ご案内:「蓬山城」に
橿原眞人
さんが現れました。<補足:制服姿の青年、眼鏡/裏の顔はハッカー《銀の鍵》>
橿原眞人
>
落第街の一角を、伊達眼鏡をかけた青年が歩いていた。
時折迷い込んでくるような哀れな学生達とは様子が違い、慣れた様子で雑多で猥雑な落第街の路地を往く。
ここは蓬山城と呼ばれる区域だ。といっても公式な名称ではない。誰かがそのように呼んで、そうなってきただけのことであった。
かつて中国にあったと言われる九龍城めいた場所。いくつもの建物の箱が積み上げられたかのような奇怪な城だ。
それを左右に見ながら眼鏡の青年、橿原眞人は歩く。
橿原眞人
>
先日、常世島の電脳世界に存在する電脳大図書館にて、奇怪な電子の怪物と遭遇した眞人。
気づいたときにはその化物は消えており、謎は残っていたものの、自分の求めていた情報は手に入れることができた。
まだ詳しい内容は見れていない。というより、見れなくなってしまった。
眞人が使用していたサイバーデッキが壊れたのだ。
大電脳図書館から脱出する際に《氷》※から受けたダメージが残っており、使用不可に追い込まれた。
かろうじて自分に繋がる情報は消したものの、サイバーデッキそのものは使い物にならなくなってしまった。
情報自体は別の端末に移していたため問題はないものの、その情報は電脳世界でなければ閲覧できないような仕掛けになっていた。
そのため、眞人は落第街に来ていた。新しい機器を手に入れるためだ。
《銀の鍵》として情報屋と会うこともあるので、ここは慣れていないわけではない。
※Intrusion Countermeasure Electronics 通称《氷》(アイス)。侵入対抗電子機器の略称。ここでは攻撃性のあるセキュリティシステムである。
橿原眞人
>
「……また店を変えねえとな」
目指しているのはこの区域に幾つかある電子関係の店だ。
無論、合法的な店ではない。普通では手に入らないようなプログラムなども手に入る。
プログラム自体は眞人は自分で組むことができるので問題はないが、機器そのものはどうしようもない。
多少改造などは出来ても、サイバーデッキそのものを自作するには手間も時間もかかる。
眞人にそのような手間をかけている時間はなかった。
故にこうしてわざわざ落第街まで足を運んできていた。今回はプログラムや情報を求めてきたわけではない。
サイバーデッキそのものだ。とはいえ、いくら落第街とはいえ、足はつく可能性がある。
以前通っていた店をまた使うのは少々危険だ。
橿原眞人
>
蓬山城の迷路のような路地を曲がる。確かこのあたりだと眞人は聳え立つ魔城を見上げる。
落第街の居住者が住む箱に紛れて、違反部活群が立ち並んでいる。奇怪で毒々しいネオンも輝いていた。
汚らしい路地の間に、このような世界が広がっている。この常世学園の闇の一つだ。
そのようなものを利用しなければならないとなれば、眞人も苦々しい顔になる。
だが、どの道眞人もハッカーである。同じと言えば同じなのかもしれない。
「さて……「瀛州山」だったかな……」
眞人はそう呟いて、建物の一つの中に入っていく。目つきの悪い者たちが眞人を見るも、眞人は気にせずに歩いていく。
ここで下手に反応したりするほうが危険だ。ここでも商売は行われている。無用な揉め事はここの住人でも避けたいはずだ。
カツン、カツンと無機質な靴の音を響かせながら、階段を上っていく。
エレベーターは破壊されて久しいらしく、とても使い物にならない様子であった。
建物の中には、看板を出しているような店もあれば、そうでないようなものもある。
初めて来た人間向けの場所では当然ないのだ
ご案内:「蓬山城」に
三千歳 泪
さんが現れました。<補足:金髪碧眼ダブルおさげの女子生徒。重たそうな巨大モンキーレンチつき。>
三千歳 泪
>
九龍城砦もかくやとばかりに入り組んだ隘路にトンテンカントン槌音が響く。この謎マシーンが最後のひとつ。
私の隣に積み上がっているのはついさっきまで壊れ物の山だった品々だ。
軍用の義眼を両目にはめた店主のおじさんがうっとりした様な顔をして溜息をついていた。
