ご案内:「禁書庫」に
畝傍・クリスタ・ステンデルさんが現れました。<補足:短いブロンドの髪と赤い瞳、オレンジ色のボディスーツ姿の少女>
畝傍・クリスタ・ステンデル >
橙色のボディスーツに身を包んだ一人の少女が、禁書庫へ足を踏み入れる。
その少女――畝傍・クリスタ・ステンデルは図書委員会に所属していない一般生徒である。故に、禁書庫へ立ち入るには通常、特別な許可が必要だ。
だが禁書庫の警備は薄い。かつて某国において狙撃手を務め、戦地にも赴いていた畝傍が忍び込むことは容易かった。
「『生きている炎』をよびだす方法を、みつけないと」
彼女がここに来た目的――それはただ一人の友人、石蒜を背後で操っていると考えられる『鳴羅門火手怖<なるらとほてふ>』神が唯一恐れる、『生きている炎』を召喚する方法を探るため。
『生きている炎』は魔術的な手段で呼び出せるとされているが、
その方法を記した書物は失われているとも、以前借りた本『図説・常世島の神々』には書かれていた。
だが、歴史の闇に消えたはずの本が集うといわれる禁書庫であれば。畝傍はその可能性に賭けたのだ。
畝傍・クリスタ・ステンデル >
畝傍は禁書庫の中を歩いていき、魔術書が収められた本棚を探す。すると、畝傍の視線の先にあるものが目に入った。
それは貝殻の飾りがちりばめられたアンティーク調の椅子。そこに、白髪と灰色の髭を持つ老人が座っていた。
その膝の上には、彼の厳格そうな顔立ちには似合わない、可愛らしいイルカのぬいぐるみが置かれている。
外見年齢から察すると生徒ではなさそうだが、教師だろうか。あるいは――?
「おじいさんは、だれ?」
畝傍は眼前の老人に問う。
「誰でもよかろ。しいて言うなら、ここの手伝いをしとる者じゃな」
灰色の髭の老人は畝傍のほうを向き、その姿とは裏腹に穏やかな声で答えた。
畝傍・クリスタ・ステンデル >
「それより……お嬢ちゃんはこんなところに何をしに来たんじゃね。ここは一般の生徒が立ち入ってよい場所ではないのじゃが」
今度は逆に、老人から畝傍へ問いかけがなされる。
図書委員の腕章がないことから、老人は畝傍が本来ここに立ち入る権限のない者であることを察していた。
「『生きている炎』をよびだす方法がしりたいんだ。ボクのトモダチが、鳴羅門火手怖っていう悪い神さまに、りようされてるかもしれない。だから、もしかしたら……トモダチをたすけるには、『生きている炎』をよぶしかないのかもしれないとおもって」
畝傍は迷いなく答える。真剣な面持ちだ。鳴羅門火手怖神の祠はとうの昔に打ち捨てられ、その信仰も今となっては書物に記録されているのみである。
所詮狂人の戯言と見做されても仕方ないだろう。だが、眼前の老人は黙って畝傍の話に耳を傾けていた。
「『生きている炎』か……いかん。いかんぞ、アレは」
老人は目を細め、先程の穏やかな声とは異なる低い声で、
畝傍を諌めるように、何か知っているかのごとき口ぶりで語る。
畝傍・クリスタ・ステンデル >
「確かに、鳴羅門火手怖神はアレを恐れておる。じゃが、アレは人間の手に負える代物ではない……」
老人の言葉は続く。
「『生きている炎』は一度召喚されると、その場にある一切合切を見境なく焼き尽くすのじゃ。もちろん、召喚した者でさえも逃れることはできんじゃろう。つまりじゃ。アレを呼んだが最後……お前さんの命もあるか怪しい」
だが、畝傍は老人の言葉を聞いても恐れをなさなかった。
老人の顔をまっすぐ見据え、力強く告げる。
「いいんだ。ボクが『生きている炎』を呼んで、それでトモダチをたすけられるなら。たとえ、『生きている炎』にボクのからだが焼かれても……ボクは、それでもいい」
畝傍の言葉には確固たる決心があった。彼女は狂っていた。
畝傍・クリスタ・ステンデル >
「……やれやれ。若いモンの考えることは、ワシには分からんよ」
仕方あるまい、といった表情で老人はどこからともなくメモ用紙を取り出し、何かの文字列を書き込みながら畝傍に告げる。
「生きている炎を呼ぶためには、正しい手順を踏まねばならんことは知っておるじゃろ。みなみのうお座の一等星、フォーマルハウトが地平線の上にある時に、この呪文を三回唱えるのじゃ」
言い終えた後、老人からメモが差し出され、畝傍はそれを受け取った。
もし禁書を一般生徒が持ち出したと図書委員に知れれば、大きな騒ぎになるだろう。老人はそれも考えた上で、このような措置をとった。
「……ありがと、おじいさん。まだよくわかんないけど……ボク、これ、おぼえるよ」
畝傍・クリスタ・ステンデル >
そのメモには「Ph'nglui mglw'nafh Cthugha Fomalhaut n'gha-ghaa naf'l thagn Ia Cthugha」と書かれている。
魔術に親しみのない畝傍にとっては難しい呪文だが、これを覚えないことには石蒜を救うことはできないだろうと考え、畝傍は決意を固めた。
老人は付け加える。
「お嬢ちゃん、くれぐれも気を付けるのじゃ。この呪文を唱える手順に失敗すると、お嬢ちゃんは『ヤマンソ』に命を狙われるかもしれん」
ヤマンソ。『図説・常世島の神々』においては、悪鬼『山礎』と書かれていた存在だ。『生きている炎』の召喚に失敗した際に現れ、召喚者を喰らうという。
もし畝傍が『生きている炎』を召喚できなかった時、言い伝え通りにヤマンソが現れれば、彼女の命はないだろう。しかし。
「うん。ちゃんとやるから。しんぱいしないで」
やはり、畝傍に一切の恐れは無い。
畝傍・クリスタ・ステンデル >
「……それと、このことはくれぐれも内密にの。ほほほ……」
老人の声の調子が、また先程の優しい声に戻った。
それを見て、畝傍も名も知らぬ老人へ微笑む。
「うん、ないしょにする。またね、おじいさん」
畝傍はメモをしっかりと仕舞い込むと、老人に別れを告げ。
「(これで、シーシュアンをたすけられる――)」
そう考えつつ来た道を戻り、手薄な警備をやすやすとかいくぐりながら禁書庫を後にした――
ご案内:「禁書庫」から
畝傍・クリスタ・ステンデルさんが去りました。<補足:短いブロンドの髪と赤い瞳、オレンジ色のボディスーツ姿の少女>