2015/07/29 - 20:13~03:20 のログ
ご案内:「男子寮・ちはやの部屋」に神宮司ちはやさんが現れました。<補足:巫女舞の少年。リラックスウェア姿>
ご案内:「男子寮・ちはやの部屋」にビアトリクスさんが現れました。<補足:褪せた金髪 青い瞳 シャツ スカート>
神宮司ちはや > 特別講習での一件から寮まで脇目もふらず走って帰る。
まだ後悔と悲しみでしょぼしょぼした気持ちは元通りにならず
夕食も抜いて、頭を冷やすように部屋でシャワーを浴びた。

自分が拒絶されたことより、白露を不用意に手を握ったことで不快な思いをさせて
なおかつあんな苦しそうな顔をさせてしまったことに後悔する。

もだもだとベッドの上で枕を抱え、布団の中に引きこもっていたが
どうにも気持ちが晴れず、すぐに眠りにつけそうもない。
枕元に置いておいた携帯に手を伸ばすと不器用な手つきでキーをぽちぽちと押していく。

『To:日恵野ビアトリクス

 タイトル:(猫の絵文字)

 本文:とりくしくんおはなしてきたらしたいです、いまぽくおへやいます。もしよかたらこれますか?』

不慣れなメールを完成させるとビアトリクスの携帯へ向けて送信する。

ビアトリクス > しばらくして、ちはやの部屋の前で呼び鈴を鳴らすビアトリクスの姿。
メールが届いた時にはひらがなまみれの文面にビビったが
内容と送信者を確認して冷静になった。

「入って大丈夫かい?」

神宮司ちはや > 呼び鈴が鳴らされるともぞもぞとベッドから降りてドアを開ける。
ちょっとだけ泣いたような目元と赤い鼻。
元気がなさそうな態度で弱々しく笑って出迎える。

「うん、だいじょぶ。来てくれてありがとう。上がって」

スリッパをもう一足出してビアトリクスへ使ってもらうよう勧める。
猫の顔がついたやつだ。
それから部屋に備えついた小さな椅子とテーブルを示して
そこに座っててと言ってから自分は冷蔵庫から麦茶を出す。
コップ2つ分用意するとテーブルの上に運んで並べた。

ビアトリクス > 「……!」
普段見ている顔だ。一度泣いたのだとすぐわかる。
胸がざわつく。叫びだしそうになるのを飲み込む。
きっとそのことについての話だろう。今は黙るべきだ。

「……おじゃまします」
ねこのスリッパを借りて、室内へと足を踏み入れる。
促されるまま椅子に座り、部屋の様子を失礼にならない程度に伺う。
(なんかいちいち小物がかわいいな……)
借りてきた猫のように、そうやって部屋の主が戻ってくるのを静かに待っている。

神宮司ちはや > 静かに椅子を引いてビアトリクスの対面へ座る。
暫くの間無言でじっと手元を見ていたが、折角相手が来てくれたのだからと重い口を無理やり開く。

「あのね、今日特別講習があってね、終わった後で……
 この間公園であったシロちゃんさん……白露小百合さんと会って……お話したんだ。

 最初はね、普通にお話できてたし、この間のこともお互いに謝れて良かったんだ。
 お友達にもなってもらえたんだけど……」

そこから先、どう言葉にして相手に伝えて説明すればいいのか悩むように口をつぐむ。

「へ、変な話題になるんだけどね……シロさん、ぼくとトリクシーくんの仲が気になってるみたいで
 どこまで仲良くなったの?ってお話になったんだ……。

 き、キス……したのか、とか手をつなぐのは親しくてもなかなかないとか、そんな話……。
 ぼく、上手く話せなくて……ねぇ、キスって好きでもない人としても平気なもの?
 予行演習とか、本当はするの?」

ビアトリクスの顔を恥ずかしさで見れない様子で、恐る恐る尋ねる。

ビアトリクス > 黙りこくる様子に、声をかけようとしたその直前にちはやが口を開く。
相談の相手に選んでもらったのは光栄だが、
ビアトリクスは他人の相談に乗ったことなどほとんどない。
力になれるかは少し不安だった。

「…………」

最後まで聞き終えて、テーブルの上で手を組む。

「あいつめ……」

忌々しげにつぶやく。
この問題はちはやの成熟に伴っていつか来るであろうことはわかっていた。
しかしこんな形で口火を切られることになろうとは。
瞑目し、どう答えるかしばし悩んで。

