2015/07/19 - 00:10~05:31 のログ
ご案内:「屋上」にヘルベチカさんが現れました。<補足:168cm、60kg/男子夏制服、皮靴>
ヘルベチカ > 屋上の扉を開いた瞬間。湿度の差に顔を顰めた。
630mlのペットボトル。飲み口とボトル本体の間の段差を、
人差し指と中指で挟んだ右手。ぶらりと下ろして。
後ろ手に、扉を閉めた。
そのまま、その場所で、深呼吸。
外気の湿度、温度に身を慣らすような仕草。
眼を閉じたまま数度。
そして開いた目は、屋上の上をふらりと撫でて。
壁際、日陰になったベンチを見つければ、
気だるげな足取りで近づいた。
ヘルベチカ > 呼気の途中。息を止めて腰を下ろす。
尻がベンチへ触れ、体重をかけると同時、残りを全て吐き出した。
脱力。体重が全て、板に預けられたような感覚。
日陰故に、少しだけ、温度が低く感じられる。
湿度はそのままでも、少しだけ、苛まれる苦痛が弱まったように思う。
左掌、ベンチの表面を撫でて。
木製のようにも見えた。
けれど、合成樹脂製と言われても、納得する。
手触りではわからない。
表面、コーティングされてつるつるとした感触。指の腹でなぞる。
指の湿度で、少しだけ引っかかるように感じた。
ヘルベチカ > 右手、下げていたペットボトルを左手で持って。
結露した水滴で、濡れる肌。
掴んだ手を一度離して、シャツの裾で拭いた。
視線を落とす。水を吸ったシャツの色。
少し暗色。けれど、どうせ、すぐに乾く。
再度掴んだペットボトル。キャップは閉まったまま。
右の手、軽く掴んで回せば、パキ、と軽い音。
続いて、空気の動く、小さな音。
そのまま回して、キャップを開ける。
開いたボトルの口へと、少年は口を寄せて。
傾ける。
ヘルベチカ > 香ばしい匂い。炒った麦の香り。
舌に触れる甘みと、仄かな雑味。遠く聞こえる蝉の声。
手ずから入れた時ほどの苦味はない。
喉を鳴らす。三回。
口の端、一筋零れた。
慌ててボトルから口を外し、拭う。
顎のあたりまで拭ってから、制服の前面、
裾の近くを引っ張った。
斜面のようになったシャツの表面。
薄茶色の染みは見当たらない。
ホッとした様子。再度ボトルに口は着けない。
キャップを閉めて、己の隣において。
結露がベンチの表面に付いていないかと、一度持ち上げた。
案の定、丸く、水の輪ができていて。
諦めて、再度その上をなぞるように、ボトルを置いた。
ベンチの背もたれへと背を預けて。
空を見る。
ご案内:「屋上」に日恵野ビアトリクスさんが現れました。<補足:褪せた金髪 青い瞳 シャツ スカート スケッチブック>
日恵野ビアトリクス > 屋上とその縁をささやかに遮る低いフェンスの向こう。
その外側から、何者かがよじ登って乗り越えてくる。
着地。
男女判然としない装い。脇に鞄とスケッチブックを抱えている。
額や首筋の汗をハンカチで拭った。
日陰に入ろうとして、別の誰かがいることに気づく。
「……こんな暑い日に」
屋上には誰も来ないか、と思っていた。
ヘルベチカ > 日陰であっても、温度も湿度も、随分と高い。
額にじわり、汗が浮かぶ。
心地よかった。
冷房の風に当たりすぎた肌が、呼吸を始めたように感じる。
冷房病とまではいかずとも、授業中、不意に襲った倦怠感。
退けるために、ここに来た。
少し俯いて。ポケットから取り出したハンドタオルで、額を拭う。
吐息とともに視線を上げて。
目に入った、謎の姿。登ってきた。
唖然とした様子で口を開ける。
こちらへと近づいてくる。格好からは、男やら女やらわからなくて。
首筋の汗を拭く相手の仕草に、少し視線を逸らした。
しかし聞こえた声に、再び少年の目は、相手の姿を捉えて。
「そっちこそ、こんな暑い日に、なんでそんな暑そうな事を?」
日恵野ビアトリクス > 日陰に入る。
少年の座るベンチ――より少し離れた壁に背を預けた。
鞄に手を突っ込んで、ビタミンC飲料のペットボトルを取り出す。
キャップを開き、飲みかけだったその内容物を口に送り込む。
鞄ごと日光に温められていた、申し訳程度の酸味があるそれは
ひどく温く、純粋に水分のみを供給する。
「へんに過ごしやすい陽気だと、有象無象が湧くからね」
暑さに辟易していることが伺える、微かな疲労の滲むしゃがれた声。
