2015/07/18 - 21:47~05:09 のログ
ご案内:「浜辺(海開き状態)」にアリストロメリアさんが現れました。<補足:由緒正しい魔女のお嬢様。態度は尊大だが非常におおらかで善意的である>
アリストロメリア > 燦然と輝きを放ち、空高く仰ぐ真夏の太陽の下で
紫色のパレオと紺と黒の水着に身を包んだ魔女が
トロピカルアイスティーを飲んでいた
詰まる所、日光浴である
さらりとした砂の上に軽く寝そべれば
熱された太陽の熱を帯びた砂は熱く
上から注がれる太陽光も熱いのだけれど
丹田や太陽神経系が温められ、活性化するのは気持ちいいし
身体機能を強化してくれるのだった
おまけに、冷え症や女性に悩みがちな症状の改善も行ってくれて
一石数鳥の効果があるのだ
……まぁ、傍目から見れば所詮は只の日光浴であり
一介の海水浴に訪れた客にしか見えないが
アリストロメリア > 「ん……気持ちいいですわね……」
砂の上で、その白い肢体を猫の様なしなやかな仕草で伸ばしながらリラックスしながら
降り注ぐ太陽光の温かさを満喫する
夏は暑くて過ごしにくい
……けれど、この街はやたらに学校や寮等を始めとして
至る所でクーラーが効き過ぎて、逆に内臓は冷えて寒いのだ
故に、暑いものは暑いのであるのだけれど
冷え切って冷たい内臓をこうして太陽光で温めるのは気持ちがよかった
それに、本当に暑くて耐えきれなくなったら
目の前にある海に入って、涼めばいい
そんなお気楽に楽しめる日光浴は、極楽であった
ご案内:「浜辺(海開き状態)」に奇神萱さんが現れました。<補足:古色蒼然たるヴァイオリンを手にした女子学生。背中まで伸びた黒髪の先が朱に染まりかけている。>
アリストロメリア > ストローでグラスの中のトロピカルアイスティーを飲みながら、少しだけ涼む
本日のトロピカルアイスティーは、アイスティー向きのキャンディの茶葉を
通常の紅茶の二倍の濃さで作ったものを
ボウルの中にオレンジやパイナップル、マンゴーやキウイ、パッションフルーツ等の夏の果物を
適度な大きさに切って入れたものの中へと注ぎこみ、混ぜて馴染ませて暫く置いたものを
冷やして、氷を入れたグラスに注いだ物である
芳醇な生のフルーツが香り高く立ちあがる、贅沢な風味のトロピカルティーでとても美味しい
その上、簡単に作れるのでお勧めなトロピカルアイスティーのレシピでもある
奇神萱 > よく晴れた日だった。
まだ海開きの期間中だから、浜辺に出て弾くことにした。
潮風は楽器によくない? たしかにそうだ。相応の手入れを怠れば痛みの元になるに違いない。
とはいえ、弾きたいから弾くのだ。それ以外の理由などない。
波打ち際で遊びまわる学生たちの歓声が聞こえる。
静けさに包まれた海は荒涼とした印象が付きまとう。まあ、環境音としては上等の部類だ。
大きなビーチパラソルの下、まずはエドワード・エルガーの小品をいくつかお目にかけよう。
何組ものカップルが足を止めて、開いたヴァイオリンケースには小銭の山ができていた。
今奏でているのはエルガーの『朝の歌』。
晴れやかな日差しを言祝ぐような祝福の音色。
ピアノの伴奏が異界から響く。姿なき伴奏者もどこか解放感に浸っている様だ。
アリストロメリア > ――……そんな、贅沢な真夏の太陽の下で
夏の恵みと光をたっぷりと浴びて育ち、実った果実のアイスティーを楽しんでいた所だった
「…………?」
賑やかな浜辺の喧騒には、不相応な清々しく上品に
そして、風に乗る潮はきっと、その高価なバイオリンを痛めてしまうでしょうに――……
そう、思いながらも 風と共に伝わる音色の美しいハーモニーに心を奪われる
「……この曲は……?」
エルガ―の『朝の歌』だった
美しい朝の日差しと、日の出の喜びと これからきっと幕を開けるであろう
一日の始まりとその幸せを密かに祝福するかのような
優しくも清らかな音色が耳に入る方向へと、顔を向ける
そこには、そのバイオリンの音色の主に相応しい様な
或いは、そのような音色が人の様な姿を持ちえたとしたら……きっとそんな少女の姿となるのだろうかと思わせる
エルガ―の『朝の歌』の、とても似合う
静かで、品ある佇まいの どこかミステリアスな少女の姿が
――……きっと、そう思ってしまったのは
少女の一見黒髪に見えながらも、髪先が、闇夜から太陽の日差しが昇り
その夜明けの幕開けを思わせる――……つまりは『朝を告げる歌』を思わせる演奏と、髪の色が
とても素敵で、印象深かったからなのかもしれない
彼女の方をそっと見つめれば、真摯に楽器を奏でる姿を見て
その音色に身を委ねるように、眼を閉じゆったりとリラックスをし始めた
こんな素敵な音色なのですもの
きっと、彼女が静かに演奏を終えるまで――……楽しまないと、勿体ないでしょうから
奇神萱 > 黙示録的な宗教観も、深遠なる叡智の香りもしないが、とにかく比類なき爽やかさを誇る曲だ。
輝かしい一日が訪れる予感がする。朝の素晴らしさを謳う喜びの音楽。