「……“普通”は、キスはそう軽々しくはしない。
 予行練習なんてもってのほかだ。
 ……からかわれてるんだよ、それ」

カルチャーギャップの問題はとりあえず度外視して、ごく一般的と思われる答えを言う。
この返答だと新たな疑問を生むことになるが、仕方ない。

「……それと、ちはやがそんな顔になってるのとは、関係あるのかい?」
返答如何によっては、シロと話をしなければならない。

神宮司ちはや > 「ち、違うの!シロさんは悪くないの!もうちょっとだけお話を聞いて欲しいんだ……」

怒気をはらむビアトリクスの呟きに慌てて首を振って落ち着くように促す。

「ぼくもキスはね、大事な、大切なときに大切な人へするものだと思ってた。
 トリクシーくんと、ほとんど一緒の考え。
 だからシロさんにもそう答えたんだ。

 そうしたらシロさんは寂しそうな顔をしてこういったと思う。
 『私は好きじゃない相手ともする』
 『自分にはそんな大切なもの勿体無い』
 『自分は羊の皮をかぶった狼だから』って……。

 よく意味は分からなかったけどその顔がすごく寂しそうだったから、そんなことないって伝えたくて
 キスは出来ないけど手をつなぐことぐらいならって思ってちょっとだけ手を握らせてもらったんだ。
 そしたら……触るなって怒られちゃって……

 でも全然悪くないんだ、シロさん!ぼくが強引にしちゃって、それで嫌な思いさせちゃって……
 触るとぼくまで汚れるって言われちゃって……そんなことないのに……。

 それでお互いまた謝ったけど気まずくなって逃げるように帰って来ちゃった……。
 思い出したらぼくったらずいぶんひどいやつだなって思った。
 シロさんを傷つけちゃって……」

あふれる感情のままに一生懸命言葉をこぼすと、引きづられるように涙も溢れそうになって慌てて目をゴシゴシとこする。

「どうしたら、仲直りできるかな……。そんな人のこと、どうしたらわかってあげられるかな……?」

ビアトリクス > 「……ん」

どうやら、想定していた話の流れと違うな、と気づく。
安堵が許されたわけでもなかったが。

「…………」

肘を付き、手で顔を覆う。
落ち着いて、話の内容を頭のなかで整理する。

「その人を、わかってあげたい、か」

確認するように繰り返す。

「まず、最初に断っておくけど。
 ぼくは人を慰めるのは苦手だ。
 だから、ちはやの話から推察できる、事実に近い可能性を教えようと思う。
 ちはやは余計傷つくかもしれないけど……それでも構わない?」

冷ややかとも取れる口調。
顔を上げ、じっ、とまっすぐに、試すようにちはやを見つめる。

「まず、ぼくから言えることは、ちはやは悪くない」

それだけはきっぱりと伝える。
やりかたが適切だったかどうかはさておいて、それはちはやの無私の優しさから来たものだ。
続きは言わない。ちはやの返答を待つ。

神宮司ちはや > 一つ深呼吸をしてから、暴れる感情をなだめる。

「う、うん……大丈夫。
 トリクシーくんが言ってくれる言葉なら信じられるし、
 ぼくじゃなくて傷ついたのはシロさんだから」

少しだけ緊張した面持ちで、ビアトリクスの視線をまっすぐ受け取る。
自分は悪くない、と諭されるとそうかな、とまた口を出したくなるが慌てて手で塞ぐ。
首で頷いて、相手の次の言葉を待つ。

ビアトリクス > ちはやの言葉に、ますます表情を険しくして、麦茶のグラスに口をつける。
幾度か深呼吸。彼が口にした、シロの発言。それを脳裏で何度か繰り返す。
シロについてはほとんど知らない。公園で一度顔を合わせたきり。
しかし、知らないからこそ、簡単にたどり着ける事実もある。

「そいつは、そいつの仕事は、おそらく、――ええと」

言いよどむ。うまく表現が見つからない、と言ったふう。

「……いいか、落ち着いて聞け。
 そいつは……
 おそらくだが、身体を売る仕事をしているんだ。
 身体を売る、ってわかるか。
 ……わからないだろうな」

一度言葉を切る。

「キス、とか、抱き合ったり、……とか。
 そういうことをして、金か、金以上の何かを得る仕事をしている」

硬く、重い口調。
ちはやの反応を確認しながら、慎重に、言葉を連ねていく。

神宮司ちはや > ビアトリクスの言いにくそうな様子からけして軽くない話題だと察する。
そしてその口から慎重に語られた言葉に一瞬理解が及ばない、きょとんとした顔を向けた。

「からだ……うる?からだって売れるの……?痛くない……?






