ってください……。お願い……です」

その時、“王”が手を差しのべてくる。
イーリスはその手を一瞥した後。

メカニカル・サイキッカーのキャノン砲に変形した右腕が遠距離からレーザー砲を放ち、差し伸べられた“王”の手を吹き飛ばさんとしていた。

紅き月輪ノ王熊 > 「…っ…いったいなあ、もうっ♪」
「照れちゃってさあ~。」
「そんなところも好きだよッ!」

打ち出される、
レーザーキャノン。
普通、即死だ。
そうでなくても、大やけど。
…これが
花だったら
針鼠だったら
鮫でさえ、そうかもしれない。

だが。

王はそれが「痛い」で済む。
それも、お笑いのように。

月光を統べる王に
光の攻撃は
あまりにも
頼りなかった

「ああー、可哀相だなあ~」
「そんな可哀相なイーリスちゃんに」
「救われるただ一つの道があるんだ」
「それは王様の慈悲を受け取る事ッッ!!」

再び
手を差し出す
優しく
恐ろしく
慈悲深き王として
破滅を齎す王として―――

紅き屍骸と化した不良たちは
不思議とイーリスを襲う事はしない

「紅き屍骸と化したイーリスちゃんと」
「紅き屍骸のお友達の皆との」
「再び訪れる一家団欒ンンン~♪」
「めでたいねェ~♪」
「よかったねェ~♪」
「皆はっぴィィ~♪」

軽い口ぶりで
どこまでも
極めて
残忍に

「そのあと他の仲間もぶち殺しまくって」
「王様と一緒に一国を支配しちゃったりして~!」
「というわけさ」
「その時イーリスちゃんは王女様にしてあげようねッ♪」

王は…
これからのイーリスにとって
破滅的な未来に目を輝かせている

「それとも」
「拒む?」
「王様の"慈悲"を拒むなら」
「キミに与えるのは"破滅"だ」

まるで、判決を告げるように。
自らがルールであるとでも言うように。

Dr.イーリス > メカニカル・サイキッカーは、先程の“王”の魔術により酷く損傷している。
しかし、メカニカル・サイキッカーは死なない、故にゾンビにならない。
そして、イーリスの切り札たるそのメカは、酷く破損しても、そう簡単にはくたばらない。

イーリスは、不良ゾンビに囲まれる位置で、涙ながらに“王”を睨みつける。
やはり、他の屍骸とは格が違いすぎる……。
レーザーキャノンを放っても、大したダメージを与えられないのは予測できていた。
イーリスが整えた万全な戦力をいとも簡単に殲滅した絶望。
もはや、メカニカル・サイキッカーたった一機でどうにかなるとは思っていない。
イーリス達の敗北、どうあってもそれが揺るがない事は理解している。

「……ッ!! “王”……! 見せてあげますよ、ストリートチルドレンとして生きた“不良の生き様”!!」

無慈悲に破滅を齎す慈悲深き“王”の誘惑を完全に拒絶する。
例え勝てずとも、一矢報いてやる!
紅き屍骸を殲滅するために、メカニカル・サイキッカーにも改造を施してきたのだ。

「これ以上、あなたの思い通りにはさせません! あの空間で私は言いましたよね。外に出れば、あなたを滅すると……!」

メカニカル・サイキッカーは背中の推進エンジンから炎を噴かせて飛行している。そんな黒きアンドロイドが高速で“王”とイーリスに接近すると、イーリスを左手で抱えて飛行した。

「“破滅”するのは、あなたです!」

では具体的にどのような改造をメカニカル・サイキッカーに施したか。
メカニカル・サイキッカーは様々な異能者の細胞を内包しており、様々な異能が扱える。六時間ごとに三つしか使えない制約があるが、それは多く使いすぎると演算が間に合わずコンピューターがオーバーフローするため。
本来、その異能は“偽物”なので、“本物”よりも出力が引くめ……。本来ならば。

技術者であるイーリスが異能を研究している上で手を出している禁断の分野がある。

──違法改造異能。

違法に改造されたその異能群はとても強力で、しかしとてつもなく危険なもの。
改造により今のメカニカル・サイキッカーに搭載されているが、コンピューターがオーバーフローを引き起こす事は確実……。
だが、“王”に対抗するならば、やるしかない……。

