2015/07/24 - 20:21~04:15 のログ
ご案内:「酒場「崑崙」」にヨキさんが現れました。<補足:人型。黒髪金目。197cm、拘束衣めいた長衣、ハイヒールサンダル>
ヨキ > (街の賑わいが夏の夜気と交じり合って騒々しい。
 カウンタ席にひとり腰掛け、その喧騒に耳を傾けながら、手酌で飯を食っている。

 鶏もも、カルビ、うずらに銀杏、つくね、ししとう、ねぎ、レバー……

 地獄の番犬はとかく燃費が悪い。
 決まった回数の咀嚼をし、串焼きという串焼きを黙々と平らげて、時おり冷酒を傾ける。
 ガラスの猪口は獣の手にはひどく小さく、構わず満足げに一言零す)

「…………、んまい」

(今のところ、話し相手は特にない。
 常日頃冷ややかな面立ちを、人知れずとろりと和らげた)

ヨキ > (『これとこれとこれ』。毎度そのようにして料理を頼み、あれやこれやと食べ比べる。
 サラダや豆腐、刺身にチーズ、アボカド、たまご、きのこにたけのこ。
 その界隈には慣れたものらしく、中にはヨキに上機嫌で声を掛けてくる酔客もあった。

 『兄さん』、『爺さん』、時には『先生』。
 先生と呼ばれたときだけは、人差し指を立てて柔く制した。いま先生は止すがいい、と。
 この歓楽街の中にあって、異邦人、加えて学園の教師である。
 ただでさえ奇矯ななりをして、むやみに明かすこともあるまい、という訳だ)

ヨキ > (『聞こえのいい言葉』であしらって、店を出る酔客たちと円満に別れる。
 そして元通り、視線は皿と猪口の上。

 教師、生徒、街の人々。
 男の周りには人の姿が絶えなかったが、見れば彼はいつも独りでそこに在った。

 芸術も、食事も、狩りも、そして会話も。
 独りきりでするがよろしい、と。

 この島で生きる人びとを余さず愛しながらにして、同じほどに独り在ることを愛してもいるのだった)

ヨキ > (酒もまた、料理ほどにさまざまな種類が運ばれた。
 飲んだことのあるもの、ないもの、好きなもの、人から薦められたもの。

 酔っているのかいないのか、顔色も、目つきも、息遣いもおよそ平然として、常と変わらぬように見える。

 酒気が喉を灼く感触に、目を伏せる)

「…………………………」

ヨキ > (ヨキは知らなかった)

(あの朽木と名乗る、生活委員の青年が)

(己の投げた言葉を銘のひとつに)

(今や危うい橋をも渡らんとしていることを)

ヨキ > (薄らと開いた目に影が落ちる。思索とも酔いともつかない茫洋さ。
 手にした陶器のタンブラーの中で、蒸留酒が店のランプを照り返して揺れる)

ヨキ > (顔を上げる。
 残った酒を煽って飲み干す。
 ふっと息をつくと、さて勘定を、と手を挙げて店員を呼び止めた)

「………………。あー」

(歯切れの悪い声。
 掲げた手を宙で留めたまま、目が壁の張り紙に目を奪われる。
 数秒の間、時が止まったように固まって、)

「……クレームブリュレを、ひとつ」

(何てったって、正しいのである)

ご案内:「酒場「崑崙」」にアルスマグナさんが現れました。<補足:インディー・●ョーンズ錬金おっさん。考古学とかの教師>
ヨキ > (注文から間もなくして、洒落たココットに入ったクレームブリュレが運ばれてくる。
 カウンタ席に腰掛けたヨキは、店内や窓の外の往来には目もくれず、見下ろしたカラメルの焦げ目ににんまりと小さく笑う。そういった具合の光景だ)

アルスマグナ > ヨキとは離れたカウンター席、同じく一人ちびちびと注文していた酒を飲み、つまみをもらいながら楽しんでいた。
この間訪れたカジノも良かったが、騒がしくなりにくいこの店もまた酒や食事を楽しむにはうってつけの場所だった。

