2024/12/20 のログ
ご案内:「鐘つき男の空忘」に藤井 輝さんが現れました。
ご案内:「鐘つき男の空忘」に緋月さんが現れました。
緋月 >  
12月某日。
第十三補修室にて。

「――よろしくお願いします。」

守衛への挨拶と共に、ゲートに生徒手帳のプロフィール機能を読み込ませる。
電子音に僅かに遅れて、駅の改札口を思わせるゲートががたんと開かれる。
最も、見た目がそれらしいだけで、実際の厳重さは改札のそれを遥かに超えているのだが。

『確認しました。手荷物の処置については――電子ロックですね。』
「はい、よろしくお願いします。」

しゅる、と刀袋の紐を解き、中から出て来る白い造りの刀を差し出す。
どうも、これについては慣れているようで、スムーズに抜刀を阻止する
機器の接続と電子ロック施錠の処置は終了した。

『機器の解除は面会終了後、こちらで改めて行います。
無理に外そうとすると警報が鳴りますので、ご注意ください。』

担当官からの注意を受け、刀の主――書生服姿の少女は一礼を行うと、
その後に続く形で歩き始める。

(――厳重だ。)

さもありなん。此処は重犯罪者が収監される地。
中からも外からも、厳重に守られなくてはならないのだ。
そして、煩雑な手続きを経て、此処までやって来たのは…無論、暇潰しや見学などではない。

『内部には複数の非常警報のスイッチがあります。
事前に覚えて、万が一非常事態が起こった際には速やかに警報を鳴らして下さい。』

スイッチの配置図を渡され、それを確認。
覚え終わり、それを担当官に返却した所で、目的の場所に辿り着いた。

『面会時間は――――となっております。
時間が来ましたら声を掛けますので。』
「ありがとう、ございます。」

その挨拶と共に、重い音を立てて開かれた扉に、少女は足を踏み入れる――。

藤井 輝 >  
強化プラスチックの向こう側。
椅子に座ったまま彼女を迎え入れる。

「……この場合、ようこそと言ったら失礼になるよね」
「なんて言うべきなのか、悩んでしまうな……」

「ともあれ、久しぶりだね緋月さん」

緊急時には拘束衣にもなる青いラインの入った学生服。
足の動きをサポートするタイプの最新型義足。

かつて機界魔人テンタクロウだった男。
藤井輝。

「こうしてまた会うことがあるとは思わなかった」
「人生、何があるかわからないものだね」

守衛たちが何度も視線を交差させている。

緋月 >  
「――お久しぶりです、藤井殿。」

席に着く前に、その挨拶と共に軽く一礼。
少し椅子をずらして腰掛け、位置と姿勢を正す。
刀の方は刀袋に入れたまま、少し離れた場所に立てかけて置く事にした。

「思い出話…という訳でもありませぬが、あれからもう、半年近く…でしょうか。」

小さく息を吐き、強化プラスチックを挟んで、かつては殺し合いを演じた相手の顔を見る。
少女の表情は敵意も警戒もなく――かといって笑顔、という訳でもないが、穏やかではあった。

「私から、何度か面会の申請は出しておりまして。
結局、今まで時間がかかってしまいましたが。

――お加減は、如何でしょうか?」

相手の表情や顔の血色などを確かめつつ、そう問いかける。

藤井 輝 >  
「半年だね……あの時のことを今でも夢に見るよ」
「すまないと言って許してもらえるようなことでもないけれど」

「改めて謝罪させて欲しい」

眉根を顰めてその言葉を口にした。
テンタクロウを形作っていた鴉の憎悪は消え。

今はただの一般生徒としての語り口をしていた。

「僕がしたことを思えば、やむを得ないけれど」
「随分と待たせてしまったようだ」

紙のように白い肌に自分で触れ、少しの沈黙。

「今はだいぶ、容態が安定しているよ」
「医者の見立てだと来年は迎えられないはずだったのだけれど」

悪魔の心臓を使った後遺症による脊髄の病巣。
それは悪因悪果として受け入れていた。

緋月 >  
「……終わった事です。
機界魔人は、最早居ない。人の記憶と記録に、残るばかり。」

無常とも思えるかも知れない。
常世島では、今日も何か事件が起こり風紀委員が走り、あるいは
表に出ない事件の芽が、何処かで蠢いているのかも知れない。
その流れの中には、かつての機界魔人の事件はまるで水の流れに現れる石のように、
ゆっくりと擦り減って、消えていくモノなのかも知れない。

