2015/08/28 - 22:00~23:11 のログ
ご案内:「常世保健病院/はたたの個室」に倉光はたたさんが現れました。<補足:『策士』と達筆で書かれたTシャツ 白い髪 金の瞳 翼のようなもの>
倉光はたた > 「…………」
夜。
倉光はたたは、病室のベッドに腰掛けて無表情に外を見ていた。
風に白い髪がなびく。

病院を訪れて数日が過ぎた。
消え去ったと思われた、倉光はたたが再び姿を現したことは関係者に衝撃を与えた。
はたたの家族――両親と妹の三人だ――は、変貌したその有り様に当初どう向い合っていいかわからないようだった。

その混乱も今は落ち着き、はたたは今は一人静養している。
特に身体的障害があるというわけでもないので、検査が終わりさえすれば退院できるだろう。

倉光はたた > はたたにも検査の結果は伝えられている。

まずわかったのは、はたたはどうしてこうして生きているように
振舞っているのか、現代の科学では解明できない、ということだった。
脳は落雷の衝撃でズタズタに焼き切れており、到底動くような状態ではない。

『以前』のはたた、『以後』のはたた、それが同一の存在であるのか、
それも判別することは難しい。
肉体的な連続性を保っていることは確かであっても、
精神や記憶がそうであるとは言いがたい。

かつての家族と対面してもはたたの“記憶が戻る”ことはなかった。
父や母や妹らしい存在の顔を、はたたは知っていた。
知っていた――ただそれだけ。
そこに何の感慨も、はたたは見つけることはできない。

失われた記憶、退行したかに見える振る舞い、白化した髪、
そして――背中の翼状突起。

はたたに向けられた家族の怯える目は――悪魔憑きか怪物に向けられるそれだった。

倉光はたた > 医師の一人が『テセウスの船だな』、と口にしていた。
意味はわからない。

「…………」
窓を開き、窓枠に顎をくっつけて外を見る。
街では何か催し事をやっているらしく、遠くに喧騒が聴こえる。

家族連れの姿も見える。

「……」

かつての家族であるらしい人物に向けられた視線にも、
さして感じるものはない。

ただ、じぶんにはやはり家族というものはいなかったのだな、とわかった。

仮に、『以前』のはたたと『以後』のはたたが
別人だとして――では、今こうして生きているはたたは何者なのか?

倉光はたた > 医師のうち一人が――荒唐無稽な説を唱えた。

『今の倉光はたたに宿っている精神は、“雷”そのものではないか』

つまり、倉光はたたを研究区で死に至らしめた
雷が、今の彼女を操っているのではないか――というのだ。

宿った雷の異能。
記憶を失っただけにしては、身体の動かし方が奇妙だ、という点。
まるで人間でないものが、人間の身体を動かし始めたような――
そういった不自然さ。
それがその論の根拠であった。

倉光はたた > もちろん、そんな説は――家族には伝えられない。
あくまでここにいる彼女は倉光はたたであって、
雷あるいは別の何かだという説を、受け入れるはずもないのだ。
彼女が倉光はたたである可能性に縋り続けるしかないのだ。

いつか、彼女が“倉光はたた”に“戻る”、という可能性を。

「…………」

ドン、と空で何かが炸裂した。
病室もその閃光に照らされる。

あとで知ったのだけど、それは花火、と言うらしかった。

倉光はたた > 両腕を垂れ下げる。
チャリ、と腕に嵌められたものが鳴った。
異能者用に設えられた特殊な枷だ。
日常生活を制限するものではないが、これが嵌められている限り異能を発動させることはできない。
その枷を嵌めたのは正しい判断だったと言えよう。

澄んだ夜空を見上げる。
もし本当に雷であったなら、きっと多くを知りすぎた。
雷は空から落ちてあたりをなぎ払うことしか考えなくていいはずなのだから。

倉光はたた > まぶたを閉じて思い出す。

初めは戸惑いながらも涙さえ流して喜んだ“家族”。
その様相が徐々に曇っていく様を。

はたたは多くのことはわからない。
医師の言葉も半分も理解できていない。
それでも汲み取れるものはある。

「…………」

また花火が咲く。
その明るさがひどく遠い。

ご案内:「常世保健病院/はたたの個室」から倉光はたたさんが去りました。<補足:『策士』と達筆で書かれたTシャツ 白い髪 金の瞳 翼のようなもの>