ちら、と脇に抱えたスケッチブックに視線をやる。
人で賑わっていては、日課のスケッチに集中できない。
「そっちは外の空気でも吸いたくなった?」
視線を、スケッチブックから少年に――どこを見るか迷って、
頭頂部――髪の間に生える猫耳に。
ヘルベチカ > こちらへ寄って、途中で足の進める先を変えた相手。
腰掛けた少年からすれば、見上げる形。
人をあまりジロジロと眺めるのも、失礼と考えたか。
相手がかばんを漁り始めたところで、眼を離した。
隣においた麦茶のボトル。キャップを開けて、口へ運ぶ。
同時、己のものではない水音。
ちらりと視線だけ横へ飛ばして。
視界に入った、相手の持つ淡黄色の液体に、特に意味もなく緩く頷いた。
日恵野の声に、頭の上、猫の耳がぴくりと揺れる。
「こんな陽気でも湧いてくるから有象無象ってことだな」
口から離し、両手で持った、麦茶のボトルに視線を落として。
少しばかり笑いながらそんな言葉。
少年にとっては、今はまだ、この暑さが心地よくて。
「あぁ。クーラーは好きなんだけど、ずっとあたってると、体調崩すから」
こうして外に、と口に出しながら、相手の方へと視線を飛ばせば。
目があった。いや。そうではないことは、経験で分かった。
「珍しい?」
何が、とも言わず。
日恵野ビアトリクス > 「生憎だけど、ひとりかふたりじゃ有象無象とは言えないよ」
壁に寄りかかった体勢のまま、腰を落とそうとしてスカートの裾が
巻き込まれていることに気づき、ぴし、と姿勢を直す。
ハンカチで顔のあたりを軽く扇いでみるが、たいして涼しくもならない。
「それは確かにね。
ぼくはいま空調のありがたさを再確認できたところだけど」
『珍しい?』と訊かれ、さらに視線を上へと視線を動かした。
すなわち灰色の壁へと。
「ああ、あまり見ない耳だね。
……異邦人かなにか?」
ごまかすでもなく、率直に応える。
異世界に由来する人間には獣の相を持つものもそこそこ見られる。
しかし、ビアトリクスにその手の知り合いは殆どいない。
ヘルベチカ > 少年は前を向いたまま、己を指差して。
「有象」
そして蜻蛉を招くように、人差し指を立てたまま。
「無象」
最後に、日恵野を向いて、緩く指差して。
「主観」
人を指し続けることを厭ったか、すぐにグーの形、指を畳んだ。
「そりゃ、あんなことしてたら、暑くもなる」
相手のスカートの動きには、気づかなかったふりをして。
握った麦茶のボトルを揺らす。
「生粋の日本人。別に、目をそらさなくても良いよ。珍しいものは、見るだろうし」
それ、と。日恵野の手元、スケッチブックを指さして。
「書くの?」
日恵野ビアトリクス > 「有相無相のほうのことを言っているの?」
想定していた有象無象の、もう一つの意味のほう。
ややピンとこなかった顔で。
小さなペットボトルを傾け、残りを飲み干す。
口の端からこぼれた液体を、今度はハンカチも使わずに雑に手で拭い取る。
「いや、物珍しい目で見られるのも飽きてるかな、とか思って」
再び視線を猫耳に落とす。
生粋の日本人、と言われればそれ以上の追及はしない。
そこまで興味があるわけでもなかった。そういうこともあるだろう。
「描いてた」
スケッチブックをヘルベチカに向け、よく見えるように広げて見せる。
それぞれのページに、鉛筆の黒一色で写実的に描かれたそれぞれ異なるモチーフ。
屋上から見下ろす街の光景。
屋上の扉。ひび割れに生えた雑草。室外機。フェンス。
興味を引かれがちなモチーフも、何故描いたのかと首を傾げるモチーフもある。
「心頭滅却すれば、とは言わないが。
描いている間は、汗以外のことはまあ我慢できるね」
ヘルベチカ > 相手から帰ってきた返答に、少し驚いた様子で眉を上げて。
そして笑った。
「あ、わかったんだ。すごいな。最近読んだ本に載ってたから使ってみただけなんだけど」
手の中、ペットボトルを揺らして。ちゃぷちゃぷという水音。
同時、結露が垂れて、屋上の上、灰色の染みを作った。
「俺が飽きてても、初めて見る人間にとっては初めてだし。
そんな『このお店私は飽きたから他のところいこ』みたいな発言はしないさ。好きなだけ見りゃいい」
掌で、額に滲んだ汗を拭う。ポケットから取り出したハンドタオルで、掌を拭って。