イーリスはメカニカル・サイキッカーに抱えられながら瞳を閉じ、集中する。
違法改造異能を発動するためのプログラムを構築しているのだ。

紅き月輪ノ王熊 > 「あ、ああ、あ、あ、あ…!」
「ああ…ッッ!!」

王は―――
慈悲に絆されず
破滅に抗うその姿に、
言葉を失った……。
それは、驚きや失意ではない。
歓喜と感動だ。

「す……素晴らしい…」
「この状況でも折れぬ強き意志…!」
「それでも王様に見せようとする"生き様"…!」
「……う…っ…!!」
「こ……!!こ、こんな……!!」
「こんなに美しいモノが……!!」
「この世界にあって良いのか…?!」

惚れ惚れする。
彼女は、スラム街の子供だぞ?
殴り合いだって強くないただの子供。
それが、それが…?!
この王様の
慈悲を拒み、
破滅すら拒もうというのか?!
何をしようとしているかはわからないが…
今王に向かって"破滅させる"と言いきった…!!

なんと、なんという美しさだッ…!
こんなに美しいものを今まで見たことがない…!
今まで…何十、何百という数の討伐体を退けてきたのだ。
それなのに…なんだ、この感覚は…?!

王は歓喜に打ち震え、涙した。
比喩ではない。
両者とも、まるで違う意味で涙を流す。

漆黒の機体に携えられ
"それでもまだ抗おう"とするその姿に、釘付けになってしまう。
……美しい……

「正直……惚れたよ、"イーリス"。」
「この世界には…これほど素晴らしいものがあると思わなかった。」
「それはキミだ…!!」

「この王様を、この絶望の中、それでも…どうにかするという」
「……その意思……ッッ!!!」
「最高だ…!!最高すぎるッ…!」

あまりにも。美しい……
この美を、自分だけのものに出来れば…どれ程素晴らしい事か…!!

「キミを破滅させよう…。破滅し、王のモノとなれ…!!」
行くぞ―――絶対王者の力の前に平伏せ…!!」

「喰らうがいい―――血塗零月(チマミレヅキ)…ッッ!!」

先ほどは、これ一つで不良をすべて殺戮し切った、
月すら平伏す大魔術。
それを、イーリスただ一人の為に使う。
殺意に溢れる慈悲無き破滅の槍が、注ぐ。
月光が当たる範囲なら、いかようにも攻撃できる、
あまりにも破壊的な広範攻撃。

だが…

王は予感していた
この素晴らしき女は
この大魔術すら生き残ってくる
確実にだ!

Dr.イーリス > 歓喜する“王”。
その捻じ曲がった慈悲ごと打ち砕ければと、そう願わずにはいられない。
“王”の慈悲を拒んだ。

こんな非道な“王”に、屈したくないから。
今は、仲間達は殺された事も、その感情を押し殺す。
元よりストリートチルドレン、仲間の無情な死を幾度も経験した。
今回はあまりにも悲惨すぎたが……。

構築されていくプログラム。
ただ“王”を倒すためのコマンド。

「生憎、何度も言うように私はあなたの事が嫌いです。どれだけ惚れようが、私はあなたを拒絶します」

“王”が発動したのは、先程の大魔術。
先程、不良達の全てを奪った魔法。空から降り注ぐ紅き絶望。
しかしだ。

初見ではないその魔術のデータは、取れている。

「データ通り。そして、予測通り」

プログラムの構築が完了した。

「──Forbidden Command. 違法改造異能《氷結した時の流れ(フリージング・エピック)》!」

それは、時間に干渉する改造された異能だった。
本来は氷を操る異能。それが改造されて、時間をも凍り付かせる。
凍り付いた時間の中で動けるのは、イーリスとメカニカル・サイキッカー。
つまり、逐次使用する事で現実ではありえない動きで、数多の光を回避した。

それと同時に、“王”はいつの間にかに“ある物”に囲まれている。
停止した時間の中で、“王”の周囲に郵便ポスト型魔導爆弾が合計五つ設置されたのだ。
思い出すのは、鮫が郵便ポストの自爆で葬り去られた事だろうか。その自爆のみに特化した郵便ポストであり、魔術的効力で爆発力を底上げしたもの。それが五つ。
もうすぐ爆発する。

紅き月輪ノ王熊 > 「…王様は、"王様の事が嫌いなイーリス"が大好きだよ」
「そうか…!!」
「これが"恋"であり"片想い"か…!!」
「今まで思ったことも、考えた事もなかった……ッッ!!」
「キミの事を想うだけで心が昂り、体が熱くなる…!!」

王は
拒絶すら喜ぶ

そして―――
この大魔術すら"予測"した動きに、
驚き―――はしなかった。
この女は、絶対に避けてくれると思った。
やはり避けてくれた。
見た事もない異能―――理解不能な軌跡を描く移動。
時すら操るソレを使って、あの大魔術を。
十数人の武装集団を3秒で壊滅させる魔術を。
避けた。

素晴らしい!
素晴らしい!!
素晴らしい…!!