 た、ったいへんだっ!!!身体なんか売ったら一つしかないのにたくさん痛い思いして危ないよ?!?!!」

椅子から飛び上がるほど勘違いして叫ぶが、ビアトリクスの落ち着けという言葉に慌ててまた口をふさいで小さく椅子に縮こまる。
続いて聞かされた内容は、それまで自分が知ることがなかった大人の世界の一端だった……。

「……うそ、き、キスとか抱き合ったりするとお金もらえるの?なんで?
 そういう、”いけないこと”をしたりする仕事は、よくないんじゃないの?
 シロさんは、もしかしたらそういうこと、してるの?
 ……なんで誰も止めてあげないの……?」

そんなことをビアトリクスへ言われても困るであろうことはわかっているが、それでも口にせざるを得ない。
衝撃的すぎてまだ信じられないようにじっと目を見開いてテーブルに視線を落とす。

ビアトリクス > 「…………
 確かに二つある臓器のうちの一つを摘出して金に変えるみたいな商売もあるけどな。
 今言ってるのはそういうのじゃあない」
ジト目。どこまで天然なんだこいつは。


ちはやの嘆きに、眉を寄せ、目を細める。どこか悲しい笑み。
「……そりゃ、“よくない仕事”さ。
 あるいは、昔経験があっただけで、今はやってないかもしれないね。
 ……でも、仕事を選ぶことができない人間、というのはいつの時代も、どこにでもいるんだよ」

淡々と、講師が生徒に対して行うように、講義を続けていく。
こういうのは養護教諭の仕事だ、と内心で毒づきながら。

「……この島だと、仕事を選べない多くは、『二級学生』という存在に当てはまる。
 二級学生についての説明はいらないよな?
 二級学生か、もしくは過去二級学生でそういう仕事に手を染めていたか、どっちかだ。
 理由を細かくばらすと、経済的事情。出身、身分。なんらかの心身の障害。
 そんなとこかな」

「……そんな仕事をする必要がなくても、するやつもいるけどな。
 それは心身の障害に含まれるのかもしれない」
なぜか、それについて触れるときだけ、くつくつと笑い声を漏らした。

「なぜ止めない、か。
 人の命を、人生を買うことは、あまりにも難しいからだよ」

「ここまでで何か質問はあるかい」

神宮司ちはや > 「そ、そんなお仕事もあるんだ……怖いね……。
 うう……知りたくなかったような、でも知らなきゃいけなかったような……」

青ざめたまま、頭を抱える。とはいえ、今大事な話のところはそこではない。
ビアトリクスが冷静に話す言葉を一語一語自分なりに懸命に解釈する。
あけすけなこの世の仕組みと暗がり。常世島における『二級学生』の存在。
あまりに一度にその暗い部分を覗きこんだせいで少しだけ気分が悪くなる。
青ざめたまま、けれどここでやめてしまってはいけないと必死に口元を押さえて話を聞いた。

「……仕事を選ぶことが出来ない人とか仕事がない人とか、そういう人達が今も世界にたくさんいることはうすうすわかっていたけど……

 そういう人達がぼくたちのそばにも居るなんて、少しも考えなかった……。
 同じ常世学園の生徒なのに二級、なんて名前がついてるのなんかおかしいね……。
 いろんな事情とか、あるんだろうけど……なんか変な感じ。」

そんなことを好き好んでする人もいるということを示唆されれば、ビアトリクスの笑い声とは対照的に沈鬱な表情になる。

「……そうだね、人一人の生命は大事なもの。
 とても、価値があって重くて、一人では生きていけ無くて、だからみんなの力を借りる。
 お金だけで、何とかしたりするのは、大変だよね……」

ちょっとずれているかもしれないが、自分の人生だってあまりままならないのだから難しいという言葉には納得できた。

「大丈夫、また後で質問するかもだけど今は続けて……」

先を促す。むしろ自分がきちんとビアトリクスのいうことをわかるかが心配だったが。

ビアトリクス > 「無理しなくてもいいよ。
 ちはやには少し早い話かもしれないから」
麦茶を一口。
落ち着くのを待って、促されるままに続きをしゃべる。

「“なんで”というところに触れていなかったね。
 もちろん、需要があるからだ。需要がなければあらゆる商売は成り立たない」

「キスとか、抱き合ったりとかは、“きもちいい”んだよ。
 それはちはやだって少しはわかるんじゃないか?
 身体を買えるサービスがあって、手元に金があるなら、
 そういう欲望があって、しかし日常で満足に行えていない人間は利用する。それだけの話だ。
 信じがたい話かもしれないけど、倫理っていうのはお金があれば多少は無視できるのさ」

