2015/07/14 - 21:58~02:19 のログ
ご案内:「無気力坂」に自販機さんが現れました。<補足:自販機/台車搭乗中>
自販機 > (♪販売のテーマ♪)
自販機 > (坂の上の方で衝突音がした。自販機運搬中のお兄さんの手から台車が離れる。坂が急なことで有名な地点へと台車が転がっていく。
そう、位置エネルギー車である。
坂の途中の通行人を危ういところで轢きかけながらも下っていく……!
屋台をなぎ倒していく。100パーセントオフセール開催中!
屋台にのっていた猫がふぎゃあああと叫んで空中を舞う。
台車は加速度的に坂をくだっていく。速度はもはや自動車並み。重量が数百kgはありそうなそれが坂を下っていくのである。普通に事故だった。別に人間とか巻き込んでカタマリになったりはしないです)
「ブォォォォン」
(エンジン音みたいな低音。
速度Free!!!!)
自販機 > (でー↑でー↑でー↓ でーれでー↑ でー↑ でれでん♪)
(さらに加速していったら時間さえ飛び越えられる気がする。だけど駄目だ。雷の直撃を時計塔経由で装置に流し込まなければならないのだ。
あるいはロケットで加速する? 何かうってつけなブツを用意できそうな部活があるような気がしてくる。
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
屋台を右にかわす。通行人を飛び越える。台車にエンジンついてないじゃん? うるせぇ)
「ブォンブォンブォォォン!!」
(事故るやつは不運となんたらかんたら。
つまり幸運なら事故らないのだ。
自販機は偶然にも『こううん』とか落書きされていた。きっと大丈夫。
速度が上がり続ける。坂の終点などどうでもいい。今は速度を追うのだ)
自販機 > (―――ブチッ)
(台車と自販機をつなぐロープがお亡くなりになった。
慣性の法則に従い自販機が空を飛ぶ。二度三度回転しつつ地面に叩きつけられると、人間で言うところの仰向け姿勢で坂を滑っていく。火花を散らし、自転車数台を巻き込みつつ。
不運には勝てなかったよ……。
しまいには車止めにぶつかって酷くダメージを受けつつ静止した。ピクリとも動かない。台車さんは車止めをすり抜けて海のほうまで転がっていった。楽しそうだ)
「 」
(バチン。電流が迸る。
壊れたんじゃないかな、これ)
ご案内:「無気力坂」にヨキさんが現れました。<補足:人型。黒髪金目。197cm、拘束衣めいた長衣、ハイヒールサンダル(ウェッジソール)>
ヨキ > (悲鳴である。
過日のフェニーチェ騒動のように、逃げる人の悲鳴あらばそれを遡上するのが教師――否、このヨキである。
が、)
「……………………」
(今しがた目の前で自転車を巻き込みながら大クラッシュを起こした自販機を前に、呆然として立ち尽くす。
ぅわんわんわんわん、という衝突音の長い残響ののち、セミの声が耳に戻ってくる)
「な……何が起こったのだ……!」
(買い出しの途中である。商店のビニル袋片手に、突如坂の上から降ってきたそれが、何の変哲もない自動販売機であることを確かめる)
「おのれ……貴重な梅雨の晴れ間に、ヨキの島でなんという騒ぎを起こしてくれる……。
一体どこの業者だ……」
(風紀、公安、そしてヨキ。一等の過激派である。
周囲にほとんど人気もない中で、ぶつぶつと文句を垂れながら沈黙した鉄塊に歩み寄る)
自販機 > (むしろ業者のお兄さんはがんばったのだ。逃げようと必死で身をよじる自販機を押さえつけていたのだから。台車という動かせるアシを用意してしまったのが運の尽き。
そしてとまれなくなったのは自販機の運の尽き。
いまはバチバチと音を立てて電流を垂れ流すオブジェと化している)
「 ブッブー」
(エラーらしき音色を一声立てる。
それっきり動かなかったが、ボタンだけがカチカチ点滅して販売できそうな雰囲気をかもし出していた。かもし出しているだけで売り買いできそうな雰囲気ではないと思います。
奇妙奇天烈な風貌をした自販機は、歩み寄ってくる人物を前にしても動かなかった。
が、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴと謎の効果音を上げながら自立し始める。まるで起き上がりダルマのようだ。
あちこち凹んでいる。パネルは半分落ちかかっているしディスプレイはほぼ全壊。
だがボタンの点滅と低音が告げる――)
(か わ な い か)
ヨキ > (膝に手を突き、中腰の姿勢で自販機を覗き込む。坂の上へ目をやったが誰も追っ手のないことに、よほどの距離を滑ってきたのであろうことがわかる。
ブザー音に一瞬怯み、また見下ろす)
「ええい、連絡先などは書いておらんのか……」
(問い合わせ先の電話番号を探している間に、地響きがアスファルトを揺らし始める。
まるで生き物のように立ち上がらんとする自販機を前に一歩退き、目を見開く)
「なッ……何と面妖な……!
