2015/07/17 - 22:17~01:39 のログ
ご案内:「第一部室棟」に奇神萱さんが現れました。<補足:古色蒼然たるヴァイオリンを手にした女子学生。背中まで伸びた黒髪の先が朱に染まりかけている。>
奇神萱 > 島全体がひとつの学び舎となっている常世島にも「音楽室」と呼ぶべき場所がある。
第一部室棟の一角がそれにあたる。第三教室棟からのアクセスの良さもあり、音楽を学ぶ学生たちの根城になっていた。
近ごろその「音楽室」に、お化けが出るという噂が立った。
夕闇の迫るころ、開かずの間といわれる部屋からこの世のものとは思えないヴァイオリンの音色が響くというのだ。
その音楽を最後まで聞いてはいけない。奏者に気づかれてしまうから。
見つかったが最後、哀れな犠牲者は「向こう側」へと連れ去られてしまうのだ!!
ご案内:「第一部室棟」に三枝あかりさんが現れました。<補足:女子学生服。>
奇神萱 > 噂は半分当たってて、もう半分は間違ってる。
俺はたしかに幽霊みたいなものだ。けどな、人をむやみに悪霊扱いするのはやめてほしい。第一「向こう側」って何だよ?
―――いいさ、それはまあいい。おかげでわざわざ人払いをせずに済んでるんだから。
軽くひと撫でする様なボウイングでガットの張り具合をたしかめる。
そろそろ宵口の月が出る頃だ。それなら、クロード・ドビュッシーが遺した永遠のスタンダード・ナンバーがいい。
『月の光』を奏でよう。
三枝あかり > 彼女は息を呑む。生活委員会の仕事で遅くなった頃。
第一部室棟『音楽室』の近くをたまたま通りがかったからだ。
「ここって確か、例の噂の……」
例の噂? 霊の噂です。
かすかに遠くからでもヴァイオリンの音が聞こえてくるような…
「あはは……そんなまさか…」
引きつった笑みを浮かべながら階段を降りると、確かに聞こえる。
ヴァイオリンの美しい音色が。
「だ、誰かいるんですか………?」
音楽室のドアを開く。内心、とてもドキドキしている。
奇神萱 > もしもピアノが弾けたなら、『二つのアラベスク』を弾いてみたいと思う。
平行短調による序奏は不意のめまいに襲われたみたいで、聴衆はそのまま夢想の世界に呑み込まれてゆくのだ。
何度聞いても憧れる。ヴァイオリンの編曲に向かないことはよくわかってる。
でも弾いてみたいんだ。それが人情ってもんじゃないか。
しっとりとした夜想曲から始めたのは正解だった。
学生の消えた部室棟はエアコンがとっくに切れていて、一切の物音が消されている。
雑音が入る心配もない。
『ベルガマスク組曲』には『仮面』も入るはずだった。だが『仮面』は大人の事情で外された。
『仮面』。『仮面』か。はっきり言うが、俺はお前が嫌いだった。お前も俺が気に食わなかったはずだ。
そんな奴でも、いなくなられると寂しくなる。あいにくだが、大げさな鎮魂曲は無しだ。好みの違いだな。
瞑目して忘我の境地に沈む奏者の耳に少女の声は届かない。自分の音を反芻することに夢中になっているのだ。
三枝あかり > 月光に照らされて奏者が浮かび上がる。
そのヴァイオリンは美しい。
まるで、本当にあの世へ連れて行かれるような、そんな心地になった。
「…………っ」
あのヒトが、人を向こう側に連れていく存在?
だとしたら、あまりに非現実的でそれも納得がいく。
もう少し見ていたい。もう少し聴いていたい。
その想いにかられて、一歩を踏み出し。
「あっ」
足元に自分が置いた、掃除用のバケツを蹴って音を立ててしまった。
奇神萱 > 森々と浸みるように夜気が降りて、この世ならぬ場所からピアノの伴奏が寄せられる。
正真正銘の怪奇現象。いつもの事だ。気にならなくなってもう随分になる。
顔も名前も知らない存在。しかし音楽を愛する誰かがそこにいる。それだけで十分だ。
ダヴィッド・オイストラフの『月の光』を聞いたことがあるだろうか?
