激動のテスト期間が終われば、穏やかな日々がまたやってくる。 勉強中はやりたいことが山ほどあったはずなのに、いざ終わってみるとそうでもなくて。 これは明日をも知れぬ戦いを繰りひろげた学生たちの、知られざる活動の記録。 そんな彼らが日常を取りもどしていくまでの一コマを、今日は私、三千歳泪がリポートしてみよう。     『伝説の映画の伝説』 「史上最悪のパニックホラー?」 「そうそう。映画の歴史に名を残した伝説の作品なんだってさ! 絶対に一人で見ないでって言われてるんだ」 「だからって俺まで巻き込むんじゃねえよ!?」 「えー? だって面白そうじゃんさー! これは呪いのビデオなんだよ」 ここに映画同好会がくれた一本の映像データがあります。 DVD? ううん、ビデオテープなんだ。ホラー映画を見るなら古式ゆかしくVHSじゃないと。こういうのはたぶん雰囲気が大事なんだよ。 私の名前は三千歳泪(みちとせ・るい)。三千歳の16歳。常世島の学園都市で、モノの修理の専門家《直し屋》さんをやっている。 今回、私のところに持ち込まれた依頼品は、焼け落ちた世界から流れついた旧世界の遺産のひとつ。 かつて映画ファンのあいだで名を馳せた伝説の映像作品。経年劣化で失われた、その映像データの修復だった。 仕事のほうは首尾よく終わって、同好会のひとたちも大満足。お礼にダビングしたテープを貰って、今日はその鑑賞会ってわけです。 私の工房は研究区にあって、VHSのビデオデッキも絶賛稼働中。桜井くんと仲良しの、ルシファー先輩こと川添孝一先輩も道連れにして。 史上最悪のパニックホラー。絶対に一人で見てはいけません。何故って、最後まで見た人は死にたくなっちゃうから。 「けどよ、本当に大丈夫なのかよ?」 「死にたくなっちゃうって話? あんなのただのウワサだよ。ルシファー先輩は怖いのかなー」 「うるせえ!! 怖くなんかねえよ。聞いてみただけだっての!」 「それなら問題ないな……心の準備はできている」 「じゃあ早速はじまりはじまり。ギブアップもおっけーだけど、最後まで見れなかった人は罰ゲームだよ!!」 「おい何だよそれ。聞いてねえンだが!?」 ルシファー先輩の抗議をスルーしてビデオデッキにVHSを押しこむ。途中からは中の機械が受け取って、ビデオを定位置にセットしてくれた。 二世代くらい前の液晶ディスプレイに砂嵐が走って、白いノイズが大きな画面を飛び回る。 タイトルは、『外宇宙からの死者/第9計画』。 「この俳優さんがね、向こうのホラー映画ではおなじみの名優なんだ。ドラキュラもので一世を風靡したスゴい人なんだよ」 「ドラキュラ。ヴァンパイアだな。泪、吸血鬼が出てくるのか…?」 「それは見てのお楽しみだよ。この俳優さん、なんと撮影中に亡くなっちゃったんだって! そういういわくつきの作品なんだ…」 「途中で死んだァ!? ブッ飛んでんな!」 「しかもだよ! この映画が奇才の名をほしいままにした監督の運命を狂わせて、遺作になっちゃったんだ…」 「!? マジで呪いのビデオかもしれねえ…」 映画同好会の人からの受け売りだけれど。すぐに映像がはじまって、預言者クリズウェルのモノローグが流れる。 今から語られるのは恐ろしい惨劇の話。ここには本当の恐怖があって、心臓が止まっちゃうかも。準備はよろしいか? 「お、おう…」 「おっけー!! まかしといて!」 「怖くは…ないぞ」 桜井くんはいつもより表情が固くて、ルシファー先輩もけっこう身構えてる感じ。私もすごくドキドキしてる。 物語は不吉なお葬式のシーンから始まる。愛する妻を失った老人の嘆き。名優の演技が涙を誘う。 場面は変わって、サンフェルナンドの渓谷を飛ぶ旅客機のコクピット。 操縦士と副操縦士がのんきなおしゃべりを楽しんでいたところに謎の光が現れる。 