「――直ったよ!! これでおしまい? OK! ではでは、全部まとめてキャッシュで…え、ちょっと多いんじゃない!?」
「そりゃまあ、これが全部売れたらがっぽり丸儲けなんだろうけどさ。いいの? そう。ありがと! よっ大統領!!」
「えへへへ。万が一動かないものがあったら、また見にくるから連絡もらえる? じゃあ私はこれで。まいどー!」
帰り道はなんど通っても覚えられない。適当に歩いていると見知った顔とばったり出くわした。
「あれ。君はもしかしてサイバーメガネくん!! ひっさびさだねー」
橿原眞人
>
初めて行く店であるとはいえ、既に話は通してある。
こういう店は、いきなり行ったところで何かできるようなものではない。
瀛州という、かつて神仙が住むと信じられた仙郷の名を持つ店。
そこが今回の眞人の目的の場所だった。
「ここだ」
幾つかの階層を上った後、長い廊下を歩いて眞人は一つの扉にたどり着いた。
分厚い鉄の扉だ。表札も何もかかっていない。ドアノブの上にはタッチパネルがあった。
これを入力せよとのことだ。眞人は、事前に話を通していたままにその番号を入力――しなかった。
不意に声をかけられたからだ。
「は……?」
何やら近くでこの場所に似合わない賑やかな声がしていたとは思っていたが、その声が自分に向けられるとは想像もしていなかった。
振り向けば、そこには巨大なレンチを背中に提げた少女がいた。
「おま……なんでこんなところにいるんだよ、三千歳。ああ、仕事か……?」
サイバーメガネという呼び名に首を横に振りつつ彼女と相対する。
三千歳 泪
>
「ご明察! ここはレトロで怪しいレアモノのジャンクが流れ着く場所。《直し屋》さんにとっては格好の仕事場なのだよ」
「そういう君はお買い物かい? なに探してるのさ! 私がみてあげよっか。役に立つかもしれないよ」
サイバーメガネくんの腕をとって重厚な鉄の扉を見上げる。
「4と6と0と…あと3かな。パターンは4の階乗だから24通り。でもここをよく見て。4から真横に流れるあとがある」
「3と0は指紋のあとが読みづらいね! でも3から0に流れる痕跡がない。じゃあ逆か、0か3のどちらかが先頭にくる…」
橿原眞人
>
「……そりゃあ確かにそうだが。そうなるとかなりの腕なんだろうな、三千歳。
こんな場所で生き残ってるんだからな。
ああ、まあ……そんなところだよ。色々あってサイバーデッキが壊れて、新しいのを……
どの道古かったから新しいのをって思ってさ」
考えてみれば、目の前の少女は《直し屋》だった。彼女に頼んでも良かったかもしれない。
どの道、彼女には自分がハッキングをしているところを目の前で見られている。ハッカーだと知られている。
「お……?」
不意に腕を取られる。どうやら。彼女はタッチパネルの指紋の跡を見て、番号を読み取ろうとしていたのだ。
「マジかよ……そんなことがわかるのか? 探偵かよ」
彼女の言っている番号は当たっていた。こんな少女がいればロックなど何の意味もないだろう。
《銀の鍵》の異能を使えばこのロックなどすぐに外れるが、異能の反応をこのようなところで出したくはなかった。
だが、泪はそんなことをせずともロックを外せてしまいそうだった。
三千歳 泪
>
「んっと。サイバーデッキってなに? VHSとかベータのこと? それなら知ってるよ! ベータ信者のマニアがいるんだ」
「ベータなんか負け規格だって言うと死人が出るから軽口は厳禁ね! 具合が悪いから見てくれってたまに依頼がくるんだよ」
サイバーメガネくんは様子を見てるみたい。まかしてくれる流れかなこれは。
パネルの数字をたたいて候補を順に打ち込んでみる。3番目でパネルが青い光に変わった。
「ビンゴ!! Elementary, my dear Watson!」
「これまでの推理から導き出される結論は、「0346」「0463」「4603」「3460」のどれかってことになるよね」
「2回まで間違えられると仮定すれば、私は75%の確率で突破できるってわけ。あとの25%は運まかせだ! どうよ?」
橿原眞人
>
「そりゃビデオデッキだろうが。いつの時代の話だよベータとか。
あれだ、電脳世界に没入(ジャック・イン)するための……」