――いや、待てよ。もしや……これは……」
(思い出す。
お喋り好きな女子生徒たちが囃し立てていた、不思議な自動販売機の噂を。
フェニーチェといい、自販機といい、案外覚えているものだ)
「……まさか、そんな……」
(頬が引き攣る。ギザギザの歯を覗かせて、ひくりと笑う。
有り体に言って――ちょっと嬉しかったのだ。この未知との遭遇が)
「……………………」
(『……侭よ』。小さく呟いて硬貨を投入し、点滅するボタンに惹かれるようにしてそろりと押す)
自販機 > (自販機だって動くのだ。そう常世学園では……
連絡先の電話番号どころか営業許可を示す登録番号すらない。製造番号も無い。落書きだけは豊富にある。
自分で販売する機械だもの、自分で立ち上がることもあるさ。
人物に前に屹立した自販機はブーンと音を鳴らし始めた。
風紀や保健に目をつけられる程度にはやんちゃな都市伝説と化したそれを前に笑う人物。自販機は特に何も言わない。お金を払ってくれるなら神様だろうが閻魔様だろうが構わないのである。
チャリン。涼しい音を立てて硬貨が入っていく。
おいくら入れたかは誰の視点からも見えなかった。自販機も理解はしていなかったろう。とにかくお金が入っていった。重要なのはそこだ。
ゴトン、ゴン。軽い音。カコーンと妙に響く音があった。
妙な音を立ててよく冷え―――めっちゃあたたか~い缶飲料が出てきた。素手で触ればあっちちクラスにはほっかほかやぞ。
嫌がらせかな?
『満月万歳!』
なる飲料。ほかほか。達筆すぎて読めない系統の筆文字で商品名が書かれている。製造元は塗りつぶされていた。賞味期限はそもそも印字が無い。
満月を前に人物が万歳している一場面が缶を彩っている。)
ヨキ > (服の下で尻尾がうずうずしているのが分かる。自制は利くが、振りたくなることもある。
生徒たちの中で交わされる都市伝説に、ヨキも加わることが出来たのだ)
「……ぬ。本当に出てき――ッッあッつう!!!!」
(油断するあまり、手のひらでしかと掴んでしまった。
無気力坂一帯に、無様な叫びが木霊する。聞くだに美しくない悲鳴である。
この猛暑とあって、いつもより丈の短い手袋こそ嵌めてはいるが、それでも熱かった)
「ぐッ……何たる不覚。
この夏場にこれほど熱い飲み物を……あちち……」
(指先で支え持つようにして、パッケージを見る)
「なになに……、…………『満月万歳』……?」
(読めた。何しろこちらも年寄りである。
缶としばし睨めっこしながら、渋い顔で考え込む)
「何だ……ヨキへの当て付けか……? しかし……ヨキは満月で変身する訳でもないしな……。
…………。まあ、死ぬような目には遭うまい……」
(自分の背丈よりもやや低い自販機をそこはかとなく恨めしげに見下ろして、手近な木陰に入る。
何となく顔を向かい合わせているような心持ちを感じながら、プルタブを開け、そっと一口啜る)
自販機 > (あたたかいというより熱い! 温度帯。冬ならゆたんぽにできただろうが夏場である。過熱した車のボンネット並みに使えない。
『満月万歳』と書かれた飲料。
少し前に満月の香りなる飲料が出てしまったことなど知らぬ人物はごくり一口味わった。
味はアルコールの風味を感じる独特な飲み応え。エールやビールに近い味わいのほろ苦い風味が広がるだろうか。何かからだが変化したりなどは無い。
ないのだが―――。
いつの間にか風景は夜になっていて。
空には平常の月の数十倍以上の体積があろうかという巨大な満月が居座っているのである。