「ちなみに、“よくない仕事”を行うのは女性が多いが、
 男性の従事者も少なからずいる」

少し、丁寧に説明しすぎているかもしれない。
ここまで話す必要があるかどうかは、微妙に判断しきれない。
あるいは、知ってほしい、と考えているのかもしれない。

一息つく。

「……とまあ、“よくない仕事”についての説明はこんなところだ。
 問題がなければ、ようやくだが、最初――シロがなぜきみを拒絶したか、というところに戻りたい。
 これについても、ぼくなりの説明がつけられる」

ちはやを見据えている。

神宮司ちはや > ”きもちいい”。その言葉にぎくりと身体を固くした。
そう例えば、楓に触れられる時、その綺麗で豊かな胸を押し付けられる時。

あるいは、ちょっと進んだ大人のキスをした時。

最初は驚きと恥じらいが勝るけれども、その体温の暖かさに何故か安らぎともう少しだけ触れていたいという欲望があること。
そして、ビアトリクスが自分にするキスでさえ、そう思うことがあること。

急激に自分が汚く思えて、慌てて腕で身体をこする。
寒気がするような何かを感じた。
大人って汚いとか、言えればよかったけれどきっとこれは大人だけではなくみんなが持つものなのだ。

青い顔がやや紅潮するも、気分はますます悪くなる気がした。

「女の人がお仕事……男の人もするの?女の人がそういうお金を払うの?」

ちらりとビアトリクスへ視線を向ける。薄々はわかっている。
同性同士だってそういうことがあるかもしれないということを。

ビアトリクスが一息ついたところだが、ちはやは結構今でさえいっぱいいっぱいだ。
けれど堪える。その先の説明こそが重要だ。

「うん、なんとなく……わかってきたけど……
 トリクシーくんの説明を教えて下さい」

ビアトリクス > 「やれやれ、思いの外長くなってしまったが……ここからが本題だ」

ビアトリクスの顔にも、疲弊がにじむ。
講義した現実のおぞましさ自体に、ではなく。
それを穢れを知らないちはやに語って聞かせたこと。
けれど、ちはやがシロについて知るには、この講義は必要不可欠だ――と、ビアトリクスは考えた。


――しかし、

「さて、想像の割合が大きくなるが、容赦してくれ。
 シロは、自分がどれだけ倫理に反し、汚らわしい仕事に手を染めたか、自覚している。
 だから、」

――ビアトリクスが平静でいられたのは、

「汚れた手で、きよらなるものを、」

――そこまでだった。

「…………」

気がつけば、ビアトリクスの全身を、ぬるい汗が舐めていた。
それはきっと、対面するちはやにもわかるだろう。
なにしろひどい表情を見せていた。


「……悪い、少し休ませてくれ」

神宮司ちはや > 「トリクシーくん……?」

相手の言葉が途切れ、はっとして顔を上げた。
ビアトリクスの額に汗の玉が浮いている。それに憔悴し疲弊したような表情。

慌てて椅子から立ち上がりビアトリスの横へ駆け寄る。
その背をさすり手近にあったタオルで汗を拭う。

「ご、ごめんぼくが無理に話を急がせちゃったから……
 大丈夫?横になる?気持ち悪くない……?」

心配そうにビアトリクスを見つめる。

彼の言いかけた言葉の先、確かな答えはなくともさすがにここまで講釈されれば鈍いちはやにもなんとなくわかった。
たぶん、自分が汚れていることを知ったら、誰だってきれいな所を触りたくはない。
その手を必死に洗い清めたい、それが出来なければ恐ろしくて触ることに冒涜を感じるのだろう。

わからないわけではないけれど、だけど。

ビアトリクス > 「大丈夫だ。続けられる」

息が荒い。

「なあちはや。
 きみは清浄だ。
 だから、“よくないもの”を引き寄せ、あるいは、恐れさせる。
 楓先輩、シロ、そしてこのぼく……」

力なく笑う。
ここから、ちはやに助言できることはいくつかある。
しかしそのいずれも、どんな形であれ、そこに『自分』が含まれてしまう。
ちはやにエゴを向けることは、ビアトリクスにとって、大いなる背徳だった。