そう説明しながら、眞人は三千歳に任せることにした。そのまま様子を見る。
彼女の推理について興味があったからだ。
そして、彼女がパネルに数字を打ち込んでいく。
三番目でパネルの色が変わった。
「こんなところにホームズがいたとはな」
感心したように「初歩的なことってか」と呟く。
「……ああ、三千歳はすごいな。その通りだ。こうも突破されるとこの店のセキュリティは見直しになるだろうな」
圧縮された空気が吐き出される音を眞人は聞いた。
パネルは青になっている。鍵が開いたのだ。
眞人はドアノブに手をかけた。問題なく扉は開いていく。
「……あまり人には見られたくなかったんだけどな。
俺はこの店に用がある。買い物だ。
なら、さっき言ってたように、見てくれるか?」
店主がどういうかわからないが、彼女はこの街でも名は通っているようだ。
監視カメラも扉の前にあるはずだ。何も言われないということは、別に問題はないのだろう。
三千歳 泪
>
「そう思うでしょ? いるところにはいるんだよね。そういうの好きな人がさ」
「普通の世の中じゃ生きられないからこういう場所に住み着いて、毎日それなりに楽しくやってる」
「ここはそういう人だらけ。おたがいお節介は焼かないこと! 相互不干渉が大事なルールになってる」
「それは聞いたことあるよ。機械の中調べるやつだね!! サルベージの仕事、君と組めばけっこう儲かるかも?」
記録媒体の墓場。ジャンクの中のジャンクが流れ着く場所だから、いわくつきのデータが入ってるものも少なくない。
専門に売買してる人もいるくらいだから、実際いい商売なのだと思う。
でもサイバーメガネくんはクラッキングの腕前を知られなくないみたい。なにか事情があるのかもね。
彼に続いて、お店の中へと。
「おっけー! まかしておきたまえワトソンくん!!」
橿原眞人
>
「なるほど……単にアブねえ場所だけってわけでもないんだな。
こういう場所でも秩序が生まれるってことだな。
……サルベージ、か。まあ、俺がやろうとしてるのもそう言う感じだ。
商売にする気は別にないけどな」
サルベージ。《電子魔術師》――テクノマンサーを探すために眞人はこの島にやってきた。
電子の海に消えた師匠を探すためにである。
たしかに、彼女の《直し屋》としての技能が加われば、お互いにやりやすくはなるだろう。
だが、眞人はハッカーだ。そう容易に人と組むことはない。
そして、眞人のやろうとしていることはかなり危険なことであるために。
「それじゃあお願いするぜ、ホームズ先生」
扉の向こう側は不気味に光り輝いていた。
部屋の中にはいくつものパネルが置かれており、その中を蛍光色の文字列が泳いでいた。
違法な電子機器を扱う店の一つ。落第街で舞う情報がパネルの中を駆け巡る。
部屋の中は暗いものの、緑やオレンジに発行する文字列のおかげで、奇妙な明るさが保たれていた。
「……どうも。昨日言ってた《ランドルフ》ですけど。
……これ、大丈夫ですかね?」
ランドルフというのは偽名だ。こんな場所で本物の名前やアカウントを使う奴はまずいない。
店主もそれを心得ているはずだ。
眞人は三千歳を指さして、身体のほとんどを義肢に変えている店主にいった。
店主は二人を一瞥し、視線を自分が見ていた端末に戻した。
問題はないようである。
「……大丈夫だそうだぜ三千歳。ああ、あれだ。俺がこういう所に来てるってのは秘密な。
さて……サイバーデッキを探さねえとな」
眞人は店の中を歩きはじめ、陳列された機器を眺めていく。
サイバーデッキももちろん置かれている。
自らの脊髄を改造して直接プラグを差し込むものもあれば、ヘッドギアのようなものもある。
三千歳 泪
>
「これまでの話をまとめると、君は探しものをするための道具を探しにきたって感じかな」
「それは大事な秘密だから、人に話すわけにはいかない。いいよ。わかった。特に聞かれることもないと思うけど!」
「秘密の仕事なら足がつきづらいものがいい。だから君は状態のいい中古品かジャンクを探しにきた」
「見つかるかどうかはなりゆき任せ? でもないか。ここにあるかもしれないわけだね、君の探しものが!」