満天の星。
坂のあった人通りの無い風景はもはや消えうせており、一面の低い草木の生えた小高い山にいるのだ。魔術的な反応は無い。異能の類でもなさそうだ。しいて言うなら肉体ごと別の世界に転移させたような自然な風景の中にいることになる。
――実際のところ、結界の類である。外部から干渉することは可能であろう。
気温は涼しく、まるで秋の始まりのようだ。
手に握っていたはずの缶はどこかに消えうせているだろう。
満月の下、青い着物を着た人物が月を見上げている。
距離はそう遠くない。
肝心の自販機は相変わらず直立しているのだが、何故か足元にお月見団子が供えられている)
ヨキ > 「…………? これは……酒か? よく分からない味だな……」
(好奇心は犬をも殺すのだ。眉を顰め、口中に広がる風味を転がす。
――そして次に、何気なく瞬きした瞬間。
辺りの風景が一変していることに、息を呑み、咄嗟に立ち上がって身構える)
「……これは……!」
(よもや罠であったかと、不可思議な飲料を飲み込んでしまった喉に手をやる。
不意に空になっていた手のひらに目を落とし、次いで謎の自販機――ヨキには妙にふてぶてしく見えた――を睨みつけ、やがて着物の人物に目を凝らす)
「…………。誰だ……?」
(息を殺す。距離は詰めない。注意深く、その人物へ声を投げる)
自販機 > 「こんばんは」
(人物は男でも女でもない中性的な声を発した。声の調子が掠れて奇妙に反響しているので、性別や年齢を伺う要素が削り取られている。振り返る。浴衣。表情の無い白いお面を被っていた。黒く長い髪の毛を後ろで纏め上げている。
浴衣の柄は満月と銀河。そしてアジサイ。
ゆったりとした歩調で距離を詰めてくるだろう。)
「誰だというのはどちらかと言うとワレの方でないでしょうか? ただの人や獣の来る場所ではない」
(仮面の奥で低く笑う。
仮面に穴は開いていない。音を頼りにしているでもない。何か特殊な力で相手のことを認識しているようだった。
いつの間にか、あたりには白い着物を纏った人たちが集まり始めていた。おのおのに小高い山へと登ってくると、輪郭が薄れて空へと登っていく。ごく自然なように。
唯一、仮面の人物だけが佇んでいる。
いつの間にか自販機は姿を消していた。
世界そのものもゆっくりとであるが構成要素を失いつつあるようだ。星が色あせていく。植物が少しづつ消えていく。)
ヨキ > 「!」
(返ってきた声――白い仮面に、ぐっと息が詰まる。
和装に結い上げた髪。遠い昔の、とても良いとは言えない記憶が付き纏う。――が、今はそれどころではなかった)
「………………、失敬」
(仮面の人物の声に、険しい声を返す)
「――迷い込んだ。どうやって来たのか、よく分からない。
『ただの人や獣の来る場所ではない』というのは……ここは、一体?」
(周囲へは、意識して目を向けなかった。常世、という言葉が否応なしに脳裏を過る)
自販機 > (白い服を着た姿があらわれては消えていく。
幻想的でありながらどこかもの悲しい。夏に聞くはずのない鈴虫の合唱が男の声で一瞬中断した。
仮面の人物はクスクスと悪戯に喉を鳴らすと、手の届く距離にまで寄ってきた。体格は低くわらべのようだ。仮面から覗く耳と頬は赤らみがさしており若年であることをうかがわせる。
ひらりと手を肩まで持ち上げる。動作は不自然であり、どこかで見聞きした事柄を再現しようとしているよう。)
「さあ?
