2015/08/08 - 21:49~04:48 のログ
ご案内:「酒場「崑崙」」に蓋盛 椎月さんが現れました。<補足:亜麻色の髪 茶の瞳 白衣 蜥蜴のヘアピン [乱入歓迎]>
蓋盛 椎月 > カウンター席で、枝豆をひとつひとつ剥いては口に放っていく蓋盛。
飲み物はボトルで出てきたドイツビール。
適当に注文したらずいぶんとおっさんくさいつまみになってしまった。
例によって白衣を着てきてはいたが、邪魔くさかったので預けている。
シャツにホットパンツというラフなスタイルだ。
あてもなくバイクを走らせたり、ゲームセンターでクレジットを空費するのもいいが、
こういうのも大人の休息のうちだろう。多分。
食べたり飲んだりするのは大勢ではなくひとりがいい。
「…………」
つい先日、“魔人”などと評されたことを思い出す。
失笑を浮かべる。
ダイニングバーで枝豆とビールに興じる魔人はどうかと思う。
ご案内:「酒場「崑崙」」に否支中 活路さんが現れました。<補足:顔を包帯で覆った男、公安委員会機密監視対象「破門(ゲートクラッシャー)」>
否支中 活路 > 外でやかましいエンジンの音が止まり、しばらくして生徒が一人店内へ入ってくる。
生徒。
ひらひら呪符が縫い付けられた冬の制服に派手な赤いYシャツという暑苦しい格好。
もっとも、顔から首まで全て覆った包帯ほどではないだろうが。
「ちわーっす。生一つ」
蓋盛より二つほど空けた席の前まで来ると、カウンターの向こうへそう告げながら手提げかばんを床にどさりと置いた。
椅子を引いて席につく一瞬、緑色に淡く発光している眼が蓋盛の方を見る。
蓋盛 椎月 > 枝豆をちびちびと食べながら、次は何を注文しようかな、
とぼんやり考えていると、入り口扉が開く音。
そっちに目を向けると、首から上を包帯でぐるぐるに巻いた異様な風体の青年。
大して関わったことはないが、名前ぐらいは知っている。この特徴的な風貌を間違えはしない。
(そうそう、魔人っていうのはこういう感じだよ)
自分のような小市民をこんなのと一緒にしないでいただきたいものだ。
席に着いての、その第一声には思わず吹き出してしまうが。
「魔人も生ビールを飲むのか」
からかうような声色。
猫背、茶色の瞳が緑眼を見上げた。
否支中 活路 > 二度見。
そして生中以外に何か頼もうとしたのか、カウンターの方へ何か声を出そうとしたところで、蓋盛の声を聞く。
三度見。
「……保健の先生……やでな?」
ほぼ関わりのない相手。自分が学園に通わなくなった後にやってきた養護教諭。
全く噂を聞いたことがないわけではなかった。
格好からはわからない。
ただ聞いた話からの雰囲気でそう目星をつけた、というと適当にすぎるだろうか。
「そらま、飲みますよ」
イントネーションの違う敬語で答え終わると、グラスの底がカウンターを叩いた。
「魔人て、別に……、や、偉い大仰な話ですけど、そんな話があるんすか」
否定しかけて飲み込む。
そんな呼び方の似合うやつらなら他に沢山いるはずだと。
しかし目の前の(おそらく)養護教諭に治療を受けることはない身を思えば。
蓋盛 椎月 > 「合ってるよ。養護の蓋盛椎月。いまは白衣着てないけど。
きみは《破門》の否支中くんでしょ」
小さく頷いて、簡潔に自己紹介する。
皮を剥くのが面倒くさくなったのか、枝豆を剥かずにそのまま口に放り込む。
まぶされた塩の辛味が口中に広がる。
「いや、今のは勝手にあたしがそう感じただけだけどさ。
すごい仰々しい出で立ちだからね」
保健室には確かにいろいろな生徒が訪れる。
しかしそのほとんどはごく普通の罪もない生徒だ。
たまに犬飼(最近彼は顔を出していないが、息災でいるだろうか?)のような
荒事屋が異能を頼って訪れるぐらいだろうか。
ともあれ、保健課の救急出動などを除けば、日常で蓋盛が関わる人種などそんなものなのだ。
「……でもそう呼んでる人はいるんじゃない?