初夏から夏にさしかかるころの朝にこそ似合うのだと思う。
わいわいと物珍しそうにはしゃぐ学生たちも、ほんの数音節で静かになった。
女子は目を丸くして旋律に酔いしれ、男子は……舐めるような目でこちらを見ていた。
俺はいいから彼女を気にしてやれよ。
監視員の双眼鏡までこちらを向いていた。大丈夫なのか。
とにかく、喜んでもらえれば結構だ。
見目麗しき歌い手の姿を幻視する。その喉は言語によらない歓喜の歌を歌っていた。
弓を放したとたん、気の早い拍手が始まった。
紫色の目をした女と目があった。聴衆のひとりだ。
他の浮かれた客よりも行儀がよかったと思う。こちらを尊重してくれたのだろう。
いつも聴衆に恵まれるとは限らないのだ。気分がよくて、紫色の目を見て笑った。
次も同じくらいの小品がいい。
時は1904年。フランティシェク・ドルドラ作曲。『思い出』。
お気楽な休日。夏の浜辺にはお似合いの曲だ。
アリストロメリア > 爽やかに、その海の空間が彼女に支配される
そこには、圧力も何も無く――……ただ、静かに
その清々しい朝の歌の音色に相応しい、巧みなヴァイオリンの音色で
海に居る人々の心を掴んだのだった
年頃の女子や、ある程度年を嗜んだ年齢層のものはともかくとして――……
驚くべきは、その音色に感心の持たない年頃であろう子供や男児までもが
彼女の音色に酔いしれて、心を奪われ静かになった所であった
……もしかしたら、年頃の男児は
凛としながらもヴァイオリン演奏を奏でる『彼女自身』に魅了されたのかもしれないのだけれど……
先程のピアノの音色といい、今度はいつの間に居たのであろうか?
美しき歌い手の姿の幻視まで、現れた所であった
言語によらない歓喜の歌は、静かに清らかに流れるヴァイオリンの音色を一層引き立てて
『もしかしてこれは、表に発表されていないだけで、隠された合奏として存在しているものなのだろうか?』
――……と、思わせるほどに
或いは、きっと
音楽のミューズに愛されたかのような音色を奏でる才を持つ彼女の傍に
そっと、そんなミューズが現れて歌い出したのかもしれない――……と、連想させるほどに
或いは、相当な鍛錬と時間をヴァイオリンに費やしたのであろうと思われる程の腕と
その瑞々しい花の咲き誇る様な容貌は……
もしかしたら、彼女自身が ヴァイオリンの精霊、或いはミューズの様にも思えるのだった
そんな、音楽の妖精を連想させる様な、可憐な少女と目が合えば密かに微笑んで
称賛と喝采を、笑みに秘めて贈るのであった
今日の美しい青空と海に似た、爽やかなマリンブルーの瞳に笑みを返されれば
静かに目を閉じて、その音色に耳を傾けるのだった
次に始まるは、フランティシェク・ドルドラの『思い出』
彼の作品の中でも、とりわけ有名で上品ながらも軽やかさのある音色は
先程の朝の歌が清々しく上品さがあるものと比較すれば
重厚さもありながら、決して重さは無く……
それでいて、過去の楽しい思い出をそっと思い出して、余韻に浸るかのような……
そんな印象を連想させるのは――……
――……きっと。彼がこの曲を作った時のエピソードとして
友人を訪ねる為に乗った電車の中で、シューベルトの墓の近くを経過した時に思いつき
慌てて切符に書き留めたと言われる
『郷愁の想い』の詰まった友人の元へと尋ねると同時に
偉大な音楽家のシューベルトの有名な癖である『思いついたメロディを、メモする』という
双方が、綺麗にエッセンスとして混じっているからだろうか?
……そんな事を想いながら、静かに彼女の、華麗ながらも重厚なテクニックを
さらりと披露するヴァイオリンの旋律に耳を傾けるのであった
奇神萱 > 結局のところ、俺は一介の伴奏者に過ぎない。
聴衆の体験に華を添える役回りだ。主役はもっと別にいる。
来年の今ごろか、五年後か十年後にでも、この曲を聴いたときにふと今日のことを思い出す。
幸せだった時間を思い出して、噛みしめるように笑うのだ。
そういう思い出のよすがになればいいと思う。
ミッシャ・エルマンのレコーディングを聞いたことはあるだろうか。
のびのびとして気負ったところがなく、何より本人が楽しんでる。
あれくらいお気楽でいいのだ。この曲は。
ガット弦の張替え代くらいにはなっただろうか。せめて半分くらいは?
あと一曲くらいやってもいいか。
ピーチパラソルの下、しっとりと汗ばんでブレザーを脱いだ。
潮風にさらされて熱が冷まされていく。
―――おい待て、歓声を上げるな。やめろお前ら。
最後はジュール・マスネの歌劇から。第2幕第1場と第2場の間に奏でられる間奏曲。
ヴァイオリンの独奏で魅せるにはもってこいだろう。『タイスの瞑想曲』。
アリストロメリア > 「…………?」
ふ、と――……彼女の方へとハッとして、閉じていた目を開いて振り返る
『目の前に居る』のは紛れもない『ヴァイオリンを演奏している少女』
その筈なのに……何故か?
先程の少女とは、がらりと曲の雰囲気が、一瞬で変わったかのような
或いは別人が乗り移ったかのように感じたのは――……?