遠目にヨキの姿を眺めていたがそろそろ相手は勘定かなというところだったし、
声をかけるにしても少々タイミングが悪そうだったので流そうかと思っていたのだが……。
クレームブリュレが追加されたのを気に喉の奥でくくっと笑いをこらえながらそばの席に移動した。

「なんだよ、ヨキせんせったら結構甘党なのな」

ヨキ > (声を掛けられた。合掌し、『いただきま――』まで言い掛けたところだった。
 手を合わせたままの格好で、顔だけを隣に向ける)

「む?アルスマグナではないか。何だ、君もここで食事を?
 もう少し早く気付けばよかったな。
 どうやら犬の鼻も酒にやられたらしい」

(『――す』。会話を続けながらも、小ぶりなスプーンを手に取って、クレームブリュレに突き立てる。
 食べ終えた食器は既に片付けられたあとだったが、食事中の様子を目にしていれば、その痩躯の眼前に随分と大量の皿や、椀や、串が並んでいたのを見ているだろう)

ご案内:「酒場「崑崙」」に奇神萱さんが現れました。<補足:生ける屍のように血の気の失せた女子学生。背中まで伸びた黒髪の先が朱に染まりかけている。>
奇神萱 > きい、と扉を押し開く音がした。

四角く切りとられた夜の闇から濁った目をした生徒がやってくる。
薄汚れていて皺だらけのブレザー。ボタンが千切れて裂けたブラウス。
誰もが見て見ぬ振りをした。その姿は人の世をさまよう幽鬼そのもの。
二日酔いの朝より酷い顔をしていた。

背の高いスツールに腰かけて、二人の年長者に気付いた素振りもないまま。
包帯の巻かれた右手をかばいもせずに頬杖をついた。

「ギムレット。……それから音楽を。レコードはあるか?」
「なにか聞きたい。かけてくれ」

アルスマグナ > 相手の食事前の挨拶に律儀さを感じて再び笑う。
いいから食え食えと言わんばかりに軽く手を振って、相手が甘味を堪能するさまを横目で眺めた。

「ん、まぁたまにはな。いや俺も目の前のことにしか目がいかなくて声をかけるのが遅れたから気にするな。
 しかしよく食うもんだね。なんだよ、かなり腹減ってたって感じ?」

随分と多くの量を食事していたことは時々うかがい知れた。
長身痩躯にしては随分と量のおおい食事。よっぽど絶食でもしていたのかと思うが、この真面目な相手に限ってそんな真似はすまい。

にしても犬と自身を言う割に、ししとうやねぎの串焼きは食えるのか。意外な点だ。

ぎいと扉が鳴るとそちらにやや目を向ける。腰掛けた相手をちらりと伺うとその哀れな姿にやや目を鋭く細めた。

ヨキ > (食器の汚れひとつも見せない姿で、もくもくと口を動かす。
 嚥下し、水で口中を潤して、まあな、と笑う)

「犬の体力に人間の胃袋は、随分とちぐはぐであるからな。
 量を食べねばとても持たん。
 腹の中に胃袋どころか、炉が燃えているのではないかと錯覚するほどだ」

(肉に魚に果物、甘味。
 ヨキは常日頃、犬はそうそう食わないものまでよく食べた。

 二口、三口とデザートを口へ運びながら、新たな客の姿に目を留める。
 アルスマグナに比べれば些か能天気な、平然とした眼差しが少女の姿を追う)

「ギムレットか。早熟だな」

(先人の文芸作品と掛けたやら、何気なくぽつりと口にする)

奇神萱 > ひどく腹が減っていた。
最後にものを食べたのはいつだったか。
熱病に侵され、奇怪な夢からつかのま醒めたような気分が続いていた。
何も喉を通らなかった。