あれが好きだ。大好きだ。心底惚れこんだといっていい。
繊細な調べには信じがたいほどに豊かな感情が込められていて、ひそかな歓喜に胸が満たされていく。
たまにムーディーな伴奏がついてるやつがあるが、あれはいけない。
上等な料理にハチミツをぶちまけるようなものだ。
月の光を受けて佇めば、夜のしじまにありのままの姿が浮かぶ。
虚飾はいらない。オイストラフを慕いながら、今は誇らしく奏でよう。
ヴェルレーヌの詩に歌われた即興喜劇の道化師。奇矯に踊るアレルッキーノの悲哀を想いながら。
言葉を失うほどの感情の発露。月の光は仮面の下の悲喜劇を知る由もなく―――。
ガッシャン。ガララララララ。ガタン。
「―――――?」
子リスみたいな生物と目があった。
三枝あかり > ピアノの音色。どこから響いているのだろう。
だって、ここには私と彼女しかいないじゃない。
まるで自分が異界に踏み込んだようで、少し頭がボーっとする。
鳴り響く繊細で、大胆で。どこか寂しげな色を含んだ演奏。
月の光に照らされて、彼女自体もとてもとても美しい。
が、そこに台無しの金属音。やってしまったのは、私。
「あ、あの! ごめんなさい、演奏の邪魔をする気はなくてっ!」
「一人だと、危ないですよ! “冥葬邪印”ロストサインとか! “蒼黒の不死鳥”フェニーチェとか!」
「悪の組織がいっぱい、噂では暗躍してるので………」
あわあわと両手を前に突き出して言い訳を一通り並べた後。
「……綺麗な音楽ですね、とってもよかったです」
緊張しながら、ようやくその言葉を紡いだ。
奇神萱 > 「……待て。ちょっと待って」
口に人差し指をあてるジェスチャーをして、指をさす。
ビデオカメラが三脚の上に鎮座している。
こいつは結構音がいい。学生が持つには上等すぎる代物だ。
スピーカー機能をONにして再生ボタンを押す。
―――ガッシャン。ガララララララ。ガタン。
ぬう。
「いい。いいって。わかってる。悪気はないんだろ」
「だったら気にするなよ。過ぎたことだ」
よりによって『フェニーチェ』か。
軽々しく出す名前でもないだろうに。秘密結社マニアかこいつは。
「いいか、『フェニーチェ』は悪の組織じゃない。誰がそう言ってた? お前は自分で見届けたのか?」
「悪だと断じる前に考えたのか? お偉いさん方に受けが悪かったことはたしかだが、それなら悪ってなんなんだ?」
それなりに悩んで向き合ってきたことが一概に否定されたようで、つい大人気ないことを言ってしまった。
ばつが悪くなったところに褒め言葉が来て、面食らってしまう。
「わかった。じゃあ撮りなおしだ。別のを演ろうと思う。お前はカメラな」
三枝あかり > ビデオカメラを見る。
そこから流れてくる音声には、ああもう目も当てられない。
蒼ざめて頭を下げた。無言。もう遅いけれど。
「えっ、いや、その………」
言いよどむ。確かに自分の周りにフェニーチェに傷つけられた人はいないし、自分も被害を蒙ってなんかいない。
何をもって悪か。少なくとも、私の発言は気に入られなかったようだ。
「ご、ごめんなさい………」
しょんぼり。尻尾が垂れた犬のイメージ映像でも見えそうなくらいに。
「わ、わかりました!」
「私の責任ですからね、撮影に協力します!」
両腕を胸の前で振って頑張る!ポーズ。
「あの……三枝あかりです、名前。一年の」
カメラを手に、手ブレ補正をかける。
近代にあってこれは結構な効果を上げる。自分の情けない撮影にも耐えうるはず。
カメラの向こうを覗き込む。月の光に映し出されるヒトがいた。