曲自体が変わったからか?――……いいえ
音楽でも、絵画でも、演劇でも……
芸術という物に関しては『その創作者の精神』という物が作品に宿るのだ
それは、魔術に似て等しい物でもあるのだけれど
彼女の場合は『正に別人』とでも言うかのように……
音色に乗る魂の旋律たるものが――……先程の彼女の色では無い様に感じるのは……?
汗ばんでブレザーを脱ぐ
たった、それだけの仕草だと言うのに――……何故だろう?
先程の、可憐で清楚な雰囲気の少女には似つかわしくない乱暴さが垣間見えるのは……?
――……等と思いながら、次に始まるは
ジュール・マスネの喜劇『タイス』の間奏曲
その名の通りと言うべきか『タイスの瞑想曲』である
オペラという物は非常に長く、その間にバレエや演奏を挟み休憩する事もあるのであるが
これは珍しく、ヴァイオリンのソロで演奏されるものなのである
して、その『タイス』自体の内容もまた凄まじく
娼婦と修道僧の恋愛の物語なのだ
同時に、この作品の有名な――……
「……フェニーチェ、歌劇場……」
ぽつり、とその名を口にする
……まさか、目の前の彼女は――……
いいえ。名前だけしか聞いた事は無いのだけれど……あの、有名な……?
奇神萱 > 劇団『フェニーチェ』。その名が聞こえた。紫の女が口にした。
かつて一糸乱れぬ指揮のもと、悪徳を高らか歌ったものたち。
『団長』亡き後は、横糸を失ったようにいとも容易く解れてしまった。
なにか感じるものがあっただろうか?
―――いや、そうか。忘れていた。無意識に選んでしまったのだ。
この曲は。かつて我らの。
Fis-D-A-D-Fis-H-Cis-D。
騒ぎ立てる様子もない。トラブルを呼び込む類の反応ではない。
悔悟の一幕。悪徳と知りながら享楽の限りを尽くした日々。清算したい過去がある?
それはどうだろう。後悔はあまりないが、心の底にそういう欲求が眠っている可能性はある。
しかしな。タイスは死んでしまうのだ。
タイスは救いを得て死んだ。修道士と結ばれようなんて、過ぎた望みを抱きながら。
そこまで気にするカップルはいないだろうな。すまない。こいつは不吉だぞ。
鳴り止まぬ拍手に照れながら、深々と頭を上げた。今日はここまで。アンコールはなしだ。
小銭の山がまた増えた。まずは冷たいものでも買うか。
キンキンに冷えたサイダーを二つ。大きなビーチパラソルの下、紫の女のそばに腰かけた。
「お邪魔さん。ずっと見てたよな」
アリストロメリア > 多分、きっと
彼女の小さな囁きは、その見事なヴァイオリンの音色に掻き消され
誰一人として、気付く者も居無ければ、その一言を耳にしたものは居ないだろう
水面に小さな小石を投じたに等しい其れは
水面に小さな波を立てた程度で――……それはきっと彼女の
或いは彼の心に小さなざわめきを立ててしまったかもしれないのだけれど
決して、彼の思う通りに騒ぎ立てる様子も無ければ
その一言も、投じた小石の一石程度のトラブルで――……
詰まる所、彼の演奏を邪魔した一言として聞こえたのは
『彼或いは彼女』と『紫の女性』二人だったのが、不幸中の幸いかもしれない
タイスのオペラはとても激しさを秘めた内容で
それは、少し演奏している彼女と、其れに内包されているとでも言うべき様な
『彼』の存在に似ている様な気がするのは何故だろう……?
舞台は、エジプトの砂漠にある修道院
そこに旅に出ていたアタナエルがボロボロの姿で戻ってきて、こういうのだ
「私の心は苦しみでいっぱいだ。故郷アレクサンドリアは
娼婦タイスによって堕落し、男たちは地獄に墜ちている!」
そして修道長にタイスを神の道に導きたいと願い出るのだった
けれど、修道長は「我々は決して俗人と交わってはいけない」と許さない
その晩、タイスが艶やかな姿でアタナエルを誘惑する夢を見て、アタナエルは驚愕する
「神よ、どうぞお助けください私は彼女を救いたいのです。彼女をお預けくだされば、あなたの許へお返しします!」
と、アレクサンドリアに戻る決意をするのだ
アレクサンドリアに着いたアタナエルは、町の様相を嘆きながら
旧友の元へと行き、ニシアスの館へと足を運ぶ
そして、夜会が始まり大勢の客人と共にタイスが現れれば――……
その華やかな美しさに賞賛の声があがるのだ
そんな彼女に「会心させに来た」というアタナエルと
そんな彼を鼻で嗤うタイスと客人達で一度幕は閉じられる
場面は変わり、宴が終わり自室に戻ったタイスが鏡に告白するのだ
いつか自分が老いていく恐怖を――……
そこへアタナエルが入ってきて、彼女の美しさに動揺しながらも
『キリストの花嫁になり永遠に生きる事』を説くのであった
娼婦の身に虚しさを感じていた彼女は、動揺し、葛藤しながらも
挟まれる間奏曲の『タイスの瞑想曲』により、彼女の心の変化を美しく描写して
最後には彼女は信仰の道を歩み、修道院へと入り、神の名を呼びながら死んでいくのだ――……
目の前に居るのは彼女一人なのに、何故だろう……?
そんな、タイスのオペラが目の前で開催されているかのように鮮やかに映るかの様に感じるのは――……
きっと、巧みな腕だけでなく、その可憐な一面からは似つかない
突如垣間見えた、男性性の影響なのだろうか?
