2015/08/10 - 21:11~01:13 のログ
ご案内:「外人墓地」に奇神萱さんが現れました。<補足:古色蒼然たるヴァイオリンを手にした女子学生。背中まで伸びた黒髪の先が朱に染まりかけている。>
奇神萱 > 小高い丘の上に礼拝堂のような建物があって、その周りを白い墓碑が取り巻いている。
ここは学園都市の終着点のひとつ。それぞれの天寿を全うしたものたちが眠る終の棲家だ。

常世島はひとつの都市だ。都市には人の営みがあって、時には命尽きるものも現れる。
だが、この島はとにかく流れ者の多い場所だ。
仏式の埋葬を望まないものも多くあり、外人墓地のような場所が生まれた。

二ヶ月ほど前に偉大なる碩学が亡くなった時には、多くの参列者がいたと聞いている。
最近はその足もぱたりと止んで、この地にふさわしい静けさに包まれていた。

ご案内:「外人墓地」に三枝あかりさんが現れました。<補足:女子学生服。>
奇神萱 > お前に見せたいものがある。そんな連絡を入れて、三枝あかりを呼び出した。
地図を見れば一目瞭然。外人墓地のど真ん中だ。子リスはノコノコやってくるだろうか。

礼拝堂の扉を開け放つ。
しん、と冷えた空気が夏の大気と混ざり合っていく。
小さな壁龕にケースを立てかけて、石造りの建物の中へと進む。

楽器を肩へ。外界のまばゆい輝きに振り向きながら、夏の空の高さを想う。
暗く冷たいこの場所から、音楽はどこまで響くだろう。わからない。
ともかく、子リスには道しるべが必要だ。

この世の果てのような田舎の丘の、ならだかな起伏を心に描く。
北アイルランドの古い歌だ。『グウィードア・ブレイ(Gweedore Brae)』。

三枝あかり > 奇神先輩から呼び出されたのは、外人墓地。
なんでこんなところに?
そうは思ったものの、携帯端末のナビは何ともあっさりこの場所へ私を導いてくれた。

墓地に来たけど誰もいない。
墓碑がどこまでも続くだけ。

「あれ……やっぱり何かの間違いかなぁ…?」

と、その時気付いた。礼拝堂の中から聞こえてくる、音色は。

「奇神先輩、中にいるのかなぁ……」

そう呟いて礼拝堂に入る。
見せたいものってなんだろう?

「奇神せんぱーい?」

彼女の名を呼びながら礼拝堂へ。

奇神萱 > この曲を知るきっかけになったのは一枚のレコードだった。
時は1944年。戦火に焼き尽くされた世界の片隅で、ハイフェッツが古の旋律に新しい生命を吹き込んだ。
ジョン・クラウザーの編曲だった。ヴァイオリンとピアノのための『グウィードア・ブレイ』。

古き良きものが消えていく、全ての戦争を終わらせるはずだった惨禍の時代。
ごく短い間、ハイフェッツはデッカ社と専属契約を結んで精力的なレコーディングに打ち込んだ。
その集大成とも言うべきものが、あの名盤だ。

ピアノの旋律が、弦の震えが石材に木霊して肌をざわめかせる。
奇神萱を呼ぶ声がした。まばゆい夏のあかりを背に、亜麻色の髪の乙女が現れた。

つかのま眼差しが行き交う。そばの長椅子を一瞥して、まあ座れとすすめておいた。
理想郷の夢は余韻を残して遠ざかっていく。弓をはなして、長くゆるりと吐息をついた。

「よ。迷わずに来られたか? 急に呼び出したりして悪かったな」

三枝あかり > はい、と軽く頭を下げて長椅子に座る。
肌の熱気が冷めていく気がした。
それでも、命を震わせる音楽に心は熱を持っていた。

「はい、ナビが珍しく誤作動しなかったので!」
「先輩が見せたいものがあるって言うので、気になって来ちゃいました」

それからヴァイオリンを見る。

「先輩、今の曲はなんて名前なんですか?」
「とっても良い音楽でした!」

と、目を輝かせて聞いた。

奇神萱 > 「アイルランドの民謡だ。古い時代のな。タイトルは『グウィードア・ブレイ』」
「あちらさんの歌はこっちでも人気が高い。感性が似てるのさ。同じ島国だからかね」