無責任な噂には事欠かない身でしょ、きみってさ」
猫が伸びをするように背筋を正した。
否支中 活路 > 「フタモリセンセ……あ、あー、そうすわ。否支中活路す。
……あ、自分も枝豆」
フルネームで名乗り直す。
ゲートクラッシャー。
そう呼ばれる時の大半はチンピラに絡まれる時なので妙な気分があるが、眼前の女性は襲っては来ないだろう。多分。
学園の講師というと年齢もバラバラだが、養護教諭ということだし、飲んでいるものを見ても自分ぐらいか年上だと考える。
ラフな格好というのもあり、想像していたより若いというか子供っぽい感じ。
つい光る妖精眼(グラムサイト)切り替えて、魔力や生命力にチャンネルをあわせる。
初めての相手を見る時の癖になっている。
そして蓋盛の口にしているものを、カウンターへオーダー。
続いてビールを煽った。苦味が広がる。
無責任な噂。
自分が眼前の女性に浮かべたものを突かれたようでバツが悪い。
相手が教師ということをなんとなく意識させられ、同じように背筋が伸びる。
「いや、なんや唐突な言葉やったもんで。
魔人て、ねえ? そういう話があったんか――――ああ、それか、センセが最近そういう話したとか」
蓋盛 椎月 > グラスに半分満たされていた黄金の液体をくい、と飲み干し、
空になったそれにボトルを傾け新たに注ぐ。
グラムサイトの眼光には気づく様子もない。
映るのは平均をずれないごく微量な魔力だろう。
ゲートクラッシャー、という異名とその由来について詳しく知るわけではない。
常世の仄暗い地に踏み入れた時、耳に入った適当な風説ぐらいだろうか。
もちろん、そんなものは大して信じてはいない。
背筋を伸ばす様子に、くすりと笑みが溢れる。
怪人めいた風貌とのギャップを感じたのだ。
驚く、というほどではない。恐ろしいナリでも中身は案外常識的だったりするものだ。
「そうかい、気を悪くしたらすまなかったね。
……お察しの通り、ついこの間“魔人”呼ばわりされたのさ。
腕の一振りで、人間をまるごとの肉塊に変えちまうような男にね。
まったく失礼な話だよ。あたしなんて、何の力のない一般人だ」
皮肉げに口元を歪めている。言葉の意味するほどに憤っているようにも見えない。
「魔人、ってなんだろうねえ」
肘をついてふいと視線をよそに送る。
尋ねるというよりは、自問するような呟き。
否支中 活路 > 「ええと……そりゃま…………随分………………デリカシーのない相手で」
かなり迷って言葉を選び出した。
随分と物騒な内容だが、言い方からすると襲われたとかいうことではないのかもしれないと。
教師仲間か生徒か……
この島にはそういった手合がゴロゴロしている。
相手のことは、まあ今はいいだろうと考え蓋盛をまた観直した。
「魔人……すか」
どういう相手であれ、そういう力を持つ者が言ったのだとしたらそれこそ“どうかしている”気がするが、
言葉にはしなかった。
ビールをもう一口。
「そりゃ、普通は人並み外れた力を持ってるヤツとかを指すんちゃいますかね。
外にも色々おるけど、この学園は異能者魔術師の密度ごっつ多いすから
公安の朱堂、落第街のグエン、炎の巨人の雪城、
竜殺しの川添、ヒトキリ東郷、ハラキリ湖城、
志葉式の後継(すえ)、邪霊騎士ザデルハイメス、風紀の五代、ラムレイ、
……戦闘系はいずれ劣らぬ魔人揃い、と」
だが相手が零した言葉はそういうものを求めているわけではない。
「まあ、せやけど……“どっか外れてもうた”……そういうのかもしれへんですわな」
蓋盛 椎月 > 枝豆を貪り続け、器が空になる。
動物性蛋白質の不足を感じたのか、新たにソーセージの盛り合わせを注文した。
「おう、おう、知ってる名前ばっかだな。
川添くんとは友達だよ。いやまったく、この学園ってのはやばい奴との距離が近いねえ」