それから、ボトルの結露を拭き取れば、冷えたタオルを、額に当てた。
スケッチブックの中身を見せてもらえるとは、思っていなかったらしい。
見えた絵群に、へぇ、と声を上げて。
「在るものが好きなのか」
絵心の無い少年から見て、デッサンの群れに見える絵たち。
そんな感想を口にしてから、笑って。
「あぁ。夢中になっても、汗は止まらないしな。
紙が濡れたら、鉛筆も上手くかけないだろうし。
汗が引いたらまた書くのか?」
日恵野ビアトリクス > 「いや、ぼくも自信なかったけどね。
あまり意味わかってないし」
見りゃいい、と言われれば遠慮無くじぃと無表情に観察を続ける。
本物の耳なら動くのかもしれないな、と考え、その瞬間を見逃さないように。
へぇ、という反応と、続いた感想に、眉を上げる。
自分自身の行為に驚いていた。
何気なくスケッチブックを見せてしまったが、
昔の自分だったらそう簡単に見せていないな、と。
たまたま見せたい気分だったのかもしれない。
「デッサンの修行で。
とりあえずこの屋上にある全部のものをスケッチブックに収めとこう、と思って。
……まあ、好きなのかもしれないな」
素直に認める。そんな風に考えたことはなかったが、
確かに、好きでなければ続けるのは難しかっただろう。
「さてどうしようかな。さすがに描くものもなくなってきたし、
ページも少なくなってきた」
スケッチブックをぱたりと閉じる。
一度壁から背を離し、ぺたりとその場に座り込む。
今度はこちらがベンチの少年を見上げる形に。
汗に滲んたシャツの襟元を一度指で引っ張って、離す。
思案するように空を仰ぐ。
絵で埋まっていない画用紙は残り数ページといったところ。
ヘルベチカ > 「俺だって、別に仏教学者とかじゃないから、意味なんてわかってないよ」
ボトルを握ったまま、一本立てた人差し指を、くるくると回して。
「形あるもの、ないもの。邪魔に思うかどうかは主観次第だから、
一人でも二人でも、邪魔なら有象無象かな、程度のアレ」
そしてキャップを開ければ、麦茶を一口。
嚥下して、ふぅ、と息一つ。
日恵野の視線の先、少年の猫耳は、時折吹く風に、ふるふると震えているように見える。
一方の、その持ち主は、相手の凝視を気にする様子はなさそうで。
「修行ってことは、本番があるってことか。
美術部?趣味?…………いや、両方かな?」
どっちだろう、と。首をゆるり、と傾げた。
視線が日恵野のスケッチブックを持つ手指へと飛んだ。
絵の具の一欠片でも付いているだろうかと。
「確かに、今見せてもらった限りだと、色々書いて、残りの紙も少なそうだったなぁ」
腰掛けた相手を見下ろしてから、空へと視線を戻して。
ぼんやりと、空の青を瞳の中、収めてから。
「でも、動物は一つも書いてないんだな」
ぼぅ、と。今見たばかりのデッサンたちを思い出す。
無機物が、植物が並ぶ紙面。
見下された街に、人間の姿はあっただろうか。
一瞬の観察では思い出せなかったが、あったとしても、印象に残らない程度だ。
再度、視線を日恵野へとやって。
丁度、襟元を引っ張ったタイミングであれば、直ぐに目をはなした。
日恵野ビアトリクス > 「それに関しては、こうしてお喋りしていることが
答えになってると思うけど」
耳を眺めるのには満足したか、視線はフェンスの外へと行った。
「美術部だよ。美術部の日恵野ビアトリクス」
所属と、ついでに名前を告げる。
労務を知らなさそうな白くしなやかな指は、
中指の第一関節だけが筆だこに膨らんでいる。
指先は、鉛筆の黒鉛と思わしきもので黒く汚れていた。
「……そうだね」
言われてようやく気づいた、という風に。
確かに指摘の通り、スケッチブックに動物や人間の影はほとんどない。
動物を描かない、というわけではない。
しかしビアトリクスの画用紙やキャンバスの上に描かれることがあるとすれば、
傷ついた、息絶えた、あるいは異形のものばかりで、
健常な動物の像はない。
「生きた動物が、あんまり好きになれないんだ。
向こうでも別に、こっちを好いちゃあいないみたいだけど」
スケッチブックをめくる。その中ほど。数少ない動物の素描。
画面奥のほうを向いている、フェンスに止まったカラス。
当然ながらその表情は伺えない。
ヘルベチカ > 「そりゃよかった。気むずかしい芸術家とかで、