喉が焼け付く様に痛んで、カクテルをゆっくり眺めることもしなかった。
シェイクされた氷の破片が喉を通り抜けて、ライムの青い香りが後を追った。

むせた。

「………は…」

口の端を歪めて、店主がレコードに針を落とすさまを見つめる。

ジャンゴ・ラインハルトの相方はステファン・グラッペリ。お決まりのコンビだ。
伝説のギタリストが奏でるジプシー・スウィング。『When Day Is Done』。

アルスマグナ > なるほど、とヨキの説明に納得する。
確かにそれならば燃費が悪いのも、雑食性なのもうなずけた。

「それじゃあ食費がバカにならないなぁ……。ま、よく食べる相手ってのは女の子にゃ受けが良さそうだ。
 なんだって作れば平らげてもらえそうだしな。」

冗談めかしてそう答える。
先ほど席についた少女のカクテルを煽るその様子に切羽詰まったものを感じると、軽く手を上げてカウンターの内側のバーテンに声をかける。

「彼女にもういっぱい、俺のおごりで。それからクラブハウスサンド、それも彼女に」

ほどなく注文を受けた店員が机に皿を滑らすように奇神の前へサンドイッチの乗った皿を寄越す。
通称『あちらのお客様からです』。
バーに入った人間ならだれでも一度はやってみたい行為の一つである。

ちょうど奇神がリクエストしたレコードもかかった。なかなかよい曲だ。
音楽に明るくはなくとも店の雰囲気に合う。

奇神萱 > 一日の終わりを告げる音色はしっとり憂愁を歌う。
そして終盤、歓呼の声が聞こえんばかりのあざやかな転調を果たした。

いい音だった。
この島でもなかなかお目にかかれないほどの上等な装置だ。
ひび割れた不毛の大地に雨水が染みとおっていく。

次なる曲は『Solitude』。

結局もとの木阿弥か。
不死鳥は死んだ。死んでそれっきり。二度と蘇らなかった。
それが定めか。皮肉が利いてる。

「ははは。はっはっは。は……ごほごほっ!!……っ…はは…」

笑いすぎてはらわたが痛んだ。痣になった場所が鈍痛をもらたした。

軽食とカクテルが魔法のように現れた。
どちらの客だ。ほかに客は二人いた。こっちを見てる眼鏡の……二人とも眼鏡だ。
人懐っこそうな方のおっさんだろうか。

「いや……腹は減ってない。気持ちだけ―――」

ぐうぅぅぅぅ、と腹の虫が高らかに鳴いた。

ヨキ > 「そうだろう?だからこんな風に財布の紐を緩めるのは、休日の前と決めている。
 それ以外は自分で細々とこさえるか……お察しの通り、」

(先は言わずに、ただ笑んだ。

 ――そうして、少女の咽る声。
 ぴくりとして様子を見遣る。

 アルスマグナの手早い計らいに、やるじゃないか、とでも言わんばかりに笑う。

 流れ出す音楽に、ひととき心地よさげに目を細める。
 少女が傍目には訳も判らず笑い出し、腹の音をレコードより高らかに響かせたのを――)

「…………、ッは。ふ!
 食うがよい、ヨキからも出してやろう」

(注文するのは、今しがた自分が食べているのと同じ、クレームブリュレだ)

「他に何か、食いたいものはあるか。
 気のよい男が二人も揃っておるのだ。腹も胸も満たしてゆきたまえ」

アルスマグナ > 「はは、毎日こんなに飲み食いしてちゃ俺らの薄給じゃ割に合わんよな。」

言葉の先は聞かずもがな、相手に同意するように自分のグラスを傾ける。氷の塊がカランと透明な音を響かせた。

突如笑い出して咽る少女に、その腹から鳴った空腹の虫に一瞬驚くが、くくっと自身の腹を抱えて笑い出した。

「ぷ、くくく……ああいや失礼。そんななりじゃ、ここんところくろく食事も休みもしていないんだろ?
 遠慮せずに食べな。なにか大変なことにあってもとりあえず腹を満たせば落ち着くだろ」

