2015/07/05 - 22:25~01:22 のログ
ご案内:「屋上」にヨキさんが現れました。<補足:人型。黒髪金目。197cm、拘束衣めいた長衣、ハイヒールブーツ(ウェッジソール)>
ヨキ > (寝息を立てている。ベンチのひとつに大きな身体を横たえて、片腕を腹の上に乗せ、もう片方はまったく無防備に垂らしている。
ぷしゅう、という微かな呼吸だけが、ゆっくりと大らかに繰り返されていた。
そうして、)
「…………――ひぶッしッ!!」
(くしゃみをした。不恰好で、喉を痛めそうな音だった。
鼻を小さく啜ったきり、目覚める気配はない)
ヨキ > (ベンチの端から両足を地面へ投げ出し、いびきも掻かない寝顔はひどく穏やかだ。
何事にも阻まれることのない眠り――
と見えていたのが、不意に何の前触れもなく瞼を開く)
「!」
(喉の奥で息を呑んだ音。
胸を大きく膨らませて深呼吸し、肺腑が絞られるほど深く吐き出した。
何らかの夢、であったらしい)
ヨキ > (獣さながらに引き起こしかけた首を抑える。
焦りなしに泰然と目覚めてみせるのが、この理想郷たる学園の教師の務め、とでも言わんばかりに身を起こす。
片膝をベンチの上に置いた格好で座り直し、もう一度深呼吸)
「………………、おのれ。この期に及んでヨキを惑わすか」
(拳を握り、ベンチの肘掛けへ抑えがちに押し付ける。
金属製の手すりが、がつり、と鳴った。
薄手の布の手袋以外、何も身に着けていない素手のはずが、まるで金属同士を打ち付けたかのような音だった)
ヨキ > (眉間に苛立ちが滲んでいる。
眼鏡を外すと、指先からフレームのごく小さなネジに触れただけで、もう片側の手のひらから銀色の針がちりりと生えた。
握り込む。針は指に刺さることもなく、頼りなげに撓って潰される)
「……ヨキは教師ぞ。この学園がヨキのすべてであるのだ。
隔てられた世界の向こうが、今さら如何にとてヨキの妨げになるものか」
(実際のところ、彼は教師に着任して久しかった。
重い声で呟き、指先で瞼を擦る)
ご案内:「屋上」に日恵野ビアトリクスさんが現れました。<補足:上はシャツ、下はスカートの男子生徒>
日恵野ビアトリクス > 屋上へ続く扉をキィと音を立てて開け、
スケッチブックを小脇に抱えて現れる。
明確な目的なくうろついて周囲を見渡すと、
以前少し話した美術教師の姿が視界に入った。
(……苦手な人がいるな)
しかし去るというわけにもいかず、なんともいえず居心地悪そうにぼんやりと佇んでいる。
ヨキ > (扉の軋む音に眼鏡を掛け直し、そちらを見遣る。
夕刻の仄暗さのなかに、見知った顔を見つける)
「…………。ヒエノ君、と言ったか」
(名を呼ぶ。
片膝をベンチの座面に置いたまま、丸めていた上体を背凭れに預ける)
「どうした?ここは君の学園だぞ。
何を居辛そうにしている」
日恵野ビアトリクス > 「……どうも」
ぎこちなく振り向く。
一度話したきりだが、どうも彼は苦手だ。
向かい合っているだけでどこか気持ちがざわざわとする。
「別に、居づらくなんて。
……具合悪そうにしてませんでした?
保健室にでも行ったほうがいいのでは」
硬い表情でそう言う。
ヨキ > (居辛そうにしている、と気付いていて尚、目線を逸らすことはしない)
「……ああ、それは。
夢を見ていた。学園に来る前のヨキのことを。
保健室で眠れば、また同じ夢に襲われるだけだ。
それならば――ここで君と話している方が、好い」
(顔を正面に引き戻し、もうひとりが座れるだけのスペースを空ける。
それでいて、手招きも促しもしない)
「絵を描きに来たのかね?」
日恵野ビアトリクス > 「夢……」
ベンチに近づいて――しかし座らずに、
ヨキの反対側に立ち……ベンチの背もたれを掴んで立つ。
彼の身なりを観察し。
「異邦の方――でしたね。
どんなところだったんですか?」
軽い気持ちで尋ねる。
絵を描きに来たのか、という質問には、数秒置いて、首肯で応えた。
「ページを埋めに来るには、ちょうどいいところなんですよ」
ヨキ > (地面に目を落とす。
ビアトリクスが立った位置からは、首元に旧い鉄の首輪が覗いているはずだ。
尋ねられると、一瞬の間を置いて)
「君は、青垣山へ行ったことが、それとも見たことがあるかね?