演奏が終われば、その素晴らしさに心を奪われて
拍手を喝采に贈る――……
そして、彼の姿が一度海の家に消えたかと思えば――……
ひんやりと、瓶まで氷の如く冷やされたかのように冷えたサイダーを持って
自分自身の隣に現れ、腰をかけるのだった
「……ええ」
静かに――……静かに頷く
若干の動揺を、胸に秘めながらも――……いいえ。それすらもばれているでしょうけれど
けれど……
「実に素晴らしい演奏でしたわ
あんなに、見事な腕前の方のヴァイオリンが聞けるだなんて贅沢な時間を過ごせましたわ」
ヴァイオリンに酔いしれて、心を奪われたのは本心で
彼女のヴァイオリンの音色に対して与えられた感動を、言葉にして
素晴らしい演奏のお礼を、ささやかながらに返すのだった
ご案内:「浜辺(海開き状態)」にアリストロメリアさんが現れました。<補足:由緒正しい魔女のお嬢様。態度は尊大だが非常におおらかで善意的である>
奇神萱 > 聴衆はケータイのカメラを向けて撮りまくっていた。
動画を撮ってたやつもいたから、その内どこかに流されるかもしれない。
アナトール・フランスの諧謔もアタナエルの絶望も、そもそも悲恋の歌劇さえ知る由もない。
綺麗な旋律に惹かれる素朴な感性。
驚嘆すべき技巧に目を丸くするだけの観察眼。
美しいものに対する畏敬の念も。
俺は多くを求めない。今得たものだけでも十分すぎるほどだ。
奏者は公人に片脚をつっこんでる様なものだ。強く止められない立場でもあるが。
軽く睨むと歓声がかえってきた。だめだこりゃ。どうにもならん。
紫の女は『フェニーチェ』のことをどこまで知っているのだろう。
パトロンをしていた女たちや馴染みの客だったなら、当然覚えていたはず。
昔の俺のことも目と鼻の先から見ていただろうし、こんないい女を見逃していた?
まさか。梧桐律に限ってそれはあり得ない。
「お粗末さま。この辺じゃあまり演らないんだが、気に入ってくれたなら何よりだ」
「なあ、前にどこかで会ったか?」
「よく覚えてないんだが。こっちが忘れてる可能性もある」
プラスチックのパーツをあてて押しこむと、ガラス瓶のくびれた部分にビー玉が勢いよく落ちる。
噴出したサイダーを慌ててうけとめ、咥えてもう片方のサイダーをすすめた。
「奇神萱(くしがみかや)だ。お前には俺がどう見えた?」
アリストロメリア > 聴衆は、最先端の技術の結晶である携帯で彼を撮影していたが――……
生憎、彼女にはそれの用途や、何をやっているかもよく分かっていない
もしかしたら、後日彼女の動画が上がっているのを発見して、驚くかもしれないのだけれど――……
それもまた、後日の話
挟まれる演奏曲の方は、きっと誰しもが一度は耳にした事があるだろうが
悲恋のオペラを知っているものはどれだけ存在するのだろうか……?
自身でさえ、多少オペラを鑑賞する事があった為に存じてはいたけれど……
この街に来て、早3か月
その間、これだけ街は娯楽やた様なものに溢れているとはいえ――……
溢れすぎており、オペラ鑑賞等する人はあまり居ないように思えたのだから
彼が観衆を睨めば、それですら一種の彼の表現とでもいうかのように
黄色い声が周囲から沸き上がる――……まるで一種の魅了を受けたかのように
最も――……彼或いは彼女の演奏は、それだけ魅力に溢れていたのには賛同するのだけれど
それ以上に、何処か彼に狂信し、陶酔しているかのような狂気の鱗片が垣間見えるのは……?
フェニーチェの事は、何も知らない
――……いや、その名前すら知らないと言う事を『嘘』なのだと言うのであれば
フェニーチェに対しては『演劇集団であると同時に犯罪集団』程度の知識で
それも、その一言そのもの以上の事は、何一つ知らないのだ
勿論、パトロンをしていた女たちの知人でも、馴染みの客でもない
初対面であった
「いえ、そんな……あの音色は、ヴァイオリンを鍛錬し磨き抜いた音色でしたわ
音楽はほんの少し……それも、聞く側程度で、大した知識や聞きわける耳も無いのですけれど……
それでも、貴方程の素晴らしい腕前のヴァイオリンの音色は、中中耳に出来ない素晴らしいものだと思いましたわ」
と、心から――……それは、紛れもない本心で
また、彼女自身多少オーケストラを耳にした事がある程度と言っても、元々は貴族の令嬢である
故に、上質な物を聞きなれている為に、その経験から一介の演奏者では無い
素晴らしい技術であることだけは、少しばかり悟る事が出来た
「いいえ。初対面ですわ……それなので、きっと貴方が覚えて居なくても
忘れている可能性も無いでしょう
……こんなに美しい旋律を奏でる奏者であるのでしたら、私自身もその奏者を決して忘れず
その演奏が心の中に残っているでしょうから――……」
ビー玉入りの瓶を、どうやって飲むのかと思ったら
プラスチックのパーツを押して『ボンッ』と、小気味良い音と、シュワシュワと音を立てて
中身が勢いよく出てくる所を押さえるのを見ると
少し面白がるような、その様子を始めて楽しむ少女の様な反応を見せた
そして、サイダーを勧められれば……
「まぁ?宜しいんですの? ありがとうございますわ」
と、にっこり微笑み 瓶を手にして彼の見よう見まね通り、プラスチックパーツを押し当て
そのまま中身の噴出が収まるまで、押さえてから一口口へ運ぶ
爽快な喉越しと、甘い炭酸水は この真夏の海水浴にぴったりな飲み物であった
「美味しいですわね」と、喜びながらも 改めて彼の名を耳にすれば――……
先程までのはしゃぎようから、静かに
「奇神萱…萱様、で宜しいでしょうか?