ここは、ワレの世界。お前は来るべきではなかった。
客人でもない。敵でもない。どう入ったのか。聞いた所で、
あなたにはわからない。」
(世界が薄れていく。
星が縮小していく。月が崩れていく。涼しい風でさえ夏の空気に浸食されていくだろう。草木が消えてコンクリートの地面へと変貌していく。
侵食の度合いからして長いことは持たないであろう)
「強いて言うならば……ふん、人間のように隠すことはしない。
あの世さね。
あの世に近い世界。ヒトよ、お前は死んだのか」
(口調が尊大なものに変わる。
そのものずばり冥府に近い空間らしい。
――に、つなげてしまう例の飲料の中身は想像するのも嫌になる何かが入っていたのだろうとか考えてはいけない)
ヨキ > (自分よりもずっと低い頭を、俯くように見下ろす。
呪文のような声が、頭の中を響き渡る)
「………………、」
(『あの世』。いびつな心臓が跳ねる。その語だけは、聴きたくなかった)
(死んだのか、と問われて、唇を震わせる。
言うんじゃない、と言外に制するように、自分の口元を抑えて拭う)
「……ヨ……」
(だめだ)
「ヨキは、」
(なぜヨキはこんなことに?)
「ヨキは……い、一度……」
(言うな。これは白昼夢に過ぎない。真夏の夜の夢だ。何故こんなことになった?
ほんのささやかな、平和な――少し騒がしいだけの、例年と変わらぬ夏の一日ではなかったか。
不可思議な自販機に、不可思議な飲料に、不可思議な仮面に、不条理なほど心が掻き乱されているのが分かる。
こんな場所で、身も知らぬ相手に明かすんじゃない、という自制の声が、ただの無為な言葉となって溶け消える)
「……死んだ、ことが……ある」
(脂汗が流れ落ちる。
言いようのない混乱と羞恥と屈辱とで――完全なる大クラッシュであった)
自販機 > (世界は偽りなのかもしれない。飲料を飲んで幻覚を見せられているだけの可能性も大いにありうる。が、見破れない幻覚は既に現実と同じ位置にある。故に風景は崩れ始めているとはいえ現実であり、仮面の人物が問いかける内容も現実である。
仮面は片腕で仮面の表面を弄くりながら当然のように問いかけてくる。
死んだのかと。)
「ほう? すると、お前は――ヨキと言ったか。
歩き回る死体か? 違うとすれば蘇ったか」
(仮面はごく当然のように問いかけてくる。
風景の白装束たちは次々に現れては消えていく。異様なまでに巨大な月の光はまばゆいばかりに降り注いでおり仮面の白さを際立たせていた。
仮面は続けて問いかける。
人物の背後に回りこんで、それこそわらべのように両腕を後ろで組み小首を傾げて顔を覗き込むのだ)
「彼岸を容易く渡ってくれるなよ? 始末をつけるはめになる」
(無言で見つめ続けている。表情など伺えないが。
ただ問いかけるような口調であって詰問する内容ではない。
世界の崩壊の度合いはさらに進んでいる。満月が色あせていく)
ヨキ > (ともすれば頭がぐらぐらと揺れそうになる。
生者の仮面が剥がれて、不安定な素顔が晒されている。
こんな表情を晒しているのも、悪い夢に決まっているのだ、と)
「…………。たしかに死んだはずだった。
だがあのときヨキは、彼岸へ――渡れなくされたのだ。
このヨキを、大いなるものの御許へは渡すまいと、……。
ヨキは、呪われたのだ」
(普段の冷静な眼差しはどこにもなかった。
あまりにも間近に、そして鮮明に立ち現れた冥界への入り口は、何より心に重く圧し掛かった)
「それでも、」
(弱々しく首を振る)
「……ヨキは、たとえこの呪いが払われようと……そちらへは、渡れない。まだ、今は」
(乾いた喉をぐびりと鳴らす)
