2015/08/11 - 12:47~14:08 のログ
ご案内:「保健室」に奥野晴明 銀貨さんが現れました。<補足:《軍勢》を操る物憂げな少年。夏の制服姿>
奥野晴明 銀貨 > 「智鏡ちゃん、やっぱりここに居た」

そっと保健室の扉を開き中に一人の少年が入ってくる。
14歳ほどの細い体躯と、無機質な人形めいた容貌。ここにはないどこかを見るような遠い目線を
今はついたての奥、ベッドに寝る一人の少女に注いでいる。

手には欧州土産を入れた綺麗な柄の紙袋を持って、寝ているベッドの少女を驚かさぬように近づいた。
近くにある椅子を引き寄せ、ベッドのそばに座ると彼女を覗きこむ。
星衛智鏡、《鏡の悪魔》――彼女は薄く目を開けてこちらを見つめ返す。眠っていたわけではなさそうだ。
銀貨を認めると、喜んでいるのか悲しんでいるのかわからない曖昧な表情をかすかに見せた。

奥野晴明 銀貨 > 「こんにちは、気分はどう?」

うすく整った笑みを彼女に向けながら膝の上に乗せた紙袋から一冊の本を取り出す。
海外の書店で手に入れた、精細で美麗なイラストの乗った動植物図鑑。文字はすべて向こうの国のものだが文章が読めなくともそのイラストだけで目を楽しませることは十分できるだろう。

「今日はね、欧州のおみやげをほかの学級の子たちにも渡してきたところなんだ。
 智鏡ちゃんにも渡そうと思って。はい、気に入ってくれると嬉しいのだけど。」

そういって寝ている彼女の腕を取り、胸元のあたりに本を置いてから腕を乗せる。
うっすらと視線を胸元に移した智鏡がその拍子を指先でなでた。

奥野晴明 銀貨 > 表情は硬いし反応は薄いものの、彼女がこのおみやげに満足していることはなんとなくわかる。
元とはいえ、結構長い付き合いだ。
言葉がなくともその身振りや手振り、微妙な表情を可能な限り読めれば意思疎通は可能だ。

「良かった、喜んでもらえてこちらも嬉しいよ」

彼女の様子に一つ頷く。今はこの保健室に一人きりだったらしい。
彼女はここの常連だ。勝手にベッドで寝ていることも珍しくない。
だけど彼女の異能を知らない人が入ってきたりしたらきっと大変なことになるのだろうな、とは思う。
彼女だってそれを知って、できるだけ人が居ない時間帯を狙ってくるのだろうけれど。

彼女がここの養護教諭、蓋盛椎月とどういった関係であるかはすでに承知である。
たちばな学級の生徒の、長い付き合いのある生徒ならなんとなく薄々感じられるもので確証はないが。
銀貨は別にそれを咎める気はない。彼女が欲して必要としているのなら、それは彼女にとって大事なことだ。

奥野晴明 銀貨 > 智鏡をはじめとするたちばな学級の生徒たちの多くは、心の奥底で人を恋しがっている事が多い。
突然制御不能な異能をその身に背負わされ、そのせいで仕方なく他の人々との共同生活がおくれなくなってしまう。
人は一人では生きては行けない。特に子供ならなおさらで、誰かの手が必ず必要となる。
それなのに、自身で制御できない異能や魔術は人を遠ざける。

自分たちに分け隔てなく手を差し伸べてくれる人がいれば入れ込むのも当然だ。
それぞれの苦しみが形となった地獄の底で、そっと導いてくれる人のなんと特別なことか。
自分にもそれはよくわかるからこそ、智鏡も蓋盛も銀貨は責めることが出来ない。

突然のフラッシュバック。
自分が異能を制御できなかった頃、足元から無限に沸き立つ蟻や蝶、イナゴや害虫に恐れをなして
研究区の真っ白い密室に閉じ込められ、拘束された日々。
毎日の世話のために慎重に自分に接していた人々の目。悪魔を見るような冷たい眼差し。
そして意図せず事故でその相手を《軍勢》によって食い殺してしまった瞬間。