「ですが、私は忘れはしませぬ。
恨み辛みや根に持つ訳ではなく、かの魔人と刃を交えた者として、その終焉(終わり)を見た者として。」

あの事件を、あの時の叫びを忘れない事。
それが、己に出来るあの事件との向き合い方だろう、と。
少なくとも少女はそれを忘れぬつもりであった。

「確かに、顔色が随分と白く見えます。
穏やかに――過ごせるならば、良いのですが。」

医者の見立ても、絶対という訳ではない。
だが、それでも進歩した医術である。
それこそ奇跡でも起きない限りは…先行きは、長くないのかも知れない。

己には、どうする事も出来ない事だが。
流石に病のみを斬り取る業にまでは、及んではいない。

藤井 輝 >  
「風紀委員や、その協力者……緋月さんのような」
「連携している生活委員や鉄道委員」

「それらのやるべきことや予定の数々を横紙破り同然に奪った」
「僕が傷つけたのは被害者だけじゃないんだ……」

その言葉が面会室に反響した後。
忘れない、という言葉に。

「はは、ありがとう緋月さん」
「できればその言葉も忘れないでいたいのだけれどね」

死は空忘の鉢であり。
スズダリの鐘つき男は絞首台をくぐる。

「僕は約束があるんだ」
「大好きな女の子とした約束がね」

朝霧のように薄い、笑みとも呼べない穏やかな表情。

緋月 >  
「大好きな女の子、ですか。
確か――あの時にも、話しておられましたね。」

「ついさっき、大好きな女の子を殺してしまった」、と。
あの時の機界魔人――否、一人の男は語っていた。
その記憶に、思わず己の身に起こった事を思い返し、視線が遠くなる。

「……失礼。
あれから、私も…似たような事をしてしまう所だった事がありまして、つい。」

過去を顧みて、少し自嘲気味に。
あの時は――終わった後の方が大変だった記憶がある。
あの事件で掬い上げられたもの、失ったもの。
どちらが重いのかは…正直、こちらと断言はし難い。

「もし、不都合などなくばですが…その約束は、如何様なもので?」

藤井 輝 >  
「君の身に同じことが起こらなかったことは幸いだね」

明確な苦笑いを浮かべて。
天羽 光を喪った記憶が脳裏に浮かぶ。
今はこの痛みすら愛おしい。

ただ、誰だって味わって欲しくはない。
今は素直にそう思える。

「なんてことはない、地獄での待ち合わせさ」

その言葉を口にする。
言葉は空疎なはずなのに。
その場にいる人が硬直するような重さがあった。

「あの時……君は姿が変わって、直後に倒れた」
「僕を理解するために限界を超えたと考えているけれど」

「あれで死ぬようなことがあるんだったら」

ふぅ、と溜息をついて。

「すごく……申し訳ないな」

緋月 >
「――そう、ですか。」

地獄での待ち合わせ。言葉にすれば短いが、その内容はとても重い。
もし地獄に落ちたのならば…その先の再会は、どのようなものなのか。

「――あれは、あの時以来、使う事を戒める事にしました。
今…お付き合い、でいいのでしょうか…同性ですが…兎も角、そんな関係の方から、
少しばかり、釘を刺されてしまって。

