2015/08/02 - 23:09~02:06 のログ
ご案内:「歓楽街」に三枝あかりさんが現れました。<補足:女子学生服。(待ち合わせ済み)>
三枝あかり > 「あれ、ここどこだろ……」

頼りない携帯端末のナビを元に歓楽街付近を歩く。
どうしよう。道に迷った……かも。
と、そこまで歩いてナビが白地図になる。
指示は『次の高速道路に入ってください』?
生身だよ……生身だよ!!

「ど、どうしよう……」

ご案内:「歓楽街」に奇神萱さんが現れました。<補足:古色蒼然たるヴァイオリンを手にした女子学生。背中まで伸びた黒髪の先が朱に染まりかけている。>
奇神萱 > 歓楽街の酒場をめぐり、楽器を奏でる者たちがいる。

酔客どもを相手におなじみの曲を奏でて、ささやかな慰めを提供するのだ。
アコースティックギターを抱えたやつとサックス吹きはたまに見かける。
中でも流しのヴァイオリン弾きは珍しい部類だ。

明日のスターダムを夢見てるロマンチストには格好の練習場だ。
うらぶれた場末のイメージが付きまとうが、実のところそれなりの収入にはなるのだ。
かくいう俺も、今日は二軒廻ってきたところだ。

奇神萱 > 喧騒をはなれて小休止を入れよう。
静かな場所を選んでヴァイオリンケースを開いた。

今日の客は年配の教師が多かった。長老格の教師にリクエストされた曲がある。

いわゆる「戦前」の作曲家、成田為三―――。
今では形骸化した言葉だが、20世紀の前半を生きた人々をそう呼んでいた時期もあった。

日本という国がはじめて西洋の現代文化に触れてから、半世紀ばかりたった頃に書かれた曲だ。
唱歌。『浜辺の歌』。

俺の演奏は老人の心に響いただろうか。
表情を思い出しながら無銘の楽器を肩にあてた。

三枝あかり > 音楽が聞こえてくる。それは、ヴァイオリンの音色。
その旋律に導かれるように、道の奥へと入っていく。
少しだけ胸が高鳴る。こんな場所へと入っていって、私は怖いもの知らず?

「あ………」

そこで見つけたのは、メロディアスに奏でられる和の音楽の奏者。
三枝あかりが、奇神先輩と呼ぶ彼女だ。
どこか安堵しながらも、演奏の邪魔をしないようにそろそろと彼女に近づく。
先輩の視界に入っておかないと気付かれずに立ち去られそうだしね。

少し離れて奇神先輩の前へ。笑顔で頭を下げて。

奇神萱 > その音は優しく、清清しくも格調高く。
和魂と洋才の邂逅。異質なもの同士が出会って生まれた最良の奇跡のひとつ。

唱歌と銘打たれた歌の数々は、西洋の大家が遺した歌曲にも通じるものがある。
その旋律は聴く者の心を揺らし、爽やかな風が吹き込む。

自分の心に残った綺麗なものをよく見定めたくて、老人が口ずさんだ歌詞を思い返した。

 「―――あした浜辺を さまよえば」

          「昔のことぞ 偲ばるる」

「風の音よ 雲のさまよ」

      「寄する波も 貝の色も―――」

俺はあの老人とおなじ景色を見ることができない。ただ瞼の裏に思い浮かべてみただけだ。
それは城よりこぼれた欠片のひとつ。久しく失われた原初の輝きだ。
美しいもの。心揺るがすもの。―――今は遠く、喪われてゆくものたち。

人の気配を感じて現実に引き戻された。子リスみたいな生物がいた。

「……前にどこかで。お前も飲みにきたのか?」

三枝あかり > 「いや……お酒飲める年齢じゃないですからっ」

本当はもっとしっかりとしたツッコミをしたかったけれど。
先ほどの音楽の余韻が残っていてどうしてもダメだった。
余韻。それは素晴らしい音楽に触れた時、人が声を出す力すら奪ってしまうものなのだろう。きっと。
―――雰囲気を壊すことへの躊躇いもあった。

「良い音楽ですね、何か昔聴いたことがあるような……」
「あれ、授業で習ったっけ? ううん……ちょっと思い出せないですね…」
「奇神先輩はここで何を? 独奏会ですか?」

それからは一気にまくし立てた。心細かったことからの反動だ。

奇神萱 > 「ここにいるのは呑み助だけだ。お前も飲みたそうな顔をしてるぞ」
「土地勘のない人間はこの界隈まで踏み込めない。となると、連れに置いていかれたかだな」
「男か。酷いやつもいたもんだ」