私には、貴方が始めは『朝の歌』の音色と演奏に相応しい清廉な少女に見えましたわ
……けれど、今は――……姿形は思春期の少女そのものなのに……
何故、かしらね?……やや乱暴な男性の様に 思えますの」
先程、サイダーで喉を潤したばかりだと言うのに……緊張で喉が渇く
それは、目の前に犯罪集団だと耳にしているフェニーチェの存在が、在るからか
或いはやや乱暴な彼の性質が、圧迫感があるからか……?
奇神萱 > 「光栄だな。だが、今日だけだ。解釈は演るたびに変わる。何か一番良かったか、答えはどこにもないからな」
「過去の先達は大勢いる。手本にするかどうかは奏者の自由だ。自分が気に入ったものを選んで、あとは信じるしかない」
「感性も変わる。物の見方の変遷も、理解の深まりも考慮にいれれば無限のバリーエションがあるといっていい」
「二度と同じものは聞けない。生きた人間の演る音楽としてはそうだ」
賞賛を受けるに値することをした自負はある。だが、そのために奏でたのではない。ましてや慢心など。
「自慢じゃないが、楽器もいいぞ。この島に運び込まれた中でも相当のものだ」
かつて世界に200本程度存在するといわれた名器も、20世紀以降の動乱で壊滅的な被害を受けた。
バルトロメオ・ジュゼッペ・アントーニオ・グァルネリの1742年製。
俺が使っているのは、奇跡的に守り抜かれたグァルネリ・デル・ジェスのひとつ。
弓も選り抜きのオールドフレンチボウ。どちらも俺の親父が深く愛した仕事道具たちだ。
「お近づきになりたいもんだ。美人に褒められるのは気分がいい。誰だってそうだ」
「お前はしかも特別だな。わかってたんだろ? ひとりだけ違う顔をしてた」
「話のわかるお客に恵まれる機会は滅多になくてね」
「初対面ならよけいに好都合だ。覚えておいてくれると嬉しい」
「乱暴かどうかは意見の分かれるところだな。どちらかといえば紳士だぞ」
「言葉遣いはどうしようもないが、失礼がない様にはしているつもりだ」
紫の女も凶悪犯だと思ってる口か。短いあいだに悪評が立ちすぎた。俺のせいじゃないぞ。
印象はマイナスからのスタートになるのか? 実に心外だ。
ゼロからのスタートなら構わないが、自分に無関係のことで責められるのは筋が違うと言いたい。
「劇団絡みじゃないのか。それならどうして?」
どうしてその名を口にしたのか。女は目に見えて緊張している。よせばいいのにつついてしまった。
アリストロメリア > 「恐れ入りますわ……そんな素晴らしい演奏を聞けて、私も光栄な上に幸運でしたわね」
その後の続く彼の言葉は、音楽に手を染めない者ではあるのだけれど
その身に魔術を、少しばかり染めるものとしては……少しばかり通ずるものがあった
過去の偉大な先人が大勢いる事。彼らの思想や手段をどう真似し、どう取り入れるかも魔術師の自由であり
魔術を行う者も……『魔術』という行為を通して、結果は信じるしかないのだ
感性や、物の見方の変還も。それは思春期という一番感性の豊かな時期に人の感性は成熟され、完成すると同時に成長が止まり
それ以前と以降では、手を染めるものに対しての感性に大きな感性の違いが生じるのだ
同時に、それらを含め物の見方も。自身の成長・精神の熟練度、知識の豊潤さ等によっても、機敏にそれらは変化する
最も機敏かつ変化に富んでいるのは……『その時の自身の感情』そのものかもしれないけれど
人の演奏するものなのだ。些細な差であれ、決して、二度と同じ演奏を聞く事は出来ないのは理解できる
其れはどんなに巧みにコピーされた絵画や、等しく演じる演劇等の芸術作品も、同じ事
その上、今日の様に会場が違えば――……同じものでも一層、その場の音の響きという物は変わるのである
塩自体、楽器にも悪いが――……特に塩は、楽器の音を変えてしまう悪影響も生じてしまう
にもかかわらず、あんなに美しい音色を正確に奏でられると言う事は
彼の腕自体もそうだけれど、楽器の丁重な手入れも、そして楽器自体も明記に相応しい代物だろう
同時に、称賛を受けるに値する巨匠の腕にも関わらず、それに自負を……いや、自尊心を持ちながらも
慢心せず、己の腕をストイックに磨き上げる腕や姿勢の垣間見える様子は、職人として一流であり、また好ましい
バルトロメオ・ジュゼッペ・アントーニオ・グァルネリ――……
世界三大ヴァイオリンの一つであったか
ストラディヴァリウスが最も有名かつ、繊細な音色のヴァイオリンの王だとすれば
対するグァルネリは、武骨で野生味がありつつも、哀愁を帯びて渋い音色は
ヴァイオリンのノートルダムの背蟲男の様な、或いはバンディットの様な音色の性質であろうか?