「で、どれがいいのさ? これって首の後ろにブッ刺すやつだよね!! サイバ…ランドルフくんも穴あいてるの?」
手のひらサイズのホログラム投影装置をいじくり回して常世島の立体映像をぐるぐる回す。
おもちゃ箱の中に入ってしまったみたいな気分。見る人が見れば宝の山にちがいない。
橿原眞人
>
「……そんなところだ。すまねえな、詳しくは話せねえことなんだ。
俺は、この島の電脳世界の海に消えた人を探してる。
そのために、色々電脳世界に没入してるわけだ。だから、サイバーデッキが壊れた今はとても困ってる。
ここは中古でも最新のものが揃ってると聞いてる。上手く直して改造してやれば、本来以上のパフォーマンスを発揮するはずだ」
「……いや、別に無理にランドルフって言わなくてもいいよ。
サイバーメガネくんじゃどの道誰のことかわからねえだろ、普通は」
ホログラム投影装置を面白そうに弄んでいる涙を見つつ、眞人はサイバーデッキを眺めていく。
「いや、俺は脊髄の電脳化の手術はしてない。
手術したほうがメリットもあるが……その分調べられた時に困る。生身のほうがいい。
俺が使っているのは……こういうやつだ」
サイバーデッキの一つを取る。かなり小型化されたものだ。
小型の箱状の機器を見せる。それには平べったい皮膚電極のようなものが、コードと共にぶら下がっていた。
「これを頭に着けるわけだ。それで自分の精神を電脳世界に送る。
没入率は当然、首の後ろにブッ挿したほうが高いけどな。
とりあえずこれかな……オノ=センダイ社製の最新機種『ホサカ』だ」
三千歳 泪
>
「それもそうだね!! でもサイバーメガネくんはサイバーメガネくんしかないからサイバーメガネくんといえば君のことになるよ」
「名前は符丁みたいなものだから、君のことだってわかっちゃうのはよろしくない気がする! 君は世界で唯一のサイバーメガネくんなんだよ」
「もっと自覚を持ってほしいものですなー。それはさておき。探し人ね。どこで消えたかわかってないの?」
「オンラインのデータはかならずどこかのメインフレームなりデータセンターに存在してるはず」
「幽霊じゃないんだから、どうしても現実のどこかに置かれているはずなんだよ。それがこの島の中なんだよね?」
「じゃあ、その人がいなくなった時期におかしな動きをしたマシンを調べればいいんじゃないかな!」
「聞いていいことかどうかわからないけど、電脳世界に消えたってことは…身体はもしかして」
精神の消失。生命維持装置に繋がれたまま覚めない眠りを続けている可能性を考える。もっと悪い末路も頭をよぎってしまって。
「こっちの方がいいモデルだよ!! ほらここ、ナントカっていう数字が大きい! 壊れてるから安いしさ」
「このお値打ちプライスは共食い整備のパーツ取り用って感じかな。これにしようよランドルフくん。私なら直せそうな気がするんだよね」
橿原眞人
>
「やめろ! 何だがサイバーメガネがゲシュタルト崩壊してきそうだ!
わ、わかったわかった。俺が無自覚だよ。ランドルフって言ってくれ。
……ああ、この前、その情報を手に入れた。どのみち、わからないだろうからいうけど」
「《ルルイエ領域》」
眞人は静かにそう言った。どこか禍々しい響きを持った名前。
師匠が最後の通信で、調べると言っていた場所だ。
そして、おそらく師匠はそこに消えた。
「ああ、俺もそれを考えてこの島の電脳世界に没入してる。
だが……そう上手くはいかねえ。どうやら、ネットワークのかなり深い所にあるらしい。
管理しているのが財団かもしれない。なら、そうやすやすとそのコンピューター自体を見つけることはできないだろう」
そして、師匠の体の事を言われると、首を横に振る。
……俺が探しているのは特別な人なんだ。信じられないと思うが……
その人は、存在ごと、電脳世界に没入できる。つまり、肉体ごとだ。
俺もいまだに仕組みはよくわからない。
だがあの人は、自由に電脳世界を駆けて行けた。まるで生きてるようにな。
だから、たぶん体はどこにもない。電脳世界に消えてしまったわけだ」
どこか、湿っぽい話になってしまった。師匠について、断片的にしろ人に話したのはこれが初めてだ。
「ん、ああ、確かにそっちの方がいいけど、壊れてちゃ……」
