2015/08/27 - 21:44~01:40 のログ
ご案内:「罅割れ硝子の十字塔」に薄野ツヅラさんが現れました。<補足:赤いジャージにヘッドフォン。右手に金属製の前腕部支持型杖。>
薄野ツヅラ > 異邦人街の外れ、宗教施設群。
其処には様々な宗教、信仰の塒が存在していて。
当然『門』を通って現れた人外の存在のための建物も多く存在している。
───かつん。
杖がひび割れたステンドグラスの欠片を叩く乾いた音。
その教会は、今や誰が願い、誰が縋った教会なのかもわからない。
ただそんな乾いた生と死の境界に、思わず足を運んだ。
カミサマが居るのかなんてわからない。
『門』に、それから、『異能』に『魔術』。
そんな嘗てのイレギュラーが蔓延るこの島で神に祈るような人間が、種がどれだけいるかもわからない。
でも、今は縋りたい気分だった。
今迄一度も信じてなかったカミサマに今更縋って何をしてもらいたいとも思わない。
ただ、人が少ない此処なら自分を否定する人間なんていないと思ったから。
落第街からも少し距離のある此処に、逃げてきた。
「………、アーメン、なんて」
胸で一度も切ったことのない十字をぎこちなく切って。
今にも崩れ落ちそうな原型を留めていない像の前でひとり、困ったように笑った。
ご案内:「罅割れ硝子の十字塔」に否支中 活路さんが現れました。<補足:顔を包帯で覆った男、公安委員会機密監視対象「破門(ゲートクラッシャー)」>
否支中 活路 > 「気のない祈りなんぞするもんやあらへんな」
否む言葉は真っ直ぐ入り口の方から。
扉から入る逆光を背に、陰で緑の目が浮き上がっている。
ある時同じ場所にいた相手。
そしてお互い関わることもなかった相手。
元々異邦人街は一番の生活範囲だ。居たのは、だから偶然。
別の神殿に用が会った途上に、その後姿を見ただけだ。
確認はしてないが、かつて会った時の状況を考えるなら公安委員か何かで、
関わらない理由はあっても、関わる理由はない。
それでも追ったのは、自分は途切れたと思った道がそこにあるかもと思ったからか、
だから声をかけたのは、それがあまりにも弱々しそうだったからか。
言ってから再確認する。
次ぐ言葉が出るほど、この少女のことを知らない。
薄野ツヅラ > 掛けられた声に一瞬びくりと身体を震わせる。
ゆらり、振り返って。逆光を背にした、嘗て上司の決断に逆行した男。
お互いに見もしなかった。声なんてかけることはなかった。
そんな相手とまた出会うのは───出遭うのは何の因果だか。
「別にカミサマなんてこんな寂れたとことに居やしないわぁ」
皮肉気に、されど寂しげに。にっこりと笑顔を浮かべて。
自分が元上司に伸ばせなかった手を伸ばした『正義の味方』に向かい合う。
上司の『正義』とは相反する『正義』を語った、騙った男。
ヒーロー
「お久しぶりねえ、正義の味方さん」
硝子の零れ落ちていない無事な椅子を見繕って、ゆっくりと腰を下ろす。
「アンタも祈りに来たのかしらぁ、随分と悪趣味と言わざるを得ないけど」
なんでもない世間話のように。
男の緑色を、揺れる緋色が捉えた。
否支中 活路 > 今度は少女を見る。
真っ直ぐ、それが一体どんなかを。
神なんてどこにもいない、とは答えなかった。
居るだろう。
人知を超える神のごときものは、あるいはそこら中にでもいる。
あるいは自分もそれを見た。
だから、続く言葉に目を細めて、苛立たしそうに
「やめぃや――――そういうんはアイツにでも言うんやな、全ての敵の敵に」
対置されたことなど知るよしもなく言葉を振り払った。
正義の味方。
それは男にとっては、多分なれなかったものでしかない。
その喪失を取り戻そうとするなら、道の行くべき先が何なのか、男は理解できていなかった。
ただ腰かけた少女を見下ろして、
「趣味は嬢ちゃんのもんやろう。それこそカミサマでも探すなら、悪い場所やあらへんかもしれんけどな。
せやけど、今は、クロノスの続き言うわけにも見えんしな……?」