奇神萱 > 「おイタが過ぎたやつもいた。個人の問題だ」
「ただ悪徳を歌うのと、そいつに首まで浸っちまうのとは天と地ほどの違いがある」
「俺はそう思ってる。それだけだよ。ご親切にどうも」
わかりやすいやつだ。
「奇神萱(くしがみかや)。二年。たぶんそうだ」
「『亡き王女のためのパヴァーヌ』。モーリス・ラヴェル」
「これは葬送の曲じゃない。王女がまだ無邪気なガキだったころに踊ったパヴァーヌだ」
1910年の編曲版。オーケストラはどこにいるって? どっかにいるのさ。
引っぱれる人間は俺しかいない。優雅な曲だが、奏者が緊張感をなくすとすぐに魂が抜けていく。
だらだらともつれ、ふやけた音の塊に成り果ててしまい、挙句『王女のための亡きパヴァーヌ』になりかねない。
親父の形見になったオールドフレンチボウを月光にかざして。逝きし世の面影を偲ぶ旋律が溢れだす。
三枝あかり > 「そう……ですか………」
本当の悪。それを考えたことはなかった。
悪とは何か。
昨日、一年生の歓迎パーティにいた時に、銃声が聞こえてみんなで逃げた時のことを思い出した。
あの場にも、悪はいたのだろうか……?
「奇神先輩。多分……そう…?」
不思議な語調の人だ。でも、違和感も嫌悪感もない。
そのまま撮影を続ける。今度は物音一つ立てないように。
自分が、幽霊であればいいと思った。
幽霊なら物音一つ立てることはないだろうから。
この世のものとは思えないほど、綺麗な曲だと思った。
胸が高まる。心臓の音がビデオに拾われていないだろうか?
奇神萱 > 切々と奏でる主題には美化された過去の匂いがする。
聴衆は自分自身の回想の中へと取り込まれる。曖昧模糊とした印象はそのあたりから来るのだろうか。
今はもうはっきりとは思い出せない場所。幸せだった時間。
ラヴェルの思い描いたノスタルジアも、スペイン宮廷のおとぎ話も俺は知らない。
かけがえのない、自分の居場所。俺にとっての『フェニーチェ』か?
すこし感傷が過ぎるな。腑抜けてる証拠だ。異界の管弦楽団が困惑してるぞ。
団長は死んだ。梧桐律も死んだ。パトロンに気を揉ませるのは良くないことだ。
主題に戻って、半眼にしてたまなざしを三枝あかりのカメラに向ける。
その先には数えきれない耳と瞳が待ちうけている。俺を値踏みするために、味わい尽くすために。
―――なるほど。三脚で固定しているより動いてくれた方がずっといいな。
余韻を残して弓を放したとき、すこし自然に微笑むことができた気がした。
「よし。どうだった?」
三枝あかり > 眼差しがカメラ越しにこちらと交錯した。
今度こそ、心臓が破裂するかと思った。
幻想の中で人は無力。
月の光が作り出す幻想世界にあって、彼女はただのオーディエンスに過ぎない。
「は、はい」
その言葉のままにスピーカー機能をON、再生を始める。
「……ちゃんと撮影できてますね、奇神先輩」
「すごく良い感じです、私……こういう音楽にあまり馴染みがないんですけど」
「とってもドキドキしました……!」
嬉しそうに笑って、カメラに視線を向ける。
「奇神先輩は撮影のためにここに? それとさっきのピアノを演奏していた方は…?」
奇神萱 > ディスプレイの中に切りとられた世界を覗き込む。
暮れなずんでゆく夕闇を背に、淡い月光に浮かぶ奏者。これが俺か。どこのPVだ。
「……やるな。記録映画みたいだ。いいカメラマンになれるぞ」
「練習の一環だ。人目があった方が身が入る。かといって邪魔をされるのも嫌だ。矛盾しているな」