「UFOだ!!! 見て見て桜井先輩! ルシファーくん!!」 「混ざってンぞ三千歳。それより今のパイロットが握ってるやつ、ただの板切れじゃなかったか…?」 「え、そうだっけ? 気のせいじゃないかな」 「まだ怖くは……ないな」 UFOはなんと、埋葬されるはずだった死者をよみがえらせてしまうのです。 よみがえったお婆さんは墓堀人たちを襲って、ああ無惨! 墓堀人たちは不運にも死者の仲間入りをしてしまう。 不幸の連鎖はさらに続いて、老人も交通事故にあって亡くなってしまうのだった。 「増えつづける犠牲者…!!」 「初っ端から死にすぎじゃねえかな。ホラー映画ってこういうモンなのか?」 「俺に聞くな、川添孝一……!」 墓堀人たちの亡骸がみつかって、警察の捜査がはじまる。墓場の近くの民家では、光るUFOのウワサ話が。 「あっあぶない!! 警部後ろーーーーーーーー!!!!」 「死んだな」 「5人目だぞ!? 飛ばしてンなおい!」 名優扮する老人も復活して、警官隊を指揮していた警部さんが犠牲に。またお葬式がはじまる。天丼ギャグみたいだよね。 円盤はハリウッド大通りにワシントンD.C.を好き放題に飛びまわり、軍が出動してミサイル攻撃を敢行! 全然効かないのはお約束。 まだ軍機で秘密になってるけど、小さな町の住民がUFOに皆殺しにされちゃったんだって。大佐が言ってた。 「……? 待てよ。そんなシーンあったか?」 「…………いや、なかったな川添孝一。見逃していたはずはない」 「きっとどこかでそういうことがあったんだよ!」 「あと、このおじいさんは別の人。例の俳優さんが亡くなっちゃったから、代わりの役者さんが出てきてるんだ」 「顔隠しすぎだろ!? どう見ても不自然すぎんだろうが!!」 「ちなみにこの人は監督行きつけの整体の先生なのだ!」 「マジか!!」 「……落ち着け、よくある話だ。まだ慌てるような時間じゃない…」 円盤は宇宙空間の母艦に帰投。ふたりの宇宙人が降り立って、地球の状況を報告する。 地球人はけしからん。われわれの存在を無視している。いまこそ第9計画発動のときでは? 第9計画とは何か? 死者をよみがえらせてパニックを引き起こす恐怖の虐殺計画なのだ!!! でもセットがチープで締まらない。カーテンで仕切った部屋にレトロな無線機が置いてあるだけだもんね。 よみがえった死者は宇宙人のスペース電子銃であやつれるんだってさ。 「そりゃな、それだけやれば存在感抜群だろうが…おかしくないか?」 「……まちがいなく人類の敵の仲間入りだな」 「うーん…宇宙人の人たちもいろいろとさ……事情があるんだよ…」 警部さんも復活して三人のスペースゾンビがもぞもぞ動いて現地住民を襲う!! 怖い! と思いきや、偶然通りかかったオープンカーに助けられてことなきを得たのでした。よかったー。 警官隊は空っぽのお墓を発見。これは誰の墓だ!?って一同は大騒ぎ。よく見ると警部さんのお墓でした。 「なぁ三千歳よォ…これ怖いか?」 「えっ。……こ、これから怖くなるんじゃないかな!」 「怖くは…ないぞ……」 場面はワシントンD.C.に飛ぶ。大佐は宇宙人からのメッセージが録音されたテープを持ってて、それを再生する。 われわれは宇宙人である。名前はエロス。君たちを何世紀も観察してきたけれど、征服しようって考えてるわけじゃない。 むしろ助けにきたのだ。なのに君たちはわれわれを攻撃した。だから物騒な兵器なんか作って、宇宙崩壊の危機をもたらすのだ。 気が進まないけど戦争だ。君たちが悪いんだからな! 「エロス(笑)」 「……エロス(微苦笑)」 「磁気テープだ。20世紀の記録映像で見たことあるよ! 録音用の記録メディアでさ、このビデオよりも古いんだ」 一方その頃、UFOのマザーシップでは―――宇宙人が三人のスペースゾンビを上司に見せびらかしてました。 