「……言われずとも、ヨキは……残る。――常世という名の、この……此岸に」
(長い長い息をついて、じっと目を伏せた)
自販機 > 「ふっふふ……答えは得ているのか。迷える霊魂とは違うようだな」
(声のオーラが剥がれていく。まだ若い女の声だ。鈴の鳴るように凛としていながら、大人の女性特有の喉の奥の響きを兼ね備えた不思議な声の質。
仮面を覆っていた一種の威圧感も消えていくだろう。だが異様な雰囲気だけは消えずに残り続けている。
月に陰がかかっていく。月食が起こる。暗黒の部分から徐々に普通の夏の日差しが見え始めた。)
「ならば生きることは呪いである事に等しい。
待とう。
永遠の世界はいつまでもあり続ける。
うつっていくヒトの世とは違う」
(仮面は言うなり、己の仮面を取り去った。
白い肌をした目のくりくり大きい子供の姿があらわれる。
いっそ作り物染みた相貌が楽しそうに笑っていた)
「まだ来るには早いとも。ヒトとして生きようと抗うものよ。
彼岸に渡る決心が付いたならば眠りにつき安らぎを得よ」
(仮面は言うなり赤い花を男の手元に渡すであろう。
赤い花。彼岸花。不思議な燐光を帯びたそれは尋常のものではない。
仮面の少女は再度仮面を被りなおすと空を見上げた。
のぼっていく白い靄たちは次々に月へと消えていく。
あの世。世界各地にはあの世へ渡航する神話が数多く伝えられている。月の世界もまたどこかの神話のあの世なのかもしれない。普遍的に世界中の人間をつかさどるあの世かもしれない。答えは誰も知らない)
「さらばだ」
(パチンと風景が弾け跳ぶ。
月が砕ける。草木が枯れていき、ありとあらゆる物体が輪郭線を失っていく。
一際月光が強まった刹那風景は元通りに回帰していた)
「ブーン」
(半壊状態の自販機がある。
ヨキが受け取ったのであれば彼岸花もあるかもしれない)
ヨキ > (半ば朦朧とする眼差しで、目の前の人物を見る。
鼻先を流れる不快な汗が、異様な空恐ろしさによるものか、それとも現実の熱によるものか、判然としない)
「…………。彼岸で待っているがいい。
ヨキは必ずや、……必ずや人間たちの鼻を明かしてみせる。
無残に討たれ、現世に縫い留められた死霊とて……
生きようは、……ある」
(人と獣の、善悪の、美醜の、正邪の、聖俗の、そして生死のあわいに、自分は在るのだと。
心を落ち着けんと、深い呼吸に交じえて声を吐き出した。
やがて視界へ映り込んだ赤色に、――反射的に手を伸ばす)
「……この花は……」
(手の中の、赤く燃え立つ花を見下ろす。
言葉を失い、薄く開いた唇から吐息を漏らす)
「どうやら、……『よほど縁深い』らしいな……」
(眉を下げて笑う。瑞々しい緑の茎を柔く握り締め、祈るように額に宛がう。
別れの言葉を最後に――次に顔を上げ、目を開いたときには、もう元通りの風景だった)
「…………、」
(――目の前に、自販機。
右手に商店のビニル袋。左手に――彼岸花。
流れ落ちる汗が、顔中をだらだらと濡らす)
「……………………」
(彼岸花を、やおら右手に持ち代える。
人まがいのいびつな左手を、ぐっと握り込む。
無言。
強靭な美学に裏打ちされた、洗練されたモーションによって腰を捻り――)
「……――ふんッッ!!!!!」
(半壊の自販機の、その顔面のごときパネル部分に。
あまりにも鮮やかな左ストレートを――叩き込む)
自販機 > (ばあんっ)
(世界を狙える左ストレートが突き刺さった。
哀れな自販機は倒れる。パネルが外れる。オイルが漏れる。ディスプレイは再起不能なまでに粉々にされた。ごろんごろんと何かのパーツが落ちて転がってきた。
それはヨキの足元で止まる。ネジだった。)
「 プスン」
(K . O !!!