反射的に目元を指で抑える。呼吸が荒くなる。鼓動の早くなる胸を押さえつけ、大丈夫だと一人唱える。
大丈夫大丈夫、僕は大丈夫だ。大丈夫――

『優等生ヅラのマザコンめ。未だにそれを引きずっていようとは哀れだな』

ふいに目の前の少女からしわがれた声が聞こえた。
そっと顔を上げる、見慣れた智鏡の視線はきょとんとしたものだが何故かその顔がひどくいびつに見えた。

「――こんにちは、《鏡の悪魔》さん」

そっと、囁くようにそう呟いた。

奥野晴明 銀貨 > しわがれた老人のような枯れてかすれてひび割れた声がけたたましく笑った。
《鏡の悪魔》は智鏡が比較的心を許している級友相手には出にくいという性質を持つ。
だがそれは確実に出ないというわけではない。きっといま自分が揺らいでしまったことで智鏡が不安に思ったから発動したのだ。

ふ、と息を整え肩の力を抜くと綺麗に整った笑顔を少女に向ける。

「マザコンはひどいな。否定はしないけれど」

『母親の訃報を聞いて心身を安定させたお前が何を言うか。あの女がずっと恐ろしかったのだろう?邪魔だったのだろう?
 彼女の死を知って一番最初にでた感情を覚えているか?”安堵”だ。
 彼女が死んでようやく自分があいつの枷から外れたように感じたんだろう?

 代わりにその気持を自覚した時、お前は罪の意識で無意識にその時を止めた。
 忘れたくないのだろう?彼女の死もあの時の”安堵感”も。
 お前の中で母親の存在は一等大きい物だった。これがコンプレックスでなくてなんだというのか』

がさがさと耳障りな声で《鏡の悪魔》が語りかける。全くもってその通りだ。
だがここで無理に反論したり、肯定したりして話に乗ってはならない。
腕を組んで静かに目の前の少女を見つめる。大丈夫だよという顔をして。

奥野晴明 銀貨 > 銀貨が何も言わないのをいいことに《鏡の悪魔》がさらに饒舌になってゆく。

『お前は自分の力を恐れているという体をしているが、実際は違う。
 自らが行動を起こしたことで”責任”を負うことが怖いのさ。
 生徒会に在籍して傍観者に徹しているが本性は自分では何も成し得ない甘ったれのクソガキだ。
 自分にできることはお気に入りの《軍勢》で他の何もかもをおもちゃのようにぶち壊せるってだけで
 それがきっとお前が一番したいことなのに、我慢なんぞよせばいいのにいい子ちゃんぶりやがって

 なんて醜い子だろうね、お前は』

最後の声音は老人から、聞き覚えのある母親のような声音になる。
神経を逆なですることにかけては一級だ、だけどまだそこを撫でられただけでは銀貨は傷まない。
平然と、腕を組んで座ったままじっと耳を傾ける。

「よくご存知で」

皮肉げに口元をわずかに歪めた。
言われずとも、自分の弱さも醜さも抱えたものも汚い部分もいやというほど思い知っている。
彼女の異能に付き合わされるのもこれが初めてではない。何百回とこんな場面は起こってきた。
自分に効果が無いと知ったのか《鏡の悪魔》の口調が、切り口が新たなものに代わる。

『お前、蓋盛と寝ている智鏡に嫉妬しているだろう?自分でも気づかぬほどの、奥底で』

初めて銀貨の片眉がぴくりと動いた。

奥野晴明 銀貨 > 彼の反応に味をしめたように笑うと《鏡の悪魔》がここぞとばかりについてくる。

『やっぱりじゃないか、その反応。
 お前は母親代わりの女が欲しいんだ。いいよなぁあの蓋盛とかいう教師は。
 損なことしかない役回りの異能のお荷物集団を口では面倒だと言いながらなにくれとなく世話を焼いてくれる。
 嬉しいよなぁ、誰からも見捨てられたお前らを、いいやお前を真っすぐ正面から見てくれる女。