ふふんと意地悪く笑って嘆いてみせる。

「酷かっただろ。俺の歌はひどいんだ」

ヴァイオリンに比べての話だ。声楽の世界で正規の教育を受けたわけでもない。
聴衆が楽しみにしているものに、素人芸を並べて披露することはできない。
だから普通は聞かせないんだ。困ったような顔になる。

「小学校で教えてるところもある。音楽の教科書はずっと変わらないからな」
「1916年作曲。成田為三の『浜辺の歌』だ。『はまべ』っていうタイトルで載ってることもある」
「何って、一息入れてたところさ。お前、やっぱり酒が入ってるんじゃないか?」

よく喋るやつだ。前の印象とすこし違ってる。雰囲気に当てられて酔ったんだろうか。

三枝あかり > 「ち、違いますよ……私、まだ未成年ですから…」
「う……生活委員会の同級生とは、はぐれただけで…」
「それに女の子です、はぐれたのは!」

意地悪な笑みにわかりやすく頬を膨らませて。

「そうですか? よかったと思いますよ」
「音楽の授業なら5段階評価で5がつきますよ」
これは彼女にとっては褒め言葉である。

「ああ、浜辺の歌! なるほど、それならわかりますよ!」
「だからお酒なんて……一息入れるためにヴァイオリンを弾いていたんですか?」
「奇神先輩、本当にヴァイオリンが好きなんですね!」
意地悪をされながらも、にっこり笑って。
「私、夢中になれるものって少ないので……」

奇神萱 > 「……思い出した。三枝あかり。一年生だ」

「一年ならそろそろ誰かしら捕まえてる頃じゃないか。周りはどうしてる?」
「ぼやぼやしてるのはお前だけかもしれないぞ。油断禁物だ」
「二人そろって迷子になった。しかも連絡がつかないか。そりゃ厄介―――ブフッ」
「ごっほ!! ごほっ……あー…んんっ。悪い。リスかお前は」

リスはリスでもどんぐりを頬袋にみっしり詰め込んだリスだ。髪型と色のせいだな。

「気に入ってくれたら何よりだ。さっきの爺さまがたも同じような顔をしてたっけな」
「休むためじゃないぞ。感じたことを忘れないためだ」
「爺さまがたの前で弾いたとき、何かを感じた。深いところに横たわってるものだ。忘れる前に確かめたかった」
「三枝あかり。お前、この島に何しに来たんだ?」
「俺はこいつを演りにきた。仲間を見つけて、ずっと続けてきた。シンプルな話だ」

三枝あかり > 「今、思い出してくれたんですか?」
「私は覚えてますよ、奇神先輩」
ジト目で彼女を見る。でも、怒ってはいない。
自分は、平凡な名前だから。

「わかりませんよ、私は夏前に転校してきたばかりですから」
「……ぼんやりと星を眺めているのが、私の生き方です、放っておいてください」
「大丈夫、あの子は要領が良い子だからきっともう家に……って!」
「誰がリスですかっ!」

ツッコミ+ちょっと怒り。でもリスは可愛いからいいのかな。

「へえ、この辺りを回ってヴァイオリンを弾いているんですね」
「この島に………何をしに…」
表情が曇る。彼女は自分がやりたいことを、いや、演りたいことを知っているのだ。
でも私は何も見つけられていない。
「わかりません……ただ、逃げ出したかっただけなんですよ」
「私、三枝の家に養子にもらわれてきた子なので…」
「三枝の家に居場所がないから、ここに転がり込んできた。それだけの」
これからのことなんて、考えている余裕もなかった。

奇神萱 > 「忘れてない。『亜麻色の髪の乙女』だ。そっちで呼んだら失笑もんだろ」

さすがにポエミーすぎる。真顔で言いつつ頬を掻いて。

「お前がリスだと言った。野生の子リスだ」
「鎌倉にリスがいる神社があってな。親に連れられてよく行ったもんさ」
「で、転校生か。どおりで。まだ慣れてないわけだ」
「友達はできたのか?」

おかーさんか俺は。それこそ余計なお世話だ。
聞いてしまったものは仕方ない。

「おかしなことを言う。居場所がないからここに来たのか。目的もなく」

翳った表情をみつめて、古びた街灯の弱弱しい光に目を転じた。

「そういうやつにいい顔をしてくれる人間はいない」
「どいつもこいつも自分のことで精一杯だ」
「お前の舞台はここにはない。期待してる人間もいない」
「探したってみつからないだろうさ」

聴衆なんて一人もいなかったから、ケースは空っぽのままだった。
無銘の楽器から丁寧に皮脂をふき取り、片付けてケースを担ぐ。

「帰るぞ、三枝あかり。寮に部屋がある。お前は?」

三枝あかり > 「あはは……さすがにそう呼ばれたら恥ずかしいですしね」

これにはあかりも思わず苦笑い。

「子リス……『子』がついたら可愛いからいいです。許せます」
「友達は……蒼穹とか、ノヴァとか…」
すぐに言葉に詰まる。これでは友達が少ないと言っているようなものだ。