なんてことはない。
“よくない仕事”について懇切丁寧に長々と話したのは、
この話をできるだけ後回しにしたいという無意識のものだった。

しかし。
それでも。
罪を犯す、と決めた。

呼吸を整え。大きく息を吸い込み。
決意に燃え盛る瞳をちはやに向ける。
そして口を開く。

「……いいか、ちはや。
 きみのからだとこころは有限だ。
 今はそいつに無闇に近づこうとするな。
 余計にそいつを傷つける。
 それだけじゃない。
 きみも傷つくんだ。
 きみは自分が傷ついてもいい、あるいは、傷ついてない、なんて思うだろう。
 しかしそれは違うんだ。
 
 誰も彼も助けられると思うなよ。わかってやれると思うなよ。
 それは傲慢だ。
 それをきみのこころが死んでからわかっても、遅いんだぞ!」

――自分の言っていることの意味に、罪深さに、内臓がねじ切れそうになる。
この叫びは、最初に飲み込んだ、ちはやへの怒りそのものだった。

神宮司ちはや > ビアトリクスが向ける強い視線と、怒りをはらんだ叫びを向けられて雷に打たれたような衝撃を受ける。
一瞬の意識の空白。
呼吸も忘れるほどの、叫びだった。

すとんと、ちはやの顔から全てが消え失せる。
表情も顔色も何もかもを洗い落としたかのようにすっかり透明になってしまう。

ただ無表情な表が、視線がじっとビアトリクスを見ていた。

「ねぇトリクシーくん」

平坦な声音が告げる。

「ぼくは、だれでもわかってあげられるとは思わない。
 だれでも助けられるとは思わない。

 だってぼくは弱いから。
 今だってトリクシーくんに教えてもらわなきゃわからないこと、いっぱいあった。

 ねぇ、どうしてトリクシーくんはそんなにぼくをきれいな所に置こうとするの?

 ぼくは清浄なんかじゃない。
 ぼくは普通の、小さなただの”神宮司ちはや”だよ。
 君はぼくに価値があるって言ってくれる。
 美しいっていってくれるけれども

 それが嬉しい事もあれば、
 なんだか距離を置かれているようで寂しいこともあるんだよ。

 トリクシーくんや楓先輩や、シロさんと打ち解けられない、あるいは同じ所に立てないなら
 ぼくはこんな清らかさ要らないし、捨ててもいい。

 ぼくは、そんなにきれいでもないし強くないよ……トリクシーくん……」

はっと息を吐いて瞼を伏せる。次に上げた時にはただただ後悔ばかりが残っていた。
綺麗さっぱりあれほどなかった気持ちが、感情がちはやの表情に戻ってくる。
震える唇をなんとか開いて、ひどくかすれた声でビアトリクスへ言った。

「ごめん……トリクシーくんが言いたいことはそういうことじゃないよね。
 僕のために説明して、理解させようとしてくれたのに……
 わかってる。ぼくが一番ひどいことをしたのはそういう、
 わがままというか、傲慢なところだっていうことも……

 今まで、ずっとトリクシーくんも、いやだった?」

ビアトリクス > 表情がそのとき引き裂かれるようにして歪む。

「あ」

生きながらにして臓腑をねじ切られる痛みも。
透明な力で脊髄をバラバラに砕かれる痛みも。

「う」

その二回の呻きだけで飲み込む。そして表情が消える。

瞑目。長い沈黙の後、ふ、と表情を笑みの形にする。

「そうだな。正直に言おう。
 きみは、無知で、愚かで、力が弱い子供だ――
 そう、今まで思っていたことを、謝るよ。
 清浄というのは――それの、良い表現のしかたにしか過ぎなかったのかもしれない」

だけど、と。再びまっすぐに向き合って、

「いいかちはや。ぼくだって弱いんだ。
 弱いから、臆病だから、人間から、逃げ続けてきた。
 だけどきみは、弱さを自覚して、それでも、人に優しくあろうとした。
 そのあり方を、尊く美しいと表現するのは、――何も間違っていない!」

それだけは、それだけは否定させてはならない。

「きみが謝る必要は、どこにもない。
 ぼくは怖くなったのさ。
 嫉妬したのさ。
 きみはそれが必要だと感じたなら、
 ぼくが知らない誰かのためにでも、
 その生命を捧げてしまうのではないか、とね」