一度奇跡を起こすと、もう一度、窮地に遭った時にそれに縋ってしまい…
堕ちれば――行き着く先は破滅だ、と。
楽な方には、流されるな…と。」

つまり、あの姿は、あの時限りの――限定の、奇跡。
恐らく二度は使えない…使ってはならない、禁断の業。

「結局、何事も積み重ねが大事だと。
一足飛びのズルは…やはり、よくないものですね。」

たはは、と、困ったような笑い声。
誰とも分からぬ者だが、どうやらそのお叱りは結構に堪えたらしい。

藤井 輝 >  
「でもね、ただ死ぬのを待っているわけじゃないんだ」
「命の限り贖罪をして、その果ての裁きに光と会えたらいい」

「これは祈りなんだ」

どうしようもなかった。
僕と光。すれ違った二人の、最後の祈り。
それだけが僕の希望だった。

緋月さんの言葉に何度か頷いて。

「そっか、無理をさせてしまったね」
「奇跡は一生懸命頑張った人のためのものだから」

「安易に縋ると破滅を手繰ってしまうのかもしれないね…」

半年後の答え合わせを淡々としていた。
あの時に得られなかった理解を。

言葉に耳を傾け、相手を理解するために言葉を発する。
そのことが、自分を生かしている。

骨が折れる音よりも。

緋月 >  
「ええ…それ以前に、経絡系に、随分と無理をさせる技でもありましたから。
あの時、命を拾って、後遺症もなくこうしていられるのは…運と、巡り合わせが良かったから、でしょうか。」

今は特に問題もなく、刀を振るえる身体に戻っている。
それは――今、こうして死に向かっている若者に比べれば、遥かに恵まれているのかも知れない。

「――ならば、私もせめて、その祈りが成就するよう。
微力ながら、願わせて貰います。」

残された命を贖罪に費やし、裁きの果てに求める人に逢えたなら。
それは、少しなりとも彼の心と魂に安らぎを齎してくれるだろうか。

「……それに、藤井殿には耳と心に痛い話かも知れませぬが。
第二、第三の機界魔人――いえ、持って回った言い回しは、やめにしましょう。
「被害者の中から現れる加害者(復讐者)」が…これ以上、現れぬように。

斬奪怪盗なる凶賊の遺した爪痕から、更なる爪痕を増やそうとする者が、現れぬように。」

その言葉は、強化プラスチックの向こうの若者には、痛い単語を含んでいるかもしれない。

「――あの後。
テレビの報道などで、ダスクスレイなる者の事が、いくらか語られる機会を目にしました。
藤井殿が…その凶賊の被害者であったという事も。」

同情ではない。既に刻まれた傷跡から生まれた、新たに傷跡を増やさんとする者。
それが再び現れる事への危機感と、そうあってほしくはないというささやかな祈りの籠る視線。
 

藤井 輝 >  
「そっか……チャクラが」

あの時に見えた蓮華は。
命の輝きそのものだった。
だから、燃やし尽くさなかったことが。

命運を明確に分けていたんだな。

続く言葉に視線を下げる。

「ダスク、スレイ……」

斬奪怪盗ダスクスレイ。
万物両断の妖刀を手に常世で強殺を繰り返した甲種不明犯。

「僕は彼を止めたかった」

その言葉を自分が口にしたのが信じられなかった。
今まで、意識的に避けてきたものでもあったのに。

「その志が曲がり、対象のいない復讐心と風紀への憎悪を燃やしてしまった」

震える手。
跳ねる鼓動。


「葉薊証くんは僕を止めるために新人なのに果敢に立ち向かった」
「橘壱くんはその生命を燃やして僕と相対した」
「桜緋彩さんは理想以外に選ぶものがあると僕に諭した」
「凛霞さんは……伊都波凛霞は最後まで僕を殺そうとはせず説得を続け」
「黒條紬さんは長い時間をかけて幾度も僕の正体に迫った」

「悠薇ちゃんは……ああっ」

額に手を当てて。

「僕は正気を失い、後輩を殺そうと……っ」

罪は消えない。罪は……決して自身の証明などではない。

緋月 >  
「止めたかった――ですか。」

その言葉を、静かに受け止め、書生服姿の少女は少し考え、言葉を返す。

「それは……「救いたかった」という事でも、あるのでしょうか?