ご案内:「罅割れ硝子の十字塔」に畝傍さんが現れました。<補足:短いブロンドの髪と赤い瞳、オレンジ色のボディスーツ姿。巨乳。狙撃銃を携帯>
畝傍 > ――未だ静けさの漂う教会跡。そこに、三人目の訪問者が足を踏み入れた。
橙色に身を包む少女――畝傍<ウネビ>・クリスタ・ステンデル。
この日畝傍が異邦人街を訪れた本来の目的は、この街で購入していた装備のメンテナンスが主である。
しかし彼女もまた、この神秘的な建造物にどこか惹かれるものを感じ、足を運んでいた。
自身が纏っているボディスーツと同じ橙色のマズルを持つレプリカの狙撃銃を、両腕でしっかりと抱え。
自らの来訪を知らせるような小さな足音を鳴らし、ゆっくりと、歩いてゆく。
しばらく歩を進めていけば、眼前には二人の先客の姿が見える。
片や顔を包帯で覆った黒髪の男、片や杖をつく赤ジャージの少女。
「(このヒトも……けが、してるのかな)」
男の顔や、手の先に巻かれた包帯を一目見て、若干の恐怖よりも先に感じたのは、そんな心配であった。
そしてすぐさま、畝傍の注意は赤ジャージの少女に集中する。
彼女――薄野廿楽は、畝傍にとって恩義のある相手だ。
その恩を返さんと島内を駆けまわっていたものの、今日まで再会を果たすことはなかったのだが――
よもや、このような場所で出会えるとは。
「……ツヅラ」
彼女の口から直接聞いていたその名を呼んだ後、
しばし、間を置いて。
「……なに、はなしてたの?」
問う。畝傍は二人の関連性をまだ知らない。
薄野ツヅラ > 知っていた。
バカげた数のカミサマも、誰にも信仰されなくなったカミサマも。
世界を創ったカミサマだって、歪んだ神格の遠い何処かのカミサマも。
この島はそんなモノで溢れ返っているのを知っていたけれど。
「全ての───、」
言葉を噛み砕く。反芻する。
全ての、敵の、敵。遠い記憶を引っ張り出す。
クロノスといた時間を。その時間の終わりの話を。
───男が、『室長補佐代理』を、確かそんな名前で呼んでいたことを。
「あッは、あの場では間違いなく、正義の味方だったと思うけど」
皮肉気に笑う。寧ろ、嫌がらせの如く。
男の意図も解らない。されど、クロノスにとっては。
嘗ての上司から見たら天から垂れた蜘蛛の糸───だったかもしれない。
三人目。悪趣味な崩れかけた教会に足を踏み入れた三人目。
崩れかけの教会に似合わない橙と随分と治安の悪い狙撃銃。
思わず掛けられた問いには素の返事が零れる。
「いや、未だ、何も」
引き攣った笑みを返した。
否支中 活路 > 「そうやな、ジブンらの上から割り振られたんは、そういう道化やった。
わかっとるやないけ」
皮肉げな言い方を受ければ、逆に素直に頷いた。
クロノスはあの道を選んで、あるいはそのいくらかは今見ている少女に続いたのかもしれない。
己はそれをどうしても認め難かったけれども。
しかしそれは別に正義にも、もちろんクロノスにも、味方しようとしたわけではなく――――
「誰や」
跳ねるように振り返って、中央から横へ大きく一歩下がった。
妙な狙撃銃をすぐさま認めて、左手が肩の高さまで上がる。
見覚えが
ある
いや、ない
「……?」
一瞬、瞳が動揺に揺れる。
しかし現れた少女がもう一人を名前で呼ぶのを聞いて、疑問は薄れていった。
「はぁん、ツヅラ言うんか、ジブン」
そういえばまともに聞いてもいなかったな、と。
そしてそれは、自分がこの相手の名前も知らなかったのだと、三人目へ伝える言葉でもある。
畝傍 > 「そっか」
まだ特に何も話は進んでいないらしい。そう言われれば、そうなのだな、と素直に受け止めると。
「ボクは畝傍。畝傍・クリスタ・ステンデル。この銃は……ほんものじゃ、ないんだけど。ボク、銃をもってないと、だめだから」
廿楽の名を知らなかったらしき包帯姿の男のほうを向き、自らも名乗った後。
現在抱えている銃はあくまでレプリカであり、
同時に銃が自身の精神的安寧を保つために必要なものであることを、やや拙い言葉で二人に説明せんとする。