幸せな気分にさせてくれる曲だ。ヴァイオリンは決して物悲しい楽器じゃない。

「俺はお前の秘密を聞いた」
「だからさ、俺の秘密を教えてやるよ。こっちだ。外にある」

親殺しは幾多の惨禍を重ねたこの時代にあっても、なお人に残された恐るべき禁忌のひとつだ。
その告白にどれほどの勇気が要っただろう。
悲壮な覚悟だったかもしれない。破れかぶれだったかもしれない。
どんなに無謀な行いだったとしても、俺は自分の臆病さ加減に気付かされた。
それが全てだ。

まばらな木立を縫って、ひとつの墓の前に導く。
俺の名前が刻まれた石だ。その下にはかつての俺が眠ってる。
真新しい花束が置かれていた。ひとつやふたつじゃない。

わずかに燃え残ったキャンドルのあとも。
色あせてくしゃくしゃになった紙クズは昔の公演ポスターの写しか切り抜きだろうか。
そこに映るは音楽の悪魔に愛された少年。容姿端麗にして赤髪の。フェニーチェが誇った大輪の華のひとつ。
四角く切りとられたその世界では、『伴奏者』と呼ばれた音楽学生が我が世の春を謳歌していた。

三枝あかり > 「アイルランドの……そうでしたか」
「グウィードア・ブレイ。民謡。しっかりと覚えましたよ!」

相手の言葉に、視線を落とす。
自分は罪と向き合っただけで、罪から逃れたわけではない。

そして許されたわけでもない。

兄に謝り、母を許し、それでも。
私は決して父に許されることはないのだから。

「先輩の秘密………? それは、一体」

奇神についていきながら、木々の隙間を歩く。
そこで辿り着いた墓は。

「………これ…このポスターのヒトのお墓なんですか?」
「これが先輩の秘密………?」

人の秘密を聞くというのは、否応なく胸が高まる。
そこに何の意味があるのかも知らずに。

奇神萱 > 「自分が死んだ後のこと、考えたことはあるか?」
「似たような質問かもしれないが、生まれてこなきゃよかったと思ったことは?」
「たとえば、もしも―――」

墓碑の前に片膝をついて、白い石材に刻まれたアルファベットを音もなく撫でる。
誰かがきれいに清めていてくれたのだろう。花の香りが淡くかすかに立ちのぼった。

「自分がいなくなったあとの世界を垣間見られるとしたら。お前はそこで何をする?」
「最良のときを分かち合った仲間はそれぞれの道を行くらしい」
「この奇跡か……それか呪いが、いつまで続くのかもわからない」

胸に握りしめた拳をあてる。その仕草に意味などない。

「生きた証が消えていく。輝きが見る影もなく衰えて、失われていく」
「そこは現世にそっくりの地獄かもしれない。―――なあ子リス。お前はそこで何をする?」

三枝あかり > 「……生まれてこなければよかったと思うことは、何度もありました」
「死んだ後にお父さんに謝れるかな、と思ったことも」

墓碑銘を撫でる先輩の背中は、どこか寂しそうに見えて。

「………自分がいなくなった世界は、きっと何もかもが上手くいく―――」
「歯車に挟まっていた何かが取れたような、完璧な世界だと思っていました」
「でも、違うんです。私も世界の一部なんです」
「そのことに気付かせてくれたのは、蓋盛先生と奇神先輩ですよ……?」

胸に拳をあてる彼女は、何かを悔いているのだろうか?と思索をめぐらせた。

「過去がなくなり、未来が色褪せていくなら」
「時間なんて止まってしまえばいい」
「そう……考えてしまうかも知れません…」
墓地に来るのに手ぶらだった。この墓の主に捧げるものもない。

奇神萱 > 「俺はないぞ。後悔なんて微塵も。毎日毎日精一杯のことをして生きてた」
「飽きもせずにな。最高だったよ」
「仲間がいた。先生がいた。女たちがいた。パトロン気取りの女たちだ。ストーカーまがいのやつもごまんといた」
「その頃は神に愛されてる気がしてたんだ。生まれてきた意味を知ってるつもりでいた」
「脇が甘かったことは認めるよ。ちょっとぐらいはな」