ヨキも同じく少女にデザートを出したとなれば、彼女に見えない角度で示すように親指を立てた。グッジョブ!
とりあえず彼女が皿に手を付けるのを緩んだ眼差しで見守ることにする。

奇神萱 > あれは呪われた名前を捨てた報いか。
それとも。
所詮、過去からは逃れられないのだと悪魔が嘲笑う声だったのか。

今だけは音楽が満たしてくれる。

この熱は一時のもの。いずれは去ってしまうだろうが、まだ死んではいない。
どのみち、これ以上墜ちることはもうないのだと思うと気分が少し軽くなった。
つまらない意地を張ってる余裕もなかった。
クラブハウスサンドにがつがつと喰らいつく。信じられないほど美味かった。

「見世物じゃないぞ。地獄に落ちろよおっさんども。―――ん、っく…」

悪態をついて、がっついた所為で喉に詰まったパンズをどうにか飲み込んだ。
飢えた獣が目を覚まして、まだまだ空腹を訴えていた。どんだけ食えば気が済むんだよ。
痩せぎすの眼鏡が食ってたクレームブリュレがやってくる。
俺にも女子力というのがあるなら間違いなく全面安だ。取引停止銘柄になっても不思議じゃない。

「……よくある話だ。自分を見失った。腐れ縁だけがどこまでもついて回る」
「積み木崩しの堂々巡りだ。訳がわからなくなった」

ヨキ > 「全くだ。異邦人の身体と生活と、研究費も慮ってもらわねばならんところだな」

(芸術と学問と、互いに探究に生きる者たちの宿命というものだ。
 カウンタの止まり木に腰掛けて、背後のテーブルに上体を預けた格好で少女を見ている。

 アルスマグナの言葉に尤もらしく頷きながら――陰で親指を立て返す。グッジョブ!

 つかれた悪態に、指先で頭を掻く。
 食べていたクレームブリュレが、空っぽになったところだった。今度こそ打ち止めだ)

「綺麗な顔をして勿体ないな。
 とは言え、その器量では身奇麗にしたところで別の見世物になるだけか」

(言葉を切り、口を閉じて、その食べっぷりを見ていた。
 ごく個人的な記憶を思い浮かべたのか、半眼になる)

「……まあ、話自体はありふれたものであるよな」

(断じたように見えて、)

「だが、君の話は君だけのものであるからな。
 吐き出せるものは我々に吐き出していったらどうだ?
 喉の詰まりも、きっと楽になる」

アルスマグナ > 「地獄ねぇ……日帰り観光ツアーとかやっているなら興味がなくもないけどな」

つかれた悪態には気にも止めず、首の後を軽くかく。
にしてもよほど相手は飢えていたのだろう。先ほどのヨキもかくやという食べっぷりに追加で野菜スティックも注文してみる。
ススー、カウンターを流れる硝子の器に入った色とりどりの切りそろえられた野菜とディップソース。
育ち盛りなのだから野菜も食べなければ駄目だろう。

彼女の語りだした話にかなりの興味は惹きつけられたものの、壁にかけられた時計を確認するとあ、やべと顔をしかめた。
明日は早い時間から受け持ちの講義がある。あまり長居もできない。
非常に惜しいとは思うが、この辺でそろそろ席を立つ。

「悪いな、女の子の悩み事を聞くにはおっさんデリカシーないからね。
 そこはかっこいいヨキせんせにお任せするとしましょう。
 なぁに、この人見た目はこんなだけどかなり良い先生だから悩み事だってばっちり解決しちゃうぜ。俺お墨付き。
 さ、お嬢さんずずいっとこちらへ」

自分が座っていた席を勧めてみる。
それからこれまでの勘定を店員に言ってテーブル越しに払う。
自分の分、少女の分、それからまぁヨキのクレームブリュレはおまけだ。それらの対価を支払うと、ぱんぱんと軽くヨキの肩を叩いた。