そう高くはないが、緑が深い。
ヨキはあすこによく似た山に居た。
むしろ、その山しか知らなかった。人里は、木々の隙間から覗き見るばかりだった」
(顔を見れば目を離さず、一たび離せば見向きもしないらしい。
相手を振り返りもせず、言葉を続ける)
「描くことはおろか、絵というものを知らなかった。
ヨキは真実、山犬であったよ。
……そのスケッチブックは、ヨキに見せられるものか?」
日恵野ビアトリクス > 「ほう」
瞬きを一つ。
大した感慨もなさそうに、ヨキの横顔を眺める。
その言葉を素直に受け取るなら正しくけだものだな、と思う。
「にしては随分と文明的な格好をしていらっしゃる。
……なぜ今は人の装いを?」
スケッチブックについて尋ねられれば、
それをぱらぱらとめくる。
鉛筆や色鉛筆による写生で埋められているのがのぞく。
「いえ。
――評価に値するものではありませんよ」
冷たい、断じるような口調。卑下や謙遜とはもっと別のもの。
ヨキ > (普段どおりの無感動な声。至って平坦な語調)
「ヨキは人に討たれたのだ。
獣として在るべき律を狂わされた。
逃げ延びて『門』を潜り、この学園に拾われた。
今や『門』が現れることもない。
ヨキは宿るべき場所なくして生きることは出来ん。
ここは『人間』の暮らす島だ――実情はどうあれ。
だからヨキは、人間を選んだ」
(振り返る。
ベンチの背凭れに肘を預け、些か無粋さの表れた座り方でスケッチブックを覗く)
「君の言う『評価』とは何だ。巧緻か?表現の豊かか?
ヨキとてすべてを数字に落とし込む真似はせん。
描かれたそれは、君の視界そのものではないのか。
ヨキはヨキの狭い視野の外を知らん。
君が見たものを、もっと見せてくれ」
日恵野ビアトリクス > 「人に……」
ヨキの言葉を反芻する。
なるほど、見た夢というのは討たれた際の記憶か、とビアトリクスは理解し、相槌を入れる。
しかし、人に討たれ、人の装いをする――というのは
彼にとってはひどく屈辱的なことではないのだろうか――
とは思ったが、それ以上踏み込む気にもならなかった。
「……。これは素振りのようなものですから」
観念した様子で、スケッチブックを手渡す。
開いてみれば、ページの八割が写生で埋められている。
題材は、屋上から見える、さまざまな角度や位置から描かれた街の風景。
これが半分を占める。
残り半分は屋上そのもの。フェンス。コンクリートのタイル。
鉄の扉。給水塔。室外機。アンテナ。
それらが、鉛筆か色鉛筆かによる違いはあるが、
ページの端まで、高い客観的正確さで描かれている。
ヨキ > (問われることをしなければ、それ以上語ることはしなかった。
『人間を選んだ』と事もなげに言い切って、それきり)
「何を言う。素振りほど大事な鍛錬もないぞ。
素振りは人間を偉大な剣士にも、スラッガーにもする」
(ビアトリクスの目を真っ直ぐに見据え、にたりと笑う。
けだものの歯並びだ)
「………………、」
(スケッチブックを宝物のように受け取り、開く。
一ページずつ丹念に捲り、眺めてゆく)
「君が描き続けること、手を動かし続けることが、ヨキには大事なのだ。
……このヨキの目には恐らく、君が見ているようにはこの絵が見えてはおらんだろう。
それでも、君がこれらの場に立ったこと、事物を目にしたこと、目にしたものをその手が描き留めたという事実を――ヨキは愛する」
日恵野ビアトリクス > (……この男も笑うのか)
スラッガー。
浮世離れしたこの男が用いるには似合わない例えだ。
つられて皮肉げな笑みを見せてしまう。
「…………」
時に吐き気を催しながら埋めたそれに対する、
飾り気のない、偽りの気配が感じられない言葉に鼻白む。
ヨキがスケッチブックを検め終わったのを確認して、それをひったくる。
「……今日は素振りはやめておきます。それじゃ」
そして逃げるように屋上を去る。
とても彼のいる場所でスケッチをしようなどという気にはならなかった。
やはりこの男は、苦手だ。
ご案内:「屋上」から日恵野ビアトリクスさんが去りました。<補足:上はシャツ、下はスカートの男子生徒>
ヨキ > (手からスケッチブックが離れる。
真顔で相手を見つめ、ぱちぱちと瞬く)
「……何だ。今日は描かんのか」
(去りゆく早足の背中を、ただ見つめる。
立ち上がる素振りさえ見せず、彼が屋上を後にするまで)
「………………、」
(独り残されて、ぽつりと呟く)
「――悪いな。
この学園の中にある限り、ヨキは『教師』で在らねばならんのだ」
(聞くもののない呟きを最後に、目を閉じる。
無感動な絵の連なりが、瞼の裏を過る)
「ヨキほど『正しい教師』はあるまいよ」
(言い聞かせるような小声。唱えて笑う)
「ヨキは――正しい」
ご案内:「屋上」からヨキさんが去りました。<補足:人型。黒髪金目。197cm、拘束衣めいた長衣、ハイヒールブーツ(ウェッジソール)>