頭を下げる。

「すまなかった。ぼくは、きみの弱さにつけ込んで、
 きみの意思をねじ曲げて、自分の都合のいいように操ろうとした」

痛苦と悔いに満ちた、限りなく真摯であろうとした声。

神宮司ちはや > 「うん、ごめんね。トリクシーくんがぼくのことをそういうふうに感じて表現してくれていること
 すごくすごく大切な嬉しい物の一つだよ。
 そこはぼくも、何も間違ってないって思える。信じられる。」

まっすぐに向かい合うビアトリクスに微笑み、彼の手の上に自分の手をそっと乗せる。

「トリクシーくんこそ謝ることなんかない。
 ぼくはついつい君のやさしさに甘えて、好き勝手しちゃうけど
 そのせいでたくさん迷惑や心配をかけちゃっているのも知ってて
 それなのにこんなことを聞いたりしているから、ずっとありがとうとごめんねを言わなきゃなって思ってた。

 あのね、ぼくが大切な人とか友達とか、たくさん作りたいって思っているのはね、
 何も誰かのためだけにってだけじゃないんだよ。
 いつか保健の先生に言われたことがあるんだ。
 助けてくれる知り合いや、仲間とか絆を作りなさいって。
 ぼくが誰かを助けたいのは自分が助けられたいのもあるんだと思う。

 ぼくだって自分がどうにかなっちゃうのはいやだし怖いよ。
 できるなら危ないことはしたくないし、面倒なことだって避けたいけど
 でもそうしたらきっと後悔するし、身体が勝手に動いて気づいたらってこともたくさんあるんだ。

 嫉妬したり心配かけたりしてごめんね。でもありがとう。
 ぼくのこと大事に思ってくれて、大事なことを話してくれて、ありがとう。
 たぶん大事なときにはトリクシーくんが横にいてくれて、ぼくも君の横にいるようにするから」

だから、頭を上げてと優しく促す。

「こんなことを言っておいて、あれだけれど……
 ぼくは弱い子供で、今もシロさんと向き合う勇気がちょっとしかわかない。
 もし、トリクシーくんが横にいてくれて、アドバイスをしてくれたら勇気が出る気がするんだけど

 それは君にとって酷なこと?」

ビアトリクス > 「はあああぁぁぁ…………」
頭を下げたまま、呆れ声を上げる。無敵時間が切れた。
両腕を上げる。降参の姿勢。

「あーはいはいわかったよわかったよぼくの負けだよ。
 ちはやはどこまで人がいいんだ?
 きみがどんなに無茶しようが何しようがぼくが守ってやりゃあいいんだろ。
 ほんときみってやつは勝手だよな。イカの時もそうだったのに。
 ぼくにはきみしかいないってのによぉ。
 友達いない根暗野郎の嫉妬力をなめんなよ……
 まったくあの女余計な事言いやがって……」
さきほどの大演説ですべての力を使い果たしたとばかりに、
ぶつくさぶつくさと見苦しく悪態を垂れ流し続けた。

「いいよわかったよきみとならどこにだって付き合ってやろう。
 ぼくと一緒に行ったらあいつにはからかわれると思うけどな」

ようやく顔を上げる。嘲るように口元を釣り上げている。

神宮司ちはや > 大仰な相手のため息にしょぼんとかなり申し訳無さそうに縮こまる。

「ごめんね。あの時もトリクシーくんはすぐ来てくれて守ってくれたのに……。
 うんでも、
 一番信頼しているから全部託せるし預けられる。
 ぼくはトリクシーくんに守られて、生かされているんだね」

なんだか照れちゃうね、ありがとうなんて頬を染めながら頭を掻いた。
重ねた手に少しだけ力を込めて握る。

「いいよ、トリクシーくんと一緒ならからかわれたって構わない。頼りにしているよ。
 それにね、トリクシーくんが大事なお話をしてくれたおかげで、ちょっとだけ思いついたことがあるんだ。」

でも、今は内緒。といたずらっぽく微笑むと唇に人差し指を当ててしぃとポーズをとった。

ビアトリクス > 「ふうん、思いついたことね……」
今の話でどんなアイデアが出てきたのか、まったく見当もつかない。
少し不安でもあり、少し面白そうな予感もあり……