うんうんと満足そうに頷いて、並べ立てられる名前のひとつひとつに耳を傾ける。
「外れた……かあ」
ほぅ、と酒気を孕む吐息。
「ひょっとしたら少しズレてるのかもしれないって、理屈ではわかるんだよ。
でも、外れてるほうじゃ、何がズレてるんだかわからないんだよね。
ズレてるのって、損なことしかないから……直せるものなら直したいんだけど」
指で、眠たそうに、唾液で濡れた枝豆の殻をぐにぐにともてあそぶ。
「酔っぱらいのくだだ。適当に流し聴いてくれよ。
……否支中くんはさ、復讐って、考えたことはある?」
「そいつに会ったのは私刑のすぐあとだった。
復讐をしていたんだよ。
どうやら彼は激しい憎しみに突き動かされているようだった。
教え子……小さい子供の、母親がやられたんだそうだ」
「あたしはその時……どう反応してやればいいのか、わからなかったのさ」
途方に暮れたように、天井を仰ぐ。
「だってなんとも思えなかったから」
否支中 活路 > 「ルナティックトロウルのやつは……オレが会ったんはちょっと凹んどったときすけど
最近はなんや頑張ってるらしいやないですか。
やばいやばない言うてたら、それこそ次の朝何が出てくるかわからへんのですし、
外れてもうたー言いましたけど、そら、そう言われる時の事の話で、
じゃあ誰がそうやねん言うたら……ねえ」
おかわり、とカウンターへ告げた。
そして自嘲気味に笑う。
「確かに……オレも行く路のズレ、直したいですわな。
そんなもんオレが聞きたいもんやから、センセに言えることなんてあらへんすよ」
枝豆をもてあそぶ蓋盛に、手元の枝豆に視線を落とした。
包帯に覆われた指が緑を掴む。
復讐。
投げかけられた言葉を考えてみる。自分は復讐を考えているのか。
「…………そうすね。
まぁオレもあれこれゴタゴタあってこうしてますけど。
結構あれこれ、ボロボロ失くしてもうて……
復讐。
そういうののために、キレて復讐したいんかいうと、どうやろな……。
そうやなぁ……」
言葉尻は途切れ、天上を仰いだ蓋盛のその首筋を見た。
「人の復讐は人の復讐やし、ようわからんつうのはあるかもしれへんですけどね……
こうやって話すんやし、わからへんて言うてんやから、
なんとも思ってへんてことはないんとちゃいますの。
その相手がしたようには、センセは思わへんかった……として」
視線を外した。カウンターに左肘をついて、額に指で触れる。
「センセにも、あるんすか?
なんや大事なもんを……取りこぼして、誰かに失わされたこと」
蓋盛 椎月 > 「ま、この島にいるやつは……それぞれどっか歪で、多かれ少なかれ外れてる。
異端者を気取るつもりはないよ。……ないけどね」
心地よさそうに目を細め、出されたソーセージを
素手でつかみ、マスタードを塗り、大口を開け、ぽりぽりと消していく。
「少なくとも、美形を台無しにされた、ってのはあたしでもわかるな」
くす、と笑う。
「……なんというか、違和感、みたいなのがあるんだよね。
うまく言えないんだけど。
するべきことを出来なかった、
感じてしかるべきことを見過ごした、そういう感じ……」
なんだろうな、と首をかしげる。
ビールを一口呷る。うつむき加減に姿勢を崩した。
「……ん。
あったよ。きっとあったと思う。あったはずなんだ。
そしておそらくあたしは憤った。
その結果として今のあたしがあることをあたしは知っている。
だけど思い出せないんだよ。
なぁんにも……」
ゆら、ゆらと、古びた扇風機のように首を揺らす。
否支中 活路 > 蓋盛がソーセージを食べるのを、ぼんやり美味そうだと思い、注文を一瞬考える。
続く言葉に遮られ、白い指が白い頬へ降りた。
「これはこれで男前や思てんですけどね? あんまウケよーないですけど」
にやっと包帯の下の口を歪めてみせる。
だが次の言葉にすぐその表情は消える。
するべきことを出来なかった。