「ほお…!!」

鮫を吹き飛ばした、爆弾。
ポスト型の爆弾。
その威力は折り紙付き。
良く知っている。
街を灰にしてしまうほどの威力があるのだから。
レーザーキャノンは嗤って喰らったが、これは違う。

「あっぶ…ないねえ…ッッ!!ぐ、ふ…ッッ!!」

王は掌で空間を破り捨て―――爆発から逃れる。
直後―――、巨大なキノコ雲が空高く上がる…ッッ!!

「けほけほ…ッッ!!」
「あー、楽しい…」
「ふぅー…ッッ!!」

逃げ遅れた王は、大爆発に煽られて体の半分の毛が燃え上がり、
紅い体が黒焦げていた。…なんて威力だ。直撃していたら、相当まずかったかもしれない。

「じゃ、データにない技を…お披露目しよう!」

紅き月輪ノ王熊 > 「至高の権限を目撃せよ!
我は支配者ッ!貴様は盤上の駒に過ぎぬッ!
生命すら、存在すら、歴史すら、価値すら、権利すらも掌握する!
我が貴様の全てを掌握するッ!
それは我が王であるが故ッ!!

王が貴様に死刑を言い渡す―――!!
震え、苦しみ、藻掻き、怯え、死ねェッ!!!
王による死刑(チェックメイト)ッ!」

紅き月輪ノ王熊 > 白と黒。
月光と宵闇が交わり、打ち出される、閃光とも、暗黒ともつかない、呪詛。
それは"月下のあらゆる存在"を"時限式で破滅"へ導く、史上最悪の呪い…ッッ!!
破壊的な威力の呪縛と共に、イーリスの体に刻み込まんとする…ッッ!!

Dr.イーリス > 逐次時間を止めつつ回避する大規模魔法。
そして、その時間を止めている時に設置される郵便ポスト。

五つの郵便ポストが一斉に大爆発を起こした。
それは、広い研究所廃墟のおおよそ半分が瓦礫化する程の威力。
施設内にある数多の建物が崩れていき、破壊され尽くされる。
大きなキノコ雲が天を貫いた。

施設の約半分を破壊したという事は、すなわち施設内に用意したイーリスの兵器も大量に破損する。

そしてだ。

イーリスのこの一手は非情だった。
それだけの大爆発を起こして、ゾンビ化した不良達が無事なわけがない。
爆発が及ばなかった場所にいる不良は爆風に吹き飛ばされただけで無事ではあるだろう。
だが、爆発にもろに巻き込まれた不良も大勢いる。

イーリスとメカニカル・サイキッカーは、時間が止まっている内に、最初にいた電波塔の頂上に避難していた。当然、その位置が爆発に巻き込まれないと計算した上での退避場所だ。

「直撃には至りませんでしたか……。一生、その“片思い”に浸って、朽ち果ててください」

塔の頂上から“王”を見下ろす。
“王”に結構な大ダメージを与える事が出来たが、大爆発を起こす郵便ポストを五つ使っても、全然仕留めきるには足らない……。
“王”は、空間を突き破れるらしい……。厄介な事この上ない……!

「熱ッ……!!」

突然、イーリスとメカニカル・サイキッカーから煙が噴き出した。先程の違法改造異能により、激しい演算が行われコンピューターが熱暴走しているのだ。

「熱い……です……! これ程の……熱を……」

違法改造異能テストプレイはしたものの、安全設計を徹底しすぎてしまった。
全身が焼けそうだ……。苦しい……。
だが、まだ戦える。

“王”が詠唱すると同時に、イーリスもプログラムを構築し始める。
二つ目の異能。

データにない技となると、予測は困難……。

──というわけでもなかった。

“王”は、月に関する能力を使う。これまでのデータから、十分予測できる事だった。

「Forbidden Command. 違法改造異能《終わらなき暗黒の連鎖(パーペチュアル・ブラックホール)》!」

ならば、その月を遮ればどうだ?
上空が歪んでいき、そして月光はその歪みで出来た闇に吸い込まれていく。
地上に月光が届かなくなる事を意味し、そして地上からは月が見えなくなる。
はたして、月光が届かない地上に、その呪詛の効力は及ぶだろうか?