「……ここにも居場所がないのなら、私は…」
どこに行ったって一人きりなのかも知れない。
空を見上げる。この空には光らない星だってある。

きっと自分がそうなんだ。

「あ、そうだった……私迷子だったんでした」
「か、帰りましょう! 私も女子寮住みなんですよ」
「奇神先輩、申し訳ないですが道案内をお願いします……」
心の底から申し訳なさそうにそう言って。
気がつけば携帯端末のナビも復調していたけど、それを閉じた。

今日は先輩と一緒に帰ろう。

奇神萱 > 「はは。それだけいれば上等じゃないか。俺の仲間はずいぶん死んだ」
「最高に最低な仲間だったよ。散り散りになって、もう数えるほどしか残ってない」
「それでだな、またゼロからはじめることにした。今は立て直してる真っ最中だ」

惑う少女に右の手のひらを向ける。
ボウイングの痕がはっきり刻まれた、よれよれの手だ。

「友達を欲しがってるやつがもう一人ここにいる。奇神先輩は友達が少ないのさ」

言って笑った。他人事の様だが、今となっては自分のことだ。
この際だ、潔く認めよう。奇神萱には友達が少ない。テコ入れがいる。

「お前の探しものはおそらく、探してる限りはみつからないものだ」
「逆説的な言い回しだな。変に聞こえるかもしれないが」
「お前の舞台は、どこかの親切な人間が用意してくれるようなものじゃない」

先導役を買って出て、ゆるりと歩き出していく。

「俺は最高の舞台を作ったぞ。どうすれば輝けるのかクソ真面目に考えてきた」
「半端な嘘や誤魔化しは見透かされるからな。仲間の手を借りた。身も蓋もなく言えば利用した」
「俺の仲間もそうしてた。おあいこだ。えげつなく競い合って、ひとつの舞台を作り上げた」
「今はもう夢のあとが残ってるだけ。『脚本家』ならきっとこう言っただろう」

『伴奏者』は大根である。ハムにも及ばぬ。ゆえに演者ではない。
そういう、実にやんごとなき理由あって舞台に上がれなかったのだ。少なくとも演者としては。
その幕が引けた今なら好き勝手にやっても文句は出るまい。

 『我ら影法師たちの演じるところ、よしんばお気に召されぬならば』

          『斯様に考えられたなら、万事が丸く収まりましょう』

 『皆様方は眠っておられ、夢のあいだにまぼろしを見た』

    『この他愛もなき物語は、つかの間の夢であったのだと』

―――ウィリアム・シェイクスピア。『夏の夜の夢』。
たった一人の観客に大げさな手振りで朗々と諳んじてみせた。

三枝あかり > 「………死んだ?」
「……そう、ですか………」
きっと彼女は何も冗談なんて言っていなくて。
本当に彼女からは、奪われたんだ。運命とか、そういうのが仲間を奪っていった。

「……はい! それじゃ私と友達になってください、奇神先輩!」
笑顔で握手を交わした。
その手は、表面は冷たくて。きっと心が温かいのだろう。そう思った。

「さすがに、私が頭があんまり良くなくても」
「ここまで言われたらわかりますよ」
「誰かに用意してもらうんじゃなくて、自分で最高の居場所を作らなきゃいけない」
靡く髪を手で押さえて。
「そうですよね、先輩?」

彼女の諳んじるそれを聴きながら、帰る。
この夏の夜の夢は、きっと幻じゃない。

奇神萱 > 「ああ。まあ、そんなところだ」
「友達な。今度は覚えたぞ、三枝あかり。改めてよろしく」

目に見えて元気になったな。

言いたいことの半分も伝わればいいと思っていたが、この子リスは物分りがいいらしい。
家庭環境によるものか。「いい子」だったのかなと思う。

「メンデルスゾーンの戯曲はなしだ。あれは長いからな」
「また別の日になら演ってもいいが…帰るぞ。今日はもう店じまいだ」

道連れを得て寮に戻るのはこれで二度目だ。
一人目は四十万静歌。子リスで二人目。もっと増えるかどうかは今後の努力次第だな。
毒にも薬にもならそうなことを駄弁りながら帰ろう。子リスを連れて歓楽街を後にした。

ご案内:「歓楽街」から奇神萱さんが去りました。<補足:古色蒼然たるヴァイオリンを手にした女子学生。背中まで伸びた黒髪の先が朱に染まりかけている。>
ご案内:「歓楽街」から三枝あかりさんが去りました。<補足:女子学生服。(待ち合わせ済み)>