「だから、動画を流して反応を見ることにした。人が来ない場所ならどこでも構わない」
「あれは………幽霊だな。演奏しているあいだ音だけが聞こえてくる。なかなか気のいい連中だ」
わりと大真面目に言っている。この世のものではないのなら、それはイコール幽霊なのだ。
例えて言えば、戦友のような者たち。癖の違いも調子の良し悪しも感じ取れる。奇妙な信頼感を抱いていた。
「何か礼がしたいな。聞いていけ、三枝あかり。録画はいらない。すぐ終わる」
『亜麻色の髪の乙女』で締めよう。
どこぞの『仮面』みたく大げさに一礼して、グァルネリウスを肩にあてる。
満を辞して奏でるのは、ルコント・ド=リールの詩想から霊感を得て生み出された、唯一無二のマスターピース。
はるか古のケルト世界の乙女を謳う、オールドバラッドのエッセンスが民族音楽の情緒を掻き立ててくれる。
三枝あかり > 「あはは、カメラの才能なんてあったんですね、私!」
「なるほど、それでカメラで撮影していたんですねー」
「人が来ない場所でヴァイオリンを弾いていたから、幽霊騒動なんて話になっ――――」
次の言葉に耳を疑う。
「ゆ、幽霊…………?」
笑顔が引きつる。でも、気の良い連中だと言うのであれば害はないのかな?
目を閉じて、音楽に聞き入る。
メロディアスで短いその音楽は。
律動的なセンテンスをいくつも重ねた、素晴らしいものだった。
髪をかきあげて。頭を下げる。
「ありがとうございます、奇神先輩」
「とってもいいお礼でした、なんて題名の曲ですか?」
奇神萱 > 『前奏曲集』の中でも、とりわけ異質なルーツをもつ曲ではある。
ルコント・ド・リールは言った。詩は詩の世界の中にだけあるべきだと。
古代ケルトの乙女なんてロマンチックな生き物は実在しない。美しいイメージの中の永遠の乙女だ。
詩人と作曲家の霊感が共鳴しあって、空想の再生産が起きただけ。全ては空想の産物なのだ。
聴衆はたった一人。
オイストラフ流の誠実な表現性が少しでも真実味を与えてくれることを願って奏でた。
「『亜麻色の髪の乙女』。お前のことだ、三枝あかり」
「俺は機材を片付けていく。お前の言うとおり、この島は悪党だらけだ。寄り道はせずに帰れよ」
三枝あかり > クロード・ドビュッシーの作曲した前奏曲の一つ。
それを知らない彼女にとって、その曲名を聞いた時に二度目の喜びが起こる。
「あ………」
そうか、この人は私を見て曲を選んだんだ。
「ありがとうございます、奇神先輩!」
もう一度お礼を言って、嬉しそうに笑った。
首を少しだけ右に傾ける。
「そうですね、悪の意味もわからない間に悪に狩られたくはないので」
「それでは私はこれで! また会いましょう、奇神先輩!」
手を振ってからバケツを持ち、音楽室を後にした。
ご案内:「第一部室棟」から三枝あかりさんが去りました。<補足:女子学生服。>
奇神萱 > 「ああ、またどこかで」
三枝あかりが去って、静かになった。ガット弦を緩めて皮脂を拭い、ケースに収める。
時計塔で出会った自称騎士のアーヴィング。元気印の三枝あかり。
それぞれこちらの意図を超えて、全く違う反応があった。
ゼロからはじめて気付かされた。聴衆の顔が見えるのはいいことなのだ。
とにもかくにも、聞いてもらわないことにははじまらない。
機材一式ケースに収め、音楽室を出ていった。
ご案内:「第一部室棟」から奇神萱さんが去りました。<補足:古色蒼然たるヴァイオリンを手にした女子学生。背中まで伸びた黒髪の先が朱に染まりかけている。>