紅き月輪ノ王熊 > 「ああ、一生片思いだろう。…キミを殺さぬ限りはねぇっ!」
「絶対にキミを殺したいというこの熱い思い…!」
「王様の体が燃え上がるよ…!」

冷たい言葉ですら、
その心は燃え立つ。

「見事だよ」
「でもね、イーリス」
「この王様を狩ろうとした人間達はね。」
「昼なら勝てる」
「月が出ていないなら勝てる」
「みんな、そう思って、やってくるんだ…」

酷く懐かしそうに、
思い出を語る。
暗く、闇に飲まれる月光。
呪詛が届かない。
だが…落ち着き払った様子で王は空を仰ぐ。

「キミは、月を隠す術を持つ。」
「なら…」
「なぜ、こう思わなかった?」
「王様は、月を顕す術を持つ、と。」

空が、破れる。切り開かれる闇。
飲み込まれていったはずの月光が。
禍々しく輝く紅の月が。
姿を現していく。
それは"昼さえも夜に塗り替える"禁断の魔術。

「ここは月夜になる。」

「それが昼でも」
「それが新月でも」
「例え、別の世界でだって」
「もちろん、ブラックホールの中でだって」

「王様は月を従える。」
「忠実な従者は王の傍を離れないんだよ。」

遮られていた、月光の魔法が再度織り成されていく。
…効果はずいぶん減衰させられてしまったし、
出てくるまでには時間がかかった。
だが、それでも効果は健在だ。

Dr.イーリス > 「ストリートチルドレンの人生は通常そう長くありませんが、少なくともあなたに殺されて、あなたの恋人として生きていく人生なんてお断りです!」

こんな熊と一生共にするために、今までスラム街で必死に生き延びてきたわけではない……!

「…違うのですか?」

月の支配者ならば、昼間は弱い。
“王”の言う通り、当然考え得る対策。
それ故に、“王”自身が対抗策を講じるのもまた当然ではあるのだが。

「この《終わらなき暗黒の連鎖(パーペチュアル・ブラックホール)》が月を隠すのは副次的なものでございますけどね。次に暗黒へと誘われるのは、あなたの番です」

その異能はブラックホールと名乗るだけあって、吸い込むのは光だけではない。
上空に浮かぶ暗黒の歪みは、次は地上にあるものをその高重力で引き寄せようとしていた。

「月を顕す……!?」

地上を飲み込もうとしていた闇が、なんと切り開かれていく。
そして切り開かれた闇、その先にあるのは紅き月。

「そ、そんな事って……。“王”は、終わりなき暗黒をも紅き月で照らすというのですか……!?」

イーリスは上空を見上げて、目を見開いた。

「ぐっ……!」

異能が破られようとも、熱暴走がイーリスとメカニカル・サイキッカーに襲い掛かる。
イーリスの体、メカニカル・サイキッカーのボディがオーバーヒートにより溶け始めていた。

「ぐぐ…………ああああぁっ……!!」

イーリスは自身の体を両手で抱き、悲鳴を上げる。
全身が悲鳴を上げ、苦しみだしている。

「うう……ぐっ……!」

まずい……。

禁断の異能は、リスク込みで禁断の異能だったのだ。

そして追い打ちのように、イーリスに刻まれる呪縛。

「ああぁっ……! んああぁ……!」

体内コンピューターが警告とエラーメッセージをいくつもイーリスの眼に表示させる。
やがて、塔の頂上にいるイーリスを抱いたメカニカル・サイキッカーが地上へと落ちていった。無茶な改造異能の使い方に限界をきたしたのだ。
ドシン! メカニカル・サイキッカーがが地上に落ちる重々しい音が響き渡り、そしてイーリスが投げ出される。

高所から落ちたイーリスは全身のいたるところから血を流し、そして熱暴走で溶けた体で苦しみながらも、顔だけで“王”を睨む。
もうイーリスの体は動かない。

紅き月輪ノ王熊 > 「……そうか。」
「こんな異能が使えるなら…王様以外には勝てたんだろうね。」
「……どこまでも、キミは素晴らしいなあッ!」
「王様、感激しちゃうよぉっ!」

パーペチュアル・ブラックホール。
恐ろしい異能だ。…それが、違法、それが、禁忌。
…こんなものまで、用意していたのか?
こんなものまで…!!