まったくの初対面であるはずの包帯男に対して、
畝傍もまた見覚えのあるような感覚を覚えていたが、その感覚の正体を、まだはっきりとは掴めていない。
その後、畝傍はまず廿楽の近くへゆっくりと歩み寄り、懐から財布を。
さらに財布の中から何枚かのお札と硬貨を取り出し、彼女へ差し出さんとする。
「これ……このまえの、おれい。うけとって、ほしいんだ」
畝傍がずっと返そうとしていた恩。
先日、別の恩人を救出するために落第街の路地裏における交戦に加わり、負傷と空腹によって満身創痍の状態であった畝傍を、
廿楽はおでん屋台へと案内し、食事の代金まで支払ってくれていた。
緋色の瞳をした赤ジャージの少女からすれば、些細なことであるかもしれない。
しかし、畝傍はいつかこの恩を返そうと、ずっと彼女を探し続けていたのだ。
薄野ツヅラ > 知らない。
二人の関係性も、二人のナニカが何処かで相対していたかもしれないことも。
カミサマか何かが関わっていたのかもしれないことも。
男が何かを喰らったことも、混沌が因果めいた何かを運んだかもしれないことも。
何もかも知らない。
不条理に、腐条理に抗ったことも。
二人の既視感に似たナニカを、彼女が知ることはない。
「別にお礼をされたくてしたことじゃないから」
差し出されたそれは頑なに受け取らなかった。
自分で美味しいモノでも食べればいいわあ、と愛想笑いを付け足して。
知らなくても、一瞬の活路の動揺は見て取れた。
「薄野廿楽。───、お二人はお知り合いで?」
それなら出ていくけれども、と言外に語って。
交互に畝傍と活路の顔をゆたり、見遣った。
否支中 活路 > 「ヒシナカや」
名乗られれば返すぐらいの礼儀はあった。
腰掛けた少女にも名乗ってはいなかったから丁度はいい。
銃をもってないとダメの意味はよくわからなかったが、まぁ、そういうものなのだろうと判断する。
いろんな事情の相手が共存している。この区画はその象徴のようなものでもある。
そして名を知ったツヅラに知り合いかと問われれば、当然わずかに首が横に振られた。
「いや、つーかむしろジブンら知り合いなんちゃうんか?
来た礼ぐらい受け取ったったらええやんけ。
なんや、案外と世話焼きなんやな」
公安委員なのに、とは他人のいる前で口には出さない。
畝傍 > 畝傍が差し出したそれは、やはり、受け取られることはなかった。
以前会った時の廿楽の様子からして、このような答えが返ってくることは容易に想像できたろう。
それでも、実際にそれを受け取るか受け取らないか、という彼女の意思を確認しないままに、
義理を有耶無耶にしてしまうのは、畝傍の倫理観が許すところではなかったのだ。
「……そっか。なら……そうする。……でも、ほんとに……いいの?」
廿楽の言葉には、一度は笑顔でそう返したものの。
念のため、再度彼女自身の意思を確認する。
「ボクも、ヒシナカさんとは、いまあったばっかり」
続けて、二人は知り合いか、と問う廿楽の言葉には、畝傍もそう返した。
――その時である。畝傍の頭の中ではいつか聞いた内なる声が響き、
眼帯で覆われた左目からは、冷気を伴う青白い炎が噴き出す。
「≪……警戒しなさい、畝傍……この男からは……≫」
注意を促す声の正体は、彼女のもう一つの人格――"千代田"である。
"生きている炎"の力を司る異能を行使した代償として、畝傍の精神を蝕む狂気。その一部として生じた、"灰色の炎"。
そして千代田は、"炎"であるが故に――"混沌"の気配には、とても敏感であった。
「(……わかってる。ボクもすこし、かんじた。だから、チヨダはだまってて)」
仮にも"炎"の一部分である千代田の意思にこの場を任せきってしまうようなことになれば、
険悪な雰囲気――あるいはそれ以上の凄惨な事態に陥ってしまいかねない。
そして、それは畝傍の望むところではなかった。心の声を以て、灰色の炎をどうにか鎮めんとする。
薄野ツヅラ > ほんとにいいのか。問われればなんでもないようにひらりと左手を返した。