「悪いって思ってるなら、ちゃんと埋め合わせしろよな」
冗談交じりにそうぼやく。
椅子に座り直し、背もたれを、ギシ、と揺らす。
ここ最近彼としゃべっていると全力で感情を叩きつけてばかりだ。
やっぱり自分は小さなことで狼狽えすぎだな、と思う。
天を仰ぎ顔を覆った。目の前の年下との器の大きさの違いよ……

神宮司ちはや > 「それをするかどうかはまだわからないけどね。

 う、埋め合わせ……」

ううーんと真剣に悩みこむ。
そういえば最近ビアトリクスに苦労をかけすぎた気もする……。
何かのんびり、何の気兼ねもなく遊んだりするべきかもしれない。
海へはこの間行ったし、ごはんも焔と一緒に三人で食べた。
また食べてもいいかもしれないけれど……。
お祭りは楓とも一緒にいくだろうし、あとは……
さっき講釈されたばかりのキスや抱き合うことが対価になるという話を思い出して慌てて頭を振る。

「あのさ、こんど夏休みになるでしょ?ぼく、その間におじいちゃんの所に帰る予定だから、一緒に来る?
 交通費とかご飯とかお願いして出してもらうから。
 本当に、山の中でなにもないけど……つまらないかもしれないけど」

どうかなと上目遣いで聞いてみる。

ビアトリクス > まったく期待せずにとりあえず言うだけ言ってみた話ではあったが、
予想もしない提案が返ってきた。
「祖父君のところ、か」
ふむ、と顎に手を添える。
つまりは実家ということか。
実家……家族に紹介、挨拶……お孫さんをぼくにください……
(ちゃうねん)
思考を二段階ぐらい飛ばしていた自分の頬を叩く。

「んー……まあ、いいんじゃない? かな。
 ちはやの実家、興味あるしね。つまらないなんてことはないはずさ」
口調はそっけないものだが、先の妄念を置いておいても結構うれしい。
どんな場所であっても、ちはやと一緒ならきっと楽しいはずだ。
(ぼくの家族は……見せないほうがいいな)

さて、と立ち上がる。
「拙い相手で悪かったが、相談はひとまずこれで終わり、ということでいいかな」

神宮司ちはや > 「本当?嬉しい!ありがとう!
 じゃあ今度おじいちゃんの所に友達を連れて行きますって手紙送っておくね!」

ばんざーい!と両手をあげて、喜ぶちはや。
帰省でトリクシーや他の人達に会えなくなるのは寂しいと思っていただけに
一緒に来てくれるならこの夏は楽しく過ごせそうだ。

立ち上がった相手に頷いて再度お礼を言う。

「ううんすっごくトリクシーくん頼りになった。ありがとう。


 …………ね、ねぇ今日一緒に寝てくれるって言ったら、ここで寝てくれる?
 ベッド狭いけど……なんならぼく床で寝るし……




 な、なんて……ごめんね。気が弱っちゃって変なコト言っちゃった!」

ごめん、忘れてと、もじもじしながら俯いた。
もしこのままビアトリクスが帰るなら部屋の入口まで見送るつもりだ。

ご案内:「男子寮・ちはやの部屋」にビアトリクスさんが現れました。<補足:褪せた金髪 青い瞳 シャツ スカート>
ビアトリクス > 部屋を去りかけたところ、背中に届いた声。
「…………」
ハアアアアア~?↑↑↑
という声を思わず上げそうになって理性で抑えた。
今日の理性は確変している。

(こいつ)
(ほんと)
(わざとやってんのか)

くる、と振り向く。真剣な面持ち。
「えっと……その……いいよ……むしろ寝させてください……
 あっ、ぼくが床とかでいいから……ぼくなんか床で充分だから……」
ぎゅっとスカートの裾を指先で握りしめて真っ赤になって。
それぐらいが今日の理性の限界だった。