泪が指さしたほうを見る。確かに良いモデルだ。だが壊れてしまっている。
すぐに使いたいからと言おうとしたときである。
「……そうか。三千歳に頼めばいいな。……すまねえけど、頼めるか」
彼女が直してくれる、と言えばしばらく考えた後に頷く。
《直し屋》としての実力は確かなものだと眞人は思っている。この落第街でも顧客がいるほどだ。
泪の挿したサイバーデッキを手に取り、カウンターへと向かう。
ネオ=アーカムハウス社のサイバーデッキ『プロヴィデンス』だ。
三千歳 泪
>
「なるほど。ちゃんと調べたんだ。《ルルイエ領域》?」
「研究区のマシンだったらそれなりのセキュリティクリアランス渡されてるけど、たぶん足りないんだよね」
「その特別なスゴい人がわざわざ没入するくらい特別な場所。きっと普通の研究員レベルじゃ近づけないようなどこか」
「君もどこかへ消えちゃう危険性は十分にあるわけだけど、そのことだってよく考えたはず」
「私が気になるのはむしろ、そこまでしてその人を探さないといけない理由のほうかな」
「君にとって、その迷子ちゃんはどんな人だったの? 家族? 友達? 先生? それとも好きだった人?」
「けっこう真剣な話だよ、ランドルフくん。そのつながりが君を導いてくれるかもしれない。ご縁ってやつさ」
信頼されている。プロフェッショナルとして認められている。打てば響く感覚はいつも心地いいものだ。
だからこそ期待にはこたえ続けないといけない。その報酬がどんなものであれ、妥協は許されないのだから。
「名前がいいよね。プロヴィデンス。我は神意なり! 報酬はケーキバイキング一回。もちろん君のおごりでね!! よろしいかなランドルフくん」
橿原眞人
>
「その道の連中にとっては、都市伝説みたいな話でな。
常世島のネットワークの深淵には、とんでもない情報があるって話だ。
ただ、確認した奴は誰もいない。実在するかどうかも。
……だが、俺の探している人はそこにアタックをかけると言った後に、消えた。
だから、普通の方法じゃまずたどり着けない場所だ。そんなところがネットワークの中にあるなんて俺も信じられなかったけど」
カウンターへと歩き出しながら話を続ける。
「……そうだな」
探している人がどんな人か、と聞かれると考え込むように。
「俺の先生だ。師匠だった人だ。電子の魔術師と呼ばれてた……。
……俺に家族はもういないけど、そうだな。言うとすれば……」
「家族だった。そして……。
好き、だったかもしれない……」
僅かに目を伏せながら、呟いた。かつての時を思い出したためだ。
家族を失った眞人にとっての唯一の家族と言えば、師匠だけだった。
眞人はカウンターまで向かうと、店主にサイバーデッキを渡す。
「ああ、I am Providence……我は神意なり。なんだか強そうだしな。
オッケー、実に良心的な《直し屋》だ。人気が出るのもわかるな。
それじゃあ報酬はそれだ。もう一つ何かサービスしてやってもいいくらいだ」
店主に代金を現金で渡す。それなりの額だったが今は仕方がない。
店主は二人と何一つ言葉を交わさずに、商いを終えた。
特に二人の素性なども確認はされない。それがこの店のルールだった。
最初の関門、それさえを潜り抜ければ店は何も関知しないのだろう。
眞人はサイバーデッキ『プロヴィデンス』を受け取ると、それを鞄にしまった。
「よし……俺の用事はこれで終わりだ。プログラムとかは自分で組めるしな」
そういうと、奇怪な電子の色に覆われた店内から出る。
三千歳 泪
>
「その過去に決着をつけないと、君はいつまでも心残りをひきずり続けることになる」
「大切なお師匠さまで家族みたいな人。好きだったかもしれないあこがれの相手」
「今はどうなのさ? 気持ちはかわらない? 君が見ているその人は思い出の中で美化されてるかもしれない」
「でも君は探し続けるつもり。危険を承知の上で、リスクをおかして、手段を選ばすに見つけ出すつもりでいる」
「私は君になんて言うべきなのかな? 危ないからやめなよ? 見つかりっこないよ? どっちも違う感じがするんだ」
「探したいなら止めないよ! やりたいようにすればいい。私は君の背中をおしちゃうタイプの人間なんだよ」
