川添孝一と桜井雄二はある日、二人で教室にて延々とテスト勉強をしていた。 だがそれにも飽きた頃に二人で気分転換をしようという話になる。 そこで野球部にグローブとボール一式を借りてきた二人は、校舎裏でキャッチボールを始める。 そんな他愛もない一場面を、ほんの少し覗いてみよう。    『ドキッ! 男同士のキャッチボール!!』 川添孝一がボールを持ったまま手首をコキコキと鳴らしている。 桜井雄二はそれを見て無表情にグローブを構える。 「いいか、異能はなしだからな桜井……?」 「なぜそんなことを確認する……? いくら俺が常識知らずでもそこまでは…」 「ヘヘッ、悪ぃ悪ぃ…でもお前ならやりかねないと思ってな!」 桜井が溜息をつく。 「いいから早く投げろ川添孝一」 「わかってるって、キャッチボールなんて久しぶりだから…なっと!」 ボールを弓なりに投げると桜井がその場でグローブに収める。 「良いコントロールだ、川添孝一」 「だろ? 俺って何やったってそこそこ器用にこなすタイプだからよォ」 「……人間付き合いは不器用なくせにな」 「お前が言うな!?」 いいからお前は早く投げ返せよ、と川添は桜井に要求する。 それを聞いて頷いた桜井がボールを投げる。が、バランスを崩れながら少しボールは左手側にズレた。 「おおっと!?」 川添が大きく飛びついてボールをキャッチ。 桜井が軽く頭を下げた。 「すまない、川添孝一。やはりキャッチボールは苦手のようだ」 「いいっていいって、やってるうちに慣れるだろ」 それから二人はしばらく無言でボールを投げあう。 桜井は何度かフォームを確認しながら、川添は危なげなく相手に向けてボールを放る。 テスト勉強の気分転換の割りに長いことやっている。 それから。 ミスした時以外無言でキャッチボールをしていた桜井が口を開く。 「なぁ、川添孝一」 「なんだよ、桜井ィ」 ボールを振りかぶりながら桜井が相手に聞く。 「今度、三千歳泪とデートに行くんだ、海に」 「!?」 桜井が投げたボールは呆然としている川添の顔のすぐ隣を通り抜けて後ろの壁に当たった。 「おい、危ないだろう。ちゃんとキャッチしろ、川添孝一」 「待て待て待て待て待て待て!!」 川添は桜井に食って掛かる。 「三千歳泪ってあの一年だろ!? 直し屋の! おっぱい大きい子!!」 「あ、ああ………」 「あの子とデートォ!? 海で!?」 「そうだ」 わなわなと震える川添孝一。 ど、どうしたと恐る恐る尋ねる桜井雄二。 「見損なったぜ桜井! テメェなんかもうダチでもなんでもねェや!!」 「!? ちょ、ちょっと待て川添孝一!!」 「はー、朴念仁かと思ってたらあんな可愛い子といつの間にか懇ろですか! ふざけんな!!」 「なんで見損なわれるんだ、それで! いいだろう別に俺が女子とデートしようが!!」 二人がぎゃーぎゃーと騒いでいる中、地面の上に置いてけぼりのボール。 「そ、それに川添孝一! お前だって能見さゆりと本土のデスティニーランドに行っただろう!?」 「あー…………それは、なァ」 「それを置いて俺だけ責められるのは、納得いかない!!」 チッと舌打ちをすると川添がその場にヤンキー座り。 「あいつは俺みたいなハンパ者よりもっと経歴が綺麗でまともな奴がお似合いだろ」 「川添孝一…………!」 初めて父親に殴られた幼子のような顔で川添を見る桜井。 「で、お前は何が言いたいんだよ? 海に三千歳泪と行くんだろォ?」 「ああ………水着は普段着の下に着ていくほうがいいと思うか? それとも別に持っていったほうがいいと思うか?」 「お前アホか、水着を着て行ったら十中八九お前のことだから帰りのパンツ忘れるだろ」 「うっ」 「ノーパンで帰りたくなかったら最初に荷物の中に海パン入れとけ、な?」 小さく見える背中でよろよろとボールを拾いに行く川添孝一。 ダラダラと脂汗を流す桜井雄二。 「お前……話ってそれだけか……………結局、ノロケられただけかァ!!!」 全力でボールを投げつける川添孝一。 すかさずグローブで剛速球を受け止める桜井雄二。 「………良い速球だ、川添孝一…」 「うっせ、うっせ!! 1024回死ね!!」 いじける川添孝一を桜井雄二が宥めながらキャッチボールは続く。 しばらく二人で無言でキャッチボールをしていたが、川添孝一が口を開く。 「…俺に妹がいるって話したっけ、桜井に」 「ああ、聞いたよ」 桜井が投げたボールは大暴投、川添が異能で腕を伸ばしてボールをキャッチする。 「お前気をつけろ、ガラス割ったら生活委員会の先輩に4096回殺されるぞ!?」 「なんでさっきから2の累乗数なんだ………?」 それから川添が桜井の真正面にボールを緩く投げる。 「ナイスキャッチ、それでな……俺の妹は一家離散した後に親戚の三枝さん家に引き取られてな」 「…………」 「妹とは手紙を交換し合ってるが、多分俺は恨まれてるだろうな……って思うとまともにあいつの顔が見れねェ」 「そうか」 キャッチボールは続く。彼らのボール遊びを嘲笑うかのようにカラスがひと鳴き。 「……妹がよ、常世学園に来るらしいんだ」 「そ、そうなのか?」 「ああ、異能が発現したそうだ。といってもレモンシードメソッドでDランク、ファーストステージの異能らしい」 「そうか……」 桜井がボールを弓なりに投げる。 川添が複雑な表情をしたまま難なくキャッチ。 「俺はどういう顔であいつと向き合えばいいのかわかんねェよ……どうすりゃいい、桜井」 「そうだな……あえて、一緒の委員会に入れ」 「あん?」 川添が投げたボールを桜井がキャッチし、すぐに投げ返す。 「兄妹なんだろ? 俺の兄は死んだが、お前たちは生きてる。だったら、仲良くする努力をしろ」 「………悪いこと思い出させたな、桜井」 「いいんだ。だが彼女を生活委員会に入れるというのは悪いことじゃあないだろう」 「そうだな」 夕焼けが迫る頃に男二人のキャッチボール。 それは奇妙だが、確かな友情があった。 「よし、じゃあ妹がこの学園に来たら生活委員会に入るよう勧めてみるわ、会話もできるだけしてみるよ」 「それがいい。妹さんの名前は?」 「三枝あかりだ」 「覚えた、一応のために後でメモっておく」 「ああ」 それから川添はボールで数度、グローブを叩いて。 「妹に手を出したら殺すぞ桜井」 「……それは俺以外の男に言え」 川添から投げられたボールを表情を歪めながらキャッチする桜井だった。 二人でしばらくキャッチボールをしていたが、チャイムが鳴る。五時だ。 「やべ、結構遊んだなぁ……気分転換のつもりがガッツリやっちまったぜ」 「明日のテストは諦めるんだな、川添孝一」 「お前もな、桜井」 二人で冗談を言い合いながらグローブを外す。 「あーあ、世界一無駄な時間過ごした」 「こっちの台詞だ」 そう言いながら二人で野球部にボールとグローブを返しに行くのだった。