神宮司ちはや > 了承が取れれば無邪気な笑みで返す。
ビアトリクスの気苦労など知ったこっちゃない。むしろわかっていない。

「あ、ありがと!えへへ、子供っぽいことお願いしてバカにされちゃうかなとか思ったけど……

 あ、お客様を床に寝せるなんて、そんなできないよ。
 えっとじゃあ一緒にベッド使おう」

いそいそと自分のベッドを整える。半分枕をずらしシーツと掛け布団を整える。
もじもじとスカートを握るビアトリクスへ

「トリクシーくん枕自分の部屋から持ってくる?
 それともこのクッションでも平気?」

端にあった猫の平らなクッションを見せてみる。

ビアトリクス > (バーカ! 鈍感! ウスラトンカチ! 死ね! ありがとう!)
強く歯を食いしばって呪詛をどこかに送信した。

「あっはい……そのクッションを使わせていただきます……
 このいやしいビアトリクスめにありがたき幸せです……」
もう何を言っているのか自分でもわからなくなってきた。
あれよあれよという間に支度が整っていく。もういつでもベッドインできそうな勢いだ。
やっぱ今のなしと言って逃げるわけにもいかなくなった。
(ちはやといっしょのベッド……ちはやのつかったおふとん……
 待て……冷静になれ……素数を……3.14159265359……一夜一夜に人見頃……)
スカートの端を押さえる力が強くなる。そうだ、冷静になる時間を、稼がねば。

「ええっと、なんか汗かいちゃったしシャワー使わせて……
 あっ、いやシャワーって言ってもそういう意味じゃなくて」
どういう意味だよ。

神宮司ちはや > 「あ、そうだよね。暑かったよね……。ごめん気が利かなくて。
 えっと場所わかると思うけどそこだから、タオル新しいのが棚に入ってると思う。
 一応お掃除してあるけど、なんか汚かったらごめんね」

大体寮の部屋は特別なことがない限り間取りが一緒だろうと思って脇の小さな扉を指し示す。
そういう意味?と首を傾げて、とりあえず自分はもそもそと布団に入り込んだ。
壁側の奥へ寝ると布団を首元まで引き上げる。

「ゆっくり使ってくれて大丈夫だよ。ぼく待ってるから」

そういった途端にふあっとあくびをした。
だめだこれシャワーから出たら寝ている落ちだ。

ビアトリクス > 言った後で「じゃあ一緒に浴びよっか!」攻撃が来たらどうしようかと気づいたが、
幸か不幸かそうはならなかった。
「はい、浴びてきます……」
指し示されたほうへと内股で向かう。

(カメラがシャワーノズルをアップで映す)
(シャワーのSE)

10分ていど後。
邪念からある程度解き放たれた表情のビアトリクスが湯気とともに戻ってくる。
「し、失礼いたします……」
そっと慎重にベッドに潜り込みたい。
起きているだろうか寝ているだろうか。表情をうかがう。

神宮司ちはや > ビアトリクスが煩悩を滝行(シャワー)で打ち消し、ベッドに入る頃
そこにはやっぱりすやすやと穏やかな寝息を立てて無防備に寝ているちはやがいましたとさ。

さっきの悩みが軽くなったのか、あるいは考えすぎて疲れたのかぐっすり眠ってちょっとぐらい揺らしても起きそうにはない。

ビアトリクス > (わあ~近い近い寝てる寝てる無防備無防備何もしない何もしない何もしない何もしないごめんなさいごめんなさい……)
先ほど儀式で打ち払ったはずの懊悩がじゃらじゃらと音を立ててビアトリクスの中心で存在を主張し始める。
若さ、やめてほしい。寝顔、かわいい。

(でもちょっと匂いを嗅ぐぐらいは許してほしい)
狭いベッドの中、身を縮こまらせて、できるだけちはやにくっつかないように、
でもやっぱりちょっとだけ触って、すんすんと鼻を鳴らした。
もうこのまま布団の一部と溶けてしまえたらいっそラクなのになと末期的なことを考える始末。
そんな風にして何度も自分自身と宇宙戦争(今度の宇宙は戦争だ!)を繰り返している間に、
きっと眠気がまさって寝息を立て始めるでしょう……
1D6時間後ぐらいに。
[1d6→3=3]
神宮司ちはや > ビアトリクスが布団の中に入ってくると自然と体温のある方へと近寄ってくる。
くるりと寝返りをうち、相手の肩のあたりへ顔を寄せ、時には布団の中でしがみつくように。

ちはやの匂いは普通の、悪く言えば乳臭く子供っぽい、よく言えば石鹸の香りがする感じだった。

ビアトリクスが3時間の戦争と苦労をしていたのにも気づくこと無く、翌朝までぐっすり眠っていたとさ。

おやすみ世界。

ご案内:「男子寮・ちはやの部屋」から神宮司ちはやさんが去りました。<補足:巫女舞の少年。リラックスウェア姿>
ご案内:「男子寮・ちはやの部屋」からビアトリクスさんが去りました。<補足:褪せた金髪 青い瞳 シャツ スカート>