「だって面白そうじゃんさー!! もしも君がしくじって、運悪く死んじゃったりしたら君のお墓に花束をそなえてあげる」
「おバカな命知らずがいたことも覚えておいてあげようと思うわけだよ。だから心置きなくやってみるといいんじゃないかな!」
連れ立って店を出る。三千歳だとか《直し屋》だとか、私の素性っぽいことガンガンいってたことには気づいてるのかな。
サイバーメガネくんてばけっこう天然なとこあるよね。ほっとけないなー。
「研究区に工房があるけど、そっち行く? それとも君のとこにお邪魔しよっか。どっちでもいいよ。君についてって機械を直すだけだから」
橿原眞人
>
「……打ち明けた相手が三千歳でよかったよ」
彼女の方を見て、僅かに微笑する。
「危ないから、そんなのは百も承知だ。
見つかりっこないとしても、何としても見つけようとしてるんだからな。
何としても俺は師匠を見つけ出す。俺に生きる意味を与えてくれた人だ。
そしてもう、俺は家族を失いたくない……世界の真実を知らないまま、過ごすのは嫌だ。
やめろと言われてやめるなら最初からそんなことしていない。
だから、そうやって背中を押してくれる奴がいいんだ、三千歳」
「もし死んだ後に花を供えてくれるやつがいるってだけで、もう大丈夫だ。
命知らずは命知らずなりに全力で、心置きなくやっていけるぜ。
――まあ、死ぬ気は毛頭ないけどな!」
彼女の冗談に笑いながら言う。ここ最近は連日電脳世界に潜りっぱなしだった。
やっと、現実に帰ってきた感じがあったように眞人は思った。
だが、自分の名前は隠していたにもかかわらず、店の中ではかなり三千歳だとか直し屋など喋ってしまっていた。
電脳世界では冷静なハッカーでも、現実世界ではこの調子であった。
「……そうだな。俺がいるのは男子寮だからな、ちょっと女子は入れづらい。
そっちの工房で頼むわ。直し終わったら報酬ってことにするか」
三千歳 泪
>
「生きる意味を?」
彼にとっての生きる意味。語られた言葉をつなぎ合わせると浮かび上がるものに目を凝らしてみる。
家族の喪失。何らかの事件に遭って失われた絆。その痛みを師匠は癒し、彼を教え導いた。そして今の彼がここにいる。
大切な人を失って平静を保てる人は多くないはず。
時間が解決してくれる事もあるけれど、お師匠さまの失踪からあまり時間がたっていない様にも思える。
ふるさとの親のことを思うと胸がざわついてしまう。おとーさんとおかーさんに何かあったら、きっといてもたってもいられなくなる。
「そっか。君は強い子だね! 諦めなければ、いつか見つけられるかもしれない」
「もしかして、それもお師匠さまの教えかな? いいなー会ってみたいなー。君の好きな人。たぶん初恋の人!」
「好きってことは女の子だよね? ホモなの? 違う? 大丈夫。わかってるってば。で、可愛い人。それともきれいな人かな」
「それは会ってのお楽しみってね。じゃあ、こんなとこで油を売ってなんかいられない」
「行くぞランドルフくん! サービスしちゃうよー。なんたって君は命の恩人だからさ!!」
ランドルフくんの背中を押して、先に行ってとジェスチャーする。蓬山城の外に出られたら案内できるから、今だけはよろしくね!
ご案内:「蓬山城」から
三千歳 泪
さんが去りました。<補足:金髪碧眼ダブルおさげの女子生徒。重たそうな巨大モンキーレンチつき。>
橿原眞人
>
「そうだ。生きる意味を」
「……俺はただ師匠にもう一度会いたいだけさ。
そして、前の生活を取り戻して……師匠と共に世界の真実を見るんだ。
お、男じゃねーよ! 女だって! まあ、性格にはよくわからないが……」
師匠の外見などについてはぼかした。話せば自分に対してよくない風評が立つ可能性があったからだ。
すっかりペースを乱されてしまった。現実ではハッカーもただの人なのだ。
「ああ、行こうぜ。俺も早く没入して師匠をさがさねーとな!
いや、だから命の恩人は大げさ……うおあっ!」
背中を押されつつ、蓬山城の外へと向かう。
これでサイバーデッキは手に入りそうであった。
いよいよ、師匠のいる場所に近づくことになりそうであった――