そういうことばかり考えている。
それがどうしようもなく、小さい棘のように残る事はわかる。
だからこうして、横の女性は話しているのだろう。とりとめなく飲んでいるのだろう。
「思い、出せへん、すか」
その言葉を反芻した。
「怒りも、躓きも、忘れていくいうことはニンゲン大事なんかもしれへんですわな。
いつまでもいつまでも過ぎた事考えててもしゃあないですやんか。
酒のんで、ヤなこと忘れて、明日頑張るーいうのも、まあ、ようあることで」
出る言葉は、だが、どうしようもなく心がない。
「センセはそれを選ばはったんですかね。
せやから、そうはしてへん相手のことがわからんとか。
縛られて動けへんのは、阿呆なことすから、
忘れて前に進めるんやったら、それは……」
――――だが自分はそれを絶対に選びたくはない、と。
蓋盛 椎月 > 「ふふ、イカしてるとは思うよ。
誰かとねんごろになるタイプの男前じゃなくて、
カップルを脅かすタイプの男前だと思うけど」
ホラー映画のアレだよ、アレ、と付け足す。
「……あたしは、《忘れさせる》異能を持っている。
ルナティックトロウル――川添くんも、あたしを魔人と呼んだ男も。
人が背負うには重すぎる業を持っていた。
あたしはそれを《治せた》――けど……」
ソーセージの消えた手が持ち上げられ、指鉄砲の形になる。
その先を口にすることはない。
ぐい、と身体が傾ぎ、活路へと向く。
「慰めはいらないさ……。
荷物を下ろしすぎると、その隙間をこうして酒とかセックスとかで埋めることになるんだよ。
底の抜けた柄杓、穴の空いたボトルだ。
…………まあ、楽しくないわけじゃないけどな。
たぶんきみには、楽しそうには見えてないだろ」
肩を揺らして、咳き込むように笑った。
否支中 活路 > ホラー映画と言われて肩をすくめる。
続けてビールに、口はつけなかった。
向けられた指に首を向ける。
真っ直ぐ、緑色に輝く双眸が指先を視ている。
「『忘れさせる』……なるほど。
いや、せやけどね、別に慰めっつうーだけの事やありませんよ。
忘れられれば……多分その男も考えた事ちゃいますかね。
ただ、そう……忘れられ『れば』なんすわ。
それよりも『忘れるわけにはいかない』ちゅうだけで」
半分は、『相手』の話が自分の話になっている。
自覚しつつ、でも今はそれでいいと思った。
「忘れて前に進むいうのが悪いわけやないでしょ。
実際ニンゲン色々忘れて進んでる」
「それでも、センセの言葉で言うなら『業』はあかんと、オレは思うんすわ。
重かろうが、どうだろうが、それはどこまでもついてくるし、
下ろしすぎた言うんやったら、それは忘れて進むべきやない『業』やったんちゃいますの」
せやけど、と言葉を次いで
「センセが隙間を感じたかて、楽しくないわけやないんやったら……
忘れられんものにつきあって、何かは守れても別に楽しかあらへんしね。
その人、楽しそうやったですかね……?」
蓋盛 椎月 > 手を下ろす。
グラスにビールを注ぐ。空になる。
片付けられるボトル。新しく出されるボトル。
「荷物を下ろしたことすら忘れられてたら、
もう少し心置きなく人生楽しめていたんだろうな……
でもそうしたら本当に人間じゃなくなってたんだろうな」
がりがりと、削るようにしてソーセージを噛み砕いていく。
「……そうだな、別に楽しそうには見えなかった。
多分世の中には楽しさよりも悲しさのほうの量が多くて、
どんな風に生きていてもきっとそのバランスを崩すことはできないんだろう」
早口な声。顔が赤い。
「下ろすべきではなかった、のかもしれない。
それすらもうわからないんだ……
きっとどうやったってあたしは後悔していたんだろうな。
この選択があたしにとってはベストだと思ったんだろうけど。
……単にもう、何もかもが億劫になっただけかもしれない……」
ぐるぐると舌を回す。