奏者の技術以外にも、精神がその音色に乗る様に
芸術家や創作者の『魂』とでも言うべきだろうか?その性質の鱗片というものは
作品とは切っては切れないものであり、影響を与えるものである――……
それは、まるで親の性質を子供が受け継ぐように
ストラディバリウスの創作者が、非常に優秀な弟子たちに恵まれ、また王侯貴族に気に居られ
贅沢かつ、秀でて優秀な者、高貴なものに囲まれた彼の性質が
その王者に相応しい音色を演出するように
グァルネリの創作者もまた、その音色の表現者であるように、何処か哀愁の漂う悲壮な人生であり
ある時は喧嘩をし、ある時は牢獄に入りながらも――……このヴァイオリンを作成したと言う
きっと、其れを好み、演奏する彼もまた そのような性質を何処かに持っているのだろうか
或いは、其れに惹かれ選ぶ理由が――……何処かにあると知れば
悲壮や哀愁の部分なのだろうか?
「まぁ……お上手ですわね。恐れ入りますわ」
美人と褒められれば、お礼を返す様に、小さく会釈して微笑む
きっと、こんなふうに素直に女性に対して物を申す彼の実直さや清々しさは魅力であり
その性格自身も……きっとヴァイオリンの腕だけでなく、女性を魅了する性質の一つに思えた
「そう言って頂けるととてもありがたいですわね……けれど、私は楽器を演奏しない為に
聞いている側以上の枠からは出られませんが……
偉大な音楽家の方に、話が分かっているという感想を頂けるのであれば……本当に光栄に存じましてよ
ええ。こちらこそ宜しくお願い致しますわ」
そう言って、正式に優雅に一礼する
今は着ておらずとも、ドレスの裾を持つようにして手を添えて
成程。確かに口調は……少なくとも自身が貴族だった為に、丁寧な人が多かったせいもあり
乱暴だと感じたのかもしれないが――……
彼の態度自体に乱暴さは見えないし、初対面の女性に話しかける時に
サイダーをわざわざ購入し、手に持ってきてくれるのは此方に対して配慮してくれたからだ
一つ一つ丁寧に解きほぐしていきながら、気付いたのだ――……
一見乱暴に感じた、その物言い
素直に自身の感性で感じたものを、そのまま話す性質は――……
『芸術家』そのものなのだ
フェニーチェであるとか、ないとか。それ以上に彼の根底自身が『演奏家』そのものであり
純度の高い芸術家故の性質が、時に粗野に。或いは時に狂気めいて映るのかもしれない
――……いや、きっとそのような性質を持つからこそ
彼の演奏は熱を帯び、人を引き付け魅了し、こんなにも人の心に染みわたり、感動を与え
その対価として、彼に称賛や狂信にも似た愛が贈られるのだろう
フェニーチェの事も、まだ出会ったばかりの男性の事も……深くは分からない
けれど、彼の口調から、その言葉の端々から
……耳にする、凶悪犯罪集団としての狂気は、あまり感じないのだった
もし、感じるとするのであれば ストイックに追求するあまりに感じる音楽家としての魂や
狂気の方で――……
先程よりは、少し心が解れ、穏やかになった口調で答える
「劇団絡みではありませんわ。生憎、ただ私が存じている事も根も葉もない噂以上の事は何一つ
……それよりも、演奏している貴方の中身が変わっている様に思ったのは
芸術家の描く絵に、その人の本質が絵に宿る様に
演奏者の演奏する曲に、その人の性質が音に宿る様に
演劇者の性質が、その演劇の全てに表現されるかのように
……貴方の演奏していた曲が、朝の歌の時は完全に可憐な少女の様な繊細な音色だったのに関わらず
『思い出』の途中から……まるで人格が変わったかのように、重厚な曲ながらも、一層重々しさが増しましたので
同じ曲ながらも、違う人が演奏を始めたかのような雰囲気があったからですわ」
そう、感じた変化を偽り無く心のままに述べる
きっと、嘘を付いた所で彼には見抜かれてしまうでしょうから
「私の名は、アリストロメリアと申しますわ、以後 お見知りおきを」
静かに頭を下げて、名を遅れながら彼に伝えるのだった
奇神萱 > 「世辞は言わない。見たままのことを言っただけだよ。綺麗なものを綺麗だと言った。いい女だ。素直にそう思う」
「噂に流される自由もある。その自由は勝手とも言い換えられるし、怠慢と同義だが」
「それも個人の判断だ。知ったことじゃない。ありのままを見てほしいが、強制はできないからな」
どこまで見抜かれているのだろう?
少なくとも、この口ぶりは同性に対するものではない。
奇神萱には奏者たるにふさわしい容姿を与えた。非の打ち所のない調律をしているつもりだ。
仕事道具と同じだ。常に最善の状態に保っている。一度は死んだ身体だと誰が思うだろう。
奏者だって人間だ。飯を喰うし風呂にも入りたい。生きている限り、喜怒哀楽もついて回る。
そういう些細な心の機微は音に現れる。大気の震えは自分自身を映す鏡であって、バロメーターだ。
秀でた耳を持つ者ならば、人の心の機微に通じたものなら手に取るようにわかるのだろう。
「怖い女だ。アリストロメリア」
戦慄している。
『思い出』の途中から何かが変わったという。俺の本質を感じたというのか。
サイダーの炭酸が喉を抜けていく。ガラス瓶の中、ビー玉が跳ね転がって透明な音をたてた。
「さっきも言ったとおり、一番いいと思ったことをしただけだ」
「迫力が足りないと思えば手を加えるし、俺自身、演ってるうちに感情がノることもある」
当たり障りのない言葉で逃げてしまおうか。それは主義に反することだ。
この身体に合わせてボウイングを変えた部分もある。昔の手癖が戻ってきたのか?