 それに優しく、誰にでも股を開いてくれるっていうじゃないか。
 智鏡の時だって、あの女はさぞ優しく抱いてくれたよ。とても柔らかく、甘くて心地が良かった。
 お前だってあの腕で、身体で、包んで優しく抱いて欲しいと思っているのだろう。
 なぁに恥ずかしがることじゃあない。誰だってすることだよ。

 欲しいんだろう、お願いすればいいじゃないか。
 そのどっちつかずの身体を衣服から自由にして、シナを作って懇願すりゃあいいじゃないか。
 抱いてくださいと、簡単なことだろう?きっと彼女は断らないさ。

 母親の代わりにしたって、きっと文句は言わないよ。さぁやってごらんよ』

下卑たやじを飛ばすように、ここぞとばかりに相手の急所を得たりと《鏡の悪魔》が銀貨の心を言葉でえぐり突き刺してくる。
銀貨はその言葉に刺されながら、普段は一片足りとも見せはしない動揺の色を薄く顔に乗せた。
智鏡がその様子に上半身を起こし、不安そうに見つめる。彼女の不健康そうな手が銀貨の膝に置かれた手に触れた。

そのぬくもりを礎に、自己を取り戻す。ぐちゃぐちゃに引っ掻き回され傷ついたものを瞬時に再生するように。
あるいは鉄壁の《軍勢》を呼び出して己を守るかのように心を覆って。

「――……残念だけど、それは無理だよ。
 あの人は弱い人としかきっと寝ないから。

 僕は結構見栄っ張りでね、好きな人達の前で弱いところなんか見せたくはないから」

それだけ言って、乗せられた智鏡の手を両手で包む。

「大丈夫だよ、智鏡ちゃん。僕は大丈夫、君も大丈夫、ね?」

そうして人を安心させることを完璧に計算尽くした笑みで彼女へ微笑みかけた。

奥野晴明 銀貨 > 握られた自分の手と銀貨の微笑みをゆっくりと交互に見ると智鏡はそっと頷いた。
それを皮切りに《鏡の悪魔》が表現するようなおぞましい悪態を銀貨につきながら段々とその声が小さくなってゆく。
あとに残るのは保健室の中の静寂。
何事もなかったかのような普段通りの穏やかな空間。

「ごめんね、智鏡ちゃん疲れちゃったよね。起きるまでそばにいるからもう一度寝てもいいよ」

彼女にそう促すと、ゆっくりと彼女は身を横たえタオルケットを引き上げる。
胸に銀貨からもらった本を抱き、もう片方の手で銀貨の手を握りしめた。
その様子を見て、銀貨がそっと彼女の額にかかった髪をなで上げる。

《鏡の悪魔》に言われたとおり、自分はきっと蓋盛教諭を好いている。
だけど彼女を独り占めするのはどだい無理な話なのだ。彼女はきっと誰も愛せない。
誰も愛していないから誰にでも等しく優しい。

それにまだ、今自分を崩して彼女の前にさらけ出す勇気はない。
きっと一度崩れてしまえば”奥野晴明 銀貨”という存在はばらばらと砕け散りそれこそ《軍勢》が散り散りになるように惑い跡形もなくなってしまうだろう。
それだけは出来ないのだ。自分が潰えるまで、自分は”奥野晴明 銀貨”という形を保ち続ける、優等生でなくてはならない。

外から夏の日差しとともに部活に勤しむ生徒たちの喧騒が聞こえてくる。
智鏡の胸の上下動、穏やかな寝息を聞きながらそっと銀貨は目をつぶった。

ご案内:「保健室」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。<補足:《軍勢》を操る物憂げな少年。夏の制服姿>