当然、たった三人じゃ足りんだろって怒られて、しかもスペースゾンビが暴走をはじめる。襲われるエロス。 こいつらを大人しくさせろ!!って大慌てのエロスをみかねて、上司は一言アドバイスをくれる。スペース電子銃をたたけば直るよ!って。 「襲われてンぞ宇宙人!! オイオイオイ死ぬわエロス。しかもマジで直ってやがる…嘘だろ!?」 「……泪と同じだな。経験がものを言う世界だ」 「そうなんだけどさ! ちょっとこれは……一緒にしないでほしいかな…」 「三千歳。まさかとは思うがよォ、死にたくなるってのは……」 「…うん、あと25分くらい残ってるね……」 「………いまひとつ盛り上がりに欠けるな…」 「冗談キツいぜ!! 俺は降りるぞ! このままじゃ人生について考えはじめちまいそうだ…!」 「うぅっ、ごめんね桜井くん! 私もこれ以上は無理だよ!!」 「気にするな泪、俺はまだ耐えられる……あとは任せておけ」 桜井くんが不思議とたのもしく見える。あとで結末を教えてもらおう。私とルシファーくんは戦線離脱して工房の外へ。 「桜井くんてばほんとに律儀なんだから! 罰ゲームとかもういいのにさ」 「ヘヘッ、お前にいいとこ見せたいんだろ。桜井はあれでいいんだよ。わかってて惚れてンだろ?」 「まあね!!」 「お熱いこって。あいつ、変わったよな」 「ルシファーくんは私より付き合い長いもんねー。最近はさ、けっこう笑ってると思うんだよ」 「ついに先輩すら消えちまったなオイ。そりゃ、だれの影響なのかね」 「桜井くんはけっこう友達多いからなー。みんなのおかげじゃない? 君も私も、トムとかもさ」 「みんな一生懸命な桜井くんが好き! 私だけじゃないよ。ルシファーくんも大好きなんでしょ?」 「あん? 俺は……うっせ、うっせ!! 俺に振るなよ! 結局ノロケられてンじゃねーか!!」 ヤンキー座りしたままそっぽを向くルシファーくん。器用だなー。 雨の日に仔猫をひろった純情ヤンキーみたいだよね。 肝腎の罰ゲームはどうなったのかって? それはね――。 ――――ファミレス「ニルヤカナヤ」にて。 私が選んだのは、近海産アサリのボンゴレビアンゴにミネストローネ。 桜井くんとルシファーくんも思い思いの料理をたのんで、季節のサラダと大きなピザを三人で取り分けた。 「ごちそうさま! 今日もなかなかだったね!!…じゃあ、そろそろかな。言うね?」 指を鳴らすとウェイトレスさんが注文とりの機械を手にして近づいてきた。 「あー、すまねえが…」 「うむ。えっとね、こほん。シェフを呼んでくれたまえ!!」 はあ、とウェイトレスさんが生返事をして、奥からバイトの調理係くんがやってくる。 前に一緒に仕事をしたことがある子だ。 「今日は旨かった」 「いつも期待を裏切らないな……」 「おひさしぶり。すばらしいディナーだったよ!! いい仕事してくれたよね。ごちそうさま!」 調理係くんはよくわからないなりに、少し嬉しそうな顔をして調理場に戻っていく。 「罰ゲームになってねーよな」 「いいじゃんさー! 本当においしかったんだから」 「…そういうことだ、川添孝一」 「上映会自体が罰ゲームだったってオチかよ!」 「またやろうよ! 上映会!! 実はもう一本ビデオもらっててさー」 「……悪ィ、急用思い出したわ! またな!!」 「あっルシファーくんが逃げた!! ものども出会え! 逃がすな追えー!!」 そっちのビデオ? 実はあの後どっか行っちゃったんだよね。けっこう探したのになー。 映画同好会の人が言うには古い井戸が映ってるだけだったらしくて、あんまり面白くはなさそうだけど。 見つかったらまたやろうと思います。                               ―――To Be Continued.