「一度身についたものはなかなか抜けない。隠してるわけでもないが、お前が感じたのはそれだろう」
「聞き違えじゃない。その通りだ。よく気付いたな」
この女、魂の内側まで斬りこんできた。寒気がするほどの洞察力だ。理屈や推理の賜物じゃない。これは感性の問題だ。
アリストロメリアは俺の本質を見極めようとした。上っ面に騙されるやつばかりなのに、この女だけは違った。
聴衆に恵まれた。もっと言えば、俺は理解者を得たのかもしれない。
こんなに嬉しいのはいつ以来だろう。親父に初めて褒められた時以来か?
「パトロンを探している。売り出し中の身でな。考えておいてくれると嬉しい」
笑ってしまった。にやけてしまった。みっともない。
アリストロメリア > 「恐れ入りますわ――……重ねて、ありがとうございます」
真っすぐであるから故に、心に響く彼の言葉に、やや頬を紅潮させ
照れた様子を見せながらも、褒められれば嬉しい。小さく頭を下げて礼をした
「噂を鵜呑みにする、という事は結局は人の意見に流されて、自身でその本質を見ようとはしない事ですものね
そうですわね……他者を判断する時にも、自身の感情を添えるか。それらを排除して客観視するか?等によってもそれは変わりますけれど……
どちらにせよ『その人そのものの本質』はなるべく見るようにしたいですわね
……それすらも『自身の目に映るその人自身の投射』であって、完全な本質は見抜き切れないかもしれないのですけれど」
けれど、術師としては常に必要な目線であり
また、人としても相手の事をなるべく正確に捉える事は、やっぱり必要だと思うのだ
人は、他者を見る時に様々な感情や印象を持つけれど
そのような好き嫌い・快不快を極限まで覗いて、自身の持てる限りの客観視という事は非常に大切である
なぜならば感情ありきで人を見ると、眼が曇るからだ
自身の感情でその人を判断しては、その人の真価に気付けないかもしれない
どうしても、人である故に感情を完全に排除をしきるのは難しい行為ではあるのだけれど
どのような人にも欠点があれば、等しく美点は存在する
そして、同時にその人特有の人生観や思考、感情の持ち方も――……
人というのは、等しくその性質や人生そのものが星空の宝石箱なのだ
生まれ持った感情や性質を始め、刻まれて吹きこまれた運命が、その人特有の命の煌きに等しい
星の輝きとして存在する――……
今の彼女は『術者』として、彼を見つめていた――……
それは、同性を見る目では無く、限り無く傍観者に近い目線で彼を見る
演奏の華やかさもそうだが、それに引けを取らず……いや
きっと男性などにはその演奏の技術以上に人を引き付け、魅了する容貌
常に一流を目指し、其れに慢心せず音楽の道を追求する姿勢からも、非の打ちどころはなく
道具の手入れや、品質も最高級品――……
当然、彼の事を一度死んだ人間とも、何一つ気付かない
……けれど、何かに違和感を感じる
其れは何か?――……と言うと、言いきれない……いや。掴みきれていない――……
ただ、一つ言える事は
彼が『二重人格者に等しい程に』その性質が、演奏している曲が、他人の音色の様に全然違う音を醸していたからだった
例えるならそれは、同じく『上手い絵師』とて、女性と男性の絵のタッチで全然違うかのように
……もっと言えば、別人のものなのだ
話しているのは彼とだけであるから……上手くは言えないのだけれど
始めの朝の歌の演奏にて垣間見せた、自身に向けた微笑みと
彼の喝采を浴びせる観衆に対して浴びせる苛立ちを含んだかのような睨みも――……
表情すら、別物なのだ
「……そんな。恐れられるような者では……」
小さく、頭を下げた
彼女は、魔術師であった。強いて言えば――……名家の生まれで、多少なりとも魔術に対しての知識と訓練を受けた程度の
魔術というのは、小さな変化――……それも周囲の人が気付かない、見落としてしまいそうな程に些細な変化に対して敏感だ
其れが時に、大きな変化の前触れで在る事や、重要な鍵で在る事もあるのだから
『些細な感じ方、些細な変化』
それは大いなる鍵の知識に等しい――……
巧みに磨かれた音色であるならば、尚更に
調教された音色に、その人の音色が乗るのだ
一つ例えるなら、モーツァルトの曲には情緒が乏しく
逆に情緒的な演奏の得意な演奏者がモーツァルトの曲を不得手とするように
瑞々しい少女の、朝日の煌きに等しい清楚な音色と
思い出の途中に深みを一層増し、それは年端の行かない少女には到底出せない様な
過去に対する想いを始め、様々なものに対する思い出が磨き抜かれ、美しいカッティングの施された宝石の輝きと等しく
重厚ながらも美しく輝きを放つような、秘められた音色の音を引き立たせたのは――……
『一番いいと思った事をしただけだ』――……と
真っ直ぐに言い放つ言葉も、音楽の探求に向かい より完成度の高い演奏へと
高みを目指すものだからこその発言だろう
少しばかりではあるのだけれど、彼は言葉を重ねるほどに『完璧な』『演奏者』であり、マエストロなのだ
「詳しくは存じませんし、音楽を嗜む方からすれば乏しい知識となってしまうでしょうが――……
本当に少しだけ。足元にも及びませんが、ピアノをしていた経験からすれば