「さ…死刑宣告だ。」
「……ははっ、なんだよ。」

明らかに、無茶をしていた。
許容量をオーバーしていた。
人一人が出来ることを、超越しすぎていた。

なのに。

なのに。

なのに。

倒れて…なお、睨む…?
その顔を…歪めずに高潔な意思を見せる…?
この女は…どこまで、………狂わせてくれるんだ…?

…動かないからだでも睨む顔は…
更に、更に、美しく見えた…

「不思議だ。」
「キミを今ここで殺すのは惜しい…」
「なぜだかわからない」
「なぜなんだ」
「紅き屍骸は殺害欲の権化」
「なのにこの美を喪う事が心底惜しい…!!」

今なら、とどめを刺せるはず。
配信をしている前で。
完全勝利を謳えるはず。
最初はそのつもりだった。
なのにだ…!!

「そうだ。」
「仲間を皆殺しにして、仲間と共に、王様の元へ戻っておいでイーリス…!!」

言い訳するように、彼女に呪縛をかける。
死刑宣告の呪。

「キミに呪いをかけよう。」
「いつ爆ぜるかわからない、感染爆弾を…!!」
「仲間諸共爆死させて…!!」
「…再会を楽しみにしているよ…!!!」

「では諸君…!!」

「ごきげんよう…ッッ!!」

王は、
空間を、
紙屑のように破り捨て…

そして、消えてしまった―――

ご案内:「謎の違法魔術研究所廃墟」から紅き月輪ノ王熊さんが去りました。
Dr.イーリス > 「……そう気軽に……使える異能でもないですけどね…………」

悔し気に、そう口にする。
他の違法部活からの支援金による万全な準備、それによる危険な改造、自分の命を削る無茶な異能の使い方。
このような決死の大作戦でもなければ、違法改造異能なんて危険な代物、使えるはずがなかった。
そして、そこまで徹底した策を以てしても、“王”には敵わない……。

禁断を扱ったリスク、その代償を我が身を持って思い知る。
苦しくて……動けない。
このまま死んでしまった方が……きっと楽だ。
でも……こんな奴の恋人に堕ちたくない……。

せめてもの抵抗で、“王”を睨み続ける。
しかし、“王”はイーリスの殺害を拒んでいた。
屍骸は、殺害欲で動いているのではないのか……?

「……例え殺されても……私は抵抗を諦めませんけどね……。何度も言います……私はあなたの思い通りにはならない……!」

先程“王”が発動させた呪詛、一度イーリスが月光を阻んだものの、再び月光が現れたので再度有効になったかと思ったのでフライングしてしまったけど、改めてイーリスに呪詛がかけられた。

「ぐあっ……。あああぁっ……!! 私に何を……したのですか……! 感染爆弾……? そんなの……嫌……。私……そんな……」

イーリスの絶望は、深かった。
感染の爆弾。それは、ただ自分がいるだけで、周囲に迷惑をかける可能性があるもの。
この爆弾が爆発したタイミングで周囲にいる人を容赦なく巻き込む。

「嫌……。そんなの……嫌……です。このような呪詛……外してください……! いっそ……この場で……殺して……ください……」

ただ感染拡大させるだけの存在なるならば、死んだ方がいい……。
しかし、イーリスは焦りにより判断を誤っていた。“王”に殺されようが、感染拡大たりえる存在になるのは変わらない。

無情にも、“王”はイーリスの願いを聞くことなく、空間を破り消えゆく。
直後、ぽつぽつと雨が降り出した。

「う……うぅ…………うあああああああぁぁ…………!!!」

雨に打たれ、残されたイーリスの泣き叫ぶ声だけが辺りに響く。
仲間を失って、希望を失って、感染をばらまく体に変えられ、絶望に突き落とされた。
イーリスの体も限界をきたし、ただ一人だけ残る研究所廃墟で、意識を失った。


──この街を救えなくて、ごめんなさい。何も救ってあげられなくてごめんなさい。

意識を失う直前、イーリスは心の中でそう呟いた。
イーリスの意識が失われると同時に、配信が終了した。
スラムや落第街に飛び回っていたドローンも墜落し、壊れてしまう。

ご案内:「謎の違法魔術研究所廃墟」からDr.イーリスさんが去りました。