「別に。目の前で人死にが出たら碌に数日寝れなかったでしょうし。
───、世話焼きというよりも目の前で人が死ぬのは見たくない、ってだけよぉ」
畝傍にも活路にも同じひとつの言葉で返す。
畝傍にはただの気紛れだと告げるように。活路にはクロノスの事をぼんやりと示すように。
二人揃って同じ返事が返れば肩を落とした。
あわよくばこの空間から逃げ出してしまおうかとも思ったがそうはいかないらしい。
現実は小説よりも奇なりとはその通りだ、と胸中で独り言ちた。
「───ッ、」
そのほんの一瞬刹那。
畝傍の異変に気付けば動かない右脚を引き摺ってできる限り距離を取った。
今の彼女は紛れもなく無力だった。
故に、こうした"イレギュラー"には明確な嫌悪感と敵意。
それから恐怖感が以前よりずっとずっと大きくなっていて。
ただ、怯えたような目で畝傍を見遣った。
否支中 活路 > 「随分と」
畝傍を伺うツヅラと逆に、最初の警戒心を解いて手を下ろしていた。
炎を吐いた瞳も何事もなかったかのように一瞥するだけだ。
むしろ調子そのものが良さそうに軽い声色で、
「弱っとるやんけ。
恩を返しに来た相手ちゃうんか」
相手がクロノスのことを匂わせたからだろうか。
ツヅラにそう声をかける。
警戒心を見せたこと。もちろんそれを指しているわけではない。
その先にあるもの。だから軽々しい声はいつのまにか低く。緑の光は薄く薄く絞られる。
「嬢ちゃんがあの女の道を接ぐんかと思ってたんやけどな」
そう零して畝傍へ視線を移した。
「あんまビビらせんとってくれへんか。
ま、律儀なんはええことやと思うけどな」
畝傍 > 「≪……仕方ありませんわね≫」
その言葉を最後に、左目から溢れる灰色の炎も止む。
「(やっぱり……ツヅラって、やさしいヒトだな)」
自身も足に障害を抱えていながら傷ついた畝傍に手を差し伸べたその姿に加え、
あのおでん屋台での食後、去り際に見せた笑顔。
そして、目の前で人が死ぬのは見たくない、と公言するさまを見れば、
この薄野廿楽という少女は、言葉や態度にこそ刺々しい部分はあれど、
本質的には悪い人ではないどころか、優しい心を持っている人なのだろう、と畝傍には思えた。――だが。
「……ツヅラ?」
気付けば、廿楽は自身から距離を置き、先程までの態度とは裏腹な怯えた視線をこちらに向けている。
どうやら、自らの左目から溢れ出ていた灰色の炎が、その原因なのだと察し。
「……ごめんなさい」
否支中からもそれを指摘されれば、畝傍自身もまた一転、哀しげな表情になり。二人の方を向いて、詫びる。
不可抗力であったとはいえ、こんなにも優しい人を恐れさせるようなことをしてしまったのだ、と思うと、畝傍の心は罪悪感に満ちた。
「ボクの、異能なんだ。『生きている炎』ってよばれてる、かみさまのチカラをかりるの。
――それをつかったら、ボクは"代償"として――"正気"をはらわないと、いけなくて」
しばしの沈黙の後、自らの異能――『炎鬼変化』<ファイアヴァンパイア>、その特性について説明を試みるも。
「さっきの白い炎も……ボクが異能をつかったせいで、ボクのなかにでてきた……もうひとり、の……えと……」
別人格の"千代田"と、彼女の力である青白い炎については、
畝傍自身の口からはうまく説明できず、また言葉に詰まる。
薄野ツヅラ > 彼女の思案は、内心は。
今の"薄野廿楽"にはなにひとつ、これっぽっちも解らない。
それが意識して現れた炎なのかも、無意識下で起こっていることなのかも。
異能を持たない、ただのひとりの、16年しか生きていない少女には解らない。
人の気持ちを覗き見る異能も、誰かの記憶をなぞっていた異能も今や存在していない。
故に、ただ怯えるしかできなかった。
「別に弱ってない」
つっけんどんに、先刻まで浮かべていた愛想のいい笑顔は最早見る影もない。
「あの人のあとは継がないしあそこで終わった、から。
あのまま続けちゃだめだと思ったから」
はあ、と深く息を吐く。
深く、重く、淀んだ溜息。
「あッは、カミサマねえ!