「それじゃヨキくん、お後よろしく」

それだけ言って笑いながら手を振ると、二人の横をすり抜けて外へと出る扉を開いて去っていった。

ご案内:「酒場「崑崙」」からアルスマグナさんが去りました。<補足:インディー・●ョーンズ錬金おっさん。考古学とかの教師>
奇神萱 > 「……帰る場所はある。帰るべき場所がないだけだ」

教師が二人。しがらみとは無縁の傍観者たち。
面倒ごとに巻き込まれる心配はなさそうだ。それだけでも有難かった。
仕事道具がないままじゃ収まりがつかない。
かといって『伴奏者』の行方も知れず、探す手立てもなかった。

「商売柄、見られることには慣れてるつもりだ。そんなに酷いかよ」

ああひどいさ。いくら何でもひど過ぎだ。頭のてっぺんからつま先までよれよれだった。

「待て。奇神だ。奇神萱だ! 名前―――よろしくじゃなくてだな」
「……ヨキが名前か。ヨキ先生。美味かったと伝えておいてくれると助かる」

感慨もなく流されて、まだおっさんのケツの温さが残るスツールに席を移った。

「大した話じゃない。これでも一度は死んだ身でね。イカレた女に腹を刺された。あっさり死んだよ」
「今は二度目だ。やり残したことは山ほどあった。……わかってる。荒唐無稽な話だよな」
「昔の仲間が集まって、また面白おかしくやれるはずだった」
「目論見のとおりにはいかなかった。歯車は滅茶苦茶にかみ合って、あっという間にぶっ壊れた」

「別の何かになろうしたが、うまくいってる感じがしない。どこまでも過去がついて回る」

深いカラメル色の焦げ目をスプーンで割って、ひとすくい口にする。

「………うまいな」

ヨキ > (犬の体力に人間の胃袋、そして暇。学期末は美術科に優しくない。
 席を立つアルスマグナへ向けて、ひらりと手を振る)

「ほれアルスマグナ。学園随一の美形を捕まえて、『見た目はこんな』とは何だ。
 だが、君に付けられた墨の期待には十二分に応えてやろう」

(アルスマグナに肩を叩かれながら、不遜なまでに鼻を鳴らして少女と向き合う。
 横目で見た彼がきっちりと勘定を済ませるのを見るに、まったく人格者だと思う。
 こちらには一人で三人分の勘定が残っているのだ)

「いかにも。これがヨキだ。あちらはアルスマグナ。この島の二大いい男である。
 感想、しかと伝えておいてやろう。

 ――ヨキの隣へようこそ」

(禍々しく尖った犬の爪で、メロイックサイン。
 とてつもなく壮大な冗談を挟み込みながら、しかして素知らぬ顔で少女を迎える。
 スツールの上で座り直し、正面に向き直ったテーブルに肘を突く)

「……………………、」

(少女の述懐と、クレームブリュレへの感想と。
 顔を隣に向けて聞きながら、金色の半眼がじっと見る)

「ヨキもな、判るぞ」

(一度死んだ、のくだりではなく、)

「君が所望したような、華やかな音を聴くにつけ思い出す。
 このヨキにも、待っている者らが居るのでな」

(バーテンを呼び付ける。
 頼んで間もなく、自分と少女の前に、水が入れられたグラスが二つ置かれる)

「面白おかしく何事かを為せる者には、必ず見てくれている者が在るものだ。
 だとすれば、何とも可笑しい話であるな。待つヨキと、どこかで待たれているかも知れない君と」

(冷えた水を飲み込む)

「この辺りの、さる劇団でな。ファンだった」

奇神萱 > 「ゴドーは明日来るかもしれない。明日が駄目なら明後日に望みを託してもいい」
「だが、待ってるだけじゃ何も変わらない。変えられない。行き着くところは救いのない結末だ」

氷のとけたギムレットを口にして、カクテルグラスを置く。

「もしそれが俺の知ってるやつと同じなら、胸のうちにとどめておいた方がいいぞ」
「不死鳥(フェニーチェ)は死んだ。地に落ちたまま炎に巻かれた。災いを呼んだ」
「顰蹙もんだったさ。一線を越えて、それが止めになった」