被写体以外は全部邪魔だから死ね、とかだと、どう対応しようかと」
冗談交じりの調子で言いながら、少年は少しだけ笑って。
背もたれへと背を預けて、ぼんやりと空を眺めた。鮮やかな青。
「やっぱり美術部員か。俺は猫乃神ヘルベチカ。
部活はやってない。図書委員だ。…………なんか、名前の作り似てるな」
顎先に手を当てて撫でながら、口を少しだけ尖らせて。
益体もないそんな言葉。
頭の上、猫耳がぴくぴくと震える。
遠く蝉の声を聞くように。
「ん。あぁ、生きた動物もあったのか。悪い、見逃してた」
言って、相手の方へと視線を向けて。
「生きた動物が嫌い、か。
そりゃまあ、でかい生き物が友好的じゃなけりゃ、
動物の側は警戒して、好いたりはしないだろ」
少し困ったような笑い。手の中のハンドタオル、首元を拭う。
「別に、好きな物以外、無理に書かなくてもいいと思うけどさ」
ハンドタオル、四つ折りになっていたそれを、折り直して。
乾いた面を外側へ向ける。
「人間もあんまり好きじゃない?」
日恵野ビアトリクス > 「死なれても邪魔になるのは変わらないだろ」
口元を押さえてくつくつと笑い、軽口を返す。
脚を崩す。いわゆる女の子座り。
日恵野ビアトリクス。猫乃神ヘルベチカ。指を目の前の床の上に動かすと、
指の黒鉛が移ったかのように黒く文字が書かれ、彼我の名前を結ぶ。
ごくさりげない所作とその結果に、異常と気付けないかもしれない。
「漢字三文字とカタカナ五・六文字……確かに似ているな」
大したこともない偶然だ。猫乃神だから猫耳なのだろうか。
まあ、流し見させただけだからね。と手を振り。
「でかい生き物、か」
つい先日も似たようなことを言われた気がする。
前髪の先を指で挟んで整えながら、言葉を探す。
「ええと。人間もそうだけど……
動物って、ほら、可動部分が多いだろう。
特に顔面なんか細かいパーツが多い。
ずっと観察し続けていると……気持ち悪くなってくるんだ。
情報量が多すぎて、酔うのかもしれない」
ポケットからスマートフォンを取り出す。
茶トラ白猫のマスコットのストラップがついている。
これは好きだ。生きていないから。
「描きたくないモチーフを避けてたら、上達は遠いからなぁ。
……まあ、今、まさに避けてるんだけど」
ヘルベチカ > 「死体になったら」
指差した先。日恵野のスケッチブック。
「被写体になるかもしれないだろ」
いや、死ぬのはお断りだけど、と。わざとらしく身をすくめて。
相手の座り方を見れば、いよいよ性別が不詳になって。
けれど、男でも女でもどちらでもいいか、と。
ぼんやりと頭の隅で考えながら、日恵野の指先、描かれる文字を見る。
「へぇ。字、綺麗に書くな」
能力には、気づいたか否か、言及せず。
そんなどうでもいいところを見て、声を上げて。
「猫乃神ヘルベチカ 日恵野ビアトリクス なんか同じ系列商品みたいじゃないか?」
からからと、少年は笑う。
「そこまでしっかりと、他人の顔、見てないからなぁ」
言いながら、日恵野の顔を、観察するように、じぃ、と見て。
「顔立ち整ってるな、とか、まつげ長いな、とか、その辺くらいしか見ないわ」
少し眉を寄せながら、首を傾げた。
「でも、絵を書くために切り取ろうとしたら、そうなるのかな。
植物やらは、風でも吹かないと動かないしなぁ」
視線を映した先。庭園の如き屋上の中、置かれた植物。
緑の葉。夏の生命力の象徴が、目に眩しい。
目を細めてから、日恵野へと視線を戻して。
「お。お仲間。猫好きなのか」
相手のストラップに目を留めた。
「必要になったら、書くことになるだろ。
っていうと、いつまでも書かないこともあるしなぁ。
苦手なら、まずは、書かずに人やら動物の顔でも観察してみたらどうだ?」
日恵野ビアトリクス > 呆れたように首を振る。
「題材は多ければいいってもんじゃないよ。主題がぼやける」
「系列商品か。気持ち悪い発想だね。
いったいどこの企業がどんなセンスで出したのやら」
意地の悪そうに目を細め、皮肉げに口にする。
「骨が肉を着て、肉が皮を纏う……」
つぶやき、立ち上がり、見下ろす。
見えない筆をつかもうとするように、指で指を叩く。
「知り合いに猫好きがいてね。最近、より好きになった」