ホントにいるんなら、なんで──……まァ、カミサマが公平な訳なんかないけども」
自嘲じみた独り言。
異能の説明を受ければ、ただ自嘲気味に笑うしかなかった。
カミサマの力を借りる異能。
異能を喪いカミサマに縋ろうとしていた自分とはずいぶん対照的な、それ。
卑屈に顔を歪めて、また笑う。
あッは、と。またいつも通りの笑いが教会に零れて落ちた。
否支中 活路 > 「……ああ、なるほど」
畝傍の説明には、むしろ向けられているツヅラと違って冷静に内容を理解する。
別に詰まるほど無理に続けなくてもいい、という風に頷いた。
ともあれ、この相手は随分と良い人間性を備えているようには見える。
それでも、
もう一人の少女にはそれを受け止める余裕はない、ようだった。
だから
「……ほーか」
ツヅラの言葉に“接ぐ”の違いを指摘せずに、ただそう吐くと踵で蹴るように扉へ足を向けた。
「それでも嬢ちゃんが何かあの女から受け取ったものがあるんやったら、気をつけることやな。
あれは『門』を開いたんやから。
そーいう繋がりは多分、嬢ちゃんがこんなところでうずくまってる余地をくれはせえへんよ」
そして横を通り過ぎる間に畝傍を一瞥する。
「ジブンもな。自覚しとるみたいやけど」
畝傍 > 否支中の頷きと共に、自らの異能についての説明は一時的に中断する。――しかし。
カミサマ、という部分に思うところがあるのか、卑屈で自嘲的な笑いを浮かべる廿楽の姿を見れば。
「……そう、だけど。ボクは――トモダチをたすけるために、かみさまのちからをつかった……けど。『炎』は……『生きている炎』は、ツヅラがおもってるようなかみさまじゃ、ないよ。ヒトのおねがいとかを、かなえてくれるような。そういうのじゃ、ないんだ」
自身の異能の源となる神性――『生きている炎』が、彼女の望むような神、
つまりはその力を以て願いを叶えたり、人を助ける類のモノではないことを。
どうにか理解してもらおうと、再び説明しだす。
例え、畝傍が話す事柄の全てには、廿楽の理解が及ばなかったとしても。
その部分だけは――畝傍自身が最もよく知っているからこそ、彼女にも。
おぼろげにでも、理解してもらわねばならないと、思っていた。
「『生きている炎』は、ただ――燃やすだけ、なんだよ。まわりにあるモノ、ぜんぶ。ヒトも、モノも――ほかの、かみさまだって」
畝傍の脳裏に否応なく浮かんでくるのは、転移荒野における決戦の記憶。
一番の親友を救うため、親友の心身を支配していた邪なる神の化身たる黒い童女を、
その力を以て跡形なく焼き尽くした――あの日。
「だから、ボクは……このチカラを、つかいたくないんだ。トモダチをかなしませたくないから。ボクの正気も、だれかのたいせつなヒトも、ぜんぶ燃やしちゃう、このチカラは」
これ以上自らの異能を行使すれば、ただでさえ破綻をきたしている畝傍の精神は容易に壊れてしまいかねない。
故に決戦を終えてからの畝傍は、この能力を再び自らの意思で行使することはしないと、心に決めていた。
自身を一瞥し、一言呟いた否支中に対しては。
「……うん」
そう、力なく頷きながら、答える。
薄野ツヅラ > 「シラナイ」
その説明に、活路の言葉に返したのはほんの一言だけ。
明確な拒絶。明確な嫌悪感。明確な悪意。
畝傍のどの言葉を聞いたところで、『彼女が何であれカミサマの力を使った』ことも。
『カミサマの力を行使できる』こともほんの1ミリも変わりやしない。
「お願いを叶えてくれなくても別にいいじゃない、だって──」
「異能はあるんでしょ」、と。明らかな拒絶。
これ以上は聞く意思がない、という嫌悪。
望んでいたのは願いを叶えたり、人を助ける類のモノでもない。
ただ無力な自分じゃなくなればなんでもよかった。
故に何が祀ってあるのかもしらない此処にいる。
「強いヒトにはこんな気持ちわかんないと思うわぁ、