自販機はいよいよ本当に動かなくなってしまった。)
ヨキ > (何とも言えない表情でぷるぷると震えている。
明かすまいとしていた弱さを無下に晒した羞恥は計り知れず、耳まで赤いのは暑さのみによるものではなかった。
振り抜いた左の拳を小さく震わせながら、アスファルトの上に立ち尽くす)
「許せ……生徒たち……ヨキは君らの楽しみ(※都市伝説)を奪った……!」
(動かない自販機を前に、肩で大きく息をする)
「……だが伝説の自販機(※語弊有)ともなれば……この程度では終わるまい……」
(自販機と、自販機が転がってきた坂を、交互に見る)
「…………、これほどまでに面妖な機械ともなれば……ヨキは、正し……、
……いや。……間違っては……いないはずだ……」
(セミの合唱を一身に浴びながら、力なく呟く。
運搬の人間でも降りてくるかと様子を見ながら、横目でネジをちらと見下ろす)
自販機 > (いやー痛いわー
マジ痛いわー
超痛いわー)
「 ジジジジ」
(反応があった。きな臭いにおいをパネルの内側から排出しつつ、回路が中途半端に切れて漏電しているような音だ。反応と言うより反射だろうか。まだ動力は死んでいないらしい。というより動力があるのかは謎である。電源コードが垂れ下がったままだからだ。
―――ニュッ。
パネルの奥から手が出てくるとネジをむんずと掴んで回収した。
業者のお兄さんはいまだに来ない。動く自販機について白昼夢でも見たと思い込み帰ったのかもしれない。
とこよん滞在記 常世の商店街で ~~自販機と男が出会った~~~
手が再度出てくるとパネルをぐっと付け直した。)
「ぶーん」
(ボタンが点滅して復活したことを告げる。
さり気なくというか堂々と手が出てきたけど気にするな)
ヨキ > (不穏な音がする。ショートか、あわや爆発でもするのではないかと、ぐっと身構える。
まじまじと見下ろしているうちに、手が出てきた。
手が。)
「…………!! 手ッ……!!!!」
(いよいよ総毛立ったし、尻尾が服の下でぴんと跳ねた。
自身の素性を知らぬ生徒から何気なく見せられた、動画サイトの犬と同じリアクションだった。
危うく彼岸花の茎を握り潰しそうになって、持ち堪える)
「……き……君には、……随分と驚かされたぞ」
(中に人が入っていると思ってか、恐る恐る声を掛ける)
「おかげで……冷たい茶でも欲しいところだが、……うむ。君からは、買わんことにする。
……その調子で、生徒たちの心に残り続けるがよい……」
(急に緊張の糸が切れたような気がして、へなへなと脱力する。
落とした肩を引き起こしながら、)
「……………………」
(普段ならきっぱりと踵を返して振り返りもしないところだが、今日ばかりは勝手が違う。
自販機を見下ろしながら、そろそろと後ろ歩きに引き下がり始める)
自販機 > (再び自販機が立ち上がる。
ぱらぱらーんぱーぱー
妙なBGMを鳴らしながら起立すると―――よういドンですさまじい勢いで滑っていく。直立姿勢のままスライドしていくのだ。シュールという度合いを超えて腰を抜かすであろう。
パネルから出た手が『ばいばい』していたことなど些細なことだ。
自販機は坂を下っていき姿を消してしまう。
息を切らせて業者らしい作業用エプロンを着込んだ青年が坂の上から駆けてくる。
『自動販売機を見なかったか』とヨキに声をかけるだろう。行方を教えてもいいし、教えなくてもいい。いずれにしても自販機は戻ってこないだろうから。
ヨキの手の中の彼岸花は夏と言うのにみずみずしさを保ち続けていた。心なし嬉しそうに燐光を放ちながら)
ヨキ > (自販機が、逃げた。
その光景たるや、あまりの驚きように危うく真の姿を晒すところであった。
肩を竦めたままその場に立ち尽くしていると、駆け下りてくる青年と目が合う。
『自動販売機を見なかったか』?)
「…………向こうの、方に……」
(逃げた自販機を追い駆けるのが彼の仕事なら、それに与するのがヨキの役目であった。
常世島の日常を、平穏とそうでないとに関わらず、守ること。此岸に生きると決めたうちは、果たし続ける務め。
走ってゆく青年の背中を見送りながら、再び長い溜め息をつく)
「やれやれ、……とんだことを仕出かしてくれる。
……まあ、それでも。明日こそは、よい一日となろう……」
(気を取り直す。
この強い日差しにも萎れることのない彼岸花を手に、街への道を歩き出す。
どこぞのカフェテラスで、養護教諭が笑っているとも露知らず――)
「……へッッくしょい!!!!」
(流した汗と噂の気配とに、大きなくしゃみを最後にひとつ)
ご案内:「無気力坂」からヨキさんが去りました。<補足:人型。黒髪金目。197cm、拘束衣めいた長衣、ハイヒールサンダル(ウェッジソール)>
ご案内:「無気力坂」から自販機さんが去りました。<補足:自販機/台車搭乗中>