それはどこかに辿り着くことを放棄した人間の、どこにも辿り着かない愚痴だった。
否支中 活路 > 蓋盛の話を聞いて、唐突に口を開いた。
「 “『復讐』とは、自分の運命への決着をつけるためにある”……っていうのを何かで読んだんですけども」
飛ぶ話。気にせず続けて。
「さっきの話。他人をすげぇ憎んで、それで復讐したいっていうの、オレもちょっと本当にそう思ったかはわからへんけど……
やらかしたオノレに憤る……ちゅうんか、許されへんから、なんか済まさなあかんってのやと、わかる気がするんですわ。
復讐て、どこに向けるにしろ結局そういう話かなて。
決着(ケリ)をつける。
オレはそこから離れられへんし、もしかしたらその人もそういうとこあるかもしれへん。
それはでも、逆に『終わってへん』と思うからでしょ。オノレが。まだ前に進む道があると」
枝豆もビールも進んでいない。どろりとした蓋盛を視ているだけだ。
元より食べ物も飲み物も、無いなら無いで困らない。
そういうものになってしまった。
それを蓋盛の愚痴と同じく後悔する気持ちはある。
選択を。
もしかしたらそうではなかったのかもしれないと。
そして恐らくは違う道へ進んでいたとしても、やはり後悔はあったのだろう。
ただ、少なくとも、“本当に人間じゃなくなって”いないとだけは、同じく思っている。
『まだ』と。
だとしたら。
「他人の道の前をあれこれ世話しとる人が、本当に何もかも億劫に……“どこへも向かうことはない”のを受け入れてはるんですかね?」
保健の先生。
だが蓋盛椎月という女性を活路が知っているのはそのためではない。
たちばな学級の担当講師。
だから知っている。異能暴走者たちのためのクラス。
「『まだ』人間なんでしょ。
『まだ』わからへんのでしょ」
蓋盛 椎月 > たん!
と、ローファーのつま先で床を鳴らす音。
ろうそくの炎のようにふらついていた酔客の身体が、ぴたり、と止まる。
もう一本ソーセージをつまみ、食らう。
歯の間に指が挟まれる。ぎり、と強く噛んだ。
「………………」
いつのまにかまた猫背になっていた。
肘をつくのもやめ、叩いた靴底を支点にして、姿勢をゆるやかに正す。
「馬鹿め。説教を求める呑んだくれ、そんなには多くないぞ」
ふてぶてしく笑う。
「他人の世話を焼くのは、ラクなんだよ。
規範(マニュアル)に従ってそれらしい表情でそれらしいセリフを吐いておけば済むからな。
或るべきものを或るべき姿に戻し、或るべき均衡 equilibrium を取る。
それほど労力はいらない。
億劫なあたしむけの仕事なのさ……」
力強く嘲った。
頑なに、どこかへと向かおうとすることを否定しようとする。
目を瞑る。
「あたしはそういう装置だ。きっとそれでいいのさ」
否支中 活路 > 床の鳴る音。
肉の千切れる音。
聞くあいだ背がややのけぞるようになって、包帯の下の眼がやや歪んだ。
「オレもアンタも酔客やろ。だから話せるし、オレも随分こっちのどーでもええ話聞いてもろたしな。
どう流れたかて、人の話は聞く以上のものやあらへんし」
同じ笑いは、しかしそう強いものではなかった。気圧されたようでもある苦笑。
なるほど、魔人と言われた理由が少しはわかったかもしれない、と。
だが。
或るべき物。
或るべき姿。
或るべき日常。
そういった『均衡』を選んだ人間を、他に知っていた。
そうして他人の始末を続けるものを、他に知っていた。
だからそれを楽だと認めるわけにはいかない。
この穴だらけの世界で、『或るべき』とやらを見定めることが、惰性と億劫で片付くことだとはどうしても思えない。
どこに決まるかわからない規範(ルール)の中で生きることが、労するものの少ないことだとはどうしても思えない。
それは振れ続けるポリグラフが完全に止まることに等しい(Equal)。