振り向いて、笑って。墓石に腰かける。ちょうどいい高さだった。

「時間を止めてずっとそこにいる? そりゃお前、死んでるのとどう違うんだ?」
「陳腐なセリフかもしれないけどな、人間死んだらお終いだぜ」
「わかるだろ。わかれ。わかるよな。お終いなんだよ」
「死人が蘇ったらアレだ。世の中みんなひっくり返っちまうだろうさ」

クールな先輩のイメージなんて犬にでも喰わせておけばいい。
足を組んで、声のトーンがわずかに高まる。ルビコン河を渡るときだ。

「だから、新装開店だ。別の人間をはじめることにした」
「はじめまして。迷える子羊よ。俺は―――俺の名前は梧桐律(ごとうりつ)」
「今は亡き不死鳥の羽根のひとひら。あいつらに音楽をつけてやってた」
「この女に刺されて死んだ。不死鳥が死んだ最期の夜にな。俺は舞台に立てなかった」

黒髪がじわりと赤く染まっていく。光を受けて色彩が揺らぐ。
生気あふれるカーマインへと。はたまた悲痛を隠したワインレッドに。

三枝あかり > 「ちょっと、先輩……!」
墓石に腰掛けた彼女を咎める。
「後悔なく生きているからといって、死んだ人を貶めるような真似をしていいんですか!」
「降りてください、その墓石はあなたのものじゃないです!」
力強くそう言い放つ。

「……魔法をかけて、時間を止めて………」
「お兄ちゃんと、お母さんと、お父さんでデスティニーランドにいられた頃ならよかったって」
「死んでいるように生きているよりも、よっぽど人間らしいって…思って……」
墓石に腰掛ける彼女は、どこか今までのイメージと違う。
「死んだ人は土の下で死に続けるだけです」

別の人間を始める?
先輩は何を言っているんだろう。
その言葉の真意を、今の私に知る術はなかった。
「梧桐律? その名前は……」
墓碑銘を見る。違う、そんな、まさか。

スティーブン・キングの短篇を思い出した。
『やつらはときどき帰ってくる』、
もしくは、『ペット・セメタリー』。

――――帰還する者が、すべて歓迎されるとは限りませんので。

そう読者に囁く、ペット・セメタリーの小説の解説文。
そんなはずはない、そんなはずは―――――

彼女の黒髪が緋に染まる。
それを見て、私は眩暈を起こしそうになった。

その髪色は、『伴奏者』と呼ばれた彼のものと全く同じ。
心が拒絶しても、脳は、そして異能は認めてしまう。

彼/彼女こそが、フェニーチェの。

奇神萱 > 「ところが俺の墓だ。怒ってくれてありがとう」
「いいやつだよ。あかり。お前はいいやつだ」

至極まっとうな叱責だ。心地いいくらいに。だから素直に従った。

「不死鳥は死んだ。あの夜からこのかた、灰になったまんまだ。ピクリとも動きやしない」
「梧桐律に親はいない。叔父貴が遠くにいるだけだ。はじめから一人で、また一人になっただけだ」
「見かけは違ってるが、だからって音楽の悪魔に見放されたわけでもない」
「何かが変わったわけじゃない。俺の本質はまだここにある」

しゃんと胸を張って、背筋を伸ばして、少し真面目な顔をする。

「教えてくれたのはお前だ。お前たちだ」

『七色』の大女優の台詞回しを思い返しながら声音を変える。
俺の演技はあいからわず残念だが、即興のカデンツァは『伴奏者』だけの専売特許だ。
奏者は浮かんだものを気の向くままに奏でるだけだ。

    「不思議なる国をさまよい」
    In a Wonderland they lie,

   「長き日を夢見て暮らす」
   Dreaming as the days go by,

          「つかの間の夏は果てるまで」
          Dreaming as the summers die:

    「金色の夕映えのなか―――」
   Ever drifting down the stream—

       「どこまでも揺蕩い行かん」
       Lingering in the golden gleam—

   「人の世は夢にあらずや?」
  Life, what is it but a dream?