チェイサーで味覚を戻して、頭もすこしすっきりとした。
どこか犬のような四肢をもつ男。不思議な物言いをする教師だった。

「不死鳥は死なないから不死と呼ばれてるわけじゃない。矛盾してる様だが本当だ」
「死んだ不死鳥は灰になる。灰から生まれなおして、また飛び立つんだ」
「重ねたわけじゃないが、やりなおせると思ってた。一人でやってく自信もあった」

「―――楽器を失くした。生きていた証を奪われた。あとは空っぽだ。何も残らなかった」
「それでも待つのか」

カスタードの甘味にビターな焦げ目が彩りを添える。優しい味がした。

ヨキ > (戯曲のような、詩を吟じるような言葉に目を伏せる。
 置いたグラスを握ったまま、何気ない様子で聞いていて――)

「………………、」

(目を、見開く)


「――《不死鳥》?」

(まるで、捜し求めた化鳥の尾が、視界を掠めていったかのような顔をして。
 金の瞳の奥に、ぐらりと焔が立ち上る。
 肌を薄く覆う毛が丸ごと逆立ち、唇の隙間から鋭い牙が覗く)

「不死鳥が――死んだと?」

「……待て」

「何だ、それは?」

(この腕が、今にも少女の首へ伸びそうになるのを堪える)

「不死鳥――《フェニーチェ》?」

(劇団フェニーチェ。どれほど焦がれたとも知れなかった。
 あの『鮮色屋』茶久と交わした会話が、焼き付いたかのように浮かび上がる)

「フェニーチェは……瓦解、したのか。もう?
 ……フェニーチェは再び飛び立つと、今ふたたび……姿を、現すと……」

「馬鹿な」

(その顔から表情は失われ、いっそ亡者のようだった。
 水を含んだばかりというのに、声が乾く)

「…………楽器……」

(楽器。失くした。奪われた?楽器を?
 フェニーチェが鳴らした楽器。音。

 記憶が次々と綾織を為して立ち上がる。
 フェニーチェの音。律なく奏でられる旋律――即興の、)

「…………、ヴァイオリン?」

奇神萱 > 「どうした色男。何を驚いてる?」

今度はヨキ先生の方が死にそうな顔をしていた。
そうか、この反応は。本当に好きだったのか。

「俺の知ってた不死鳥は死んだ」
「とっくに死んでたものが、長い時間をかけて燃え尽きただけだ」
「灰は人の心に撒かれて散った」
「これから生まれる不死鳥は、俺も知らない姿をしているはずだ」

《ミーム》。いわゆる文化的遺伝子のことを言っている。
時代の徒花でしかなかった存在に継承者が現れ、亜種を生み、語られ、模倣が繰り返される。
固有の特質が磨耗しきるまで、単なる記号に堕するまで、文化は繰り返し消費される定めにある。

「―――再び飛び立つことがあればだが」

「誰が名乗っても構わない。不死鳥のことを知ってる人間ならば、誰もがその資格を持ってる」
「姿を変えて、名前を変えて。出自や役柄を変えて、繰り返し繰り返し現れる。演じられる」
「不死鳥は人の数だけ存在する。何度でも蘇るさ」

問い返されて、そっぽを向いて笑った。

「そこに居場所はないだろう。『伴奏者』は舞台を降りた。それで構わないと思ってる」
「生きてる理由をなくして、死ぬこともできない身の上だ」

「教えてくれ。それなら俺は何なんだ?」

ヨキ > (問われて、小さく首を振る。
 前髪の下に顔が隠れてなお、その焦燥は劇団フェニーチェを愛していたことを物語っていた)

「……そうか。
 死んで、灼かれて……灰さえも、流されて――

 …………、ヨキは。愛していたよ、フェニーチェを。

 何度も通った。あの劇場に。
 危うく薬の餌食になることはなかったが、そんなもの――」

(酷薄なまでに薄く笑う)