自身の身に付いた、誤った癖を含めて、自分の弾き方特有の音色等の、癖という物は抜けきれませんわね……
恐らく、萱様の仰る通り、その些細な違いを感じたのかもしれませんわ
……それに気付けたのもきっと、萱様の演奏がそれだけ美しく、私の心を捉えて魅了し
聞き惚れさせて頂き――……私自身も感銘を受けたからでしょう
だからきっと。同じく巧みな音色には変わらないと言うのに、その違いに違和感を持ったのだと思いますわ」
自身は魔術師である
それ故に、常人と比較して感性は敏感かもしれない――……
それでも。
初めての……彼に対して不躾になる発言になるが
初対面では『一介の音楽家』に過ぎなかった彼の音色は
突然海に現れ演奏を始めた、一介の音楽家の領域のものではなかったのだ
それは、自然と周囲の人々が聞き惚れて、あの海の空間そのものが
彼の為に開かれた演奏会だとも言うかのように――……
人々をとたんに惹きつけ、観客とし、彼の世界を一瞬にして表現し、作りあげたのだ
どんなに巧みな音色でも、機械的で詰まらない音色という物は存在する
人が演奏しているというのに、驚くほど正確過ぎて機械的な――……
彼は、その巧みな音色に加え、身に付けた癖、少し荒々しさの感じる様な感情を含めて
酷く魅力的で人を弾きつける演奏なのだ
――……いや。もしかしたらあの演奏は、人だけでなく
一瞬にその場を支配し、海そのものを彼のステージへと変化させるほどに作りあげてしまったのだ
もし、海や大気に至るまで。自然の全てに感情があったとしたら
きっと、彼の演奏に大自然すらも見惚れた賜物ではないだろうか?
ギリシャ神話に、オルフェウスという音楽の巧みな才人が居る
彼の音楽の腕は、あまりに巧みで人だけでなく、自然すらも魅了したと言う――……
そんな一節を連想させるかのような、完成度なのだ
同じく巧みとはいえ、仮にオルフェウスと――……アルテミスが演奏したら
きっと、同じ演奏でも全然違う物と化すだろう
強いて言うのであれば、そんな明らかな違いが、彼の中に存在していたのだ
――……ただ、そのどちらも音色の違いがあれども美しい事には変わりない
笑う、にやける彼の口元が……何処か無邪気な少年の様に思えたのは何故だろう?
「パトロンを?……恐れ入りますが、それほどまでに素晴らしい腕の持ち主であるのでしたら
既にいらっしゃると思いましたわ」
驚きを隠せない様子で、尋ねてしまった
そして、小さく頭を下げると こう返した
「……かしこまりましたわ。生憎私自身に資金がある訳ではございませんが――……
お父様に、お伺いをしてみましょう
その音色、売り出し中の身として放浪する者となるのも、惜しい程ですもの
ソーダ、御馳走様でしたわ。面白い開け方も初めてで、非常に楽しめましてよ
……では、今日は失礼して。御機嫌よう」
そうして、丁寧に恭しく彼に最後の一礼を
重ねての、彼の演奏に対する心からの称賛と
今度出会った時にその返事をする旨を、礼に託して
――……そうして、その場を彼女は去って行った
あまりにも素晴らしい演奏に、海水浴に来たと言うよりも
完全に、オーケストラの生演奏を海で聞いた気分になりながら
彼の申し出と、演奏の事で胸を一杯にするのだった
奇神萱 > 「はは。有難い話だ。そいつは女だと言っといた方がいいぞ。悪党に騙されたと思われないようにな」
「ご明察。昔なじみの関係もまだ続いてる。ただ、過去は過去だ。もう一度やり直す方法をさがしてる」
「パトロンが多いに越したことはないぞ。手入れひとつにも何かと入用だ。何より―――」
「いつも理解がある人間ばかりとも限らないだろ?」
少し前にもたらされた迫害の惨禍を思い返す。亡霊の名を出したばかりに血が流れた。
過去が追いかけてきたようなものだ。おかげで少なからざる理解者を失った。申し訳の立たない事態だった。
傷痕はまだ癒しきれずに、痛みが埋火のように胸に刻まれている。
「音楽に限った話じゃないが、芸術が当局のお気に召すことはなかなかない。弾圧がつきものだ」
「俺は弱い。自分自身の身を守ることさえできない人間だ」
「降りかかる火の粉を払う力さえない。いざって時に傘を差しのべてくれる、奇特な人間が要るのさ」
「もしもの時に口添えをしてくれたりとか、そんなところだな」
目礼を返した。紫の豊かな髪が潮風に揺れて、ほかにも何というか眼福だ。
ソーダが美味かったとさ。本心からの言葉らしい。育ちのよさを感じる。このご時世には珍しいことだ。
「まずは友達づきあいからだ、アリストロメリア。俺はそっちの方がいい。親父どのによろしく」
汗が引いていた。潮風を浴びて、肌が少しべたついていた。
場所を変えよう。それか一旦戻るかね。ガット弦が何本か切れそうになってるのが気がかりだった。
ソーダを飲み干し、大きく伸びをして浜辺を後にした。
ご案内:「浜辺(海開き状態)」から奇神萱さんが去りました。<補足:古色蒼然たるヴァイオリンを手にした女子学生。背中まで伸びた黒髪の先が朱に染まりかけている。>
ご案内:「浜辺(海開き状態)」からアリストロメリアさんが去りました。<補足:由緒正しい魔女のお嬢様。態度は尊大だが非常におおらかで善意的である>