それに───……」
にっこりと笑って。なんでもない世間話をするように笑って。
「これ以上惨めな気分にさせないで貰えるかしらぁ、なんて」
絶対的な、悪意。
「なるほど、持ってる人は持ってないヤツの気持ちは微塵も理解できないってことねェ」
実に醜く顔を歪めて、今にも泣きそうな顔で───嗤った。
否支中 活路 > 続ける畝傍への拒絶と、こぼした言葉。
一瞬、半分振り返る。
公安はその性質上、『全く何もないもの』ではまともな人員たりえない。
要員であることそのものに意味があるわけではないのだから。風紀委員や生活委員や鉄道委員とは違う。
少なくともかつて会った時そうではなかっただろうし。
だから不安定の理由はそれだ。
歩く杖をなくしたが故に、惑っている。
その感覚、わかるかと言えばわからなかった。
己が生きていく中で失って崩れる何かを失くしたことはなかった。
立って歩くことに恐怖したことはなかった。
その感覚、わかるといえばわかった。
何もかも失くしてしまった。
それに、力は何であれ力だと思っている。
もう一度ツヅラを見た。
異能と少女は言ったが、異能などと分類される何かである必要は、多分ない。
ただ畝傍と名乗った少女の言葉もまた、確かにそうなのだろう。
「願いを叶えようが叶えまいが、後で何を引き換えにしようが、力は力や。そこは嬢ちゃんに賛成やな。
やけど、まぁ拗ねてられるーいうことは、ええわ。まだしばらくは」
扉を出る。
「道が決まった頃にまた会うやろ。んじゃぁな」
畝傍 > 「ボクは……つよく、なんか」
感情のままに言いかけて、止まる。
「……ごめんなさい」
異能がない自分を嘲る彼女に、自らの異能のことを話し続けたのは、あまりにも無思慮であった。
廿楽が、異能がない――消失している――状況にあることを、畝傍は知り得ていない。
当然、彼女が公安委員であり、それ故に何らかの能力を必要とされていたらしきことも、
彼女の不安定さの原因がそこにあることも、畝傍には知りようがない。
しかし、彼女の事情を知らなかったことは、無思慮な物言いを繕う言い訳にはなり得ない。
廿楽の笑みからは、無理をしているのだということが容易に想像できる。
だが下手な事を言ってしまえば、また彼女を傷つけてしまうことになりかねない。
今の畝傍には、この場面でかけるべき言葉がすぐには浮かばず――俯いて、しばし押し黙り。
泣きそうになっている彼女の姿を見れば、畝傍の瞳にもまた、涙が浮かぶ。
「(ボクは……)」
――最低だ。彼女をこんな気持ちにさせたのは自分だ。
かつて自分に優しく手を差し伸べてくれた人を、
よりによって自分の言葉で泣かせてしまうなんて。そう考えていた。
「(力……)」
去ってゆく否支中を、視線だけで見送った後。
彼の言葉を心中で噛み締めながら、ただ呆然と、立ち尽くす。
薄野ツヅラ > 去る活路の背を追って。自分も立ち尽くす畝傍に背を向ける。
「カミサマなんていないのよ、持ってる人は持ってるだけ」
おもむろに杖に寄り掛かりながら立ち上がる。
随分と履き慣れたスニーカーで罅割れ、落ちたステンドグラスを踏みにじった。
さながら畝傍の気持ちを踏みにじるかのように。
ゆっくり、ゆっくりと歩いて入り口まで辿り着けば。
「───、あッは!」
哄笑が、朽ちた教会に響いた。
ご案内:「罅割れ硝子の十字塔」から薄野ツヅラさんが去りました。<補足:赤いジャージにヘッドフォン。右手に金属製の前腕部支持型杖。【乱入歓迎】>
ご案内:「罅割れ硝子の十字塔」から否支中 活路さんが去りました。<補足:顔を包帯で覆った男、公安委員会機密監視対象「破門(ゲートクラッシャー)」>
ご案内:「罅割れ硝子の十字塔」から畝傍さんが去りました。<補足:短いブロンドの髪と赤い瞳、オレンジ色のボディスーツ姿。巨乳。狙撃銃を携帯>