アリスなんて柄じゃないけどな。

「―――いや。違うね。人の世は、さにあらず」
「夢にあらず。現実だ。ここに生きてる。お前と同じだ」

もう一歩だけ近づいて、目を覗く。

「劇場は潰れた。もうなくなった。『伴奏者』は刺されて死んで、舞台を降りてった」
「俺はお前に音楽をつけたい。普通でいいんだよ。音楽はフツーに生きてる人間のためのものだ」
「さて、もう一度聞くぞ。あかり。お前の目で見て考えろ。俺は何だ? どう見えてる?」

三枝あかり > 「不死鳥……幻想の演劇団、フェニーチェ…」
墓石は本当に彼女の、いや、彼のものだった。
本質とはなんだろう。彼の本質。私の本質。

最近、何となくわかってきた。
私は異能を発動している時、視界の中に収まっていないものまで。
移動しているものなら視れるようになった。

じゃあ、私の……そして、私の異能『星空の観測者』の本質とは?

彼の、彼女のカデンツァを聴きながら考える。
奏者の本質を。

「……フェニーチェは全ての演者を失ったそうですね」
「噂話ですが、そう聞いています」
「私にとって、あなたは………」
微笑んだ。私だけの笑顔。

「先輩ですよ、梧桐先輩?」

生きていても、死んでいても、そこに存在する物語を誰も否定はできない。
人の世は夢ではない。その通り。
私の異能が私をどんな場所に導いても。
彼の異能が彼をどんな場所に導いても。
この世界ははっきりと存在しているものだから。

奇神萱 > 「奇神でいい。梧桐はこっちだ」

墓の下を指差す。ひどいブラックジョークだ。
長い長い髪の毛先まで、いつの間にやら黒髪に戻っている。

「俺のことをバイアス抜きで見れる奴はそう滅多といない」
「悪党で死人で、おまけにそこそこ綺麗どこだからな」

真顔で言う。自分を磨くために手間隙も苦労もかかってる。
それだけの自負はある。奏者としての自覚であって、たしなみだ。

「それはともかく。俺は見えづらいんだよ。こんなにも大っぴらにしてるってのに」
「俺がどんな人間なのか、自分の目で見て知ってる奴が必要だ」
「それがおそらく鍵になる。こちら側になるべく多くのとっかかりが要る」
「ある日突然フワっと成仏しないために、この世に打ち込む楔だ」
「とりあえずお前にぶっ刺しとこうと思う」

亜麻色の髪の乙女の手をとって、その甲に口付けを。拒まれなければの話だ。

「がんばって引っぱっといてくれ。地味に命がかかってるんだ」

死んでるけどな、と付け加えて笑った。

「墓参りはここまでだ。一人でくる必要もないぞ。生身で話すほうがずっといい」
「花束も上に同じく。生きてる俺の方が有効活用できるからな」

三枝あかり > 「それじゃ、奇神先輩?」
相手の顔を覗き込む。
もう黒髪の彼女は、どう見ても普段の先輩。

「あはは……悪党だったかどうかはさておき」
「今は生きてて、綺麗どころなのは間違いないです」
手の甲に口付けされると、顔が真っ赤になって。
「な、な、な……!」

いくら女性相手とはいえ、それをされるとさすがに恥ずかしい。
「もう……ちゃんと絆だって言ってくれればいいのに」
「先輩が成仏しない程度に、これからもよろしくお願いしますね!」

いつだって人間と怪物との境界線は。
絆(ロイス)の純度で決まるのだから。

「わかってますよ、奇神先輩はここにいるんですからね」
「さ、帰りましょう先輩」
人差し指を振って。
「この前、ファミレスで新規開拓したらなかなか美味しいパフェを見つけたんですよ!」

私と彼……いや、彼女が女子寮に帰るまで。
いろんなことを話すだろう。
でも、今はそれを語ることはしない。

時間が止まっていない以上。
未来は可能性に満ちているのだから。

ご案内:「外人墓地」から三枝あかりさんが去りました。<補足:女子学生服。>
ご案内:「外人墓地」から奇神萱さんが去りました。<補足:古色蒼然たるヴァイオリンを手にした女子学生。背中まで伸びた黒髪の先が朱に染まりかけている。>