「――テセウスの船だ。
 ヨキは、『あの』フェニーチェが……魂も新たに飛び立つことを、期待していた」

(視線がテーブルの上に落ちる)

「繰り返し繰り返し、何度も蘇り続けたものは――もう。
 ちがう、ものだ」

(姿を同じくして生まれ変わり続けたものが、もはやその性質を異にしてしまうということを、自分は知っているのだと。
 相手の問いに、押し黙り、顔を見据え、口を開く)

「…………、知らないな。そんなもの」

(無責任なまでに、小さく、軽く、乾いた声)

「ヨキが知っていたのは、あの舞台を華やがせたヴァイオリンと――その奏者だけだ。
 舞台の外のことなど……ヨキには、何も言えんよ。
 君が味わった苦しみを、このヨキには言葉にすることが出来んのだ。

 …………、ヨキもまた。ひとつの舞台しか知らなかった。
 ヨキの場合、その性質を変えたのは観客の方だった。

 引き摺り下ろされ、乱され、奪われ、歪められ――灼かれ、開かれて、吊るされた。

 異能ひとつを持て余して……ヨキは、ここへ来た」

(奇神を、ただ見つめる。
 淡々とした声が、ひとつひとつ零れるように続く)

「地獄だ。ここは。
 ――だが地獄もろとも愛さねば、ヨキは生へも、死へも、向かえぬままだ。

 君の愛した劇団を、このヨキが愛したように……
 君もまた、この地獄を愛してみせるがいい。

 話はそれからだ。

 君が自分を問えるのも、ヨキが君に答えうることも」

奇神萱 > 「ああ。同じ期待を抱いていたさ」
「残念なことだが、期待には応えられなかったようだ」

とはいえ。

「変わらないものなどないだろう」
「『伴奏者』が死んだ。『団長』が退場した。それが終わりの始まりだった」

まるで突き放すような答えだった。自分でも同じ答えを口にしただろうか。
舞台に立っていない自分、梧桐律と呼ばれた学生のことをヨキという教師は知らない。
ゆえにその答えは、どこまでも愚直で誠実だった。

「地獄で正気を気取っているのは楽じゃなさそうだな」
「―――もしも、そんな場所にも音楽をつけてやれるのなら」

もしも、この手に取りもどせたなら。

「天国にだって変えてみせるさ」

勘定は済んでるんだったか。すこしは血色が良くなっただろうか。

「……ご馳走になっとく。先生。なかなかだったぞ」

スツールを降りて、店を出て行った。

ヨキ > 「……移りゆく芸術を語るには、本来ならば常人の生では足りんものだ。
 その場においては流れを察することも出来ず、語るにはすでに過ぎ去ったものを愛でるしか、ない。

 今この人の世は、根付かず変わり去るものたちの、如何に多いことか。
 言葉も、表現も、あまりに移ろいやすく……時代に根付かなさすぎる。
 フェニーチェもまた――土壌への根付き方を、誤ったのだろうと思うよ」

(言葉を切り、奇神を見る)

「……天国か。

 言葉の綾というやつだな。
 ヨキにはこの島を――真には地獄とも、天国とも。
 判じることは出来そうにない。

 フェニーチェが墜ちたのならば……

 期待、していたいものだな。
 君が――新たな音楽で、『見たこともない天国』を産み出してくれることを」

(礼の言葉に、目を伏せて笑みを返す。
 奇神を見送ったのち、ひとり考えごとの中に耽って――

 やがて店を出る)

ご案内:「酒場「崑崙」」からヨキさんが去りました。<補足:人型。黒髪金目。197cm、拘束衣めいた長衣、ハイヒールサンダル>
ご案内:「酒場「崑崙」」から奇神萱さんが去りました。<補足:生ける屍のように血の気の失せた女子学生。背中まで伸びた黒髪の先が朱に染まりかけている。>