スマートフォンを再びしまう。
提案に従ったつもりか――
日陰の下、歩み寄って顔を近づけ、遠慮無く観察し返した。
「“死んだら被写体になる”――か。
言い得て妙だね。
モチーフを描く、という行為は、モチーフの持つ動きと可能性を
奪い取って、限定させてしまう。
描くことは、殺すこと、と言い換えられるかもしれない」
――あるいはそれが怖いのかもしれない。
見つめる相貌には、大した感情は見て取れない。
ヘルベチカ > 気持ち悪い発想、と言われれば、ひでぇ、と口にして、しかし笑って。
「もう一人くらい似たようなの足してさ。デラックス三体合体、みたいな感じ」
適当な発言。
日恵野が近づいてきても、身を引くでもなく。
そして間近、己を観察する顔、その眼を見返した。
「近くない?」
笑いながらそういった時、不意に、何か。
屋上の匂いでもなく、香水の匂いでもない。漂った香り。
確認するように、すんすん、と鼻を鳴らして嗅いだ相手の匂い。
乾いた塗料の、匂いがした。
「でも、それは残るだろ」
描くことは殺すこと。その言葉へ対して、言葉を返して。
考えたことを、ぽつぽつと言葉にする。
「その瞬間を切り取って残すことを、絵のためにするのなら、まぁ、殺すのかもな。
でも、被写体を、そこに書きたいと思って描くのなら、
それは、相手の時間を切り取って、そこに残したいってことであって、
殺すというよりは、留める……―――なんだろ。上手く言葉に出来ないけど」
まとまりのない言葉。少年は、後頭部を掻いた。
眉を寄せて口を尖らせて。上手に説明できないことが不満な様子。
日恵野ビアトリクス > 「思いつきを並べるのもほどほどにしときなよ」
だから増やせばいいってもんじゃあない。苦笑い。
「おや、失礼」
そう言われて近すぎることにはじめて気がついたようで、す、と一歩身を引く。
「陰になって暗かったからさ」
かと言って、じゃあ日向に出ろ、なんて命じるわけにもいかなかったが。
その姿勢で、続くヘルベチカの考えを、静かに聴く。
石像のような沈黙ののち、言葉を紡ぐ。
「そうかもね。
描くことが殺すことになるとしても、
それはきっと、作者の意思の問題だろう。
技量と、意思が違えば、それは留めることになるし、
あるいは、あらたな生を与えることにもなるだろう……」
残す、留める、という話題になると、
『死の床のカミーユ・モネ』を想起せざるを得ない。
モネは、死に、朽ちゆく妻カミーユの肖像を描いた。
ひどく冷え冷えとした絵だ。絵全体の印象も、題材も。
死という冷徹な事実が、怜悧に留められている。
描き、写しとる、という行為にある、業のひとつだ。
「生きた動物や人間の表情は、
たぶん、筋肉と骨だけによって作られるわけじゃない。
ぼくはまだ、それを理解しきれていない。
だから、まだ、殺すことしか出来ないのだろう……」
からになったペットボトルと、スケッチブックを鞄に突っ込む。
入りきらず、端がはみ出る。
「――ま、いろいろ小賢しいことを並べたが、要は未熟だ、ってことさ」
最後に、薄い色の唇を笑みの形にする。
心地よさそうな微笑みで、首を一度前に傾け、そして戻す。
「お話ありがとう。
今日はもう、デッサンは休もう。
先においとまさせていただくよ」
背を向け手を振って、屋上の出口に向かい、
扉の隙間に潜りこむようにして、姿を消した。
ご案内:「屋上」から日恵野ビアトリクスさんが去りました。<補足:褪せた金髪 青い瞳 シャツ スカート スケッチブック>
ヘルベチカ > 己の発言に比べれば、随分と理論立った、日恵野の言葉。
うんうん、と頷いて聞きながら。
最期の一言に、からからと笑った。
「未熟だから殺すしか出来ない、って、なんか医者の言葉みたいだな」
それこそ、生き物を活かし、殺す職。
連想を口にして、少年は相手を見上げたまま。
「あぁ、予定の邪魔して悪かった。それじゃあ」
こちらへと背を向けて去っていく相手へと、
ぱたぱたと手を振りながら見送って。
「去る時は、ちゃんと扉から、なのな」
笑みを浮かべながらそんな台詞。
そしてしばらくして、この夏空に体温が慣れた頃。
少年も屋上を後にして、校舎の中へと戻っていった。
ご案内:「屋上」からヘルベチカさんが去りました。<補足:168cm、60kg/男子夏制服、皮靴>