2015/08/24 - 22:33~23:02 のログ
ご案内:「ミラノスカラ劇場跡」に奥野晴明 銀貨さんが現れました。<補足:《軍勢》を操る物憂げな少年。夏の制服姿>
奥野晴明 銀貨 > カツカツと靴のかかとを鳴らして今にも崩れそうなその廃劇場へと入ってゆく。
電気は当然通っていない。灯りは外から漏れる光だけが頼りだ。
差し込んでくる光にホコリがちらちらと舞う。
乱雑に傾いた座席や破れた暗幕、照明が落とされた舞台。
それらを眺めながら銀貨はゆっくりと舞台へと近づいていった。

奥野晴明 銀貨 > 噂には聞いていた、退廃的で不道徳な演劇を行う違法部活動『劇団フェニーチェ』。
その劇団も、劇団員たちももはや今となっては散り散りに散ってしまって
二度とこの劇場は開かれる事は無いのだという事。

銀貨には程遠い世界の出来事ではあった。
だけれども、この常世にあって何かを残したものというのはとても興味がわくのだ。
それが例え世に爪あとを残すような悲痛なものであっても。
かつてここで何が起こったのか、それをただ知りたいような気がして赴いてみた。

すっかり寂れて廃墟同然のその建物のうちにあって、それでもかつての演劇に沸いた熱気がそこかしこにくすぶっているような気がする。
一つまだ無事な座席を見つけて、腰を下ろした。

奥野晴明 銀貨 > 誰もいない廃劇場に一人腰を下ろしているとなぜだか酷く安心する。
銀貨は打ち捨てられた建物、いわゆる廃墟などが嫌いではなかった。
たぶんもうすでに誰かの手によって壊されていて自分がこれ以上なにかの不手際で壊したとしても大して代わりが無いからなのだろうと、
自分では考えている。

たやすく壊れてしまうものは扱うのが怖い。
ガラスの食器、繊細な細工物、あるいは精巧なつくりのカラクリ仕掛けのおもちゃ。
かつて自分が手にして大事に出来なかったもの。力の制御に上手くいかず壊してきた、傷つけてきた人々の数、とか――。

行儀悪く足を座席に乗せると膝を抱えてその場で顔を膝頭に埋める。
きっとここで行われていた演劇は壊す事にためらいが無かったのではなかろうか。
それまでの道徳やルールを壊す事、観客や普通を壊す事、ひとの感情を崩す事。
そういったものを芸術として一気にぐらぐらと傾けられるようなそんな芝居をしていたのだろうか。

奥野晴明 銀貨 > まぁ芝居の枠を飛び越えてそれが現実を侵食し、壊しすぎたために今度は己が滅んでしまった、ともいえるのだろうか。
だが、惜しむらくは一度その劇を自分の目で見てみたかった。
ある種の、壊される事によって表現されるものを自分で感じる事で
壊す事しかできない自分の中の何かを許されたかったのかもしれないから。

「時期が悪かったね、これもめぐり合わせなのかもしれないけれど」

誰に聞かせることも無く一人座席で膝を抱えてそうつぶやく。
違反部活ではきっと過去の演目の媒体やそういったものすら処分されているだろう。
手に入るとしてもコレクターによって値段もつけられずに蒐集されているかもしれない。

もったいないとは思いつつ、それが彼らの失われた後の在り方なら仕方ないのだろう。
ふいに人差し指を立てた先にひらりと青い蝶が浮かび上がる。
ひとつふたつと増えていくうちに銀貨の肩やつま先から蝶の群れが沸き立って
いつの間にかその輪郭を軽いはばたきによって埋め尽くしていた。

がらんと何かが崩れる音が劇場の中に響くとそれを引き金にわっと蝶たちがいっせいに飛び立った。人の輪郭がぼろりとくずれる。
銀貨の座っていた座席にはもはや何もいない。人がいた形跡などすこしも残すことなく。

後には青い蝶のはばたきと軌跡、りんぷんがきらきらと薄い日差しの中に光って消えた。

ご案内:「ミラノスカラ劇場跡」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。<補足:《軍勢》を操る物憂げな少年。夏の制服姿>