「本当にそう思っとるんやったら、アンタは確かに魔人やし、何もかも忘れてへんでも本当に人間やなくなっとるやろうよ」
蓋盛 椎月 > 「そうかな。あたしは自分の話ばっかりしているような気になってたが」
ソーセージの皿を探る。
すでにゼロ本になっていた、その皿の隅に盛られたマスタードを指で拭って舐める。
酒でなみなみと満たされたグラスを取る。
味わう素振りも見せず、胃に直接流しこむように飲み干した。
「どっちがいいんだろうなぁ。
人間か、人間でないものか――……」
「仮に、あたしがまだ人間で。
あたしのいる場所が、歩き方が、
どこかに辿り着けるものであるとしても――」
「あたしはいつか、“また”忘れて放り出す。
あたしは《忘れる》ことができるんだ。
逃げ道が手の中にある。
これほどラクな生き方はないよ――きっとね」
かつ、と音を立て、空となったグラスをテーブルに置く。
否支中 活路 > ――――忘れたことは忘れらてへんのにか。
という言葉を口にはしなかった。
お互い、言いたいことだけ言ったのだ。酒の席だから、それでいい。
初めて会った相手だった。奇妙なものだ。
だがそういう相手もいるだろう。
そういう相手もいた。
グラスの底とテーブルがぶつかる音に、席を立つ。
多分もう今日は食べないし、飲まない。
だから此処にこれ以上いる理由はないのだ。きっと。
「たちばなのセンセつーのは一度会ってみたい思てたけど、まさか飲みでとは思わへんかったすわ。
想像してたより若い人やったしね」
再びセンセと呼んで。
カウンターから入口前へのレジへと。
蓋盛 椎月 > 「…………」
忘れたという事実だけは、覚えていなければならなかった。
記憶の連続性が完全に断ち切られること、
それは『死』と同義であると理解していたからだ。
自分の『ズレた』価値観を、否定しない人間は、そう多くない。
修羅場と荒事と奇怪に慣れ、浮世からは少なからず『ズレた』彼にであれば、
心よりの言葉を、投げつけても良いか――そう思ったのかもしれない。
「ふふ、よく言われる。
結構楽しかったぜ、自分の立ち位置確認できたしさ」
肩を揺らして薄ら笑う。悪くはなかった、そんなふうに。
実は件の私刑の男も、たちばな学級の講師だ――と明かしたら、どんな顔をするやら。
立つ背を見送り、ボトルを傾ける。まだ中身が残っていた。
もう少しの間、飲みつづけるつもりであるらしい。
否支中 活路 > 「ま、年かさの知り合いに聞かれたら噴飯物かもしれへんけどね。
お互いまだまだガキっちゅうことで」
存在しない異能。
殆ど自分ではなくなった肉体。
自分の中にあり自分のものではない通路。
危険を及ぼすほどに制御できない異能者を扱う教室。その講師。
一体どんな相手かと……意見が合うタイプといえば嘘にはなるだろう。
楽しかった――――まあ、確かにそう悪いものではなかったのかもしれない。
支払いを手早く済ませると店を出て行く。
振り返り見たりはしなかった。
多少の空白のあと、エンジン音が外に響いて、それがすぐに遠くなる。
その場に残った蓋盛を置いて、道を走って行く……。
ご案内:「酒場「崑崙」」から否支中 活路さんが去りました。<補足:顔を包帯で覆った男、公安委員会機密監視対象「破門(ゲートクラッシャー)」>
蓋盛 椎月 > 二十二歳。
本人の意識はともかくとして、未だ少年や少女と呼んでも間違いではない年齢。
片方は教師であることを、片方は学生であることを選んでいる。
いろいろな意味で、反対の向きを向いていた。
目を伏せる。客の減った店内に、静かにジャズピアノが鳴っている。
「……いい子だな」
否支中活路、名前と噂ぐらいしか知らない彼を短くそう評価して、
追加でもうひと品頼んだ。
ご案内:「酒場「崑崙」」から蓋盛 椎月さんが去りました。<補足:亜麻色の髪 茶の瞳 シャツにホットパンツ 蜥蜴のヘアピン [乱入歓迎]>