テスト期間も終わりに近づいてきた。 最終日なんかは実際、丸々空いている人も少なくない。 そんな時期に、暇を持て余した生徒の行う遊び。 今回はそれにスポットを当ててみよう。    『ジョーカーを引くのは誰だ?』 川添孝一と桜井雄二、それと三千歳泪は教室で机に向かっていた。 テスト勉強である。川添孝一と桜井雄二は仲が良い、桜井雄二と三千歳泪は仲が良い。 そんな仲なのだが、なんか話の流れで一緒にテスト勉強をすることになった。三人で。 「お前…本当に三千歳と知り合いだったんだな……?」 「おい、川添孝一。俺が突発的妄想症候群の果てに妄言を吐いたと思っていたのか」 その会話に泪がくすり、と笑う。 「そうだよ、桜井くんとは色々とね。そういう先輩はなんて呼ぼう、確か公道の走り屋ルシファー川添?」 「なんでその名前知ってんだよ!?」 「じゃあ先輩はルシファー先輩かな。悪魔の名前を持つ元・不良の!」 「それあだ名!?」 桜井が溜息をつく。 「泪は人をあだ名で呼ぶんだ、俺も会ってしばらくは掃除のおじさんとか窓拭きウィリーとか…」 「へー、ふーん、ほー」 「なんだ、川添孝一」 ニヤニヤ笑いながら机をシャーペンでコツコツと叩く川添。 「それが今や『泪』に『桜井くん』、か……随分と仲がおよろしいことで」 言葉に詰まる桜井を前に嘘泣きをする川添孝一。 「俺というダチがいながら抜け駆けとは、俺はお前をそんな子に育てた覚えはないッ!」 「……お前に育てられた覚えもない」 「ということはルシファー先輩は彼女いないのかな」 すぐに顔を上げる川添。 能面のような無表情が顔に張り付いている。 「勉強するぞ」 「話を逸らしたな」 「話を逸らしたね」 怒りながらテキストを開く川添孝一。 「うるせえ!! お前らなんかどこまでもいっちまえ!!」 「怒らない怒らない。モテそうなのにね、ルシファー先輩は!」 「だからルシファー言うな!!」 ぎゃーぎゃー喚きながら全員で勉強のラストスパート。 ただし、もう残った科目は少ない。 自然と復習する箇所も減っていくわけで。 川添が鼻と唇の間にシャーペンを挟みながら座っている椅子を傾けた。 「暇だな」 桜井と泪が勉強する手を止めた。 「……勉強を始めてまだ1時間だぞ、川添孝一」 「あー、でもわかる! 私も明日受けるテスト、一科目しかないから」 「俺も簡単なテストが一つだけだな……」 川添がシャーペンを下ろしてボンタンのポケットを探り出した。 「あっ!」 なんとびっくり!と言いたげな表情の後に神妙な顔つきでそっとそれを机の上に出した。 長方形のケースに入ったそれは、どこからどう見ても。 「俺、トランプ持ってたよ。いやー、ビックリビックリ。まさかトランプがポケットに入ってるとは」 「……なんだその小芝居は」 桜井が呆れて溜息をつく。 泪が面白そう!と右手を伸ばす。 「それじゃ息抜きも兼ねて少しだけ遊んじゃおう!」 「さっすが三千歳さん! 話がわかるッ!」 「…………」 勉強は?と言いたげな視線を二人に向ける桜井。 「いいじゃん桜井くん! 明日のテストたいしたことないんでしょ? 軽く遊ぶだけだって!」 泪がわーわーと手をパチパチと叩く。もうすっかり遊ぶムード。 「いいじゃん桜井くん! あ、言い忘れてたけど罰ゲームありでやろうぜ」 「川添孝一、お前に桜井くんと呼ばれる筋合いはない!」 口を尖らせる川添に対して桜井は折れる。 「わかった、遊ぼう。夏季休講を先取りだ」 「やったね!」 「よしっ! そんじゃババ抜きな!!」 こうして三人の罰ゲームを賭けたババ抜きが始まった。 ……どうでもいいが、放課後の教室である。 こんなことをしていていいのだろうか? 慣れた手つきでカードを配る川添。 何故、いつもトランプを持ち歩いているのか。 何故、こんなにもカードを配る姿がサマになっているのか。 それは永遠の謎なのである。 「カードは行き渡ったなー? それじゃ……おお、思ったより残るなぁ」 「三人でババ抜きだからな」 「桜井くん、ポーカーフェイスポーカーフェイス! いつもの無表情だよ!」 「わかっている、泪」 こと、この分野において桜井は無表情慣れ(?)している。 これはババ抜きというゲームにおいて非常に有利だ。 「敵にアドバイス送ってどうすんだよ、三千歳ェ…ああ、あと罰ゲームだけどよ」 「ああ、罰ゲームは何にする?」 川添孝一がニヤリと笑う。 「演劇部に衣装借りてきて舞踏会にも行けそうなレベルにフォーマルな格好でファミレスに行く」 「キッツ!」 「………洒落にならないぞ、それ…」 全員が嫌な汗をかく。 