だとすれば、それを聞いたのは…二度目になります。
一度目は――ダスクスレイを殺してしまった方から。」

そう――如何なる因果か、書生服姿の少女は斬奪怪盗を斃した風紀委員の少年と、出逢っていた。
最も、その時少女は顔を隠していたのだが。

そうして、額に手を当てる若者を前に、静かに書生服姿の少女は言葉を紡ぐ。

「…あの時の繰り返しですが、私には藤井殿の犯した罪を、なかった事には出来ない。
出来る事は…せめて、少しでも憂いが無くなるように、私なりに動く位です。

いつか、もしも……ダスクスレイの遺した爪痕から、新たな復讐者が現れる時があるなら。」

ふう、と一つ大きく息を吐き、

「その時は、また私が問い質しに向かいましょう。
命の終焉という形で終わる事がないように…私なりに、足掻きましょう。

――といっても、これもエゴですが。
そんな者がまた現れたなら、知人や友人が傷つくのが私には我慢ならないでしょうから。」

小さく苦笑。
風紀委員でも、公安委員でもない己は、正義の味方などではないと。
ただ、己のエゴで動く、一人の個人に過ぎないのだ、と。

藤井 輝 >  
荒い息を吐いて椅子に座り直し。

「救いたかった……」
「でも、僕にはできなかった……できなかったんだ」

そして僕は一刀の元に奪われた。
緋月さんの一閃とは違う、冷笑と共に。

「芥子風くんと……?」

続く言葉は、優しく。
毅然としていて、空を目指す穂のように真っ直ぐだった。

「僕は……間違っていた」
「償いきれないし、贖う手段もない」

「でも……僕にもエゴが許されるのなら」

顔を上げて緋月さんを見て。

「続く因果を斬って欲しい」

そう告げた。
彼女は風紀委員ではない。
でも、僕を理解した(斬った)剣士だから。

緋月 >  
「ええ――少しばかり、奇妙な縁がありまして。」

死神の神器云々については伏せて置く。
何しろ少々荒唐無稽が過ぎる話だし、あまり広める事でもない。

そうして、懺悔するような言葉が紡がれれば、一つ目を閉じ、小さく、だが確かに首肯で返す。

「…分かりました。
藤井殿のエゴ(願い)、確と心に留めて置きましょう。
もしも――新たな脅威(続く因果)が現れた時には…その業を、断ちに。」

先が決して長くなく、それが起こるか否かを知る事も出来ないであろう若者の願い。
彼を斬った己だからこそ、負う事も出来るエゴがある。

無論、これも己のエゴ。
それを錦の御旗とするつもりはない。
確かに心に留めておく、それで充分だ。

藤井 輝 >  
「そうか……」

静かな言葉。
彼女にも、芥子風くんにも。
これからの物語がある。

それを僕が知ることがないだけだ。

「緋月さん」

彼女の目を見たまま、言葉を紡ぐ。
時計の針が硬質な音を立てている。

「よろしくお願いします」

頭を下げた。


光。僕はどうしようもなく間違えてしまった。
大好きだった君をこの手で殺したし、大勢の人を傷つけた。

でもね、光。
僕は最後に灯火を見られたよ。

この街を照らす確かな火を。

守衛 >  
時計を見て、女性に。
いや、二人に告げる。

「時間です」

面会の終わりの時間が近いことを。

緋月 >  
「――確かに。」

頭を下げる若者への、ごく短い返答。
その短い言葉に、残されるエゴを留め置く思いを込めて、了承の意を乗せた一礼をこちらも。

そのタイミングで、守衛が面会時間の終了が近い事を告げて来る。

語りたい事は…まだある、というのが本音ではある。
だが、最も大事な事は、互いに言葉に出来た筈。
交わした会話の長さではなく、伝えて伝えられた内容こそが大事だ。
その意味では――もう、充分に会話を交わし合っただろう。

「お知らせ、ありがとうございます。」

時間が来たことを告げる声に、そう一言。
静かに席を立ち、最後に強化プラスチックの壁の向こうへ。

「――今日は、お話が出来て、良かった。
世辞などではなく、本当に…そう、思います。」

別れの挨拶をどうかけるべきか…少し悩んで、出て来た言葉は、
会話の機会と、交わした会話への感謝だった。

立てかけていた刀袋を手に取り、守衛に退室の旨を伝え。
面会室を出る前に、最後にもう一礼。

そうして、暗い赤色の外套を靡かせて、書生服姿の少女は面会室を去っていった。
 

藤井 輝 >  
緋月と藤井輝の面会があった次の日。

藤井輝は補習中に倒れ。

意識不明となった。

彼は───今は生死の境を彷徨っている。


空忘の日は来る。
必ず来る。
それが鐘つき男にも訪れた。

それだけの話だった。

ご案内:「鐘つき男の空忘」から藤井 輝さんが去りました。
ご案内:「鐘つき男の空忘」から緋月さんが去りました。