この罰ゲームを避けるためには、本気で挑まなければならない。 仁義なきババ抜きの始まりだった。 とはいえ。 やることは非常に地味なのでずずいと終盤までカットさせていただく。 みんなでワーキャー言いながらババを押し付けあっただけだ。 カードを引く順番は桜井→泪→川添→桜井。 現時点でジョーカーを持っているのは泪。 罰ゲームを避けるためにも、泪は何としても桜井にジョーカーを引かせなければならない。 「それじゃ、引くぞ泪」 「桜井くん」 「なんだ、泪」 満面の笑みで三千歳泪が残った2枚のカードを差し出す。 「右がジョーカーだよ、どうぞどうぞ!」 「!?」 「!?」 その時、男たちに戦慄走る――――― 「ここでブラフかよ、おっかねぇ」 「……俺をハメれると思っているのか、泪」 「さぁ? それは引いてからのお楽しみ!」 天使のような悪魔の笑顔で2枚のカードを片手に持つ泪。 「さぁ、どうするの桜井くん! ハリーハリー! 選んで、早く! 今!!」 「ぐ、ぐううう………!!」 普通に考えれば、嘘。左がジョーカー。 だが本当に右がジョーカーだったら? 考えれば考えるほど泥沼だ。 そこで桜井が考え付いた一手。 「信じるからな、泪」 その言葉に、三千歳と川添が顔を見合わせる。 「フホッ、そう来るか桜井ィ」 つまり、嘘をつかれてたら貸し一つだからなと暗に言い含めているのだ。 ブラフに対して脅し、これが駆け引きである。 ……みみっちいとは言わないでやってほしい。 彼らは本気だ。 「つまり俺は左を引けばいいわけだ」 桜井が無表情のまま三千歳の手札からカードを一枚引いた。 その後、桜井の表情が絶望に染まる。 「ジョ、ジョーカー!?」 「バカな、つまり嘘をついてたってことか、三千歳は!?」 三千歳泪は唇に手を当てて妖しく笑った。 「あ、言い忘れてたけど桜井くんから見て右がジョーカーだから!」 「な………」 絶句する桜井。 呆然とする川添。 これで貸し借りすらない。 「女狐だな………三千歳…」 「知らない! 済んだこと! 私は悪くないっ! だって私は悪くないから」 パッパと川添からカードを引く三千歳泪。 「あ、私上がりだ! ごめんねー桜井くん! ルシファー先輩!」 「おい、桜井魂抜けてンぞ」 ともあれ、これで桜井と川添の二人のどちらかが罰ゲーム。 これはそういう仕組みなのだ。 場に緊張が走る。 そして。 「お前とはいずれこうなる運命だったんだな、桜井ィ……」 「宿命の戦いみたいなこと言ってないで早く引け川添孝一」 「わかってるよ! ちょっと待てって!!」 桜井が持っている二枚のカードを見て唸る川添孝一。 自分が引いたカードがジョーカーじゃなければ上がり。 ジョーカーだったら仕切りなおし。 瀬戸際だ。鉄火場だ。修羅場だ。とにかく、正念場だ。 「俺はブラフはしない、俺のポーカーフェイスが武器だ」 「そうかよ、お優しいこって」 その時、川添は閃いた。 これならひょっとしたら、ひょっとするのではないか。 次の瞬間、川添は桜井の持っているカードを一枚、指先で弾き飛ばした。 弾かれたカードが桜井の顔に当たる。 それは偶然、表になっていて。 「そのジョーカーはお前にやるよ、桜井」 「な………っ!!」 泪が『何故、どうして!? ルシファー先輩はジョーカーの位置がわかったのかな!?』という顔をしている。 そして桜井は深く重い溜息をついた。 「お前それやって弾いたカードにハートの2が出たら上がり宣言するつもりだったろ」 「あ、本当だ!! ズルいよルシファー先輩! ズルはダメ。普通にダメ」 「やっぱダメ?」 その後、普通にジョーカーを取ったことになった川添は普通に桜井に負けた。 敗者、川添孝一。 罰ゲーム決定。 ファミレス「ニルヤカナヤ」にて。 「いらっしゃいませ、お席にご案内………」 接客に来たウェイトレスさんが一瞬硬直した。 そこには普段着の桜井と三千歳と、一人だけオールバックに燕尾服の川添孝一だった。 ウェイトレスに向けて川添が仏頂面で答える。 「非喫煙席、The三名様で」 「えっ、あっ、はい! The三名様ー!」 混乱して変な応答をするウェイトレスさん。 そのまま席に座る三人。 一斉に笑い出す桜井と三千歳。 「いや、これ想像以上に破壊力大きいな」 「ヘンだよルシファー先輩! 何頼むのかな? その格好で何食べるのかな!」 「うるせぇ!!」 そもそもオールバックが致命的に似合っていない。 笑い続ける二人を前に、川添は嘆息する。 「誰だよ罰ゲームとか言い出した奴はよォ」 「お前だ、お前」 その言葉を聞いた川添は、今までにないほど悲しそうな顔で『やっぱり?』と言ったのだった。